エクスパンダーグラフ(expander graph)とは、次数 $d$ を固定した $d$-正則グラフの列で、頂点の個数が限りなく増えても、頂点集合を 2 つに分けるとき切る辺の本数を小さいほうの集合の大きさで割った値(Cheeger 定数)が一定の正の数より下がらないものの各グラフである。単純グラフでは、これは隣接行列のスペクトルギャップ $d-\lambda_2$ が一様に正であることと同値で、2 番目の固有値の絶対値 $\lambda$ が小さいと集合の間の辺の本数がほぼ無作為な場合と一致する(エクスパンダー混合補題)。一方 $\lambda$ は頂点が増えると $2\sqrt{d-1}$ より本質的に小さくできない(Alon–Boppana の評価)。無作為な構成で存在が示され、直径は頂点の個数の対数程度である。
前提知識: 正則グラフ, 隣接行列, Cheegerの不等式(グラフ), 二項係数
エクスパンダーグラフ(expander graph)とは、次数が小さい(各頂点の辺が少ない)にもかかわらず、頂点のどんな集合からもその大きさに比例する本数の辺が外へ出ているグラフのことである。正確には、次数 $d$ を固定した $d$-正則グラフの列で、頂点の個数が限りなく増えても、2 つに分けるときに切る辺の本数の比(Cheeger 定数)が一定の正の数より下がらないものをいう。辺の本数は頂点の個数の $d/2$ 倍しかないのに、どこで切っても多くの辺を切るという、相反する性質を兼ね備えている。
単純グラフでは、この条件は隣接行列の 2 番目に大きい固有値 $\lambda_2$ が次数 $d$ から一定の距離だけ離れていること(スペクトルギャップ)と同値である(Cheegerの不等式(グラフ))。固有値による言い換えから、辺がほぼ無作為に配置されているかのように振る舞うこと(エクスパンダー混合補題)が従う。一方、$d$ 以外の固有値の絶対値の最大値は、頂点が多くなると $2\sqrt{d-1}$ より本質的に小さくはできない(Alon–Boppana の評価)。この記事では、定義、混合補題、Alon–Boppana の評価の一つの形、無作為に作ったグラフが高い確率でエクスパンダーであること、直径が頂点の個数の対数程度であることを証明し、具体的な構成は所在を示して引用する。
この記事では、グラフは有限でループをもたないとし、多重辺は許す。隣接行列 $A$ の $(u,v)$ 成分は $u$ と $v$ を結ぶ辺の本数である。頂点集合を $V$、$n:=\lvert V\rvert$ とする。$d$-正則グラフ(すべての頂点の次数が $d$)の隣接行列は実対称行列で、固有値を $\lambda_1\ge\lambda_2\ge\dots\ge\lambda_n$ と並べると $\lambda_1=d$ であり、すべての固有値の絶対値は $d$ 以下である(隣接行列 の定理「最大固有値と次数」。証明は多重辺があっても同じである)。
$n\ge2$ の $d$-正則グラフ $G$ について、$d-\lambda_2$ を $G$ の スペクトルギャップ、
$$
\lambda(G):=\max\{\lvert\lambda_2\rvert,\lvert\lambda_n\rvert\}=\max_{2\le i\le n}\lvert\lambda_i\rvert
$$
を $G$ の 2 番目の固有値の絶対値 とよぶ。頂点が $n$ 個で $\lambda(G)\le\lambda$ をみたす $d$-正則グラフを $(n,d,\lambda)$-グラフ という。
$(n,d,\lambda)$-グラフの用語は Zha23 Definition 3.2.1(p. 103)による。次に、頂点の集合 $S$ から外へ出る辺の集合を $\partial S$ と書く(多重辺は本数だけ数える)。
$n\ge2$ のグラフ $G$ の Cheeger 定数 を
$$
h(G):=\min\Bigl\{\frac{\lvert\partial S\rvert}{\lvert S\rvert}\ \Bigm|\ S\subset V,\ 0<\lvert S\rvert\le\frac n2\Bigr\}
$$
とする。$d$ を固定し、$d$-正則グラフの列 $G_1,G_2,\dots$ が、頂点の個数 $n_j\to\infty$ をみたし、ある $\varepsilon>0$ についてすべての $j$ で $h(G_j)\ge\varepsilon$ となるとき、この列を エクスパンダー族(family of expanders)といい、その各グラフを エクスパンダーグラフ という。
連結な有限グラフは必ず $h(G)>0$ をみたすので、1 つのグラフだけを見ても意味がなく、頂点の個数を増やしたときに $h$ が一様に下から抑えられることが要点である。たとえば閉路 $C_n$ は $2$-正則で $h(C_n)=2/\lfloor n/2\rfloor\to0$ なので、エクスパンダー族をなさない(Cheegerの不等式(グラフ) の例「小さいグラフの Cheeger 定数」)。完全グラフ $K_n$ は $h(K_n)=\lceil n/2\rceil$ と大きいが、次数 $n-1$ が増えていくので条件をみたさない。
$d$ を固定し、$G_j$ を頂点の個数 $n_j\to\infty$ の $d$-正則単純グラフの列とする。$G_j$ がエクスパンダー族であることと、ある $\delta>0$ についてすべての $j$ で $d-\lambda_2(G_j)\ge\delta$ となることは同値である。
Cheegerの不等式(グラフ) の系「正則グラフの場合」により $\frac12(d-\lambda_2)\le h(G_j)\le\sqrt{2d(d-\lambda_2)}$ である。$h(G_j)\ge\varepsilon$ なら $d-\lambda_2\ge\varepsilon^2/(2d)$ であり、$d-\lambda_2\ge\delta$ なら $h(G_j)\ge\delta/2$ である。$\square$
Zha23 §3.2(pp. 105–106)は、エクスパンダー族をスペクトルギャップで定義し、Cheeger の不等式によって辺の拡大による定義と同値であることを注意している。BH11 §4.4(p. 69)は、集合の近くの頂点の個数が集合の大きさの一定倍以上になること(頂点の拡大)で説明している。
$S,T\subset V$ について、$x\in S$、$y\in T$ を結ぶ辺を向きをつけて数えた本数を $e(S,T)$ とする($S$ と $T$ が交わるとき、両端が $S\cap T$ にある辺は 2 回数える)。$S$ と $T$ の特性ベクトルを $\mathbf 1_S,\mathbf 1_T$ とすると $e(S,T)=\mathbf 1_S^{\mathsf T}A\mathbf 1_T$ である。辺がまったく無作為に置かれていれば、$e(S,T)$ はおおよそ「辺の密度 $d/n$ と $\lvert S\rvert\lvert T\rvert$ の積」になると期待される。次の補題は、$\lambda(G)$ が小さければ実際にそうなることを示す。
$G$ を頂点が $n$ 個の $d$-正則グラフ、$\lambda:=\lambda(G)$ とする。$S,T\subset V$、$s:=\lvert S\rvert$、$t:=\lvert T\rvert$ について
$$
\Bigl\lvert e(S,T)-\frac{d\,st}n\Bigr\rvert\ \le\ \lambda\sqrt{st\Bigl(1-\frac sn\Bigr)\Bigl(1-\frac tn\Bigr)}\ \le\ \lambda\sqrt{st}
$$
である。
$A\mathbf 1=d\mathbf 1$ なので、スペクトル定理 により、$u_1=\mathbf 1/\sqrt n$ から始まる固有ベクトルの正規直交基底 $u_1,\dots,u_n$、$Au_i=\lambda_iu_i$ がとれる($\lambda_1=d$。$d$ の重複度が $2$ 以上でも、固有空間の正規直交基底を $u_1$ から始めればよい)。$\mathbf 1_S=\sum_i\alpha_iu_i$、$\mathbf 1_T=\sum_i\beta_iu_i$ と展開すると、$\alpha_1=\mathbf 1_S^{\mathsf T}u_1=s/\sqrt n$、$\beta_1=t/\sqrt n$ であり
$$
e(S,T)=\mathbf 1_S^{\mathsf T}A\mathbf 1_T=\sum_{i=1}^n\lambda_i\alpha_i\beta_i=\frac{d\,st}n+\sum_{i\ge2}\lambda_i\alpha_i\beta_i
$$
である。$i\ge2$ では $\lvert\lambda_i\rvert\le\lambda$ なので、Cauchy–Schwarzの不等式 により
$$
\Bigl\lvert\sum_{i\ge2}\lambda_i\alpha_i\beta_i\Bigr\rvert\le\lambda\sum_{i\ge2}\lvert\alpha_i\beta_i\rvert\le\lambda\Bigl(\sum_{i\ge2}\alpha_i^2\Bigr)^{1/2}\Bigl(\sum_{i\ge2}\beta_i^2\Bigr)^{1/2}
$$
である。$\sum_i\alpha_i^2=\mathbf 1_S^{\mathsf T}\mathbf 1_S=s$ から $\sum_{i\ge2}\alpha_i^2=s-s^2/n=s(1-s/n)$、同様に $\sum_{i\ge2}\beta_i^2=t(1-t/n)$ である。これで最初の不等式が示された。2 つ目は $0\le1-s/n\le1$ などによる。$\square$
この補題は BH11 Proposition 4.3.2(pp. 68–69。Alon–Chung の補題の一つの形として)にあり、右側の $\lambda\sqrt{st}$ の形は Zha23 Theorem 3.2.4(p. 104)にもある。$\lambda$ が $d$ に比べて小さいほど、辺の配置は「無作為に近く」、小さい集合の間の辺の本数まで予想どおりになる。
$S$ を独立集合(どの 2 頂点も隣接しない集合)とし、$s:=\lvert S\rvert>0$ とする。$e(S,S)=0$ なので、thm-exp-mixing を $T=S$ に使うと $ds^2/n\le\lambda s(1-s/n)$、すなわち $ds\le\lambda(n-s)$ である。これを $s$ について解くと $s\le n\lambda/(d+\lambda)$ を得る。各色の頂点の集合は独立集合なので、$n\le\chi(G)\cdot n\lambda/(d+\lambda)$ である。$\square$
$\lambda$ が小さい正則グラフは、大きな独立集合をもたず、色を多く必要とする。独立集合の大きさについては、最小固有値だけを使う Hoffman の上界 $n(-\lambda_n)/(d-\lambda_n)$ がより強い(正則グラフ の定理「Hoffman の比の上界」)。$\lambda\ge-\lambda_n$ であり、$x\mapsto nx/(d+x)$ は増加するので、$n(-\lambda_n)/(d-\lambda_n)\le n\lambda/(d+\lambda)$ である。
混合補題は $\lambda(G)$ が小さいほどよい結論を与える。しかし、次数 $d$ を固定して頂点を増やすと、$\lambda(G)$ はある値より本質的に小さくはできない。その値 $2\sqrt{d-1}$ は、すべての頂点の次数が $d$ の無限の木の上の閉じた歩道の数え上げから現れる。
$d\ge2$ とし、$G$ を $d$-正則の単純グラフ、$v$ をその頂点、$k\ge1$ とする。$v$ から出て $v$ に戻る長さ $2k$ の歩道は $C_k(d-1)^k$ 個以上ある。ここで $C_k=\frac1{k+1}\binom{2k}k$ は Catalan数 である。
$v$ から出る 後戻りしない歩道、すなわち頂点の列 $P=(w_0,w_1,\dots,w_m)$ で、$w_0=v$、$w_{i}$ と $w_{i-1}$ が隣接し、$w_{i+1}\neq w_{i-1}$ となるもの($m\ge0$)の全体を $\mathcal T$ とする。$m\ge1$ の $P$ から最後の頂点を除いたものを $P$ の 親、$P$ の後ろに $w_m$ の隣接頂点 $y\neq w_{m-1}$ を付け加えたものを $P$ の 子 という。$G$ は単純で $d$-正則なので、子は $m=0$ なら $d$ 個、$m\ge1$ なら $d-1$ 個ある。
$\mathcal T$ の上の歩みから $G$ の歩道へ. $P_0=(v)$ から始め、各段で子か親へ移って $2k$ 段後に $(v)$ に戻る列 $P_0,P_1,\dots,P_{2k}$ を 木の上の閉じた歩み という。各 $P_i$ の最後の頂点 $x_i$ を並べると、子へ移れば新しい最後の頂点は隣接頂点であり、親へ移れば最後の頂点は直前の頂点 $w_{m-1}$ なので、$(x_0,\dots,x_{2k})$ は $v$ から $v$ への長さ $2k$ の歩道である。この対応は単射である。実際、$P_i=(w_0,\dots,w_m)$ と $x_{i+1}$ が分かれば、$m\ge1$ かつ $x_{i+1}=w_{m-1}$ のときは $P_i$ の後ろに $x_{i+1}$ を付けた列が後戻りするので $P_{i+1}$ は親であり、それ以外のときは親の最後の頂点が $x_{i+1}$ でないので $P_{i+1}$ は $P_i$ の後ろに $x_{i+1}$ を付けた子である。よって $P_0$ から順に $P_i$ がすべて決まる。
木の上の閉じた歩みを数える. 子へ移る段を $+1$、親へ移る段を $-1$ と書くと、$P_i$ の長さ $m$ はそこまでの和であり、$0$ 以上で、最後に $0$ に戻る。よって段の種類の列は長さ $2k$ の Dyck 列である(Catalan数 の定義「Dyck 列と Catalan 数」)。逆に Dyck 列を 1 つ決めると、$-1$ の段では直前の長さが $1$ 以上なので親がただ 1 つあり、$+1$ の段では子の選び方が $d-1$ 通り以上ある。よって木の上の閉じた歩みは $C_k(d-1)^k$ 個以上あり、単射により主張が従う。$\square$
$\mathcal T$ に親子の関係で辺を入れたものは、すべての頂点の次数が $d$ の無限の木であり、上の対応は、この木から $G$ への被覆写像(普遍被覆)で歩道を写すことにあたる。
$d\ge2$ とし、$G$ を頂点が $n\ge2$ 個の $d$-正則単純グラフとする。すべての $k\ge1$ について
$$
\lambda(G)^{2k}\ \ge\ \frac{n\,C_k(d-1)^k-d^{2k}}{n-1}
$$
である。したがって、任意の $\varepsilon>0$ について、$\lambda(G)\le2\sqrt{d-1}-\varepsilon$ をみたす $d$-正則単純グラフは、同型を除いて有限個しかない。
$A$ の固有値は $\lambda_1=d$ と、絶対値が $\lambda:=\lambda(G)$ 以下の $n-1$ 個なので、トレースと固有値 により $\operatorname{tr}A^{2k}=\sum_i\lambda_i^{2k}\le d^{2k}+(n-1)\lambda^{2k}$ である。一方 $\operatorname{tr}A^{2k}$ は、隣接行列 の定理「隣接行列の冪と歩道の数」により、各頂点から出て戻る長さ $2k$ の歩道の個数の和であり、lem-exp-closed-walks により $nC_k(d-1)^k$ 以上である。2 つを合わせて最初の不等式を得る。
後半を示す。$\varepsilon$ を小さくすると条件は弱くなるので、$0<\varepsilon<2\sqrt{d-1}$ としてよい。$\rho:=2\sqrt{d-1}-\varepsilon$、$q:=\rho/(2\sqrt{d-1})\in(0,1)$ とおく。$\binom{2k}k$ は和が $4^k$ の $2k+1$ 個の数 $\binom{2k}j$($0\le j\le2k$)の最大のものなので $\binom{2k}k\ge4^k/(2k+1)$ であり、$C_k(d-1)^k\ge(4(d-1))^k/((k+1)(2k+1))$ である。$\lambda(G)\le\rho$ なら、$\rho^{2k}=q^{2k}(4(d-1))^k$ と最初の不等式、$n\ge n-1$ から
$$
(n-1)\,(4(d-1))^k\Bigl(\frac1{(k+1)(2k+1)}-q^{2k}\Bigr)\ \le\ d^{2k}
$$
である。$q<1$ なので、$q^{2k}\le\frac1{2(k+1)(2k+1)}$ となる $k$ を $d$ と $\varepsilon$ だけから選べる。この $k$ について $n-1\le2(k+1)(2k+1)\,d^{2k}/(4(d-1))^k$ であり、右辺は $G$ によらない。頂点の個数が有界な $d$-正則単純グラフは同型を除いて有限個なので、主張が従う。$\square$
この形は Zha23 Corollary 3.6.3(p. 122)で、証明は同書の閉歩道の数え上げによる別証明(pp. 124–126)に従った。より強く、$\lambda_2$ 自身について次が成り立つ。
$d$ を固定する。頂点が $n$ 個の $d$-正則単純グラフについて $\lambda_2\ge2\sqrt{d-1}-o(1)$($n\to\infty$)である。この記事では証明しない。
これは Zha23 Theorem 3.6.2(p. 122)で、証明は辺からの距離で値を決めた試しのベクトルによる(Lemma 3.6.4 と pp. 123–124)。BH11 Proposition 4.1.1(p. 67)は誤差の大きさを含めて述べている。2 つの形の違いは二部グラフに現れる。二部グラフでは $\lambda_n=-d$ なので $\lambda(G)=d$ であり、thm-exp-alon-boppana は二部グラフについて何も言わないが、$\lambda_2$ の形は二部グラフにも当てはまる。
連結な $d$-正則単純グラフで、$d$ 以外のすべての固有値 $\theta$ が $\lvert\theta\rvert\le2\sqrt{d-1}$ をみたすものを Ramanujan グラフ という。
この定義は BH11 §4.1(p. 67)による。thm-exp-alon-boppana により、次数 $d$ を固定して頂点を増やすとき、Ramanujan グラフは $\lambda(G)$ を漸近的に最も小さくするグラフである。$d\ge3$ なら $d-2\sqrt{d-1}=(\sqrt{d-1}-1)^2>0$ なので、頂点の個数が限りなく増える $d$-正則単純な Ramanujan グラフの列は、スペクトルギャップが $(\sqrt{d-1}-1)^2$ 以上で、prop-exp-spectral-equivalence によりエクスパンダー族である。
完全グラフ $K_n$($n\ge3$)の固有値は $n-1$ と $-1$ であり、$1\le2\sqrt{n-2}$ なので Ramanujan グラフである。Petersen グラフの固有値は $3,1,-2$ であり(隣接行列 の例「Petersen グラフの隣接行列」)、$2\le2\sqrt2$ なので Ramanujan グラフである。どちらも頂点の個数を固定した例であり、難しいのは次数を固定して頂点の個数を限りなく増やす列を作ることである。
次数を固定した Ramanujan グラフの無限列の構成は深い結果である。BH11 §4.1(pp. 67–68)によれば、Lubotzky–Phillips–Sarnak と Margulis は、$4$ で割って $1$ 余る素数 $p$ ごとに、次数 $p+1$ の Ramanujan グラフの無限列を構成した。また同所によれば、Alon が予想し Friedman が証明したとおり、$d$ と $\varepsilon>0$ を固定すると、頂点の十分多い無作為な $d$-正則グラフは(確率が $1$ に近いという意味で)$\lambda_2<2\sqrt{d-1}+\varepsilon$ をみたす。この記事ではこれらを証明しない。
エクスパンダー族が存在すること自体は、グラフを無作為に作り、拡大しない集合がある確率を上から評価すれば示せる。ここでは、無作為な置換を重ねた二部グラフで示す。
$d\ge1$、$n\ge2$ とし、$L=\{\ell_1,\dots,\ell_n\}$、$R=\{r_1,\dots,r_n\}$ を頂点の集合とする。$\{1,\dots,n\}$ の置換 $\pi_1,\dots,\pi_d$ を独立に一様に選び、各 $x$ と $j$ について $\ell_x$ と $r_{\pi_j(x)}$ を辺で結んだグラフを $G_n$ とする。$G_n$ は頂点が $2n$ 個の $d$-正則二部グラフである(異なる $j$ が同じ辺を与えれば多重辺になる)。頂点の集合 $S$ に隣接する頂点全体を $N(S)$ と書く。
$d\ge15$ とし、$p_n$ を「$S\subset L$ または $S\subset R$ で、$1\le\lvert S\rvert\le n/2$ かつ $\lvert N(S)\rvert<\frac32\lvert S\rvert$ となるものがある」確率とする。このとき $p_n\to0$($n\to\infty$)である。さらに、そのような $S$ がなく $n\ge5$ なら、$h(G_n)\ge1/5$ である。
1 つの集合についての確率. $S\subset L$ を $\lvert S\rvert=s$ の集合、$T\subset R$ を $\lvert T\rvert=m\ge s$ の集合とする(添字で $\{1,\dots,n\}$ の部分集合とみる)。$N(S)=\bigcup_j\pi_j(S)$ である。一様な置換による $S$ の像は $s$ 元部分集合の上で一様に分布し(各 $s$ 元部分集合はちょうど $s!(n-s)!$ 個の置換の像になる)、$\pi_j$ は独立なので
$$
P\bigl(N(S)\subset T\bigr)=\Bigl(\binom ms\Big/\binom ns\Bigr)^{d}\le\Bigl(\frac mn\Bigr)^{sd}
$$
である($\binom ms/\binom ns=\prod_{i=0}^{s-1}\frac{m-i}{n-i}$ の各因子は $m/n$ 以下)。$S\subset R$ についても、$\pi_j^{-1}$ が独立で一様なので同じである。
$L$ の側の確率が $0$ に近づくことは、$S$ と $T$ の選び方の個数と上の確率を掛けて足し合わせる計算で確かめられる。
数え上げの評価:$1\le s\le n/2$ とし、$m:=\lceil\frac32s\rceil-1$ とおくと $s\le m<\frac32s\le n$ である。$\lvert N(S)\rvert<\frac32s$ なら $N(S)$ は $m$ 元のある $T$ に含まれる。$S$ と $T$ の選び方について足し、$\binom nk\le(en/k)^k$ と、$x\mapsto(en/x)^x$ が $0< x\le n$ で増加することを使うと、$\lvert S\rvert=s$ の $S\subset L$ についての確率の和は $\binom ns\binom nm\Bigl(\frac mn\Bigr)^{sd}\le\Bigl(\frac{en}s\Bigr)^{s}\Bigl(\frac{en}{s}\Bigr)^{\frac32s}\Bigl(\frac{3s}{2n}\Bigr)^{sd}=\Bigl[e^{5/2}\Bigl(\frac32\Bigr)^{d}\Bigl(\frac sn\Bigr)^{d-5/2}\Bigr]^{s}$ 以下である($(en/m)^m\le(en/(\frac32s))^{\frac32s}\le(en/s)^{\frac32s}$)。$a:=d-\frac52$、$\theta:=e^{5/2}(\frac32)^d2^{-a}=(2e)^{5/2}(\frac34)^d$ とおくと、括弧の中は $\theta(2s/n)^a$ である。$d\ge15$ なら $\theta\le(2e)^{5/2}(\frac34)^{15}<0.93<1$ である。
和が $0$ に近づくこと:$2s/n\le1$ と $\theta<1$ から括弧の中は $1$ 以下なので、その $s$ 乗は括弧の中以下である。$s\le\sqrt n$ の項は $(2/\sqrt n)^a$ 以下で、その和は $\sqrt n(2/\sqrt n)^a=2^an^{(1-a)/2}$ 以下である。$s>\sqrt n$ の項は $\theta^s$ 以下で、その和は $\theta^{\sqrt n}/(1-\theta)$ 以下である。$a>1$ なのでどちらも $n\to\infty$ で $0$ に近づき、$R$ の側も同じなので $p_n\to0$ である。
したがって、$d\ge15$ と十分大きいすべての $n$ について、Cheeger 定数が $1/5$ 以上の $d$-正則グラフ(多重辺を含みうる)が存在し、エクスパンダー族が得られる。定数 $15$、$\frac32$、$\frac15$ は証明を簡単にするために選んだもので、最良ではない。
エクスパンダーでは、どの 2 頂点も短い道で結ばれる。
$G$ を頂点が $n\ge2$ 個の $d$-正則グラフ($d\ge1$)とし、$h:=h(G)>0$ とする。$G$ の任意の 2 頂点の距離は
$$
2+\frac{2\log(n/2)}{\log(1+h/d)}
$$
以下である。とくにエクスパンダー族では、直径は $O(\log n)$ である。
頂点 $v$ からの距離が $r$ 以下の頂点の集合を $B_r$ とする。$\lvert B_r\rvert\le n/2$ なら $\lvert\partial B_r\rvert\ge h\lvert B_r\rvert$ であり、$\partial B_r$ の辺の $B_r$ の外の端は $B_{r+1}\setminus B_r$ にある。各頂点にはこれらの辺が高々 $d$ 本しか来ないので $\lvert B_{r+1}\setminus B_r\rvert\ge h\lvert B_r\rvert/d$、すなわち $\lvert B_{r+1}\rvert\ge(1+h/d)\lvert B_r\rvert$ である。$\lvert B_r\rvert>n/2$ となる最小の $r$ を $r_0$ とすると($h>0$ なので $G$ は連結で $r_0$ は存在する)、$r< r_0$ では $\lvert B_r\rvert\ge(1+h/d)^r$ なので $(1+h/d)^{r_0-1}\le n/2$、すなわち $r_0\le1+\log(n/2)/\log(1+h/d)$ である。$r_0$ は中心の頂点によるが、この上界は中心によらない。2 頂点 $u,v$ のそれぞれを中心とし、それぞれの $r_0$ を半径とする球はどちらも半分より多くの頂点を含むので交わり、$u,v$ の距離は 2 つの $r_0$ の和以下、したがって $2+2\log(n/2)/\log(1+h/d)$ 以下である。$\square$
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 混合補題の $\lambda(G)$ を $\max(\lvert\lambda_2\rvert,\lvert\lambda_n\rvert)$ でなく $\lvert\lambda_2\rvert$ とする | 完全二部グラフ $K_{d,d}$ と $S=T=$ 一方の部集合 | $\lambda_2=0$ なのに $e(S,S)=0\neq d\cdot d^2/(2d)$ で、評価が成り立たない |
| Alon–Boppana の評価で次数 $d$ を固定する | 完全グラフ $K_n$(次数 $n-1$ が増える) | $\lambda(K_n)=1\le2\sqrt{n-2}-1$($n\ge3$)をみたすグラフが無限個ある |
| thm-exp-random の $d\ge15$ | $d=1$ | $G_n$ は完全マッチングで、すべての $S$ で $\lvert N(S)\rvert=\lvert S\rvert$ なので $p_n=1$ である |
各行で外した条件が 1 つであり、結論が崩れることを確かめる。
1 行目:$K_{d,d}$($d\ge1$)の隣接行列の固有値は $d,0^{(2d-2)},-d$(隣接行列 の例「完全グラフと完全二部グラフ」)で、$\lambda_2=0$、$\lambda_n=-d$ である。一方の部集合 $S$ の中に辺はないので $e(S,S)=0$ だが、$ds^2/n=d\cdot d^2/(2d)=d^2/2>0$ である。$\lambda(G)=d$ を使えば右辺は $d\cdot d\cdot\frac12=d^2/2$ で、等号が成り立つ。
2 行目:$K_n$ の固有値は $n-1$ と $-1$ なので $\lambda(K_n)=1$、次数は $n-1$ で $2\sqrt{(n-1)-1}-1=2\sqrt{n-2}-1\ge1$ は $n\ge3$ で成り立つ。次数を固定しなければ、$\varepsilon=1$ の条件をみたすグラフが無限個ある。
3 行目:$d=1$ では辺は $\ell_x r_{\pi_1(x)}$ だけで、$N(S)=\pi_1(S)$ なので $\lvert N(S)\rvert=\lvert S\rvert<\frac32\lvert S\rvert$ がすべての空でない $S$ で成り立つ。$\theta=(2e)^{5/2}\cdot\frac34$ は $1$ より大きく、証明の評価も働かない。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する