単体圏Δ

同義語:単体圏simplex category余単体的恒等式単体的恒等式simplicial identities

概要

単体圏Δ(simplex category)とは、有限全順序集合 $[n]=\{0<1<\cdots<n\}$($n\ge0$)を対象とし、順序を保つ写像を射とする圏 $\Delta$ である。$[n]$ は頂点に番号の付いた $n$ 次元単体を表し、$\Delta^{\mathrm{op}}$ から集合の圏への関手が単体的集合である。すべての射は、1 点を飛ばす余面写像 $\delta^i$ と隣り合う 2 点をつぶす余退化写像 $\sigma^i$ の合成として「先につぶし、あとで面へ入れる」標準形にただ 1 通りに書け、$\Delta$ はこれらの生成元と余単体的恒等式だけで表示される。そのため単体的集合は、面写像・退化写像と単体的恒等式を満たす集合の列として記述できる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 関手, 順序集合

単体圏 $\Delta$ は、頂点に番号の付いた三角形・四面体……の「組合せ的な骨組み」を集めた圏である。対象は有限全順序集合 $[n]=\{0<1<\cdots< n\}$、射は順序を保つ写像で、$[n]$ は頂点 $0,1,\ldots,n$ をもつ $n$ 次元単体の頂点の並びを表す。$\Delta$ から集合の圏への反変関手が単体的集合であり、単体的集合の面写像・退化写像と、それらの間の関係式(単体的恒等式)は、すべて $\Delta$ の中の写像と関係式に由来する。この記事では、$\Delta$ のすべての射が「1 点を飛ばす写像」と「隣り合う 2 点をつぶす写像」の合成として一意な標準形に書けること、そして $\Delta$ がこれらの生成元と余単体的恒等式だけで表示されることを証明する。

定義

$n\ge0$ に対し、$[n]:=\{0,1,\ldots,n\}$ に通常の大小の順序を入れた全順序集合を考える。写像 $\alpha\colon[m]\to[n]$ が 順序を保つ(単調非減少)とは、$i\le j$ なら $\alpha(i)\le\alpha(j)$ となることをいう。

単体圏

単体圏(simplex category)$\Delta$ とは、対象を $[n]$($n\ge0$)とし、$[m]$ から $[n]$ への射を順序を保つ写像 $\alpha\colon[m]\to[n]$ とし、合成を写像の合成とする圏である。

恒等写像は順序を保ち、順序を保つ写像の合成も順序を保つので、これは圏である(Ker26 Definition 1.1.0.2(Tag 000A)、Rie16 Example 1.3.7 (vi)、p. 19)。
$\Delta$ は「空でない有限全順序集合と順序を保つ写像の圏」と同値である。実際、元が $n+1$ 個の全順序集合 $I$ には、小さい順に $0,1,\ldots,n$ と番号を付ける写像 $I\to[n]$ があり、これは順序を保つ全単射で逆も順序を保つ。しかも $I$ から $[n]$ への順序を保つ全単射はこれだけである(最小元は最小元に、次の元は次の元に行くしかない)。したがって各 $I$ は $[n]$ のただ 1 つと、ただ 1 通りの同型で同一視できる(Ker26 Remark 1.1.0.3(Tag 000B))。以下では $[n]$ の部分集合も、この番号付けで $[k]$ と同一視する。

余面写像と余退化写像

$n\ge1$、$0\le i\le n$ に対し、$i$ を値にとらない単射
$$ \delta^i\colon[n-1]\to[n],\qquad \delta^i(x)=\begin{cases}x&(x< i)\\ x+1&(x\ge i)\end{cases} $$
を 余面写像 という。$n\ge0$、$0\le i\le n$ に対し、$i$ と $i+1$ を同じ値 $i$ に送る全射
$$ \sigma^i\colon[n+1]\to[n],\qquad \sigma^i(x)=\begin{cases}x&(x\le i)\\ x-1&(x>i)\end{cases} $$
を 余退化写像 という。

どちらも順序を保つので $\Delta$ の射である。$\delta^i$ は $n$ 単体の頂点のうち $i$ 番目を除いた面($i$ 番目の頂点の向かいの面)を $[n-1]$ と同一視する写像、$\sigma^i$ は $(n+1)$ 単体の辺 $\{i,i+1\}$ をつぶして $n$ 単体へ写す写像と読める(Ker26 Construction 1.1.1.4(Tag 04ZE)、Construction 1.1.2.1(Tag 04ZK))。

直感

$[n]$ を「頂点に $0,\ldots,n$ と番号の付いた $n$ 次元単体」と思うと、順序を保つ写像 $[m]\to[n]$ は「$m$ 単体を、頂点の順序を崩さずに $n$ 単体の中へ(つぶしてもよいから)線型に写す方法」である。この記事の主定理は、そのような写し方がすべて「面を選ぶ」($\delta^i$)と「辺をつぶす」($\sigma^i$)の繰り返しで得られ、しかも「先にすべてつぶし、あとで面へ入れる」という順に並べれば書き方がただ 1 つに決まる、ということである。単体的集合の側では、$\delta^i$ は面写像 $d_i$ に、$\sigma^i$ は退化写像 $s_i$ に変わる。

例

射の個数

$[m]$ から $[n]$ への射の個数は
$$ \lvert\operatorname{Hom}_\Delta([m],[n])\rvert=\binom{m+n+1}{m+1} $$
である。順序を保つ写像 $\alpha$ は、値の列 $\alpha(0)\le\alpha(1)\le\cdots\le\alpha(m)$、つまり $\{0,\ldots,n\}$ から重複を許して $m+1$ 個選ぶ組合せと 1 対 1 に対応するからである(重複組合せの個数 $\binom{(n+1)+(m+1)-1}{m+1}$)。たとえば $[1]\to[2]$ の射は、値の組 $(0,0),(0,1),(0,2),(1,1),(1,2),(2,2)$ の $\binom{4}{2}=6$ 個で、そのうち単射は $3$ 個($\delta^0,\delta^1,\delta^2$ の像にあたる $3$ 本の辺)、残りの $3$ 個は定値写像である。

小さい次元の余面写像と余退化写像

$[0]\to[1]$ の余面写像は $\delta^0(0)=1$ と $\delta^1(0)=0$ の $2$ つで、線分の $2$ つの端点を選ぶ。$\delta^i$ は $i$ を値にとらないので、$\delta^0$ は頂点 $1$、$\delta^1$ は頂点 $0$ を選ぶ(番号の付き方に注意)。$[1]\to[0]$ の余退化写像は $\sigma^0$ ただ 1 つで、線分を 1 点につぶす。$[2]\to[1]$ の余退化写像は $\sigma^0=(0,0,1)$ と $\sigma^1=(0,1,1)$(値の列で書いた)である。

標準形の例

$\alpha\colon[3]\to[3]$ を $\alpha=(0,0,2,3)$(値の列)とする。$\alpha$ は $0$ と $1$ を同じ値に送り、値 $1$ をとらない。そこで先に $\sigma^0\colon[3]\to[2]$(値の列 $(0,0,1,2)$)で $0,1$ をつぶし、次に $\delta^1\colon[2]\to[3]$ で値 $1$ を飛ばすと
$$ \delta^1\circ\sigma^0=(0,0,2,3)=\alpha $$
となる。下の thm-sc-normal-form は、どの射もこのように書け、書き方が一意であることを主張する。

性質

射の分解

順序を保つ写像 $\alpha\colon[m]\to[n]$ に対し、
$$ T(\alpha):=\{x\in\{0,\ldots,m-1\}\mid \alpha(x)=\alpha(x+1)\} $$
を $\alpha$ の つぶれる位置の集合 と呼ぶことにする。$\alpha$ が単射であることと $T(\alpha)=\emptyset$ は同値である(順序を保つので、$\alpha(x)=\alpha(y)$、$x< y$ なら $\alpha(x)=\alpha(x+1)$)。

射は像とつぶれる位置で決まる
  1. $\Delta$ の射 $\alpha\colon[m]\to[n]$ は、全射 $p\colon[m]\to[k]$ と単射 $\iota\colon[k]\to[n]$ の合成 $\alpha=\iota\circ p$ に一意に分解される。
  2. 全射 $p\colon[m]\to[k]$ は $T(p)$ で決まり、単射 $\iota\colon[k]\to[n]$ は像 $\iota([k])$ で決まる。
  3. したがって、$\Delta$ の $2$ つの射 $\alpha,\beta\colon[m]\to[n]$ について、$\alpha([m])=\beta([m])$ かつ $T(\alpha)=T(\beta)$ なら $\alpha=\beta$ である。

(ii) 単射 $\iota\colon[k]\to[n]$ は、$[k]$ から像への順序を保つ全単射と包含の合成であり、順序を保つ全単射は定義の直後に述べたとおり一意なので、$\iota$ は像で決まる。全射 $p\colon[m]\to[k]$ は順序を保つので $p(0)=0$ であり、各 $x$ で $p(x+1)-p(x)\in\{0,1\}$ である(差が $2$ 以上なら間の値がとられず全射でない)。よって $p(x+1)=p(x)$ となるのは $x\in T(p)$ のときだけで、それ以外では $p(x+1)=p(x)+1$ である。これで $p$ の値が $x=0,1,\ldots$ の順に $T(p)$ から決まる。
(i) $S=\alpha([m])$ の元の個数を $k+1$ とし、$\iota\colon[k]\to[n]$ を $S$ への順序を保つ全単射と包含の合成、$p=\iota^{-1}\circ\alpha\colon[m]\to[k]$ とすれば $\alpha=\iota\circ p$ で、$p$ は順序を保つ全射である。一意性:$\alpha=\iota'\circ p'$ と分解すれば、$p'$ が全射なので $\iota'$ の像は $S$ に等しく、(ii) により $\iota'=\iota$ であり、$\iota$ が単射なので $p'=p$ である。
(iii) 分解 $\alpha=\iota\circ p$ で $\iota$ は単射なので $T(\alpha)=T(p)$、また $\alpha$ の像は $\iota$ の像である。よって (ii) により $\alpha$ の $2$ つの成分はどちらも $(\alpha([m]),T(\alpha))$ で決まる。$\blacksquare$

分解 (i) の全射を $\alpha$ の 全射部分、単射を 単射部分 という。単射部分の像は $\alpha$ の像、全射部分のつぶれる位置は $T(\alpha)$ である。
以下でくり返し使う計算を 1 つ用意する。$\sigma^j$ が同じ値に送る異なる $2$ 点は $j$ と $j+1$ だけなので、順序を保つ写像 $\beta$ と $\sigma^j$ の合成について
$$ T(\sigma^j\beta)=T(\beta)\cup\{x\mid \beta(x)=j,\ \beta(x+1)=j+1\} $$
が成り立つ($\beta(x)\le\beta(x+1)$ なので、$\sigma^j\beta(x)=\sigma^j\beta(x+1)$ となるのは $\beta(x)=\beta(x+1)$ のときか、$\beta(x)=j$、$\beta(x+1)=j+1$ のときである)。これを つぶれる位置の合成則 と呼ぶ。

余単体的恒等式

余単体的恒等式

余面写像と余退化写像は、定義できるすべての添字について次を満たす。
$$ \begin{aligned} \delta^j\delta^i&=\delta^i\delta^{j-1}&&(i< j),\\ \sigma^j\sigma^i&=\sigma^i\sigma^{j+1}&&(i\le j),\\ \sigma^j\delta^i&=\delta^i\sigma^{j-1}&&(i< j),\\ \sigma^j\delta^j&=\sigma^j\delta^{j+1}=\mathrm{id},\\ \sigma^j\delta^i&=\delta^{i-1}\sigma^j&&(i>j+1). \end{aligned} $$
ここで写像の合成を並べて書いた($\delta^j\delta^i=\delta^j\circ\delta^i$)。

lem-sc-image-collapse の (iii) により、各式の両辺について像とつぶれる位置の集合が一致することを確かめればよい。以下、$\delta^i$ は値 $i$ を飛ばし、$\sigma^j$ は $j$ と $j+1$ を同じ値 $j$ に送り、$y>j$ では $\sigma^j(y)=y-1$ であることと、つぶれる位置の合成則を使う。

5 つの式の確かめを開く

$\delta^j\delta^i$($i< j$):両辺とも単射なので $T=\emptyset$。像は、左辺が $[n]\setminus\{j,\delta^j(i)\}=[n]\setminus\{i,j\}$($i< j$ より $\delta^j(i)=i$)、右辺が $[n]\setminus\{i,\delta^i(j-1)\}=[n]\setminus\{i,j\}$($j-1\ge i$ より $\delta^i(j-1)=j$)で一致する。

$\sigma^j\sigma^i$($i\le j$):両辺とも全射なので像は全体である。左辺は合成則で $\beta=\sigma^i$ とし、$\sigma^i(x)=j$、$\sigma^i(x+1)=j+1$ となる $x$ を探すと、$x\ge i+1$ なら $x-1=j$ から $x=j+1$(このとき $\sigma^i(x+1)=j+1$ で条件を満たす)、$x\le i$ なら $x=j\le i$ から $x=i=j$ だが $\sigma^i(i+1)=i\ne i+1$ で不適。よって $T=\{i\}\cup\{j+1\}$。右辺は $\beta=\sigma^{j+1}$ で、$T(\sigma^{j+1})=\{j+1\}$、$\sigma^{j+1}(x)=i$、$\sigma^{j+1}(x+1)=i+1$ となる $x$ は、$i+1\le j+1$ の範囲で $\sigma^{j+1}$ が恒等的なので $x=i$ だけである。よって $T=\{i,j+1\}$ で一致する。

残りの 3 式は、$\delta^i\colon[n]\to[n+1]$、$\sigma^j\colon[n+1]\to[n]$ の合成 $\sigma^j\delta^i\colon[n]\to[n]$ の像とつぶれる位置を $i$ と $j$ の位置関係で調べる。$\delta^i$ の値の列は $0,\ldots,i-1,i+1,\ldots,n+1$ である。

  • $i< j$:値の列は $j$ と $j+1$ を両方含み、$\sigma^j$ で値 $i$ に行くのは $i$ だけなので、像は $[n]\setminus\{i\}$。隣り合う値 $\delta^i(x),\delta^i(x+1)$ が $\{j,j+1\}$ になるのは $x=j-1$ のときだけなので $T=\{j-1\}$。右辺 $\delta^i\sigma^{j-1}$ も、像 $[n]\setminus\{i\}$、$T=\{j-1\}$ である。
  • $i=j$ または $i=j+1$:値の列は $j,j+1$ の一方だけを含み、$\sigma^j$ は $j+1$ 以上を $1$ ずつ下げるので、合成は $0,1,\ldots,n$ をそのまま返す。つまり恒等写像である。
  • $i>j+1$:値の列は $j,j+1$ を両方含み、$\sigma^j$ で値 $i-1$ に行く点は $i$ だけ($y>j$ では $\sigma^j(y)=y-1$)なので、像は $[n]\setminus\{i-1\}$。$\{j,j+1\}$ が隣り合って現れるのは $x=j$ のときなので $T=\{j\}$。右辺 $\delta^{i-1}\sigma^j$ も、像 $[n]\setminus\{i-1\}$、$T=\{j\}$ である。$\blacksquare$

これらの式は、単体的集合 の記事の命題「単体的恒等式」に現れる面写像・退化写像の関係式を、反変関手で写す前の形で書いたものである。

単射と全射、同型

単射・全射・同型

$\Delta$ の射 $\alpha\colon[m]\to[n]$ について次が成り立つ。
(R1) $\alpha$ がモノ射であることと、写像として単射であることは同値である。
(R2) $\alpha$ がエピ射であることと、写像として全射であることは同値である。
(R3) $\alpha$ が同型射であることと、$m=n$ かつ $\alpha=\mathrm{id}$ であることは同値である。とくに $\Delta$ の対象の自己同型は恒等射だけである。

(i) 単射なら、左から消去できるのでモノ射である。単射でなければ、ある $x$ で $\alpha(x)=\alpha(x+1)$ となる。$[0]$ から $[m]$ への $2$ つの射 $0\mapsto x$、$0\mapsto x+1$ は異なるが、$\alpha$ との合成は等しいので、$\alpha$ はモノ射でない。
(ii) 全射なら、右から消去できるのでエピ射である。全射でなければ、ある $y\in[n]$ が値にとられない。$f,g\colon[n]\to[1]$ を
$$ f(z)=\begin{cases}0&(z< y)\\1&(z\ge y)\end{cases},\qquad g(z)=\begin{cases}0&(z\le y)\\1&(z>y)\end{cases} $$
と定めると、どちらも順序を保ち、$f\ne g$($f(y)=1\ne0=g(y)$)だが、$f$ と $g$ は $y$ 以外で一致するので $f\circ\alpha=g\circ\alpha$ である。よって $\alpha$ はエピ射でない。
(iii) 同型射は全単射なので $m=n$ であり、$[n]$ から $[n]$ への順序を保つ全単射は恒等写像だけである(定義の直後の注意)。$\blacksquare$

標準形

余面写像・余退化写像の単調な合成
  1. $n\ge i_1>i_2>\cdots>i_s\ge0$ のとき、合成 $\delta^{i_1}\delta^{i_2}\cdots\delta^{i_s}\colon[n-s]\to[n]$ は単射で、その像は $[n]\setminus\{i_1,\ldots,i_s\}$ である。
  2. $0\le j_1< j_2<\cdots< j_t< m$ のとき、合成 $\sigma^{j_1}\sigma^{j_2}\cdots\sigma^{j_t}\colon[m]\to[m-t]$ は全射で、そのつぶれる位置の集合は $\{j_1,\ldots,j_t\}$ である。

(i) $s$ についての帰納法。$s=0$ は恒等写像である。$\iota'=\delta^{i_2}\cdots\delta^{i_s}\colon[n-s]\to[n-1]$ は帰納法の仮定により単射で、像の補集合は $\{i_2,\ldots,i_s\}$ である。$\delta^{i_1}$ は単射で値 $i_1$ だけを飛ばすので、$\delta^{i_1}\iota'$ は単射で、像の補集合は $\{i_1\}\cup\delta^{i_1}(\{i_2,\ldots,i_s\})$ である。$i_l< i_1$($l\ge2$)なので $\delta^{i_1}(i_l)=i_l$ であり、補集合は $\{i_1,\ldots,i_s\}$ になる。
(ii) $t$ についての帰納法。$t=0$ は恒等写像である。$\beta'=\sigma^{j_2}\cdots\sigma^{j_t}$ とおく。各 $\sigma^{j}$ は $j$ 以下の点を動かさず、$\sigma^j(y)\le y$ なので、$\beta'$ は $j_2$ 以下の点を動かさず($t=1$ なら $\beta'$ は恒等写像)、すべての $x$ で $\beta'(x)\le x$ である。帰納法の仮定により $\beta'$ は全射で $T(\beta')=\{j_2,\ldots,j_t\}$ である。つぶれる位置の合成則により
$$ T(\sigma^{j_1}\beta')=T(\beta')\cup\{x\mid\beta'(x)=j_1,\ \beta'(x+1)=j_1+1\}. $$
$x=j_1$ は $j_1+1\le j_2$ なので条件を満たす。逆に $\beta'(x)=j_1$ なら、$x>j_2$ では $\beta'(x)\ge\beta'(j_2)=j_2>j_1$ となるので $x\le j_2$ で、そこでは $\beta'(x)=x$ だから $x=j_1$ である。よって $T(\sigma^{j_1}\beta')=\{j_1,\ldots,j_t\}$ であり、全射の合成なので全射である。$\blacksquare$

射の標準形

$\Delta$ の任意の射 $\alpha\colon[m]\to[n]$ は
$$ \alpha=\delta^{i_1}\delta^{i_2}\cdots\delta^{i_s}\,\sigma^{j_1}\sigma^{j_2}\cdots\sigma^{j_t},\qquad n\ge i_1>\cdots>i_s\ge0,\quad 0\le j_1<\cdots< j_t< m $$
の形に書け($s=0$ や $t=0$ も許し、空の合成は恒等射とする)、この形の書き方はただ 1 つである。このとき $\{i_1,\ldots,i_s\}=[n]\setminus\alpha([m])$、$\{j_1,\ldots,j_t\}=T(\alpha)$ で、$m-t+s=n$ である。

存在:lem-sc-image-collapse により $\alpha=\iota\circ p$($p\colon[m]\to[k]$ は全射、$\iota\colon[k]\to[n]$ は単射)と分解する。$[n]\setminus\iota([k])$ の元を大きい順に $i_1>\cdots>i_s$、$T(p)$ の元を小さい順に $j_1<\cdots< j_t$ と並べる。lem-sc-monotone-words により、$\delta^{i_1}\cdots\delta^{i_s}$ は $\iota$ と同じ像をもつ単射、$\sigma^{j_1}\cdots\sigma^{j_t}$ は $p$ と同じつぶれる位置をもつ全射なので、lem-sc-image-collapse の (ii) によりそれぞれ $\iota$、$p$ に等しい。
一意性:上の形の合成は、lem-sc-monotone-words により「全射のあとに単射」の形であり、像の補集合が $\{i_1,\ldots,i_s\}$、つぶれる位置の集合が $\{j_1,\ldots,j_t\}$ である。これらは $\alpha$ だけで決まる($[n]\setminus\alpha([m])$ と $T(\alpha)$)ので、添字の列は $\alpha$ から一意に決まる。元の個数を数えると $k=m-t$、$k=n-s$ である。$\blacksquare$

とくに、$\Delta$ のすべての射は余面写像と余退化写像の合成である。単射は余面写像だけの合成、全射は余退化写像だけの合成である。

生成元と関係式による表示

次の定理は、余単体的恒等式が $\Delta$ の射の間の関係を「すべて」尽くしていることを述べる。
$\mathcal P$ を次の圏とする:対象は $[n]$($n\ge0$)で、射は記号 $\mathsf d^i\colon[n-1]\to[n]$($0\le i\le n$)と $\mathsf s^i\colon[n+1]\to[n]$($0\le i\le n$)を合成できる順に並べた語(空の語は恒等射)を、prop-sc-cosimplicial-identities の $5$ 種類の式($\delta,\sigma$ を $\mathsf d,\mathsf s$ に替えたもの)の一方の辺を語の中で他方の辺に置き換える操作が生成する同値関係(語の連結と両立する合同関係)で割ったもの、合成は語の連結である。つまり $\mathcal P$ は、生成元 $\mathsf d^i,\mathsf s^i$ と関係式「余単体的恒等式」で表示される圏である。$\mathsf d^i\mapsto\delta^i$、$\mathsf s^i\mapsto\sigma^i$ とする関手 $\Phi\colon\mathcal P\to\Delta$ は、prop-sc-cosimplicial-identities により矛盾なく定まる。

単体圏の表示

関手 $\Phi\colon\mathcal P\to\Delta$ は圏の同型である。すなわち、$\Delta$ は余面写像と余退化写像で生成され、それらの間の関係はすべて余単体的恒等式から導かれる。

$\Phi$ は対象の上で全単射であり、thm-sc-normal-form により射の上で全射である。単射性を示すには、次の主張を示せば十分である。
主張:$\mathcal P$ の任意の語は、関係式を使って 標準の語 $\mathsf d^{i_1}\cdots\mathsf d^{i_s}\mathsf s^{j_1}\cdots\mathsf s^{j_t}$($i_1>\cdots>i_s$、$j_1<\cdots< j_t$)に書き換えられる。
主張を認めると、$\Phi(w)=\Phi(w')$ となる語 $w,w'$ はそれぞれ標準の語 $u,u'$ に等しく、$\Phi(u)=\Phi(w)=\Phi(w')=\Phi(u')$ である。thm-sc-normal-form の一意性により $u$ と $u'$ は同じ語なので、$\mathcal P$ で $w=u=u'=w'$ となる。
主張の証明は 3 段である。
段 1($\mathsf s$ を右へ).語 $w$ の中で、$\mathsf s$ の文字が $\mathsf d$ の文字より左にある組の数を $N(w)$ とする。$N(w)>0$ なら、隣り合う $\mathsf s^j\mathsf d^i$ がある。これを余単体的恒等式の後半 3 式で $\mathsf d\,\mathsf s$ の形の $2$ 文字か空の語に置き換える。前者ではその組だけが解消されて他の組の位置関係は変わらないので $N$ はちょうど $1$ 減り、後者では $2$ 文字が消えて $N$ は $1$ 以上減る。$N$ は負にならないので、有限回で $N=0$、つまり $w=(\mathsf d\text{ だけの語})(\mathsf s\text{ だけの語})$ の形になる。
段 2($\mathsf d$ だけの語).$\mathsf d$ だけの語が標準の語(添字が左から真に減少)に書き換えられることを、語の長さ $\ell$ の帰納法で示す。$\ell\le1$ では正しい。$w=\mathsf d^a w'$ とし、帰納法の仮定で $w'=\mathsf d^{i_1}\cdots\mathsf d^{i_s}$($i_1>\cdots>i_s$)とする。$a>i_1$ なら終わり。$a\le i_1$ なら、第 1 式($i=a$、$j=i_1+1$)により $\mathsf d^a\mathsf d^{i_1}=\mathsf d^{i_1+1}\mathsf d^a$ なので
$$ w=\mathsf d^{i_1+1}\,(\mathsf d^a\mathsf d^{i_2}\cdots\mathsf d^{i_s}) $$
である。括弧の中は長さ $\ell-1$ なので、帰納法の仮定で標準の語 $\mathsf d^{c_1}\cdots\mathsf d^{c_s}$ に書き換えられる。lem-sc-monotone-words の (i) により $\{c_1,\ldots,c_s\}$ は括弧の中の語が $\Phi$ で写る単射の像の補集合で、それは $\{a\}\cup\delta^a(\{i_2,\ldots,i_s\})$ である。$a\le i_1$ であり、$i_l< i_1$ から $\delta^a(i_l)\le i_l+1\le i_1$ なので、$c_1=\max\{c_l\}\le i_1< i_1+1$ である。よって $w=\mathsf d^{i_1+1}\mathsf d^{c_1}\cdots\mathsf d^{c_s}$ は標準の語である。
段 3($\mathsf s$ だけの語).同様に長さの帰納法で示す。$w=\mathsf s^b w'$、$w'=\mathsf s^{j_1}\cdots\mathsf s^{j_t}$($j_1<\cdots< j_t$)とする。$b< j_1$ なら終わり。$b\ge j_1$ なら、第 2 式($i=j_1$、$j=b$)により $\mathsf s^b\mathsf s^{j_1}=\mathsf s^{j_1}\mathsf s^{b+1}$ なので $w=\mathsf s^{j_1}(\mathsf s^{b+1}\mathsf s^{j_2}\cdots\mathsf s^{j_t})$ である。括弧の中を帰納法の仮定で標準の語 $\mathsf s^{e_1}\cdots\mathsf s^{e_t}$ に書き換える。$\{e_1,\ldots,e_t\}$ は括弧の中の語が写る全射のつぶれる位置の集合で、$\beta=\sigma^{j_2}\cdots\sigma^{j_t}$ とおけば $T(\beta)\cup\{x\mid\beta(x)=b+1,\ \beta(x+1)=b+2\}$ である。$T(\beta)$ の元は $j_1$ より大きく、$\beta(x)\le x$ なので $\beta(x)=b+1$ となる $x$ は $b+1>j_1$ 以上である。よって $e_1>j_1$ で、$w=\mathsf s^{j_1}\mathsf s^{e_1}\cdots\mathsf s^{e_t}$ は標準の語である。
段 1〜3 を続けて行えば、任意の語は標準の語に書き換えられる。$\blacksquare$

この定理の主張と、既約な語への書き換えによる証明の筋は Ker26 Proposition 1.1.2.14(Tag 04FW)にある。上の証明は、書き換えの停止と標準の語の一意性を、像とつぶれる位置の集合で確かめる形に整えたものである。

単体的対象の記述

単体的恒等式による単体的対象の記述

圏 $\mathcal C$ の対象の列 $(X_n)_{n\ge0}$ と射 $d_i\colon X_n\to X_{n-1}$($n\ge1$、$0\le i\le n$)、$s_i\colon X_n\to X_{n+1}$($0\le i\le n$)が
$$ \begin{aligned} d_id_j&=d_{j-1}d_i&&(i< j),\\ s_is_j&=s_{j+1}s_i&&(i\le j),\\ d_is_j&=s_{j-1}d_i&&(i< j),\\ d_js_j&=d_{j+1}s_j=\mathrm{id},\\ d_is_j&=s_jd_{i-1}&&(i>j+1) \end{aligned} $$
を満たすとき、$X([n])=X_n$、$X(\delta^i)=d_i$、$X(\sigma^i)=s_i$ となる関手 $X\colon\Delta^{\mathrm{op}}\to\mathcal C$($\mathcal C$ の単体的対象)がただ 1 つある。逆に、すべての関手 $\Delta^{\mathrm{op}}\to\mathcal C$ はこうして得られる。

thm-sc-presentation により、関手 $\Delta^{\mathrm{op}}\to\mathcal C$ は、関手 $\mathcal P^{\mathrm{op}}\to\mathcal C$ と同じものである。表示された圏からの関手は、生成元の行き先を、関係式を満たすように決めることと $1$ 対 $1$ に対応する(語の行き先は文字の行き先の合成で決まり、関係式を満たせば同値な語は同じ射に行く)。反対圏では合成の順が逆になるので、余単体的恒等式 $\delta^j\delta^i=\delta^i\delta^{j-1}$ は $X(\delta^i)X(\delta^j)=X(\delta^{j-1})X(\delta^i)$、つまり $d_id_j=d_{j-1}d_i$ になる。他の $4$ 式も同様に、上の $5$ 式にそれぞれ移る。逆向きは、関手 $X$ が余単体的恒等式を上の式に写すことによる。$\blacksquare$

$\mathcal C$ が集合の圏のとき、これは 単体的集合 の記事で定義の後に述べた「集合列と単体的恒等式を満たす $d_i,s_i$ から単体的集合がただ 1 つ定まる」という事実であり、上の系がその証明を与える。面写像 $d_i$ は $n$ 単体の $i$ 番目の頂点の向かいの面をとる操作、退化写像 $s_i$ は $n$ 単体を $i$ 番目の頂点を重ねた $(n+1)$ 単体とみなす操作である。

反例

表示と標準形の主張が、どの条件に支えられているかを並べる。

外す条件反例成り立たなくなること
生成元に余退化写像を含める$\sigma^0\colon[1]\to[0]$余面写像だけで $\Delta$ が生成される
生成元に余面写像を含める$\delta^0\colon[0]\to[1]$余退化写像だけで $\Delta$ が生成される
関係式 $\sigma^j\delta^j=\sigma^j\delta^{j+1}=\mathrm{id}$ を含める語 $\mathsf s^0\mathsf d^0$表示の関手が同型である
写像が順序を保つ互換 $\tau\colon\{0,1\}\to\{0,1\}$同型射は恒等射だけ
反例:余面写像だけでは生成されない

余面写像はすべて単射で、単射の合成は単射なので、余面写像の合成はすべて単射である。$\sigma^0\colon[1]\to[0]$ は単射でないので、余面写像の合成として書けない。同様に、余退化写像の合成はすべて全射なので、全射でない $\delta^0\colon[0]\to[1]$ は余退化写像の合成として書けない。「すべての射は余面写像の合成」「すべての射は余退化写像の合成」はどちらも成り立たず、thm-sc-normal-form には両方の種類が要る。

反例:恒等射になる関係式を落とした表示

余単体的恒等式のうち $\sigma^j\delta^j=\sigma^j\delta^{j+1}=\mathrm{id}$ を除いた $4$ 種類の式だけで表示される圏を $\mathcal P'$ とし、$\Phi'\colon\mathcal P'\to\Delta$ を同じく $\mathsf d^i\mapsto\delta^i$、$\mathsf s^i\mapsto\sigma^i$ で定める。残した $4$ 種類の式は、どれも両辺で文字 $\mathsf d$ の個数と文字 $\mathsf s$ の個数が等しい($\mathsf d\mathsf d=\mathsf d\mathsf d$、$\mathsf s\mathsf s=\mathsf s\mathsf s$、$\mathsf s\mathsf d=\mathsf d\mathsf s$ の形)。したがって「$\mathsf d$ の個数と $\mathsf s$ の個数の組」は $\mathcal P'$ の射に対して矛盾なく定まる。語 $\mathsf s^0\mathsf d^0\colon[0]\to[0]$ ではこの組が $(1,1)$、空の語(恒等射)では $(0,0)$ なので、$\mathcal P'$ でこの $2$ つは異なる射である。一方 $\Phi'(\mathsf s^0\mathsf d^0)=\sigma^0\delta^0=\mathrm{id}=\Phi'(\mathrm{id})$ なので、$\Phi'$ は忠実でなく、同型でない。thm-sc-presentation の関係式のうち、恒等射になる式は省けない。

反例:順序を保たない写像を許した圏

対象を $\{0,\ldots,n\}$、射を任意の写像とする圏(有限集合の圏と同値)では、互換 $\tau(0)=1$、$\tau(1)=0$ は恒等射でない自己同型である。したがって prop-sc-mono-epi-iso の (iii) は成り立たない。この圏の射は余面写像・余退化写像の合成だけでは書けず(それらの合成は順序を保つ)、生成元に互換を加える必要がある。この圏を添字とする前層(対称単体的集合)では、単体の頂点の並べ替えが構造に入る。

注意:関連する圏と単体圏の使われ方

部分圏と拡大

単射だけを射とする部分圏 $\Delta_{\mathrm{inj}}$ は、余面写像と第 1 式 $\delta^j\delta^i=\delta^i\delta^{j-1}$ だけで表示される(prf-sc-presentation の段 2 と lem-sc-monotone-words の (i) がそのまま証明になる)。$\Delta_{\mathrm{inj}}^{\mathrm{op}}$ からの関手を半単体的対象という(Ker26 Notation 1.1.1.1(Tag 04ZC)、Proposition 1.1.1.9(Tag 04FQ))。全射だけの部分圏 $\Delta_{\mathrm{surj}}$ も同様に余退化写像と第 2 式で表示される(同 Proposition 1.1.2.13(Tag 04FT))。$\Delta$ に空集合 $[-1]=\emptyset$ を加えた圏 $\Delta_+$ を増補単体圏といい、$\Delta_+^{\mathrm{op}}$ からの関手(増補単体的集合)は、単体的集合 $X$ に、集合 $X_{-1}$ と写像 $\varepsilon\colon X_0\to X_{-1}$ で $\varepsilon d_0=\varepsilon d_1$($X_1$ 上)を満たすものを付け加えたものにあたる(Rie16 Example 6.1.7、p. 225)。

$\Delta$ から他の圏への関手(余単体的対象)が、単体的集合の理論の基本の構成を与える。

余単体的対象 $[n]\mapsto$行き先の圏得られる構成
標準単体 $\Delta^n=\operatorname{Hom}_\Delta(-,[n])$単体的集合米田埋め込み(単体的集合 の定理「標準単体による単体の表示」)
位相的単体 $\lvert\Delta^n\rvert$位相空間幾何学的実現 と特異単体的集合
順序集合 $[n]$ を圏とみたもの小圏脈体 と基本圏

たとえば位相的単体 $\lvert\Delta^n\rvert=\{(t_0,\ldots,t_n)\mid t_i\ge0,\ \sum t_i=1\}$ に対し、$\alpha\colon[m]\to[n]$ を頂点の行き先 $e_i\mapsto e_{\alpha(i)}$ で決まるアフィン写像に送ると、$\Delta$ から位相空間の圏への関手が得られる。$\delta^i$ は $i$ 番目の座標が $0$ の面への埋め込み、$\sigma^i$ は $i$ 番目と $i+1$ 番目の座標を足し合わせる写像になる。単体的恒等式は、この関手を通して、単体の面と退化の間の幾何的な関係として読める。

関連項目

参考文献

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