Mazurの補題(Mazur's lemma)とは、ノルム空間 $X$ の点列 $x_n$ が $x$ に弱収束するとき、有限個の $x_n$ の凸結合からなる点列で $x$ にノルム収束するものが取れるという定理である。凸集合についてはノルムで閉じていることと弱位相で閉じていることが同値であり、これは点と閉凸集合を連続線形汎関数で分離する Hahn–Banach の定理から従う。同じ定理から、ノルムで下半連続な凸関数は弱下半連続になり、変分法で最小点の存在を示す基本の道具になる。Hilbert 空間では部分列の算術平均で足りる(Banach–Saks の定理)。
前提知識: 弱位相(関数解析), 凸集合, Hahn–Banachの定理
無限次元のノルム空間では、弱収束する点列が強収束(ノルムで収束)するとは限らない。$\ell^2$ の標準基底 $e_n$ は $0$ に弱収束するが、$\|e_n\|_2=1$ のままである。ところが平均を取ると
$$
\Bigl\|\frac1N\sum_{n=1}^Ne_n\Bigr\|_2=\frac1{\sqrt N}\to0
$$
となり、強収束が回復する。Mazur の補題(Mazur's lemma)は、これが一般に起きることを述べる。弱収束する点列があれば、その有限個の凸結合からなる点列で、同じ極限に強収束するものが取れる。
背景にあるのは「凸集合については、ノルムで閉じていることと弱位相で閉じていることが同じである」という定理である。弱位相は開集合が少ないので一般には閉集合も少ないが、凸集合に限れば差が出ない。この記事では、この定理を Hahn–Banach の定理から導き、Mazur の補題、凸関数の弱下半連続性へ進み、最後に凸結合を算術平均にとれる場合として Hilbert 空間での Banach–Saks の定理に触れる。
以下 $X$ は実ノルム空間、$X^*$ はその連続双対とし、弱位相 $\sigma(X,X^*)$ での収束を $x_n\rightharpoonup x$ と書く(弱位相(関数解析))。複素ノルム空間の場合は最後に述べる。
証明で使うのは、Hahn–Banach の定理の幾何学的な形(第二幾何形)から従う次の分離である:$C\subset X$ が空でない閉凸集合で $x_0\notin C$ なら、$f\in X^*$ で $\sup_{y\in C}f(y)< f(x_0)$ を満たすものがある(Hahn–Banachの定理 の系「閉凸集合と外の点の分離」。Bre11 Theorem 1.7、p. 7)。この分離はこの記事では証明しない。有限次元 $\mathbb R^n$ の場合は 凸包 の定理「点と閉凸集合の分離」で最短点を使って証明されている。無限次元では最短点が存在するとは限らないので、Hahn–Banach の定理が必要になる。
$C\subset X$ を凸集合とする。$C$ が弱位相で閉じていることと、ノルムの位相で閉じていることは同値である。
弱位相はノルムの位相より粗いので、弱開集合はノルムの開集合であり、補集合を取れば弱閉集合はノルムで閉じている。
逆に $C$ がノルムで閉じた凸集合とする。$C=\emptyset$ なら弱閉である。$C\ne\emptyset$ のとき、補集合 $X\setminus C$ が弱開であることを示す。$x_0\notin C$ を取ると、上の分離により $f\in X^*$ で $\sup_Cf< f(x_0)$ となるものがあり、実数 $\alpha$ を $\sup_Cf<\alpha< f(x_0)$ と選べる。$V=\{x\in X: f(x)>\alpha\}$ は弱連続な $f$ による開区間 $(\alpha,\infty)$ の逆像なので弱開集合であり、$x_0\in V$、$V\cap C=\emptyset$ である。補集合の各点がこのような弱開近傍をもつので、$X\setminus C$ は弱開、すなわち $C$ は弱閉である。
証明から、空でない閉凸集合 $C$ はそれを含む閉半空間 $\{y: f(y)\le\alpha\}$($f\in X^*$、$f\ne0$)すべての共通部分に等しいことも分かる(Hahn–Banachの定理 の系「閉凸集合と外の点の分離」の後半、Bre11 Remark 5、p. 61)。凸性は外せない。弱位相(関数解析) の系「単位球面の弱閉包」のとおり、無限次元では単位球面はノルムで閉じているが弱閉でない。
凸集合 $C\subset X$ の弱位相での閉包は、ノルムの位相での閉包 $\overline C$ に等しい。
まず $\overline C$ は凸である。$u,v\in\overline C$、$0\le t\le1$ とし、$C$ の点列 $u_k\to u$、$v_k\to v$ を取ると、$tu_k+(1-t)v_k\in C$ で
$$
\|(tu_k+(1-t)v_k)-(tu+(1-t)v)\|\le t\|u_k-u\|+(1-t)\|v_k-v\|\to0
$$
だから $tu+(1-t)v\in\overline C$ である。$\overline C$ はノルムで閉じた凸集合なので、thm-mazur-closed により弱閉であり、$C$ を含むから $C$ の弱閉包を含む。逆に弱閉包は弱閉集合なのでノルムでも閉じており、$C$ を含むから $\overline C$ を含む。
点列の集合 $\{x_n\}$ の凸包 $\operatorname{conv}\{x_n\}$ は、有限個の $x_n$ の凸結合 $\sum_{j=1}^m\lambda_jx_{n_j}$($\lambda_j\ge0$、$\sum_j\lambda_j=1$)の全体である(凸集合 の定理「凸包と凸結合」)。
$X$ の点列が $x_n\rightharpoonup x$ を満たすとする。
2 と 3 は Bre11 Exercise 3.4(p. 80)の形である。2 は「列の後ろの方だけを使っても近似できる」こと、3 は「それまでに現れた項だけで近似できる」ことを述べる。どちらも、凸結合の係数や項の個数は $n$ に応じて変わり、一般には単純な算術平均では足りない。次の例がそれを示す。
$\ell^2$ の標準基底 $e_k$($k\ge0$ と番号づける)を使い、$2^k\le n< 2^{k+1}$ のとき $x_n=e_k$ とおく。つまり $e_0$ を 1 回、$e_1$ を 2 回、$e_2$ を 4 回、…と並べた点列である。$n\to\infty$ のとき $k\to\infty$ であり、$e_k\rightharpoonup0$ だから $x_n\rightharpoonup0$ である。
一方、$N=2^{K+1}-1$ までの算術平均は $\frac1N\sum_{n=1}^Nx_n=\frac1N\sum_{k=0}^K2^ke_k$ で、そのノルムの 2 乗は
$$
\frac1{N^2}\sum_{k=0}^K4^k=\frac{4^{K+1}-1}{3\,(2^{K+1}-1)^2}\to\frac13\qquad(K\to\infty)
$$
である。したがって算術平均の列は $0$ に強収束しない(強収束するなら、この部分列のノルムも $0$ に近づくはずである)。Mazur の補題が保証するのは、適切な係数の凸結合で近似できることであり、たとえば $\frac1{K+1}\sum_{k=0}^Ke_k$ はノルム $1/\sqrt{K+1}$ で $0$ に近づく。
$\ell^2$ で $e_n\rightharpoonup0$ である(弱位相(関数解析) の例「$\ell^p$ と $c_0$ の標準基底」)。凸結合 $y=\sum_{n=1}^N\lambda_ne_n$ のノルムは $\|y\|_2^2=\sum_n\lambda_n^2$ で、Cauchy–Schwarz の不等式から $1=\bigl(\sum_n\lambda_n\bigr)^2\le N\sum_n\lambda_n^2$ なので $\|y\|_2\ge1/\sqrt N$、等号は $\lambda_n=1/N$ のときに限る。したがって $e_1,\dots,e_N$ の凸結合で $0$ に最も近いのは算術平均で、その距離は $1/\sqrt N$ である。有限個の凸結合が $0$ に一致することはなく、Mazur の補題の近似は極限としてしか達成されない。また $\|e_n-e_m\|_2=\sqrt2$($n\ne m$)なので、$(e_n)$ 自身のどの部分列も強収束しない。凸結合を取る操作が欠かせない。
実数値関数の空間 $L^2(0,2\pi)$ で $u_n(t)=\sin nt$ は $0$ に弱収束する(弱位相(関数解析) の例「振動する関数と非線形な操作」)。直交性 $\int_0^{2\pi}\sin jt\sin kt\,dt=\pi\delta_{jk}$ から
$$
\Bigl\|\frac1N\sum_{n=1}^N\sin nt\Bigr\|_2^2=\frac1{N^2}\sum_{n=1}^N\pi=\frac{\pi}{N}\to0
$$
であり、算術平均が $0$ に強収束する。$\|\sin nt\|_2=\sqrt\pi$ の関数が、平均を取ると打ち消し合って小さくなる。
関数 $\varphi\colon X\to(-\infty,+\infty]$ が(ある位相で)下半連続 であるとは、各 $\lambda\in\mathbb R$ について下位集合 $\{x:\varphi(x)\le\lambda\}$ がその位相で閉じていることをいう。弱位相で下半連続なものを 弱下半連続 という。
$\varphi\colon X\to(-\infty,+\infty]$ が凸で、ノルムの位相で下半連続なら、$\varphi$ は弱下半連続である。特に $x_n\rightharpoonup x$ なら
$$
\varphi(x)\le\liminf_{n\to\infty}\varphi(x_n)
$$
が成り立つ。
$\varphi$ が凸なので、各下位集合 $A_\lambda=\{\varphi\le\lambda\}$ は凸である。実際、$u,v\in A_\lambda$、$0\le t\le1$ なら $\varphi(tu+(1-t)v)\le t\varphi(u)+(1-t)\varphi(v)\le\lambda$ である。$A_\lambda$ はノルムで閉じているので、thm-mazur-closed により弱閉である。
点列の不等式を示す。$L=\liminf_n\varphi(x_n)$ とし、$L<\varphi(x)$ と仮定して、$L<\lambda<\varphi(x)$ となる実数 $\lambda$ を取る。$\varphi(x_n)<\lambda$ となる $n$ は無限個あり、それらからなる部分列 $(x_{n_k})$ は $A_\lambda$ に含まれ、$x$ に弱収束する。弱閉集合 $A_\lambda$ の外の点 $x$ には、$A_\lambda$ と交わらない弱開近傍 $W$ があるが、十分大きい $k$ で $x_{n_k}\in W$ となって矛盾する。よって $\varphi(x)\le L$ である。
ノルム $\varphi(x)=\|x\|$、その 2 乗、空でない閉凸集合 $K$ までの距離 $\operatorname{dist}(x,K)$ はどれも凸で連続なので、弱下半連続である。ノルムについては 弱位相(関数解析) の命題「弱収束列の基本性質」の 2 と同じ結論が、Hahn–Banach の定理を経由した別の道筋で得られたことになる。
この系は変分法で最小点の存在を示すときに使われる。最小化列の弱収束する部分列が取れれば、その弱極限で $\varphi$ は下限以下の値を取る。弱収束する部分列が取れる条件は空間の反射性と結びつき、その議論は 反射的Banach空間 で扱う(Bre11 Corollary 3.23、p. 71)。
Mazur の補題の凸結合は、一般にどのような係数になるか分からない。Hilbert 空間では、部分列を選べば 等しい重みの平均 で足りる。
$H$ を実 Hilbert 空間とし、$x_n\rightharpoonup x$ とする。部分列 $(x_{n_k})$ を選んで
$$
\frac1N\sum_{k=1}^Nx_{n_k}\to x\qquad(N\to\infty,\ \text{強収束})
$$
とできる。
証明は Banach–Saksの定理 の定理「Banach–Saksの定理」にある。選んだ項どうしの内積が小さくなるように部分列を選び、$\bigl\|\sum_{k=1}^Nx_{n_k}-Nx\bigr\|^2$ を内積で展開して $N$ の定数倍で抑えるのが要点である。ex-mazur-l2 と ex-mazur-sin は部分列を取らずに算術平均で強収束する場合で、ex-mazur-average は部分列を取らなければ算術平均では足りない場合である。部分列の算術平均で足りることは Hilbert 空間に限らず一様凸空間でも成り立つ(Banach–Saksの定理 の定理「角谷の定理(Banach–Saks性)」)が、その証明には内積や一様凸性のような空間の性質が要る。ノルム空間一般では、係数を指定しない Mazur の補題の凸結合が基本の道具になる。
thm-mazur-closed、thm-mazur、cor-mazur-lsc の仮定を一つずつ外すと、結論が崩れる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $C$ の凸性 | $\ell^2$ の単位球面 $S$ | 強閉なら弱閉($e_n\in S$、$e_n\rightharpoonup0\notin S$) |
| 凸結合を取ること | $\ell^2$ の $e_n$ | 列自身(の部分列)の強収束($\|e_n-e_m\|_2=\sqrt2$) |
| 弱収束(弱スター収束に弱める) | $\ell^1=(c_0)^*$ の標準基底 $u_n$ | 凸結合による強近似(ex-mazur-weak-star) |
| $\varphi$ の凸性 | $\ell^2$ 上の $\varphi(x)=-\|x\|_2$ | 弱下半連続性($\varphi(e_n)=-1$、$\varphi(0)=0$) |
| $\varphi$ のノルムでの下半連続性 | $c_{00}$ 上の $\varphi(x)=-\sum_nnx_n$ | 弱下半連続性(ex-mazur-discontinuous) |
$\ell^1$ を $c_0$ の連続双対と同一視する($a\in\ell^1$ は $x\mapsto\sum_na_nx_n$ を定める)。標準基底 $u_n$ は、各 $x\in c_0$ について $u_n(x)=x_n\to0$ なので弱スター位相で $0$ に収束する(弱スター位相 の節「列で見える差:$c_0$ と $\ell^1$」)。ところが凸結合 $y=\sum_j\lambda_ju_{n_j}$ は $\|y\|_1=\sum_j\lambda_j=1$ を満たすので、どの凸結合も $0$ からノルムで $1$ 離れている。破られた仮定は「弱位相 $\sigma(X^*,X^{**})$ での収束」であり、閉凸集合 $\{a\in\ell^1:\sum_na_n=1\}$ は弱スター位相では閉じていない。$\ell^1$ の弱位相では、$u_n$ はそもそも収束しない(弱位相(関数解析) の例「$\ell^1$ の標準基底は弱収束しない」)。
$c_{00}$ を有限個を除いて $0$ の実数列全体に上限ノルムを入れた空間とし、$\varphi(x)=-\sum_nnx_n$ とおく。$\varphi$ は線形なので凸である。$x_k=e_k/k$ とすると $\|x_k\|_\infty=1/k\to0$ だから $x_k\to0$ で、特に $x_k\rightharpoonup0$ である。しかし $\varphi(x_k)=-1$、$\varphi(0)=0$ なので $\varphi(0)>\liminf_k\varphi(x_k)$ となる。$\varphi$ はノルムでも下半連続でない(下位集合 $\{\varphi\le-1\}$ は $x_k$ を含むが極限 $0$ を含まない)。破られた仮定はノルムでの下半連続性であり、証明で下位集合が閉凸集合になる段が崩れる。
複素ノルム空間 $X$ の弱位相は、スカラーを実数に制限した実ノルム空間 $X_{\mathbb R}$ の弱位相と一致する(弱位相(関数解析) の命題「実部による対応」)。凸性・凸結合・ノルムは実数のスカラーだけで定まるので、thm-mazur-closed、cor-mazur-closure、thm-mazur、cor-mazur-lsc は $X_{\mathbb R}$ に適用してそのまま複素ノルム空間でも成り立つ。thm-mazur-banach-saks も複素 Hilbert 空間で成り立つ(Banach–Saksの定理 の定理「Banach–Saksの定理」は実・複素の Hilbert 空間を扱う)。
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