Banach空間(Banach space)とは、ノルムから定まる距離について完備なノルム空間、すなわち Cauchy 列がつねに収束するノルム空間である。完備であることは、絶対収束する級数がつねに和をもつことと同値である。上限ノルムを入れた連続関数の空間 $C([0,1])$、数列の空間 $\ell^p$、有限次元のノルム空間などが例であるが、$C([0,1])$ に積分のノルム $\int_0^1|f|$ を入れた空間は完備でない。完備性から Baire のカテゴリー定理を通じて、開写像定理や一様有界性原理といった関数解析の基本定理が導かれる。
解析学では、欲しい対象を直接書き下す代わりに、近似の列を作ってその極限として得ることが多い。関数を級数の和として定める、方程式の解を反復で近づける、有限次元の近似解から本当の解をとり出す、といった議論はどれも「互いにいくらでも近づいていく列(Cauchy 列)は、空間の中に行き先をもつ」ことを前提にしている。有理数の中では $\sqrt2$ に近づく有理数の列に行き先がないように、この前提は自動的には成り立たない。
ノルム空間でこの前提が成り立つとき、すなわちノルムから定まる距離について完備なとき、その空間を Banach 空間という。有限次元のノルム空間はつねに完備だが、無限次元では同じベクトル空間でもノルムの選び方で完備になったりならなかったりする。完備性があると、絶対収束する級数が必ず和をもち、さらに Baire のカテゴリー定理を通じて、開写像定理や一様有界性原理のような関数解析の基本定理が成り立つ。
以下、$F$ は実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ を表す。ノルム空間 $(V,\|\cdot\|)$ にはつねに距離 $d(x,y)=\|x-y\|$ を入れて考える(ノルム空間 の記事の定義「ノルムから定まる距離」)。
完備性はノルムに依存する性質である。ただし同値なノルムは同じ Cauchy 列と同じ収束列をもつので(ノルム空間 の記事の命題「同値なノルムが共有するもの」)、一方のノルムで Banach 空間なら他方でも Banach 空間である。同じベクトル空間上の 2 つのノルムが同じ開集合を与えるなら、恒等写像は両方向に連続、したがって両方向に有界(ノルム空間 の記事の定理「連続性と有界性の同値」)であり、2 つのノルムは同値になる。よってノルム空間では、完備性は位相だけで決まる。これは一般の距離空間と対照的である($\mathbb{R}$ と開区間 $(0,1)$ は同相だが、通常の距離で前者は完備、後者は完備でない。完備距離空間 の例「反例:開区間と実数全体」)。
ノルム空間 $V$ の点列 $(x_k)_{k\ge1}$ について、部分和 $s_n:=\sum_{k=1}^nx_k$ の列が $V$ のある点 $s$ に収束するとき、級数 $\sum_kx_k$ は収束するといい、$s=\sum_{k=1}^\infty x_k$ と書く。実数の級数 $\sum_k\|x_k\|$ が収束するとき、級数 $\sum_kx_k$ は絶対収束するという。
$V=\mathbb{R}$ や $V=\mathbb{C}$ なら、絶対収束する級数は収束する(絶対収束 の記事の定理「絶対収束する級数の収束」)。この性質がノルム空間で成り立つことは、ちょうど完備性と同値である(thm-banach-space-series)。
有限次元のノルム空間は、どのノルムについても Banach 空間である(ノルム空間 の記事の系「有限次元ノルム空間の性質」の 1)。とくに $F^n$ は $\|x\|_1=\sum_k|x_k|$、$\|x\|_2=(\sum_k|x_k|^2)^{1/2}$、$\|x\|_\infty=\max_k|x_k|$ のどれについても Banach 空間である。
関数の空間の完備性は、関数値の空間 $F$ の完備性から一様収束を通じて受け継がれる。
$(f_n)$ を $C_b(X)$ の Cauchy 列とする。すべての $t\in X$ で $|f_m(t)-f_n(t)|\le\|f_m-f_n\|_\infty$ なので、$(f_n)$ は一様 Cauchy 条件を満たし、$F$ は完備なので、ある関数 $f\colon X\to F$ に一様収束する(距離空間の位相の基本的性質 の記事の命題「一様Cauchy条件と一様収束」)。一様極限は連続である(同じ記事の命題「連続写像の一様極限は連続」)。一様収束から、ある $N$ ですべての $t$ について $|f(t)-f_N(t)|\le1$ となるので $|f(t)|\le\|f_N\|_\infty+1$ であり、$f$ は有界である。よって $f\in C_b(X)$ であり、一様収束の定義はそのまま $\|f_n-f\|_\infty\to0$ を意味する。
$K$ がコンパクトなら、連続関数 $|f|$ は最大値をとるので(コンパクト空間 の記事の定理「最大値・最小値の存在」)$C(K)=C_b(K)$ である。$[0,1]$ はコンパクトである。$\square$
$X$ が離散空間なら $C_b(X)$ は有界関数全体 $b(X)$ であり、$X=\{1,2,3,\dots\}$ とすると有界数列の空間 $\ell^\infty$ になる。したがって $\ell^\infty$ も Banach 空間である。
要点:1 は、成分ごとの極限 $x$ をとり、有限個の成分の和で Cauchy 列の評価を $m\to\infty$ へ送ってから項数を増やす。2 は、$c_0$ の元の列の $\ell^\infty$ での極限も $0$ に収束することを $\varepsilon/2$ の評価で示し、prop-banach-space-closed を使う。
1:$(x^{(n)})$ を $\ell^1$ の Cauchy 列とする。各 $k$ で $|x^{(n)}_k-x^{(m)}_k|\le\|x^{(n)}-x^{(m)}\|_1$ なので、成分ごとの極限 $x_k:=\lim_nx^{(n)}_k$ が存在する。$\varepsilon>0$ に対し、$m,n\ge N$ なら $\|x^{(n)}-x^{(m)}\|_1<\varepsilon$ となる $N$ をとる。$n\ge N$ と $K\ge1$ を固定すると、$m\ge N$ について $\sum_{k=1}^K|x^{(n)}_k-x^{(m)}_k|<\varepsilon$ であり、$m\to\infty$ として $\sum_{k=1}^K|x^{(n)}_k-x_k|\le\varepsilon$ を得る。$K$ は任意なので $\sum_{k=1}^\infty|x^{(n)}_k-x_k|\le\varepsilon$ である。とくに $x^{(N)}-x\in\ell^1$ なので $x=x^{(N)}-(x^{(N)}-x)\in\ell^1$ であり、$n\ge N$ なら $\|x^{(n)}-x\|_1\le\varepsilon$ である。よって $x^{(n)}\to x$ である。
2:$c_0$ が部分空間であることは極限の線形性による。閉であることを示す。$x^{(n)}\in c_0$ が $\ell^\infty$ で $x$ に収束するとし、$\varepsilon>0$ をとる。$\|x^{(n)}-x\|_\infty<\varepsilon/2$ となる $n$ を 1 つ固定し、$k\ge K$ なら $|x^{(n)}_k|<\varepsilon/2$ となる $K$ をとると、$k\ge K$ で $|x_k|\le|x_k-x^{(n)}_k|+|x^{(n)}_k|<\varepsilon$ である。よって $x\in c_0$ である。$\ell^\infty$ は Banach 空間なので、その閉部分空間 $c_0$ も Banach 空間である(prop-banach-space-closed)。$\square$
最後の例の $C^k([0,1])$ の完備性は、$k=1$ の場合を示せば、同じ議論を導関数に繰り返して得られる。上限ノルムだけでは完備でないことは、ex-banach-space-ck で確かめる。
$k=1$ とし、$(f_n)$ が $\|f\|=\|f\|_\infty+\|f'\|_\infty$ について Cauchy 列であるとする。$(f_n)$ と $(f_n')$ はどちらも $C([0,1])$ の上限ノルムについて Cauchy 列なので、prop-banach-space-cb により連続関数 $f$ と $g$ に一様収束する。微分積分学の基本定理により $f_n(t)=f_n(0)+\int_0^tf_n'(s)\,ds$ であり(複素数値なら実部と虚部に分ける)、一様収束なので積分と極限が交換できて $f(t)=f(0)+\int_0^tg(s)\,ds$ となる。$g$ は連続なので、再び微分積分学の基本定理から $f\in C^1([0,1])$、$f'=g$ であり、$\|f_n-f\|=\|f_n-f\|_\infty+\|f_n'-g\|_\infty\to0$ である。
ノルム空間 $V$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$\sum_k\|x_k\|<\infty$ とし、部分和を $s_n:=\sum_{k=1}^nx_k$ とおく。$\varepsilon>0$ に対し、$\sum_{k>N}\|x_k\|<\varepsilon$ となる $N$ をとる。$n>m\ge N$ なら三角不等式により
$$
\|s_n-s_m\|=\Bigl\|\sum_{k=m+1}^nx_k\Bigr\|\le\sum_{k=m+1}^n\|x_k\|\le\sum_{k>N}\|x_k\|<\varepsilon
$$
なので、$(s_n)$ は Cauchy 列であり、$V$ の完備性から収束する。また $\|s_n\|\le\sum_{k=1}^n\|x_k\|$ で $n\to\infty$ とすると、ノルムの連続性(ノルム空間 の記事の命題「距離の性質と演算の連続性」の 2)から最後の不等式を得る。
2 ⇒ 1:$(y_n)$ を $V$ の Cauchy 列とする。Cauchy 列の定義から、$n_1< n_2<\cdots$ を、$m,n\ge n_j$ なら $\|y_m-y_n\|<2^{-j}$ となるようにとれる。$x_1:=y_{n_1}$、$x_j:=y_{n_j}-y_{n_{j-1}}$($j\ge2$)とおくと、$j\ge2$ で $\|x_j\|<2^{-(j-1)}$ なので $\sum_j\|x_j\|<\infty$ であり、2 により $\sum_jx_j$ は収束する。その部分和は $\sum_{i=1}^jx_i=y_{n_j}$ なので、部分列 $(y_{n_j})$ がある $y\in V$ に収束する。
最後に、部分列が収束する Cauchy 列は全体も収束する。$\varepsilon>0$ に対し、$m,n\ge N$ なら $\|y_m-y_n\|<\varepsilon$ となる $N$ をとり、$n_j\ge N$ かつ $\|y_{n_j}-y\|<\varepsilon$ となる $j$ を 1 つ選ぶと、$n\ge N$ で $\|y_n-y\|\le\|y_n-y_{n_j}\|+\|y_{n_j}-y\|<2\varepsilon$ である。よって $y_n\to y$ であり、$V$ は完備である。$\square$
2 ⇒ 1 の証明は、「Cauchy 列から、隣どうしの差が急速に小さくなる部分列を選ぶ」という操作であり、$L^p$ の完備性の証明など多くの場面で使われる。1 ⇒ 2 は、関数の級数についての Weierstrass の優級数判定法の一般化でもある。$C([0,1])$ の関数列 $f_k$ が $\sum_k\|f_k\|_\infty<\infty$ を満たせば、$\sum_kf_k$ は $C([0,1])$ の中で、すなわち一様に収束する。
$V$ をノルム空間、$U\subset V$ を部分空間とし、$U$ には $V$ のノルムを制限したノルムを入れる。
1:$U$ の Cauchy 列は $V$ の Cauchy 列なので $V$ のある点 $x$ に収束し、$U$ は閉なので $x\in U$ である。
2:$U$ の点列 $u_n$ が $x\in V$ に収束するとすると、$(u_n)$ は Cauchy 列なので $U$ の中のある $u$ に収束する。距離空間の極限は一意なので $x=u\in U$ である。$\square$
$V$ をノルム空間、$W$ を Banach 空間とする。このとき、有界線形写像の空間 $B(V,W)$ は作用素ノルム $\|T\|=\sup_{\|x\|\le1}\|Tx\|$ について Banach 空間である。$V$ が完備である必要はない。
$(T_n)$ を $B(V,W)$ の Cauchy 列とする。各 $x\in V$ について $\|T_nx-T_mx\|\le\|T_n-T_m\|\,\|x\|$ なので $(T_nx)$ は $W$ の Cauchy 列であり、$W$ の完備性から極限 $Tx:=\lim_nT_nx$ が存在する。和とスカラー倍の連続性から $T(ax+by)=\lim_n(aT_nx+bT_ny)=aTx+bTy$ であり、$T$ は線形である。
$\varepsilon>0$ に対し、$m,n\ge N$ なら $\|T_n-T_m\|<\varepsilon$ となる $N$ をとる。$n\ge N$ と $x\in V$ を固定すると、$m\ge N$ について $\|T_nx-T_mx\|\le\varepsilon\|x\|$ であり、$m\to\infty$ としてノルムの連続性から $\|T_nx-Tx\|\le\varepsilon\|x\|$ を得る。とくに $\|Tx\|\le(\|T_N\|+\varepsilon)\|x\|$ なので $T$ は有界であり、$n\ge N$ なら $\|T_n-T\|\le\varepsilon$ である。よって $T_n\to T$ である。$\square$
$W=F$ とすると、ノルム空間 $V$ 上の有界な線形汎関数全体 $V':=B(V,F)$(連続双対空間)は、$V$ が完備でなくてもつねに Banach 空間である。これは線形代数の意味の双対空間(双対空間(線形代数)。$V$ 上の線形汎関数全体)のうち、連続なものからなる部分空間であり、$V$ が有限次元なら両者は一致する。
完備でないノルム空間も、Banach 空間の稠密な部分空間として実現できる。
任意のノルム空間 $V$ に対し、Banach 空間 $\widehat V$ と、ノルムを保つ線形な単射 $\iota\colon V\to\widehat V$ で、像 $\iota(V)$ が $\widehat V$ で稠密であるものが存在する。このような $(\widehat V,\iota)$ は、ノルムを保つ線形な全単射による同一視を除いて一意である。
要点:距離空間としての完備化(完備距離空間 の記事の定理「完備化の存在と一意性」)をとり、加法・スカラー倍・ノルムを一様連続写像の延長で完備化の上へ広げる。
$(\widehat V,\widehat d)$ と等長写像 $\iota\colon V\to\widehat V$ を $V$ の距離空間としての完備化とし、$V$ を $\iota(V)$ と同一視する。$\widehat V\times\widehat V$ に距離 $\max(\widehat d(x,x'),\widehat d(y,y'))$ を入れると完備であり、$V\times V$ はその中で稠密である。加法 $V\times V\to V\subset\widehat V$ は $\|(x+y)-(x'+y')\|\le2\max(\|x-x'\|,\|y-y'\|)$ を満たすので一様連続であり、完備距離空間 の記事の定理「一様連続写像の延長」により連続写像 $\widehat V\times\widehat V\to\widehat V$ にただ 1 通りに延長される。同様に、各 $a\in F$ についてスカラー倍 $x\mapsto ax$ は Lipschitz 定数 $|a|$ で一様連続なので延長される。ベクトル空間の公理は、両辺が $\widehat V$ 上の連続写像で稠密な $V$ の上で一致する等式なので、$\widehat V$ 全体で成り立つ。$\|x\|:=\widehat d(x,0)$ とおくと、$V$ の上では元のノルムであり、平行移動不変性 $\widehat d(x+z,y+z)=\widehat d(x,y)$ と斉次性 $\widehat d(ax,ay)=|a|\widehat d(x,y)$ も稠密性と連続性で $\widehat V$ に延びるので、$\|x-y\|=\widehat d(x,y)$ となり、$\|\cdot\|$ はノルムの 3 条件を満たす。こうして $\widehat V$ は完備な距離を与えるノルムをもつ Banach 空間になる。
一意性:$(\widehat V',\iota')$ も同じ性質をもつとすると、距離空間の完備化の一意性から全単射な等長写像 $j\colon\widehat V\to\widehat V'$ で $j\circ\iota=\iota'$ となるものがある。$j(x+y)$ と $j(x)+j(y)$ は $\widehat V\times\widehat V$ 上の連続写像で $V\times V$ の上で一致するので等しく、スカラー倍も同様であり、$j$ は線形である。等長で $j(0)=0$ なのでノルムを保つ。$\square$
空でない完備距離空間は、内部が空である閉集合の可算個の和集合にはならない(Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」)。Banach 空間では、これが線形写像についての強い結論を生む。
$V$ を Banach 空間、$W$ をノルム空間とし、$\mathcal{A}\subset B(V,W)$ を有界線形写像の族とする。各 $x\in V$ について $\sup_{T\in\mathcal{A}}\|Tx\|<\infty$ であるならば、$\sup_{T\in\mathcal{A}}\|T\|<\infty$ である。
$n\ge1$ について $F_n:=\{x\in V\mid\text{すべての }T\in\mathcal{A}\text{ について }\|Tx\|\le n\}$ とおく。各 $T$ は連続なので $\{x\mid\|Tx\|\le n\}$ は閉集合であり、その共通部分 $F_n$ も閉集合である。仮定から $V=\bigcup_nF_n$ である。$V$ は空でない完備距離空間なので、Baire のカテゴリー定理(Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」)により、ある $F_n$ が開球 $\{y\mid\|y-x_0\|< r\}$ を含む。
$\|x\|<1$ とすると $x_0+rx$ と $x_0$ はこの開球に属するので、すべての $T\in\mathcal{A}$ について
$$
\|Tx\|=\frac1r\bigl\|T(x_0+rx)-Tx_0\bigr\|\le\frac1r\bigl(\|T(x_0+rx)\|+\|Tx_0\|\bigr)\le\frac{2n}{r}
$$
である。$\|x\|\le1$ なら $0< t<1$ について $\|tx\|<1$ なので $\|Tx\|\le\frac{2n}{rt}$ であり、$t\to1$ として $\|Tx\|\le\frac{2n}{r}$ を得る。よって $\|T\|\le2n/r$ がすべての $T\in\mathcal{A}$ で成り立つ。$\square$
$V,W$ を Banach 空間、$T\in B(V,W)$ を全射とする。このとき $T$ は開写像である。すなわち $V$ の任意の開集合 $G$ について $T(G)$ は $W$ の開集合である。
要点:$B_V(s)$、$B_W(s)$ を原点中心・半径 $s$ の開球とする。(a) $W$ の完備性と Baire のカテゴリー定理から、$T(B_V(1))$ の閉包がある開球 $B_W(r)$ を含む。(b) $V$ の完備性(絶対収束する級数の収束、thm-banach-space-series)を使って閉包をとり除き、$B_W(r/2)\subset T(B_V(1))$ を示す。(c) 線形性から、各点の周りでも同じことが成り立ち、$T(G)$ は開集合になる。
(a):$T$ は全射なので $W=\bigcup_{k\ge1}T(B_V(k))$ であり、閉包をとっても $W=\bigcup_k\overline{T(B_V(k))}$ である。$W$ は空でない完備距離空間なので、Baire のカテゴリー定理(Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」)により、ある $k$ について $\overline{T(B_V(k))}$ が開球 $\{w\mid\|w-w_0\|<\rho\}$ を含む。$\|w\|<\rho$ なら $w_0+w$ と $w_0$ はともに $\overline{T(B_V(k))}$ に属し、$T(B_V(k))-T(B_V(k))\subset T(B_V(2k))$ と引き算の連続性から $w=(w_0+w)-w_0\in\overline{T(B_V(2k))}$ である。よって $B_W(\rho)\subset\overline{T(B_V(2k))}$ であり、全体を $1/(2k)$ 倍して $r:=\rho/(2k)$ とおくと $B_W(r)\subset\overline{T(B_V(1))}$ である。同じく $2^{-j}$ 倍して、すべての $j\ge0$ について $B_W(r2^{-j})\subset\overline{T(B_V(2^{-j}))}$ である。
(b):$\|w\|< r/2$ とする。$w\in\overline{T(B_V(1/2))}$ なので、$\|x_1\|<1/2$ かつ $\|w-Tx_1\|< r/4$ を満たす $x_1$ がある。次に $w-Tx_1\in B_W(r/4)\subset\overline{T(B_V(1/4))}$ なので、$\|x_2\|<1/4$ かつ $\|w-Tx_1-Tx_2\|< r/8$ を満たす $x_2$ がある。これを続けて、$\|x_j\|<2^{-j}$ かつ $\|w-T(x_1+\dots+x_j)\|< r2^{-j-1}$ を満たす列 $(x_j)$ を得る。$\sum_j\|x_j\|<\|x_1\|+\sum_{j\ge2}2^{-j}<1$ なので、$V$ の完備性と thm-banach-space-series により $x:=\sum_jx_j$ が存在して $\|x\|<1$ である。$T$ は連続なので $Tx=\lim_jT(x_1+\dots+x_j)=w$ である。よって $B_W(r/2)\subset T(B_V(1))$ である。
(c):$G$ を開集合、$x\in G$ とし、$\{y\mid\|y-x\|<\varepsilon\}\subset G$ とする。線形性から $T(\{y\mid\|y-x\|<\varepsilon\})=Tx+\varepsilon T(B_V(1))\supset Tx+B_W(\varepsilon r/2)$ なので、$T(G)$ は $Tx$ を中心とする開球を含む。よって $T(G)$ は開集合である。$\square$
証明の (a) で $W$ の完備性、(b) で $V$ の完備性が使われている。どちらを外しても結論は成り立たなくなる($W$ を外す場合は ex-banach-space-inverse。$V$ を外す場合については Axl20 Exercises 6E の 11、p. 191)。
$V,W$ を Banach 空間、$T\in B(V,W)$ を全単射とする。このとき逆写像 $T^{-1}$ も有界線形写像である。とくに、同じベクトル空間 $V$ 上の 2 つのノルム $\|\cdot\|,\|\cdot\|'$ がどちらも $V$ を Banach 空間にし、ある $C$ で $\|x\|'\le C\|x\|$ を満たすなら、2 つのノルムは同値である。
$T^{-1}$ が線形であることは $T$ の線形性から従う。$V$ の開集合 $G$ について $(T^{-1})^{-1}(G)=T(G)$ は thm-banach-space-open-mapping により開集合なので、$T^{-1}$ は連続であり、ノルム空間 の記事の定理「連続性と有界性の同値」により有界である。後半は、恒等写像 $(V,\|\cdot\|)\to(V,\|\cdot\|')$ に前半を使えば、逆向きの評価 $\|x\|\le C'\|x\|'$ が得られる。$\square$
無限次元の Banach 空間は、可算個のベクトルからなる線形代数の意味の基底(基底と次元。すべてのベクトルを有限個の線形結合で表す線形独立な族)をもたない。とくに、多項式全体のなすベクトル空間 $F[t]$ には、Banach 空間にするノルムは存在しない。
$V$ を無限次元の Banach 空間とし、可算な基底 $e_1,e_2,\dots$ があると仮定する(基底が有限なら $V$ は有限次元である)。$U_n:=\operatorname{span}\{e_1,\dots,e_n\}$ は有限次元なので $V$ の閉集合であり(ノルム空間 の記事の系「有限次元ノルム空間の性質」の 4)、基底の定義から $V=\bigcup_nU_n$ である。Baire のカテゴリー定理(Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」)により、ある $U_n$ が開球 $\{y\mid\|y-x_0\|< r\}$ を含む。$\|x\|< r$ なら $x=(x_0+x)-x_0\in U_n$ であり、任意の $y\ne0$ は $y=\frac{2\|y\|}{r}\cdot\frac{r}{2\|y\|}y$ と $U_n$ の元の定数倍に書けるので $y\in U_n$ となる。よって $U_n=V$ となり、$V$ が無限次元であることに反する。$F[t]$ は可算な基底 $1,t,t^2,\dots$ をもつ無限次元のベクトル空間なので、どのノルムでも Banach 空間にならない。$\square$
完備性を外した次の例では、上で示した主張がそれぞれ成り立たなくなる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 完備性 | $C([0,1])$ に $\Vert f\Vert_1=\int_0^1\lvert f\rvert$ を入れた空間 | Cauchy 列が収束すること |
| 完備性 | $c_{00}$(有限個以外の項が $0$ の数列)に $\Vert\cdot\Vert_\infty$ | 絶対収束する級数が収束すること |
| 値域の完備性 | 恒等写像 $(C([0,1]),\Vert\cdot\Vert_\infty)\to(C([0,1]),\Vert\cdot\Vert_1)$ | 有界逆写像定理 |
| 定義域の完備性 | $c_{00}$ 上の汎関数 $\varphi_n(x)=nx_n$ | 一様有界性原理 |
| 導関数のノルム | $C^1([0,1])$ に $\Vert\cdot\Vert_\infty$ だけを入れた空間 | Cauchy 列が収束すること |
$C([0,1])$ に $\|f\|_1=\int_0^1|f(t)|\,dt$ を入れる。$n\ge2$ について、$g_n$ を $[0,1/2]$ で $0$、$[1/2,1/2+1/n]$ で $0$ から $1$ へ直線的に増え、それ以後は $1$ である連続関数とする(下の図)。$m< n$ なら $0\le g_m\le g_n\le1$ で、差は区間 $[1/2,1/2+1/m]$ の外では $0$ なので $\|g_n-g_m\|_1\le\frac1m$ であり、$(g_n)$ は Cauchy 列である。
もし連続関数 $g$ に $\|g_n-g\|_1\to0$ で収束したとすると、$\int_0^{1/2}|g|\le\|g-g_n\|_1\to0$ から $[0,1/2]$ 上で $g=0$ であり、任意の $\delta>0$ について $n>1/\delta$ なら $[1/2+\delta,1]$ 上で $g_n=1$ なので、同様に $[1/2+\delta,1]$ 上で $g=1$ である(連続関数の $|g|$ の積分が $0$ なら $g=0$ であることを使った)。すると $g$ は $t=1/2$ で連続でなくなり、矛盾する。よって $(C([0,1]),\|\cdot\|_1)$ は Banach 空間でない(Axl20 Example 6.39、p. 165)。$(g_n)$ が $\|\cdot\|_1$ で近づいていく先は階段関数であり、それは $C([0,1])$ の外にある。満たす性質はノルム空間であること、満たさない性質は完備性である。同じ空間が上限ノルムでは Banach 空間である(prop-banach-space-cb)ことと比べると、完備性がノルムの選び方に依存することがわかる。
連続関数の列が積分のノルムで不連続な階段関数に近づく様子
図の $g_n$ は $n$ が大きいほど $t=1/2$ の直後で急に立ち上がり、階段関数との差の面積は $\frac1{2n}$ である。上限ノルムで測ると、どの $g_n$ も階段関数との差の上限は $1$ のまま小さくならない。
$c_{00}$ に $\|\cdot\|_\infty$ を入れ、第 $k$ 成分だけが $1$ の数列を $e_k$ とする。$x_k:=2^{-k}e_k$ は $\sum_k\|x_k\|_\infty=\sum_k2^{-k}=1<\infty$ を満たすが、部分和 $(2^{-1},2^{-2},\dots,2^{-n},0,0,\dots)$ は $\ell^\infty$ の中で $(2^{-1},2^{-2},2^{-3},\dots)\notin c_{00}$ に収束するので、極限の一意性から $c_{00}$ の中では収束しない。thm-banach-space-series の 2 が成り立たないので、$c_{00}$ は Banach 空間でない。
恒等写像 $T\colon(C([0,1]),\|\cdot\|_\infty)\to(C([0,1]),\|\cdot\|_1)$ を考える。$\|f\|_1\le\|f\|_\infty$ なので $T$ は有界な全単射で、定義域は Banach 空間である(prop-banach-space-cb)。しかし逆写像は有界でない。$f_n(t)=\max(0,1-nt)$ は $\|f_n\|_1=\frac1{2n}$、$\|f_n\|_\infty=1$ を満たすので、$\|T^{-1}f_n\|_\infty/\|f_n\|_1=2n$ は有界でないからである。値域 $(C([0,1]),\|\cdot\|_1)$ が完備でない(ex-banach-space-l1-incomplete)ため、cor-banach-space-bounded-inverse の仮定が満たされていない。
$c_{00}$ に $\|\cdot\|_\infty$ を入れ、$\varphi_n(x):=nx_n$ とおく。各 $\varphi_n$ は $|\varphi_n(x)|\le n\|x\|_\infty$ を満たす有界線形汎関数で、$\varphi_n(e_n)=n$ より $\|\varphi_n\|=n$ である。一方、各 $x\in c_{00}$ はある $K$ より先の成分が $0$ なので、$\sup_n|\varphi_n(x)|=\max_{n\le K}n|x_n|<\infty$ である。各点では有界なのに作用素ノルムは有界でなく、thm-banach-space-uniform-boundedness の結論が成り立たない。定義域 $c_{00}$ が完備でない(ex-banach-space-c00-series)ためである。
$f_n(t):=\sqrt{(t-\tfrac12)^2+\tfrac1n}$ は $C^1([0,1])$(さらに何回でも微分可能)の元で、$0\le f_n(t)-|t-\tfrac12|\le\frac1{\sqrt n}$ なので $|t-\tfrac12|$ に一様収束する。とくに $(f_n)$ は上限ノルムについて Cauchy 列である。上限ノルムで $C^1([0,1])$ の元 $f$ に収束したとすると、$C([0,1])$ の中の極限の一意性から $f(t)=|t-\tfrac12|$ となるが、これは $t=1/2$ で微分可能でない。よって $(C^1([0,1]),\|\cdot\|_\infty)$ は Banach 空間でない。$\|f'\|_\infty$ を加えたノルムでは、$f_n'(t)=(t-\frac12)/f_n(t)$ が一様収束しないので、この列は Cauchy 列にならない。
$a=|t-\tfrac12|$、$b=\tfrac1n$ とおくと、$(a+\sqrt b)^2=a^2+b+2a\sqrt b\ge a^2+b$ なので $\sqrt{a^2+b}\le a+\sqrt b$ である。$f_n'$ が一様収束しないことは、$f_n'$ が連続で、各点では $t<1/2$ で $-1$、$t>1/2$ で $1$、$t=1/2$ で $0$ という不連続な関数に収束することからわかる(連続関数の一様極限は連続であり、一様収束するなら極限は各点収束の極限と一致する)。
内積空間 で、内積から定まるノルムについて完備なものを Hilbert 空間という。$\mathbb{C}^n$、$\ell^2$、$L^2$ はその例であり、Hilbert空間は Banach 空間の特別な場合である。一方、$p\ne2$ の $\ell^p$ や $C([0,1])$ の上限ノルムは内積から来ない Banach 空間の例である。内積から来るノルムは平行四辺形の等式 $\|x+y\|^2+\|x-y\|^2=2\|x\|^2+2\|y\|^2$ を満たす(内積空間 の記事の定理「三角不等式と平行四辺形の等式」)が、$\ell^p$ では第 $1$ 成分・第 $2$ 成分だけが $1$ の数列 $e_1,e_2$ について左辺が $2\cdot2^{2/p}$($p=\infty$ なら $2$)、右辺が $4$ で、$p\ne2$ なら一致しない。$C([0,1])$ の上限ノルムでは $f(t)=t$、$g(t)=1-t$ について左辺が $1+1=2$、右辺が $4$ である。
Banach 空間 $V$ 上の有界線形作用素の空間 $B(V)$ は、thm-banach-space-operators により Banach 空間であり、合成について $\|ST\|\le\|S\|\,\|T\|$ を満たす(ノルム空間 の記事の命題「作用素ノルムの性質」)。このように積をもち、積とノルムが両立する Banach 空間を Banach 環といい、そのスペクトル理論は Banach環とC*-環のスペクトル理論 で扱われる。
Banach 空間の定義と例($C([0,1])$ の上限ノルム、$\ell^1$)・例でないもの($C([0,1])$ の積分のノルム)は Axl20 Definition 6.37・Example 6.38・Example 6.39(p. 165)、絶対収束する級数による特徴づけは 6.41(p. 166)、$B(V,W)$ の完備性は 6.47(p. 168)、Baire のカテゴリー定理は 6.76(p. 185)、開写像定理は 6.81(pp. 186–187)、有界逆写像定理は 6.83(p. 188)、一様有界性原理は 6.86(p. 190)、可算な基底をもつ無限次元の Banach 空間がないことは Exercises 6E の 9(p. 191)、$L^p$ の完備性は 7.24(p. 205)にある。本記事の証明はこれらを本記事の記号で書き直したものであり、$C_b(X)$ の完備性と完備化は、距離空間の位相の基本的性質 と 完備距離空間 の既存の結果から導いた。
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