Hilbertの公理系

同義語:Hilbert's axiomsヒルベルトの公理系Hilbertの幾何学の公理

概要

Hilbertの公理系(Hilbert's axioms)とは、点・直線・「上にある」・「間にある」・「合同」を定義しない言葉とし、結合・順序・合同・平行線・連続の5群の公理で平面幾何を組み立てる体系で、Hilbert が1899年の『幾何学の基礎』で与えた。順序の公理(とくに Pasch の公理)から直線が平面をちょうど2つの側に分けることが、合同の公理から合同条件「2辺とその間の角」「1辺とその両端の角」と二等辺三角形の底角の相等が従う。公理を1つだけ外した模型を作ることで、平行線の公理や合同の公理の一部がほかの公理から証明できないことが示され、平行線の公理を外した体系が非Euclid幾何学への入口になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 三角形の合同条件, 平行線公準(高校数学)

図に頼らずに平面幾何を組み立てる

Euclid『原論』は、5 つの公準と 5 つの共通概念から平面幾何を組み立てた(Hit18 §1.2、pp. 3–4)。しかし『原論』の証明は、図を見れば明らかな事実をところどころ黙って使っている。「三角形の 1 辺と交わり、どの頂点も通らない直線は、残りの 2 辺のどちらかとも交わる」「直線は平面を 2 つの側に分ける」といった点の並び方(順序)の事実は、5 つの公準のどれからも出てこない。
Hilbert は 1899 年の『幾何学の基礎』で、点・直線・「上にある」・「間にある」・「合同」を定義しない言葉(無定義語)とし、それらが満たすべき性質を公理として並べた(Hil02 §1、p. 2)。図は理解を助けるだけで、証明は公理からの推論だけで進む。この公理の体系を Hilbert の公理系 という。点や直線が「本当は何か」は問わない。公理を満たすものなら何でも点・直線とみなしてよく、座標平面の点でも、上半平面の点でも、数の組でもよい。
この記事では平面の幾何に限り、公理を 5 つの群に分けて述べ、次のことを証明する。

  1. 結合と順序の公理(とくに Pasch の公理)から、直線が平面をちょうど 2 つの側に分けることが従う。→ thm-ha-separation
  2. 合同の公理から、高校で認めて使った合同条件「2 辺とその間の角」「1 辺とその両端の角」と、二等辺三角形の底角が等しいことが従う。→ thm-ha-sas、thm-ha-asa
  3. 合同の公理の最後の 1 つ(2 辺とその間の角から残りの角が決まること)は、ほかの公理から証明できない。→ ex-ha-sas-fails
    さらに、公理を 1 つずつ外した模型を表にまとめ、平行線の公理を外したものが 非Euclid幾何学 へ、すべての公理を満たすものが Euclid幾何学 へつながることを見る。

結合と順序の公理

以下、点 の全体を $\Pi$ とし、直線 は $\Pi$ の部分集合とする。点 $A$ が直線 $\ell$ の元であることを「$A$ は $\ell$ の上にある」「$\ell$ は $A$ を通る」という。点の 3 つ組についての関係「$B$ は $A$ と $C$ の 間にある」が与えられているとし、これを $A*B*C$ と書く。

結合の公理と順序の公理

I 結合の公理
(I1) 相異なる 2 点 $A$、$B$ に対し、その両方を通る直線がちょうど 1 本ある。これを直線 $AB$ と書く。
(I2) どの直線の上にも少なくとも 2 点ある。
(I3) 1 本の直線の上にない 3 点がある。
II 順序の公理
(II1) $A*B*C$ ならば、$A$、$B$、$C$ は 1 本の直線の上にある相異なる 3 点で、$C*B*A$ でもある。
(II2) 相異なる 2 点 $A$、$B$ に対し、$A*B*C$ となる点 $C$ がある。
(II3) 1 本の直線の上にある相異なる 3 点のうち、ほかの 2 点の間にあるものはちょうど 1 つである。
(II4)(Pasch の公理)1 本の直線の上にない 3 点 $A$、$B$、$C$ と、そのどれも通らない直線 $\ell$ について、$\ell$ が線分 $AB$ の点を通るならば、$\ell$ は線分 $AC$ か線分 $BC$ の点を通る。

相異なる 2 点 $A$、$B$ の 線分 $AB$ とは、$A$、$B$ と、$A$ と $B$ の間にある点の全体である。(II4) の $\ell$ は頂点を通らないので、「線分 $AB$ の点を通る」は「$A$ と $B$ の間にある点を通る」と同じである。(I1) により、相異なる 2 本の直線の共有点は高々 1 つである。
(II4) は M. Pasch の 1882 年の講義録による(Hil02 p. 4 の脚注)。

公理を満たす小さな例と満たさない例
  1. 3 点 $\{A,B,C\}$ と 3 本の直線 $\{A,B\}$、$\{B,C\}$、$\{C,A\}$ は (I1)〜(I3) を満たす。しかし「間にある」をどう決めても (II2) が成り立たない。1 本の直線に 2 点しかないので、$A*B*C$ となる 3 点が 1 本の直線の上にない。(II2) は、どの直線にも 3 点以上あることを要求している。
  2. 座標平面 $\mathbb R^2$ で、直線を普通の直線、$A*B*C$ を「$A\ne C$ で、$B=(1-t)A+tC$ となる $0< t< 1$ がある」と決めると、(I1)〜(II4) がすべて成り立つ(ex-ha-cartesian で確かめる)。

直線は平面を 2 つに分ける

直線 $\ell$ の上にない 2 点 $A$、$B$ について、$A=B$ であるか、線分 $AB$ が $\ell$ と共有点をもたないとき、$A\sim_\ell B$ と書く。

平面の分離

公理 (I1)〜(II4) を仮定する。直線 $\ell$ について、$\sim_\ell$ は $\ell$ の上にない点全体の上の同値関係で、同値類はちょうど 2 つある。$\ell$ の上にない 2 点 $A$、$B$ が異なる同値類に属することと、線分 $AB$ が $\ell$ と交わることは同値である。

同値類を $\ell$ の 側 という。$A\sim_\ell B$ のとき $A$、$B$ は $\ell$ の 同じ側 にあり、そうでないとき 反対側 にある。これは Hil02 の定理 5(p. 5)にあたる。

Pasch の公理を 3 回使う

反射律と対称律は定義から明らかである。最後の主張は $\sim_\ell$ の定義そのものである。
段 1(同じ直線の上にない 3 点の推移律)。$A\sim_\ell B$、$B\sim_\ell C$ で、$A$、$B$、$C$ が 1 本の直線の上にないとする。線分 $AC$ が $\ell$ と交わったとすると、$\ell$ は $A$、$B$、$C$ のどれも通らないので、(II4) により $\ell$ は線分 $AB$ か線分 $BC$ と交わり、仮定に反する。よって $A\sim_\ell C$ である。
段 2(補助の点)。$\ell$ の上にない点 $A$ と、$A$ を通る直線 $m\ne\ell$ をとる。$\ell$ の上にあって $m$ の上にない点 $D$ がある((I2) により $\ell$ には 2 点以上あり、$\ell\cap m$ は高々 1 点)。(II2) により $D*A*E$ となる点 $E$ をとる。直線 $AD$ は $\ell$ と $D$ だけを共有し、(II3) により $D$ は $A$ と $E$ の間にないので、線分 $AE$ は $\ell$ と交わらない。$E$ は $\ell$ の上になく($E\ne D$)、$m$ の上にもない(直線 $AD$ と $m$ の共有点は $A$ だけで、$E\ne A$)。こうして、$A\sim_\ell E$ で $E\notin m$ となる点 $E$ が得られた。
段 3(1 本の直線の上にある 3 点の推移律)。$A\sim_\ell B$、$B\sim_\ell C$ で、$A$、$B$、$C$ が相異なり 1 本の直線 $m$ の上にあるとする(2 点が一致する場合は明らか)。$m\ne\ell$ である。段 2 の点 $E$ をとると、$E$、$A$、$B$ は 1 本の直線の上にないので、段 1 を $E\sim_\ell A$、$A\sim_\ell B$ に使って $E\sim_\ell B$、さらに $E\sim_\ell B$、$B\sim_\ell C$ に使って $E\sim_\ell C$ を得る。最後に $A\sim_\ell E$、$E\sim_\ell C$ に段 1 を使えば $A\sim_\ell C$ である。
段 4(直線は三角形の 3 辺すべてとは交わらない)。1 本の直線の上にない $A$、$B$、$C$ と、どの頂点も通らない直線 $\ell$ が、3 辺 $AB$、$AC$、$BC$ とそれぞれ点 $P$、$Q$、$R$ で交わったとする。辺どうしの共有点は頂点だけなので、$P$、$Q$、$R$ は相異なり、どれも $\ell$ の上にある。(II3) により 1 つがほかの 2 つの間にある。頂点の名前を付け替えれば、$P*Q*R$ としてよい。3 点 $P$、$B$、$R$ は 1 本の直線の上にない(直線 $PB$ は直線 $AB$ で、直線 $BC$ との共有点は $B$ だけ)。直線 $AC$ は $P$、$B$、$R$ のどれも通らず、線分 $PR$ の点 $Q$ を通るので、(II4) により線分 $PB$ か線分 $BR$ と交わる。ところが線分 $PB$ は直線 $AB$ に含まれ、直線 $AC$ との共有点は $A$ だけで、$A*P*B$ と (II3) から $A$ は線分 $PB$ の上にない。同じく、線分 $BR$ は直線 $BC$ に含まれ、$B*R*C$ から $C$ は線分 $BR$ の上にない。これは矛盾である。
段 5(同値類は高々 2 つ)。$A\not\sim_\ell B$、$A\not\sim_\ell C$ のとき $B\sim_\ell C$ を示す。$A$、$B$、$C$ が 1 本の直線の上にないなら、$\ell$ は辺 $AB$、$AC$ と交わるので、段 4 により辺 $BC$ とは交わらない。$A$、$B$、$C$ が 1 本の直線 $m$ の上にあるなら、段 2 の点 $E$ をとる。$E\sim_\ell B$ なら推移律から $A\sim_\ell B$ となるので $E\not\sim_\ell B$、同じく $E\not\sim_\ell C$ で、$E$、$B$、$C$ は 1 本の直線の上にないから、前半により $B\sim_\ell C$ である。
段 6(同値類は少なくとも 2 つ)。(I3) により $\ell$ の上にない点 $A$ がある。$\ell$ の点 $P$ をとり、(II2) により $A*P*B$ となる点 $B$ をとる。直線 $AP$ と $\ell$ の共有点は $P$ だけで $B\ne P$ なので $B\notin\ell$ であり、線分 $AB$ は $\ell$ と $P$ で交わるから $A\not\sim_\ell B$ である。$\square$

直線の上の点も、1 点で 2 つに分かれる。点 $O$ と $O$ と異なる点 $A$ について、直線 $OA$ の点 $X$ のうち $O$ が $X$ と $A$ の間にないものの全体を 半直線 $OA$ という。

半直線と直線の側

点 $O$ を通る直線 $n$ の、$O$ 以外の点 $X$、$Y$ について、「$X=Y$ または $O$ が $X$ と $Y$ の間にない」は同値関係で、同値類はちょうど 2 つある。半直線 $OA$ は、$O$ と、$A$ を含む同値類とを合わせたものである。とくに、$B$ が半直線 $OA$ の $O$ 以外の点なら半直線 $OB$ と $OA$ は等しく、$O$ を通る $n$ 以外のどの直線 $m$ についても、$A$ と $B$ は $m$ の同じ側にある。

平面の分離を直線に制限する

要点:$O$ を通る別の直線 $m$ をとると、問題の関係は $\sim_m$ を $n$ に制限したものになる。

詳しい証明を開く

(I3) により $n$ の上にない点があるので、それと $O$ を通る直線 $m\ne n$ がある。$n$ と $m$ の共有点は $O$ だけなので、$n$ の $O$ 以外の 2 点 $X$、$Y$ について、線分 $XY$ が $m$ と交わることと $O$ が $X$ と $Y$ の間にあることは同値である。よって問題の関係は $\sim_m$ を $n\setminus\{O\}$ に制限したもので、thm-ha-separation により同値関係である。その同値類は $m$ の 2 つの側との共通部分なので高々 2 つで、(II2) で $A*O*A'$ となる $A'$ をとれば $A$ と $A'$ は別の類に入るから、ちょうど 2 つである。この議論は $O$ を通る $n$ 以外のどの直線 $m$ でも同じなので、最後の主張も従う。$\square$

1 本の直線の上にない 3 点 $A$、$O$、$B$ について、2 本の半直線 $OA$、$OB$ の組を 角 $\angle AOB$ という。直線 $OA$ について $B$ と同じ側にあり、かつ直線 $OB$ について $A$ と同じ側にある点の全体を角の 内部 という。1 本の直線の上にない 3 点 $A$、$B$、$C$ と 3 本の線分 $AB$、$BC$、$CA$ を 三角形 $ABC$ という。

合同の公理

線分の間の関係「合同」と、角の間の関係「合同」が与えられているとし、どちらも $\cong$ と書く。線分 $AB$ は集合なので $AB$ と $BA$ は同じものである。

合同の公理

III 合同の公理
(III1) 線分 $AB$ と、点 $A'$ を始点とする半直線 $r$ に対し、$r$ の上に $AB\cong A'B'$ となる点 $B'\ne A'$ がちょうど 1 つある。どの線分も自分自身と合同である。
(III2) $AB\cong A'B'$ かつ $AB\cong A''B''$ ならば $A'B'\cong A''B''$ である。
(III3) $A*B*C$、$A'*B'*C'$、$AB\cong A'B'$、$BC\cong B'C'$ ならば $AC\cong A'C'$ である。
(III4) 角 $\angle BAC$ と、半直線 $A'B'$ と、直線 $A'B'$ の一方の側が与えられると、その側の点 $C'$ で $\angle B'A'C'\cong\angle BAC$ となるものがあり、そのような半直線 $A'C'$ はちょうど 1 本である。どの角も自分自身と合同である。
(III5) $\angle\alpha\cong\angle\beta$ かつ $\angle\alpha\cong\angle\gamma$ ならば $\angle\beta\cong\angle\gamma$ である。
(III6) 三角形 $ABC$、$A'B'C'$ で $AB\cong A'B'$、$AC\cong A'C'$、$\angle BAC\cong\angle B'A'C'$ ならば、$\angle ABC\cong\angle A'B'C'$ である。

(III1) と (III2) から、$AB\cong A'B'$ なら($AB\cong AB$ と合わせて)$A'B'\cong AB$ であり、$AB\cong CD$、$CD\cong EF$ なら $CD\cong AB$ と $CD\cong EF$ から $AB\cong EF$ である。よって線分の合同は同値関係で、同じく (III4) と (III5) から角の合同も同値関係である(Hil02 §7、pp. 10–11)。(III6) を三角形 $ACB$、$A'C'B'$ に使えば、同じ仮定から $\angle ACB\cong\angle A'C'B'$ も得られる。
(III6) は、高校で合同条件「2 辺とその間の角」として認めたもの(三角形の合同条件 の注意「この記事で認めて使う事実」)より弱い。結論に残りの辺 $BC\cong B'C'$ が入っていない。その分を (III1) の「ちょうど 1 つ」と (III4) の「ちょうど 1 本」で補えることが、次の定理である。

2 辺とその間の角

公理 I〜III を仮定する。

  1. 三角形 $ABC$、$A'B'C'$ で $AB\cong A'B'$、$AC\cong A'C'$、$\angle BAC\cong\angle B'A'C'$ ならば、$BC\cong B'C'$、$\angle ABC\cong\angle A'B'C'$、$\angle ACB\cong\angle A'C'B'$ である。
  2. 三角形 $ABC$ で $AB\cong AC$ ならば、$\angle ABC\cong\angle ACB$ である(二等辺三角形の底角は等しい)。
違う点をとって角の写し方の一意性に反することを示す
  1. 角については (III6) とその直後の注意のとおりである。残りの辺を示す。(III1) により、半直線 $B'C'$ の上に $BC\cong B'D'$ となる点 $D'\ne B'$ をとる。$D'=C'$ を示せばよい。
    段 1($D'$ での角)。cor-ha-ray により半直線 $B'D'$ と $B'C'$ は等しいので、角 $\angle A'B'D'$ と $\angle A'B'C'$ は同じものである。$D'$ は直線 $B'C'$ の上にあって $B'$ と異なり、$A'$ はこの直線の上にないので、$A'$、$B'$、$D'$ は三角形をなす。三角形 $BAC$ と $B'A'D'$ で、$BA\cong B'A'$、$BC\cong B'D'$、$\angle ABC\cong\angle A'B'C'=\angle A'B'D'$ なので、(III6)(頂点 $B$ を (III6) の $A$ の役に置く)により $\angle BAC\cong\angle B'A'D'$ である。
    段 2(2 本の半直線は同じ)。仮定 $\angle BAC\cong\angle B'A'C'$ と段 1 から、角の合同が同値関係であることにより $\angle B'A'D'\cong\angle B'A'C'$ である。cor-ha-ray により $D'$ と $C'$ は直線 $A'B'$ の同じ側にある。(III4) の一意性(角 $\angle B'A'C'$ を半直線 $A'B'$ のこの側に写す半直線はちょうど 1 本)により、半直線 $A'D'$ と $A'C'$ は等しい。
    段 3($D'=C'$)。$D'$ は直線 $A'C'$ の上にあり、直線 $B'C'$ の上にもある。2 本の直線は相異なる($A'$ は直線 $B'C'$ の上にない)ので、共有点は $C'$ だけである。よって $D'=C'$ で、$BC\cong B'C'$ である。
  2. 三角形 $ABC$ と、頂点の対応を $A\mapsto A$、$B\mapsto C$、$C\mapsto B$ とした同じ三角形 $ACB$ に (III6) を使う。$AB\cong AC$、$AC\cong AB$(合同は対称)、$\angle BAC\cong\angle CAB$(同じ角)なので、$\angle ABC\cong\angle ACB$ である。$\square$

2 の証明は、三角形を「裏返した自分自身」と比べるもので、三角形の合同条件 の補題「二等辺三角形の底角は等しい」と同じ着想である。

1 辺とその両端の角

公理 I〜III を仮定する。三角形 $ABC$、$A'B'C'$ で $BC\cong B'C'$、$\angle ABC\cong\angle A'B'C'$、$\angle ACB\cong\angle A'C'B'$ ならば、$AB\cong A'B'$、$AC\cong A'C'$、$\angle BAC\cong\angle B'A'C'$ である。

長さを写した点が元の頂点に一致する

(III1) により、半直線 $B'A'$ の上に $BA\cong B'A''$ となる点 $A''\ne B'$ をとる。cor-ha-ray により、角 $\angle A''B'C'$ は $\angle A'B'C'$ と同じで、$A''$ は直線 $B'C'$ について $A'$ と同じ側にある。
三角形 $BAC$ と $B'A''C'$ で $BA\cong B'A''$、$BC\cong B'C'$、$\angle ABC\cong\angle A''B'C'$ なので、thm-ha-sas の 1 により $\angle BCA\cong\angle B'C'A''$ である。仮定 $\angle BCA\cong\angle B'C'A'$ と合わせて $\angle B'C'A''\cong\angle B'C'A'$ で、$A''$ と $A'$ は直線 $B'C'$ の同じ側にあるから、(III4) の一意性により半直線 $C'A''$ と $C'A'$ は等しい。$A''$ は直線 $B'A'$ と直線 $C'A'$ の両方の上にあり、この 2 本は相異なるので共有点は $A'$ だけである。よって $A''=A'$ で $BA\cong B'A'$ である。あとは thm-ha-sas の 1 を三角形 $BAC$、$B'A'C'$ に使えばよい。$\square$

3 辺が等しい三角形が合同であること(Hil02 定理 16、p. 14)と、すべての直角が合同であること(同 定理 15、pp. 13–14)も、公理 I〜III から証明できる。後者は『原論』では第 4 公準として認められていたもので、Hilbert はこれを定理として証明した。どちらもこの記事では証明しない。

平行線の公理と連続の公理

平行線の公理と連続の公理

IV 平行線の公理
(IV) 直線 $\ell$ と $\ell$ の上にない点 $P$ に対し、$P$ を通り $\ell$ と共有点をもたない直線は高々 1 本である。
V 連続の公理
(V1)(Archimedes の公理)線分 $AB$ と半直線 $CD$ について、半直線 $CD$ の上に点 $C=D_0,D_1,D_2,\dots$ を、$D_{k-1}D_k\cong AB$ かつ $D_{k-1}*D_k*D_{k+1}$ となるようにとると、ある $n$ について $D_n=D$ であるか $C*D*D_n$ である。
(V2)(完備性の公理)公理 I〜IV と (V1) を満たしたまま、点と直線をさらに付け加えて、もとの「上にある」「間にある」「合同」の関係を延ばした体系を作ることはできない。

共有点をもたない 2 直線を 平行 という。$P$ を通り $\ell$ に平行な直線が少なくとも 1 本あることは、公理 I〜III から証明できる(Hil02 §10、p. 19。錯角を等しくとる作図で、平行線公準(高校数学) の定理「錯角が等しい 2 直線は交わらない」と同じ内容)。そのため (IV) は「高々 1 本」とだけ述べれば十分で、(IV) は 平行線公準 の Playfair の形にあたる。公理 I〜III と (V1) は満たすが (IV) を満たさない平面の代表が双曲平面である。長さと角を実数で測る平面(平行線公準 の中立平面)では、同記事の主定理により、平行線がどこでも 1 本か、どこでも無数かのどちらかしかない。(V1) を外すと事情が変わり、平行線が無数にあるのに三角形の内角の和が 2 直角に等しい平面(半 Euclid 幾何)や、2 直角より大きい平面(非 Legendre 幾何)が作れる。これは Hilbert の勧めで M. Dehn が得た結果である(Hil02 pp. 80–82)。
(V1) は「どんなに短い線分でも、くり返し並べればどんなに長い線分も越える」という主張で、長さを実数で測れることの基礎になる。Saccheri–Legendreの定理 の証明はこの性質を使う(同 注意「Archimedes の性質を使ったところ」)。(V2) は Hilbert が仏訳版で付け加えたもので、直線の点と実数を 1 対 1 に対応させることを可能にする(Hil02 p. 16)。
公理の番号は本によって違う。Hil02 は空間の公理も含み、III が平行線、IV が合同(IV,1–6)である(§1、p. 2)。この記事の (II1)〜(II4) は II,1・II,2 の後半・II,3・II,5 にあたり、(III1)〜(III6) は IV,1–6、(IV) は III にあたる。Lee18 pp. 142–143 も、ほぼ同じ形で平面の公理をまとめている。

模型と公理の独立性

無定義語に具体的な意味を与え、すべての公理が成り立つようにしたものを公理系の 模型 という(Lee18 p. 143)。模型が 1 つあれば、公理から矛盾は出ない(矛盾が出るなら、模型の中でも矛盾が起きる)。ある公理だけが成り立たない模型があれば、その公理はほかの公理から証明できない(証明できるなら、模型の中でも成り立つはずである)。これが公理の 独立性 の示し方である。

座標平面

$\mathbb R^2$ で、直線と「間にある」を ex-ha-small の 2 のとおりに決め、線分の合同を「普通の長さが等しい」、角の合同を「普通の角の大きさが等しい」と決める。この解釈で公理 I〜IV と (V1) が成り立つ。Euclid幾何学 の定理「座標平面は Euclid 平面である」で中立平面の公理 (A1)〜(A5) と平行線公準を確かめたので、次のように従う。

言い換えを開く

(I1)〜(I3) は (A1)、(II1)・(II3) は (A2) の前半である。(II2) は $C=2B-A$ をとればよい。(II4) は (A2) の後半から従う。$\ell$ が線分 $AB$ と交われば $A$、$B$ は $\ell$ の反対側にあり、$C$ はそのどちらか一方と反対側にあるので、$\ell$ は線分 $AC$ か $BC$ と交わる。(III1)〜(III3) は (A3)、(III4)・(III5) は (A4)(角の合同は大きさが等しいこと)、(III6) は (A5)、(IV) は平行線公準である。(V1) は、$C*D_1*D_2*\cdots$ と (A3) から $D_n$ が半直線 $CD$ の上で $C$ からの長さ $n\cdot AB$ の点になることと、実数の Archimedes の性質から従う。

Hil02 §9、pp. 17–18 は、実数の代わりに次の例の体 $\Omega$ を使って同じ確かめを述べ、実数でも同じであるとしている。

反例:2 辺とその間の角から残りの辺が決まらない平面

$\mathbb R^2$ で、点・直線・「間にある」・角の合同は ex-ha-cartesian のとおりとし、線分の合同だけを次の「長さ」で決める(Hil02 §11、pp. 20–21 の例の平面版)。
$$ N(x,y)=\sqrt{(x+y)^2+y^2},\qquad PQ\cong P'Q'\iff N(Q-P)=N(Q'-P'). $$
$N(x,y)$ は、可逆な線形写像 $L(x,y)=(x+y,\,y)$ で移した点の普通の長さ $|L(x,y)|$ である。
段 1(成り立つ公理)。公理 I・II・(III4)・(III5)・(IV) は線分の合同を含まないので、ex-ha-cartesian と同じく成り立つ。直線 $\{P+tv\mid t\in\mathbb R\}$($v\ne0$)の上では
$$ N\bigl((P+sv)-(P+tv)\bigr)=|s-t|\,N(v),\qquad N(v)=|Lv|>0 $$
なので、この「長さ」は直線ごとに媒介変数の差の正の定数倍である。よって、半直線の上に与えた「長さ」の点がちょうど 1 つあり((III1))、合同は「長さ」の相等なので (III2) が成り立ち、$A*B*C$ なら「長さ」は足し算になるので (III3) が成り立つ。

(V1) の確かめを開く

半直線の上に等しい「長さ」の点を並べると媒介変数が等差数列になるので、実数の Archimedes の性質により (V1) が成り立つ。


段 2(合同条件が崩れる)。$O=(0,0)$、$A=(1,0)$、$B=(0,1)$、$C=\left(\frac12,\frac12\right)$ とする。三角形 $OCA$ と $OCB$ で、辺 $CO$ は共通、$N(A-C)=N\left(\frac12,-\frac12\right)=\frac12=N\left(-\frac12,\frac12\right)=N(B-C)$ で $CA\cong CB$、角 $\angle OCA$ と $\angle OCB$ はどちらも普通の意味で直角なので合同である。ところが残りの辺は $N(A-O)=N(1,0)=1$、$N(B-O)=N(0,1)=\sqrt2$ で合同でない。
段 3(結論)。thm-ha-sas は公理 I〜III から証明したので、段 1 で (III6) 以外の公理がすべて成り立つこの平面で thm-ha-sas が崩れることは、(III6) が成り立たないことを意味する。よって (III6) はほかの公理から証明できない。$\square$

平行線公準 の例「反例:距離 $|x|+|y|$ の平面」も、同じ役割を果たす平面である。

可算な模型と Archimedes 的でない模型
  1. 1 から出発して、四則演算と $\omega\mapsto\sqrt{1+\omega^2}$ を有限回施して得られる実数の全体を $\Omega$ とする。$\Omega$ は実数体の部分体で、可算集合である。$\Omega^2$ に ex-ha-cartesian と同じ式で直線・「間にある」・合同を入れると、公理 I〜IV と (V1) が成り立つ(Hil02 §9、pp. 17–18。直線を回転させる式に現れる $\sqrt{a^2+b^2}=a\sqrt{1+(b/a)^2}$ が $\Omega$ に入ることが要点である)。$\Omega^2$ は $\mathbb R^2$ に含まれ、関係を定める式は同じなので、$\Omega^2$ に点と直線を付け加えて公理 I〜IV と (V1) を満たす $\mathbb R^2$ まで延ばせる。よって $\Omega^2$ では (V2) が成り立たない。
  2. $t$ の有理式から四則演算と $\omega\mapsto\sqrt{1+\omega^2}$ で得られる関数の全体 $\Omega(t)$ を、「$t$ が十分大きいところで $a-b>0$」のとき $a>b$ と順序づける。どの自然数 $n$ についても $t-n>0$ なので $n< t$ である。$\Omega(t)$ の 2 つ組を点とし (1) と同じ約束をすると、(V1) 以外の公理 I〜IV が成り立ち、長さ $1$ の線分を何回並べても長さ $t$ の線分を越えない(Hil02 §12、pp. 21–22)。(1)・(2) で公理が成り立つことは、この記事では証明しない。

例と反例

公理を 1 つだけ外した模型を表にまとめる。どの行も、外した公理以外の公理 I〜IV と (V1) は成り立っている((V2) の行は (V1) まで)。(III6) の行はこの記事で確かめた。ほかの行の模型で公理が成り立つことは、この記事では証明しない(所在は各例と Hil02 §10、p. 19)。

外す公理模型成り立たなくなること
(IV) 平行線の公理双曲平面(双曲幾何学、非Euclid幾何学 の Beltrami–Klein モデル。Hil02 §10、p. 19 は球の内部を使う)平行線の一意性、三角形の内角の和が 2 直角であること
(III6)ex-ha-sas-fails の平面合同条件「2 辺とその間の角」(thm-ha-sas)
(V1) Archimedes の公理ex-ha-omega の 2 の平面 $\Omega(t)^2$長さを実数で測ること
(V2) 完備性の公理ex-ha-omega の 1 の平面 $\Omega^2$直線の点と実数の 1 対 1 対応($\Omega$ は可算)

Hil02 は、平行線の公理の独立性を示すために、球の内部に限った空間で、その球を自分自身に移す線形の変換によって合同を定めた(§10、p. 19)。これは平面では、円板の弦を直線とする Beltrami–Klein モデルにあたる(非Euclid幾何学 の定理「Beltrami–Klein モデル」)。

公理から何が組み立てられるか

使う公理の範囲ごとに、証明できる主な事実を並べる。

使う公理証明できること所在
I・II直線が平面を 2 つに分ける、単純多角形の内部と外部thm-ha-separation、Hil02 定理 6(p. 6)
I〜III合同条件、すべての直角は合同、平行線の存在thm-ha-sas、thm-ha-asa、Hil02 定理 15・16(pp. 13–14)、§10(p. 19)
I〜III と (V1)三角形の内角の和は 2 直角以下Saccheri–Legendreの定理
I〜IV錯角の定理、内角の和は 2 直角、3 点を通る円Hil02 定理 19・20(p. 15)、Euclid幾何学
I〜IV(V なし)線分の代数、Pascal(Pappus)の定理、比例と相似、座標Hil02 §14–17(pp. 24–36)、Pappusの六角形定理

最後の行は、連続の公理を使わずに Euclid 幾何の全体を展開できるという Hilbert の主張にあたる。線分の掛け算を定義し、それが可換であることを Pascal の定理(今日の Pappus の六角形定理)から導いて、平面に座標を入れる(Pappusの六角形定理 の注意「座標の掛け算の可換性」)。完備性の公理まで加えると、座標は実数全体を動き、平面の点と実数の組が 1 対 1 に対応する(Hil02 p. 16、§17、pp. 34–36)。

関連項目

参考文献

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