入射加群

同義語:injective module

概要

入射加群(injective module)とは、環 $R$ 上の加群 $E$ で、部分加群から $E$ への準同型がつねに全体へ延びるもの、すなわち $\operatorname{Hom}_R(-,E)$ が完全になるものである。それを含む加群の直和因子にいつもなること、$\operatorname{Ext}^1_R(-,E)=0$ と同値で、Baer の判定法により左イデアルからの延長を確かめれば足りる。可換環の上では平坦加群の $\mathbb Q/\mathbb Z$ への双対が入射的である。可換 Noether 環の上では素イデアル $\mathfrak p$ についての $\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak p,E)$ の消滅で判定でき、局所化と直和で保たれ、$E(R/\mathfrak p)$ たちの直和に分かれる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 加群, 入射対象, Ext関手, Noether環

入射加群(injective module)は、部分加群の上で定義された準同型をいつでも全体へ延ばせる加群である。射影加群が「自由加群の直和因子」として生成の側から加群を調べるのに対し、入射加群は「どんな加群にも埋め込める受け皿」として逆向きから加群を調べる道具であり、Ext関手 などの右導来関手は入射加群による分解(層コホモロジーでは入射的な層による分解)で計算される。
この記事では、入射性の言い換え(直和因子・$\operatorname{Ext}$ の消滅)、環の取り替えと平坦性との双対性、可換 Noether 環の上で素イデアルだけを確かめればよいこと、局所化で入射性が保たれることを証明し、Noether 環の上の入射加群の構造定理(Matlis)を所在とともに述べる。入射対象一般の性質は 入射対象、Baer の判定法の証明は Baerの判定法、入射包は 入射包 で扱う。

定義

以下、$R$ は単位元をもつ環とし、加群は左 $R$ 加群とする。可換性を仮定するときは明記する。

入射加群

左 $R$ 加群 $E$ が入射加群であるとは、任意の左 $R$ 加群 $B$、その部分加群 $A\subset B$、$R$ 準同型 $f\colon A\to E$ に対して、$g|_A=f$ をみたす $R$ 準同型 $g\colon B\to E$ が存在することをいう。このとき $E$ は入射的であるともいう。

これは左 $R$ 加群の圏の入射対象であることと同じであり、反変関手 $\operatorname{Hom}_R(-,E)$ が完全であることと同値である(入射対象 の命題「入射性と $\operatorname{Hom}$ 関手の完全性」)。延長 $g$ の一意性は要求しない。また入射性は係数の環に依存する:$\mathbb Z/m$ は $\mathbb Z/m$ 加群としては入射的だが、$m\ge2$ なら $\mathbb Z$ 加群としては入射的でない(Baerの判定法 の例「$\mathbb Z/m$ は自分自身の上で入射的」)。
判定には次の Baer の判定法 が基本である:$E$ が入射的であるためには、$R$ の任意の左イデアル $\mathfrak a$ からの準同型 $\mathfrak a\to E$ が $R$ に延びれば十分である(Baerの判定法 の定理「Baer の判定法」、Wei94 Baer's Criterion 2.3.1, p. 39)。

例と反例

入射加群の例
  1. 体上のベクトル空間. 体 $k$ 上の任意のベクトル空間は $k$ 加群として入射的である(入射対象 の例「体上のベクトル空間」)。
  2. アーベル群. 単項イデアル整域 の上では入射的であることと可除であることが同値である(入射対象 の命題「単項イデアル整域上の入射加群」)。$\mathbb Z$ 加群としては $\mathbb Q$、$\mathbb Q/\mathbb Z$、Prüfer 群 $\mathbb Z/p^\infty$、$\mathbb R$ が入射的であり、入射的なアーベル群は $\mathbb Q$ と $\mathbb Z/p^\infty$ たちの直和に同型である(可除群 の定理「可除群の構造定理」)。
  3. 単項イデアル整域の分数体. 単項イデアル整域 $R$ の分数体 $K$ と $K/R$ は入射的 $R$ 加群である(どちらも可除)。$R$ が離散付値環なら $K/R$ は剰余体の入射包である(入射包 の例「離散付値環の剰余体」)。
  4. 形式的冪級数環の上の逆多項式. $R=k[\![x_1,\dots,x_n]\!]$ の剰余体 $k$ の入射包は、単項式 $x^{-\beta}=x_1^{-\beta_1}\cdots x_n^{-\beta_n}$($\beta_i\ge0$)を基底とする $k$ ベクトル空間に、$x^\alpha\cdot x^{-\beta}=x^{\alpha-\beta}$(すべての $i$ で $\alpha_i\le\beta_i$ のとき)、$=0$(それ以外)で作用させたもの(Macaulay の逆多項式)である(Matlis双対 の例「逆多項式による $E$ の記述」)。$n=1$ では $k(\!(x)\!)/k[\![x]\!]$ である。
  5. 指標加群. 任意の環 $R$ について $R^\vee=\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(R,\mathbb Q/\mathbb Z)$ は入射的 $R$ 加群である(余生成子 の定理「加群の圏の入射的余生成子」。可換環なら thm-injmod-change-of-rings の 3 からも従う)。
入射的でない加群
  1. $\mathbb Z$ は $\mathbb Z$ 加群として入射的でない。より強く、$0$ でない有限生成 $\mathbb Z$ 加群は入射的でない(入射対象 の例「反例:有限アーベル群と有限生成の入射$\mathbb{Z}$加群」)。
  2. 可換環 $R$ の上の入射加群 $E$ は可除である(零因子でない $r$ について $rE=E$。入射対象 の命題「単項イデアル整域上の入射加群」の 1)。とくに体でない整域 $R$ は $R$ 加群として入射的でない($0$ でない非単元 $r$ について $rR\ne R$)。
  3. 可除でも入射的とは限らない。$R=k[x,y]$、$K=k(x,y)$ について $K/R$ は可除だが入射的でない(入射対象 の例「反例:可除だが入射的でない加群」)。

同値条件

入射性の言い換え

左 $R$ 加群 $E$ について次は同値である。

  1. $E$ は入射加群である。
  2. 単射準同型 $u\colon E\to M$ はつねに分裂する。すなわち $r\circ u=\mathrm{id}_E$ となる $r\colon M\to E$ があり、$M\cong E\oplus\ker r$ である。
  3. 任意の左 $R$ 加群 $M$ について $\operatorname{Ext}^1_R(M,E)=0$ である。
  4. $R$ の任意の左イデアル $\mathfrak a$ について $\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak a,E)=0$ である。

1 ⇒ 2. $\mathrm{id}_E\colon E\to E$ を、単射 $u$ で $E$ を部分加群とみなした $M$ 全体へ延ばしたものが $r$ である。$m\mapsto(r(m),m-u(r(m)))$ により $M\cong E\oplus\ker r$ となる。
2 ⇒ 1. 加群の圏は十分な入射対象をもつ(十分な入射対象 の定理「加群の圏は十分な入射対象をもつ」)ので、入射加群 $I$ と単射 $u\colon E\to I$ がある。2 により $r\circ u=\mathrm{id}_E$ となる $r\colon I\to E$ がある。部分加群 $A\subset B$ と $f\colon A\to E$ が与えられたとき、$u\circ f\colon A\to I$ を $I$ の入射性で $g\colon B\to I$ に延ばすと、$r\circ g$ は $A$ 上で $r\circ u\circ f=f$ に一致する。よって $E$ は入射的である。
1 ⇒ 3. 入射加群に対して $\operatorname{Ext}^n_R(M,E)=0$($n\ge1$)である(Ext関手 の命題「入射対象に対する消滅」。$0\to E\to E\to0$ が $E$ の入射分解である)。
3 ⇒ 4. $M=R/\mathfrak a$ とすればよい。
4 ⇒ 1. 短完全列 $0\to\mathfrak a\to R\to R/\mathfrak a\to0$ に Ext関手 の命題「長完全列」の後半(第 1 変数の長完全列)を当てると、
$$ \operatorname{Hom}_R(R,E)\longrightarrow\operatorname{Hom}_R(\mathfrak a,E)\longrightarrow\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak a,E)=0 $$
は完全である。すなわち $\mathfrak a$ からの準同型はすべて $R$ に延びる。Baer の判定法により $E$ は入射的である。$\square$

4 ⇔ 1 は Baerの判定法 の定理「Ext による言い換え」と同じ内容である。2 は「入射加群は、それを含むどんな加群でも直和因子になる」と読める。とくに入射加群の直和因子は入射的であり(2 ⇒ 1 の議論で $I$ をその加群に替えればよい)、入射加群の直積も入射的である(入射対象 の命題「入射対象の直積」)。

環の取り替えと平坦性

入射加群は、随伴の関係を通して別の環の上の入射加群を作り出す。この節では $R$ を可換環とする。

余誘導と平坦性

$R$ を可換環、$E$ を入射的 $R$ 加群とする。

  1. 可換環への環準同型 $\varphi\colon R\to S$ について、$\operatorname{Hom}_R(S,E)$ に $(s\cdot h)(t)=h(ts)$ で $S$ 加群の構造を入れると、これは入射的 $S$ 加群である。とくにイデアル $I$ について、$(0:_EI)=\{x\in E\mid Ix=0\}\cong\operatorname{Hom}_R(R/I,E)$ は入射的 $R/I$ 加群である。
  2. 平坦 $R$ 加群 $F$ について、$\operatorname{Hom}_R(F,E)$ は入射的 $R$ 加群である。
  3. $R$ 加群 $M$ について、$M$ が平坦加群であることと、$M^\vee=\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(M,\mathbb Q/\mathbb Z)$($(r\cdot h)(m)=h(rm)$)が入射的 $R$ 加群であることは同値である。

1. $S$ 加群 $N$ を $\varphi$ で $R$ 加群とみなす。写像
$$ \operatorname{Hom}_S\bigl(N,\operatorname{Hom}_R(S,E)\bigr)\longrightarrow\operatorname{Hom}_R(N,E),\qquad g\longmapsto\bigl(n\mapsto g(n)(1)\bigr) $$
は同型で、逆写像は $h\mapsto\bigl(n\mapsto(t\mapsto h(tn))\bigr)$ である。実際、$g$ が $S$ 線形なら $g(n)(t)=(t\cdot g(n))(1)=g(tn)(1)$ であり、逆に $h$ から作った写像は $(s\cdot g(n))(t)=h(tsn)=g(sn)(t)$ により $S$ 線形である。この同型は $N$ について自然である。$S$ 加群の単射 $N'\to N$ は $R$ 加群の単射でもあるので、$E$ の入射性により $\operatorname{Hom}_R(N,E)\to\operatorname{Hom}_R(N',E)$ は全射であり、自然性から $\operatorname{Hom}_S(N,\operatorname{Hom}_R(S,E))\to\operatorname{Hom}_S(N',\operatorname{Hom}_R(S,E))$ も全射である。後半は $S=R/I$ の場合で、$h\mapsto h(1)$ が $\operatorname{Hom}_R(R/I,E)\cong(0:_EI)$ を与える。
2. テンソル積と Hom の随伴(内部Hom の命題「加群のテンソルと Hom の随伴」)により、$R$ 加群 $N$ について自然な同型 $\operatorname{Hom}_R(N,\operatorname{Hom}_R(F,E))\cong\operatorname{Hom}_R(N\otimes_RF,E)$ がある。単射 $N'\to N$ について、$F$ が平坦なので $N'\otimes_RF\to N\otimes_RF$ は単射であり、$E$ が入射的なので $\operatorname{Hom}_R(N\otimes_RF,E)\to\operatorname{Hom}_R(N'\otimes_RF,E)$ は全射である。よって $\operatorname{Hom}_R(F,E)$ は入射的である。
3. $g\mapsto\bigl(n\otimes m\mapsto g(n)(m)\bigr)$ で与えられる随伴(2 と同じ形)により $\operatorname{Hom}_R(N,M^\vee)\cong\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(N\otimes_RM,\mathbb Q/\mathbb Z)$ が $N$ について自然に成り立つ。$M$ が平坦なら、$\mathbb Q/\mathbb Z$ が入射的アーベル群であること(ex-injmod-examples の 2)から、2 と同じ議論で $M^\vee$ は入射的である。逆に $M^\vee$ が入射的とし、単射 $N'\to N$ をとって $u\colon N'\otimes_RM\to N\otimes_RM$ とおく。仮定から $u^\vee=\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(u,\mathbb Q/\mathbb Z)$ は全射である。$\mathbb Q/\mathbb Z$ はアーベル群の圏の入射的余生成子であり、$u^\vee$ が全射なら $u$ は単射である(余生成子 の定理「入射的余生成子は完全性を判定する」の 3)。よって $M$ は平坦である。$\square$

3 により平坦性と入射性は $\mathbb Q/\mathbb Z$ への双対で行き来できる(Wei94 Proposition 3.2.4, p. 69)。1 は、係数の制限が完全で $\operatorname{Hom}_R(S,-)$ がその右随伴であることの帰結である(Wei94 Proposition 2.3.10, p. 41、Corollary 2.3.11, p. 42)。とくに $R^\vee=\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(R,\mathbb Q/\mathbb Z)$ は入射的 $R$ 加群であり、どんな $R$ 加群も $R^\vee$ のいくつかの直積に埋め込める(余生成子 の定理「加群の圏の入射的余生成子」、十分な入射対象)。

指標加群の計算
  1. $R=\mathbb Z/m$($m\ge1$)とする。$h\in\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(\mathbb Z/m,\mathbb Q/\mathbb Z)$ は $h(1)\in\frac1m\mathbb Z/\mathbb Z$ で決まるので、$R^\vee$ は $h_0(1)=1/m$ となる $h_0$ で生成される位数 $m$ の巡回群であり、$R$ 加群として $R^\vee\cong R$ である。$R$ は平坦なので 3 により $R$ は自分自身の上で入射的である。
  2. 2 の「$F$ が平坦」は外せない。$R=\mathbb Z$、$E=\mathbb Q/\mathbb Z$、$F=\mathbb Z/2$ とすると $\operatorname{Hom}_{\mathbb Z}(\mathbb Z/2,\mathbb Q/\mathbb Z)=\{h\mid h(1)\in\{0,1/2\}\}\cong\mathbb Z/2$ であり、$0$ でない有限アーベル群なので入射的でない(ex-injmod-non-examples の 1)。$\mathbb Z/2$ は平坦でない(平坦加群 の例「反例:有限巡回群 $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$」)。

Noether 環の上の入射加群

この節では $R$ を可換 Noether 環とする。Noether 性のもとでは、入射性を素イデアルごとに確かめられ、入射加群の構造が完全に分かる。

素イデアルによる判定

素イデアルによる入射性の判定

$R$ を可換 Noether 環、$E$ を $R$ 加群とする。$E$ が入射的であるためには、$R$ のすべての素イデアル $\mathfrak p$ について $\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak p,E)=0$ であることが必要十分である(Mat89 §18 Lemma 1, pp. 139–140)。

必要性は thm-injmod-equivalent の 1 ⇒ 3 である。十分性を示す。有限生成 $R$ 加群 $N$ について $\operatorname{Ext}^1_R(N,E)=0$ を示せば、$N=R/\mathfrak a$ として thm-injmod-equivalent の 4 ⇒ 1 により $E$ は入射的である。$R$ は Noether なので、$N$ には部分加群の列
$$ 0=N_0\subset N_1\subset\cdots\subset N_r=N,\qquad N_i/N_{i-1}\cong R/\mathfrak p_i\quad(\mathfrak p_i\text{ は素イデアル}) $$
がある(付随素イデアル の定理「有限素因子列」)。$i$ についての帰納法で $\operatorname{Ext}^1_R(N_i,E)=0$ を示す。$i=0$ では明らかである。短完全列 $0\to N_{i-1}\to N_i\to R/\mathfrak p_i\to0$ に第 1 変数の長完全列(Ext関手 の命題「長完全列」)を当てると
$$ \operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak p_i,E)\longrightarrow\operatorname{Ext}^1_R(N_i,E)\longrightarrow\operatorname{Ext}^1_R(N_{i-1},E) $$
が完全であり、両端は仮定と帰納法の仮定により $0$ なので、中央も $0$ である。$\square$

確かめる素イデアルを極大イデアルだけに減らすことはできない。

反例:極大イデアルだけでは判定できない

$k$ を体、$R=k[\![x,y]\!]$、$\mathfrak m=(x,y)$ とする。$R$ は Noether 局所環で、極大イデアルは $\mathfrak m$ だけである。$E=R$ について $\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak m,R)=0$ だが、$R$ は入射的でない。
計算:$x$ は $R$ の零因子でないので $0\to R\xrightarrow{x}R\to R/(x)\to0$ は $R/(x)$ の自由分解であり、これから $\operatorname{Hom}_R(R/(x),R)=0$、$\operatorname{Ext}^1_R(R/(x),R)\cong R/(x)$ を得る。$y$ は $R/(x)\cong k[\![y]\!]$ の零因子でないので $0\to R/(x)\xrightarrow{y}R/(x)\to k\to0$ は完全である。これに第 1 変数の長完全列を当てると
$$ 0=\operatorname{Hom}_R(R/(x),R)\to\operatorname{Ext}^1_R(k,R)\to\operatorname{Ext}^1_R(R/(x),R)\xrightarrow{\ y\ }\operatorname{Ext}^1_R(R/(x),R) $$
が完全で、右の写像は $R/(x)$ 上の $y$ 倍なので単射である。よって $\operatorname{Ext}^1_R(k,R)=0$ である。一方、素イデアル $(x)$ については $\operatorname{Ext}^1_R(R/(x),R)\cong R/(x)\ne0$ なので、thm-injmod-equivalent により $R$ は入射的でない(ex-injmod-non-examples の 2 からも分かる)。

局所化と直和

入射性の局所化

$R$ を可換 Noether 環、$E$ を入射的 $R$ 加群、$S\subset R$ を積閉集合とする。このとき $S^{-1}E$ は入射的 $S^{-1}R$ 加群であり、入射的 $R$ 加群でもある。

$S^{-1}R$ 加群として. $S^{-1}R$ のイデアル $\mathfrak b$ は、$\mathfrak a=\{r\in R\mid r/1\in\mathfrak b\}$ とおくと $\mathfrak b=S^{-1}\mathfrak a$ である($r/s\in\mathfrak b$ なら $r/1=s\cdot(r/s)\in\mathfrak b$)。Baer の判定法により、制限写像 $\operatorname{Hom}_{S^{-1}R}(S^{-1}R,S^{-1}E)\to\operatorname{Hom}_{S^{-1}R}(S^{-1}\mathfrak a,S^{-1}E)$ が全射であることを示せばよい。$R$ は Noether なので $\mathfrak a$ と $R$ は有限表示加群であり、有限表示加群 の命題「局所化と Hom の交換」により、自然な同型 $S^{-1}\operatorname{Hom}_R(P,E)\cong\operatorname{Hom}_{S^{-1}R}(S^{-1}P,S^{-1}E)$($P=R,\mathfrak a$)がある。これらは制限写像と両立するので、示すべきことは $S^{-1}\operatorname{Hom}_R(R,E)\to S^{-1}\operatorname{Hom}_R(\mathfrak a,E)$ の全射性になる。$E$ は入射的なので $\operatorname{Hom}_R(R,E)\to\operatorname{Hom}_R(\mathfrak a,E)$ は全射であり、局所化は完全なので、その局所化も全射である。
$R$ 加群として. $R$ 加群の単射 $N'\to N$ と $f\colon N'\to S^{-1}E$ をとる。$S^{-1}E$ では $S$ の元が可逆に作用するので、$f$ は $S^{-1}N'\to S^{-1}E$ を一意に経由する。局所化は完全なので $S^{-1}N'\to S^{-1}N$ は単射であり、前段により $S^{-1}N\to S^{-1}E$ へ延びる。これと $N\to S^{-1}N$ の合成が $f$ の延長である。$\square$

Noether 性は、$\operatorname{Hom}$ と局所化の交換に使った。入射包についての同じ形の主張(入射包の局所化は局所化の入射包)は 入射包 の定理「本質拡大と入射包の局所化」にある。
直和については、$R$ が Noether なら入射加群の任意の直和は入射的である(Baerの判定法 の定理「Noether 環上の入射加群の直和」、Mat89 Theorem 18.5 (i), p. 146)。逆に、入射加群の任意の直和が入射的になる環は Noether 環に限る(Bass–Papp の定理。入射対象 の注意「直和・直和因子・分裂」)。

Matlis の構造定理

Noether 環の上の入射加群の構造

$R$ を可換 Noether 環とし、素イデアル $\mathfrak p$ について $\kappa(\mathfrak p)=R_{\mathfrak p}/\mathfrak pR_{\mathfrak p}$ と書く。

  1. $E(R/\mathfrak p)$($R/\mathfrak p$ の入射包)は直既約であり、直既約な入射 $R$ 加群はある素イデアル $\mathfrak p$ についての $E(R/\mathfrak p)$ に同型で、$\mathfrak p$ はただ一つに定まる。
  2. $E(R/\mathfrak p)$ の各元はある $\mathfrak p^v$ で消され、$\mathfrak p$ に属さない元は $E(R/\mathfrak p)$ に可逆に作用する。とくに $E(R/\mathfrak p)$ は $R_{\mathfrak p}$ 加群であり、$R_{\mathfrak p}$ 加群として $\kappa(\mathfrak p)$ の入射包である。
  3. 任意の入射 $R$ 加群 $E$ は $E\cong\bigoplus_\lambda E(R/\mathfrak p_\lambda)$ と直既約な入射加群の直和に分かれ、各 $\mathfrak p$ について $\mathfrak p_\lambda=\mathfrak p$ となる $\lambda$ の個数(濃度)は分解によらず $\dim_{\kappa(\mathfrak p)}\operatorname{Hom}_{R_{\mathfrak p}}(\kappa(\mathfrak p),E_{\mathfrak p})$ に等しい。
構造定理の証明の所在

この定理はこの記事では証明しない。証明は 入射包 の定理「$E(A/P)$ の性質」「入射加群の構造定理」にあり、原典は Matlis Mat58(Theorem 2.5, p. 516、Proposition 3.1, p. 518)、教科書では Mat89 Theorem 18.4(pp. 145–146)・Theorem 18.5(pp. 146–148)である。分解の存在には、直和が入射的であること(Noether 性)と、入射加群 $E\ne0$ の付随素イデアル $\mathfrak p$ について $R/\mathfrak p\subset E$ から $E(R/\mathfrak p)$ が $E$ の直和因子として取り出せることを使う。

構造定理の例
  1. $R=\mathbb Z$ では、$E(\mathbb Z/(0))=E(\mathbb Z)=\mathbb Q$、$E(\mathbb Z/p)=\mathbb Z/p^\infty$ である(入射対象 の例「入射包の例」)。したがって入射的アーベル群は $\mathbb Q$ と $\mathbb Z/p^\infty$ の直和であり、ex-injmod-examples の 2 の構造が構造定理の特別な場合として得られる。
  2. Noether 局所環 $(R,\mathfrak m,k)$ の $E(k)$ は Matlis 双対の基礎になる加群で、Artin 加群であり、$\operatorname{Hom}_R(E(k),E(k))$ は $R$ の完備化に同型である(Matlis双対 の定理「完備化上の入射包と自己準同型環」「$E$ の Artin 性」)。
環そのものが入射的になる場合

可換 Noether 局所環 $R$ が $R$ 加群として入射的であることは、$R$ が 0 次元の Gorenstein 局所環であることと同値である(Mat89 Theorem 18.1, pp. 141–142 により Noether 局所環の入射次元は有限なら環の次元に等しい。入射次元 の系「環の入射次元が有限な局所環」)。$\mathbb Z/p^r\mathbb Z$ や $k[x]/(x^r)$ はその例であり、$k[x,y]/(x,y)^2$ は 0 次元だが入射的でない。非可換な環で自分自身が入射的なものは 準Frobenius環 で扱う。

反例の表

外す条件反例成り立たなくなること
$R$ が単項イデアル整域(可除なら入射的)$R=k[x,y]$、$E=k(x,y)/R$可除な $R$ 加群は入射的である
$R$ が Noether(直和)$R=k[x_1,x_2,\dots]$、$\bigoplus_nE(I/I_n)$入射加群の直和は入射的である
すべての素イデアル(thm-injmod-prime-criterion)$R=k[\![x,y]\!]$、$E=R$、極大イデアルだけで確かめる$\operatorname{Ext}^1_R(R/\mathfrak m,E)=0$ なら入射的である
$F$ が平坦(thm-injmod-change-of-rings の 2)$R=\mathbb Z$、$E=\mathbb Q/\mathbb Z$、$F=\mathbb Z/2$$\operatorname{Hom}_R(F,E)$ は入射的である

1 行目は 入射対象 の例「反例:可除だが入射的でない加群」、2 行目は 入射包 の例「反例:Noether でない環では入射加群の直和が入射的とは限らない」($I=(x_1,x_2,\dots)$、$I_n=(x_1,\dots,x_n)$)、3 行目は ex-injmod-maximal-not-enough、4 行目は ex-injmod-character の 2 で示した。

補足

歴史と文献

入射加群は R. Baer が 1940 年に導入した(Wei94 §2.3, p. 38)。入射包の存在は Eckmann–Schopf(1953)、Noether 環の上の構造定理は E. Matlis(1958、Mat58)による。

関連項目

参考文献

[1]
Charles A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra, Cambridge University Press, 1994, §2.3(p. 38 入射加群の導入、Baer's Criterion 2.3.1, p. 39、Proposition 2.3.10, p. 41、Corollary 2.3.11, p. 42)、§3.2 Proposition 3.2.4(p. 69)
[2]
Hideyuki Matsumura (translated by Miles Reid), Commutative Ring Theory, Cambridge University Press, 1989, §18 Lemma 1(pp. 139–140)、Theorem 18.1(pp. 141–142)、Theorem 18.4(pp. 145–146)、Theorem 18.5(pp. 146–148)
[3]
Eben Matlis, Injective modules over Noetherian rings, Pacific Journal of Mathematics, 1958, pp. 511–528(Theorem 2.5, p. 516、Proposition 3.1, p. 518)

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