忘却関手

同義語:forgetful functor

概要

忘却関手(forgetful functor)とは、群・加群・位相空間などの対象から指定した構造を忘れ、残る対象と射へ一貫して対応させる関手である。群から集合への台集合関手は忠実だが充満でなく、集合から自由モノイドを作る関手はモノイドの忘却関手の左随伴で、位相空間の忘却関手には離散位相が左随伴、密着位相が右随伴になる。右随伴である忘却関手は直積や等化子を保つが、余積は一般に保たず、例えば二つの自明群の群としての余積は自明群だが、台集合の余積は 2 点からなる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 関手, 群

忘却関手とは

群を考えるとき、その元を集めた集合だけを見て演算をしばらく使わないことがある。位相空間でも、開集合を指定する位相をひとまず脇に置き、点の集合だけを見ることがある。こうした操作を対象と射の両方に一貫して行うものが忘却関手(forgetful functor)である。たとえば群の圏から集合の圏への関手は、群 $G$ をその台集合 $U(G)$ に、群準同型 $f:G\to H$ を同じ元の対応とみた集合写像 $U(f):U(G)\to U(H)$ に送る。
「忘れる」という語は何を保持し何を捨てるかによって意味が変わる。群から集合へ行く場合と、環上の加群からアーベル群へ行く場合では、残す構造が異なる。対象だけを集合に替える操作では関手にならない。射に対する作用が恒等射と合成を保つことを確かめ、初めて忘却関手と呼べる。以下ではこの確認から始め、忠実性・充満性、自由構成との随伴、極限との関係を具体例で調べる(Mac98 Chapters I, IV; Sta006M §6.5)。

定義と忘れる構造

忘却関手には、どの構造を忘れるかを指定した単一の普遍的な定義はない。通常は、構造を持つ対象の圏 $\mathcal C$ から、より少ない構造を持つ対象の圏 $\mathcal D$ への関手 $U:\mathcal C\to\mathcal D$ をそう呼ぶ。多くの場合、$U(X)$ は $X$ の台集合、または台の加群・位相空間などで、$U(f)$ は射 $f$ の同じ写像を弱い構造の射として読んだものである。したがって「忘却関手」という名だけから始域・終域や、どの性質を保つかは分からない。

群から集合への忘却関手

$\mathbf{Grp}$ を群と群準同型の圏、$\mathbf{Set}$ を集合と写像の圏とする。$U:\mathbf{Grp}\to\mathbf{Set}$ を $U(G)=G$ の台集合、$U(f)=f$ の元への作用で定める。この $U$ を群の台集合を取る忘却関手という。

上の $U(G)=G$ という記法は、群とその台集合が構造付き対象として同一だという主張ではない。左辺は集合、右辺は群であり、「元の集まりは同じ」と略記している。形式的に群を組 $(|G|,e,\cdot,{}^{-1})$ と書けば $U(G)=|G|$ である。群準同型はもともと集合写像なので $U(f)$ は定義できる。恒等準同型は集合の恒等写像に、群準同型の合成は集合写像の合成に移る。

群から集合への対応は関手である

前の定義の $U$ は恒等射と合成を保つ。さらに群準同型 $f,g:G\to H$ が $U(f)=U(g)$ を満たせば $f=g$ である。

関手法則と射の判別

任意の $x\in G$ について $U(\mathrm{id}_G)(x)=x$ だから $U(\mathrm{id}_G)=\mathrm{id}_{U(G)}$。$f:G\to H$、$g:H\to K$ なら任意の $x\in G$ に対して $U(gf)(x)=g(f(x))=(U(g)U(f))(x)$ なので $U(gf)=U(g)U(f)$ である。また $U(f)=U(g)$ ならすべての $x$ に対して $f(x)=g(x)$ であり、群準同型は元の像で決まるから $f=g$。$\square$

集合への忘却関手は群だけのものではない。単位的環を台集合に送れば加法と乗法をともに忘れる。$R$-加群を台のアーベル群へ送れば $R$ の作用だけを忘れ、アーベル群の加法は残す。位相空間を台集合へ送れば開集合の族を忘れ、連続写像は単なる集合写像になる。同じ対象を段階的に忘れることもできる。たとえば $R$-加群からアーベル群へ、さらに集合へ行く関手の合成は、$R$-加群から直接その台集合へ行く関手である。

中間の構造を残す

単位的環 $R$ に対して $U:R\text{-}\mathbf{Mod}\to\mathbf{Ab}$ は $R$-加群の加法群を残し、スカラー作用を忘れる。$R$-線形写像は加法群の準同型なので射も送れる。しかし一般の加法群準同型が $R$-線形とは限らない。たとえば $R=\mathbb C$、$M=N=\mathbb C$ とすると、複素共役 $z\mapsto\bar z$ は加法群の準同型だが複素線形でない。

忠実性と充満性を分ける

関手 $U:\mathcal C\to\mathcal D$ が忠実であるとは、各組 $X,Y$ について $\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,Y)\to\operatorname{Hom}_{\mathcal D}(UX,UY)$ が単射であることをいう。充満であるとはこの写像が全射であることをいう。群から集合への忘却関手は忠実だが充満でない。たとえば整数加法群 $\mathbb Z$ の台集合上の写像 $n\mapsto n+1$ は集合写像だが、零元を保たないので群準同型ではない。すなわち忘れた後の圏には、元の圏では許されなかった射が増える。

群の台集合関手は忠実だが充満でない

$U:\mathbf{Grp}\to\mathbf{Set}$ は忠実であり、充満ではない。

整数加法群での反例

忠実性は前節の証明から従う。充満性には反例を一つ挙げればよい。$G=H=(\mathbb Z,+)$ とし、台集合上の写像 $t(n)=n+1$ を取る。もし $t$ が群準同型なら $t(0)=0$ となるはずだが、実際には $t(0)=1$ である。従って $t\in\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(UG,UH)$ は $\operatorname{Hom}_{\mathbf{Grp}}(G,H)$ から来ない。$\square$

忠実であることは対象の同型類を区別することとも異なる。位数が同じ非同型群は台集合として同型になり得る。たとえば巡回群 $\mathbb Z/4\mathbb Z$ と Klein の四元群は、ともに四元集合であるから台集合は集合として同型だが、群としては同型でない。忘却関手は群準同型を識別できても、台集合の同型という情報だけから元の群を復元しない。
さらに「忘却」と呼ぶ操作が必ず忠実とも限らない。小さい圏から対象集合を取る $\operatorname{Ob}:\mathbf{Cat}\to\mathbf{Set}$ は関手だが、射の作用を忘れる。同じ対象対応を持ちながら、射への作用が異なる関手がある。例えば整数加法群を一対象圏とみなすと、整数の射を $n\mapsto n$ に送る関手と $n\mapsto2n$ に送る関手は対象集合への写像が同じだが、圏の関手として異なる。この例では忘れる情報が射そのものに及ぶため、忠実性を失う。対象の台集合を保つ通常の代数的な忘却関手と混同しない。

自由構成との随伴

忘却関手が有用なのは、構造を捨てる向きと、与えられた集合に構造を自由に付ける向きが対になりやすいからである。集合 $X$ から作る自由モノイド $F(X)$ は、$X$ の元を文字として並べた有限語全体からなる。空語を単位元、語の連結を積にする。各文字を一文字語へ送る写像 $\eta_X:X\to U(F(X))$ がある。任意のモノイド $M$ と集合写像 $h:X\to U(M)$ に対し、語を各文字の像の積へ送るモノイド準同型がただ一つ存在する。これが自由構成の普遍性である(Mac98 Chapter IV)。

自由モノイドと忘却関手の随伴

$\mathbf{Mon}$ をモノイドの圏、$U:\mathbf{Mon}\to\mathbf{Set}$ を台集合関手とする。有限語の構成 $F:\mathbf{Set}\to\mathbf{Mon}$ について、自然な全単射
$$ \operatorname{Hom}_{\mathbf{Mon}}(F(X),M) \cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(X,U(M)) $$
がある。すなわち $F$ は $U$ の左随伴である。

文字の像から語全体の像を作る

モノイド準同型 $\varphi:F(X)\to M$ を一文字語へ制限して $h(x)=\varphi((x))$ と置けば集合写像 $h:X\to U(M)$ を得る。逆に $h$ が与えられたら、空語を $M$ の単位元へ、語 $(x_1,\ldots,x_k)$ を積 $h(x_1)\cdots h(x_k)$ へ送る。連結した語の像は像の積になるから、この対応はモノイド準同型である。どの準同型も一文字語の像で全語への作用が決まるので二つの操作は互いに逆である。集合写像 $a:X'\to X$ やモノイド準同型 $b:M\to M'$ を前後に合成しても制限と語ごとの積の計算は同じだから、この全単射は両変数に自然である。$\square$

この随伴を「$U$ に逆関手がある」と解してはいけない。$U(F(X))$ は $X$ 自身ではなく、$X$ の文字からできるすべての有限語の集合である。たとえば $X$ が一元集合なら $F(X)$ には空語・一文字語・二文字語など無限個の語がある。単位 $\eta_X$ は $X$ をその中へ入れるが、普通は全射ではない。逆向きの自然な全単射は対象そのものの同一視ではなく、上の Hom 集合の間にある。
同じ構図は自由群と群の台集合関手、自由 $R$-加群と加群の台集合関手にも現れる。ただし自由群では逆文字と約分、自由加群では有限個の形式的線形結合を作る。具体的に何を自由に生成するかは忘却先と残した構造に依存する。「自由関手がある」とだけ言って、その値が単なる集合 $X$ であるとするのは誤りである。

基点だけを忘れる例

もっと小さな構造として、集合に一つの基点を指定することを考える。基点付き集合は組 $(X,x_0)$ であり、その射は基点を基点へ送る写像である。基点を忘れる $U:\mathbf{Set}_*\to\mathbf{Set}$ も忘却関手で、やはり忠実だが充満でない。たとえば二元集合 $\{0,1\}$ の基点を $0$ とすると、$0$ と $1$ を入れ替える写像は台集合の全単射であっても基点付き集合の射ではない。忘れる構造が一点だけでも、射の集合は変わる。
この場合の自由構成は、集合 $X$ に新しい一点 $*$ を足してそれを基点にする $F(X)=(X\sqcup\{*\},*)$ である。もとの $X$ が空でも $F(X)$ は一元集合になる。もとの $X$ にすでに「星印」という名前の元があっても、新しい点はそれと区別して追加する。非交和を使う理由は、基点が元から存在したかどうかに依存しない自然な構成にするためである。

基点の追加は忘却関手の左随伴

任意の集合 $X$ と基点付き集合 $(Y,y_0)$ に対し、
$$ \operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}_*}(F(X),(Y,y_0)) \cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(X,U(Y,y_0)) $$
が自然に成り立つ。

新しい一点の像は既に決まっている

左辺の基点を保つ写像 $f$ は、追加した点 $*$ を必ず $y_0$ へ送る。一方、$X$ の各元の像には制限がないから、$f$ を $X$ に制限すると右辺の任意の写像が得られる。逆に $h:X\to Y$ を与えれば、$h$ を $X$ 上に保ち、$*$ の像を $y_0$ と定めてただ一つの基点を保つ写像へ延長できる。制限と延長は互いに逆であり、$X$ や $(Y,y_0)$ の射との合成にも両立する。$\square$

自由モノイドの有限語の例と比べると、付け加える構造は全く異なる。前者は演算を閉じるため語を何度でも連結し、こちらは新しい基点を一つ足すだけでよい。しかし両方に共通するのは、「元の集合からの任意の写像が、自由に構成した対象からの構造を保つ射に一意に延長する」という形である。忘却関手と自由構成の対応を読むときは、記号上の随伴だけでなく、この延長の内容を実際に説明できるか確かめるとよい。

位相を忘れる場合

$U:\mathbf{Top}\to\mathbf{Set}$ を位相空間の台集合関手とする。この場合には自由構成の向きが分かりやすい。集合 $X$ に離散位相を入れた空間 $D(X)$ から任意の位相空間 $Y$ への集合写像はすべて連続である。したがって $D$ は $U$ の左随伴になる。一方、集合 $X$ に密着位相 $\{\emptyset,X\}$ を入れた空間を $I(X)$ とすると、任意の $Y$ から $I(X)$ への集合写像はすべて連続である。ゆえに $I$ は $U$ の右随伴になる。左と右で異なる位相を付けることに注意する。

離散位相と密着位相の二つの随伴

任意の集合 $X$ と位相空間 $Y$ について
$$ \operatorname{Hom}_{\mathbf{Top}}(D(X),Y) \cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(X,U(Y)), \qquad \operatorname{Hom}_{\mathbf{Top}}(Y,I(X)) \cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{Set}}(U(Y),X) $$
が自然に成り立つ。

連続性の条件を確認する

$D(X)$ の任意の部分集合は開である。写像 $f:D(X)\to Y$ と $Y$ の開集合 $V$ に対し $f^{-1}(V)$ は $X$ の部分集合なので開であり、$f$ は連続である。よって左の Hom 集合は同じ集合写像を集めている。$I(X)$ の開集合は空集合と全体だけである。任意の写像 $g:Y\to I(X)$ について、それらの逆像はそれぞれ空集合と $Y$ なので開であり、$g$ は連続である。どちらも写像自体を変えない対応だから、前後の合成と両立し自然である。$\square$

この例は、忘却関手が何を保つかを一つの標語で決められないことも示す。群の台集合関手では、集合の全単射に戻せる群準同型は群同型である。実際、全単射な群準同型の逆写像は演算を保つ。しかし位相空間の台集合関手では、連続な全単射の逆写像が連続とは限らない。実数集合に離散位相を入れた空間から通常の位相の実数空間への恒等写像は連続な全単射であるが、逆は連続でない。従ってこの忘却関手は同型を一般には反映しない。「台の写像が全単射」と「構造を保つ同型」を分ける必要がある。

極限と余極限での注意

群の台集合関手は直積を集合の直積に送り、等化子を集合の等化子に送る。前者では二群 $G,H$ の直積の元が組 $(g,h)$ で、射影も同じ集合写像である。後者では二つの群準同型 $f,g:G\to H$ の等化子 $\{x\in G\mid f(x)=g(x)\}$ が部分群になり、その台集合は集合としての等化子と一致する。関手がこれらの極限を保つことは、構造が成分ごとに入ることを反映している。

群の台集合関手は直積と等化子を保つ

$U:\mathbf{Grp}\to\mathbf{Set}$ は二項直積と等化子の標準的な比較写像を同型にする。

元と演算を直接比較する

群 $G\times H$ の元は組 $(g,h)$ で、積と逆元は成分ごとに計算する。従って $U(G\times H)$ から $UG\times UH$ への比較写像は組をそのまま送る全単射である。二射 $f,g:G\to H$ について $E=\{x\in G\mid f(x)=g(x)\}$ と置く。$x,y\in E$ なら $f(xy^{-1})=f(x)f(y)^{-1}=g(x)g(y)^{-1}=g(xy^{-1})$ で、$E$ は部分群である。その包含は群での等化子を与え、$UE$ は集合での等化子と元が同じである。$\square$

一方、忘却関手が余極限まで同じように保つと推測してはいけない。群の圏で二つの自明群の余積は自明群である。どちらからも出る射が一つしかなく、自明群が余積の普遍性を満たすからである。しかし台集合の圏で二つの一元集合の余積は二元の非交和になる。したがって群の台集合関手は、この余積を保たない。直積と余積は名前が似ていても、忘れた後の集合の作り方は異なる。
極限を保つ性質は随伴とも関係する。自由モノイド関手の右随伴である台集合関手は、存在する極限を保つという一般定理がある(Mac98 Chapter V)。しかし「右随伴だからすべての余極限も保つ」とは言えない。ここでの直積と等化子の計算は、その一般定理を具体的に確かめたものでもある。随伴の存在、忠実性、充満性、同型を反映する性質、極限を保つ性質は互いに異なる問いである。

使うときに確認すること

記号 $U$ を見たら、まず始域と終域を書き、何を残すかを明記する。$R$-加群からアーベル群なら加法を残すが、集合まで行けば加法も忘れる。次に射を調べる。もとの射を同じ元への写像として読むだけでよい場合でも、その写像が終域の射であること、恒等射と合成を保つことが要る。対象の対応が似ていても射の選び方が異なれば異なる関手になり得る。
性質を使う際は、どの Hom 集合の写像について言っているかを明示する。忠実性は元の射の区別を失わないこと、充満性は忘れた先で許されるすべての射が元の構造を保つことを意味する。自由構成との随伴は Hom 集合の自然な対応であって、忘却関手の逆を与えるものではない。極限を計算するときも、台集合での答えだけを見て元の構造を忘れない。これらを分けておけば、「構造を忘れる」という直観を、実際の圏と射について検証できる。

参照箇所

Sta006M §6.5 は忠実な集合値関手を台集合を取る忘却関手として扱う。Mac98 Chapter I は圏と関手、Chapter IV は随伴、Chapter V は極限とその保存の基礎を述べる。Sta02ZN Lemma 8.8.1 の証明は小さい圏から「対象集合と射集合の組」への忘却関手の忠実性・極限保存を具体例として示し、忘却先を指定する必要を補う。

関連項目

参考文献

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