空虚な真

概要

空虚な真(vacuous truth)とは、$P$ が偽であるために含意 $P\Rightarrow Q$ が真になること、および空な範囲をわたる全称の主張 $\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ が真になることをいう。$A\subset U$ なら $\forall x\in A,\ P(x)$ は $\forall x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ と同じ真理値をもつので、二つの言い方は同じ事柄を指す。空な範囲では存在の主張は偽であり、全称の主張から存在の主張を導く含意は $A=\emptyset$ で破れる。$\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ と $\forall x\in\emptyset,\ \lnot P(x)$ はともに真で、空虚に真な主張から内容は読み取れない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 命題, 集合

定義

本記事では、どの命題も真と偽のちょうど一方の真理値をとるという古典的な二値の意味論を採用する。以下、$P$、$Q$ は命題を、$A$ は集合を、$P(x)$ は $x$ ごとに真偽の定まる命題を表す。また空集合 $\emptyset$ は元をもたない集合であり、$x\in\emptyset$ はどの $x$ についても偽である。

偽の仮定からの帰結を真とする約束

命題 $P$、$Q$ に対し、「$P$ ならば $Q$」を表す命題 $P\Rightarrow Q$(含意)を、$P$ が真かつ $Q$ が偽であるときに偽、それ以外のときに真と定める。真理値表で書けば次のとおりである。

$P$$Q$$P\Rightarrow Q$
真真真
真偽偽
偽真真
偽偽真

表の下の二行のように、$P$ が偽であることだけを理由として $P\Rightarrow Q$ が真になっているとき、この真を空虚な真(vacuous truth)といい、$P\Rightarrow Q$ は空虚に真であるという。

空な範囲をわたる全称の主張

集合 $A$ と命題 $P(x)$ に対し、$\forall x\in A,\ P(x)$ は「$A$ のどの元 $x$ についても $P(x)$ が真である」ことを表す命題であり、$P(x)$ が偽であるような $x\in A$ が存在するとき、またそのときに限り偽である。$\exists x\in A,\ P(x)$ は「$P(x)$ が真であるような $x\in A$ が存在する」ことを表す命題であり、そのような $x$ が存在するとき、またそのときに限り真である。$A=\emptyset$ のとき $\forall x\in A,\ P(x)$ は真になり(prop-vacuous-truth-empty-domain)、この真も空虚な真という。

二つの言い方は同じ事柄の別の面である。$A$ を含む集合 $U$ を一つ固定すると、$\forall x\in A,\ P(x)$ は $\forall x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ と同じ真理値をもつ(prop-vacuous-truth-translation)。$A=\emptyset$ のときは、後者に現れるどの含意も $x\in\emptyset$ が偽なので空虚に真であり、$\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ の真はそこから読み取れる。

直感

空虚な真は「確かめるべき場合が一つもないので真とする」という約束である。この約束を置くと、$\emptyset$ がどの集合の部分集合でもあること、空な族の共通部分が全体に一致することなどを、範囲が空の場合を別扱いせずに述べられる。反面、空虚に真な主張は $P$ について何も語っていない。真であることと内容があることは別であり、この二つを混同すると、存在しないものについて何かを示したと思い込むことになる。

例と反例

元をもたない範囲での主張

$A:=\{x\in\{1,2,3\}\mid x>3\}$ とおく。$1$、$2$、$3$ はいずれも $3$ より大きくないので $A=\emptyset$ である。したがって $\forall x\in A,\ x=10$ は真であり、同時に $\forall x\in A,\ x\neq10$ も真である(いずれも prop-vacuous-truth-empty-domain)。$A$ の元を一つも挙げられないのだから、どちらの主張も反証しようがない。
同じ理由で、どの集合 $B$ についても $\emptyset\subset B$ が成り立つ。包含(包含関係)$A\subset B$ は $\forall x\in A,\ x\in B$ という主張だからである(prop-vacuous-truth-translation の 1 により、$A$ と $B$ を含む集合 $U$ を一つ取れば $\forall x\in U,\ (x\in A\Rightarrow x\in B)$ とも書ける)。空虚な真を認めないと、この基本的な事実に例外を作ることになる(Matsusaka68)。

空な族についての操作

$X$ を集合、$I$ を添字の集合(添字集合)、$\{A_i\}_{i\in I}$ を $X$ の部分集合の族(集合族)とし
$$\bigcup_{i\in I}A_i:=\{x\in X\mid \exists i\in I,\ x\in A_i\},\qquad \bigcap_{i\in I}A_i:=\{x\in X\mid \forall i\in I,\ x\in A_i\}$$
とおく(Matsusaka68)。$I=\emptyset$ のとき、prop-vacuous-truth-empty-domain より、どの $x\in X$ についても $\exists i\in\emptyset,\ x\in A_i$ は偽であり、$\forall i\in\emptyset,\ x\in A_i$ は真である。よって
$$\bigcup_{i\in\emptyset}A_i=\emptyset,\qquad \bigcap_{i\in\emptyset}A_i=X$$
となる。合併の側は $X$ の取り方によらないのに対し、共通部分の側は $X$ そのものになるので、空な族の共通部分は $X$ を決めない限り定まらない。空な族を許す場面で全体集合を先に固定するのは、このためである。

反例が一つもないという言い方

「$10< n<11$ を満たす整数 $n$ はすべて平方数である」は真である。実際、$A:=\{n\in\mathbb{Z}\mid 10< n<11\}$ は空であり(連続する二つの整数 $10$ と $11$ の間に整数はない)、この主張は「$\forall n\in A$ に対して $n$ は平方数である」という形なので prop-vacuous-truth-empty-domain から真である。「平方数」を他のどんな条件に置き換えても、同じ理由で真になる。全称の主張が真であるためには反例が一つもなければ十分であり、例が一つでもあることは要求されていない。

反例:全称から存在が導けないこと

$A:=\emptyset$ とし、$P(x)$ を $x$ ごとに真偽の定まる任意の命題とする。この $A$ と $P$ は性質「$\forall x\in A,\ P(x)$ が真である」を満たすが、性質「$\exists x\in A,\ P(x)$ が真である」を満たさない(いずれも prop-vacuous-truth-empty-domain)。したがって含意
$$(\forall x\in A,\ P(x))\Rightarrow(\exists x\in A,\ P(x))$$
は一般には成り立たない。破る条件は $A$ が空であることである。$A$ が空でないときにこの含意が成り立つことは 全称記号 が扱う主張であり、本記事では再掲しない。範囲が空になりうる場面(空な族、まだ元があると分かっていない集合)でこの含意を無条件に使うと、存在しないものの存在を結論することになる。

反例:空虚に真な主張から内容が読み取れないこと

$A:=\emptyset$ とし、$P(x)$ を $x$ ごとに真偽の定まる任意の命題とする。この $A$ と $P$ は性質「$\forall x\in A,\ P(x)$ が真である」を満たすが、性質「$\forall x\in A,\ \lnot P(x)$ が偽である」を満たさない(cor-vacuous-truth-both)。したがって含意
$$(\forall x\in A,\ P(x))\Rightarrow\lnot(\forall x\in A,\ \lnot P(x))$$
は一般には成り立たない。破る条件はここでも $A$ が空であることである。実際、$A$ が空でなければ、この二つが同時に真になることはない(prop-vacuous-truth-characterization)。すなわち $\forall x\in A,\ P(x)$ が真だと分かっても、それだけでは $P$ が $A$ の上で何かを言い当てているとは限らない。空虚に真であることを、内容のある主張が証明されたことと読み違えないよう注意する。

性質

仮定が偽ならば全体は真

命題 $P$、$Q$ について、$P$ が偽ならば $P\Rightarrow Q$ は真である。とくに $P$ が偽であれば $Q$ の真偽にかかわらず $P\Rightarrow Q$ は真であり、$P\Rightarrow Q$ が真であることから $Q$ が真であることは従わない。

def-vacuous-truth-implication より、$P\Rightarrow Q$ が偽であるのは $P$ が真かつ $Q$ が偽であるときに限る。$P$ が偽ならこの場合に当たらないので、二値の意味論より $P\Rightarrow Q$ は真である。この議論に $Q$ の真偽は使っていない。実際、真理値表の下の二行が示すように、$Q$ が偽であっても $P\Rightarrow Q$ は真である。$\square$

空な範囲での全称と存在の真偽

$x$ ごとに真偽の定まる任意の命題 $P(x)$ について、$\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ は真であり、$\exists x\in\emptyset,\ P(x)$ は偽である。

def-vacuous-truth-universal より、$\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ が偽であるのは、$P(x)$ が偽であるような $x\in\emptyset$ が存在するときに限る。$x\in\emptyset$ はどの $x$ についても偽なので、そのような $x$ は存在しない。よって二値の意味論よりこの命題は真である。
同じく $\exists x\in\emptyset,\ P(x)$ が真であるのは、$P(x)$ が真であるような $x\in\emptyset$ が存在するときに限る。そのような $x$ も存在しないので、この命題は偽である。$\square$

二つの言い方の関係

$U$ を集合、$A\subset U$ とし、$P(x)$ を $x\in U$ ごとに真偽の定まる命題とする。このとき次が成り立つ。

  1. $\forall x\in A,\ P(x)$ と $\forall x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ は同じ真理値をもつ。
  2. $\exists x\in A,\ P(x)$ と $\exists x\in U,\ (x\in A\ \text{かつ}\ P(x))$ は同じ真理値をもつ。
  3. $\exists x\in A,\ P(x)$ と $\exists x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ は同じ真理値をもつとは限らない。実際 $A=\emptyset$ かつ $U\neq\emptyset$ のとき、前者は偽で後者は真である。
  1. 二値の意味論より、両者が同時に偽になることを見ればよい。def-vacuous-truth-universal より、$\forall x\in A,\ P(x)$ が偽であるのは、$P(x)$ が偽であるような $x\in A$ が存在するときに限る。また $\forall x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ が偽であるのは、$x\in A\Rightarrow P(x)$ が偽であるような $x\in U$ が存在するときに限り、def-vacuous-truth-implication よりこれは「$x\in A$ が真かつ $P(x)$ が偽であるような $x\in U$ が存在する」ことにほかならない。$A\subset U$ なので $x\in A$ ならば $x\in U$ であり、逆に $x\in U$ かつ $x\in A$ なら $x\in A$ である。したがって二つの条件は同じ $x$ の存在を述べており、両者は同時に偽、同時に真である。
  2. $\exists x\in A,\ P(x)$ が真であるのは $P(x)$ が真であるような $x\in A$ が存在するときに限り、$\exists x\in U,\ (x\in A\ \text{かつ}\ P(x))$ が真であるのは $x\in A$ かつ $P(x)$ が真であるような $x\in U$ が存在するときに限る。$A\subset U$ より、これらも同じ $x$ の存在を述べている。
  3. $A=\emptyset$ とすると prop-vacuous-truth-empty-domain より $\exists x\in A,\ P(x)$ は偽である。一方 $U\neq\emptyset$ なら元 $x_0\in U$ が取れ、$x_0\in\emptyset$ は偽なので prop-vacuous-truth-false-antecedent より $x_0\in A\Rightarrow P(x_0)$ は真である。よって $\exists x\in U,\ (x\in A\Rightarrow P(x))$ は真である。$\square$
否定をつけても真であること

$x$ ごとに真偽の定まる任意の命題 $P(x)$ について、$\forall x\in\emptyset,\ P(x)$ と $\forall x\in\emptyset,\ \lnot P(x)$ はともに真である。

$\lnot P(x)$ もまた $x$ ごとに真偽の定まる命題であるから、prop-vacuous-truth-empty-domain を $P(x)$ に適用すれば前者が、$\lnot P(x)$ に適用すれば後者が得られる。$\square$

これは矛盾ではない。二つの主張が同時に真であっても、$\emptyset$ には $P(a)$ と $\lnot P(a)$ の両方を検証させる元 $a$ が一つもないからである。範囲が空でなければ、この二つが同時に真になることはない(prop-vacuous-truth-characterization)。

空虚に真になるのが空のときに限ること

集合 $A$ について次の三つは同値である。

  1. $A=\emptyset$ である。
  2. $x$ ごとに真偽の定まるどの命題 $P(x)$ についても $\forall x\in A,\ P(x)$ が真である。
  3. $x$ ごとに真偽の定まるある命題 $P(x)$ について、$\forall x\in A,\ P(x)$ と $\forall x\in A,\ \lnot P(x)$ がともに真である。

1 から 2:$A=\emptyset$ ならば prop-vacuous-truth-empty-domain より、どの $P(x)$ についても $\forall x\in A,\ P(x)$ は真である。
2 から 3:$P(x)$ として「$x=x$」を取る。$\lnot P(x)$ も $x$ ごとに真偽の定まる命題なので、2 を $P(x)$ と $\lnot P(x)$ の両方に適用すれば、$\forall x\in A,\ P(x)$ と $\forall x\in A,\ \lnot P(x)$ がともに真である。
3 から 1:対偶を示す。$A\neq\emptyset$ とし、元 $a\in A$ を一つ取る。$x$ ごとに真偽の定まる命題 $P(x)$ を任意に取る。$\forall x\in A,\ P(x)$ が真ならば、def-vacuous-truth-universal より $P(x)$ が偽であるような $x\in A$ は存在しないので、とくに $P(a)$ は偽でなく、二値の意味論より真である。同様に $\forall x\in A,\ \lnot P(x)$ が真ならば $\lnot P(a)$ が真、すなわち $P(a)$ は偽である。$P(a)$ が真かつ偽であることはないので、この二つが同時に真になることはない。$P(x)$ は任意だったから 3 は成り立たない。$\square$

補足:他の記事との分担と、使った前提のまとめ

全称記号 は、量化の記号そのもの、範囲が空でないときに全称の主張が存在の主張を導くこと、ただ一つ存在するという主張、量化記号の順序、量化された主張の否定の規則を扱う。本記事はこれらを再掲せず、範囲が空のときに何が起きるかだけを扱う。含意そのものの性質(対偶との同値、逆と裏、$P$ と $Q$ の呼び名)は 含意 に譲る(未作成)。本記事が含意について使うのは def-vacuous-truth-implication の真理値表だけである。
本記事が前提にしたのは、二値の意味論、def-vacuous-truth-universal に書いた全称と存在の意味、空集合が元をもたないこと、そして ex-vacuous-truth-empty-condition と ex-vacuous-truth-no-counterexample でだけ使う $1,2,3$ の大小と「$10$ と $11$ の間に整数はない」ことである。集合については、あらかじめ与えられた集合があること($\{1,2,3\}$、$\mathbb{Z}$、および例で置いた $B$ や $X$)、与えられた集合から条件で部分集合を切り出せること、同じ元をもつ二つの集合が等しいこと、および二つの集合をともに含む集合を一つ取れること(ex-vacuous-truth-empty-condition で $U$ を取る場面)だけを使う。空でない集合から元を一つ取る操作は prop-vacuous-truth-translation の 3 と prop-vacuous-truth-characterization の証明に一回ずつ現れるが、集合の族から同時に元を選ぶ場面はないので、選択公理は使わない。空集合が任意の集合の部分集合であることと空な族の合併・共通部分の扱いは Matsusaka68 に従う。

関連項目

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する