Hecke作用素

同義語:Hecke operator

概要

Hecke作用素(Hecke operator)とは、重さ $k$ のモジュラー形式 $f$ に、行列式 $n$ の整数行列の剰余類にわたる和 $T_nf(z)=n^{k-1}\sum_{ad=n,\,0\le b< d}d^{-k}f((az+b)/d)$ を対応させる線形作用素 $T_n$ のことであり、格子の言葉では指数 $n$ の部分格子にわたる和にあたる。$T_n$ は互いに可換で、$m,n$ が互いに素なら $T_mT_n=T_{mn}$ を満たし、尖点形式の空間の上では Petersson 内積について自己随伴である。そのため尖点形式の空間は正規化された同時固有形式からなる基底をもち、その Fourier 係数は乗法的で、L 関数は Euler 積をもつ。Ramanujan の $\tau$ 関数の乗法性はその例である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 尖点形式, モジュラー形式, 保型形式, Smith標準形

Hecke作用素(Hecke operator)$T_n$ は、重さ $k$ のモジュラー形式の空間 $M_k$ に働く線形作用素の族で、格子の言葉では「格子 $\Lambda$ での値を、指数 $n$ の部分格子すべてでの値の和に取り替える」操作である。$\mathfrak{H}$ 上の関数としては
$$ (T_nf)(z)=n^{k-1}\sum_{\substack{ad=n\\ 0\le b< d}}d^{-k}f\Bigl(\frac{az+b}{d}\Bigr) $$
と書け、$q$ 展開の係数に簡単な公式で作用する(prop-ho-fourier)。
Hecke 作用素の理論の要点は三つある。第一に、$T_n$ たちは互いに可換で、$m,n$ が互いに素なら $T_mT_n=T_{mn}$ という乗法的な関係を満たす(thm-ho-relations)。第二に、尖点形式 の空間 $S_k$ の上で $T_n$ は Petersson 内積について自己随伴である(thm-ho-self-adjoint)。第三に、その結果 $S_k$ はすべての $T_n$ の同時固有形式からなる基底をもち、$q$ の係数が $1$ になるよう正規化した固有形式の係数 $c(n)$ は乗法的で、L 関数 $\sum c(n)n^{-s}$ は $\operatorname{Re}s>k/2+1$ で Euler 積
$$ \sum_{n\ge1}\frac{c(n)}{n^s}=\prod_{p}\frac1{1-c(p)p^{-s}+p^{k-1-2s}} $$
をもつ(thm-ho-basis、thm-ho-euler)。重さ $12$ では $S_{12}$ が判別式関数 $\Delta$ だけで張られるので、$\Delta$ は自動的に固有形式になり、Ramanujan の $\tau$ 関数の乗法性 $\tau(mn)=\tau(m)\tau(n)$($m,n$ は互いに素)が得られる(ex-ho-delta)。
この記事では $\Gamma(1):=\operatorname{SL}_2(\mathbb{Z})$ に関するモジュラー形式(レベル $1$)を扱い、合同部分群の場合は補足で述べる。Hecke環 の記事の主題である、Coxeter 群の群環の変形としての Hecke環や、量指標の Hecke指標とHecke L関数 は、同じ名を冠するが別の対象である(両側剰余類の代数としての関係は補足で述べる)。

定義

記号は 尖点形式 の記事に従う。$j(M,z)=cz+d$、$(f|_kM)(z)=j(M,z)^{-k}f(Mz)$($M\in\operatorname{GL}_2^+(\mathbb{R})$)で、$(f|M)|M'=f|(MM')$ である。重さ $k$ は偶数とする($k$ が奇数なら $M_k=0$)。正の整数 $n$ について
$$ \mathcal{M}_n:=\Bigl\{\alpha\in M_2(\mathbb{Z})\ \Big|\ \det\alpha=n\Bigr\} $$
とおく。$\Gamma(1)$ は左からの積で $\mathcal{M}_n$ に作用し、右からの積でも作用する。

剰余類の代表

$\Gamma(1)\backslash\mathcal{M}_n$ の代表として、上三角行列
$$ \begin{pmatrix}a&b\\0&d\end{pmatrix}\qquad(a,d>0,\ ad=n,\ 0\le b< d) $$
の全体がとれる。とくに $\Gamma(1)\backslash\mathcal{M}_n$ の元の個数は $\sigma_1(n)=\sum_{d\mid n}d$ である。

要点:左から $\Gamma(1)$ の元を掛けて第 1 列を $(g,0)$ の形にし、次に $T^m$ を掛けて右上の成分を $0\le b< d$ に収める。上三角で対角成分が正の 2 つの代表が同じ剰余類に入れば、差は $T^m$ である。

詳しい証明を開く

存在.$\alpha=\begin{pmatrix}a'&b'\\c'&d'\end{pmatrix}\in\mathcal{M}_n$ の第 1 列は $0$ でない($\det\alpha\neq0$)。$g:=\gcd(a',c')>0$ とし、Bézoutの等式 で $xa'/g+yc'/g=1$ となる整数 $x,y$ をとると、$\gamma:=\begin{pmatrix}x&y\\-c'/g&a'/g\end{pmatrix}\in\Gamma(1)$ で、$\gamma\alpha$ の第 1 列は $(g,0)$ である。$\gamma\alpha=\begin{pmatrix}g&b''\\0&d\end{pmatrix}$ で $gd=n$ から $d>0$ である。$T^m\begin{pmatrix}a&b\\0&d\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a&b+md\\0&d\end{pmatrix}$ なので、$m$ を選んで $0\le b+md< d$ にできる。

一意性.$\gamma\begin{pmatrix}a&b\\0&d\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a'&b'\\0&d'\end{pmatrix}$($\gamma\in\Gamma(1)$、ともに上の形)とすると、$\gamma=\begin{pmatrix}a'&b'\\0&d'\end{pmatrix}\begin{pmatrix}a&b\\0&d\end{pmatrix}^{-1}$ は対角成分が $a'/a$、$d'/d$ の上三角行列で、整数成分・行列式 $1$ なので対角成分は $1,1$ か $-1,-1$ である。$a,a'>0$ から $\gamma=T^m$ で、$a=a'$、$d=d'$、$b'=b+md$ となり、$0\le b,b'< d$ から $m=0$ である。個数は $d\mid n$ ごとに $b$ が $d$ 通りなので $\sigma_1(n)$ である。$\square$

Hecke作用素

$f\in M_k$ と正の整数 $n$ について
$$ T_nf:=n^{k-1}\sum_{\alpha\in\Gamma(1)\backslash\mathcal{M}_n}f|_k\alpha $$
とおく。和は剰余類の代表 $\alpha$ にわたり、$f|\gamma=f$($\gamma\in\Gamma(1)$)なので $f|(\gamma\alpha)=f|\alpha$ となって代表の取り方によらない。$T_n$ を $n$ 番目の Hecke作用素 という。

lem-ho-representatives の代表 $\alpha=\begin{pmatrix}a&b\\0&d\end{pmatrix}$ では $j(\alpha,z)=d$ なので、冒頭の式
$$ (T_nf)(z)=n^{k-1}\sum_{ad=n}\ \sum_{b=0}^{d-1}d^{-k}f\Bigl(\frac{az+b}{d}\Bigr) $$
を得る。$T_1$ は恒等写像である。素数 $p$ では $T_pf(z)=p^{k-1}f(pz)+\frac1p\sum_{b=0}^{p-1}f\bigl(\frac{z+b}p\bigr)$ である。

格子の言葉での定義

$f\in M_k$ には、格子 $\Lambda=\mathbb{Z}\omega_1+\mathbb{Z}\omega_2$($\omega_1/\omega_2\in\mathfrak{H}$)の関数 $F(\Lambda):=\omega_2^{-k}f(\omega_1/\omega_2)$ が対応する。向きを保つ基底の取り替えは $\Gamma(1)$ の作用なので、$f$ の変換則から $F$ は基底の取り方によらず、$F(\lambda\Lambda)=\lambda^{-k}F(\Lambda)$($\lambda\in\mathbb{C}^\times$)と $f(z)=F(\mathbb{Z}z+\mathbb{Z})$ を満たす(モジュラー形式 の記事の注意「定義の流儀と重さの意味」はこの逆向きを述べている)。このとき
$$ (T_nF)(\Lambda)=n^{k-1}\sum_{\Lambda'\subset\Lambda,\ [\Lambda:\Lambda']=n}F(\Lambda') $$
が $T_nf$ に対応する(Zag08 §4.1, p. 37)。実際、$\Lambda=\mathbb{Z}z+\mathbb{Z}$ の指数 $n$ の部分格子は、$\alpha=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\in\mathcal{M}_n$ による基底 $(az+b,\ cz+d)$ で張られ、向きを保つ基底の取り替えは $\Gamma(1)$ の左からの作用なので、部分格子は $\Gamma(1)\backslash\mathcal{M}_n$ と一対一に対応する。そして $\mathbb{Z}(az+b)+\mathbb{Z}(cz+d)=(cz+d)\bigl(\mathbb{Z}\,\alpha z+\mathbb{Z}\bigr)$ から $F(\Lambda')=j(\alpha,z)^{-k}f(\alpha z)=(f|\alpha)(z)$ である。

Fourier 係数の公式

Hecke作用素の Fourier 係数

$f=\sum_{m\ge0}c(m)q^m\in M_k$ とする。$T_nf\in M_k$ であり、その $q$ 展開を $\sum_{m\ge0}c_n(m)q^m$ と書くと
$$ c_n(m)=\sum_{d\mid\gcd(m,n)}d^{k-1}\,c\Bigl(\frac{mn}{d^2}\Bigr) $$
である($m=0$ では $\gcd(0,n)=n$ とみる)。とくに $c_n(0)=\sigma_{k-1}(n)c(0)$、$c_n(1)=c(n)$ であり、$T_n$ は $S_k$ を $S_k$ に写す。

要点:右から $\gamma\in\Gamma(1)$ を掛けると $\mathcal{M}_n$ の左剰余類が入れ替わるだけなので $T_nf$ は変換則を満たす。係数は、$b$ についての和 $\sum_{b=0}^{d-1}e^{2\pi imb/d}$ が $d\mid m$ のとき $d$、そうでなければ $0$ になることから計算できる。

詳しい証明を開く

変換則.$\gamma\in\Gamma(1)$ について $\alpha\mapsto\alpha\gamma$ は $\mathcal{M}_n$ の全単射で、$\Gamma(1)\alpha\mapsto\Gamma(1)\alpha\gamma$ は $\Gamma(1)\backslash\mathcal{M}_n$ の全単射である。よって $(T_nf)|\gamma=n^{k-1}\sum_\alpha f|(\alpha\gamma)=T_nf$ である。$T_nf$ は正則関数の有限和なので正則である。

係数.$f((az+b)/d)=\sum_mc(m)e^{2\pi im(az+b)/d}$ を $b=0,\dots,d-1$ について足すと、$d\mid m$ の項だけが $d$ 倍で残り、$\sum_{b}f\bigl(\frac{az+b}d\bigr)=d\sum_{l\ge0}c(dl)q^{al}$ となる。$n^{k-1}d^{1-k}=a^{k-1}$($ad=n$)なので $$(T_nf)(z)=\sum_{ad=n}a^{k-1}\sum_{l\ge0}c(dl)\,q^{al}$$ である。$\lvert q^{a/d}\rvert=e^{-2\pi ay/d}<1$ なので $\sum_l\lvert c(dl)\rvert\lvert q\rvert^{al}\le\sum_m\lvert c(m)\rvert\lvert q^{a/d}\rvert^m<\infty$ であり($f$ の $q$ 展開は $\lvert q\rvert<1$ で絶対収束する)、並べ替えて $q^m$ の係数を集めてよい。$al=m$ となるのは $a\mid\gcd(m,n)$、$l=m/a$ のときで、そのとき $dl=nm/a^2$ である。$a$ を $d$ と書き直せば主張の式を得る。右辺は $q$ の負冪を含まない冪級数なので $T_nf$ は $\operatorname{Im}z\ge1$ で有界で、$T_nf\in M_k$ である。$c_n(0)=\sum_{d\mid n}d^{k-1}c(0)$ なので、$c(0)=0$ なら $c_n(0)=0$ である。$\square$

この公式は Zag08 §4.1 の式 (42)(p. 38)にある。$c_n(1)=c(n)$ という性質が、固有形式の固有値と係数を結びつける(thm-ho-eigen-coeff)。

積の関係式

Hecke作用素の積

$M_k$ の上の作用素として、次が成り立つ。

  1. $\gcd(m,n)=1$ なら $T_mT_n=T_{mn}$ である。
  2. 素数 $p$ と $r\ge1$ について $T_pT_{p^r}=T_{p^{r+1}}+p^{k-1}T_{p^{r-1}}$ である。
  3. すべての $m,n$ について $T_mT_n=T_nT_m$ である。
  4. すべての $m,n$ について $T_mT_n=\sum_{d\mid\gcd(m,n)}d^{k-1}\,T_{mn/d^2}$ である。

要点:モジュラー形式は $q$ 展開で決まるので、1 と 2 は prop-ho-fourier の係数の公式を 2 回使って両辺の係数を比べればよい。3 は 1 と 2 から、4 は 2 の漸化式を Chebyshev 多項式と同じ形の恒等式に直して得る。

1 と 2 の詳しい証明を開く

$f=\sum c(m)q^m$ とし、$T_nf$ の係数を $c_n(\cdot)$ と書く。

1.$T_m(T_nf)$ の $q^l$ の係数は $\sum_{d\mid(l,m)}d^{k-1}c_n(lm/d^2)=\sum_{d\mid(l,m)}\sum_{e\mid(lm/d^2,\,n)}(de)^{k-1}c\bigl(lmn/(de)^2\bigr)$ である。$e\mid n$ は $m$ と、したがって $d$ とも素なので、$e\mid lm/d^2$ は $e\mid lm$、さらに $e\mid l$ と同値である。互いに素な $d\mid(l,m)$、$e\mid(l,n)$ の組と $g\mid(l,mn)$ は $g=de$ で一対一に対応するので、係数は $\sum_{g\mid(l,mn)}g^{k-1}c(lmn/g^2)=c_{mn}(l)$ である。

2.$v:=v_p(l)$($l=0$ なら $v=\infty$)とし、$X_i:=p^{i(k-1)}c(lp^{r+1-2i})$ とおく。$T_p(T_{p^r}f)$ の $q^l$ の係数は $c_{p^r}(lp)+[p\mid l]\,p^{k-1}c_{p^r}(l/p)$ で、$$c_{p^r}(lp)=\sum_{i=0}^{\min(v+1,r)}X_i,\qquad[p\mid l]\,p^{k-1}c_{p^r}(l/p)=[v\ge1]\sum_{j=1}^{\min(v,r+1)}X_j$$ である(後者は $i+1=j$ と置き換えた)。右辺 $T_{p^{r+1}}f+p^{k-1}T_{p^{r-1}}f$ の係数は $$\sum_{i=0}^{\min(v,r+1)}X_i+\sum_{j=1}^{\min(v+1,r)}X_j$$ である(後の和は $p^{k-1}c_{p^{r-1}}(l)=\sum_{i=0}^{\min(v,r-1)}p^{(i+1)(k-1)}c(lp^{r-1-2i})$ で $j=i+1$ とし、$\min(v,r-1)+1=\min(v+1,r)$ を使った)。$v=0$ なら両辺とも $X_0+X_1$ である。$v\ge1$ なら両辺とも $X_0+\sum_{j=1}^{A}X_j+\sum_{j=1}^{B}X_j$($\{A,B\}=\{\min(v+1,r),\ \min(v,r+1)\}$)である。

3 と 4 の詳しい証明を開く

3.2 と $r$ についての帰納法により、$T_{p^r}$ は $T_p$ の整数係数の多項式である。1 により $T_n=\prod_pT_{p^{r_p}}$($n=\prod p^{r_p}$)で、相異なる素数 $p,q$ について $T_pT_q=T_{pq}=T_qT_p$ である。よってすべての $T_n$ は互いに可換な $T_p$ たちの多項式であり、互いに可換である。

4.素数 $p$ を固定し、$t_r:=T_{p^r}$、$c:=p^{k-1}$ とおく。$t_0=1$ と 2 から、可換な代数の中で $t_rt=t_{r+1}+ct_{r-1}$($t=t_1$、$r\ge1$)である。$s\le r$ について $$t_rt_s=\sum_{i=0}^{s}c^i\,t_{r+s-2i}\qquad(\ast)$$ を $s$ についての帰納法で示す。$s=0,1$ は明らかである。$s+1\le r$ のとき、$t_{s+1}=tt_s-ct_{s-1}$ と帰納法の仮定から $t_rt_{s+1}=\sum_{i=0}^sc^i\,t\,t_{r+s-2i}-c\sum_{i=0}^{s-1}c^it_{r+s-1-2i}$ で、$r+s-2i\ge r-s\ge1$ なので $t\,t_{r+s-2i}=t_{r+s+1-2i}+ct_{r+s-1-2i}$ である。代入すると $c^{i+1}t_{r+s-1-2i}$($i\le s-1$)が打ち消しあい、$\sum_{i=0}^{s}c^it_{r+s+1-2i}+c^{s+1}t_{r-s-1}=\sum_{i=0}^{s+1}c^it_{r+(s+1)-2i}$ が残る。$(\ast)$ の右辺は $\sum_{d\mid\gcd(p^r,p^s)}d^{k-1}T_{p^{r+s}/d^2}$ にほかならない。一般の $m=\prod p^{r_p}$、$n=\prod p^{s_p}$ では、1 と 3 により $T_mT_n=\prod_pT_{p^{r_p}}T_{p^{s_p}}$ で、各因子に $(\ast)$ を入れて展開し、$d=\prod p^{i_p}$ ごとにまとめて 1 を使うと主張の式になる。$\square$

1 と 2 は Sil09 Appendix C, Proposition 12.9(p. 435。同書の重さ $2k$ は本記事の $k$ にあたり、証明は他書に委ねている)に、4 を正規化された固有形式の係数に当てた形は Zag08 §4.1 の式 (43)(p. 38)にある。2 から、$T_p^2=T_{p^2}+p^{k-1}$ のように $T_p$ の冪は $T_{p^r}$ だけでは書けず、$m,n$ が互いに素でないと 1 は成り立たない(ex-ho-counterexamples)。

自己随伴性

$S_k$ には 尖点形式 の記事の定義「Petersson 内積」の内積 $\langle f,g\rangle=\int_{\mathcal{F}}f\bar g\,y^k\,d\mu$($\mathcal{F}$ は $\Gamma(1)$ の基本領域、$d\mu=y^{-2}dx\,dy$)が入っている。

Petersson 内積についての自己随伴性

すべての $n\ge1$ と $f,g\in S_k$ について $\langle T_nf,g\rangle=\langle f,T_ng\rangle$ である。

要点:$\mathcal{M}_n$ を両側剰余類 $\Gamma(1)\alpha\Gamma(1)$ に分け、1 つの両側剰余類からの寄与を $\Gamma_\alpha:=\Gamma(1)\cap\alpha^{-1}\Gamma(1)\alpha$ の基本集合の上の積分に書く。変数を $w=\alpha z$ と替えると、$f|\alpha$ と $g$ の役目が $f$ と $g|\alpha'$($\alpha':=n\alpha^{-1}$)に入れ替わる。最後に、Smith標準形 により $\alpha'$ が $\alpha$ と同じ両側剰余類に属することを使う。

詳しい証明を開く

$\Gamma:=\Gamma(1)$ と書く。$\alpha\in\mathcal{M}_n$ について $\alpha':=n\alpha^{-1}=\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}\in\mathcal{M}_n$ である。$X\mapsto X':=(\det X)X^{-1}$ は $(XY)'=Y'X'$ を満たし、$\gamma\in\Gamma$ なら $\gamma'=\gamma^{-1}$ である。

段 1(両側剰余類).$\Gamma\backslash\mathcal{M}_n$ は有限集合なので(lem-ho-representatives)、$\mathcal{M}_n$ は有限個の両側剰余類 $\Gamma\alpha\Gamma$ の非交和である。$\Gamma_\alpha:=\Gamma\cap\alpha^{-1}\Gamma\alpha$ は $-I$ を含む $\Gamma$ の部分群で、$\beta\mapsto\Gamma\alpha\beta$ は全単射 $\Gamma_\alpha\backslash\Gamma\to\Gamma\backslash\Gamma\alpha\Gamma$ を与える($\Gamma\alpha\beta=\Gamma\alpha\beta'$ は $\alpha\beta'\beta^{-1}\alpha^{-1}\in\Gamma$、すなわち $\beta'\beta^{-1}\in\Gamma_\alpha$ と同値)。とくに $\Gamma_\alpha$ の指数は有限である。$\alpha\Gamma_\alpha\alpha^{-1}=\Gamma\cap\alpha\Gamma\alpha^{-1}=\Gamma_{\alpha'}$ である($\alpha'^{-1}\Gamma\alpha'=\alpha\Gamma\alpha^{-1}$)。

段 2($\alpha'\in\Gamma\alpha\Gamma$).Smith標準形 の記事の定理「Smith標準形の存在」により、$U,V\in\operatorname{GL}_2(\mathbb{Z})$ と正の整数 $e_1\mid e_2$ で $\alpha=U\operatorname{diag}(e_1,e_2)V$ となるものがある(不変因子の符号は $U$ に吸収できる)。$\det U\det V\,e_1e_2=n>0$ なので $\det U=\det V$ で、$-1$ なら $U$ を $U\operatorname{diag}(1,-1)$、$V$ を $\operatorname{diag}(1,-1)V$ に替えてよい。よって $U,V\in\Gamma$ としてよく、$\alpha'=V^{-1}\operatorname{diag}(e_2,e_1)U^{-1}$ と $\operatorname{diag}(e_2,e_1)=S\operatorname{diag}(e_1,e_2)S^{-1}$ から $\alpha'\in\Gamma\alpha\Gamma$ である。したがって $\Gamma\alpha'\Gamma=\Gamma\alpha\Gamma$ である。

段 3(1 つの両側剰余類の寄与).$I(\alpha):=\sum_{\Gamma\delta\subset\Gamma\alpha\Gamma}\int_{\mathcal{F}}(f|\delta)\,\bar g\,y^kd\mu$、$J(\alpha):=\sum_{\Gamma\delta\subset\Gamma\alpha\Gamma}\int_{\mathcal{F}}f\,\overline{(g|\delta)}\,y^kd\mu$ とおく($f|\delta$ は剰余類 $\Gamma\delta$ だけで決まる)。$I(\alpha)=J(\alpha')$ を示す。$\psi(z):=(f|\alpha)(z)\overline{g(z)}y^k$ とおく。$\beta\in\Gamma$ について、$\operatorname{Im}(\beta z)=y\lvert j(\beta,z)\rvert^{-2}$ と $(f|\alpha)(\beta z)=j(\beta,z)^k(f|\alpha\beta)(z)$ から $\psi(\beta z)=(f|\alpha\beta)(z)\overline{g(z)}y^k$ である。$\beta\in\Gamma_\alpha$ なら $\alpha\beta=(\alpha\beta\alpha^{-1})\alpha$ で $\alpha\beta\alpha^{-1}\in\Gamma$ なので $f|\alpha\beta=f|\alpha$、したがって $\psi$ は $\Gamma_\alpha$ で不変である。$R_\alpha$ を $\Gamma_\alpha\backslash\Gamma$ の代表とすると、段 1 と $\mu$ の不変性から $$I(\alpha)=\sum_{\beta\in R_\alpha}\int_{\mathcal{F}}\psi(\beta z)\,d\mu=\int_{D_\alpha}\psi\,d\mu,\qquad D_\alpha:=\bigcup_{\beta\in R_\alpha}\beta\mathcal{F}$$ で、$D_\alpha$ は $\Gamma_\alpha$ の基本集合である(尖点形式 の記事の補題「基本集合の取り替え」の 1)。$\lvert\psi\rvert$ は有界である。実際 $y^{k/2}\lvert(f|\alpha)(z)\rvert=n^{-k/2}\operatorname{Im}(\alpha z)^{k/2}\lvert f(\alpha z)\rvert$ と $y^{k/2}\lvert g\rvert$ は有界で(同記事の命題「尖点形式の言い換え」)、$\mu(D_\alpha)<\infty$ なので積分は絶対収束する。

$w=\alpha z$ と置換する($\mu$ は不変)。$j(\alpha',w)=n\,j(\alpha^{-1},\alpha z)=n/j(\alpha,z)$ と $\operatorname{Im}w=n\,y/\lvert j(\alpha,z)\rvert^2$ から $$\psi(z)=j(\alpha,z)^{-k}f(w)\,\overline{g(z)}\,\frac{\lvert j(\alpha,z)\rvert^{2k}}{n^k}(\operatorname{Im}w)^k=f(w)\,\overline{(g|\alpha')(w)}\,(\operatorname{Im}w)^k=:\psi'(w)$$ である。$\gamma=\alpha\beta\alpha^{-1}\in\Gamma_{\alpha'}$($\beta\in\Gamma_\alpha$)について $\psi'(\gamma w)=\psi(\beta\alpha^{-1}w)=\psi(\alpha^{-1}w)=\psi'(w)$ なので $\psi'$ は $\Gamma_{\alpha'}$ で不変で、$\alpha D_\alpha$ は $\alpha\Gamma_\alpha\alpha^{-1}=\Gamma_{\alpha'}$ の基本集合である。同補題の 2 により $D_{\alpha'}$ に取り替えて $$I(\alpha)=\int_{\alpha D_\alpha}\psi'\,d\mu=\int_{D_{\alpha'}}\psi'\,d\mu=\sum_{\beta'\in R_{\alpha'}}\int_{\mathcal{F}}\psi'(\beta'z)\,d\mu=\sum_{\beta'\in R_{\alpha'}}\int_{\mathcal{F}}f\,\overline{(g|\alpha'\beta')}\,y^k\,d\mu=J(\alpha')$$ を得る。4 つ目の等号は $\psi$ のときと同じ計算と $f|\beta'=f$ による。

段 4.段 2 より $J(\alpha')=J(\alpha)$ である。$\mathcal{M}_n$ の両側剰余類について足すと $\langle T_nf,g\rangle=n^{k-1}\sum I(\alpha)=n^{k-1}\sum J(\alpha)=\langle f,T_ng\rangle$ である($n^{k-1}$ は実数)。$\square$

Mil21 Theorem V.4.19(p. 206)は合同部分群 $\Gamma_0(N)$ と $\gcd(n,N)=1$ の場合にこの主張を述べ、証明を他書に委ねている。

同時固有形式と Euler 積

$f\in M_k$、$f\neq0$ が、すべての $n\ge1$ について $T_nf=\lambda_nf$($\lambda_n\in\mathbb{C}$)を満たすとき、$f$ を 同時固有形式(simultaneous eigenform、Hecke 固有形式)という。

固有形式の係数

$k\ge4$ とし、$f=\sum c(m)q^m\in M_k$ を同時固有形式、$T_nf=\lambda_nf$ とする。

  1. すべての $n\ge1$ について $c(n)=\lambda_nc(1)$ であり、$c(1)\neq0$ である。
  2. $c(1)=1$ と正規化すると、$T_nf=c(n)f$ であり、すべての $m,n\ge1$ について
    $$ c(m)\,c(n)=\sum_{d\mid\gcd(m,n)}d^{k-1}\,c\Bigl(\frac{mn}{d^2}\Bigr) $$
    が成り立つ。とくに $\gcd(m,n)=1$ なら $c(mn)=c(m)c(n)$、素数 $p$ と $r\ge1$ について $c(p^{r+1})=c(p)c(p^r)-p^{k-1}c(p^{r-1})$ である。

1.$T_nf$ の $q$ の係数は、prop-ho-fourier により $c(n)$ であり、$\lambda_nf$ の $q$ の係数は $\lambda_nc(1)$ である。$c(1)=0$ なら $c(n)=0$($n\ge1$)で $f$ は定数になるが、$k\ge4$ では $0$ でない定数は $M_k$ に属さない(重さ $k$ の変換則で $\gamma=S$ とすると $c=z^{-k}c$)。
2.1 から $\lambda_n=c(n)$ である。thm-ho-relations の 4 を $f$ に当てると、左辺は $c(m)c(n)f$、右辺は $\sum_dd^{k-1}c(mn/d^2)f$ で、$f\neq0$ から係数の等式が従う。後半は $\gcd(m,n)=1$ の場合と、$m=p$、$n=p^r$ の場合である。$\square$

固有形式の基底

$S_k$ には、正規化された同時固有形式からなる基底がただ 1 つある。その元は Petersson 内積について互いに直交し、固有値 $c(n)$ はすべて実数である。

要点:互いに可換な自己随伴作用素は同時に対角化でき、同時固有空間は thm-ho-eigen-coeff の 1 によって 1 次元になる。

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同時対角化.$V:=S_k$ は有限次元の内積空間で(尖点形式 の記事の定理「Petersson 内積の基本性質」)、$T_n$ は $V$ を保ち(prop-ho-fourier)、互いに可換で(thm-ho-relations)、自己随伴である(thm-ho-self-adjoint)。$\dim V$ についての帰納法で、互いに可換な自己随伴作用素の族 $\mathcal{T}$ について $V$ が同時固有空間の直交直和になることを示す。すべての $T\in\mathcal{T}$ がスカラーなら明らかである。そうでなければ、ある $T$ が 2 つ以上の固有値をもち、スペクトル定理 の記事の定理「有限次元の自己共役スペクトル定理」と命題「異なる固有値の固有空間は直交する」により $V$ は $T$ の固有空間 $V_\lambda$(いずれも $V$ より小さい)の直交直和である。$T'\in\mathcal{T}$ は $T$ と可換なので $V_\lambda$ を保ち、制限は自己随伴で互いに可換である。帰納法の仮定を各 $V_\lambda$ に当てればよい。

1 次元性と一意性.数列 $\lambda=(\lambda_n)$ について $W_\lambda:=\{f\in V\mid T_nf=\lambda_nf\ (n\ge1)\}$ を同時固有空間という。前段の直和の各成分はどれかの $W_\lambda$ に含まれ、$\lambda\neq\lambda'$ なら $W_\lambda\perp W_{\lambda'}$ なので、$V$ は $0$ でない $W_\lambda$ たちの直交直和である。$W=W_\lambda$ の元 $f$ は、固有値を $\lambda_n$ とすると thm-ho-eigen-coeff の 1 の計算により $c(n)=\lambda_nc(1)$ を満たし、尖点形式なので $c(0)=0$ である。よって $c(1)=0$ なら $f=0$ で、$f\mapsto c(1)$ は $W$ の上で単射であり、$\dim W=1$ であり、$W$ にはただ 1 つの正規化された元がある。それらを並べたものが求める基底で、異なる $W$ の元は直交する。正規化された同時固有形式はどれかの $W$ に入るので、基底はこれらで尽くされ、一意である。固有値 $c(n)$ は自己随伴作用素の固有値なので実数である。$\square$

L 関数の Euler 積

$f=\sum_{n\ge1}c(n)q^n\in S_k$ を正規化された同時固有形式とする。$L(f,s):=\sum_{n\ge1}c(n)n^{-s}$ は $\operatorname{Re}s>k/2+1$ で絶対収束し、
$$ L(f,s)=\prod_{p}\frac1{1-c(p)p^{-s}+p^{k-1-2s}} $$
が成り立つ。積はすべての素数にわたり、$x$ 以下の素数の積の $x\to\infty$ での極限の意味である。

要点:Hecke の評価で絶対収束がわかり、係数の乗法性から Euler 積に分かれ、素数 $p$ の因子は漸化式 $c(p^{r+1})=c(p)c(p^r)-p^{k-1}c(p^{r-1})$ により有理式になる。

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$\sigma:=\operatorname{Re}s>k/2+1$ とする。尖点形式 の記事の定理「Hecke の評価」により $\lvert c(n)\rvert\le Cn^{k/2}$ なので $\sum\lvert c(n)n^{-s}\rvert\le C\sum n^{k/2-\sigma}<\infty$ である。thm-ho-eigen-coeff の 2 により $n\mapsto c(n)n^{-s}$ は乗法的関数なので、乗法的関数 の記事の定理「乗法的関数の Euler 積」により $L(f,s)=\lim_{x\to\infty}\prod_{p\le x}P_p$、$P_p:=\sum_{r\ge0}c(p^r)p^{-rs}$(絶対収束)である。$X:=p^{-s}$ とおき、$c(p^{-1}):=0$ とすると、$$(1-c(p)X+p^{k-1}X^2)P_p=\sum_{r\ge0}\bigl(c(p^r)-c(p)c(p^{r-1})+p^{k-1}c(p^{r-2})\bigr)X^r$$ である(絶対収束する級数の積)。$r=0$ の係数は $1$、$r=1$ では $c(p)-c(p)=0$、$r\ge2$ では漸化式により $0$ である。よって積は $1$ で、$1-c(p)X+p^{k-1}X^2\neq0$、$P_p=(1-c(p)p^{-s}+p^{k-1-2s})^{-1}$ である。$\square$

この Euler 積は Zag08 §4.2 の式 (44)(p. 40)にある。$L(f,s)$ が全平面に解析接続されて関数等式を満たすことも Hecke が示した(同 p. 40。この記事では証明しない。重さ $2$ でレベル $N$ の場合は 楕円曲線のL関数 の記事の定理「重さ2の Hecke の定理」)。

例

判別式関数と Ramanujan の $\tau$ 関数

$\Delta=\sum_{n\ge1}\tau(n)q^n=q-24q^2+252q^3-\cdots$ を 尖点形式 の記事の正規化された判別式関数とする。同記事の定理「レベル 1 の空間と次元」により $S_{12}=\mathbb{C}\Delta$ で、$T_n$ は $S_{12}$ を保つので $T_n\Delta$ は $\Delta$ の定数倍である。$\tau(1)=1$ なので $\Delta$ は正規化された同時固有形式で、thm-ho-eigen-coeff により
$$ T_n\Delta=\tau(n)\Delta,\qquad \tau(mn)=\tau(m)\tau(n)\ (\gcd(m,n)=1),\qquad \tau(p^{r+1})=\tau(p)\tau(p^r)-p^{11}\tau(p^{r-1}) $$
である。たとえば $\tau(6)=-6048=(-24)\cdot252=\tau(2)\tau(3)$、$\tau(4)=-1472=(-24)^2-2^{11}$、$\tau(9)=-113643=252^2-3^{11}$ である。これらは Ramanujan が数値から予想し、Mordell が証明した性質である(Sil09 Appendix C, Example 12.10.1, p. 436)。素数 $p$ を動かしたときの $\tau(p)/(2p^{11/2})$ の分布は 佐藤–Tate予想 の例「Ramanujan の $\tau$ 関数」にある。thm-ho-euler により、$\operatorname{Re}s>7$ で
$$ \sum_{n\ge1}\frac{\tau(n)}{n^s}=\prod_p\frac1{1-\tau(p)p^{-s}+p^{11-2s}} $$
である。同じ議論で、$\dim S_k=1$ となる $k=16,18,20,22,26$ の $\Delta E_{k-12}$ も正規化された同時固有形式である。

Eisenstein 級数と約数和の恒等式

$M_4=\mathbb{C}E_4$($E_4=1+240\sum\sigma_3(n)q^n$)は 1 次元なので、$T_nE_4=\lambda_nE_4$ である。定数項を比べると、prop-ho-fourier の $c_n(0)=\sigma_3(n)c(0)$ から $\lambda_n=\sigma_3(n)$ である。$E_4/240=\frac1{240}+\sum_{n\ge1}\sigma_3(n)q^n$ は $q$ の係数が $1$ の同時固有形式なので、thm-ho-eigen-coeff により
$$ \sigma_3(m)\,\sigma_3(n)=\sum_{d\mid\gcd(m,n)}d^3\,\sigma_3\Bigl(\frac{mn}{d^2}\Bigr) $$
が成り立つ。$m=n=2$ では $9\cdot9=81=\sigma_3(4)+8\sigma_3(1)=73+8$ である。一般の重さの $G_k$ も $T_nG_k=\sigma_{k-1}(n)G_k$ を満たす(Zag08 §4.1, p. 38。$\dim M_k\ge2$ の重さではこの記事では証明しない)。

重さ 24 の空間

$S_{24}$ は 2 次元で、$F:=\Delta E_4^3=q+696q^2+162252q^3+\cdots$ と $\Delta^2=q^2-48q^3+\cdots$ で張られる(尖点形式 の記事の定理「レベル 1 の空間と次元」の直後の注意)。prop-ho-fourier で最初の係数を計算すると
$$ T_2F=696\,F+20736000\,\Delta^2,\qquad T_2\Delta^2=F+384\,\Delta^2 $$
である($T_2F$ の $q$、$q^2$ の係数は $c(2)=696$ と $c(4)+2^{23}c(1)=12831808+8388608$ で、$S_{24}$ の元は $q$、$q^2$ の係数で決まる)。この行列の固有値は $540\pm12\sqrt{144169}$ で、正規化された同時固有形式は
$$ f_\pm=F-\bigl(156\mp12\sqrt{144169}\bigr)\Delta^2=q+\bigl(540\pm12\sqrt{144169}\bigr)q^2+\cdots $$
の 2 つである(Zag08 §4.1, p. 39)。係数が有理数でないので、有理数係数の $F$ は固有形式でない。

反例

次の表の各行は、記事の主張の仮定を 1 つだけ外したときに主張が崩れる例である。

外す条件反例成り立たなくなること
$c(1)=1$ と正規化する(thm-ho-eigen-coeff の 2)$2\Delta$$\gcd(m,n)=1$ なら $c(mn)=c(m)c(n)$
同時固有形式である(thm-ho-eigen-coeff の 2)$F=\Delta E_4^3\in S_{24}$($c(1)=1$)$c(6)=c(2)c(3)$
$\gcd(m,n)=1$(thm-ho-relations の 1)$m=n=2$$T_2T_2=T_4$
尖点形式に限る(thm-ho-self-adjoint)$E_4\in M_4$$\langle T_nf,f\rangle$ が有限の値として定まる
反例の確認

各行で、外した条件以外は満たされている。

各行の確認を開く

1 行目:$2\Delta$ は同時固有形式で $c(n)=2\tau(n)$ である。$c(6)=-12096$ だが $c(2)c(3)=(-48)\cdot504=-24192$ である。

2 行目:$F$ は $c(1)=1$ の尖点形式だが、ex-ho-weight24 により $T_2F$ は $F$ の定数倍でない。係数は $c(2)=696$、$c(3)=162252$、$c(6)=-882400608$ で、$c(2)c(3)=112927392\neq c(6)$ である($E_4^3$ と $\Delta$ の $q$ 展開を掛けて計算できる)。

3 行目:$\Delta$ に当てると $T_2T_2\Delta=\tau(2)^2\Delta=576\Delta$、$T_4\Delta=\tau(4)\Delta=-1472\Delta$ で、正しくは thm-ho-relations の 2 の $T_2^2=T_4+2^{11}$ である。

4 行目:$E_4$ は同時固有形式で $T_nE_4=\sigma_3(n)E_4$(ex-ho-eisenstein)だが、$\int_{\mathcal{F}}\lvert E_4\rvert^2y^4d\mu$ は発散する(尖点形式 の記事の定理「Petersson 内積の基本性質」の後の注意。$E_4=G_4/(2\zeta(4))$)。したがって $M_4$ の上では Petersson 内積が定まらず、自己随伴性は意味をもたない。

補足

合同部分群.$\Gamma_0(N)$ に関するモジュラー形式にも、格子と位数 $N$ の巡回部分群の組を使って同様の作用素 $T_n$ が定まり、$S_k(\Gamma_0(N))$ を保ち、互いに可換で、$\gcd(m,n)=1$ なら $T_mT_n=T_{mn}$ を満たす(Mil21 Theorem V.4.7, p. 200 と p. 203、Sil09 Appendix C, Proposition 12.16, p. 439)。$\gcd(n,N)=1$ の $T_n$ は Petersson 内積について自己随伴である(Mil21 Theorem V.4.19, p. 206)。$p\mid N$ の $T_p$ は $U_p$ とも書かれ、$T_{p^r}=T_p^r$ を満たす(同 p. 203)。レベル $N$ では、低いレベルの形式 $f(dz)$ から来る旧形式が同じ固有値の組を共有しうるので、固有値の組で固有形式が決まる性質は新形式の空間に限って成り立つ(Atkin–Lehner の定理、Mil21 Theorem V.4.20, p. 206。この記事では証明しない)。$S_2(\Gamma_0(11))$ を張る $\eta(z)^2\eta(11z)^2$ はこうして $\gcd(n,11)=1$ のすべての $T_n$ の固有形式になる(Sil09 Remark 12.17, p. 439)。重さ $2$ で係数が整数の正規化された新形式 $f$ からは、導手(楕円曲線の導手)$N$ の有理数体上の楕円曲線 $E_f$ で $L(E_f,s)=L(f,s)$ となるものが構成される(Mil21 Theorem V.5.2, p. 208。この記事では証明しない。$L(E_f,s)$ は 楕円曲線のL関数)。$N$ を割らない素数 $p$ での係数と点の個数の一致は、Eichler–志村の関係式 の定理「係数と点の個数」が、法 $p$ での還元の上で $T_p$ を Frobenius とその転置の和として表す関係式から導く。
Hecke環との関係.$T_n$ は両側剰余類 $\Gamma(1)\alpha\Gamma(1)$($\alpha\in\mathcal{M}_n$)の和の作用である。Hecke環 の記事の補足にあるとおり、これは $\operatorname{GL}_2^+(\mathbb{Q})$ と $\Gamma(1)$ の組の両側剰余類の代数として整理され、thm-ho-relations の 3 はその代数が可換であることにあたる。

文献

定義と係数の公式は Zag08 §4.1(pp. 37–39)、Euler 積は同 §4.2(pp. 39–40)にある。Sil09 Appendix C, §C.12(pp. 435–436, 439)は重さ $2k$ の記法で積の関係式と $\tau$ 関数の性質を述べ、Mil21 §V.4(pp. 199–207)はレベル $N$ の場合と新形式の理論を概観している。

関連項目

参考文献

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