最後に原点にいた時刻(last visit to the origin of a random walk)とは、原点から出発し、確率 $\frac12$ ずつで独立に $+1$ か $-1$ 動く数直線上の点の長さ $2n$ の歩みで、原点にいた最後の時刻 $L_{2n}$ のことである。$2m$ 回目まで一度も原点に戻らない確率が $u_{2m}=\binom{2m}{m}\frac{1}{4^m}$ に等しいことから、$P(L_{2n}=2k)=u_{2k}u_{2n-2k}$($0\le k\le n$)が得られる。この分布は左右対称で、両端 $0$ と $2n$ がいちばん起こりやすく、真ん中がいちばん起こりにくい。$n$ が奇数なら、後半の $n$ 回に一度も原点に戻らない確率はちょうど $\frac12$ である。
前提知識: ランダムウォークの原点への復帰
2 人で硬貨投げの勝負をする。表なら A に 1 点、裏なら B に 1 点が入り、20 回投げて終わる。途中で点数が並ぶ(同点になる)ことが何回かある。最後に点数が並んだのは何回目だろうか。
A の点数から B の点数を引いた差を $S_k$ とすると、$S_k$ は硬貨を投げるごとに $+1$ か $-1$ 動く。これは ランダムウォークの原点への復帰 の 1 次元のランダムウォークで、「点数が並ぶ」は「原点にいる」ことである。図 1 の勝負では、2 回目と 6 回目に並び、その後は B がずっとリードしている。最後に原点にいた時刻は $6$ である。
硬貨を 20 回投げた勝負の点数の差の動き。2 回目と 6 回目に原点にいて、最後に原点にいた時刻は 6。その後は一度も原点に戻らない
20 回の勝負で最後に並ぶのは、真ん中の 10 回目あたりが多いと考えたくなる。あるいは、勝負が長いほど何度も並び、最後に並ぶのは終わり近くが多いと考えるかもしれない。まず、4 回の勝負で全部の場合を数えてみる。
4 回の結果の並び $16$ 通りについて、最後に原点にいた時刻(出発の時刻 $0$ も含めて、$S_k=0$ となる最大の $k$)を調べる。原点にいられるのは偶数回目だけなので、値は $0,2,4$ のどれかである(ランダムウォークの原点への復帰 の命題「奇数回目には原点にいない」)。
(1) 時刻 $4$:4 回目に原点にいる並びで、$\dbinom42=6$ 通りある。
(2) 時刻 $2$:2 回目に原点にいて(最初の 2 回が $+-$ か $-+$ の 2 通り)、3 回目・4 回目には原点にいない並びである。2 回目に原点にいた後の 2 回で原点に戻らないのは、$++$ か $--$ の 2 通りなので、$2\times2=4$ 通りある。
(3) 時刻 $0$:1 回目から 4 回目まで一度も原点に戻らない並びで、ランダムウォークの原点への復帰 の例のとおり 6 通りある($++++$、$+++-$、$++-+$ と、符号を入れ替えた 3 通り)。
確率は、時刻 $0,2,4$ の順に $\dfrac6{16},\ \dfrac4{16},\ \dfrac6{16}$ で、和は $1$ である。両端の $0$ と $4$ が起こりやすく、真ん中の $2$ が起こりにくい。
4 回では、真ん中がいちばん起こりにくかった。この記事では、これが何回の勝負でも成り立つことを示す。問いは次のとおりである。
| 高校の計算 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| 積の法則(前半と後半の並べ方) | $u_{2k}\,u_{2n-2k}$ | 独立な部分への分解 |
| 隣り合う項の比 | 分布の増減 | 単調性と最頻値 |
| 左右の対称性 | $k$ と $n-k$ の入れ替え | 分布の対称性 |
| $\arcsin$ の微分 | 分布の極限の形 | 逆正弦法則 |
この記事でも、ランダムウォークの原点への復帰 の定義「1 次元のランダムウォーク」と記号をそのまま使う。$S_k$ は $k$ 回目の位置($S_0=0$)、$u_{2m}=P(S_{2m}=0)=\dbinom{2m}m\dfrac1{4^m}$($u_0=1$)である。
$n\ge1$ とする。長さ $2n$ の歩みについて、$0\le k\le2n$ で $S_k=0$ となる最大の $k$ を、最後に原点にいた時刻 といい、$L_{2n}$ と書く。$S_0=0$ なので $L_{2n}$ はいつも定まり、奇数回目には原点にいないので $L_{2n}$ は偶数 $0,2,\ldots,2n$ のどれかである。$L_{2n}=0$ は、$2n$ 回目まで一度も原点に戻らないことを表す。
この記事の計算の鍵は、ランダムウォークの原点への復帰 の定理「原点にいる確率と、原点に戻らない確率」の (2) である。それは、長さ $2m$ の歩みのうち $S_1,\ldots,S_{2m}$ がどれも $0$ でないものの数が $\dbinom{2m}m$ であること、つまり「$2m$ 回目まで一度も原点に戻らない確率は、$2m$ 回目に原点にいる確率 $u_{2m}$ に等しい」ことを示していた($m=0$ では、長さ $0$ の歩み 1 つと数える)。
$n\ge1$、$0\le k\le n$ について
$$
P(L_{2n}=2k)=u_{2k}\,u_{2n-2k}=\binom{2k}k\binom{2n-2k}{n-k}\frac1{4^n}
$$
である。
方針:「最後に原点にいた時刻が $2k$」を「$2k$ 回目に原点にいる」と「その後の $2n-2k$ 回の間、一度も原点に戻らない」に分け、前半と後半の並べ方を別々に数えて掛ける(積の法則)。後半の数え方に鍵の等式を使う。
段 1(言いかえ)。$L_{2n}=2k$ となるのは、$S_{2k}=0$ で、$S_{2k+1},S_{2k+2},\ldots,S_{2n}$ がどれも $0$ でないときであり、そのときに限る($S_{2k}=0$ で、それより後に原点にいなければ、$2k$ が最後の時刻である)。$k=n$ のときは後半の条件はなく、「$S_{2n}=0$」だけである。
段 2(前半の数)。最初の $2k$ 回の動き $X_1,\ldots,X_{2k}$ で $S_{2k}=0$ となるのは、$+1$ と $-1$ が $k$ 回ずつのときで、$\dbinom{2k}k$ 通りある($k=0$ では 1 通り)。
段 3(後半の数)。$S_{2k}=0$ のとき、$j=1,\ldots,2n-2k$ について
$$
S_{2k+j}=S_{2k}+(X_{2k+1}+\cdots+X_{2k+j})=X_{2k+1}+\cdots+X_{2k+j}
$$
である。つまり後半の位置は、後半の $2n-2k$ 回の動きだけで作った「原点から出発する長さ $2n-2k$ の歩み」の位置と同じである。したがって、後半の条件「$S_{2k+1},\ldots,S_{2n}$ がどれも $0$ でない」をみたす後半の動きの並びは、「長さ $2(n-k)$ の歩みで、一度も原点に戻らないもの」と同じだけある。ランダムウォークの原点への復帰 の定理「原点にいる確率と、原点に戻らない確率」の (2) により、その数は $\dbinom{2n-2k}{n-k}$ である($k=n$ では 1 通り)。
段 4(掛けて確率にする)。前半の並びと後半の並びは自由に組み合わせられるので、$L_{2n}=2k$ となる長さ $2n$ の歩みは $\dbinom{2k}k\dbinom{2n-2k}{n-k}$ 通りある。どの歩みも確率 $\dfrac1{4^n}$ なので
$$
P(L_{2n}=2k)=\binom{2k}k\binom{2n-2k}{n-k}\frac1{4^n}=\binom{2k}k\frac1{4^k}\cdot\binom{2n-2k}{n-k}\frac1{4^{n-k}}=u_{2k}\,u_{2n-2k}
$$
である($4^n=4^k\cdot4^{n-k}$)。$\square$
この分布は GS06 の第 12.1 節の練習問題 6 (a) で、示す問題として挙げられている。段 3 で「前半で原点に戻った後は、原点から新しく歩き始めたのと同じ」と考えたことが要点である。
すべての歩みには最後に原点にいた時刻がちょうど 1 つあるので、確率を足すと $1$ になる。これを式で書くと、二項係数の恒等式が得られる。
$n\ge1$ について
$$
\sum_{k=0}^n\binom{2k}k\binom{2n-2k}{n-k}=4^n
$$
である。
def-lvr-last より、長さ $2n$ の歩みには $L_{2n}$ の値 $0,2,\ldots,2n$ のどれか 1 つが定まる。事象 $L_{2n}=0$、$L_{2n}=2$、…、$L_{2n}=2n$ は互いに重ならず、合わせるとすべての場合になるので、確率の和は $1$ である。thm-lvr-dist を代入すると $\displaystyle\sum_{k=0}^n\binom{2k}k\binom{2n-2k}{n-k}\frac1{4^n}=1$ で、両辺に $4^n$ を掛けて結論を得る。$\square$
$n=2$:$1\cdot6+2\cdot2+6\cdot1=16=4^2$。$n=3$:$1\cdot20+2\cdot6+6\cdot2+20\cdot1=64=4^3$。
ex-lvr-n4 の $n=4$ の分布 $\dfrac{35}{128},\dfrac5{32},\dfrac9{64},\dfrac5{32},\dfrac{35}{128}$ は、左右対称で、両端から真ん中へ向かって減っている。$n=10$(20 回)の分布は図 2 のとおりで、やはり U 字形になる。
20 回の勝負で、最後に原点にいた時刻の分布。両端の 0 と 20 がいちばん起こりやすく、真ん中の 10 がいちばん起こりにくい U 字形
$n\ge1$ とし、$a_k=P(L_{2n}=2k)=u_{2k}u_{2n-2k}$($0\le k\le n$)とおく。
(1) (対称性)$a_k=a_{n-k}$ である。
(2) (増減)$0\le k\le n-1$ について
$$
\frac{a_{k+1}}{a_k}=\frac{2k+1}{2k+2}\cdot\frac{2n-2k}{2n-2k-1}
$$
であり、$a_{k+1}< a_k$ となるのは $2k+1< n$ のとき、$a_{k+1}=a_k$ となるのは $2k+1=n$ のとき、$a_{k+1}>a_k$ となるのは $2k+1>n$ のときである。したがって、$a_k$ は $k=0$ から真ん中まで減り、真ん中から $k=n$ まで増える。最大値は両端の $a_0=a_n=u_{2n}$ で、最小値は真ん中($n$ が偶数なら $k=\dfrac n2$、奇数なら $k=\dfrac{n-1}2,\dfrac{n+1}2$ の 2 つ)でとる。
(3) (後半に戻らない確率)$n$ が奇数なら、後半の $n$ 回の間($n+1$ 回目から $2n$ 回目まで)に一度も原点に戻らない確率は、ちょうど $\dfrac12$ である。$n$ が偶数なら、その確率は $\dfrac12+\dfrac12a_{n/2}$ で、$\dfrac12$ より大きい。
方針:(1) は式の形から分かる。(2) は隣り合う項の比を ランダムウォークの原点への復帰 の漸化式で計算し、$1$ と比べる。(3) は「後半に戻らない」を「$L_{2n}\le n$」に言いかえ、(1) の対称性で 2 つに分ける。
段 1((1) の証明)。$a_{n-k}=u_{2(n-k)}u_{2n-2(n-k)}=u_{2n-2k}u_{2k}=a_k$ である。
段 2((2) の比)。ランダムウォークの原点への復帰 の命題「$u_{2n}$ の漸化式と積の形」より、$m\ge1$ について $u_{2m}=\dfrac{2m-1}{2m}u_{2m-2}$ である。$m=k+1$ とおくと $\dfrac{u_{2k+2}}{u_{2k}}=\dfrac{2k+1}{2k+2}$ である。$m=n-k$ とおくと $u_{2n-2k}=\dfrac{2n-2k-1}{2n-2k}u_{2n-2k-2}$ なので $\dfrac{u_{2n-2k-2}}{u_{2n-2k}}=\dfrac{2n-2k}{2n-2k-1}$ である($0\le k\le n-1$ なので $m\ge1$)。よって
$$
\frac{a_{k+1}}{a_k}=\frac{u_{2k+2}}{u_{2k}}\cdot\frac{u_{2n-2k-2}}{u_{2n-2k}}=\frac{2k+1}{2k+2}\cdot\frac{2n-2k}{2n-2k-1}
$$
である。
段 3(比と $1$ の大小)。分母 $(2k+2)(2n-2k-1)$ は正なので、比と $1$ の大小は、分子と分母の差の符号で決まる。展開すると
$$
(2k+1)(2n-2k)=4nk-4k^2+2n-2k
$$
$$
(2k+2)(2n-2k-1)=4nk-4k^2-2k+4n-4k-2=4nk-4k^2+4n-6k-2
$$
で、差は
$$
(2k+1)(2n-2k)-(2k+2)(2n-2k-1)=(2n-2k)-(4n-6k-2)=4k+2-2n=2(2k+1-n)
$$
である。よって、$2k+1< n$ なら比は $1$ より小さく、$2k+1=n$ なら $1$、$2k+1>n$ なら $1$ より大きい。
段 4(最大と最小)。段 3 より、$k$ を $0$ から増やすと、$2k+1< n$ の間は $a_k$ が減り、$2k+1>n$ になると増える。$n$ が偶数なら、$k< \dfrac n2$ では $2k+1\le n-1< n$ で減り、$k\ge\dfrac n2$ では $2k+1\ge n+1>n$ で増えるので、最小は $k=\dfrac n2$ である。$n$ が奇数なら、$k=\dfrac{n-1}2$ で比が $1$ になり、$a_{(n-1)/2}=a_{(n+1)/2}$ が最小である。どちらの場合も最大は両端 $k=0$ か $k=n$ のどちらかで、(1) より $a_0=a_n$、その値は $u_0u_{2n}=u_{2n}$ である。
段 5((3) の言いかえ)。後半の $n$ 回の間に一度も原点に戻らないとは、$S_{n+1},\ldots,S_{2n}$ がどれも $0$ でないこと、つまり最後に原点にいた時刻が $n$ 以下であること($L_{2n}\le n$)である。$L_{2n}=2k$ と書くと、条件は $2k\le n$ である。
段 6($n$ が奇数のとき)。$n$ が奇数なら $2k\le n$ は $k\le\dfrac{n-1}2$ と同じである。$k$ の値 $0,1,\ldots,n$ を、$k\le\dfrac{n-1}2$ の組と $k\ge\dfrac{n+1}2$ の組に分ける。$k\mapsto n-k$ はこの 2 つの組を 1 対 1 に入れ替え、(1) より $a_k=a_{n-k}$ なので、2 つの組の確率の和は等しい。合わせて $1$ なので、それぞれ $\dfrac12$ である。
段 7($n$ が偶数のとき)。$n$ が偶数なら、$2k\le n$ は $k\le\dfrac n2$ である。$k<\dfrac n2$ の組と $k>\dfrac n2$ の組は $k\mapsto n-k$ で入れ替わるので、確率の和は等しく、それを $Q$ とすると $2Q+a_{n/2}=1$ である。求める確率は $Q+a_{n/2}=\dfrac{1-a_{n/2}}2+a_{n/2}=\dfrac12+\dfrac12a_{n/2}$ で、$a_{n/2}>0$ なので $\dfrac12$ より大きい。$\square$
thm-lvr-dist で計算すると、次の表になる(小数第 4 位まで)。
| 時刻 $2k$ | $0$ | $2$ | $4$ | $6$ | $8$ | $10$ | $12$ | $14$ | $16$ | $18$ | $20$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 確率 | $0.1762$ | $0.0927$ | $0.0736$ | $0.0655$ | $0.0617$ | $0.0606$ | $0.0617$ | $0.0655$ | $0.0736$ | $0.0927$ | $0.1762$ |
両端の確率 $u_{20}=\dfrac{46189}{262144}\approx0.176$ は、真ん中の確率 $u_{10}^2=\left(\dfrac{63}{256}\right)^2=\dfrac{3969}{65536}\approx0.061$ の約 $2.9$ 倍である。20 回の勝負で、最後に並んだのが 0 回目(一度も並ばない)か 20 回目(最後に並んで終わる)である確率は合わせて約 $0.35$ で、8 回目から 12 回目の 3 つを合わせた約 $0.18$ の 2 倍近い。
比の式で確かめると、$\dfrac{a_1}{a_0}=\dfrac12\cdot\dfrac{20}{19}=\dfrac{10}{19}\approx0.526$、$\dfrac{a_5}{a_4}=\dfrac9{10}\cdot\dfrac{12}{11}=\dfrac{54}{55}\approx0.982$ で、どちらも $1$ より小さい($2k+1< 10$)。
thm-lvr-shape の (3) は意外な結論である。20 回の勝負なら、後半の 10 回に一度も並ばない確率は約 $0.53$ で、半分を超える。長い勝負でも、後半はずっとどちらか一方がリードしたまま、ということが半分以上の確率で起こる。
回数 $2n$ を大きくしたとき、分布 $a_k=u_{2k}u_{2n-2k}$ がどんな形に近づくかを見る。ランダムウォークの原点への復帰 で見たように、$u_{2m}\sqrt{\pi m}$ は $m\to\infty$ で $1$ に近づく($u_{2m}$ と $\dfrac1{\sqrt{\pi m}}$ の比が $1$ に近づく)。$1\le k\le n-1$ について、式を変形すると
$$
a_k\cdot\pi\sqrt{k(n-k)}=\Bigl(u_{2k}\sqrt{\pi k}\Bigr)\cdot\Bigl(u_{2n-2k}\sqrt{\pi(n-k)}\Bigr)
$$
である。右辺の 2 つの因子は、$k$ と $n-k$ がどちらも大きいときどちらも $1$ に近いので、そのとき $a_k$ と $\dfrac1{\pi\sqrt{k(n-k)}}$ の比は $1$ に近い。$x=\dfrac kn$ とおくと
$$
\frac1{\pi\sqrt{k(n-k)}}=\frac1n\cdot\frac1{\pi\sqrt{x(1-x)}}
$$
と書ける。
$0< x< 1$ で $f(x)=\dfrac1{\pi\sqrt{x(1-x)}}$ とおく。上の式は、$a_k$ がおよそ $\dfrac1nf\!\left(\dfrac kn\right)$ であることを示している。GS06 の第 12.3 節は、この見通しから、$x$ を $0$ と $1$ の間の決まった数として
$$
\sum_{k< xn}a_k\approx\int_0^xf(t)\,dt=\frac2\pi\arcsin\sqrt x
$$
と述べている($\approx$ は「近い」の意味で、GS06 はこれを近似として述べている)。大学では、$x$ を固定して $n\to\infty$ とすると左辺が右辺に近づく(差が $0$ に近づく)ことが示され、逆正弦法則 と呼ばれる。この記事では、この極限の主張は証明しない。上の式変形は、$k$ と $n-k$ がどちらも大きいときの各項の大きさの目安であり、和の極限の証明にはなっていない。
右辺の $\dfrac2\pi\arcsin\sqrt x$ が $f$ の原始関数であることは、高校の微分で確かめられる。
逆三角関数(高校数学) の定理「逆三角関数の導関数」より、$-1< y< 1$ で $(\arcsin y)'=\dfrac1{\sqrt{1-y^2}}$ である。$0< x< 1$ で $y=\sqrt x$ とおき、合成関数の微分を使うと
$$
\frac{d}{dx}\left(\frac2\pi\arcsin\sqrt x\right)=\frac2\pi\cdot\frac1{\sqrt{1-x}}\cdot\frac1{2\sqrt x}=\frac1{\pi\sqrt{x(1-x)}}=f(x)
$$
である。また $x=\dfrac12$ では $\dfrac2\pi\arcsin\dfrac1{\sqrt2}=\dfrac2\pi\cdot\dfrac\pi4=\dfrac12$ で、thm-lvr-shape の (3)「後半に戻らない確率は($n$ が奇数なら)ちょうど $\dfrac12$」と合っている。$f(x)$ は $x=\dfrac12$ で最小、$x\to0$ や $x\to1$ で限りなく大きくなり、図 2 の U 字形と同じ形をしている。
$\displaystyle\sum_{k< xn}a_k$(最後に原点にいた時刻が $2xn$ より前である確率)を計算すると、次の表になる。
| $x$ | $n=10$ | $n=50$ | $n=200$ | $\frac2\pi\arcsin\sqrt x$ |
|---|---|---|---|---|
| $0.1$ | $0.1762$ | $0.1986$ | $0.2032$ | $0.2048$ |
| $0.2$ | $0.2689$ | $0.2897$ | $0.2938$ | $0.2952$ |
| $0.3$ | $0.3426$ | $0.3635$ | $0.3676$ | $0.3690$ |
$n=50$(100 回)、$x=0.2$ では $0.290$ で、$\dfrac2\pi\arcsin\sqrt{0.2}\approx0.295$ に近い(図 3)。100 回の勝負で、最後に並んだのが 20 回目より前である確率が約 $29\%$ ある。この表は有限の $n$ での値で、近づくことの証明ではない。
100 回の勝負(n = 50)で、最後に原点にいた時刻が 2xn より前である確率(階段)と、2/π arcsin √x の曲線(破線)。2 つはほぼ重なる
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| thm-lvr-shape の (3) の「$n$ が奇数」 | ex-lvr-cx-even:$n=10$ | 後半に戻らない確率がちょうど $\frac12$ にならない(約 $0.530$) |
| 硬貨の確率 $\frac12$(左右を偏らせる。独立性は保つ) | ex-lvr-cx-biased:$p=\frac23$、$n=2$ | 分布が $u_{2k}u_{2n-2k}$ の形にならず、左右対称でもない |
| (予想)「最後に並ぶのは真ん中あたりが多い」 | ex-lvr-cx-middle:$n=10$ | 真ん中がいちばん起こりにくい |
$n=10$(20 回)では、thm-lvr-shape の (3) の偶数の場合の式で、後半の 10 回に一度も原点に戻らない確率は
$$
\frac12+\frac12a_5=\frac12+\frac12\cdot\frac{3969}{65536}=\frac{69505}{131072}\approx0.530
$$
で、$\dfrac12$ より大きい。$n$ が奇数のときに $\dfrac12$ ちょうどになるのは、$k\le\dfrac{n-1}2$ と $k\ge\dfrac{n+1}2$ がちょうど半分ずつに分かれるからで、$n$ が偶数だと真ん中の $k=\dfrac n2$ が「後半に戻らない」側に入る分だけ多くなる。ex-lvr-half の (3) の $n=4$ でも $\dfrac{73}{128}\approx0.570$ である。$n$ を大きくすると $a_{n/2}=u_n^2$($n$ が偶数)は $0$ に近づくので、この確率は $\dfrac12$ に近づく($n=20$ では約 $0.516$)。
表($+1$)の確率を $p=\dfrac23$、裏($-1$)の確率を $q=\dfrac13$ にして、$n=2$(4 回)で $L_4$ の分布を求める。
(1) $L_4=4$:4 回目に原点にいる確率で、$+1$ と $-1$ が 2 回ずつの並び 6 通りがどれも確率 $p^2q^2=\dfrac4{81}$ なので、$6\cdot\dfrac4{81}=\dfrac{24}{81}$ である。
(2) $L_4=2$:2 回目に原点にいて(確率 $2pq=\dfrac49$)、その後の 2 回が $++$ か $--$(確率 $p^2+q^2=\dfrac59$)なので、$\dfrac49\cdot\dfrac59=\dfrac{20}{81}$ である。
(3) $L_4=0$:残りで、$1-\dfrac{24}{81}-\dfrac{20}{81}=\dfrac{37}{81}$ である。
$P(L_4=0)=\dfrac{37}{81}$ と $P(L_4=4)=\dfrac{24}{81}$ は等しくなく、thm-lvr-shape の (1) の対称性は成り立たない。thm-lvr-dist の証明の段 3 で使った鍵の等式が、$p\ne\dfrac12$ では成り立たない(2 回目まで戻らない確率 $\dfrac59$ と 2 回目に原点にいる確率 $\dfrac49$ が違う)ことが原因である。
ex-lvr-n10 の表のとおり、20 回の勝負で最後に原点にいた時刻が $10$ である確率は約 $0.061$ で、11 個の値の中でいちばん小さい。いちばん大きいのは $0$ と $20$ の約 $0.176$ である。thm-lvr-shape の (2) により、これは何回の勝負でも同じで、分布はいつも U 字形になる。「表と裏は同じ確率で出るのだから、点差は 0 のまわりを行き来し、最後に並ぶのは真ん中あたりが多いだろう」という予想は成り立たない。
GS06 の第 12.3 節は、同じ分布 $u_{2k}u_{2n-2k}$ が別の問いにも現れることを述べている。2 人の硬貨投げの勝負で、A が「リードしている」回数を数える(点数の差の折れ線が横軸より上にある区間の数。差が $0$ の時刻は、直前に上にいたら A のリードと数える)。Theorem 12.4 は、$2n$ 回の勝負で A がちょうど $2k$ 回リードしている確率が $u_{2k}u_{2n-2k}$ であることを示している。したがって、A がリードしている回数として最も起こりやすいのは $0$ 回と $2n$ 回で、最も起こりにくいのは $n$ 回(半分)である。「長い勝負なら、リードしている時間はだいたい半々」という予想は、ここでも成り立たない。この記事ではこの定理は証明しない。
$n=3$(6 回)のとき、最後に原点にいた時刻の分布を求め、後半の 3 回に一度も原点に戻らない確率が $\dfrac12$ であることを確かめよ。
thm-lvr-dist より、時刻 $0,2,4,6$ の確率は $u_0u_6=\frac5{16}$、$u_2u_4=\frac12\cdot\frac38=\frac3{16}$、$u_4u_2=\frac3{16}$、$u_6u_0=\frac5{16}$。和は $\frac{16}{16}=1$。後半の 3 回(4〜6 回目)に戻らないのは最後の時刻が $3$ 以下、つまり $0$ か $2$ のときで、確率は $\frac5{16}+\frac3{16}=\frac12$。
$n=50$(100 回)のとき、最後に原点にいた時刻が $50$ より前である確率 $\displaystyle\sum_{k=0}^{24}a_k$ を、thm-lvr-shape の (1) を使って $a_{25}$ で表し、$\dfrac12$ より少し小さいことを示せ。$u_{50}\approx0.1123$ を使って値を求めよ。
$k\mapsto50-k$ は $k\le24$ の組と $k\ge26$ の組を入れ替え、$a_k=a_{50-k}$ なので 2 つの組の確率の和は等しい。それを $Q$ とすると $2Q+a_{25}=1$ で、$Q=\frac12-\frac12a_{25}$。$a_{25}=u_{50}u_{50}\approx0.1123^2\approx0.0126$ なので、$Q\approx0.5-0.0063=0.4937$。$\frac2\pi\arcsin\sqrt{0.5}=\frac12$ に近い値である。
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