球面のホモトピー群

概要

球面のホモトピー群は、基点を保つ球面間の写像を、基点を固定する連続変形で類別する群である。消滅域と対角線上の整数群、Hopf写像、低次の計算表、Serreの有限性定理、Freudenthal懸垂定理による安定化を通じて、規則性と複雑な捩れが共存する構造を説明する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ホモトピー群, 球面, 懸垂, ファイバー束

球面のホモトピー群とは

整数 $k,n\geq1$ に対する
$$ \pi_k(S^n) $$
球面のホモトピー群という。これは基点を保つ写像 $S^k\to S^n$ を、基点を固定したホモトピーで類別した群である。$k$ は写像の定義域の次元、$n$ は値域である球面の次元を表す。$k$$n$ の順序を逆にしないことが、表を読む第一歩になる。

球面のホモトピー群の添字

$\pi_k(S^n)$ では、下付き添字 $k$ が写像 $S^k\to S^n$ の定義域の次元、上付き添字 $n$ が値域の球面の次元である。本記事では $k,n\geq1$ とする。基点は各球面の標準的な一点に取るが、球面は道連結なので、基点を別の点に替えても得られる群は同型である。

球面は定義が簡単である一方、$k>n$ の群は急速に複雑になる。計算結果には、対角線の規則的な無限巡回群、対角線より下の広い消滅域、対角線より上の有限群と例外的な無限成分、そして懸垂によって一定になる安定域が同時に現れる。

最初に分かる範囲

消滅域と対角線

任意の $n\geq1$ について次が成り立つ。

  1. $1\leq k< n$ なら $\pi_k(S^n)=0$
  2. $\pi_n(S^n)\cong\mathbb Z$。恒等写像の類が生成元であり、同型は写像度で与えられる。
  3. $n=1$ では $\pi_1(S^1)\cong\mathbb Z$ であり、$k>1$ では $\pi_k(S^1)=0$
証明

$k< n$ の場合、$S^n$ を一つの $0$ 胞体と一つの $n$ 胞体からなるCW複体とみなす。基点付き胞体近似により、写像 $S^k\to S^n$$k$ 骨格へ像を持つ写像にホモトピックである。$k< n$ ではこの骨格は基点だけなので、写像は基点付きで定値写像へ縮む。
$k=n$ では、球面自己写像の基点付きホモトピー類を写像度が完全に分類する次数定理を用いる。HatAT Corollary 4.25から採用する。ホモトピー群のHurewicz定理も、独立に確立した後で $n\geq2$ の球面へ適用すれば同じ同型を再現するが、その内部証明が球面の次数同型を基礎に使う場合は、本段落の証明として循環利用しない。$n=1$ は円周の回転数による基本群の計算で同じ結論になる。
$k>1$ に対する $S^1$ の主張は、可縮な普遍被覆 $\mathbb R\to S^1$ と、被覆写像が2次以上のホモトピー群に同型を誘導することから従う。$n=1$$n\geq2$ で用いる理由を混同していない。消滅域は HatAT Corollary 4.9、対角線はCorollary 4.25と照合した。

この命題だけで、表の対角線より左がすべて $0$、対角線がすべて $\mathbb Z$ と決まる。しかし右側の $k>n$ は、ホモロジー群 $H_k(S^n)$$0$ であっても消えるとは限らない。

最初の非自明な不安定群

Hopf束による $\pi_3(S^2)$ の計算

Hopf束
$$ S^1\longrightarrow S^3\xrightarrow{\eta}S^2 $$
の射影 $\eta$$\pi_3(S^2)$ の生成元を表し、
$$ \pi_3(S^2)\cong\mathbb Z $$
である。さらに $k\geq3$ では $\eta_*:\pi_k(S^3)\to\pi_k(S^2)$ は同型である。

ファイバー化の完全系列による計算

Hopf写像を $S^3\subset\mathbb C^2$ 上で
$$ \eta(z_0,z_1)=[z_0:z_1]\in\mathbb CP^1\cong S^2 $$
と定める。これはファイバー $S^1$ の局所自明束である。ファイバー化のホモトピー完全系列において、$j\geq2$ なら $\pi_j(S^1)=0$ なので、$k\geq3$ に対して
$$ 0\longrightarrow\pi_k(S^3)\xrightarrow{\eta_*}\pi_k(S^2)\longrightarrow0 $$
を得る。従って $\eta_*$ は同型である。
$k=3$ とし、消滅域と対角線の計算を使うと $\pi_3(S^3)\cong\mathbb Z$ である。恒等写像の類はその生成元であり、$\eta_*$ はこれを $[\eta]$ へ送る。よって $\pi_3(S^2)\cong\mathbb Z$ で、Hopf写像が生成元になる。HatAT Example 4.51。

この例は、$k>n$ でも群が非自明になりうることを初めて示す。$S^2$$H_3$$0$ だが $\pi_3(S^2)$$\mathbb Z$ なので、球面の高次ホモトピー群をホモロジー群だけから読み取ることはできない。

低次の計算表

次の表では行が値域 $S^n$、列が写像の定義域の次元 $k$ である。$\mathbb Z/m$ は位数 $m$ の巡回群を表す。表の値は HatAT §4.1 の表(Toda62 からの抜粋)に基づく。

$\pi_k(S^n)$$k=1$$2$$3$$4$$5$$6$$7$$8$
$n=1$$\mathbb Z$$0$$0$$0$$0$$0$$0$$0$
$n=2$$0$$\mathbb Z$$\mathbb Z$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/12$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$
$n=3$$0$$0$$\mathbb Z$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/12$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$
$n=4$$0$$0$$0$$\mathbb Z$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z\oplus\mathbb Z/12$$\mathbb Z/2\oplus\mathbb Z/2$
$n=5$$0$$0$$0$$0$$\mathbb Z$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/24$
$n=6$$0$$0$$0$$0$$0$$\mathbb Z$$\mathbb Z/2$$\mathbb Z/2$

表には三つの読み方がある。

  • 横に読むと、固定した球面 $S^n$ に対して $S^k$ からどのような写像類があるかが分かる。
  • 対角線に平行に読むと、差 $r=k-n$ を固定した群が懸垂によって安定していく様子が見える。
  • $S^2$$S^3$ の行が $k\geq3$ で一致するのは、Hopf束が与える同型による。
    この有限表から表外の値を周期的に外挿してはならない。例えば $\pi_7(S^4)$ には $\mathbb Z$ 成分があるが、同じ差 $k-n=3$ の群は安定域では有限巡回群 $\mathbb Z/24$ になる。

無限成分が現れる場所

Serreの有限性定理(球面の場合)

$n\geq2$$k>n$ とする。$n$ が奇数なら $\pi_k(S^n)$ は有限群である。$n=2m$ が偶数なら、例外次数 $k=4m-1=2n-1$ において
$$ \pi_{2n-1}(S^n)\cong\mathbb Z\oplus F $$
となる有限アーベル群 $F$ が存在し、それ以外の $k>n$ では $\pi_k(S^n)$ は有限群である。

出典と仮定の照合

Serreの球面に関する総括結果は、$n>1$ では $\pi_k(S^n)$ が、$k=n$ と、$n$ が偶数のときの $k=2n-1$ を除いて有限であり、後者の例外群が $\mathbb Z$ と有限群の直和であることを述べる。Serre51HatAT p.339。本記事では $k>n$ に制限しているので、対角線 $k=n$ を除くと、奇数 $n$ には例外がなく、偶数 $n=2m$ の唯一の例外は $k=2n-1=4m-1$ となる。これが定理ボックスの二場合を与える。
この外部結果の完全な証明にはSerreスペクトル系列とSerre類の理論が必要であり、本記事内で再構成していない。例えば
$$ \pi_3(S^2)\cong\mathbb Z,\qquad \pi_7(S^4)\cong\mathbb Z\oplus\mathbb Z/12 $$
は例外次数 $2n-1$ に当たる。一方、$S^3$ の対角線より上の群はすべて有限である。「球面の高次ホモトピー群はすべて有限」と言うと、偶数次元球面のこの無限成分を落とす。

懸垂と安定ホモトピー群

写像 $f:S^{n+r}\to S^n$ を懸垂すると
$$ \Sigma f:S^{n+r+1}\to S^{n+1} $$
を得るため、準同型
$$ E:\pi_{n+r}(S^n)\longrightarrow\pi_{n+r+1}(S^{n+1}) $$
が定まる。

球面の安定範囲

$r\geq0$ を固定する。$n\geq r+2$ なら懸垂準同型
$$ E:\pi_{n+r}(S^n)\xrightarrow{\cong}\pi_{n+r+1}(S^{n+1}) $$
は同型である。従ってこの範囲の共通の群を第 $r$ 安定幹といい、$\pi_r^{\mathrm S}$ と書く。

Freudenthal懸垂定理の適用

ホモトピー群のFreudenthal懸垂定理では、$q$-連結なCW複体 $X$ に対し
$$ \pi_j(X)\longrightarrow\pi_{j+1}(\Sigma X) $$
$j\leq2q$ で同型、$j=2q+1$ で全射である。$S^n$$(n-1)$-連結なので $q=n-1$$j=n+r$ と置く。同型条件は
$$ n+r\leq2n-2, $$
すなわち $n\geq r+2$ である。境界の $n=r+1$ では全射しか保証されないため、同型範囲へ含めない。

低次表と安定範囲から、最初の安定幹は
$$ \pi_0^{\mathrm S}\cong\mathbb Z,\qquad \pi_1^{\mathrm S}\cong\mathbb Z/2,\qquad \pi_2^{\mathrm S}\cong\mathbb Z/2,\qquad \pi_3^{\mathrm S}\cong\mathbb Z/24 $$
と読める。例えば $r=3$ では $n\geq5$ が安定範囲であり、表の $\pi_8(S^5)\cong\mathbb Z/24$ が安定値になる。$\pi_7(S^4)\cong\mathbb Z\oplus\mathbb Z/12$ は境界より前の不安定群なので、安定値と一致しなくてよい。

どの道具で計算するか

球面のホモトピー群には、すべての $k,n$ を一度に与える単純な閉公式は知られていない。実際の計算では、次の道具を組み合わせる。

道具球面で果たす役割
Hurewicz定理最初に非零となる群 $\pi_n(S^n)$ をホモロジーから求める
ファイバー化の完全系列Hopf束やStiefel多様体の束から異なる球面の群を結ぶ
Freudenthal懸垂定理不安定群を安定幹へ移す範囲を与える
EHP系列・Whitehead積隣接する次元の不安定群を関係づける
Serre・Adamsスペクトル系列素数ごとの捩れと安定幹を段階的に計算する
Toda括弧写像の合成だけでは見えない高次の合成関係を記録する

計算は整数群をいきなり一塊で扱うより、各素数 $p$ に関する $p$-捩れへ分けて進めることが多い。安定幹についても計算は現在進行中の研究対象であり、2024年の研究は $2$-primaryな安定群のAdams微分や拡張に新しい情報を与えている。BIX24 この記事ではその個々の高次計算を再掲せず、低次表と一般構造までを扱う。

注意すべき読み違い

  • $H_k(S^n)=0$ から $\pi_k(S^n)=0$ を結論できるのは、Hurewicz定理の仮定と「最初の非零次数」という範囲を確認した場合だけである。$\pi_3(S^2)\cong\mathbb Z$ が直接の反例になる。
  • 安定とは群が $0$ になるという意味ではない。懸垂で次元を同時に上げたとき、群が一定の同型型になるという意味である。
  • $\pi_k(S^n)$ が有限であることと、群構造や生成元が計算済みであることは別である。Serreの定理は有限性を与えるが、各素数成分の完全な計算までは与えない。
  • 同じ差 $k-n$ を持つ群でも、安定範囲に入る前は同じとは限らない。

関連項目

参考文献

[1]
Allen Hatcher, Algebraic Topology, Cambridge University Press, 2002, §4.1–4.2, especially pp. 339–340, 378–385
[4]
Robert Burklund, Daniel C. Isaksen, Zhouli Xu, Classical stable homotopy groups of spheres via F2-synthetic methods, arXiv, 2024, Introduction, Theorems 1.1, 1.3–1.4, and Tables 1–2

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