局所平坦性判定

同義語:local criterion for flatnesslocal flatness criterion

概要

局所平坦性判定(local criterion for flatness)とは、環 $A$ のイデアル $I$ と $A$ 加群 $M$ について、$M/IM$ の $A/I$ 上の平坦性と $\operatorname{Tor}_1^A(A/I,M)=0$ から $M$ の平坦性を導く定理である。$I$ が冪零のとき、または $A$ がNoetherで有限生成イデアルと $M$ のテンソル積が $I$ 進分離的なときに成り立つ。$M$ がNoetherな $A$ 代数 $B$ 上有限生成で $IB\subset\operatorname{Jac}(B)$ ならこの分離性は自動的に成り立つ。Noether局所環の局所準同型 $A\to B$ では、有限生成 $B$ 加群の平坦性が $\operatorname{Tor}_1^A(A/\mathfrak m,M)=0$ だけで判定できる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 平坦加群, テンソル積, Tor関手, Noether環, イデアル進位相, 随伴次数環

判定の対象と仮定

局所平坦性判定は、イデアルで割った加群の平坦性と、そのイデアルに沿う一次の関係から、元の加群の平坦性を回復する方法である。剰余環上で平坦であるという条件だけでは、元の環上で平坦であるとは限らない。剰余へ移すと消えてしまう関係を、Tor またはイデアルとのテンソル積によって検出する条件が加わる。
以下では環は可換単位環、加群は単位的加群とする。環 $A$ のイデアル $I$ と $A$ 加群 $M$ に対して
$$ A_0=A/I,\qquad M_0=M/IM $$
と書く。たとえば $A$ が局所環で $I$ が極大イデアルなら $A_0$ は体なので、$M_0$ は自動的に平坦である。この場合でも、Tor 条件が不要になるわけではない。

イデアルに関する分離条件

$M$ が $I$ に関して イデアル分離的であるとは、すべての有限生成イデアル $\mathfrak a\subset A$ に対して
$$ \bigcap_{n\ge1}I^n(\mathfrak a\otimes_AM)=0 $$
となることをいう。この条件は $\bigcap_nI^nM=0$ という $M$ 自身の分離性より強い。

イデアルによる平坦性の判定では、写像 $\mathfrak a\otimes_AM\to M$ の核が零であることを調べる。したがって、冪ごとの計算により核の元がすべての $I^n$ に入ることを示した後、それを零と結論するために必要なのはテンソル積の側の分離性である。$M$ 自身の分離性だけを代入すると、核の元が消える理由を失ってしまう。
この条件が自動的に満たされる重要な場合がある。$B$ が Noether な $A$ 代数、$M$ が有限生成 $B$ 加群で、$IB\subset\operatorname{Jac}(B)$ なら、$M$ は $I$ に関してイデアル分離的である。$A$ 自身の Noether 性や、$B$ が有限型 $A$ 代数であることは、この分離条件の確認には不要である。まずこの事実を証明する。

有限加群の分離性から平坦性へ

Jacobson 根基内のイデアルによる分離性

$B$ を Noether 環、$J\subset\operatorname{Jac}(B)$ をイデアル、$N$ を有限生成 $B$ 加群とする。このとき $\bigcap_{n\ge1}J^nN=0$ である。

必要な Artin–Rees の等式を確認する。$J$ は有限生成なので、Rees 環 $\mathcal R=B[Jt]\subset B[t]$ は有限生成 $B$ 代数で Noether である。Rees 加群 $\mathcal N=\bigoplus_{n\ge0}J^nNt^n$ も有限生成である。$L\subset N$ に対して、まず $L=0$ なら $c=0$ と取れば以下の Artin–Rees の等式は両辺が零となり自明である。以下は $L\ne0$ とする。その次数付き部分加群
$$ \bigoplus_{n\ge0}(J^nN\cap L)t^n $$
は有限個の斉次元で生成される。生成元の次数の最大を $c$ とすると、$n\ge c$ で
$$ J^nN\cap L=J^{n-c}(J^cN\cap L) $$
となる。実際、各低次数生成元に必要な $J$ の冪を掛けて次数 $c$ に上げれば、次数 $n$ の全体はその $J^{n-c}$ 倍になる。
$T=\bigcap_nJ^nN$ は有限生成部分加群である。上の式に $L=T$、$n=c+1$ を入れると $T=JT$ を得る。有限生成元 $t_1,\ldots,t_r$ を選び、$t_i=\sum_j a_{ij}t_j$、$a_{ij}\in J$ と書く。行列 $1-(a_{ij})$ の随伴行列を掛けると、その行列式が全 $t_i$ を殺す。この行列式は $1-b$、$b\in J$ の形である。$J\subset\operatorname{Jac}(B)$ なので $1-b$ は単元となり、$T=0$ を得る。$\square$

この補題で使う Hilbert の基底定理は、有限生成代数の Noether 性を保証する。イデアル $H\subset B[t]$ の次数高々 $n$ の元の最高次数係数のイデアルを考えると、これらは上昇し、ある次数以降は一定となる。停止するまでの有限個の係数の生成元を持つ多項式を選び、任意の $H$ の元の最高次数をそれらの $t$ 倍で消して次数を下げれば、$H$ の有限生成系が得られる。これを変数の数について反復し、有限型代数はその商として Noether となる。ここで無限変数の代数まで Noether と主張してはいない。

冪商の平坦性による判定

$A$ を任意の環、$B$ を Noether な $A$ 代数、$M$ を有限生成 $B$ 加群、$J\subset\operatorname{Jac}(B)$ をイデアルとする。すべての $n\ge1$ について $M/J^nM$ が $A$ 上平坦なら、$M$ は $A$ 上平坦である。

有限生成イデアル $\mathfrak a\subset A$ に対して、乗法写像
$$ u:\mathfrak a\otimes_AM\longrightarrow M $$
が単射であることを示す。$\mathfrak a$ の有限生成系から $M^s\to\mathfrak a\otimes_AM$ という全射があるので、$N=\mathfrak a\otimes_AM$ は有限生成 $B$ 加群である。従って前の補題により $\bigcap_nJ^nN=0$ となる。
テンソル積の右完全性から $N/J^nN\cong\mathfrak a\otimes_A(M/J^nM)$ である。$u(z)=0$ なら、平坦性による単射 $\mathfrak a\otimes_A(M/J^nM)\to M/J^nM$ から $z$ の $N/J^nN$ における像は零となる。従って $z\in J^nN$ がすべての $n$ で成立し、分離性から $z=0$ である。有限生成イデアルによる平坦性判定により $M$ は平坦となる。$\square$

最後に用いた判定は 平坦加群 の「イデアルによる平坦性の判定」に述べられている。その判定自体は任意の環と任意の加群に対するものである。本定理の有限生成性は、そこに現れるテンソル積 $N$ を Noether 環 $B$ の有限加群にし、分離性を供給するために使われている。

一つの正則元による判定

前の定理と同じ $A,B,M$ に対し、$b\in\operatorname{Jac}(B)$ が $M$ に単射的に作用するとする。$M/bM$ が $A$ 上平坦なら $M$ は $A$ 上平坦である。

実際、$i\ge1$ に対して $b$ 倍写像による
$$ 0\longrightarrow M/b^iM\xrightarrow{b}M/b^{i+1}M\longrightarrow M/bM\longrightarrow0 $$
が完全である。左の単射性は、$bm\in b^{i+1}M$ から $m\in b^iM$ を得る際に $b$ の単射作用を使うことでわかる。平坦加群の拡大は平坦なので、帰納的に全 $M/b^iM$ が平坦となる。定理を $J=bB$ に適用すればよい。この系での商加群の平坦性は $A$ 上であり、後の局所平坦性判定での $A/I$ 上の平坦性と区別する必要がある。

Tor と一次の乗法写像による判定

局所平坦性判定の七条件

$A$ を環、$I\subset A$ をイデアル、$M$ を $A$ 加群とする。次のいずれかを仮定する。

  • $I$ は冪零イデアルである。
  • $A$ は Noether 環であり、$M$ は $I$ に関してイデアル分離的である。
    このとき、以下の七条件は同値である。
  1. $M$ は $A$ 上平坦である。
  2. すべての $A/I$ 加群 $N$ に対して $\operatorname{Tor}_1^A(N,M)=0$ である。
  3. $M_0$ は $A_0$ 上平坦であり、乗法写像 $I\otimes_AM\to IM$ が同型である。
  4. $M_0$ は $A_0$ 上平坦であり、$\operatorname{Tor}_1^A(A_0,M)=0$ である。
  5. $M_0$ は $A_0$ 上平坦であり、全 $n\ge0$ の自然な乗法写像
    $$ \gamma_n:(I^n/I^{n+1})\otimes_{A_0}M_0\longrightarrow I^nM/I^{n+1}M $$
    が同型である。
  6. $M_0$ は $A_0$ 上平坦であり、自然な次数付き写像
    $$ \operatorname{gr}_I(A)\otimes_{A_0}M_0\longrightarrow\operatorname{gr}_I(M) $$
    が同型である。
  7. 全 $n\ge0$ について $M/I^{n+1}M$ は $A/I^{n+1}$ 上平坦である。

この定理は Mat86 §22, Theorem 22.3 に対応する。$M$ が有限生成であるという仮定は定理全体には入っていない。冪零の場合には $A$ の Noether 性も不要である。一方、第二の場合にイデアル分離性を単なる $M$ の分離性で置き換えることはできない。

条件 1 から条件 2 は、自由分解を平坦加群とテンソルしても完全性が保たれることによる。任意の $A_0$ 加群 $N$ に対して
$$ N\otimes_AM\cong N\otimes_{A_0}M_0 $$
である。$I$ が $N$ を殺すのでテンソルの関係式により $IM$ を商にできるためである。条件 2 を $A_0$ 加群の任意の短完全列に適用すると、この同型と Tor の長完全列から $M_0$ の $A_0$ 平坦性を得る。さらに $0\to I\to A\to A_0\to0$ の長完全列から
$$ \operatorname{Tor}_1^A(A_0,M)=\ker(I\otimes_AM\to M) $$
である。乗法写像の像は常に $IM$ なので、条件 2 から条件 3 が従い、条件 3 と条件 4 は同値である。
逆に条件 4 から条件 2 を導く。任意の $A_0$ 加群 $N$ に $A_0$ 自由加群 $F$ からの全射を取り、核を $L$ とする。$F$ は $A_0$ の直和なので条件 4 から $\operatorname{Tor}_1^A(F,M)=0$ となる。従って $\operatorname{Tor}_1^A(N,M)$ は $L\otimes_AM\to F\otimes_AM$ の核である。この写像は $L\otimes_{A_0}M_0\to F\otimes_{A_0}M_0$ と同じであり、$M_0$ の平坦性から単射となる。$F,L,N$ の有限生成性を使っていない。
次に条件 3 から条件 5 を示す。既に条件 2 が得られており、$I^n/I^{n+1}$ は $A_0$ 加群なので、その Tor は消える。$0\to I^{n+1}\to I^n\to I^n/I^{n+1}\to0$ とテンソルすると左でも完全となる。$I\otimes M\cong IM$ を初期段として帰納すれば、全 $n$ で $I^n\otimes M\cong I^nM$ となる。これらの商を取って $\gamma_n$ の同型を得る。$n=0$ の写像は $A_0\otimes_{A_0}M_0\to M_0$ の同型である。次数付き写像が同型であることは各次数で同型となることと同値なので、条件 5 と条件 6 も同値となる。
条件 5 から条件 7 を示す。$n$ を固定し、$i=n+1,n,\ldots,1$ に対して
$$ \alpha_i:(I^i/I^{n+1})\otimes_AM\longrightarrow I^iM/I^{n+1}M $$
を考える。$i=n+1$ では零加群の同型である。$\alpha_{i+1}$ が同型と仮定し、$I^{i+1}/I^{n+1}\to I^i/I^{n+1}\to I^i/I^{i+1}\to0$ のテンソルによる右完全列を、対応する $M$ の冪の短完全列と並べる。右の写像は $\gamma_i$、左は $\alpha_{i+1}$ で、双方が同型である。下段の左写像が単射なので上段の左写像も単射となり、短完全列の図式から $\alpha_i$ は同型である。従って $\alpha_1$ は同型となる。
$R=A/I^{n+1}$、$J=I/I^{n+1}$、$Q=M/I^{n+1}M$ とおくと、$\alpha_1$ により $J\otimes_RQ\to JQ$ は同型で、$Q/JQ=M_0$ は $R/J$ 上平坦である。既に証明した条件 3 から条件 2 の方向をこの組へ適用し、すべての $R/J$ 加群 $L$ に $\operatorname{Tor}_1^R(L,Q)=0$ を得る。任意の $R$ 加群には $J^{n+1}=0$ による有限の filtration があり、その各商は $R/J$ 加群である。Tor の長完全列をその有限段数だけ用いれば、すべての $R$ 加群 $L$ について Tor が消え、$Q$ は $R$ 上平坦となる。
最後に条件 7 から条件 1 を示す。$I^e=0$ の場合は $n=e-1$ を取れば、条件 7 自身が $M$ の $A$ 平坦性となる。
第二の仮定の場合、$\mathfrak a\subset A$ をイデアルとする。Noether 性からこれは有限生成である。Artin–Rees の等式を $\mathfrak a\subset A$ に用いると、ある $c$ について
$$ I^k\cap\mathfrak a=I^{k-c}(I^c\cap\mathfrak a)\qquad(k\ge c) $$
となる。任意の $n\ge1$ に対して $k\ge n+c$ を取れば $I^k\cap\mathfrak a\subset I^n\mathfrak a$ である。この Artin–Rees の計算は $I\subset\operatorname{Jac}(A)$ を要求しない。
$z\in\ker(\mathfrak a\otimes_AM\to M)$ とする。条件 7 の平坦性から、$z$ の $\mathfrak a/(\mathfrak a\cap I^k)\otimes_AM$ における像は零である。これは $\mathfrak a/(\mathfrak a\cap I^k)\subset A/I^k$ に平坦な $M/I^kM$ をテンソルした単射による。さらに $\mathfrak a/(\mathfrak a\cap I^k)\to\mathfrak a/I^n\mathfrak a$ が定まるので、$z$ の後者と $M$ とのテンソル積における像も零である。テンソル積の右完全性から $z\in I^n(\mathfrak a\otimes_AM)$ を得る。これは全 $n$ で成り立つため、イデアル分離性から $z=0$ となる。全有限生成イデアルについて乗法写像の単射性を示したので、$M$ は平坦である。$\square$

Noether な局所環での利用

前の定理が「局所」平坦性判定と呼ばれるのは、Noether な局所環の極大イデアル、あるいは局所準同型によってその中へ入るイデアルについて使われるからである。定理の証明そのものは、局所環という条件より広い分離条件を明示している。

有限加群についての局所平坦性判定

$A$ を Noether 環、$B$ を Noether な $A$ 代数、$M$ を有限生成 $B$ 加群とする。$I\subset A$ が $IB\subset\operatorname{Jac}(B)$ を満たすとき、$M$ が $A$ 上平坦であることと
$$ M/IM\text{ が }A/I\text{ 上平坦},\qquad \operatorname{Tor}_1^A(A/I,M)=0 $$
が同時に成立することは同値である。

有限生成 $\mathfrak a\subset A$ に対する $\mathfrak a\otimes_AM$ は有限生成 $B$ 加群なので、分離性の補題を $J=IB$ について使える。$I^n$ と $(IB)^n$ の作用による部分加群は同じなので、$M$ は $I$ に関してイデアル分離的である。従って七条件の定理を適用できる。
たとえば Noether 局所環の局所準同型 $(A,\mathfrak m)\to(B,\mathfrak n)$ では $\mathfrak mB\subset\mathfrak n=\operatorname{Jac}(B)$ となる。有限生成 $B$ 加群 $M$ について、$I=\mathfrak m$ とすれば $M/\mathfrak mM$ は剰余体上のベクトル空間なので自動的に平坦である。従ってこの場合には $\operatorname{Tor}_1^A(A/\mathfrak m,M)=0$ だけで平坦性を判定できる。$M$ が $A$ 上有限生成である必要はなく、$B$ が $A$ 上有限である必要もない。
この違いは、平坦性を自由性と取り違えないためにも重要である。局所環 $A$ 上で有限表示された平坦加群は自由となるが、ここで扱う $M$ は $B$ 上有限でも $A$ 上有限表示とは限らない。従ってこの判定が供給するのは $A$ 上の平坦性であり、一般に有限自由性ではない。

例と仮定を外した反例

以下の多項式・冪級数・二重数の例では $k$ を体とする。

反例:剰余加群の平坦性だけでは足りない

$A=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$、$I=(\varepsilon)$、$M=A/I=k$ とする。$M/IM=k$ は $A/I=k$ 上自由である。しかし $M$ は $A$ 上平坦でない。実際 $I$ は $k$ と同型な $A$ 加群であり、$I\otimes_AM\cong k$ である一方、乗法写像 $I\otimes_AM\to M$ は零写像である。非零元 $\varepsilon\otimes1$ が核に属するので、条件 3 は成立しない。従って Tor 条件も成立しない。
ここでは $I$ は冪零なので分離条件の問題は起きていない。失敗の原因は、冪零方向に生じる一次の関係を剰余体上のベクトル空間だけでは検出できないことである。

反例:Jacobson 条件を外す

$A=k[t]$、$B=A$、$M=A/(t-1)$、$J=(t)$ とする。$M$ 上で $t$ は恒等作用をするので、すべての $n\ge1$ で $M/J^nM=0$ となる。従ってこれらは $A$ 上平坦である。しかし $M$ は平坦でない。非零元 $t-1\in A$ による単射 $A\xrightarrow{t-1}A$ を $M$ とテンソルすると、非零加群 $M$ の零写像となって単射性を失う。
この例では $J\not\subset\operatorname{Jac}(B)$ である。$J^nM=M$ なので分離性が破れており、冪商がすべて零になったという情報から元の加群へ戻れない。有限生成性も Noether 性も満たされているため、これら二条件だけで Jacobson 条件の役割を代用できない。

反例:イデアル分離条件を外す

$A=k[t]$、$I=(t)$、$M=A[1/t]/A$ とする。$tM=M$ なので全 $M/I^{n+1}M=0$ は $A/I^{n+1}$ 上平坦である。一方 $1/t+A$ は非零で、$t$ を掛けると零になる。整域上の平坦加群はねじれをもたないので、$M$ は平坦でない。
$\mathfrak a=A$ 自身を使えば、$\mathfrak a\otimes_AM=M$ であり、その全 $I$ 冪による共通部分は $M\ne0$ となる。従ってイデアル分離条件は明確に失敗している。この例は、Noether な基礎環だけでは任意の加群の分離性は保証されないことも示す。

一つの元についての非零因子条件

$A=k[t]_{(t)}$、$B=A[\![x]\!]$、$M=B/(t)$ とする。$x\in\operatorname{Jac}(B)$ は $M\cong k[\![x]\!]$ に単射的に作用する。しかし $M/xM\cong k$ は $A$ 上平坦でないので、一つの正則元による系は使えない。同じ商 $k$ は $A/(t)$ 上なら自由である。この例では、商の平坦性をどの環上で要求するかを取り違えるだけで、誤った結論へ進むことになる。

これらの反例は、三つの独立した確認点を示す。剰余上の平坦性、関係を検出する Tor 消滅、そして冪ごとの情報から元へ戻す分離性である。どれも、残りの条件と似た形の情報で置き換えられるとは限らない。

随伴次数加群による読み方

自然な写像 $\gamma_n$ は、$I^n$ の次数 $n$ の元と $M/IM$ の元を掛ける写像である。代表元を $I^{n+1}$ または $IM$ だけ変えると、積の差は $I^{n+1}M$ に入るので well-defined である。次数ごとにまとめた写像は $\operatorname{gr}_I(A)$ 線型となる。
七条件のうち条件 6 は、「各次数で新しい関係が増えず、次数零の加群 $M_0$ を随伴次数環へ延長したものが全体を記述する」と読める。ただしこれは元の加群 $M$ が $A\otimes_{A_0}M_0$ であるという主張ではない。一般に $A_0$ から $A$ への環写像は与えられていないし、随伴次数における等式は filtration 全体を分裂させるものでもない。
局所環で $I=\mathfrak m$ とすると、$M_0$ は剰余体上のベクトル空間である。$M$ の元を選ぶ際、まずその剰余の基底を選び、その基底が各次数で期待どおりの関係を生むかを調べられる。有限自由加群ならこの条件は明白である。一方、剰余の基底だけを持ち上げても、一般の無限生成加群ではその持上げが $M$ 全体を生成するとは限らない。有限 Nakayama の補題を無限生成加群へ適用してはいけない。
冪零イデアルの場合には、この最後の問題の一部が有限段数の反復で解消される。極大イデアル $\mathfrak m$ が冪零な局所環 $R$ 上の平坦加群 $Q$ は、無限階数でも自由である。実際、$Q/\mathfrak mQ$ の基底を持ち上げ、自由直和 $F\to Q$ を作る。余核 $C$ は $C=\mathfrak mC$ を満たすので、冪零性を反復すれば $C=0$ となる。核 $K$ について平坦性から $K/\mathfrak mK$ は剰余写像の核であり零である。再び冪零性を反復して $K=0$ を得る。ここでは有限生成性を使わず、有限の冪で最大イデアルが消えることを使っている。

判定を使う際の順序

最初に、基礎環 $A$ と、有限生成性を測る環 $B$ を分けて記録する。$M$ が有限生成であるといったとき、それが $A$ 上か $B$ 上かで適用できる定理は変わる。次に調べるイデアル $I$ または $J$ がどの環に属するかを確認する。$A$ のイデアル $I$ の作用を $B$ のイデアル $IB$ の作用と比較する場合には、それらの各冪による部分加群が一致することを使う。
その後、剰余環上の平坦性と Tor 条件を別々に確認する。$I=\mathfrak m$ なら剰余が体なので前者は自動的になるが、後者は自動的ではない。$I$ が一元生成されていて、その生成元が $M$ の非零因子であることがわかる場合には、$I\otimes M\to IM$ の核を直接計算する方法もある。ただし生成元が $A$ の非零因子か、$M$ の非零因子か、いずれを必要とする計算なのかを明記する。
最後に、分離性を供給する根拠を確認する。Noether 環 $B$ 上の有限加群と Jacobson 条件から得る場合には、$\mathfrak a\otimes_AM$ の有限生成性まで確認して補題を適用する。冪零イデアルの場合には分離性を別に要求する必要はない。各冪商が平坦というだけでこれらの根拠を省くと、前の反例のようにすべての商が零なのに元の加群は平坦でない状況を見逃す。

設定剰余上の条件元へ戻す根拠
冪零 $I$、任意 $A,M$七条件のいずれか有限冪で $I$ が零となる
Noether $A$、イデアル分離的 $M$七条件のいずれかArtin–Rees とテンソル側の分離性
Noether $A,B$、有限 $B$ 加群 $M$、$IB\subset\operatorname{Jac}(B)$$M_0$ 平坦と一次 Tor 消滅有限テンソル積の Jacobson 分離
任意 $A$、Noether $B$、有限 $M$、$J\subset\operatorname{Jac}(B)$全 $M/J^nM$ が $A$ 平坦有限イデアルのテンソル単射判定

関連項目

参考文献

[1]
Hideyuki Matsumura (translated by Miles Reid), Commutative Ring Theory, Cambridge Studies in Advanced Mathematics 8, Cambridge University Press, 1989, §22, Theorems 22.1–22.3(有限加群の分離性と平坦性、七条件の局所平坦性判定)

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