完備距離空間

同義語:complete metric space

概要

完備距離空間(complete metric space)とは、任意の Cauchy 列がその空間の点に収束する距離空間のことである。実数全体、Euclid 空間、閉区間上の連続関数の空間(上限距離)は完備であり、通常の距離を入れた有理数全体や開区間は完備でない。完備性は距離によって決まる性質で、開区間と実数全体のように、同相な距離空間の一方だけが完備であることがある。完備距離空間の部分集合は閉集合であるときに限り完備である。任意の距離空間は、稠密な像をもつ等長写像で完備距離空間に埋め込まれ(完備化)、この完備化は等長写像を除いて一意である。空でない完備距離空間上の縮小写像はただ一つの不動点をもち、空でない完備距離空間では Baire のカテゴリー定理が成り立つ。コンパクトな距離空間は完備である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 距離空間, Cauchy列, 収束, 閉集合, 閉包
完備距離空間は、「項どうしがいくらでも近づく点列は、必ず空間の中に行き先をもつ」という性質をもつ距離空間である。記法は 距離空間・Cauchy列 の記事に合わせ、距離空間 $(X,d)$ の中心 $x$、半径 $r$ の開球を $B(x,r)$ と書く。

定義

完備な距離空間

距離空間 $(X,d)$ の点列 $(x_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が Cauchy列であるとは、任意の実数 $\varepsilon>0$ に対してある $N\in\mathbb{N}$ が存在し、$m,n\ge N$ ならば $d(x_m,x_n)<\varepsilon$ となることをいう。
$(X,d)$ が完備(complete)であるとは、$X$ の任意の Cauchy列が $X$ のある点に収束することをいう。完備な距離空間を完備距離空間(complete metric space)という。部分集合 $A\subset X$ が完備であるとは、距離 $d$ を $A\times A$ に制限した距離空間 $(A,d)$ が完備であることをいう。

空集合は Cauchy列をもたないので、空の距離空間は定義により完備である。
収束する点列はつねに Cauchy列である(Cauchy列 の記事の命題「収束列は Cauchy列」)。完備性はその逆を空間の側から保証する条件である。また、Cauchy列が収束する部分列を一つでももてば、その列自身が同じ点に収束する(Cauchy列 の記事の命題「部分列との関係」)。したがって、$X$ が完備であることは、$X$ の任意の Cauchy列が収束する部分列をもつことと同値である。
完備性は距離 $d$ によって決まる性質であり、$d$ が定める位相だけでは決まらない。同じ位相を定める二つの距離の一方だけが完備であることがあり、完備な距離空間と同相写像で結ばれる距離空間が完備でないこともある(ex-complete-metric-space-open-interval)。

直感

解析学では、求めたい量を直接書けないとき、近似の列を作ってその極限として量を得る。近似の誤差が小さくなって列が Cauchy列になることは、列の項だけを見て確かめられる。しかし、その極限が作業している空間の中にあるかどうかは空間の側の問題である。$\sqrt2$ に近づく有理数の列は有理数の中では極限をもたず、有理数全体 $\mathbb{Q}$ には「穴」がある。完備距離空間は、このような穴がなく、近似の極限が空間から抜け落ちない空間である。一方で、完備性は「閉じている」とは別の概念である。閉集合は周りの空間に対する相対的な性質だが、完備性は距離空間それ自身の性質であり、完備な空間の中で両者が一致する(prop-complete-metric-space-closed)。

例と反例

実数全体とEuclid空間

通常の距離 $d(x,y)=|x-y|$ を入れた実数全体 $\mathbb{R}$ は完備である。これは Cauchy列 の記事の定理「実数列の Cauchy判定法」の内容であり、実数の連続性の一つの表現である。
$n\ge1$ とし、Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ に Euclid ノルム(ノルム) $\|x\|=\bigl(\sum_{i=1}^n(x^i)^2\bigr)^{1/2}$ から定まる距離 $d(x,y)=\|x-y\|$ を入れる($x=(x^1,\dots,x^n)$)。このとき $\mathbb{R}^n$ も完備である。実際、各 $i$ について
$$ |x^i-y^i|\le\|x-y\|\le\sqrt n\,\max_{1\le j\le n}|x^j-y^j| $$
が成り立つ。$(x_k)_{k\in\mathbb{N}}$ が $\mathbb{R}^n$ の Cauchy列なら、左の不等式により各座標の列 $(x_k^i)_k$ は $\mathbb{R}$ の Cauchy列であり、$\mathbb{R}$ の完備性からある実数 $x^i$ に収束する。$x:=(x^1,\dots,x^n)$ とおくと、右の不等式により $\|x_k-x\|\le\sqrt n\max_j|x_k^j-x^j|\to0$ である。よって $(x_k)$ は $x$ に収束する。同じ議論により、$\mathbb{R}^2$ と同一視した複素数全体 $\mathbb{C}$ も $|z-w|$ について完備である。

離散距離空間

任意の集合 $X$ に、距離空間 の記事の例「離散距離」の距離($x\ne y$ のとき $d(x,y)=1$)を入れた空間は完備である。$(x_n)$ を Cauchy列とすると、$\varepsilon=1$ に対してある $N$ があり、$m,n\ge N$ ならば $d(x_m,x_n)<1$、すなわち $x_m=x_n$ である。よって $(x_n)$ は第 $N$ 項以後 $x_N$ に等しく、$x_N$ に収束する。

反例:有理数全体

通常の距離を入れた有理数全体 $\mathbb{Q}$ は完備でない。$\sqrt2$ の十進展開を小数第 $n$ 位で切り捨てた有理数の列は $\mathbb{Q}$ の Cauchy列だが、$\mathbb{Q}$ の点には収束しない(Cauchy列 の記事の例「有理数の中で収束しない Cauchy列」)。
満たす性質:距離空間であり、その中で収束する列は Cauchy列である。満たさない性質:完備性。破る含意:「距離空間の Cauchy列は収束する」。完備でないことは発散する列があることではなく、Cauchy列であるのに空間の中に極限をもたない列があることを意味する。

反例:開区間と実数全体

通常の距離を入れた開区間 $(0,1)$ は完備でない。列 $x_n=1/(n+2)$ は $\mathbb{R}$ で $0$ に収束するので Cauchy列であり(収束列は Cauchy列)、$\mathbb{R}$ における極限の一意性から、$(0,1)$ の点 $x$ に収束するなら $x=0$ となるが、$0\notin(0,1)$ である。
一方、$h(t):=\tan\bigl(\pi(t-\tfrac12)\bigr)$ は $(0,1)$ から $\mathbb{R}$ への連続な全単射で、逆写像 $h^{-1}(x)=\tfrac1\pi\arctan x+\tfrac12$ も連続なので、$h$ は同相写像である。よって $(0,1)$ は完備な $\mathbb{R}$ と同相である。
満たす性質:完備距離空間と同相である。満たさない性質:完備性。破る含意:「完備距離空間と同相な距離空間は完備である」。すなわち完備性は位相的性質ではない。他方、$\rho(s,t):=|h(s)-h(t)|$ は $(0,1)$ 上の距離で、通常の位相を定め($h$ が同相写像だから)、$h$ によって $(0,1)$ を完備な $\mathbb{R}$ と距離まで込めて同一視するので完備である。このように「位相を変えずに完備な距離を選べる」という性質(完備距離化可能空間)は位相的性質であり、完備性そのものとは区別する。

反例:有界で完備だがコンパクトでない空間

$\mathbb{R}$ 上に $d'(x,y):=\min\{|x-y|,1\}$ と置くと、$d'$ は距離である(非負性・分離性・対称性は明らかで、三角不等式は、$|x-y|\ge1$ または $|y-z|\ge1$ なら右辺 $d'(x,y)+d'(y,z)\ge1\ge d'(x,z)$、そうでなければ右辺 $=|x-y|+|y-z|\ge|x-z|\ge d'(x,z)$ による)。$0< r\le1$ のとき $d'$ の開球は通常の開球 $(x-r,x+r)$ と一致するので、$d'$ は通常の位相を定め、$0<\varepsilon<1$ に対する Cauchy条件も通常の距離のものと一致する。よって $(\mathbb{R},d')$ の Cauchy列は通常の意味の Cauchy列であり、$\mathbb{R}$ で収束するので、$(\mathbb{R},d')$ は完備である。また $d'\le1$ なので有界である。しかし位相は通常の $\mathbb{R}$ と同じなので、コンパクト空間ではない(列 $x_n=n$ は収束する部分列をもたない)。
満たす性質:完備、有界。満たさない性質:コンパクト性。破る含意:「完備かつ有界な距離空間はコンパクトである」。$\mathbb{R}^n$ で成り立つ「有界閉集合はコンパクト」(コンパクト空間 の記事の定理「有界閉集合とコンパクト性の一致」)は一般の完備距離空間には拡張されず、有界の代わりに全有界性が要る(rem-complete-metric-space-compact)。無限集合に離散距離を入れた空間も、完備で有界だがコンパクトでない。

性質

部分空間と関数空間

閉部分集合と完備性

$(X,d)$ を距離空間、$A\subset X$ とする。

  1. $A$ が完備ならば、$A$ は $X$ の閉集合である。
  2. $X$ が完備で $A$ が $X$ の閉集合ならば、$A$ は完備である。
    とくに、完備距離空間の部分集合について、完備であることと閉集合であることは同値である。

1:$x\in\overline A$($A$ の閉包)をとる。各 $n\in\mathbb{N}$ について開球 $B(x,1/(n+1))$ は $A$ と交わるので、$a_n\in A\cap B(x,1/(n+1))$ を選ぶ(可算選択公理)。$d(a_n,x)<1/(n+1)$ なので $a_n\to x$ であり、$(a_n)$ は $X$ の Cauchy列、したがって $A$ の Cauchy列である。$A$ の完備性からある $a\in A$ に $a_n\to a$ となる。距離空間では点列の極限は一意なので(収束 の記事の命題「Hausdorff空間では極限は一意」)$x=a\in A$ である。よって $\overline A=A$ であり、$A$ は閉集合である。
2:$(a_n)$ を $A$ の Cauchy列とすると、$X$ の Cauchy列でもあるので、$X$ の完備性からある $x\in X$ に収束する。$x$ は $A$ の点列の極限なので $x\in\overline A=A$ である。よって $(a_n)$ は $A$ の点に収束する。$\square$

1 は周りの空間 $X$ に何も仮定しない。たとえば $\mathbb{Q}$ の中の $\mathbb{Z}$ は完備(ex-complete-metric-space-discrete と同様に、Cauchy列は $\varepsilon=1/2$ で最終的に定数になる)なので $\mathbb{Q}$ の閉集合である。2 の完備性の仮定は落とせない。$\mathbb{Q}$ は $\mathbb{Q}$ 自身の閉集合だが完備でない。

有界関数と有界連続関数の空間の完備性

$S$ を空でない集合とし、$S$ 上の有界な実数値関数全体 $B(S)$ に上限距離 $d_\infty(f,g)=\sup_{s\in S}|f(s)-g(s)|$ を入れる(距離空間 の記事の例「有界関数の上限距離」)。

  1. $(B(S),d_\infty)$ は完備である。
  2. $S$ が位相空間のとき、有界な実数値連続写像全体 $C_b(S)\subset B(S)$ は $B(S)$ の閉集合であり、したがって $d_\infty$ について完備である。

1:$(f_n)$ を $B(S)$ の Cauchy列とする。各 $s\in S$ について $|f_m(s)-f_n(s)|\le d_\infty(f_m,f_n)$ なので、$(f_n(s))_n$ は実数の Cauchy列であり、$\mathbb{R}$ の完備性から極限 $f(s):=\lim_nf_n(s)$ が存在する。$\varepsilon>0$ に対し、$m,n\ge N$ ならば $d_\infty(f_m,f_n)<\varepsilon$ となる $N$ をとる。$n\ge N$ と $s\in S$ を固定して $|f_m(s)-f_n(s)|<\varepsilon$ で $m\to\infty$ とすると、$|f(s)-f_n(s)|\le\varepsilon$ を得る。とくに $|f(s)|\le\sup_{t\in S}|f_N(t)|+\varepsilon$ なので $f\in B(S)$ であり、$n\ge N$ ならば $d_\infty(f_n,f)\le\varepsilon$ である。よって $(f_n)$ は $f$ に収束する。
2:$f_n\in C_b(S)$ が $d_\infty$ について $f\in B(S)$ に収束するとし、$f$ が連続であることを示す。$s_0\in S$ と $\varepsilon>0$ をとり、$d_\infty(f_n,f)<\varepsilon/3$ となる $n$ を一つ固定する。$f_n$ は連続なので、$s_0$ の開近傍 $W$ で、$s\in W$ ならば $|f_n(s)-f_n(s_0)|<\varepsilon/3$ となるものがある。$s\in W$ ならば
$$ |f(s)-f(s_0)|\le|f(s)-f_n(s)|+|f_n(s)-f_n(s_0)|+|f_n(s_0)-f(s_0)|<\varepsilon $$
である。よって $f$ は $s_0$ で連続であり、$f\in C_b(S)$ となる。$C_b(S)$ は極限をとる操作で閉じているので、prop-complete-metric-space-closed の 1 の証明と同じ議論(閉包の点は $C_b(S)$ の点列の極限である)により $B(S)$ の閉集合であり、prop-complete-metric-space-closed の 2 により完備である。$\square$

閉区間 $[a,b]$ 上の実数値連続関数はコンパクト空間上の連続関数なので有界であり(コンパクト空間 の記事の定理「最大値・最小値の存在」)、$C([a,b])=C_b([a,b])$ である。したがって $C([a,b])$ は上限距離について完備である。上限距離による収束は一様収束にほかならず、2 は「連続関数の一様収束極限は連続」という事実を含んでいる。

閉集合の減少列

距離空間の部分集合 $F$ の直径を $\operatorname{diam}F:=\sup\{d(x,y)\mid x,y\in F\}$ と書く(空でない有界集合では有限の値)。

閉集合の減少列による特徴づけ

距離空間 $(X,d)$ について、次は同値である。

  1. $X$ は完備である。
  2. 空でない閉集合の減少列 $F_0\supset F_1\supset F_2\supset\cdots$ で $\operatorname{diam}F_n\to0$ となるものは、つねに共通部分 $\bigcap_nF_n$ をもち、それはちょうど一点からなる。

1 ⇒ 2:各 $n$ について $x_n\in F_n$ を選ぶ(可算選択公理)。$m,n\ge N$ ならば $x_m,x_n\in F_N$ なので $d(x_m,x_n)\le\operatorname{diam}F_N$ であり、$\operatorname{diam}F_N\to0$ から $(x_n)$ は Cauchy列である。完備性からある $x\in X$ に $x_n\to x$ となる。$n$ を固定すると、$m\ge n$ のすべての $x_m$ は閉集合 $F_n$ に属するので、その極限 $x$ も $F_n$ に属する。よって $x\in\bigcap_nF_n$ である。$y$ も共通部分の点なら、すべての $n$ で $d(x,y)\le\operatorname{diam}F_n$ なので $d(x,y)=0$、すなわち $y=x$ である。
2 ⇒ 1:$(x_n)$ を Cauchy列とし、$T_n:=\{x_m\mid m\ge n\}$、$F_n:=\overline{T_n}$ とおく。$F_n$ は空でない閉集合の減少列である。$p,q\in F_n$ と $\eta>0$ に対し、$d(p,p')<\eta$、$d(q,q')<\eta$ となる $p',q'\in T_n$ があるので $d(p,q)<\operatorname{diam}T_n+2\eta$ であり、$\operatorname{diam}F_n=\operatorname{diam}T_n$ となる。Cauchy列 の記事の命題「尾部の直径による特徴づけ」により $\operatorname{diam}T_n\to0$ なので、2 から $x\in\bigcap_nF_n$ がとれる。$x_n,x\in F_n$ より $d(x_n,x)\le\operatorname{diam}F_n\to0$ なので $(x_n)$ は $x$ に収束する。$\square$

1 ⇒ 2 は Cantorの共通部分定理 と呼ばれる。直径の条件は落とせない。完備な $\mathbb{R}$ で $F_n:=[n,\infty)$ は空でない閉集合の減少列だが、$\bigcap_nF_n=\emptyset$ である。この例は「空でない閉集合の減少列」という性質を満たすが「直径が $0$ に収束する」という性質を満たさず($\operatorname{diam}F_n=\infty$)、「完備距離空間では空でない閉集合の減少列は共通点をもつ」という含意を破る。

一様連続写像の延長と完備化

距離空間の間の写像 $f\colon(A,d_A)\to(Y,d_Y)$ が一様連続であるとは、任意の $\varepsilon>0$ に対してある $\delta>0$ が存在し、$a,a'\in A$、$d_A(a,a')<\delta$ ならば $d_Y(f(a),f(a'))<\varepsilon$ となることをいう。$d_Y(f(a),f(a'))=d_A(a,a')$ がつねに成り立つ写像を等長写像という。等長写像は一様連続であり($\delta=\varepsilon$)、単射である。

一様連続写像の延長

$(X,d_X)$ を距離空間、$A\subset X$ を稠密な部分集合、$(Y,d_Y)$ を完備距離空間、$f\colon A\to Y$ を一様連続写像とする。このとき、$f$ の延長である連続写像 $F\colon X\to Y$($F|_A=f$)がただ一つ存在し、$F$ は一様連続である。$f$ が等長写像ならば $F$ も等長写像である。

$x\in X$ とする。$A$ は稠密なので、prop-complete-metric-space-closed の 1 の証明と同様に、$x$ に収束する $A$ の点列 $(a_n)$ がとれる。$(a_n)$ は Cauchy列であり、一様連続写像は Cauchy列を Cauchy列に移すので(Cauchy列 の記事の命題「一様連続写像による保存」)、$(f(a_n))$ は $Y$ の Cauchy列であり、$Y$ の完備性から収束する。極限は列の選び方によらない。実際、$(a'_n)$ も $x$ に収束する $A$ の点列なら、交互に並べた列 $a_0,a'_0,a_1,a'_1,\dots$ も $x$ に収束するので、その像も収束し、その二つの部分列 $(f(a_n))$、$(f(a'_n))$ の極限は一致する。そこで $F(x):=\lim_nf(a_n)$ と定める。$x\in A$ なら定数列 $a_n=x$ をとれるので $F(x)=f(x)$ である。
一様連続性:$\varepsilon>0$ に対し、$a,a'\in A$、$d_X(a,a')<\delta$ ならば $d_Y(f(a),f(a'))<\varepsilon$ となる $\delta>0$ をとる。$x,x'\in X$、$d_X(x,x')<\delta$ とし、$a_n\to x$、$a'_n\to x'$ となる $A$ の点列をとる。三角不等式から $|d_X(a_n,a'_n)-d_X(x,x')|\le d_X(a_n,x)+d_X(a'_n,x')\to0$ なので、十分大きい $n$ で $d_X(a_n,a'_n)<\delta$、したがって $d_Y(f(a_n),f(a'_n))<\varepsilon$ である。同様に $d_Y(f(a_n),f(a'_n))\to d_Y(F(x),F(x'))$ なので $d_Y(F(x),F(x'))\le\varepsilon$ となる。よって $F$ は一様連続であり、とくに連続である。
一意性:$G\colon X\to Y$ も $f$ の連続な延長とする。$x\in X$ と $a_n\to x$ に対し、連続写像は点列の収束を保つので(収束 の記事の命題「連続写像は収束を保つ」)、$G(x)=\lim_nG(a_n)=\lim_nf(a_n)=F(x)$ である。
等長性:$f$ が等長写像なら、上の記号で $d_Y(F(x),F(x'))=\lim_nd_Y(f(a_n),f(a'_n))=\lim_nd_X(a_n,a'_n)=d_X(x,x')$ である。$\square$

$Y$ の完備性は落とせない。$A=\mathbb{Q}$、$X=\mathbb{R}$、$Y=\mathbb{Q}$ とし、$f$ を恒等写像 $\mathbb{Q}\to\mathbb{Q}$ とすると、$f$ は等長写像だが、$\mathbb{R}$ から $\mathbb{Q}$ への連続な延長 $F$ は存在しない。存在すれば、$\sqrt2$ に収束する有理数列 $(a_n)$ について $F(\sqrt2)=\lim_na_n$ が $\mathbb{Q}$ の中の極限となり、ex-complete-metric-space-rationals に反する。また、一様連続を連続に弱めることもできない。$A=(0,1)\cup(1,2)$ を $X=[0,2]$ の稠密な部分集合とし、$f$ を $(0,1)$ 上で $0$、$(1,2)$ 上で $1$ とすると、$f$ は連続だが、$1$ での値をどう定めても連続な延長はない。

距離空間の完備化

距離空間 $(X,d)$ の完備化(completion)とは、完備距離空間 $(\widehat X,\widehat d)$ と等長写像 $\iota\colon X\to\widehat X$ の組であって、像 $\iota(X)$ が $\widehat X$ で稠密であるものをいう。

完備化の存在と一意性

任意の距離空間 $(X,d)$ は完備化 $(\widehat X,\iota)$ をもつ。さらに $(\widehat X',\iota')$ も $X$ の完備化ならば、全単射な等長写像 $j\colon\widehat X\to\widehat X'$ で $j\circ\iota=\iota'$ を満たすものがただ一つ存在する。

存在:$X=\emptyset$ なら $\widehat X=\emptyset$ とすればよい。$X\neq\emptyset$ とし、点 $a\in X$ を固定する。$x\in X$ に対し、関数 $\varphi_x\colon X\to\mathbb{R}$ を
$$ \varphi_x(z):=d(z,x)-d(z,a) $$
で定める。三角不等式により $|d(z,x)-d(z,y)|\le d(x,y)$ がすべての $z$ で成り立つので、$|\varphi_x(z)|\le d(x,a)$ から $\varphi_x\in B(X)$ であり、$x,y\in X$ について
$$ d_\infty(\varphi_x,\varphi_y)=\sup_{z\in X}|d(z,x)-d(z,y)|\le d(x,y) $$
である。$z=y$ とすると $|d(y,x)-d(y,y)|=d(x,y)$ なので、上限は $d(x,y)$ に等しい。よって $\iota(x):=\varphi_x$ は等長写像 $X\to B(X)$ である。$\widehat X$ を $\iota(X)$ の $B(X)$ における閉包とし、$\widehat d$ を $d_\infty$ の制限とする。$B(X)$ は完備なので(prop-complete-metric-space-bounded-functions の 1)、その閉集合 $\widehat X$ は完備であり(prop-complete-metric-space-closed の 2)、$\iota(X)$ は定義により $\widehat X$ で稠密である。
一意性:$\iota'\circ\iota^{-1}\colon\iota(X)\to\widehat X'$ は等長写像であり、$\iota(X)$ は $\widehat X$ で稠密、$\widehat X'$ は完備である。thm-complete-metric-space-extension により、これは等長写像 $j\colon\widehat X\to\widehat X'$ に延長され、$j\circ\iota=\iota'$ となる。同様に $\iota\circ\iota'^{-1}$ は等長写像 $k\colon\widehat X'\to\widehat X$ に延長される。$k\circ j\colon\widehat X\to\widehat X$ は連続で $\iota(X)$ 上で恒等写像なので、thm-complete-metric-space-extension の一意性(恒等写像 $\iota(X)\to\widehat X$ の連続な延長は一つ)により $k\circ j=\mathrm{id}$ であり、同様に $j\circ k=\mathrm{id}$ である。よって $j$ は全単射である。$j$ の一意性も、$j\circ\iota=\iota'$ を満たす連続写像が $\iota(X)$ 上で決まることと延長の一意性から従う。$\square$

別の構成として、$X$ の Cauchy列全体を「$d(x_n,y_n)\to0$」で同一視した集合に距離 $\lim_nd(x_n,y_n)$ を入れる方法がある(Cauchy列 の記事の補足「完備化」)。一意性により、どちらの構成も同じ完備化を与える。通常の距離を入れた $\mathbb{Q}$ の完備化は $\mathbb{R}$ であり($\mathbb{R}$ は完備で $\mathbb{Q}$ は $\mathbb{R}$ で稠密なので、組 $(\mathbb{R},\mathbb{Q}\hookrightarrow\mathbb{R})$ が完備化の定義を満たす)、p進距離を入れた $\mathbb{Q}$ の完備化が p進数 体 $\mathbb{Q}_p$ である。距離空間 $X$ の部分集合 $A$ について、$X$ が完備なら $A$ の完備化は閉包 $\overline A$ で与えられる(prop-complete-metric-space-closed の 2 と閉包の稠密性による)。

縮小写像の不動点

$(X,d)$ の写像 $T\colon X\to X$ が縮小写像(contraction、縮小写像)であるとは、定数 $0\le c<1$ が存在して、すべての $x,y\in X$ について $d(T(x),T(y))\le c\,d(x,y)$ となることをいう。

縮小写像の不動点定理

$(X,d)$ を空でない完備距離空間、$T\colon X\to X$ を定数 $c$($0\le c<1$)の縮小写像とする。このとき $T$ はただ一つの不動点 $x^\ast$($T(x^\ast)=x^\ast$)をもつ。さらに任意の $x_0\in X$ から $x_{n+1}:=T(x_n)$ で定めた列は $x^\ast$ に収束し、
$$ d(x_n,x^\ast)\le\frac{c^n}{1-c}\,d(x_1,x_0)\qquad(n\in\mathbb{N}) $$
が成り立つ。

帰納法により $d(x_{k+1},x_k)\le c^k\,d(x_1,x_0)$ である($d(x_{k+1},x_k)=d(T(x_k),T(x_{k-1}))\le c\,d(x_k,x_{k-1})$)。$m>n$ ならば三角不等式から
$$ d(x_m,x_n)\le\sum_{k=n}^{m-1}d(x_{k+1},x_k)\le\sum_{k=n}^{\infty}c^k\,d(x_1,x_0)=\frac{c^n}{1-c}\,d(x_1,x_0) $$
であり、$c^n\to0$ なので $(x_n)$ は Cauchy列である。完備性からある $x^\ast\in X$ に $x_n\to x^\ast$ となる。$T$ は $d(T(x),T(y))\le c\,d(x,y)$ を満たすので連続であり、$T(x^\ast)=\lim_nT(x_n)=\lim_nx_{n+1}=x^\ast$ である。上の不等式で $m\to\infty$ とすると誤差の評価を得る(距離の連続性は thm-complete-metric-space-extension の証明と同じ三角不等式の評価による)。$y^\ast$ も不動点なら $d(x^\ast,y^\ast)=d(T(x^\ast),T(y^\ast))\le c\,d(x^\ast,y^\ast)$ で $c<1$ なので $d(x^\ast,y^\ast)=0$ である。$\square$

この定理は縮小写像の原理(Banach の不動点定理)と呼ばれ、常微分方程式の解の存在と一意性(Picard–Lindelöfの定理)や逆関数定理の証明(Rud76 Chapter 9)で、適当な関数空間の完備性と組み合わせて使われる。仮定はどちらも落とせない。

  • 完備性:$X=(0,1]$ 上の $T(x)=x/2$ は定数 $1/2$ の縮小写像だが、不動点 $x=0$ は $X$ に属さない。$(0,1]$ は完備でない(ex-complete-metric-space-open-interval と同じ列 $1/(n+2)$ による)。
  • 一様な定数 $c<1$:完備な $X=[1,\infty)$($\mathbb{R}$ の閉集合)上の $T(x)=x+1/x$ は、$x\neq y$ で $|T(x)-T(y)|=|x-y|\,(1-\tfrac1{xy})<|x-y|$ を満たすが、$T(x)=x$ は $1/x=0$ を意味するので不動点をもたない。この例は「距離を真に縮める」という性質を満たすが「定数 $c<1$ で一様に縮める」という性質を満たさず、「距離を真に縮める写像は完備距離空間で不動点をもつ」という含意を破る。

他の性質との関係

コンパクト性・Baire 性との関係

コンパクトな距離空間は完備であり、距離空間がコンパクトであることは、完備かつ全有界であることと同値である。証明は 全有界 の記事の定理「コンパクト性との関係」にあり、同じ記事の系「完備距離空間の中の全有界集合」は、完備距離空間の部分集合が全有界であることと閉包がコンパクトであることの同値を与える。
空でない完備距離空間は Baire空間である。すなわち可算個の稠密な開集合の共通部分は稠密であり、空間は内点をもたない可算個の閉集合の和集合にならない(Baireのカテゴリー定理 の記事の定理「Baire のカテゴリー定理」。完備距離空間の場合の証明が同記事にある)。同記事の例「有理数全体は Baire 空間でない」とあわせると、$\mathbb{Q}$ の位相を定めるどの距離も完備でない。これは ex-complete-metric-space-open-interval の $(0,1)$ と対照的である。

ノルム空間と一様空間への広がり

ノルム空間で距離 $d(x,y)=\|x-y\|$ について完備なものを Banach空間 という。$\mathbb{R}^n$、$C([a,b])$(上限ノルム)、$B(S)$ はその例であり、Lp空間 $L^p$($1\le p\le\infty$)も完備である。Baire のカテゴリー定理を通じて、一様有界性原理・開写像定理・閉グラフ定理などの関数解析の基本定理が Banach 空間の完備性から導かれる。
距離の数値を使わない一般化として、一様空間では Cauchy フィルター(Cauchyフィルター)によって完備性を定義する。距離から定まる一様構造について、この完備性と本記事の完備性が一致することは 一様空間 の記事の命題「距離空間における完備性の一致」が示している。

本記事の定義と基本性質(閉部分集合、減少列による特徴づけ、有界関数の空間への埋め込みによる完備化)はおおむね Mun00 §43 に、一様連続写像の延長と完備化の一意性は Kel75 Chapter 6 に、縮小写像の不動点定理は Rud76 Chapter 9 に従う。

関連項目

参考文献

[1]
James R. Munkres, Topology, 2nd ed., Prentice Hall, 2000, §43(Complete Metric Spaces:完備性、閉部分空間、有界関数の空間の完備性、有界関数の空間への等長埋め込みによる完備化)
[2]
John L. Kelley, General Topology, Graduate Texts in Mathematics 27, Springer-Verlag, 1975, Chapter 6(Uniform spaces:一様連続写像の延長、完備化の一意性)
[3]
Walter Rudin, Principles of Mathematical Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1976, Chapter 9(縮小写像の原理と逆関数定理)

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