極大元(maximal element)とは、半順序集合 $P$ の元 $m$ で、$m\le x$ なら必ず $x=m$ となるもの、つまり $m\lt x$ となる $x\in P$ が存在しないものである。すべての元以上である最大元とは異なり、極大元は複数あってよく、最大元があればそれが唯一の極大元で、全順序では極大元は最大元になる。空でない有限な半順序集合や昇鎖条件を満たす半順序集合には任意の元以上に極大元があり、一般の場合は各鎖が上界をもつとき Zorn の補題が存在を保証する。この方法で、極大な線形独立集合として基底が得られ、可換環 $R$ の真のイデアル全体の極大元として極大イデアルが得られ、$R/\mathfrak{m}$ が体であることと極大性は同値である。
極大元(maximal element)とは、半順序集合の中で、そこから真に上へ進める元がない元である。半順序集合 $(P,\le)$ の元 $m$ が極大であるとは、$m\le x$ なら必ず $x=m$ となることをいう。言い換えると $m< x$ となる $x\in P$ が存在しない(EoMPoset)。全ての元と比較できる必要はない。この点が最大元との大きな違いである。
半順序集合 $(P,\le)$ の元 $m\in P$ が極大元であるとは、任意の $x\in P$ について
$$
m\le x\quad\Longrightarrow\quad x=m
$$
が成り立つことをいう。部分集合 $A\subseteq P$ の極大元というときは、$A$ に制限した順序についてこの条件を課す。
例えば $\{2,3,6\}$ を割り切り関係で順序づけると、$6$ が最大元であり、したがって極大元でもある。一方 $\{2,3\}$ では $2$ と $3$ は互いに比較できず、どちらも極大元であるが最大元はない。図で上に置いた点が極大に見えても、順序で比較できない点があることを忘れてはならない。
極大性は、何を候補の集合 $P$ とするかによって変わる。自然数全体を通常の大小関係で考えると極大元はないが、$\{1,\ldots,n\}$ では $n$ が極大である。環のイデアルでも、真のイデアル全体という集合の中で極大なものが極大イデアルである。すべてのイデアルを候補に含めれば環 $R$ 自身が最大元になり、真のイデアルの極大性を区別できなくなる。
最大元 $g$ は、すべての $x\in P$ に対して $x\le g$ を満たす。これに対して極大元 $m$ は、自分より上に別の元がないことしか要求しない。$m$ と比較不能な元があってよい。最大元があれば一意であり極大元でもあるが、極大元は複数ありうる。
半順序集合 $P$ に最大元 $g$ があれば、$g$ は極大元である。さらに $g$ は $P$ の唯一の極大元である。
$g\le x$ と仮定すると、最大元の性質で $x\le g$ でもある。反対称律より $x=g$ なので $g$ は極大である。別の極大元 $m$ があれば最大元の性質で $m\le g$ であり、$m$ の極大性から $m=g$ となる。$\square$
逆は一般に成り立たない。先の二元集合 $\{2,3\}$ の割り切り順序が反例である。ただし全順序では任意の二元が比較できるため、極大元が存在すればそれは最大元となる。極大元 $m$ と任意の $x$ に対し、全順序なら $x\le m$ または $m\le x$。後者の場合は極大性により $x=m$ だから、結局すべての $x$ が $m$ 以下である。
上界は部分集合 $A\subseteq P$ のすべての元以上にある $P$ の元であり、$A$ に属する必要はない。極大元は比較対象の集合自身に属する。例えば実数の開区間 $(0,1)$ では $1$ は上界だが区間の元ではないので極大元ではない。この区間にはどの $x$ よりも大きい $(x+1)/2$ が含まれるから極大元は存在しない。上界の存在だけで極大元が得られるわけではない。
$X=\{1,2\}$ とし、$P=\{\{1\},\{2\}\}$ を包含関係で順序づける。二つの元はともに極大だが、最大元はない。$P$ を $P'=\{\{1\},\{2\},X\}$ に変えると、$X$ が唯一の極大元であり最大元である。極大性の判定は候補集合の取り方に依存する。
同じ集合 $P$ の順序を逆にして $x\le_{\mathrm{op}}y$ を $y\le x$ で定めると、元 $m$ が元の順序で極大であることは、逆順序で極小であることと同じである。この操作を順序双対という。最大元と最小元、上界と下界、昇鎖と降鎖も同様に入れ替わる。元の集合や要素を変える必要はなく、比較する向きだけを逆にする。
半順序集合 $(P,\le)$ の元 $m$ が極大であることと、逆順序集合 $(P,\le_{\mathrm{op}})$ で $m$ が極小であることは同値である。
逆順序で $x\le_{\mathrm{op}}m$ であることは、元の順序で $m\le x$ であることを意味する。逆順序での極小性は、これが成り立つなら $x=m$ という条件である。これは元の順序での極大性の定義そのものである。$\square$
例えばイデアルを包含順序で並べると、極大イデアルは上へ進めない真のイデアルである。一方、素イデアルの集合を逆包含で並べて極大元を探せば、元の包含順序に関する極小素イデアルを探すことになる。Zorn の補題の応用で「極大元」が現れても、どちら向きに順序づけたかを見ずに大きさを判断してはいけない。
極大元の存在と一意性も別の問題である。有限半順序集合では必ず存在するが、複数あることがある。全順序で極大元が存在すれば一意の最大元になるが、全順序でも存在が保証されるわけではない。例えば通常の順序の整数全体には極大元がない。存在、一意性、最大性をそれぞれ別の条件として読むと、議論を取り違えにくい。
空でない有限半順序集合には必ず極大元がある。どこから始めても、極大でなければ真に大きい元を選んで進める。有限集合では同じ元へ戻れず、いつか止まるからである。選んだ出発点以上の極大元を得られる。
$P$ が空でない有限半順序集合なら、任意の $a\in P$ に対し $a\le m$ となる極大元 $m\in P$ が存在する。
$U_a=\{x\in P\mid a\le x\}$ は $a$ を含む有限集合である。この中で真に大きい元を持たない $m$ を選べる。もし $P$ 内に $m< y$ となる $y$ があれば、推移律により $a\le y$ なので $y\in U_a$ となり、選び方に矛盾する。従って $m$ は $P$ の極大元であり $a\le m$ を満たす。$\square$
有限性を弱める典型的な条件が昇鎖条件である。これは $x_0\le x_1\le\cdots$ という列が必ずどこかから一定になることをいう。空でない半順序集合で昇鎖条件が成り立てば、やはり極大元を取れる。もし出発点以上に極大元がなければ、各段で真に大きい元を次に選べ、止まらない昇鎖ができてしまうからである。この構成は通常の数学で用いる選択原理の下で述べている。
昇鎖条件を満たす空でない半順序集合では、任意の元以上に極大元がある。
$a$ 以上に極大元がないと仮定する。$x_0=a$ から始め、各 $x_i$ が極大でないので $x_i< x_{i+1}$ となる元を選ぶ。こうして $x_0< x_1<\cdots$ という真の増加列が得られ、昇鎖条件に反する。よって仮定が誤りで、$a$ 以上に極大元がある。$\square$
例えば Noether 加群の部分加群全体は包含順序について昇鎖条件を満たす。したがって空でない部分加群族が「上へ進んでもその族から出ない」という条件を適切に満たせば、その中に極大元を見つけられる。一方、整数の正の倍数を割り切り順序で並べた集合では $1<2<4<8<\cdots$ のような真の昇鎖があり、全体の極大元もない。
昇鎖条件は、極大元の存在より強い条件である。例えば $\mathbb N\cup\{\infty\}$ を通常の自然数の順序に全てより大きい $\infty$ を足して順序づけると、$\infty$ が最大元だから極大元は存在する。しかし $0<1<2<\cdots$ という真の昇鎖は止まらないので、昇鎖条件は成り立たない。極大元が一つ見つかったことから、順序集合のすべての上昇過程が有限で終わるとは結論できない。
また「任意の元以上に極大元がある」という性質でも昇鎖条件は従わない。この例では任意の自然数の上に $\infty$ があるが、自然数だけを選び続ける昇鎖は止まらない。有限次元の議論で使う「上へ進めばいずれ停止する」と、Zorn の補題などで使う「上へ進める余地を残さない元が存在する」は、結論が似ていても前提が異なる。
無限の半順序集合では、有限性や昇鎖条件を仮定できないことが多い。そこで使うのが Zorn の補題である。$P$ の鎖とは、任意の二元が比較できる部分集合をいう。Zorn の補題は、$P$ のすべての鎖が $P$ の中に上界を持てば、$P$ に極大元があると主張する(EoMZorn)。これは選択公理と同値な原理である。
空でない半順序集合 $P$ の各鎖 $C\subseteq P$ が $P$ の中に上界を持つなら、$P$ は極大元を持つ。
Zorn の補題を適用するときは、候補を集合 $P$ として定め、包含などの半順序を指定し、任意の鎖の上界が同じ候補集合 $P$ に属することを示す。大きな周囲の集合に上界があるだけでは足りない。空鎖の上界は $P$ の任意の元なので、空でないという条件もこの確認に含められる。
Zorn の補題では各鎖に上界があることを要求するが、$P$ のすべての部分集合に上界があるとは要求しない。例えば包含順序のもとで互いに比較不能な二つの部分解は、一つの鎖には同時に現れない。そのため鎖に沿って整合的に合併する操作は可能でも、任意の二つの部分解を合併することは不可能な場合がある。Zorn の補題が線形独立集合やイデアルの存在証明に適するのは、この差にある。
ベクトル空間 $V$ の線形独立な部分集合全体を包含順序で並べる。任意の鎖 $\mathcal C$ の合併 $U=\bigcup_{B\in\mathcal C}B$ は線形独立である。実際、$U$ の有限個の元は鎖の有限個の集合に属し、その中で最大の一つの集合に全て含まれるから、非自明な線形関係を作れない。従って $U$ は同じ候補集合に属する上界である。Zorn の補題により極大な線形独立集合 $B$ がある。もし $\operatorname{span}(B)\ne V$ なら外の元 $v$ を一つ加えた $B\cup\{v\}$ も線形独立で、極大性に反する。ゆえに $B$ は $V$ の基底である。
この例では「極大な線形独立集合」が「最大の線形独立集合」という意味ではない。異なる基底は互いに包含されず、候補集合に最大元は普通ない。極大性によりこれ以上ベクトルを付け足せないことが、張る性質を強制する。線形独立集合の個数を最大化する有限次元の議論とは、無限次元の場合には論理の形が異なる。
同じベクトル空間でも、候補を「真の部分空間」に変えると極大元の意味は変わる。真の部分空間 $H\subsetneq V$ が包含順序で極大なら、$H$ と $V$ の間に別の部分空間はない。商 $V/H$ の部分空間は $H$ と $V$ の間の部分空間に対応するので、$V/H$ は一次元である。逆に余次元が一なら、$H$ の上にある部分空間は $H$ と $V$ だけである。したがって真の部分空間の極大元は超平面である。線形独立集合の極大元が基底になるのとは、候補集合も結論も異なる。
体 $k$ 上のベクトル空間 $V$ の真の部分空間 $H$ は、真の部分空間全体の中で極大であることと、$\dim_k(V/H)=1$ であることが同値である。
$H\subseteq W\subseteq V$ という部分空間 $W$ は、商の部分空間 $W/H\subseteq V/H$ に対応する。$H$ が極大なら、商には $0$ と全体以外の部分空間がない。非零ベクトルを一つ選ぶとその張る一次元部分空間は全体でなければならないため、商は一次元である。逆に商が一次元なら部分空間は $0$ と全体だけなので、$H$ と $V$ の間に別の部分空間はない。$\square$
鎖に上界があるという仮定を落とすと、Zorn の結論は壊れる。$\mathbb N$ の有限部分集合全体を包含順序で並べる。どの有限集合にも新しい自然数を加えられるので極大元はない。しかも $\{0\}\subset\{0,1\}\subset\{0,1,2\}\subset\cdots$ という鎖の合併は無限集合であり、有限部分集合という候補集合に入らない。この鎖には候補内の上界が一つもない。合併という式を書けたことだけでは、Zorn の仮定を確認したことにならない。
$P=\{F\subseteq\mathbb N\mid F\text{ は有限}\}$ とする。$F\in P$ の外に $n$ を選べば $F\subsetneq F\cup\{n\}\in P$ なので $F$ は極大でない。従って $P$ は非空だが極大元を持たない。増大する鎖の合併が無限となるため、Zorn の補題の鎖上界条件も満たさない。
一方、すべての部分集合 $\mathcal P(\mathbb N)$ を候補にすれば、任意の鎖の合併は再び候補に入り、$\mathbb N$ 自身が最大元である。集合を少し広げただけで極大元の存在が変わる。この例は、極大元の定義と Zorn の補題のどちらでも候補集合の指定が重要であることを示す。
最大元がなくても Zorn の仮定が成立する場合がある。ベクトル空間の線形独立集合の例では、鎖に沿う合併は線形独立だが、互いに比較できない二つの線形独立集合の合併は従属になる場合がある。例えば $k^2$ で $\{e_1\}$ と $\{2e_1\}$ は個別には線形独立でも、合併は従属である($k$ の標数が $2$ でない場合)。この候補集合には通常最大元がないが、極大元として基底が存在する。
単位的可換環 $R$ の極大イデアルとは、真のイデアルの集合における極大元である。$I\subsetneq R$ が極大なら、$I\subseteq J\subseteq R$ を満たすイデアル $J$ は $I$ または $R$ だけである。環 $R$ 自身を候補集合から除くことが不可欠である(Sta00DY Lemma 10.17.2)。
$1\ne0$ の単位的可換環 $R$ の真のイデアル全体を包含順序で並べる。任意の非空の鎖 $\mathcal C$ の合併は真のイデアルであり、$\mathcal C$ の上界になる。空鎖には零イデアルが上界になる。
$I=\bigcup_{J\in\mathcal C}J$ と置く。$a,b\in I$ なら、それぞれを含む鎖内のイデアルのうち一方が他方を含むため、$a-b$ は大きい方に属し $I$ に属する。$r\in R$ について $ra\in I$ も同様で、$I$ はイデアルである。もし $I=R$ なら $1\in I$ なので、鎖内のある真のイデアルが $1$ を含むことになり矛盾する。従って $I$ は真のイデアルである。空鎖には零イデアルが上界となる。ただし零環では真のイデアルが存在しないので、ここでは $1\ne0$ を仮定する。$\square$
Zorn の補題を適用すると、$1\ne0$ の単位的可換環には極大イデアルが存在する。より一般に真のイデアル $I_0$ を固定し、$I_0$ を含む真のイデアルに候補を絞れば、$I_0$ を含む極大イデアルが得られる。$R/I_0$ を考える方法でも同じ結論になる。極大イデアル $I$ について $R/I$ が体であるという特徴づけは、極大性を環の演算で読み直したものである。
この存在証明で注意すべき箇所は二つある。第一に $R$ は候補に入れない。第二に鎖の合併が真のイデアルであることを示すには、$1$ が合併に入らないと確認する。単なるイデアルの合併がいつもイデアルになるわけでもない。二つのイデアル $I,J$ が互いに包含関係になければ、$I\cup J$ は加法に閉じないことがある。鎖では任意の二つが比較できるので、一方が他方を含み、この問題を回避できる。
極大イデアルは通常複数ある。例えば $\mathbb Z$ の真のイデアルのうち、各素数 $p$ に対する $(p)$ は極大であり、$(2)$ と $(3)$ は互いに包含されない。整数環の真のイデアル全体には最大元がない。Zorn の補題が与えるのは「ある極大元」であって、全てを支配する最大元や、一意な選択ではない。
単位的可換環 $R$ の真のイデアル $\mathfrak m$ が極大であることと、商環 $R/\mathfrak m$ が体であることは同値である。
$\mathfrak m$ が極大とし、$a+\mathfrak m\ne0$ を取る。$a\notin\mathfrak m$ なので、$\mathfrak m+(a)$ は $\mathfrak m$ を真に含み、極大性から $R$ に等しい。よって $1=r+sa$ となる $r\in\mathfrak m$、$s\in R$ があり、商では $(s+\mathfrak m)(a+\mathfrak m)=1$。従って非零元はすべて逆元を持つ。逆に商が体なら、$\mathfrak m\subsetneq J\subseteq R$ のイデアル $J$ の像 $J/\mathfrak m$ は体の非零イデアルなので全体である。従って $J=R$ となり $\mathfrak m$ は極大である。$\square$
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