Jacobi場

同義語:Jacobi fieldヤコビ場Jacobi 場

概要

Jacobi場(Jacobi field)とは、Riemann 多様体の測地線 $\gamma$ に沿うベクトル場 $J$ で、Jacobi 方程式 $D_t^2J+R(J,\dot\gamma)\dot\gamma=0$ を満たすものである。測地線だけからなる変分の変分ベクトル場はつねに Jacobi 場であり、逆にコンパクトな区間上の Jacobi 場はすべてそのような変分から生じ、1 点 $p$ で消える Jacobi 場は指数写像の微分 $(d\exp_p)_{tv}(tw)$ で表される。Jacobi 場の空間は $2n$ 次元で、断面曲率が定数 $c$ の空間では $\sin$、$t$、$\sinh$ 型の明示公式をもつ。近くの測地線の離れ方を曲率で記述する道具であり、共役点・指数形式・比較定理・Lorentz 幾何の測地線偏差の基礎になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 測地線, Riemann曲率テンソル, 曲線の変分論

平面上で、1 点から少しだけ違う向きに出た 2 本の直線は、出発点からの距離に比例して離れていく。球面上では、北極から出た 2 本の経線はいったん離れたのち南極で再び出会う。双曲平面では指数関数的に離れていく。このような「近くの測地線どうしの離れ方」を 1 次の近似で記述するのが Jacobi 場 である。Jacobi 場は測地線に沿う 2 階の線形微分方程式(Jacobi 方程式)の解であり、その方程式の係数に曲率が現れる。こうして曲率が測地線の振る舞いを支配する仕組みが、具体的な微分方程式として見えるようになる。
この記事では、測地線だけからなる変分の変分ベクトル場が Jacobi 方程式を満たすこと、逆にコンパクトな区間上の Jacobi 場はすべてそのような変分から生じること、そして 1 点で消える Jacobi 場が指数写像の微分で書けることを証明する。さらに Jacobi 場の空間の次元、接成分と法成分への分解、定曲率空間での明示公式、指数形式との関係を述べる。Jacobi 場が 2 点で消えるという現象は 共役点 の記事で扱う。

定義

以下、断らない限り $(M,g)$ は $n$ 次元の Riemann 多様体とし、$\nabla$ を Levi-Civita 接続、曲線 $\gamma$ に沿う共変微分を $D_t$ と書く。曲率テンソルは Riemann曲率テンソル の記事の規約
$$ R(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z,\qquad \mathrm{Rm}(X,Y,Z,W)=g(R(Z,W)Y,X) $$
に従う。$\gamma$ に沿うベクトル場 $V$ について $V':=D_tV$、$V'':=D_tD_tV$ と略記する。$\dot\gamma$ は $\gamma$ の速度である。

Jacobi場

$I\subset\mathbb{R}$ を区間、$\gamma\colon I\to M$ を 測地線 とする。$\gamma$ に沿う滑らかなベクトル場 $J$ が
$$ J''+R(J,\dot\gamma)\dot\gamma=0 $$
を満たすとき、$J$ を $\gamma$ に沿う Jacobi 場(Jacobi field)といい、この方程式を Jacobi 方程式 という。$\gamma$ に沿う Jacobi 場全体を $\mathcal{J}(\gamma)$ と書く。

測地線による変分

$\gamma\colon I\to M$ の変分(曲線の変分論 の記事の定義「曲線の変分」。ここでは区間 $I$ はコンパクトとは限らない)$F\colon(-\varepsilon,\varepsilon)\times I\to M$ が、各 $s$ について $\gamma_s(t):=F(s,t)$ を測地線とするとき、$F$ を 測地線による変分(variation through geodesics)という。その変分ベクトル場 $\partial_sF(0,t)$ を、以下 $F$ の変分ベクトル場とよぶ。

Jacobi 方程式は $J$ について線形なので、$\mathcal{J}(\gamma)$ は $\gamma$ に沿うベクトル場全体の線形部分空間である。$\dot\gamma$ 自身と $t\dot\gamma$ はつねに Jacobi 場である。実際 $D_t\dot\gamma=0$ なので $(\dot\gamma)''=0$、$(t\dot\gamma)''=0$ であり、$R(\dot\gamma,\dot\gamma)\dot\gamma=0$(曲率は前の 2 引数について反対称)である。これらはそれぞれ変分 $F(s,t)=\gamma(t+s)$、$F(s,t)=\gamma((1+s)t)$ の変分ベクトル場であり、測地線のパラメータを取り替えただけの変分に当たる。

直感

測地線の族 $\gamma_s$ を考え、隣り合う測地線の「ずれ」を $J(t)=\partial_s\gamma_s(t)|_{s=0}$ とする。平坦な空間ではずれは $t$ の 1 次式で増える($J''=0$)。曲率があると、ずれの加速度 $J''$ に $-R(J,\dot\gamma)\dot\gamma$ が加わる。$\dot\gamma$ が単位ベクトルで $J$ が $\dot\gamma$ に直交する単位ベクトルなら、$g(R(J,\dot\gamma)\dot\gamma,J)$ は $J$ と $\dot\gamma$ の張る平面の 断面曲率 $K$ に等しいので、大まかには「$K>0$ なら $J$ は引き戻され、$K<0$ なら押し広げられる」。$J''=-KJ$ という 1 次元の模型では、$K>0$ のとき $J$ は $\sin(\sqrt K\,t)$ のように振動し、$K<0$ のとき $\sinh(\sqrt{-K}\,t)$ のように増える(prop-jacobi-constant-curvature)。
一般相対論では、自由落下する粒子の世界線(時間的測地線)の間の相対加速度を表す式として同じ方程式が現れ、測地線偏差の方程式とよばれる。これが潮汐力の数学的な表現である(節「擬Riemann多様体の場合」)。

変分とJacobi方程式

Jacobi方程式の導出

$\gamma\colon I\to M$ を測地線、$F$ を $\gamma$ の測地線による変分とする。このとき $F$ の変分ベクトル場 $J(t)=\partial_sF(0,t)$ は Jacobi 場である。

$S:=\partial_sF$、$T:=\partial_tF$ とおき、$D_s$、$D_t$ を $s$ 方向・$t$ 方向の共変微分とする。各 $\gamma_s$ は測地線なので、すべての $(s,t)$ で $D_tT=0$ である。これを $s$ で共変微分すると $D_sD_tT=0$ である。曲線の変分論 の記事の補題「共変微分の交換と曲率」により $D_sD_tT=D_tD_sT+R(S,T)T$ であり、同記事の変分の節で示した等式 $D_sT=D_tS$(接続に捩れがなく $[\partial_s,\partial_t]=0$ であることによる)を使うと
$$ 0=D_sD_tT=D_tD_tS+R(S,T)T $$
を得る。$s=0$ とおくと $S(0,t)=J(t)$、$T(0,t)=\dot\gamma(t)$ なので $J''+R(J,\dot\gamma)\dot\gamma=0$ である。$\blacksquare$

Jacobi場の存在と一意性

$\gamma\colon I\to M$ を測地線、$a\in I$、$p=\gamma(a)$ とする。任意の $v,w\in T_pM$ に対し、$I$ 全体で定義された Jacobi 場 $J$ で $J(a)=v$、$J'(a)=w$ を満たすものがただ 1 つ存在する。したがって $J\mapsto(J(a),J'(a))$ は線形同型 $\mathcal{J}(\gamma)\cong T_pM\oplus T_pM$ を与え、$\dim\mathcal{J}(\gamma)=2n$ である。

$T_pM$ の基底 $e_1,\dots,e_n$ を $\gamma$ に沿って平行移動し、$\gamma$ に沿う平行な枠 $E_1,\dots,E_n$ を作る(平行移動は $I$ 全体で定義された線形同型である)。$\dot\gamma$ も平行なので、$\dot\gamma=\sum_k y^kE_k$ と書くと係数 $y^k$ は定数である。滑らかな関数 $a^i{}_j(t)$ を $R(E_j,\dot\gamma)\dot\gamma=\sum_ia^i{}_j(t)E_i$ で定めると、$J=\sum_iJ^iE_i$ に対して $J''=\sum_i(J^i)''E_i$ なので、Jacobi 方程式は
$$ (J^i)''(t)+\sum_ja^i{}_j(t)J^j(t)=0\qquad(i=1,\dots,n) $$
という係数が滑らかな 2 階線形常微分方程式系になる。線形常微分方程式 の解は区間全体で存在し、初期値 $J^i(a)$、$(J^i)'(a)$ により一意に決まる。これが主張である。$\blacksquare$

次の定理は thm-jacobi-equation の逆であり、Jacobi 場が実際に「近くの測地線の動き」を表していることを保証する。

Jacobi場は測地線による変分から生じる

$\gamma\colon I\to M$ を測地線とし、$I$ はコンパクトであるか $M$ が測地的に完備であるとする。$0\in I$ とし、$p=\gamma(0)$、$v=\dot\gamma(0)$ とおく。

  1. $\gamma$ に沿う任意の Jacobi 場は、$\gamma$ の測地線による変分の変分ベクトル場である。
  2. $w\in T_pM$ に対し、$J(0)=0$、$J'(0)=w$ を満たす Jacobi 場は $F(s,t)=\exp_p\bigl(t(v+sw)\bigr)$ の変分ベクトル場であり、
    $$ J(t)=(d\exp_p)_{tv}(tw)\qquad(t\in I) $$
    と書ける。ここで $tw$ は自然な同一視 $T_{tv}(T_pM)\cong T_pM$ により $T_{tv}(T_pM)$ の元とみなす。

$\exp$ を 測地線 の記事の節「指数写像と完備性」の指数写像とし、$\mathcal{E}\subset TM$ をその定義域とする。$\mathcal{E}$ は $TM$ の開集合で、$\exp$ は滑らかである(Lee18 Proposition 5.19、p. 128)。
(1) $J$ を Jacobi 場とする。$\sigma(s):=\exp_p(sJ(0))$ とし($|s|$ が小さければ定義される)、$P_s\colon T_pM\to T_{\sigma(s)}M$ を $\sigma$ に沿う平行移動とする。$\sigma$ に沿うベクトル場
$$ V(s):=P_s\bigl(v+sJ'(0)\bigr) $$
を考えると、$V(0)=v$ であり、$P_s$ が平行移動であることから $D_sV(0)=J'(0)$ である。$F(s,t):=\exp_{\sigma(s)}(tV(s))$ とおく。$I$ がコンパクトなら、$\mathcal{E}$ は $TM$ の開集合で、コンパクト集合 $\{tv\mid t\in I\}$ を含む。写像 $(s,t)\mapsto tV(s)$ は連続なので、これによる $\mathcal{E}$ の逆像は $\{0\}\times I$ を含む開集合であり、$I$ のコンパクト性(チューブ補題)により、十分小さい $\delta>0$ をとれば $|s|<\delta$、$t\in I$ で $tV(s)\in\mathcal{E}$ となり $F$ が定義される。$M$ が完備なら $\mathcal{E}=TM$ である。
各 $s$ について $t\mapsto F(s,t)$ は初速度 $V(s)$ の測地線なので、$F$ は測地線による変分であり、$F(0,t)=\exp_p(tv)=\gamma(t)$ である。thm-jacobi-equation によりその変分ベクトル場 $W$ は Jacobi 場である。$F(s,0)=\sigma(s)$ なので $W(0)=\sigma'(0)=J(0)$ である。また $\partial_tF(s,0)=V(s)$ と $D_t\partial_sF=D_s\partial_tF$ から
$$ W'(0)=D_t\partial_sF(0,0)=D_s\partial_tF(0,0)=D_sV(0)=J'(0) $$
である。prop-jacobi-existence の一意性により $W=J$ である。
(2) $J(0)=0$ のときは (1) で $\sigma(s)\equiv p$ ととれ、平行移動は恒等写像なので $V(s)=v+sw$、$F(s,t)=\exp_p(t(v+sw))$ となる。合成関数の微分により
$$ J(t)=\left.\frac{\partial}{\partial s}\right|_{s=0}\exp_p(tv+stw)=(d\exp_p)_{tv}(tw) $$
である。$I$ がコンパクトでなくても、各 $t\in I$ は $0$ と $t$ を含むコンパクトな部分区間に入るので、その上で上の議論を当てればよい。$\blacksquare$

完備性またはコンパクト性の仮定は (1) に必要である。表「条件を外したときの反例」の 2 行目で、非完備な多様体の $\mathbb{R}$ 全体で定義された測地線に沿う Jacobi 場が、どの測地線による変分からも生じない例を示す。

接成分と法成分

接成分と法成分への分解

$\gamma\colon I\to M$ を定値でない測地線、$J$ を $\gamma$ に沿う Jacobi 場とする。

  1. $g(J,\dot\gamma)$ は $t$ の 1 次以下の多項式である。
  2. $\gamma$ に沿う Jacobi 場で各点で $\dot\gamma$ に平行なもの(接 Jacobi 場)は、$(\alpha+\beta t)\dot\gamma$($\alpha,\beta\in\mathbb{R}$)の形のものに限る。
  3. $J$ は、接 Jacobi 場と、各点で $\dot\gamma$ に直交する Jacobi 場(法 Jacobi 場)の和にただ 1 通りに書ける。法 Jacobi 場全体は $2n-2$ 次元である。
  4. $J$ が法 Jacobi 場であることは、ある 1 点で $J$ と $J'$ がともに $\dot\gamma$ に直交することとも、相異なる 2 点で $J$ が $\dot\gamma$ に直交することとも同値である。
  1. $f(t):=g(J,\dot\gamma)$ とおく。$D_t\dot\gamma=0$ と計量両立性から $f''=g(J'',\dot\gamma)=-g(R(J,\dot\gamma)\dot\gamma,\dot\gamma)=-\mathrm{Rm}(\dot\gamma,\dot\gamma,J,\dot\gamma)$ であり、$\mathrm{Rm}$ は前の 2 引数について反対称(Riemann曲率テンソル の記事の命題「曲率テンソルの対称性」の 2)なので $f''=0$ である。
  2. $(\alpha+\beta t)\dot\gamma$ が Jacobi 場であることは定義の直後に見た。逆に $J=h\dot\gamma$ が Jacobi 場なら、$\lambda:=g(\dot\gamma,\dot\gamma)>0$(測地線の速さは一定。測地線 の記事の命題「測地線の速さは一定」)として $h=f/\lambda$ は (1) により 1 次以下である。
  3. $J^\top:=(f/\lambda)\dot\gamma$ は (2) により接 Jacobi 場であり、$J^\perp:=J-J^\top$ は Jacobi 場で $g(J^\perp,\dot\gamma)=f-f=0$ である。分解の一意性は、接かつ法である Jacobi 場が $0$ であることから従う。prop-jacobi-existence の同型 $J\mapsto(J(a),J'(a))$ で、法 Jacobi 場は (4) により $\dot\gamma(a)^\perp\oplus\dot\gamma(a)^\perp$ に対応するので $2n-2$ 次元である。
  4. $g(J',\dot\gamma)=f'$ なので、ある点で $J,J'$ がともに直交することは $f$ と $f'$ がその点で $0$ になることであり、$f$ は 1 次以下なので $f\equiv0$ と同値である。2 点で $f=0$ となることも同様に $f\equiv0$ と同値である。$\blacksquare$

とくに、2 点で消える Jacobi 場は法 Jacobi 場である。接 Jacobi 場 $(\alpha+\beta t)\dot\gamma$ は 0 でなければ高々 1 点でしか消えないので、共役点 を調べるときは法 Jacobi 場だけを見ればよい。

定曲率空間のJacobi場

$c\in\mathbb{R}$ に対し、$u''+cu=0$、$u(0)=0$、$u'(0)=1$ の解を $s_c$ と書く。すなわち
$$ s_c(t)=\begin{cases}\dfrac{\sin(\sqrt c\,t)}{\sqrt c}&(c>0)\\ t&(c=0)\\ \dfrac{\sinh(\sqrt{-c}\,t)}{\sqrt{-c}}&(c<0)\end{cases} $$
である。

定曲率空間のJacobi場

$(M,g)$ を断面曲率が定数 $c$ の Riemann 多様体(断面曲率 の記事の定義「定曲率空間」)、$\gamma$ を単位速さの測地線で $0$ を定義域に含むものとする。$\gamma$ に沿う法 Jacobi 場で $J(0)=0$ となるものは
$$ J(t)=s_c(t)\,E(t) $$
($E$ は $\gamma$ に沿う平行な法ベクトル場)の形のものに限り、このとき $E=J'(0)$ を平行移動したものである。とくに $|J(t)|=|s_c(t)|\,|J'(0)|$ である。

断面曲率 の記事の系「定曲率の特徴づけ」により $R(X,Y)Z=c\bigl(g(Y,Z)X-g(X,Z)Y\bigr)$ なので、法ベクトル場 $J$ について
$$ R(J,\dot\gamma)\dot\gamma=c\bigl(g(\dot\gamma,\dot\gamma)J-g(J,\dot\gamma)\dot\gamma\bigr)=cJ $$
である。法ベクトルの平行な正規直交枠 $E_2,\dots,E_n$ をとり $J=\sum_iu_iE_i$ と書くと、Jacobi 方程式は $u_i''+cu_i=0$ になり、$u_i(0)=0$ の解は $u_i=u_i'(0)\,s_c$ である。よって $J=s_c\sum_iu_i'(0)E_i$ であり、$\sum_iu_i'(0)E_i$ は $J'(0)$ を平行移動した平行な法ベクトル場である。逆に $s_cE$ は同じ計算で Jacobi 方程式を満たす。$\blacksquare$

球面・Euclid空間・双曲空間

単位球面 $S^n$($c=1$)では、1 点 $p$ で消える法 Jacobi 場は $\sin t\cdot E(t)$ であり、$t=\pi$ すなわち対蹠点で再び消える。これは、$p$ から出る大円がすべて対蹠点で出会うことの 1 次の表れである。実際、$p$ を北極とすると、経線の族 $\gamma_s$ の変分ベクトル場がこの形になる。Euclid 空間($c=0$)では $J=tE$ で、$J$ は $t>0$ で消えない。断面曲率 $-1$ の 双曲空間 では $J=\sinh t\cdot E$ で、$|J|$ は指数関数的に増える。どの場合も $J(0)=0$、$|J'(0)|=1$ の法 Jacobi 場の長さは $|s_c(t)|$ に等しい。

指数形式との関係

$\gamma\colon[a,b]\to M$ を測地線とする。$\gamma$ に沿う滑らかなベクトル場 $V,W$ に対し
$$ I(V,W):=\int_a^b\Bigl(g(V',W')-g\bigl(R(V,\dot\gamma)\dot\gamma,W\bigr)\Bigr)dt $$
とおく。$g(R(V,\dot\gamma)\dot\gamma,W)=\mathrm{Rm}(W,\dot\gamma,V,\dot\gamma)$ は曲率テンソルの対の入れ替えについての対称性(同命題の 4)により $V,W$ について対称なので、$I$ は対称双線形形式である。$I(V,V)$ は 曲線の変分論 の記事の定理「エネルギーの第2変分」の 指数形式 にほかならない。

Jacobi場と指数形式

$J$ を $\gamma\colon[a,b]\to M$ に沿う Jacobi 場、$V$ を $\gamma$ に沿う滑らかなベクトル場とすると
$$ I(J,V)=g(J'(b),V(b))-g(J'(a),V(a)) $$
が成り立つ。とくに $J(a)=J(b)=0$ なら $I(J,J)=0$ であり、$V(a)=V(b)=0$ なるすべての $V$ について $I(J,V)=0$ である。

$\dfrac{d}{dt}g(J',V)=g(J'',V)+g(J',V')$ を $[a,b]$ で積分し、Jacobi 方程式 $J''=-R(J,\dot\gamma)\dot\gamma$ を代入すれば $I(J,V)=\bigl[g(J',V)\bigr]_a^b$ を得る。$\blacksquare$

つまり、両端で消える Jacobi 場は、両端を固定した変分のうちエネルギーの 2 階微分が消える方向を与える。この方向が測地線の最短性を壊しうることは 共役点 の記事の定理で示す。

Jacobi場のWronski形式

$J_1,J_2$ を同じ測地線に沿う Jacobi 場とすると、$g(J_1',J_2)-g(J_1,J_2')$ は定数である。

微分すると $g(J_1'',J_2)-g(J_1,J_2'')=-\mathrm{Rm}(J_2,\dot\gamma,J_1,\dot\gamma)+\mathrm{Rm}(J_1,\dot\gamma,J_2,\dot\gamma)$ であり、対の入れ替えについての対称性により $0$ である。$\blacksquare$

擬Riemann多様体の場合

擬リーマン多様体(とくに 時空 のような Lorentz 多様体)でも、Levi-Civita 接続と曲率テンソルは同じ式で定義され、Jacobi 場は同じ方程式で定義される。thm-jacobi-equation、prop-jacobi-existence、thm-jacobi-from-variation の証明は計量の正定値性を使っておらず、そのまま成り立つ(Lee18 Theorem 10.1、Proposition 10.2・10.4・10.10、pp. 284–290 は Riemann・擬 Riemann の両方で述べている)。prop-jacobi-tangential-normal の (1) も同じである。(2)・(3) は $g(\dot\gamma,\dot\gamma)\neq0$、すなわち $\gamma$ が光的でないことを使う。光的測地線では $\dot\gamma$ 自身が $\dot\gamma$ に直交するので、接と法への分解は一意でない(表の 4 行目)。
Lorentz 多様体の時間的測地線 $\gamma$($g(\dot\gamma,\dot\gamma)=-1$)に沿う法 Jacobi 場 $J$ は、自由落下する近くの粒子との相対位置を 1 次で表し、$J''=-R(J,\dot\gamma)\dot\gamma$ はその相対加速度を与える。右辺の線形写像 $J\mapsto R(J,\dot\gamma)\dot\gamma$ が潮汐力を表す作用素であり、時間的測地線に対する Generic条件(Lorentz幾何) は、この作用素が測地線上のどこかで 0 でないことを要請する条件である(光的測地線では、$\dot\gamma$ に直交するベクトルに制限した形で要請する)。

条件を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
変分の各曲線が測地線であること$\mathbb{R}^2$ の $F(s,t)=(t,st^2)$変分ベクトル場が Jacobi 場であること
区間のコンパクト性または $M$ の完備性$M=\{(x,y)\mid \lvert y\rvert< e^{-x^2}\}\subset\mathbb{R}^2$、$\gamma(t)=(t,0)$($t\in\mathbb{R}$)、$J=\partial_y$Jacobi 場が測地線による変分から生じること
断面曲率が定数であること積多様体 $S^2\times\mathbb{R}$ の測地線 $\gamma(t)=(c(t),0)$($c$ は単位速さの大円)$J(0)=0$ の法 Jacobi 場が $s_c(t)E(t)$ の形であること
$\gamma$ が光的でないこと2 次元 Minkowski 時空の光的測地線 $\gamma(t)=(t,t)$接 Jacobi 場と法 Jacobi 場への一意な分解

1 行目:$\gamma_s(t)=(t,st^2)$ は $s\neq0$ で直線でなく、変分ベクトル場は $V(t)=(0,t^2)$ である。$\mathbb{R}^2$ では $R=0$ なので Jacobi 場は $t$ の 1 次式に限るが、$V''=(0,2)\neq0$ である。
2 行目:$M$ は $\mathbb{R}^2$ の開集合で平坦なので、$\gamma$ は $\mathbb{R}$ 全体で定義された測地線であり、定ベクトル場 $J=\partial_y$ は $J''=0$ を満たす Jacobi 場である。$F$ が測地線による変分で変分ベクトル場が $J$ だったとすると、各 $\gamma_s$ は $M$ 内の直線 $\gamma_s(t)=P_s+tQ_s$($t\in\mathbb{R}$)であり、$Q_s=\partial_tF(s,0)$ は $s$ について連続で $Q_0=(1,0)$ である。$s$ が小さいと $Q_s$ の $x$ 成分は $0$ でなく、$\gamma_s$ の $x$ 成分は傾きが $0$ でない $t$ の 1 次式なので、$t\to\pm\infty$ で $\lvert x\rvert\to\infty$、$e^{-x^2}\to0$ となる。$\gamma_s$ の $y$ 成分は $t$ の 1 次以下の式で、$\lvert y\rvert< e^{-x^2}$ により $t\to\pm\infty$ で $0$ に近づくので、恒等的に $0$ である。すると $\partial_sF(0,t)$ の $y$ 成分も $0$ となり、$J=\partial_y$ に反する。
3 行目:Riemann曲率テンソル の記事の命題「積多様体の曲率」により、$\mathbb{R}$ 方向を含む曲率は $0$ である。$c$ に沿う $S^2$ の単位法ベクトル場を $N$ とすると、$E_1=(N,0)$、$E_2=(0,\partial_r)$ は平行な法枠であり、$J=u_1E_1+u_2E_2$ の Jacobi 方程式は $u_1''+u_1=0$、$u_2''=0$ になる。$J(t)=\sin t\,E_1+t\,E_2$ は $J(0)=0$ の法 Jacobi 場だが、平行な枠に関する方向 $(\sin t,t)$ が $t$ によって変わるので、どの $c'$ と平行な $E$ についても $s_{c'}(t)E(t)$ の形にならない。
4 行目:$\dot\gamma=(1,1)$ は $g(\dot\gamma,\dot\gamma)=-1+1=0$ を満たし、$J=\dot\gamma$ は接 Jacobi 場であると同時に $\dot\gamma$ に直交する。

文献

Jacobi 方程式の導出、存在と一意性、測地線による変分としての実現、指数写像の微分による表示、接と法の分解、定曲率空間の公式は Lee18 Chapter 10 の Theorem 10.1(p. 284)、Proposition 10.2・Corollary 10.3(p. 285)、Proposition 10.4(pp. 285–286)、Proposition 10.7・Corollary 10.8(p. 288)、Lemma 10.9・Proposition 10.10(pp. 289–290)、Proposition 10.12(pp. 291–292)にある。Wronski 形式の保存は同 Lemma 10.27(p. 304)、指数形式との関係は同 Proposition 10.24(p. 302)にある。Lee18 の $R(X,Y)Z$ の規約はこの記事と同じである($(0,4)$ 型の $\mathrm{Rm}$ は引数の順序が違い、Riemann曲率テンソル の記事の注意「符号と添字の流儀」のとおり符号が逆になる)。Mil63 §14(p. 77)は Jacobi 場を Jacobi 方程式の解として定義し、Lemma 14.3・14.4(pp. 80–81)で測地線による変分との関係を示す。曲率の符号の規約はこの記事と逆である。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, Springer, 2018, Proposition 5.19(p. 128)、Theorem 10.1(p. 284)、Proposition 10.2・Corollary 10.3(p. 285)、Proposition 10.4(pp. 285–286)、Proposition 10.7・Corollary 10.8(p. 288)、Lemma 10.9・Proposition 10.10(pp. 289–290)、Proposition 10.12(pp. 291–292)、Proposition 10.24(p. 302)、Lemma 10.27(p. 304)
[2]
John W. Milnor, Morse Theory, Annals of Mathematics Studies 51, Princeton University Press, 1963, §14(Jacobi 場、p. 77)、Lemma 14.3・14.4(pp. 80–81)

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