標準基底

同義語:standard basis

概要

標準基底(standard basis)とは、数ベクトル空間 $K^n$ の、第 $i$ 成分だけが $1$ でほかが $0$ のベクトル $e_1,\dots,e_n$ を並べた基底のことで、この基底に関するベクトルの座標は成分そのものになる。行列 $A$ について $Ae_j$ は第 $j$ 列、$e_i^{\top}Ae_j$ は $(i,j)$ 成分であり、線形写像 $K^n\to K^m$ は標準基底の行き先を列に並べた行列で表される。$K^n$ の基底を並べた組は、それを列にもつ正則行列と 1 対 1 に対応し、集合 $\{e_1,\dots,e_n\}$ を保つ正則行列は置換行列に限る。一般のベクトル空間には標準基底のような特別な基底はなく、基底を選ぶことはその基底を標準基底に送る同型 $V\cong K^n$ を選ぶことにあたる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ベクトル空間, 基底と次元, 行列

数ベクトル空間 $K^n$ には、第 $i$ 成分だけが $1$ でほかが $0$ のベクトル $e_1,\dots,e_n$ という、はじめから決まった基底がある。これが 標準基底 である。ベクトル $x$ をこの基底で表したときの係数は $x$ の成分そのものであり、行列 $A$ に $e_j$ を掛けると $A$ の第 $j$ 列が取り出される。$K^n$ の上の計算がすべて成分で書けるのは、この基底があるからである。
一方、一般のベクトル空間には標準基底のような特別な基底はない。基底を 1 つ選ぶことは、その基底を標準基底に送る同型 $V\cong K^n$ を 1 つ選ぶことと同じである。この記事では、標準基底の定義と使い方を述べたあと、$K^n$ の基底全体が正則行列全体と 1 対 1 に対応すること(thm-sb-bases)、標準基底を保つ正則行列が置換行列に限ること(thm-sb-stabilizer)を証明する。さらに、座標の入れ替えで保たれる基底をもたない部分空間の例(prop-sb-no-symmetric)と、座標が無限個ある空間では標準的なベクトルが基底にならない場合(prop-sb-infinite)を扱う。

定義

以下、$K$ は体とし、$K^n$ は $K$ の元を成分とする $n$ 次の列ベクトル($n\times1$ 行列)全体とする。$I_n$ は $n$ 次の単位行列、$\delta_{ij}$ は Kronecker のデルタ($i=j$ なら $1$、そうでなければ $0$)である。

標準基底

$1\le i\le n$ について、第 $i$ 成分が $1$ でほかの成分が $0$ のベクトルを $e_i\in K^n$ と書く。すなわち $e_i$ は $I_n$ の第 $i$ 列であり、その第 $j$ 成分は $\delta_{ji}$ である。並べた組 $(e_1,\dots,e_n)$ を $K^n$ の 標準基底(standard basis)といい、$e_i$ を第 $i$ 基本ベクトル という。
より一般に、集合 $I$ に対し、有限個の $i$ を除いて $x(i)=0$ となる写像 $x\colon I\to K$ の全体を $K^{(I)}$ と書く。$K^{(I)}$ は値ごとの和とスカラー倍でベクトル空間である。$i\in I$ について $e_i\in K^{(I)}$ を $e_i(j):=\delta_{ij}$ で定め、族 $(e_i)_{i\in I}$ を $K^{(I)}$ の標準基底という。$I=\{1,\dots,n\}$ のときは $K^{(I)}=K^n$ であり、上の定義と一致する。

$(e_1,\dots,e_n)$ が実際に $K^n$ の基底であることは 基底と次元 の記事の例「数ベクトル空間の標準基底」にあり、一般の $K^{(I)}$ の場合は prop-sb-infinite の 1 で示す。$x=(x_1,\dots,x_n)^{\top}$ は
$$ x=x_1e_1+x_2e_2+\cdots+x_ne_n $$
と書けるので、標準基底に関する $x$ の座標は $x$ の成分そのもの である。
ほかの空間でも、成分の位置ごとに $1$ を置いた元の族を標準基底と呼ぶ。

  • $m\times n$ 行列の空間 $M_{m,n}(K)$ では、$(i,j)$ 成分だけが $1$ の行列 $E_{ij}$(行列単位。行列環 の記事の定義「行列単位とスカラー行列」)の族が標準基底である。添字の集合を $I=\{1,\dots,m\}\times\{1,\dots,n\}$ として $M_{m,n}(K)=K^{(I)}$ とみると、$E_{ij}$ は $e_{(i,j)}$ にあたる。
  • 次数 $n$ 以下の多項式の空間 $K[x]_{\le n}$ では $1,x,\dots,x^n$ が標準基底である(Axl24 2.27 (g))。多項式全体 $K[x]$ を係数の列の空間 $K^{(\mathbb{N})}$ とみると、単項式 $x^k$ が $e_k$ にあたる。
    標準基底は「並べた組」として扱う。並べる順序を変えた $(e_2,e_1,e_3,\dots)$ も基底だが、それに関する座標は成分を並べ替えたものになる。

直感

$K^n$ のベクトルは、はじめから成分という座標をもっている。標準基底は、この座標を「基底による座標」として読み直すための基底である。平面 $\mathbb{R}^2$ なら $e_1=(1,0)^{\top}$、$e_2=(0,1)^{\top}$ は $x$ 軸・$y$ 軸の向きの長さ $1$ のベクトルで、点 $(3,1)$ は $3e_1+e_2$ と書ける。
抽象的なベクトル空間 $V$ には成分がないので、「標準」と呼べる基底もない。基底 $v=(v_1,\dots,v_n)$ を選ぶと、$v_j$ を $e_j$ に送る線形同型(座標写像)$\varphi_v\colon V\to K^n$ が 1 つに決まり(rem-sb-universal)、$V$ の計算を $K^n$ の成分の計算に移せる。基底を選ぶとは、$V$ の中に「標準基底の身代わり」を指定することだといえる。選び方は 1 通りではなく、どれか 1 つが特別ということはない(prop-sb-no-symmetric)。

例

行列の列・行・成分の取り出し

$A=(a_{ij})\in M_{m,n}(K)$ とし、$e_j\in K^n$、$e_i\in K^m$ を標準基底のベクトルとする。行列の積の定義から、$Ae_j$ の第 $k$ 成分は $\sum_{l}a_{kl}\delta_{lj}=a_{kj}$ である。したがって

  • $Ae_j$ は $A$ の第 $j$ 列である。
  • $e_i^{\top}A$ は $A$ の第 $i$ 行である(同じ計算を転置して行う)。
  • $e_i^{\top}Ae_j=a_{ij}$ である。
  • $e_ie_j^{\top}$($m\times1$ 行列と $1\times n$ 行列の積)は行列単位 $E_{ij}$ であり、$A=\sum_{i,j}a_{ij}\,e_ie_j^{\top}$ である。
    たとえば
    $$ A=\begin{pmatrix}1&2&3\\4&5&6\end{pmatrix} $$
    なら、$Ae_2=(2,5)^{\top}$、$e_1^{\top}A=(1\ 2\ 3)$、$e_2^{\top}Ae_3=6$ である。とくに、2 つの行列 $A,B$ が $Ae_j=Be_j$($j=1,\dots,n$)を満たせば、列がすべて等しいので $A=B$ である。
多項式と行列の座標

$K[x]_{\le3}$ の標準基底 $1,x,x^2,x^3$ に関する多項式 $p(x)=2-7x+5x^3$ の座標は $(2,-7,0,5)^{\top}$ である(同じ型の例が Axl24 3.74 にある)。$x^2$ の係数が $0$ であることも座標に $0$ として現れる。同様に、$M_2(K)$ の標準基底 $E_{11},E_{12},E_{21},E_{22}$ に関する
$$ \begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}=aE_{11}+bE_{12}+cE_{21}+dE_{22} $$
の座標は $(a,b,c,d)^{\top}$ で、成分を行の順に読んだものである。

標準基底でない基底に関する座標

$K$ の標数を $2$ でないとし、$K^2$ の基底 $v_1=(1,1)^{\top}$、$v_2=(1,-1)^{\top}$ を考える。$x=(3,1)^{\top}$ は $x=2v_1+v_2$ と書けるので、基底 $(v_1,v_2)$ に関する $x$ の座標は $(2,1)^{\top}$ で、$x$ の成分 $(3,1)^{\top}$ とは違う。$v_1,v_2$ を列に並べた行列を $P$ とすると
$$ P=\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix},\qquad P^{-1}=\frac12\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix},\qquad P^{-1}x=\begin{pmatrix}2\\1\end{pmatrix} $$
であり、座標は $P^{-1}x$ で求まる。これは thm-sb-bases の 2 の場合である。標数 $2$ では $v_1=v_2$ となり、基底にならない。

双対基底と内積

$K^n$ 上の線形汎関数 $e_i^{*}$ を「第 $i$ 成分を取り出す写像」$e_i^{*}(x):=x_i$ で定めると、$e_i^{*}(e_j)=\delta_{ij}$ なので、$e_1^{*},\dots,e_n^{*}$ は標準基底の双対基底である(Axl24 3.113)。行列で書けば $e_i^{*}(x)=e_i^{\top}x$ である。
$K=\mathbb{R}$ で標準内積 $\langle x,y\rangle=\sum_kx_ky_k$ を考えると、$\langle e_i,e_j\rangle=\delta_{ij}$ なので標準基底は正規直交基底であり、$x_i=\langle x,e_i\rangle$ が成り立つ。どちらも「座標が成分そのもの」であることの言い換えである。

性質

標準基底の行き先で線形写像が決まること

任意のベクトル空間 $W$ と $W$ の元の族 $(w_i)_{i\in I}$ に対し、$T(e_i)=w_i$($i\in I$)を満たす線形写像 $T\colon K^{(I)}\to W$ がただ 1 つ存在し、$T(x)=\sum_{i}x(i)\,w_i$ で与えられる。これは 加群 の記事の命題「自由加群の普遍性」の、係数環が体の場合である。$W=K^m$、$I=\{1,\dots,n\}$ のときは、$w_1,\dots,w_n$ を列に並べた行列を $A$ として $T(x)=Ax$ であり、これは 行列 の記事の定理「行列と線形写像の対応」の 1 である。
$V$ の基底 $v=(v_1,\dots,v_n)$ に対し、$e_j\mapsto v_j$ で定まる線形写像 $K^n\to V$ は全単射であり(線形写像 の記事の命題「座標写像による同型」)、その逆写像が座標写像 $\varphi_v\colon V\to K^n$ である。$\varphi_v$ は $v_j$ を $e_j$ に送るただ 1 つの線形写像である。

基底と正則行列の対応

$n\ge1$ とし、$GL_n(K)$ を $n$ 次の正則行列全体とする。

  1. 写像 $P\mapsto(Pe_1,\dots,Pe_n)$ は、$GL_n(K)$ から「$K^n$ の基底を並べた組」全体への全単射である。逆写像は、基底 $(v_1,\dots,v_n)$ に、$v_1,\dots,v_n$ を列に並べた行列 $(v_1\ \cdots\ v_n)$ を対応させる。
  2. 基底 $v=(v_1,\dots,v_n)$ が $v_j=Pe_j$($P\in GL_n(K)$)で与えられるとき、$v$ に関する $x\in K^n$ の座標は $P^{-1}x$ である。すなわち座標写像は $\varphi_v(x)=P^{-1}x$ である。
  3. $K^n$ の基底を並べた組 $v=(v_1,\dots,v_n)$、$u=(u_1,\dots,u_n)$ に対し、$gv_j=u_j$($j=1,\dots,n$)を満たす $g\in GL_n(K)$ がただ 1 つ存在する。

1:$P\in GL_n(K)$ の列 $Pe_1,\dots,Pe_n$ は $K^n$ の基底をなす(正則行列 の記事の定理「正則性の同値条件」の 1 と 8 の同値)。よって写像は定義されている。単射であること:$(Pe_j)_j=(Qe_j)_j$ なら $P$ と $Q$ は列がすべて等しいので $P=Q$ である(ex-sb-entries)。全射であること:基底 $(v_1,\dots,v_n)$ に対し $P:=(v_1\ \cdots\ v_n)$ とおくと、$Pe_j=v_j$ であり(ex-sb-entries)、列が基底をなすので同じ定理の 8 から 1 により $P$ は正則である。この $P$ が逆写像の値である。
2:$x=\sum_jc_jv_j$ と書くと、$c=(c_1,\dots,c_n)^{\top}$ として
$$ x=\sum_jc_jPe_j=P\Bigl(\sum_jc_je_j\Bigr)=Pc $$
である。$P$ は正則なので $c=P^{-1}x$ である。座標 $c$ は $x$ から一意に定まる(基底の線形独立性)ので、$\varphi_v(x)=P^{-1}x$ である。
3:1 により $v_j=Pe_j$、$u_j=Qe_j$ となる $P,Q\in GL_n(K)$ がある。$g:=QP^{-1}$ は正則で、$gv_j=QP^{-1}Pe_j=Qe_j=u_j$ を満たす。一意性:$g,g'$ がともに条件を満たせば $(g-g')v_j=0$($j=1,\dots,n$)であり、$v_1,\dots,v_n$ は $K^n$ を生成するので、任意の $x=\sum_jc_jv_j$ について $(g-g')x=\sum_jc_j(g-g')v_j=0$ である。よって $g=g'$ である。$\square$

2 の $P$ は、基底 $v$ のベクトルを標準基底で表した係数を列に並べた行列であり、「標準基底から $v$ への基底変換行列」と呼ばれる(表現行列 の定義「基底変換行列」)。座標は $P$ ではなく $P^{-1}$ で変わることに注意する(ex-sb-other-basis)。3 は、群 $GL_n(K)$ が $g\cdot(v_1,\dots,v_n):=(gv_1,\dots,gv_n)$ によって「基底を並べた組」全体に作用し、しかもどの 2 つの組もただ 1 つの $g$ で移り合う(単純推移的に作用する)ことを言っている。とくに $K=\mathbb{F}_q$($q$ 元の有限体)なら、$GL_n(\mathbb{F}_q)$ の元の個数は $\mathbb{F}_q^n$ の基底を並べた組の個数に等しい。その個数 $(q^n-1)(q^n-q)\cdots(q^n-q^{n-1})$ の計算は 一般線形群 の記事にある。
次に、標準基底を動かさない正則行列を調べる。$n$ 次の置換 $\sigma$ に対し、$P_\sigma e_j=e_{\sigma(j)}$($j=1,\dots,n$)を満たす行列 $P_\sigma$($(i,j)$ 成分が $\delta_{i,\sigma(j)}$ の行列)を $\sigma$ の 置換行列 という。各行・各列にちょうど 1 つだけ $0$ でない成分をもつ行列を 単項行列(monomial matrix)という。

標準基底を保つ正則行列

$g\in GL_n(K)$ とする。

  1. $g$ が集合 $\{e_1,\dots,e_n\}$ をそれ自身に写すことと、$g$ がある置換 $\sigma$ の置換行列 $P_\sigma$ であることは同値である。さらに $P_\sigma P_\tau=P_{\sigma\tau}$ であり、置換行列の全体は $n$ 次の対称群 $S_n$ と同型な $GL_n(K)$ の部分群をなす。
  2. $g$ が直線の集合 $\{Ke_1,\dots,Ke_n\}$ をそれ自身に写す(各 $g(Ke_j)$ がある $Ke_i$ に等しい)ことと、$g$ が単項行列であることは同値であり、そのとき $g=P_\sigma D$($D$ は対角成分がすべて $0$ でない対角行列)と書ける。
  3. $g$ が各直線 $Ke_j$ をそれ自身に写すことと、$g$ が対角行列であることは同値である。

1:置換行列 $P_\sigma$ は $e_j$ を $e_{\sigma(j)}$ に写し、$\sigma$ は全単射なので、集合 $\{e_1,\dots,e_n\}$ をそれ自身に写す。逆に $g$ が集合 $\{e_1,\dots,e_n\}$ をそれ自身に写すとし、$ge_j=e_{\sigma(j)}$ で写像 $\sigma\colon\{1,\dots,n\}\to\{1,\dots,n\}$ を定める。$g$ は単射なので $\sigma$ も単射であり、有限集合の自己写像なので全単射、すなわち置換である。$g$ と $P_\sigma$ は各 $e_j$ で同じ値をとり、行列は列で決まる(ex-sb-entries)ので $g=P_\sigma$ である。また $P_\sigma P_\tau e_j=P_\sigma e_{\tau(j)}=e_{\sigma(\tau(j))}=P_{\sigma\tau}e_j$ から $P_\sigma P_\tau=P_{\sigma\tau}$ であり、$P_{\mathrm{id}}=I_n$ である。よって $\sigma\mapsto P_\sigma$ は群の準同型 $S_n\to GL_n(K)$ で、$P_\sigma=I_n$ なら $e_{\sigma(j)}=e_j$ から $\sigma=\mathrm{id}$ なので単射である。その像が置換行列の全体である。
2:$g$ は単射なので $ge_j\ne0$ であり、$g(Ke_j)=K\,ge_j$ は直線である。$g$ が直線の集合をそれ自身に写すとし、$g(Ke_j)=Ke_{\sigma(j)}$ で $\sigma$ を定める。$g(Ke_j)=g(Ke_k)$ なら $g^{-1}$ を施して $Ke_j=Ke_k$、すなわち $j=k$ なので、$\sigma$ は単射であり置換である。$ge_j\in Ke_{\sigma(j)}$ かつ $ge_j\ne0$ なので、$ge_j=d_je_{\sigma(j)}$($d_j\ne0$)と書ける。$D:=\mathrm{diag}(d_1,\dots,d_n)$ とおくと $P_\sigma De_j=d_jP_\sigma e_j=d_je_{\sigma(j)}=ge_j$ なので、$g=P_\sigma D$ である。この行列の $(i,j)$ 成分は $d_j\delta_{i,\sigma(j)}$ で、第 $j$ 列は第 $\sigma(j)$ 行だけ、第 $i$ 行は第 $\sigma^{-1}(i)$ 列だけが $0$ でないので、単項行列である。逆に $g$ が単項行列なら、第 $j$ 列の $0$ でない成分の行を $\sigma(j)$、その値を $d_j$ とすると、各行にも $0$ でない成分がちょうど 1 つなので $\sigma$ は置換で、$ge_j=d_je_{\sigma(j)}$ から $g(Ke_j)=Ke_{\sigma(j)}$ である。
3:2 の記号で、各 $Ke_j$ を保つことは $\sigma=\mathrm{id}$、すなわち $g=D$ であることと同値である。$\square$

たとえば $n=2$ で $g=\begin{pmatrix}0&2\\1&0\end{pmatrix}$ は $ge_1=e_2$、$ge_2=2e_1$ なので、直線 $Ke_1$ と $Ke_2$ を入れ替える単項行列だが、$K$ の標数が $2$ でなければ置換行列ではない(集合 $\{e_1,e_2\}$ を保たない)。置換行列を左から掛けると行が、右から掛けると列が並べ替わる。

特別な基底がない部分空間

$K^n$ の標準基底は、座標の入れ替え(置換行列)で集合として保たれる(thm-sb-stabilizer の 1)。ところが $K^n$ の部分空間には、この性質をもつ基底がないことがある。

座標の入れ替えで保たれる基底をもたない平面

$W:=\{x\in K^3\mid x_1+x_2+x_3=0\}$ とおく($W$ は $0$ でない線形汎関数の核なので 2 次元である)。

  1. すべての $\sigma\in S_3$ について $P_\sigma(W)=W$ である。
  2. $W$ の基底 $\{w_1,w_2\}$ で、すべての $\sigma\in S_3$ について $P_\sigma\{w_1,w_2\}=\{w_1,w_2\}$ となるものは存在しない。

1:$x=\sum_jx_je_j$ なら $P_\sigma x=\sum_jx_je_{\sigma(j)}$ であり、$P_\sigma x$ の成分は $x$ の成分を並べ替えたものなので、成分の和は変わらない。よって $P_\sigma(W)\subset W$ である。$\sigma^{-1}$ についても同じなので $W=P_\sigma P_{\sigma^{-1}}(W)\subset P_\sigma(W)$ であり、$P_\sigma(W)=W$ である。
2:そのような基底 $B=\{w_1,w_2\}$($w_1\ne w_2$)があったとして矛盾を導く。$\tau$ を巡回置換 $1\mapsto2\mapsto3\mapsto1$ とし、$c:=P_\tau$ とおく。仮定により $c$ は 2 元集合 $B$ の並べ替え $\pi$ を引き起こし、$c^3=P_{\tau^3}=I_3$ なので $\pi^3=\mathrm{id}$ である。2 元集合の並べ替えは $\pi^2=\mathrm{id}$ を満たすので、$\pi=\pi^3(\pi^2)^{-1}=\mathrm{id}$ である。したがって $cw_1=w_1$ かつ $cw_2=w_2$ である。
$cx=x$ を満たす $x\in K^3$ を求める。$cx=x_1e_2+x_2e_3+x_3e_1=(x_3,x_1,x_2)^{\top}$ なので、$cx=x$ は $x_1=x_2=x_3$ と同値であり、$x=t(1,1,1)^{\top}$($t\in K$)である。よって $w_1,w_2$ はどちらも $(1,1,1)^{\top}$ の定数倍であり、線形独立でない。これは $\{w_1,w_2\}$ が基底であることに反する。$\square$

たとえば $W$ の基底 $(1,-1,0)^{\top}$、$(1,0,-1)^{\top}$(Axl24 2.27 (f))は、第 2・第 3 座標の入れ替えでは集合として保たれるが、巡回置換 $c$ で $(1,-1,0)^{\top}$ が $(0,1,-1)^{\top}$ に写り、集合から外れる。$W$ は $K^3$ の中で「対称に」置かれた平面であるが、その対称性をすべて保つ基底はない。抽象的なベクトル空間に標準基底がないことの、具体的な現れである。

座標が無限個ある場合

無限個の座標と標準的なベクトル

$I$ を集合とし、$I$ から $K$ への写像全体 $K^I$ を値ごとの演算でベクトル空間とみる。$K^{(I)}\subset K^I$ は部分空間である。

  1. $(e_i)_{i\in I}$ は $K^{(I)}$ の基底である。
  2. $(e_i)_{i\in I}$ は $K^I$ の中で線形独立であり、その線形包は $K^{(I)}$ である。とくに $I$ が無限集合なら、$(e_i)_{i\in I}$ は $K^I$ の基底ではない。

1:$x\in K^{(I)}$ とし、$x(i)\ne0$ となる $i$ の全体を $S$(有限集合)とする。$y:=\sum_{i\in S}x(i)e_i$ の $j$ での値は $\sum_{i\in S}x(i)\delta_{ij}$ で、$j\in S$ なら $x(j)$、$j\notin S$ なら $0=x(j)$ である。よって $x=y$ であり、$(e_i)$ は $K^{(I)}$ を生成する。線形独立であること:相異なる $i_1,\dots,i_r$ について $\sum_kc_ke_{i_k}=0$ なら、$i_l$ での値をとって $c_l=0$ である。
2:$K^I$ の中の線形独立性は 1 と同じ計算で分かる。線形包は $e_i$ の有限個の線形結合の全体であり、有限個の $e_i$ の線形結合は有限個の点でしか $0$ でない値をとらないので $K^{(I)}$ に含まれる。逆の包含は 1 による。$I$ が無限集合なら、定数写像 $\mathbf{1}(i)=1$ はすべての点で $0$ でないので $K^{(I)}$ に入らず、$K^{(I)}\ne K^I$ である。よって $(e_i)$ は $K^I$ を生成せず、基底ではない。$\square$

$K^I$ も基底をもつ(基底と次元 の記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」。選択公理 を使う)が、$I$ が無限集合のとき、具体的に書き下せる基底は知られていない。標準的なベクトル $e_i$ で済むのは $K^{(I)}$ までである。
同じ現象は位相を入れた空間でも起こる。2 乗和が有限な実数列の空間 $\ell^2$ で、$e_n$ を第 $n$ 項だけが $1$ の列とすると、$\ell^2$ のどの元 $x$ も
$$ \Bigl\|x-\sum_{n\le N}x_ne_n\Bigr\|^2=\sum_{n>N}x_n^2\longrightarrow0\qquad(N\to\infty) $$
を満たし、無限級数 $x=\sum_nx_ne_n$ として表せる。しかし 2 の議論により、$(e_n)$ の線形包は有限個の項を除いて $0$ の列の全体であり、たとえば $(1/n)_{n\ge1}$($\sum1/n^2<\infty$ なので $\ell^2$ の元)は $(e_n)$ の有限個の線形結合では書けない。$(e_n)$ は Hilbert空間 $\ell^2$ の正規直交基底(完全正規直交系)ではあるが、ベクトル空間としての基底ではない。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
有限台の関数の空間 $K^{(I)}$ で考える$K^{\mathbb{N}}$ と $(e_i)_{i\in\mathbb{N}}$$(e_i)$ が基底であること(生成しない)
有限次元$\ell^2$ と $(e_n)_{n\ge1}$正規直交基底(完全正規直交系)がベクトル空間の基底になること
空間が $K^n$ そのもの$W=\{x\in K^3\mid x_1+x_2+x_3=0\}$座標の入れ替えですべて保たれる基底の存在
並べる順序が $e_1,e_2,\dots,e_n$ の順$(e_2,e_1)$($K^2$)座標が成分そのものであること
各直線 $Ke_j$ を保つ$\begin{pmatrix}0&2\\1&0\end{pmatrix}$(標数 $2$ でない)対角行列であること・置換行列であること
反例:表の各行の確かめ

1 行目:prop-sb-infinite の 2 で $I=\mathbb{N}$ とした場合で、定数列 $(1,1,1,\dots)$ が $(e_i)$ の線形包に入らない。2 行目:prop-sb-infinite の後の段落で、$(1/n)_{n\ge1}\in\ell^2$ が $(e_n)$ の有限個の線形結合で書けないことを確かめた。3 行目:prop-sb-no-symmetric による。$K^3$ 全体なら標準基底が座標の入れ替えで保たれる(thm-sb-stabilizer の 1)ので、部分空間に移ったことで成り立たなくなる。4 行目:$x=(x_1,x_2)^{\top}=x_2e_2+x_1e_1$ なので、組 $(e_2,e_1)$ に関する座標は $(x_2,x_1)^{\top}$ で、$x_1\ne x_2$ なら $x$ と異なる。5 行目:thm-sb-stabilizer の後の段落による。この行列は直線 $Ke_1$、$Ke_2$ を入れ替えるので直線の集合は保つが、各直線を保たないので対角行列でなく、$ge_2=2e_1\notin\{e_1,e_2\}$ なので置換行列でもない。

補足

環の上の標準基底

係数が環 $R$ の場合も、$R^n$ や $R^{(I)}$ の元 $e_i$ を同じ式で定め、標準基底という。$R^{(I)}$ は $(e_i)$ を基底とする自由加群であり、標準基底の行き先で準同型が決まる(加群 の記事の命題「自由加群の普遍性」)。ただし体の場合と違い、$R^n$ の $n$ 個の線形独立な元が基底になるとは限らない。たとえば $\mathbb{Z}^2$ の $(2,0)^{\top}$、$(0,1)^{\top}$ は線形独立だが、$(1,0)^{\top}$ をこれらの整数係数の線形結合で書けないので基底でない。可換環 $R\ne0$ の上では $R^n\cong R^m$ なら $n=m$ である(自由加群 の記事の定理「可換環上の階数の一意性」)。

呼び名と記法

$e_i$ を「基本ベクトル」「単位ベクトル」「基本単位ベクトル」と呼ぶ本もある。「単位ベクトル」は長さ $1$ のベクトル一般を指すことも多いので、この記事では使わない。$e_i$ は $n$ を記号に含まないので、どの $K^n$ の元かは文脈で決める(ex-sb-entries のように $e_j\in K^n$ と $e_i\in K^m$ が同時に現れることもある)。$\mathbb{R}^3$ の標準基底を物理学では $\boldsymbol{i},\boldsymbol{j},\boldsymbol{k}$ と書く。ベクトルを行ベクトルで書く流儀では、$e_i$ も行ベクトル $(0,\dots,1,\dots,0)$ になり、行列はベクトルに右から掛ける。

文献

$K^n$ と $K[x]_{\le m}$ の標準基底は Axl24 2.27 (a)・(g)(§2B、p. 39)、部分空間 $\{x_1+x_2+x_3=0\}$ の基底 (f) も同じ箇所にある。標準基底に関する座標(ベクトルの行列)は同 3.73–3.74(§3D、p. 88)、標準基底の双対基底は 3.113(§3F、p. 106)にある。行列の列と線形写像の対応は DF04 §11.2(pp. 415–419)にもある。

関連項目

参考文献

[1]
Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024, 2.27 (a)(f)(g)(§2B、p. 39)、3.73–3.74(§3D、p. 88)、3.113(§3F、p. 106)

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