収束冪級数環

同義語:収束冪級数の環ring of convergent power seriesconvergent power series ring収束冪級数

概要

収束冪級数環(ring of convergent power series)とは、原点を中心とするある多重円板で収束する $n$ 変数の複素係数の冪級数全体のなす環 $\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ のことで、原点での正則関数の芽の環と同型である。定数項が $0$ でない元がちょうど単元である局所環で、極大イデアルは変数で生成され、1 変数では離散付値環になる。多変数でも Weierstrass の予備定理と割り算定理によって変数の個数についての帰納法が使え、Noether 環であり一意分解整域であることが示される。複素多様体や複素解析空間の構造層の茎として現れる一方、形式的冪級数環と違って極大イデアルの冪で定まる位相については完備でない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 形式的冪級数, 多重円板, 局所環, 一意分解整域

原点の近くで収束する冪級数は、原点の近くで定義された正則関数と同じものである。そのような冪級数の全体 $\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ は、形式的冪級数環 $\mathbb{C}[\![z_1,\dots,z_n]\!]$ の部分環になる。これが収束冪級数環(ring of convergent power series)であり、原点での正則関数の芽の環と同型である。複素多様体や複素解析空間の構造層の茎(環付き空間、層)はこの環やその剰余環であり(真のイデアルによる剰余環として書ける $\mathbb{C}$ 代数を解析代数という)、正則関数の局所的な性質を環論の言葉で調べるときの基本の対象になる。
この環は代数的に非常に良い性質をもつ。局所環であり、1 変数では離散付値環である。多変数でも Noether 環で一意分解整域であり、$n$ 変数なら Krull 次元 $n$ の正則局所環である。Noether 性と一意分解性の証明は、Weierstrassの予備定理 によって $n$ 変数の問題を、係数が $n-1$ 変数の収束冪級数である多項式の問題に帰着させて行う。一方で、収束という条件のために形式的冪級数環とは違い、極大イデアルの冪で定まる位相について完備ではない。

定義

$n\ge0$ とし、多重指数 $\alpha=(\alpha_1,\dots,\alpha_n)\in\mathbb{N}^n$ について $z^\alpha:=z_1^{\alpha_1}\cdots z_n^{\alpha_n}$、$|\alpha|:=\alpha_1+\dots+\alpha_n$ と書く。正の実数の組 $r=(r_1,\dots,r_n)$ については $r^\alpha:=r_1^{\alpha_1}\cdots r_n^{\alpha_n}$ とし、$\Delta(0,r)$ で原点を中心とする開多重円板 $\{z\mid|z_j|< r_j\}$ を表す。

収束冪級数環

形式的冪級数 $f=\sum_{\alpha\in\mathbb{N}^n}c_\alpha z^\alpha\in\mathbb{C}[\![z_1,\dots,z_n]\!]$ が収束冪級数であるとは、正の実数の組 $r$ で $\sup_\alpha|c_\alpha|r^\alpha<\infty$ となるものがあることをいう。収束冪級数の全体を $\mathbb{C}\{z\}=\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ と書き、収束冪級数環という。$n=0$ では $\mathbb{C}\{z\}=\mathbb{C}$ である。$f$ の定数項 $c_0$ を $f(0)$ とも書く。

多重円板 の命題「Abel の補題(多変数)」により、$\sup_\alpha|c_\alpha|r^\alpha<\infty$ なら級数は $\Delta(0,r)$ の任意のコンパクト部分集合の上で正規収束し、その和は $\Delta(0,r)$ 上の正則関数である。逆に、すべての成分が $0$ でない点 $w$ で級数が絶対収束すれば、$r_j:=|w_j|$ として条件が満たされる。
原点の近傍で定義された正則関数は、原点のある近傍で一致するとき同じ芽を定めるとみなす(芽)。原点での正則関数の芽の全体を $\mathcal{O}_0=\mathcal{O}_{\mathbb{C}^n,0}$ と書く。和と積は代表どうしの和と積で定まり、$\mathcal{O}_0$ は環である。

収束冪級数と正則関数の芽

$f\in\mathbb{C}\{z\}$ にその和の芽を対応させる写像 $\mathbb{C}\{z\}\to\mathcal{O}_0$ は全単射で、逆写像は芽に原点での Taylor 級数 $\sum_\alpha\frac{\partial^\alpha g(0)}{\alpha!}z^\alpha$ を対応させる。この全単射で、$\mathcal{O}_0$ の和と積は形式的冪級数としての和と積に対応する。特に $\mathbb{C}\{z\}$ は $\mathbb{C}[\![z]\!]$ の部分環であり、$\mathcal{O}_0$ と環として同型である。

要点:和の係数は多重円板の中の円周の積の上の積分で読み取れるので、和が同じ芽を定める級数は同じ係数をもつ。正則関数は Taylor 級数に展開され、Taylor 係数の積は Leibniz の公式で計算できる。

詳しい証明を開く

$f=\sum c_\alpha z^\alpha$ の和 $F$ が $\Delta(0,r)$ で正規収束するとし、$0< \rho_j< r_j$ をとる。円周の積 $T:=\{|\zeta_j|=\rho_j\}$ の上で級数は一様に収束するので項別に積分でき、$\frac{1}{(2\pi i)^n}\int_T\zeta^{\beta-\alpha-\mathbf 1}d\zeta$ は $\beta=\alpha$ のとき $1$、それ以外は $0$ だから、$c_\alpha=\frac{1}{(2\pi i)^n}\int_TF(\zeta)\zeta^{-\alpha-\mathbf 1}d\zeta$ である。一方、多重円板 の定理「冪級数展開」とその証明により、右辺の積分は $\partial^\alpha F(0)/\alpha!$ に等しい。よって係数は和の芽から定まり、写像は単射で、$f$ は $F$ の Taylor 級数である。

全射であること:$g$ が $\Delta(0,r)$ で正則なら、同じ定理により Taylor 級数は $\Delta(0,r)$ の任意のコンパクト部分集合の上で正規収束して $g$ に等しい。$0< s_j< r_j$ をとれば $\sup_\alpha|c_\alpha|s^\alpha\le\sum_\alpha|c_\alpha|s^\alpha<\infty$ なので、Taylor 級数は $\mathbb{C}\{z\}$ に属する。

演算:芽の和の Taylor 係数は係数の和である。積については Leibniz の公式 $\partial^\gamma(FG)(0)=\sum_{\alpha+\beta=\gamma}\frac{\gamma!}{\alpha!\beta!}\partial^\alpha F(0)\partial^\beta G(0)$ から、$FG$ の Taylor 係数は $\sum_{\alpha+\beta=\gamma}\frac{\partial^\alpha F(0)}{\alpha!}\frac{\partial^\beta G(0)}{\beta!}$、すなわち形式的冪級数の積の係数である。

以下、収束冪級数とその和の芽を同一視し、$f\in\mathbb{C}\{z\}$ を原点の近傍の正則関数としても扱う。$\mathbb{C}^n$ の可逆な線形変換 $A$ による変数の取り替え $f\mapsto f\circ A$ は、芽の環 $\mathcal{O}_0$ の自己同型なので、$\mathbb{C}\{z\}$ の環の自己同型を引き起こす。

局所環としての構造

収束冪級数環は局所環

$n\ge0$ とする。

  1. $\mathbb{C}\{z\}$ は整域である。
  2. $f\in\mathbb{C}\{z\}$ が単元であることと $f(0)\neq0$ は同値である。
  3. $\mathbb{C}\{z\}$ は局所環であり、極大イデアルは $\mathfrak{m}:=\{f\mid f(0)=0\}=(z_1,\dots,z_n)$、剰余体は $\mathbb{C}$ である。
  1. $\mathbb{C}\{z\}$ は整域 $\mathbb{C}[\![z]\!]$(形式的冪級数 の命題「整域性の保存と反映」)の部分環なので整域である。
  2. $fg=1$ なら定数項を比べて $f(0)g(0)=1$ である。逆に $f(0)\neq0$ なら、和 $F$ は連続なので原点のある多重円板で $0$ にならず、そこで $1/F$ は各変数について正則(正則関数 の命題「正則関数の四則と合成」)かつ連続なので、多変数の正則関数である(多重円板 の定義「多変数の正則関数」)。prop-cps-germs により $1/F$ の芽は $\mathbb{C}\{z\}$ の元 $g$ で、$fg=1$ である。
  3. 2 により単元でない元の全体は $\mathfrak{m}$ であり、$\mathfrak{m}$ は環準同型 $f\mapsto f(0)$ の核なのでイデアルである。単元でない元の全体がイデアルである環は局所環である(局所環 の命題「局所環の特徴づけ」)。剰余体は $\mathbb{C}\{z\}/\mathfrak{m}\cong\mathbb{C}$ である。$(z_1,\dots,z_n)\subset\mathfrak{m}$ は明らかである。逆に $f=\sum_{\alpha\neq0}c_\alpha z^\alpha\in\mathfrak{m}$ とし、$\sup_\alpha|c_\alpha|r^\alpha=:M<\infty$ とする。$\alpha\neq0$ について $j(\alpha)$ を $\alpha_j>0$ となる最小の $j$ とし、$g_j:=\sum_{j(\alpha)=j}c_\alpha z^{\alpha-e_j}$($e_j$ は $j$ 番目の単位ベクトル)とおく。$g_j$ の係数は $|c_\alpha|r^{\alpha-e_j}\le M/r_j$ を満たすので $g_j\in\mathbb{C}\{z\}$ であり、形式的冪級数として $f=\sum_jz_jg_j$ である。$\square$

3 の分解は、一部の変数だけに $0$ を代入する場合にも同じ形で成り立つ。

Hadamard の補題

$0\le k\le n$ とし、$f\in\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ とする($k=0$ では主張は自明である)。$f(0,\dots,0,z_{k+1},\dots,z_n)$ が $\mathbb{C}\{z_{k+1},\dots,z_n\}$ の元として $0$ ならば、$g_1,\dots,g_k\in\mathbb{C}\{z\}$ があって $f=z_1g_1+\cdots+z_kg_k$ と書ける。したがって、代入の写像 $\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}\to\mathbb{C}\{z_{k+1},\dots,z_n\}$、$f\mapsto f(0,\dots,0,z_{k+1},\dots,z_n)$ は全射な環準同型で、核はイデアル $(z_1,\dots,z_k)$ である。$k=n$ の場合が thm-cps-local の 3 の $\mathfrak{m}=(z_1,\dots,z_n)$ である。

$f=\sum_\alpha c_\alpha z^\alpha$、$\sup_\alpha|c_\alpha|r^\alpha=:M<\infty$ とする。$f(0,\dots,0,z_{k+1},\dots,z_n)$ は $\alpha_1=\cdots=\alpha_k=0$ となる項だけを集めた級数で、その係数は $(r_{k+1},\dots,r_n)$ について同じ $M$ で抑えられるので、収束冪級数である。和は原点の近くの正則関数を $\{z_1=\cdots=z_k=0\}$ に制限したものなので(prop-cps-germs)、代入は和と積を保つ。
仮定は、$\alpha_1=\cdots=\alpha_k=0$ となる項がないことである。$c_\alpha\neq0$ の $\alpha$ について、$\alpha_j>0$ となる最小の $j$ を $j(\alpha)$ とすると $j(\alpha)\le k$ である。$g_j:=\sum_{j(\alpha)=j}c_\alpha z^{\alpha-e_j}$($1\le j\le k$)とおくと、prf-cps-local の 3 と同じく係数は $|c_\alpha|r^{\alpha-e_j}\le M/r_j$ を満たすので $g_j\in\mathbb{C}\{z\}$ であり、$f=\sum_{j\le k}z_jg_j$ である。全射であることは、$h\in\mathbb{C}\{z_{k+1},\dots,z_n\}$ を $z_1,\dots,z_k$ を含まない級数とみればよい。核が $(z_1,\dots,z_k)$ を含むことは明らかで、逆の包含が前半の主張である。$\square$

収束冪級数環の正則性

$R=\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$、$\mathfrak{m}=(z_1,\dots,z_n)$ とする。$R$ は Krull 次元 $n$ の正則局所環である。さらに $\mathfrak{m}^2$ は 2 次以上の項だけからなる級数の全体であり、$\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ は $z_1,\dots,z_n$ の類を基底とする $n$ 次元の $\mathbb{C}$ ベクトル空間で、$g\in\mathfrak{m}$ の類は $\sum_j\frac{\partial g}{\partial z_j}(0)\,z_j$ の類に等しい。

要点:lem-cps-hadamard から長さ $n$ の素イデアルの鎖を作って $\dim R\ge n$ を示し、上からは埋め込み次元 $n$ で抑える。

詳しい証明を開く

$R$ は Noether 局所環である(thm-cps-local、Weierstrassの予備定理 の系「収束冪級数環は Noether 環」)。$k=0,\dots,n$ について $P_k:=(z_1,\dots,z_k)$($P_0=0$)とおく。lem-cps-hadamard により $R/P_k\cong\mathbb{C}\{z_{k+1},\dots,z_n\}$ は整域(thm-cps-local の 1)なので、$P_k$ は素イデアルである。$z_{k+1}$ の $R/P_k$ での像は $0$ でないので $P_k\subsetneq P_{k+1}$ である。よって長さ $n$ の鎖 $P_0\subsetneq P_1\subsetneq\cdots\subsetneq P_n=\mathfrak{m}$ があり、$\dim R\ge n$ である。

$g\in\mathfrak{m}$ を lem-cps-hadamard($k=n$)で $g=\sum_jz_jg_j$ と書く。$g$ の 1 次の項は $\sum_jg_j(0)z_j$ なので $g_j(0)=\frac{\partial g}{\partial z_j}(0)$ であり(prop-cps-germs)、$g-\sum_jg_j(0)z_j=\sum_jz_j(g_j-g_j(0))\in\mathfrak{m}^2$ である。とくに 2 次以上の項だけからなる級数は $\mathfrak{m}^2$ に属する。逆に $\mathfrak{m}^2$ の元は $z_iz_jh$($h\in R$)の形の元の和なので、2 次以上の項だけからなる。したがって $g\in\mathfrak{m}$ の $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2$ での類は 1 次の項だけで決まり、1 次の項が $0$ でない元は $\mathfrak{m}^2$ に入らないので、$z_1,\dots,z_n$ の類は基底をなす。よって $\dim_{\mathbb{C}}\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2=n$ であり、埋め込み次元 の定理「次元不等式と正則局所環」により $n\le\dim R\le\dim_{\mathbb{C}}\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2=n$、すなわち $R$ は次元 $n$ の正則局所環である。$\square$

1 変数の場合

1 変数の収束冪級数環は離散付値環

$n=1$ とする。$0$ でない $f\in\mathbb{C}\{z\}$ は、単元 $u$ と整数 $k\ge0$ によって $f=z^ku$ とただ一通りに書ける($k$ は $f$ の $0$ でない係数の最小の次数で、$\operatorname{ord}f$ と書く)。$0$ でないイデアルは $(z^k)$($k\ge0$)に限る。$\mathbb{C}\{z\}$ は $\operatorname{ord}$ を付値とする離散付値環である。

要点:最低次の項 $z^k$ をくくり出すと残りは定数項が $0$ でない収束冪級数、すなわち単元になる。イデアルは含まれる元の最低次数の最小値 $k$ で決まり $(z^k)$ に等しい。

詳しい証明を開く

$f=\sum_{i\ge k}c_iz^i$、$c_k\neq0$、$\sup_i|c_i|r^i=M< \infty$ とする。$u:=\sum_{i\ge0}c_{i+k}z^i$ の係数は $|c_{i+k}|r^i\le M/r^k$ を満たすので $u\in\mathbb{C}\{z\}$ であり、$u(0)=c_k\neq0$ だから単元である(thm-cps-local の 2)。$f=z^ku$ であり、$k$ は $f$ から定まり、$u$ は整域で $z^k$ を約して定まる。

$I\neq0$ をイデアルとし、$k:=\min\{\operatorname{ord}f\mid0\neq f\in I\}$ を実現する $f=z^ku$ をとると $z^k=fu^{-1}\in I$ である。$I$ の $0$ でない元 $g=z^{\operatorname{ord}g}v$ は $\operatorname{ord}g\ge k$ なので $g\in(z^k)$ である。よって $I=(z^k)$ である。

商体の $0$ でない元 $f/g$ に $\nu(f/g):=\operatorname{ord}f-\operatorname{ord}g$ を対応させると、$\operatorname{ord}(fg)=\operatorname{ord}f+\operatorname{ord}g$、$\operatorname{ord}(f+g)\ge\min(\operatorname{ord}f,\operatorname{ord}g)$ からこれは well-defined な全射の離散付値であり、$\nu(f/g)\ge0$ なら $f/g=z^{\operatorname{ord}f-\operatorname{ord}g}uv^{-1}\in\mathbb{C}\{z\}$($f=z^{\operatorname{ord}f}u$、$g=z^{\operatorname{ord}g}v$)である。よって $\mathbb{C}\{z\}$ は $\nu$ の付値環であり、離散付値環 の定義の意味で離散付値環である。

一意分解性

$n\ge1$ とし、$\mathbb{C}^n$ の点を $z=(z',w)$、$z'=(z_1,\dots,z_{n-1})$、$w=z_n$ と書く。$\mathbb{C}\{z'\}[w]$ は $\mathbb{C}\{z\}$ の部分環である。Weierstrass 多項式とは、$W=w^b+a_{b-1}w^{b-1}+\dots+a_0$($a_j\in\mathbb{C}\{z'\}$、$a_j(0)=0$)の形の $w$ のモニック多項式のことであり、$W(0,w)=w^b$ を満たす(Weierstrassの予備定理 の定義)。主定理の証明では、同じ記事の定理「Weierstrass の予備定理」「Weierstrass の割り算定理」と補題「一般の関数を $w$ 正則にする座標変換」を使う。

Weierstrass 多項式の分解と割り切れ方

$W\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ を次数 $b$ の Weierstrass 多項式とする。

  1. $W=PQ$($P,Q\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ はモニック)なら、$P$ と $Q$ は Weierstrass 多項式である。
  2. $g\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ が $\mathbb{C}\{z\}$ の中で $W$ で割り切れるなら、$\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の中でも $W$ で割り切れる。
  1. 係数を原点での値に置き換える写像 $\mathbb{C}\{z'\}[w]\to\mathbb{C}[w]$ は環準同型なので、$w^b=P(0,w)Q(0,w)$ である。$\mathbb{C}[w]$ は一意分解整域で $P(0,w)$、$Q(0,w)$ はモニックだから、$P(0,w)=w^{\deg P}$、$Q(0,w)=w^{\deg Q}$ である。すなわち $P$、$Q$ の最高次以外の係数は原点で $0$ になる。
  2. $W$ はモニックなので、$\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の中で多項式の割り算ができて $g=qW+r$($q,r\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$、$\deg_wr< b$)となる。仮定から $g=hW$($h\in\mathbb{C}\{z\}$)とも書ける。$W$ は $W(0,w)=w^b$ より $w$ について $b$ 次の正則なので、Weierstrassの予備定理 の定理「Weierstrass の割り算定理」の一意性により、2 つの表示 $g=qW+r=hW+0$ は一致し、$r=0$ である。$\square$
既約な Weierstrass 多項式は素元

$\mathbb{C}\{z'\}$ が一意分解整域であるとする。次数 $1$ 以上の Weierstrass 多項式 $W$ が $\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の既約元なら、$W$ は $\mathbb{C}\{z\}$ の素元である。

$W(0)=0$ なので $W$ は $\mathbb{C}\{z\}$ の単元でなく、$0$ でもない。$f,g\in\mathbb{C}\{z\}$ について $W$ が $fg$ を割り切るとする。Weierstrassの予備定理 の定理「Weierstrass の割り算定理」で $f=q_1W+r_1$、$g=q_2W+r_2$($r_1,r_2\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$)と割ると、$r_1r_2=fg-(q_1g+q_2r_1)W$ は $\mathbb{C}\{z\}$ の中で $W$ で割り切れる。$r_1r_2\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ だから、lem-cps-weierstrass の 2 により $\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の中でも $W$ で割り切れる。$\mathbb{C}\{z'\}$ は一意分解整域なので $\mathbb{C}\{z'\}[w]$ も一意分解整域であり(一意分解整域 の定理「Gaussの補題と多項式環の一意分解性」の 3)、その既約元 $W$ は素元である(同記事の定理「一意分解整域の特徴づけ」)。よって $W$ は $r_1$ か $r_2$ を割り切り、$f$ か $g$ を割り切る。$\square$

収束冪級数環は一意分解整域

すべての $n\ge0$ について、$\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ は一意分解整域である。

一意分解整域 の定理「一意分解整域の特徴づけ」により、整域で $0$ でも単元でもない元がすべて有限個の素元の積に書けることを示せばよい。$n$ についての帰納法による。$n=0$ では $\mathbb{C}$ は体で、示すことはない。$n\ge1$ とし、$\mathbb{C}\{z'\}$ が一意分解整域であると仮定する。
$f\in\mathbb{C}\{z\}$ を $0$ でも単元でもない元とする。可逆な線形変換による変数の取り替えは環の自己同型で、素元を素元に写すので、Weierstrassの予備定理 の補題「一般の関数を $w$ 正則にする座標変換」により、$f$ は $w$ について $b$ 次の正則であるとしてよい。$f(0)=0$ なので $b\ge1$ である。同じ記事の定理「Weierstrass の予備定理」により、単元 $u$ と次数 $b$ の Weierstrass 多項式 $W$ で $f=uW$ となるものがある。
$W$ を $\mathbb{C}\{z'\}[w]$ のモニックな既約元の積に分ける。$W$ が既約でなければ $W=PQ$($P,Q$ はどちらも単元でない)と書け、最高次の係数の積が $1$ なのでそれらは $\mathbb{C}\{z'\}$ の単元であり、$P$、$Q$ をモニックにとれる。次数 $0$ のモニック多項式は $1$ なので、$P$、$Q$ の次数は $1$ 以上 $b-1$ 以下で、lem-cps-weierstrass の 1 によりどちらも Weierstrass 多項式である。次数についての帰納法で、$W=W_1\cdots W_k$(各 $W_j$ は次数 $1$ 以上の Weierstrass 多項式で、$\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の既約元)と書ける。lem-cps-prime により各 $W_j$ は $\mathbb{C}\{z\}$ の素元であり、単元倍 $uW_1$ も素元である。したがって $f=(uW_1)W_2\cdots W_k$ は素元の積である。$\square$

一意分解整域は整閉整域である(整閉整域 の定理「一意分解整域の整閉性」)ので、$\mathbb{C}\{z\}$ は整閉整域でもある。$\mathbb{C}\{z\}$ が Noether 環であることは、同じく割り算定理による帰納法で示される(Weierstrassの予備定理 の系「収束冪級数環は Noether 環」)。また $\mathbb{C}\{z\}$ は Hensel 局所環である(Hensel局所環 の例「収束する冪級数の環」)。

形式的冪級数環との違い

完備でないこと

$n\ge1$ とする。$\mathbb{C}\{z\}\subsetneq\mathbb{C}[\![z]\!]$ であり、$\mathbb{C}\{z\}$ は $\mathfrak{m}$ 進位相について完備でない。すなわち、$\mathfrak{m}$ 進 Cauchy 列で $\mathbb{C}\{z\}$ の中に極限をもたないものがある。

要点:部分和 $\sum_{j< N}j!\,z_1^j$ は $\mathfrak{m}$ 進 Cauchy 列だが、極限の候補の係数 $j!$ は収束冪級数の条件を満たさない。

詳しい証明を開く

$\mathfrak{m}^k$ は次数 $k$ の単項式で生成されるので、その元は全次数 $k$ 以上の項だけをもつ。$s_N:=\sum_{j< N}j!\,z_1^j$ とおくと、$N< N'$ なら $s_{N'}-s_N\in\mathfrak{m}^N$ なので $(s_N)$ は $\mathfrak{m}$ 進 Cauchy 列である。$g\in\mathbb{C}\{z\}$ に $\mathfrak{m}$ 進で収束したとすると、各 $N$ について十分大きい $N'$ で $g-s_{N'}\in\mathfrak{m}^N$ なので、$g$ の $z_1^j$($j< N$)の係数は $j!$ である。どんな $r_1>0$ についても $\sup_jj!\,r_1^j=\infty$ なので、$g\notin\mathbb{C}\{z\}$ となり矛盾する。同じ理由で $\sum_jj!\,z_1^j\in\mathbb{C}[\![z]\!]$ は $\mathbb{C}\{z\}$ に属さない。

$\mathfrak{m}^N$ は全次数 $N$ 以上の項だけをもつ収束冪級数の全体である(prf-cps-local の 3 の議論を繰り返せば、そのような級数は次数 $N$ の単項式の $\mathbb{C}\{z\}$ 係数の和に書ける)。したがって $\mathbb{C}\{z\}/\mathfrak{m}^N$ は $\mathbb{C}[z]/(z_1,\dots,z_n)^N$ と同型であり、$\mathbb{C}\{z\}$ の $\mathfrak{m}$ 進完備化は $\varprojlim_N\mathbb{C}[z]/(z_1,\dots,z_n)^N\cong\mathbb{C}[\![z]\!]$ である(形式的冪級数 の命題「切り詰め多項式による復元」)。形式的冪級数環も局所環で Noether 環であるが(形式的冪級数 の命題「係数環と局所性」・定理「冪級数環の Noether 性」)、収束冪級数環の元は原点の近くの関数として値をもち、零点集合という幾何学的な対象を定める点が異なる。

例

多項式環では既約だが収束冪級数環では分解する元

$f:=y^2-x^2(1+x)\in\mathbb{C}[x,y]$ を考える。$\sqrt{1+x}=\sum_k\binom{1/2}{k}x^k$ は $|x|<1$ で収束するので、$s:=\sqrt{1+x}\in\mathbb{C}\{x\}$ で $s^2=1+x$ である。$\mathbb{C}\{x,y\}$ の中で
$$ f=(y-xs)(y+xs) $$
と分解し、2 つの因子はどちらも原点で $0$ なので単元でない。一方 $f$ は $\mathbb{C}[x,y]$ では既約である。$f$ は $y$ のモニックな 2 次式なので、$f$ を割り切る $\mathbb{C}[x]$ の元は($y^2$ の係数 $1$ を割り切るので)定数である。したがって単元でない因子への分解は $y$ の 1 次式 2 つへの分解しかなく、$y$ の 1 次の係数が $0$ であることから $(y-p)(y+p)$($p\in\mathbb{C}[x]$、$p^2=x^2(1+x)$)の形になるが、$x^2(1+x)$ は 3 次で、多項式の平方にならない。零点集合 $\{y^2=x^2(1+x)\}$ は原点で 2 本の枝が交わる曲線で、収束冪級数環はその 2 本の枝を別々の因子として見分けている。

1 変数と 2 変数のイデアル
  1. $n=1$ では、$\sin z=z\cdot\frac{\sin z}{z}$ で $\frac{\sin z}{z}$ は単元なので、$(\sin z)=(z)$ である。$(z^2-z^3)=(z^2)$ も同様である。
  2. $n=2$ では、極大イデアル $\mathfrak{m}=(z_1,z_2)$ は単項イデアルでない。$\mathfrak{m}=(g)$ とすると $g\in\mathfrak{m}$ で、$z_1=ag$、$z_2=bg$ と書ける。$a$ が単元でなければ $a,g\in\mathfrak{m}$ より $z_1\in\mathfrak{m}^2$ となり、$z_1$ の 1 次の係数が $1$ であることに反する。よって $a$ は単元で、$z_2=ba^{-1}z_1$ となるが、$z_1=0$ と置くと左辺は $z_2$、右辺は $0$ で矛盾する。

反例:仮定を外した場合

外す条件反例成り立たなくなること
原点での芽の環(局所的な関数の環)$\mathbb{C}$ 上の整関数全体の環Noether 環である
正則(複素解析的)な関数実数直線の原点での $C^\infty$ 級関数の芽の環Noether 環である
変数が 1 個$\mathbb{C}\{z_1,z_2\}$すべてのイデアルが単項イデアル
反例の確かめ
  1. $N\ge1$ について $I_N:=\{f\mid f(k)=0\ (k\ge N\text{ の整数})\}$ とおくと $I_1\subset I_2\subset\cdots$ である。$f_N(z):=\sin(\pi z)/\prod_{k=0}^{N-1}(z-k)$ は(除去可能な特異点を埋めて)整関数で、$\sin\pi z$ の零点はすべて 1 位なので $f_N(N-1)\neq0$ である。よって $f_N\in I_N\setminus I_{N-1}$($N\ge2$)であり、イデアルの真の増大列が止まらないので Noether 環でない(Noether環 の命題「Noether環の同値条件」)。
  2. $C^\infty$ 級関数の芽の環 $\mathcal{E}$ も、$h(0)\neq0$ なら $1/h$ が $0$ の近くで滑らかなので、$\{h\mid h(0)=0\}=:\mathfrak{n}$ を極大イデアルとする局所環である。$\varphi(x):=e^{-1/x^2}$($x\neq0$)、$\varphi(0):=0$ とおく。各 $k$ について $\psi_k(x):=\varphi(x)/x^k$($x\neq0$)、$\psi_k(0):=0$ は滑らかである($x\neq0$ での導関数は $P(1/x)e^{-1/x^2}$、$P$ は多項式、の形で $x\to0$ のとき $0$ に近づく。芽 の例「全ての導関数が零でも非零の芽」と同じ計算)。$\varphi=x^k\psi_k\in\mathfrak{n}^k$ なので $\varphi$ の芽は $\bigcap_k\mathfrak{n}^k$ に属し、$0$ でない。Noether 局所環では $\bigcap_k\mathfrak{n}^k=0$ である(解析的正規局所環 の定理「Krull の交叉定理」の 2)から、$\mathcal{E}$ は Noether 環でない。収束冪級数環では、$\bigcap_k\mathfrak{m}^k$ の元は全次数 $k$ 未満の係数がすべて $0$ なので $0$ である。
  3. ex-cps-ideals の 2 による。thm-cps-dvr は $n=1$ に限る。

補足

thm-cps-ufd は Leb26t Theorem 6.4.2(p. 182)にあり、同書は Weierstrass 多項式の因子が既約であることなどを演習としている。この記事では、既約な Weierstrass 多項式が素元であることを割り算定理の一意性から直接示した(lem-cps-prime)。Noether 性は同 Theorem 6.4.1(p. 181)、1 変数で単項イデアル整域になることは同 Exercise 6.4.2(p. 181)にある。
複素多様体 $M$ の点 $x$ での構造層の茎 $\mathcal{O}_{M,x}$ は、正則な局所座標によって $\mathbb{C}\{z_1,\dots,z_n\}$ と同型である(環付き空間)。複素解析空間の局所模型 $\mathcal{O}_D/\mathcal{I}$ の茎は、その剰余環 $\mathbb{C}\{z\}/I$ の形をしている(複素解析空間)。Noether 性と一意分解性は、解析集合の局所的な既約分解や、岡の連接定理の議論の土台になる。

関連項目

参考文献

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