Hodgeのスター作用素(Hodge star operator)とは、向きづけられた $n$ 次元 Riemann 多様体の上で $p$ 次微分形式を $(n-p)$ 次微分形式に移す線形作用素 $*$ で、すべての $p$ 次形式 $\alpha,\beta$ について $\alpha\wedge*\beta=\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}$ を満たすものである。正規直交余枠の $e^I$ を $\pm e^{I^c}$ に移し、内積を保ち、$**=(-1)^{p(n-p)}$ を満たす。平面の 1 次形式では Cauchy–Riemann 方程式を $dv=*du$ と書き直す。余微分 $d^*=(-1)^{n(p+1)+1}*d*$ は外微分の形式的随伴で、Hodge 理論の出発点になる。
Hodgeのスター作用素(Hodge star operator)とは、向きづけられた $n$ 次元 Riemann 多様体の上で、$p$ 次微分形式を $(n-p)$ 次微分形式に移す線形作用素 $*$ で、
$$
\alpha\wedge*\beta=\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}
$$
によって定まるものである。$\mathbb R^3$ では $dx$ を $dy\wedge dz$ に、$dy\wedge dz$ を $dx$ に移す。「$p$ 次元の向きのついた面の要素を、それに直交する $(n-p)$ 次元の要素に取り替える」操作であり、計量(直交の概念)と向き(符号)の両方を使う。
$*$ を使うと、外微分 $d$ の形式的随伴(余微分)が $d^*=\pm*d*$ と具体的に書ける。$d$ と $d^*$ から Laplace–de Rham 作用素 $\Delta=dd^*+d^*d$ が作られ、Hodge 理論はその核(調和形式)を調べる。この記事では、$*$ の存在と一意性、$**=(-1)^{p(n-p)}$、内積との関係、$d^*$ が $d$ の形式的随伴であることを証明する。
$*$ は各点ごとの線形代数の操作なので、まず 1 つのベクトル空間の上で定める。
$V$ を $n$ 次元($n\ge1$)の実ベクトル空間とし、内積と向きが与えられているとする。双対空間 $V^*$ には $V$ の内積から内積が入る($V$ の正規直交基底の双対基底が正規直交になる内積)。外積は行列式による流儀(微分形式 の A 方式)をとり、$\Lambda^pV^*$ には
$$
\langle\alpha^1\wedge\cdots\wedge\alpha^p,\ \beta^1\wedge\cdots\wedge\beta^p\rangle:=\det\bigl(\langle\alpha^i,\beta^j\rangle\bigr)_{1\le i,j\le p}\qquad(\alpha^i,\beta^j\in V^*)
$$
を双線形に延ばした内積を入れる(微分形式 の定義「交代形式の内積」の $\langle\ ,\ \rangle_s$)。$\Lambda^0V^*=\mathbb R$ には通常の積を内積とする。
$e^1,\dots,e^n$ を $V^*$ の正規直交基底で、正の向きのもの(双対基底 $e_1,\dots,e_n$ が $V$ の正の向きの基底)とする。増加する多重添字 $I=(i_1<\dots< i_p)$ について $e^I:=e^{i_1}\wedge\cdots\wedge e^{i_p}$ とおくと、$\{e^I\}_{|I|=p}$ は $\Lambda^pV^*$ の正規直交基底である(上の行列式が単位行列または $0$ を含む行の行列式になることから分かる)。
$$
\mathrm{vol}:=e^1\wedge\cdots\wedge e^n\in\Lambda^nV^*
$$
を体積要素という。これは正の向きの正規直交基底の取り方によらない。実際、別の正の向きの正規直交基底 $f^i=\sum_ja_{ij}e^j$ の行列 $A=(a_{ij})$ は直交行列で、向きが同じなので $\det A=1$ であり、行列式の公式(外積代数 の系「行列式の座標によらない定義」)により $f^1\wedge\cdots\wedge f^n=\det A\cdot e^1\wedge\cdots\wedge e^n=\mathrm{vol}$ となる。
増加する多重添字 $I$ に対し、$\{1,\dots,n\}$ から $I$ の元を除いたものを増加順に並べた多重添字を $I^c$ と書き、並び $(I,I^c)$ を $(1,\dots,n)$ の置換とみたときの符号を $\varepsilon(I)$ と書く。定義から
$$
e^I\wedge e^{I^c}=\varepsilon(I)\,\mathrm{vol}
$$
である。$|J|=n-p$ の増加する多重添字 $J$ について、$e^I\wedge e^J$ は $J=I^c$ のとき $\varepsilon(I)\mathrm{vol}$、それ以外のとき($I$ と $J$ が共通の添字をもつので)$0$ である。
内積と向きをもつ $n$ 次元実ベクトル空間 $V$ について、線形写像 $*\colon\Lambda^pV^*\to\Lambda^{n-p}V^*$ で
$$
\alpha\wedge*\beta=\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}\qquad(\text{すべての }\alpha,\beta\in\Lambda^pV^*)
$$
を満たすものを Hodgeのスター作用素(Hodge の星作用素、Hodge 作用素)という($0\le p\le n$)。
$(M,g)$ を向きづけられた $n$ 次元 Riemann 多様体とする。各点 $x$ の余接空間 $T^*_xM$ に上の $*$ を当てはめて得られる $*\colon\Omega^p(M)\to\Omega^{n-p}(M)$ も Hodge のスター作用素という。$\mathrm{vol}$ は リーマン多様体 の定義「リーマン体積」の体積形式で、正の向きの局所座標で $\sqrt{\det(g_{ij})}\,dx^1\wedge\cdots\wedge dx^n$ と書ける(微分形式 の命題「Riemann 体積形式は well-defined」)。
複素数値の微分形式には $*$ を複素線形に延ばす。$\Lambda^pV^*\otimes\mathbb C$ の内積を第 2 変数について共役線形な Hermite 内積 $\langle\alpha,\beta\rangle$ とすると、定義の式は $\alpha\wedge*\bar\beta=\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}$ になる(両辺とも $\alpha$ について線形、$\beta$ について共役線形で、実の $\alpha,\beta$ では定義の式と一致するから)。後の記事で複素多様体上の形式を扱うときにこの形を使う。
内積と向きをもつ $n$ 次元実ベクトル空間 $V$ と $0\le p\le n$ について、def-hstar-main の条件を満たす線形写像 $*\colon\Lambda^pV^*\to\Lambda^{n-p}V^*$ がただ一つ存在する。正の向きの正規直交基底 $e^1,\dots,e^n$ について
$$
*\,e^I=\varepsilon(I)\,e^{I^c}\qquad(|I|=p)
$$
である。特に $*1=\mathrm{vol}$、$*\,\mathrm{vol}=1$ である。
一意性:$\gamma\in\Lambda^{n-p}V^*$ について $\alpha\wedge\gamma=0$ がすべての $\alpha\in\Lambda^pV^*$ で成り立つなら $\gamma=0$ であることを示す。$\gamma=\sum_Jc_Je^J$ と書き、$\alpha=e^I$ とおくと、上で見たとおり $e^I\wedge e^J$ は $J=I^c$ の項だけが残って $\alpha\wedge\gamma=\varepsilon(I)c_{I^c}\mathrm{vol}$ となる。これがすべての $I$ で $0$ なので、$I\mapsto I^c$ が全単射であることから $c_J=0$ がすべての $J$ で成り立つ。よって、条件を満たす $*$ が 2 つあれば、差 $\gamma=*\beta-*'\beta$ はすべての $\alpha$ について $\alpha\wedge\gamma=0$ を満たし、$0$ である。
存在:$*e^I:=\varepsilon(I)e^{I^c}$ で線形写像を定め、条件を確かめる。両辺は $\alpha,\beta$ について双線形なので、$\alpha=e^J$、$\beta=e^I$ で確かめればよい。$e^J\wedge\varepsilon(I)e^{I^c}$ は、$J=I$ のとき $\varepsilon(I)^2\mathrm{vol}=\mathrm{vol}$、$J\ne I$ のとき($J$ と $I^c$ が共通の添字をもつので)$0$ である。一方 $\langle e^J,e^I\rangle$ は $J=I$ のとき $1$、それ以外で $0$ である。よって条件が成り立つ。
条件の式は基底を使わずに書かれているので、一意性から $*$ は正規直交基底の取り方によらず、公式はどの正の向きの正規直交基底でも成り立つ。$p=0$ では $I=\emptyset$、$I^c=(1,\dots,n)$、$\varepsilon(I)=1$ なので $*1=\mathrm{vol}$ である。$p=n$ では $I^c=\emptyset$ なので $*\mathrm{vol}=1$ である。$\square$
多様体の上では、正の向きの局所座標の $dx^1,\dots,dx^n$ に Gram–Schmidt の直交化を施すと、滑らかな正の向きの正規直交余枠 $e^1,\dots,e^n$ が局所的に得られる(直交化の行列は対角成分が正の三角行列なので向きを保つ)。thm-hstar-existence の公式から、$*\omega$ の係数は $\omega$ の係数の滑らかな関数の 1 次結合であり、$*\omega$ は滑らかな微分形式である。また $*$ は各点ごとの線形写像なので、$*(f\omega)=f\,*\omega$($f\in C^\infty(M)$)を満たす。
$\Lambda^pV^*$ 上で
$$
**=(-1)^{p(n-p)}
$$
が成り立つ。特に $*\colon\Lambda^pV^*\to\Lambda^{n-p}V^*$ は同型で、逆写像は $(-1)^{p(n-p)}*$ である。$n$ が奇数なら $**=1$、$n$ が偶数なら $\Lambda^pV^*$ 上で $**=(-1)^p$ である。
thm-hstar-existence の公式を 2 回使うと、$|I|=p$ について
$$
**\,e^I=\varepsilon(I)\,*\,e^{I^c}=\varepsilon(I)\,\varepsilon(I^c)\,e^{(I^c)^c}=\varepsilon(I)\,\varepsilon(I^c)\,e^I
$$
である。ここで $\varepsilon(I^c)$ は並び $(I^c,I)$ の符号である。並び $(I^c,I)$ は、$(I,I^c)$ から $I$ の $p$ 個の元をそれぞれ $I^c$ の $n-p$ 個の元の後ろへ 1 つずつ隣と入れ替えて移したもので、入れ替えの回数は $p(n-p)$ である。よって $\varepsilon(I^c)=(-1)^{p(n-p)}\varepsilon(I)$ であり、$\varepsilon(I)^2=1$ から $**e^I=(-1)^{p(n-p)}e^I$ となる。$\{e^I\}$ は基底なので主張が従う。
$n$ が奇数なら $p$ と $n-p$ の一方は偶数なので $p(n-p)$ は偶数である。$n$ が偶数なら $p(n-p)\equiv p^2\equiv p\pmod 2$ である。$\square$
$\alpha,\beta\in\Lambda^pV^*$ について次が成り立つ。
1.定義の式と内積の対称性 $\langle\beta,\alpha\rangle=\langle\alpha,\beta\rangle$ による。
2.thm-hstar-existence により $*$ は正規直交基底 $\{e^I\}_{|I|=p}$ を $\{\varepsilon(I)e^{I^c}\}$ に移す。$I\mapsto I^c$ は $p$ 元の多重添字と $(n-p)$ 元の多重添字の間の全単射なので、後者は $\Lambda^{n-p}V^*$ の正規直交基底である。正規直交基底を正規直交基底に移す線形写像は内積を保つ。
3.1 の両辺に $*$ を当て、$*\mathrm{vol}=1$(thm-hstar-existence)を使う。
4.thm-hstar-double を $\Lambda^{n-p}V^*$ に使うと $\gamma=(-1)^{(n-p)p}*(*\gamma)$ で、$*\gamma\in\Lambda^pV^*$ だから、定義の式により $\alpha\wedge\gamma=(-1)^{p(n-p)}\alpha\wedge*(*\gamma)=(-1)^{p(n-p)}\langle\alpha,*\gamma\rangle\mathrm{vol}$ である。$\square$
4 は、外積による対 $\Lambda^p\times\Lambda^{n-p}\to\Lambda^n\cong\mathbb R$ が、$*$ を通して内積に書き直せることを言っている。閉多様体の上でこの対を積分したものが Poincaré 双対の対であり(Poincaré双対)、Hodge 理論では $*$ がこの双対を調和形式の上で実現する。
$\mathbb R^2$ に標準の計量と向き($\mathrm{vol}=dx\wedge dy$)を入れる。$(1,2)$ の置換の符号を読むと
$$
*1=dx\wedge dy,\qquad *dx=dy,\qquad *dy=-dx,\qquad *(dx\wedge dy)=1
$$
である。1 次形式の上で $**=-1$(thm-hstar-double で $n=2$、$p=1$)であり、$*$ は余接空間の $90^\circ$ の回転である。
極座標 $x=r\cos\theta$、$y=r\sin\theta$($r>0$)では $e^1=dr$、$e^2=r\,d\theta$ が正規直交余枠で、$e^1\wedge e^2=r\,dr\wedge d\theta=dx\wedge dy$ だから正の向きである。よって $*dr=r\,d\theta$、$*(r\,d\theta)=-dr$、すなわち
$$
*dr=r\,d\theta,\qquad *d\theta=-\frac{1}{r}\,dr
$$
である。直交座標の式で検算できる:$dr=(x\,dx+y\,dy)/r$ から $*dr=(x\,dy-y\,dx)/r$ で、$d\theta=(x\,dy-y\,dx)/r^2$ なのでこれは $r\,d\theta$ に等しい。
$\mathbb R^3$ に標準の計量と向きを入れると
$$
*dx=dy\wedge dz,\qquad *dy=dz\wedge dx,\qquad *dz=dx\wedge dy
$$
で、$n=3$ は奇数なので $**=1$ である。たとえば $I=(2)$ では $I^c=(1,3)$ で、並び $(2,1,3)$ の符号は $-1$ なので $*dy=-dx\wedge dz=dz\wedge dx$ である。この $*$ と $d$ を組み合わせると、ベクトル解析の $\operatorname{rot}$ は $*d$、$\operatorname{div}$ は $*d*$ で表される(微分形式 の例「ベクトル解析の grad・rot・div」)。
$\mathbb R^4$ の標準の計量と向きでは、$\Lambda^2$ の上で $**=(-1)^{2\cdot2}=1$ である。置換 $(1,2,3,4)$、$(1,3,2,4)$、$(1,4,2,3)$ の符号はそれぞれ $+1$、$-1$、$+1$ なので
$$
*(dx^1\wedge dx^2)=dx^3\wedge dx^4,\qquad *(dx^1\wedge dx^3)=-dx^2\wedge dx^4,\qquad *(dx^1\wedge dx^4)=dx^2\wedge dx^3
$$
である。$**=1$ から $\Lambda^2$ は固有値 $+1$ と $-1$ の固有空間 $\Lambda^+$、$\Lambda^-$ の直和に分かれ、それぞれ
$$
dx^1\wedge dx^2\pm dx^3\wedge dx^4,\qquad dx^1\wedge dx^3\mp dx^2\wedge dx^4,\qquad dx^1\wedge dx^4\pm dx^2\wedge dx^3
$$
(上の符号が $\Lambda^+$、下の符号が $\Lambda^-$)を基底にもち、どちらも 3 次元である。$\Lambda^+$ の元を自己双対形式、$\Lambda^-$ の元を反自己双対形式という。thm-hstar-inner の 1 により、$\alpha\in\Lambda^\pm$ なら $\alpha\wedge\alpha=\pm\alpha\wedge*\alpha=\pm|\alpha|^2\mathrm{vol}$ である。同じ分解は $n=4k$、$p=2k$ で起こる。$n=2p$ で $p$ が奇数なら $**=-1$ なので、実の固有空間には分かれない($n=2$ の $*$ は $90^\circ$ の回転である)。
単位球面 $S^2$ の極座標 $(\theta,\varphi)\in(0,\pi)\times(0,2\pi)$ では計量は $d\theta^2+\sin^2\theta\,d\varphi^2$ である。向きを $\mathrm{vol}=\sin\theta\,d\theta\wedge d\varphi$ が正となるように選ぶと、$e^1=d\theta$、$e^2=\sin\theta\,d\varphi$ が正の向きの正規直交余枠で、
$$
*1=\sin\theta\,d\theta\wedge d\varphi,\qquad *d\theta=\sin\theta\,d\varphi,\qquad *d\varphi=-\frac{d\theta}{\sin\theta}
$$
である。$*d\theta=\sin\theta\,d\varphi$ は、緯線($\theta$ が一定の円)に沿った長さの要素である。
$*$ は計量と向きを使って定義した。それぞれを取り替えたときの変わり方を調べる。
$V$(または $M$)の向きを逆にすると、スター作用素は $-*$ に変わる。
向きを逆にすると体積要素は $-\mathrm{vol}$ に変わる(正の向きの正規直交基底の 1 つの元の符号を変えればよい)。$\alpha\wedge(-*\beta)=\langle\alpha,\beta\rangle(-\mathrm{vol})$ なので、$-*$ が新しい向きについての定義の条件を満たし、thm-hstar-existence の一意性からこれが新しいスター作用素である。$\square$
$(M,g)$ を向きづけられた $n$ 次元 Riemann 多様体、$\lambda$ を $M$ 上の正の滑らかな関数とし、$g':=\lambda^2g$ のスター作用素を $*'$ と書く。$p$ 次形式の上で
$$
*'=\lambda^{n-2p}\,*
$$
が成り立つ。特に $n=2p$ のとき、$p$ 次形式の上の $*$ は計量の共形類(正の関数倍の違いを同一視した類)だけで決まる。
各点で考える。$e^1,\dots,e^n$ を $g$ についての正の向きの正規直交余枠とする。接ベクトルの長さは $g'$ で $\lambda$ 倍になるので、余接ベクトルの長さは $\lambda^{-1}$ 倍になり、$e'^i:=\lambda e^i$ が $g'$ についての正の向きの正規直交余枠である。$e'^I=\lambda^pe^I$、$e'^{I^c}=\lambda^{n-p}e^{I^c}$ だから、thm-hstar-existence の公式を $g'$ に使うと
$$
\lambda^p\,*'e^I=*'e'^I=\varepsilon(I)\,e'^{I^c}=\lambda^{n-p}\varepsilon(I)\,e^{I^c}=\lambda^{n-p}\,*e^I
$$
となる。両辺を $\lambda^p$ で割ると $*'e^I=\lambda^{n-2p}*e^I$ で、$\{e^I\}$ は基底なので主張が従う。$\square$
$n=2$、$p=1$ では $*$ は共形不変である。これは、Riemann 面の上で 1 次形式の $*$ が複素構造だけで決まることの理由であり、次の例のように Cauchy–Riemann 方程式を書き直す。
$U\subset\mathbb C=\mathbb R^2$ を開集合とし、標準の計量と向きを入れる。実数値の $C^1$ 級関数 $u,v$ について、ex-hstar-plane の $*dx=dy$、$*dy=-dx$ から
$$
*du=u_x\,dy-u_y\,dx,\qquad dv=v_x\,dx+v_y\,dy
$$
である。よって $dv=*du$ は $v_x=-u_y$、$v_y=u_x$、すなわち $f=u+iv$ の Cauchy–Riemann 方程式と同値である。$C^1$ 級の $f$ については、これは $f$ が正則関数であることと同値である。また $C^2$ 級の $u$ について
$$
d*du=d(u_x\,dy-u_y\,dx)=(u_{xx}+u_{yy})\,dx\wedge dy
$$
なので、$u$ が調和関数であることは $d*du=0$ と同値である。prop-hstar-conformal により、計量を $\lambda^2(dx^2+dy^2)$ に替えても 1 次形式の $*$ は変わらないので、条件 $dv=*du$ と $d*du=0$ は計量の共形類だけで決まる。
以下 $(M,g)$ を向きづけられた $n$ 次元 Riemann 多様体(境界なし)とする。$\alpha,\beta\in\Omega^p(M)$ の台の共通部分 $\operatorname{supp}\alpha\cap\operatorname{supp}\beta$ がコンパクトなとき、
$$
\langle\!\langle\alpha,\beta\rangle\!\rangle:=\int_M\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}=\int_M\alpha\wedge*\beta
$$
とおく(2 つ目の等号は thm-hstar-inner の 1)。$M$ がコンパクトなら、これは $\Omega^p(M)$ の上の内積であり、$L^2$ 内積と呼ぶ。
$p\ge1$ について
$$
d^*:=(-1)^{n(p+1)+1}\,*\,d\,*\colon\Omega^p(M)\longrightarrow\Omega^{p-1}(M)
$$
と定め、$\Omega^0(M)$ の上では $d^*:=0$ とする。$d^*$ を余微分(codifferential)という。$\delta$ とも書く。$n$ が偶数なら $d^*=-*d*$ である。
$*\colon\Omega^p\to\Omega^{n-p}$、$d\colon\Omega^{n-p}\to\Omega^{n-p+1}$、$*\colon\Omega^{n-p+1}\to\Omega^{p-1}$ と次数を追えば、$d^*$ が次数を 1 つ下げることが分かる。符号 $(-1)^{n(p+1)+1}$ は、次の定理が成り立つように選んだものである。
$\eta\in\Omega^{p-1}(M)$、$\omega\in\Omega^p(M)$($p\ge1$)で $\operatorname{supp}\eta\cap\operatorname{supp}\omega$ がコンパクトなら
$$
\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\eta,d^*\omega\rangle\!\rangle
$$
が成り立つ。さらに、$\theta\in\Omega^{p-1}(M)$ が、台がコンパクトなすべての $\eta\in\Omega^{p-1}(M)$ について $\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\eta,\theta\rangle\!\rangle$ を満たすなら $\theta=d^*\omega$ である。また $d^*\circ d^*=0$ である。
Leibniz 則(微分形式 の命題「外微分の基本性質」)により
$$
d(\eta\wedge*\omega)=d\eta\wedge*\omega+(-1)^{p-1}\eta\wedge d*\omega
$$
である。$\eta\wedge*\omega$ は台がコンパクトな $(n-1)$ 次形式で、$M$ は境界をもたないので、Stokesの定理 の定理「Stokes の定理」により $\int_Md(\eta\wedge*\omega)=0$ である。よって
$$
\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\int_Md\eta\wedge*\omega=(-1)^{p}\int_M\eta\wedge d*\omega
$$
となる。$d*\omega$ は $(n-p+1)$ 次形式なので、thm-hstar-double により $d*\omega=(-1)^{(n-p+1)(p-1)}*\bigl(*d*\omega\bigr)$ であり、$*d*\omega$ は $(p-1)$ 次形式だから、定義の式により
$$
\eta\wedge d*\omega=(-1)^{(n-p+1)(p-1)}\langle\eta,*d*\omega\rangle\,\mathrm{vol}
$$
である。したがって $\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\eta,(-1)^{N}*d*\omega\rangle\!\rangle$、$N:=p+(n-p+1)(p-1)$ である。$(p-1)p$ は偶数なので $(n-p+1)(p-1)\equiv(n+1)(p-1)\pmod 2$ であり、
$$
N\equiv p+(n+1)(p-1)=np+2p-n-1\equiv n(p+1)+1\pmod 2
$$
となる($-n-1\equiv n+1$ と $2p\equiv 0$、$np+n+1=n(p+1)+1$ による)。よって $(-1)^N*d*=d^*$ で、第 1 の主張が従う。
一意性:$\zeta:=d^*\omega-\theta$ とおくと、台がコンパクトなすべての $\eta$ について $\langle\!\langle\eta,\zeta\rangle\!\rangle=0$ である。任意の点 $x$ と、$x$ の近くで正の値をとる台がコンパクトな滑らかな関数 $\chi\ge0$ をとり、$\eta=\chi\zeta$ とおくと $\int_M\chi|\zeta|^2\mathrm{vol}=0$ である。被積分関数は連続で $0$ 以上なので $x$ の近くで $\chi|\zeta|^2=0$、よって $\zeta(x)=0$ である。
最後に、$\omega\in\Omega^p(M)$ について $d^*d^*\omega=\pm*d**d*\omega=\pm*dd*\omega=0$ である(thm-hstar-double で $**=\pm1$、$d\circ d=0$)。$\square$
$p=0$ では $\Omega^{-1}=0$ なので主張は自明である。複素数値の形式でも、Hermite 内積 $\langle\!\langle\alpha,\beta\rangle\!\rangle=\int_M\alpha\wedge*\bar\beta$ について同じ等式が成り立つ($d$ は実の作用素なので $\overline{d\beta}=d\bar\beta$ となり、同じ計算が通る)。
楕円型作用素 の記事の言葉では、$d^*$ は $d$ の形式的随伴である。$d^*$ は $*$ を通して計量に依存し、$d$ と違って引き戻しとは可換でない。
$\omega\in\Omega^p(M)$ について
$$
*\,d^*\omega=(-1)^p\,d*\omega,\qquad d^**\omega=(-1)^{p+1}*d\omega
$$
が成り立つ。
要点:thm-hstar-double で $**$ を $\pm1$ に置き換え、符号の指数を $2$ を法として計算する。
第 1 式:$p=0$ なら両辺は $0$ である(左辺は定義から、右辺は $d$ を $n$ 次形式 $*\omega$ に当てるから)。$p\ge1$ なら $d*\omega$ は $(n-p+1)$ 次形式なので、thm-hstar-double により $$*d^*\omega=(-1)^{n(p+1)+1}**d*\omega=(-1)^{n(p+1)+1+(n-p+1)(p-1)}d*\omega$$ で、prf-hstar-adjoint と同じ計算で指数は $n(p+1)+1+(n+1)(p-1)=2np+p\equiv p\pmod 2$ である。
第 2 式:$*\omega$ は $(n-p)$ 次形式である。$p=n$ なら両辺は $0$ である。$p< n$ なら $$d^**\omega=(-1)^{n(n-p+1)+1}*d**\omega=(-1)^{n(n-p+1)+1+p(n-p)}*d\omega$$ で、指数は $n^2+n+1-p^2\equiv 1-p\equiv p+1\pmod 2$ である($n^2+n$ は偶数、$p^2\equiv p$)。$\square$
$\mathbb R^n$ の標準の計量と向きでは、$\omega=\sum_If_I\,dx^I$ について
$$
d^*\omega=-\sum_{I}\sum_{j=1}^n\frac{\partial f_I}{\partial x^j}\,\iota\Bigl(\frac{\partial}{\partial x^j}\Bigr)dx^I
$$
である。ここで $\iota(\partial/\partial x^j)$ は内部積(微分形式 の定義「内部積」)である。特に 1 次形式 $\omega=\sum_j\omega_j\,dx^j$ では $d^*\omega=-\sum_j\partial\omega_j/\partial x^j$ となり、$d^*$ は発散の符号を変えたものである。
証明は、係数ごとの部分積分と thm-hstar-adjoint の一意性による。
右辺で定まる作用素を $\theta$ と書く。台がコンパクトな $\eta=\sum_Jh_J\,dx^J$ について $d\eta=\sum_{j,J}\partial_jh_J\,dx^j\wedge dx^J$ である。$\{dx^I\}$ は各点で正規直交基底で、$dx^j\wedge\cdot$ の随伴は $\iota(\partial_j)$ だから(楕円型作用素 の補題「外積と内部積の関係」の 1)、$$\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\sum_j\int\bigl\langle\partial_j\eta,\ \iota(\partial_j)\omega\bigr\rangle\,dx=-\sum_j\int\bigl\langle\eta,\ \iota(\partial_j)\partial_j\omega\bigr\rangle\,dx=\langle\!\langle\eta,\theta\omega\rangle\!\rangle$$ である($\partial_j\eta$ は係数を微分した形式で、2 つ目の等号は係数ごとの部分積分)。thm-hstar-adjoint の一意性から $\theta\omega=d^*\omega$ である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 向き付け可能性 | 実射影平面 $\mathbb{RP}^2$(任意の計量) | 大域的な $*$ の存在($*1$ が体積形式になるはず) |
| 計量の正定値性 | Minkowski 平面(計量 $-dt^2+dx^2$) | 1 次形式の上の $**=-1$、$*$ の等長性 |
| 台の共通部分のコンパクト性 | $M=(0,1)$、$\eta=1$、$\omega=x\,dx$ | $\langle\!\langle d\eta,\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\eta,d^*\omega\rangle\!\rangle$ |
| 境界がないこと | $M=[0,1]$、$\eta=1$、$\omega=x\,dx$ | 同上 |
1 行目は向き付け可能性の特徴づけから、2 行目は定義の式を解いて、3・4 行目は直接の計算で確かめる。
1 行目:向きづけられた Riemann 多様体の $*1=\mathrm{vol}$ はいたるところ $0$ でない $2$ 次形式である。仮に $\mathbb{RP}^2$ の上に、各点で def-hstar-main の条件をある $0$ でない $2$ 次形式 $\nu$($\mathrm{vol}$ の代わり)について満たす滑らかな $*$ があれば、$*1=\nu$ は体積形式になる。向き付け可能多様体 の定理「体積形式による特徴づけ」により $\mathbb{RP}^2$ は向き付け可能になるが、$\mathbb{RP}^2$ は向き付け可能でないので矛盾する。向きの代わりに「向きの局所系」に値をとる形式を使えば $*$ を定義できるが、それは通常の微分形式の間の作用素ではない。
2 行目:$\Lambda^1$ の双線形形式を計量から $\langle dt,dt\rangle=-1$、$\langle dx,dx\rangle=1$、$\langle dt,dx\rangle=0$ と定め、$\mathrm{vol}=dt\wedge dx$ として定義の式 $\alpha\wedge*\beta=\langle\alpha,\beta\rangle\mathrm{vol}$ を解くと、$dt\wedge*dt=-dt\wedge dx$ から $*dt=-dx$、$dx\wedge*dx=dt\wedge dx$ から $*dx=-dt$ となる。すると $**dt=*(-dx)=dt$ で、$**=+1$ になり thm-hstar-double の $(-1)^{1\cdot1}=-1$ と合わない。また $\langle*dt,*dt\rangle=\langle dx,dx\rangle=1\ne-1=\langle dt,dt\rangle$ なので $*$ は双線形形式を保たない。証明で正規直交基底 $\langle e^i,e^i\rangle=1$ を使ったところが崩れる。
3 行目:$n=1$、$p=1$ で $d^*=(-1)^{1\cdot2+1}*d*=-*d*$、$*dx=1$、$*1=dx$ である。$d\eta=0$ なので左辺は $0$ である。$*\omega=x$、$d*\omega=dx$、$*d*\omega=1$ だから $d^*\omega=-1$ で、右辺は $\int_0^1(-1)\,dx=-1\ne0$ である(台の条件は満たさないが、どちらの積分も収束するので、定義の積分をそのまま計算した)。$\operatorname{supp}\eta\cap\operatorname{supp}\omega=(0,1)$ はコンパクトでなく、証明の $\int_Md(\eta\wedge*\omega)=0$ が $\int_0^1dx=1\ne0$ となって崩れる。
4 行目:$[0,1]$ はコンパクトだが境界をもち、同じ計算で左辺 $0$、右辺 $-1$ となる。Stokes の定理の境界項 $\bigl[\eta\,{*\omega}\bigr]_0^1=1$ が残る。
$*$ の定義にとって本質的なのは、各点の正規直交基底と向きである。ex-hstar-r4 の $\Lambda^\pm$ への分解が $n=4k$、$p=2k$ でしか起こらないように、$**$ の符号は次元と次数の偶奇で決まる。
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