三角化(triangularization)とは、正方行列 $A$ に対して正則行列 $P$ を選び、$P^{-1}AP$ を上三角行列にすることであり、そのような $P$ があるとき $A$ は三角化可能であるという。体 $K$ 上で三角化可能であることは、固有多項式が $K$ で 1 次式の積に分解することと同値で、このとき対角成分には固有値が重複度込みで任意の順に並べられる。複素数の行列はいつもユニタリ行列で三角化でき(Schur の三角化定理)、互いに可換な複素行列の族は 1 つの $P$ でまとめて三角化できる。対角化できない行列も扱え、$f(A)$ の固有値が $f(\lambda)$ であることなどの証明に使われる。
どんな正方行列も対角化できるわけではない。$\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ は固有値 $1$ しかもたないのに単位行列ではないので、対角行列と相似にならない(対角化)。しかし、対角線より下をすべて $0$ にした 上三角行列 となら、ずっと多くの行列が相似になる。正則行列 $P$ で $P^{-1}AP$ を上三角行列にすることを 三角化 という。上三角行列の対角成分には固有値が重複度込みで並ぶので、三角化できれば、固有値の情報を保ったまま行列を扱いやすい形にできる。
三角化できるかどうかは、固有多項式が 1 次式の積に分解するかどうかだけで決まる(thm-tri-criterion)。とくに複素数の行列はいつも三角化でき、しかも正規直交基底で、つまりユニタリ行列で三角化できる(thm-tri-schur)。さらに、互いに可換な行列の族は、各行列の固有多項式が 1 次式の積に分解するなら、1 つの $P$ でまとめて三角化できる(thm-tri-simultaneous)。三角化は、$f(A)$ の固有値が $f(\lambda)$ であること(thm-tri-spectral-mapping)や、可換な行列の和と積の固有値を調べる道具になる。
以下、$K$ は体、$n\ge1$ とし、$M_n(K)$ は $K$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体である。$A\in M_n(K)$ の固有多項式を $p_A(x):=\det(xI-A)$ と書く。$e_1,\dots,e_n$ は $K^n$ の標準基底である。
$T=(t_{ij})\in M_n(K)$ が 上三角行列 であるとは、$i>j$ ならば $t_{ij}=0$ であることをいう。$i\ge j$ ならば $t_{ij}=0$ であるものを 狭義上三角行列 という。
$A\in M_n(K)$ が $K$ 上 三角化可能(triangularizable)であるとは、正則行列 $P\in M_n(K)$ で $P^{-1}AP$ が上三角行列になるものが存在することをいう。このような $P$ を求めること、または $P^{-1}AP$ を求めることを $A$ の 三角化(triangularization)という。
有限次元ベクトル空間 $V$ の線形変換 $T\colon V\to V$ が三角化可能であるとは、$V$ のある基底に関する $T$ の表現行列が上三角行列であることをいう。
下三角行列($i< j$ で $t_{ij}=0$)を使っても同じ概念になる。基底の順序を逆にすれば、上三角行列と下三角行列が入れ替わるからである。$A$ の三角化可能性は、線形変換 $x\mapsto Ax$ の三角化可能性と同じである。$P$ の列を $p_1,\dots,p_n$ とすると、$AP=PT$ の第 $k$ 列を比べて $Ap_k=\sum_it_{ik}p_i$ だからである。
三角化を、部分空間の言葉で言い換えておく。
$T\colon V\to V$ を $n$ 次元のベクトル空間 $V$ の線形変換、$b_1,\dots,b_n$ を $V$ の基底とし、$V_k:=\operatorname{span}\{b_1,\dots,b_k\}$($V_0:=\{0\}$)とおく。次は同値である。
(i) 基底 $b_1,\dots,b_n$ に関する $T$ の表現行列は上三角行列である。
(ii) 各 $k$ について $Tb_k\in V_k$ である。
(iii) 各 $k$ について $T(V_k)\subset V_k$ である。
このとき表現行列の第 $k$ 対角成分 $t_{kk}$ は、$Tb_k-t_{kk}b_k\in V_{k-1}$ を満たすただ 1 つの数である。
表現行列の第 $k$ 列は $Tb_k$ の座標なので、(i) は「$Tb_k$ を $b_1,\dots,b_n$ の線形結合で書くと $b_{k+1},\dots,b_n$ の係数が $0$」、つまり (ii) と同じである。(iii) なら $b_k\in V_k$ なので (ii) である。(ii) なら、$j\le k$ について $Tb_j\in V_j\subset V_k$ なので、$T$ の線形性により $T(V_k)\subset V_k$ である。最後の主張は、$Tb_k=\sum_{i\le k}t_{ik}b_i$ で $b_1,\dots,b_n$ が線形独立なことによる。$\square$
$\{0\}=V_0\subset V_1\subset\cdots\subset V_n=V$、$\dim V_k=k$ となる部分空間の列を 旗(flag)という。lem-tri-flag により、$T$ が三角化可能であることは、すべての $V_k$ が $T$ で不変な旗があることと同値である(Axl24 5.39、p. 156)。
上三角行列 $T$ では、$Te_1=t_{11}e_1$ なので $e_1$ は固有ベクトルであり、一般に $Te_k$ は「$t_{kk}e_k$ と、それより前の基底ベクトルの結合」である。$V_{k-1}$ を無視して見れば、$T$ は $e_k$ を $t_{kk}$ 倍するだけに見える。つまり三角化とは、空間を 1 次元ずつ積み上げ、各段で「前の段を無視すれば固有ベクトル」となるように基底を選ぶことである。対角化は「前の段を無視しなくても固有ベクトル」を求めるので、要求が強い。
三角化の構成は次の繰り返しである。固有ベクトル $v$ を 1 本見つけて基底の最初に置くと、行列は $\begin{pmatrix}\lambda&*\\0&A_1\end{pmatrix}$ の形になる。残りの $A_1$ は 1 つ小さい行列なので、同じことを続ければよい。続けるために必要なのは、各段で固有値(固有多項式の根)が $K$ の中に見つかることだけである。
$$
A=\begin{pmatrix}0&1&0\\-1&2&0\\-1&0&2\end{pmatrix}
$$
の固有多項式は $p_A(x)=(x-1)^2(x-2)$ である。固有値 $1$ の固有空間は $(1,1,1)^{\top}$ で張られる 1 次元の空間なので、$A$ は対角化できない(固有値 の記事の定理「対角化可能性の判定」)。
段 1:固有ベクトル $v=(1,1,1)^{\top}$ に $e_2,e_3$ を加えた基底をとり、$P_1:=(v\ e_2\ e_3)$ とすると
$$
P_1^{-1}AP_1=\begin{pmatrix}1&1&0\\0&1&0\\0&-1&2\end{pmatrix}
$$
で、第 1 列が $e_1$ の $1$ 倍になる。右下の $A_1=\begin{pmatrix}1&0\\-1&2\end{pmatrix}$ の固有多項式は $(x-1)(x-2)$ である。
段 2:$A_1$ の固有値 $1$ の固有ベクトル $(1,1)^{\top}$ に $(0,1)^{\top}$ を加えて $Q_1:=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$ とすると $Q_1^{-1}A_1Q_1=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ である。$P:=P_1\,\mathrm{diag}(1,Q_1)$ とおくと
$$
P=\begin{pmatrix}1&0&0\\1&1&0\\1&1&1\end{pmatrix},\qquad P^{-1}AP=\begin{pmatrix}1&1&0\\0&1&0\\0&0&2\end{pmatrix}
$$
となり、対角成分に固有値 $1,1,2$ が並ぶ。
$R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ の固有多項式は $x^2+1$ で、実数の根をもたない。上三角行列 $T=P^{-1}RP$ の第 1 列は $t_{11}e_1$ なので、$P$ の第 1 列は $R$ の実の固有ベクトルになるはずだが、それは存在しない。よって $R$ は $\mathbb{R}$ 上三角化できない。$\mathbb{C}$ 上では固有ベクトル $(1,-i)^{\top}$(固有値 $i$)と $(1,i)^{\top}$(固有値 $-i$)があり、$R$ は対角化までできる。三角化できるかどうかは、どの体の上で考えるかによる。
2 元体 $\mathbb{F}_2$ の上で $B=\begin{pmatrix}0&1\\1&1\end{pmatrix}$ を考える。$p_B(x)=x^2-x-1=x^2+x+1$ は $x=0,1$ でどちらも値 $1$ をとるので、$\mathbb{F}_2$ に根をもたない。ex-tri-rotation と同じ理由で、$B$ は $\mathbb{F}_2$ 上三角化できない。$p_B$ の根を添加した 4 元体 $\mathbb{F}_4$ の上では、$p_B$ が 1 次式の積に分解するので三角化できる(thm-tri-criterion)。
$S,T\in M_n(K)$ を上三角行列とする。
1:$(ST)_{ij}=\sum_ks_{ik}t_{kj}$ で、$s_{ik}\ne0$ なら $i\le k$、$t_{kj}\ne0$ なら $k\le j$ である。$i>j$ ならどの項も $0$ で、$i=j$ なら $k=i$ の項 $s_{ii}t_{ii}$ だけが残る。2:1 を繰り返すと $T^k$ は対角成分 $t_{ii}^k$ の上三角行列であり、上三角行列の和とスカラー倍は対角成分ごとの和とスカラー倍をもつ上三角行列なので、$f(T)$ についても成り立つ。3:$xI-T$ は対角成分 $x-t_{ii}$ の上三角行列なので、固有多項式 の記事の例「三角行列と区分三角行列」による。$\square$
$A\in M_n(K)$ について、次は同値である。
(i) $A$ は $K$ 上三角化可能である。
(ii) $p_A$ は $K[x]$ で 1 次式の積に分解する。すなわち $p_A(x)=(x-\lambda_1)\cdots(x-\lambda_n)$ となる $\lambda_1,\dots,\lambda_n\in K$ がある。
さらに (ii) が成り立つとき、根を重複度込みで任意に並べた $\lambda_1,\dots,\lambda_n$ に対し、$P^{-1}AP$ が対角成分 $\lambda_1,\dots,\lambda_n$ をこの順にもつ上三角行列になる正則行列 $P$ がある。
(i)⇒(ii):$T=P^{-1}AP$ が上三角行列なら、相似な行列の固有多項式は等しい(固有多項式 の記事の命題「転置と相似で固有多項式は変わらない」)ので、lem-tri-products の 3 により $p_A=p_T=\prod_i(x-t_{ii})$ である。
(ii)⇒(i) と最後の主張を、$n$ についての帰納法で示す。$n=1$ ではどの行列も上三角行列である。$n\ge2$ とし、$p_A=\prod_{i=1}^n(x-\lambda_i)$ と根を指定の順に並べる。
段 1(固有ベクトルを最初に置く):$p_A(\lambda_1)=\det(\lambda_1I-A)=0$ なので、$\lambda_1I-A$ は正則でなく、$Av=\lambda_1v$ となる $v\ne0$ がある(固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」)。$v$ に $n-1$ 本のベクトル $w_2,\dots,w_n$ を加えて $K^n$ の基底にし(基底と次元)、$P_1:=(v\ w_2\ \cdots\ w_n)$ とおく。$P_1$ は正則で、$AP_1e_1=Av=\lambda_1v=P_1(\lambda_1e_1)$ なので $P_1^{-1}AP_1$ の第 1 列は $\lambda_1e_1$ である。よって
$$
P_1^{-1}AP_1=\begin{pmatrix}\lambda_1&b\\0&A_1\end{pmatrix}\qquad(b\in M_{1,n-1}(K),\ A_1\in M_{n-1}(K))
$$
と区分けできる。
段 2(残りの固有多項式):区分三角行列の固有多項式は対角ブロックの固有多項式の積なので(固有多項式 の記事の例「三角行列と区分三角行列」)、
$$
(x-\lambda_1)\prod_{i=2}^n(x-\lambda_i)=p_A(x)=p_{P_1^{-1}AP_1}(x)=(x-\lambda_1)\,p_{A_1}(x)
$$
である。$K[x]$ は整域なので $x-\lambda_1$ を約せて、$p_{A_1}=\prod_{i=2}^n(x-\lambda_i)$ である。
段 3(帰納法):帰納法の仮定により、正則な $Q_1\in M_{n-1}(K)$ で $Q_1^{-1}A_1Q_1$ が対角成分 $\lambda_2,\dots,\lambda_n$ をこの順にもつ上三角行列 $T_1$ になるものがある。$P:=P_1\,\mathrm{diag}(1,Q_1)$ は正則で、ブロック行列 の積の規則により
$$
P^{-1}AP=\begin{pmatrix}1&0\\0&Q_1^{-1}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\lambda_1&b\\0&A_1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&Q_1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\lambda_1&bQ_1\\0&T_1\end{pmatrix}
$$
である。これは対角成分 $\lambda_1,\lambda_2,\dots,\lambda_n$ をこの順にもつ上三角行列である。$\square$
ex-tri-example はこの証明の手順をそのまま実行したものである。商ベクトル空間 の記事の命題「誘導写像と区分上三角行列」の後の段落にあるとおり、段 1〜3 は「固有ベクトル $v$ で張られる直線 $Kv$ で割った商空間で同じことを続ける」と言い換えられる。Axl24 5.44(p. 159)は、(ii) の代わりに最小多項式が 1 次式の積に分解することを条件にした形で同じ結論を述べている。
1:(i)⇒(ii) の証明により $p_A=\prod_i(x-t_{ii})$ なので、対角成分は $p_A$ の根を重複度込みで並べたものである。行列式と跡は相似で変わらず、上三角行列の行列式は対角成分の積である(行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」)。2:代数閉体の上では $p_A$ は 1 次式の積に分解する(代数閉体 の記事の命題「代数閉体の同値条件」)。$\mathbb{C}$ が代数閉体であることは代数学の基本定理である。3:そのような $L$ として、たとえば $K$ の代数閉包がとれる(代数閉体 の記事の定理「代数閉包の存在と一意性」)。$p_A$ は $A$ を $M_n(L)$ の元とみても同じ多項式なので、thm-tri-criterion を $L$ 上で使えばよい。$\square$
2 は Axl24 5.47(p. 160)の行列の言い換えである。三角化の $P$ は 1 つに決まらない。ex-tri-example でも、段 1 で $e_2,e_3$ の代わりに別のベクトルを加えれば $b$ の値が変わる。決まるのは対角成分の多重集合だけである。
1:thm-tri-criterion と cor-tri-diagonal の 2 により、$P^{-1}AP$ が指定の順の対角成分をもつ上三角行列になる正則な $P$ がある。$P$ の列 $p_1,\dots,p_n$ は $\mathbb{C}^n$ の基底で、lem-tri-flag により $Ap_k\in\operatorname{span}\{p_1,\dots,p_k\}$ である。標準内積 $\langle x,y\rangle=y^*x$ について $p_1,\dots,p_n$ を Gram–Schmidt の方法で正規直交化した $u_1,\dots,u_n$ は、各 $k$ で $\operatorname{span}\{u_1,\dots,u_k\}=\operatorname{span}\{p_1,\dots,p_k\}$ を満たし、$x\mapsto Ax$ の表現行列を上三角のまま保つ(Gram–Schmidtの直交化 の記事の定理「上三角化できる変換は正規直交基底で上三角化できる」)。$U:=(u_1\ \cdots\ u_n)$ は列が正規直交なので $U^*U=I$ であり、$U^{-1}AU=U^*AU$ は上三角行列である。$U^*AU$ の対角成分は $P^{-1}AP$ の対角成分 $t_{11},\dots,t_{nn}$ と同じ順に並ぶ。
$V_k:=\operatorname{span}\{p_1,\dots,p_k\}$ とおく。$u_k\in V_k$ で $u_k\notin V_{k-1}=\operatorname{span}\{u_1,\dots,u_{k-1}\}$ なので、$u_k=cp_k+w$($c\ne0$、$w\in V_{k-1}$)と書ける。$Ap_k-t_{kk}p_k\in V_{k-1}$ と $A(V_{k-1})\subset V_{k-1}$ から $Au_k-t_{kk}u_k=c(Ap_k-t_{kk}p_k)+(Aw-t_{kk}w)\in V_{k-1}$ である。lem-tri-flag の最後の主張により、$U^*AU$ の第 $k$ 対角成分も $t_{kk}$ である。
1 は Axl24 6.38(p. 204)の行列の言い換えである。ユニタリ行列による三角化は、相似の中でも長さと角度を保つ座標変換だけを使う。正規行列($A^*A=AA^*$)がユニタリ行列で対角化できること(複素スペクトル定理)は、この上三角行列が実は対角行列であることを示して導かれる(Axl24 7.31、p. 246。この記事では証明しない)。
$\mathcal{S}\subset M_n(K)$ を、どの 2 つも可換な行列からなる空でない集合とし、各 $A\in\mathcal{S}$ について $p_A$ が $K[x]$ で 1 次式の積に分解するとする。このとき、すべての $A\in\mathcal{S}$ の固有ベクトルである $v\in K^n$ が存在する。
段 1(有限個に帰着):$\mathcal{S}$ が張る $M_n(K)$ の部分空間は有限次元なので、$\mathcal{S}$ の元からなるその基底 $A_1,\dots,A_r$ がとれる(張る集合は基底を含む。基底と次元)。$v$ が $A_1,\dots,A_r$ に共通の固有ベクトルなら、$A=\sum_ic_iA_i$ について $Av=\sum_ic_i\mu_iv$($A_iv=\mu_iv$)なので、$v$ はすべての $A\in\mathcal{S}$ の固有ベクトルである。
段 2($r$ についての帰納法):次を示す。「$\{0\}$ でない部分空間 $W\subset K^n$ がすべての $A_i$ で不変なら、$W$ の中に $A_1,\dots,A_r$ に共通の固有ベクトルがある」。$W=K^n$ とすれば補題を得る。
$A_1$ を $W$ に制限した線形変換 $A_1|_W$ を考える。$W$ の基底を延長した基底で $A_1$ を表すと区分上三角行列になり、$p_{A_1}=p_{A_1|_W}\cdot p_{\overline{A_1}}$ である(商ベクトル空間 の記事の命題「誘導写像と区分上三角行列」の (iii))。$p_{A_1}$ は 1 次式の積なので、その約数である $p_{A_1|_W}$ も 1 次式の積であり($K[x]$ は一意分解整域である)、根 $\lambda\in K$ をもつ。よって $W':=\{w\in W\mid A_1w=\lambda w\}$ は $\{0\}$ でない。$i\ge2$ と $w\in W'$ について、$A_iw\in W$ かつ $A_1(A_iw)=A_iA_1w=\lambda A_iw$ なので $A_iw\in W'$ である。すなわち $W'$ は $A_2,\dots,A_r$ で不変である。$r=1$ なら $W'$ の $0$ でない元が求めるベクトルである。$r\ge2$ なら、帰納法の仮定を $A_2,\dots,A_r$ と $W'$ に使って、$W'$ の中に $A_2,\dots,A_r$ に共通の固有ベクトル $v$ がとれる。$v\in W'$ なので $A_1v=\lambda v$ でもある。$\square$
$\mathcal{S}\subset M_n(K)$ を、どの 2 つも可換な行列からなる集合とし、各 $A\in\mathcal{S}$ について $p_A$ が $K[x]$ で 1 次式の積に分解するとする。このとき正則行列 $P\in M_n(K)$ で、すべての $A\in\mathcal{S}$ について $P^{-1}AP$ が上三角行列になるものがある。とくに $K$ が代数閉体なら、互いに可換な行列の族はいつも同時に三角化できる。
$n$ についての帰納法で示す。$n=1$ ならどの行列も上三角行列である。$n\ge2$ とし、$\mathcal{S}$ は空でないとしてよい。lem-tri-common-eigenvector により共通の固有ベクトル $v$ がある。$v$ を延長した基底を並べた正則行列を $P_1$ とすると、thm-tri-criterion の証明の段 1 と同じく、各 $A\in\mathcal{S}$ について
$$
P_1^{-1}AP_1=\begin{pmatrix}\lambda_A&b_A\\0&A'\end{pmatrix}\qquad(A'\in M_{n-1}(K))
$$
と書ける。$A,B\in\mathcal{S}$ について、ブロック行列 の積の規則により $P_1^{-1}ABP_1$ の右下のブロックは $A'B'$ であり、$P_1^{-1}BAP_1$ の右下は $B'A'$ である。$AB=BA$ なので $A'B'=B'A'$ である。また $p_A=(x-\lambda_A)p_{A'}$ なので、$p_{A'}$ も 1 次式の積に分解する。よって $\mathcal{S}':=\{A'\mid A\in\mathcal{S}\}$ に帰納法の仮定を使え、正則な $Q\in M_{n-1}(K)$ で、すべての $A'$ について $Q^{-1}A'Q$ が上三角行列になるものがある。$P:=P_1\,\mathrm{diag}(1,Q)$ とすれば、thm-tri-criterion の証明の段 3 と同じ計算で、すべての $P^{-1}AP$ は上三角行列である。$\square$
これは Axl24 5.78・5.80(pp. 177–178)と §5E の Exercise 9(p. 180)を、複素数とは限らない体の上の行列の言葉で述べたものである。冪零行列の族の場合は、固有多項式は $x^n$ で分解し、三角化した行列の対角成分は固有値 $0$ なので、狭義上三角行列になる。これは 冪零行列 の記事の定理「可換な冪零行列の同時三角化」である。
同時三角化の逆は成り立たない。同時に上三角にできても可換とは限らない(ex-tri-counterexamples)。ただし交換子については次が言える。
$P^{-1}AP$ と $P^{-1}BP$ がともに上三角行列なら、$AB-BA$ は冪零行列である。
$S:=P^{-1}AP$、$T:=P^{-1}BP$ とおく。lem-tri-products の 1 により $ST$ と $TS$ はどちらも対角成分 $s_{ii}t_{ii}$ の上三角行列なので、$P^{-1}(AB-BA)P=ST-TS$ は狭義上三角行列である。狭義上三角行列は冪零であり(冪零行列 の記事の例「ずらしの行列」の後半)、冪零性は相似で保たれるので、$AB-BA$ は冪零である。$\square$
$A\in M_n(K)$ の固有多項式が $p_A(x)=\prod_{i=1}^n(x-\lambda_i)$ と分解するとする。多項式 $f\in K[x]$ に対し
$$
p_{f(A)}(x)=\prod_{i=1}^n\bigl(x-f(\lambda_i)\bigr)
$$
が成り立つ。とくに $\det f(A)=\prod_if(\lambda_i)$、$\operatorname{tr}f(A)=\sum_if(\lambda_i)$ であり、$f(A)$ が正則であることと、どの $\lambda_i$ も $f$ の根でないことは同値である。
thm-tri-criterion により、$T:=P^{-1}AP$ が対角成分 $\lambda_1,\dots,\lambda_n$ の上三角行列となる正則な $P$ がある。$P^{-1}A^kP=(P^{-1}AP)^k=T^k$ なので、線形性により $P^{-1}f(A)P=f(T)$ である。lem-tri-products の 2 により $f(T)$ は対角成分 $f(\lambda_1),\dots,f(\lambda_n)$ の上三角行列であり、同じ補題の 3 と固有多項式の相似不変性により $p_{f(A)}=p_{f(T)}=\prod_i(x-f(\lambda_i))$ である。行列式と跡は cor-tri-diagonal の 1 を $f(A)$ に使えばよく、正則性は $\det f(A)\ne0$ と同じである。$\square$
$p_A$ が $K$ で分解しなくても、cor-tri-diagonal の 3 により分解する拡大体 $L$ の上でこの定理が使える。たとえば $\operatorname{tr}(A^k)=\sum_i\lambda_i^k$ は $f(x)=x^k$ の場合であり、トレースと固有値 の記事の定理「固有値の冪の和はトレース」と同じ式である。
同じ方法で、可換な 2 つの行列 $A,B$(固有多項式はどちらも分解するとする)を thm-tri-simultaneous で同時に三角化すると、$A$ の固有値 $\lambda_1,\dots,\lambda_n$ と $B$ の固有値 $\mu_1,\dots,\mu_n$ を適当な順に並べて
$$
p_{A+B}(x)=\prod_i\bigl(x-(\lambda_i+\mu_i)\bigr),\qquad p_{AB}(x)=\prod_i(x-\lambda_i\mu_i)
$$
となる(上三角行列の和と積の対角成分は、対角成分の和と積である)。とくに $A+B$ の固有値は「$A$ の固有値 $+$ $B$ の固有値」の形をしている(Axl24 5.81、p. 179)。可換でなければこれは成り立たない。$E_{12}$ と $E_{21}$ の固有値はどちらも $0$ だけだが、$E_{12}+E_{21}$ の固有値は $\pm1$ である。
ex-tri-example の $A$ と $f(x)=(x-1)(x-2)$ について、thm-tri-spectral-mapping により $f(A)$ の固有値は $f(1)=f(1)=f(2)=0$ で、$p_{f(A)}=x^3$ である。実際
$$
f(A)=(A-I)(A-2I)=\begin{pmatrix}1&-1&0\\1&-1&0\\1&-1&0\end{pmatrix}\ne O,\qquad f(A)^2=O
$$
であり、$f(A)$ は零行列でない冪零行列である。$A$ が対角化可能なら $f(A)$ は対角行列 $\mathrm{diag}(f(\lambda_i))=O$ と相似で零行列になるはずなので、これは $A$ が対角化できないことの別の確かめにもなっている。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $p_A$ が $K$ で 1 次式の積に分解する($K=\mathbb{R}$) | $R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ | $K$ 上の三角化 |
| 同($K=\mathbb{F}_2$) | $B=\begin{pmatrix}0&1\\1&1\end{pmatrix}$ | $K$ 上の三角化 |
| 族の元どうしが可換 | $E_{12}=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ と $E_{21}=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ | 共通の固有ベクトルと同時三角化 |
| 三角化を対角化に強める | $J=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ | 対角化 |
| 同時三角化から可換性を導く(逆向き) | $X=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ と $Y=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ | $XY=YX$ |
1・2 行目は ex-tri-rotation と ex-tri-finite-field で確かめた。3 行目:$E_{12}$ の固有値は $0$ だけで、固有ベクトルは $e_1$ の $0$ でない定数倍だけである。$E_{21}$ の固有ベクトルは $e_2$ の定数倍だけなので、共通の固有ベクトルはない。同時に三角化できれば $P$ の第 1 列が共通の固有ベクトルになるので、同時三角化もできない。それぞれは上三角行列・下三角行列なので、1 つずつなら三角化できる。4 行目:$J$ はすでに上三角行列だが、固有値 $1$ の固有空間は $e_1$ で張られる 1 次元の空間なので、対角化できない。5 行目:$X,Y$ はどちらも上三角行列で、$XY=Y$、$YX=O$ なので可換でない。prop-tri-commutator のとおり、$XY-YX=Y$ は冪零である。
上三角行列と不変部分空間の列の関係は Axl24 5.38–5.41(§5C、pp. 155–157)、最小多項式による三角化可能性の判定は 5.44(p. 159)、複素数上の三角化可能性は 5.47(p. 160)、可換な線形変換の共通の固有ベクトルと同時三角化は 5.78・5.80(§5E、pp. 177–178)と §5E Exercise 9(p. 180)、和と積の固有値は 5.81(p. 179)、Schur の定理は 6.38(§6B、p. 204)にある。同書は実数体か複素数体の上で述べている。
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