ネット(Net)とは、位相空間論において点列(Sequence)の概念を有向集合を用いて一般化したものであり、Moore-Smith列とも呼ばれる。点列が自然数によって順序付けられるのに対し、ネットはより一般的な順序構造を持つ「有向集合」によって添字付けられるため、第1可算公理を満たさない一般の位相空間においても、収束性を用いて閉包や連続性、コンパクト性などの位相的性質を完全に特徴付けることができる。
ネットを定義するためには、まず自然数の一般化である「有向集合」を定義する必要がある。
集合 $\Lambda$ とその上の二項関係 $\le$ の組 $(\Lambda, \le)$ が有向集合であるとは、以下の3条件を満たすことをいう。
自然数全体の集合 $\mathbb{N}$ (通常の大小関係)は有向集合の代表例である。また、点 $x$ の近傍系 $\mathcal{V}_x$ も、「包含関係の逆($U \le V \iff V \subseteq U$)」を順序とすることで有向集合となる。
位相空間 $X$ において、有向集合 $\Lambda$ から $X$ への写像 $x: \Lambda \to X$ をネット(net)と呼び、$\{x_\lambda\}_{\lambda \in \Lambda}$ あるいは単に $(x_\lambda)$ と表記する。
ネット $(x_\lambda)$ が点 $x \in X$ に収束するとは、以下の条件を満たすことをいう。
任意の近傍 $U \in \mathcal{V}_x$ に対して、ある $\lambda_0 \in \Lambda$ が存在し、
$$\forall \lambda \ge \lambda_0, \quad x_\lambda \in U$$
が成り立つ。このとき $x_\lambda \to x$ と書く。
なぜ点列だけでは不十分なのか。それは、第1可算公理(各点が可算な近傍基を持つ)を満たさない「大きすぎる」あるいは「複雑な」空間では、点列が届かない範囲が存在するからである。
非可算集合 $X$ 上の補有限位相(補集合が有限または空である集合を開集合とする位相)を考える。
この空間において、無限集合 $A \subseteq X$ は稠密($\overline{A} = X$)であるが、$A$ 内の点列で $A$ の外の点に収束するものは存在しない。
つまり、「点列による閉包」と「位相的な閉包」が一致しない現象が起こる。
ネットは、添字集合 $\Lambda$ として十分に大きな濃度を持つ有向集合(例えば近傍系そのもの)を採用できるため、どのような位相構造であっても「点 $x$ に限りなく近づく」プロセスを記述できる。
点列では不完全だった命題も、ネットを用いれば一般の位相空間で成立する定理(ネット原理)となる。
位相空間 $X$ とその部分集合 $A$、および写像 $f: X \to Y$ について以下が成り立つ。
点列における「部分列」に対応する概念として、部分ネット(Subnet)がある。ただし、定義は部分列よりも少し柔軟である。
ネット $(x_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$ の部分ネットとは、別の有向集合 $M$ と写像 $h: M \to \Lambda$ を用いて $(x_{h(\mu)})_{\mu \in M}$ と表されるネットであって、以下の条件を満たすものである。
これを用いると、コンパクト性は次のように美しく特徴付けられる。
位相空間 $X$ がコンパクト空間であるための必要十分条件は、
$X$ 内の任意のネットが、収束する部分ネットを持つことである。
これはBolzano-Weierstrassの定理(点列コンパクト性)の完全な一般化である。
ネットと並んで現代数学でよく用いられる収束概念にフィルター(Filter)がある。両者は本質的に等価な概念であり、相互に翻訳可能である。