不連続線形汎関数(discontinuous linear functional)とは、ノルム空間上の線形汎関数で連続でないものである。零でない線形汎関数の核は閉であるか稠密であるかのどちらかで、不連続であることは核が稠密であることと同値になり、このとき汎関数は空でないどの開集合の上でもすべての実数値をとる。選択公理のもとでは無限次元のノルム空間には必ず存在し、Hamel 基底や完備でない部分空間からの延長で作られる。一方、Banach 空間では連続な線形汎関数の列の各点極限として現れることはない。
有限次元のノルム空間では、線形汎関数はすべて連続である。無限次元ではそうではなく、連続でない線形汎関数が必ず存在する。これを不連続線形汎関数(discontinuous linear functional)という。不連続な線形汎関数はきわめて荒い写像で、どんなに小さい球の上でもすべての実数値をとり、核は空間全体で稠密になる。
この記事では、不連続性を核と超平面の言葉で特徴づけ、値の取り方とグラフの形を調べる。続いて存在と構成(具体例と選択公理の使いどころ)を述べ、最後に完備性との関係として、Banach 空間では不連続な汎関数が連続な汎関数の列の各点極限にならないことを示す。
以下、$X$ は実数体上のノルム空間とする。線形汎関数とは線形写像 $f\colon X\to\mathbb R$ のことであり、連続な線形汎関数の全体を $X^*$ と書く。
線形汎関数 $f\colon X\to\mathbb R$ が連続でないとき、$f$ を不連続線形汎関数という。
線形汎関数の連続性は、$0$ での連続性、単位球の上での有界性、核が閉であることのそれぞれと同値である(連続線形汎関数 の定理「連続性と有界性の同値」と定理「核による連続性の判定」)。このため不連続線形汎関数は非有界線形汎関数(unbounded linear functional)ともいう。
線形汎関数 $f\colon X\to\mathbb R$ について、次は同値である。
1 ⇔ 2 と 1 ⇔ 4 は上に引いた二つの定理である。2 ⇒ 3:$\|y_n\|\le1$ かつ $|f(y_n)|\ge n$ となる $y_n$ をとり、$x_n=y_n/f(y_n)$ とおくと、$f(x_n)=1$、$\|x_n\|\le1/n$ である。3 ⇒ 1:$x_n\to0$ だが $f(x_n)=1\not\to0=f(0)$ なので、$f$ は $0$ で連続でない。$\square$
不連続性を幾何的に見るには、核 $\ker f$ を調べる。$f\ne0$ のとき $\ker f$ は余次元 $1$ の部分空間、すなわち超平面である。超平面は、それを含む部分空間の選択肢がほとんどない。
$f\ne0$ を線形汎関数とする。部分空間 $W$ が $\ker f\subset W\subset X$ を満たすなら、$W=\ker f$ または $W=X$ である。
$W\ne\ker f$ とし、$w\in W\setminus\ker f$ をとると $f(w)\ne0$ である。任意の $x\in X$ について
$$
f\Bigl(x-\frac{f(x)}{f(w)}\,w\Bigr)=0
$$
なので $x-\frac{f(x)}{f(w)}w\in\ker f\subset W$ であり、$w\in W$ と合わせて $x\in W$ となる。よって $W=X$ である。$\square$
$f\ne0$ を線形汎関数とする。
1:閉包 $\overline{\ker f}$ は部分空間である。実際、$u,v\in\overline{\ker f}$、$a,b\in\mathbb R$ について、$\ker f$ の点列 $u_n\to u$、$v_n\to v$ をとると、和とスカラー倍の連続性(ノルム空間 の命題「距離の性質と演算の連続性」)から $au_n+bv_n\to au+bv$ であり、$au+bv\in\overline{\ker f}$ となる。lem-dlf-hyperplane により $\overline{\ker f}$ は $\ker f$(閉の場合)か $X$(稠密の場合)である。両方なら $\ker f=X$ となり、$f\ne0$ に反する。
2:prop-dlf-equiv の 1 ⇔ 4 と 1 から従う。
3:$f\ne0$ なので $f(x_0)=c$ となる $x_0$ がある($f(w)\ne0$ なら $x_0=\frac{c}{f(w)}w$)。$f^{-1}(c)=x_0+\ker f$ であり、平行移動 $x\mapsto x_0+x$ は $X$ の等長な全単射なので、稠密な集合を稠密な集合に写す。2 により $\ker f$ は稠密である。$\square$
逆向きに読むと、閉でない超平面はすべて稠密であり、不連続な線形汎関数の核になる。超平面 $H$ に対し $X=H\oplus\mathbb Rw$($w\notin H$)と分ければ、$H$ を核とする線形汎関数は $h+tw\mapsto t$ の定数倍に限られるからである。したがって、$X$ が不連続線形汎関数をもつことと、$X$ が稠密な超平面をもつことは同値である。
thm-dlf-dichotomy の 3 は、不連続な汎関数がどの開集合の上でもすべての値をとることを意味する。
$f$ を不連続線形汎関数とする。
1:$c\in\mathbb R$ を任意にとる。thm-dlf-dichotomy の 3 により $f^{-1}(c)$ は稠密なので、空でない開集合 $U$ と交わる。その交点 $x$ は $f(x)=c$ を満たす。よって $f(U)=\mathbb R$ である。
2:$(x,t)\in X\times\mathbb R$ と $\varepsilon>0$ をとる。$f^{-1}(t)$ は稠密なので、$\|y-x\|<\varepsilon$ かつ $f(y)=t$ となる $y$ がある。このとき $(y,f(y))\in\Gamma_f$ と $(x,t)$ の距離は $\|y-x\|+|t-t|<\varepsilon$ である。
最後の主張は 1 の対偶である(上に有界なら $f(U)\ne\mathbb R$)。$\square$
連続な線形汎関数のグラフは閉集合である。逆に、線形汎関数のグラフが閉なら、$\ker f\times\{0\}=\Gamma_f\cap(X\times\{0\})$ が閉なので $\ker f$ は閉であり、$f$ は連続である。2 は、不連続な場合のグラフが閉から最も遠い形、すなわち稠密になることを述べている。
同じことを凸集合の言葉で見ることもできる。$C=\{x\in X:|f(x)|<1\}$ は凸で、原点に関して対称で、どの $x$ についても十分小さい $t>0$ で $tx\in C$ となる(吸収的である)。$\mathbb R^n$ ではこの三つを満たす集合は原点の近傍である($\pm\varepsilon e_i\in C$ となる $\varepsilon>0$ をとれば、それらの凸包は原点の近傍である)。ところが $f$ が不連続なら、1 により $C$ は内点をもたない。
($\mathsf{ZFC}$)$X$ が無限次元なら、$X$ 上の不連続線形汎関数が存在する。とくに、$X$ は稠密な超平面をもつ。$X$ が有限次元なら、$X$ 上の線形汎関数はすべて連続である。
無限次元の場合の存在は Hamel基底 の定理「不連続な線形汎関数の存在」である。ノルム $1$ の元からなる Hamel 基底をとり、そこから選んだ相異なる元 $e_{i_1},e_{i_2},\dots$ で値を $n$ と定め、ほかの基底の元では $0$ とする。稠密な超平面は、その核として thm-dlf-dichotomy の 2 から得られる。有限次元の場合は 連続線形汎関数 の節「有限次元と無限次元」にある。$\square$
存在の証明は Hamel 基底、すなわち 選択公理 を使う。一方、完備でない空間では、選択公理を使わない具体的な例がある。
有限個の項を除いて $0$ である実数列の空間 $c_{00}$ に $\|x\|_\infty=\max_n|x_n|$ を入れ、$f(x)=\sum_nnx_n$ とおく。$\|e_n\|_\infty=1$、$f(e_n)=n$ なので $f$ は不連続である(連続線形汎関数 の例「連続でない線形汎関数」)。
$[0,1]$ 上の実係数多項式関数の空間 $P$ に上限ノルム $\|p\|_\infty=\max_{0\le t\le1}|p(t)|$ を入れ、$f(p)=p'(0)$ とおく。$p_n(t)=t(1-t)^n$ について $f(p_n)=1$ である。一方、$p_n$ は $[0,1]$ 上で非負であり、相加平均と相乗平均の不等式により
$$
p_n(t)=\frac1n\cdot(nt)(1-t)^n\le\frac1n\Bigl(\frac{nt+n(1-t)}{n+1}\Bigr)^{n+1}=\frac1n\Bigl(\frac n{n+1}\Bigr)^{n+1}<\frac1n
$$
なので $\|p_n\|_\infty\to0$ である。prop-dlf-equiv の 3 により $f$ は不連続で、thm-dlf-dichotomy により $\{p\in P:p'(0)=0\}$ は $P$ で稠密である。
$[0,1]$ 上の $C^1$ 級関数の空間に上限ノルムを入れても、$u\mapsto u'(0)$ は不連続である。$u_n(t)=\sin(nt)/n$ は $\|u_n\|_\infty\le1/n$、$u_n'(0)=1$ を満たすからである。微分は上限ノルムについて有界でない作用素であり、ここで見ているのはその一点での値である。
Banach 空間の上の例は、完備でない部分空間の上の不連続な汎関数を延長して得られる。
($\mathsf{ZFC}$)$Y\subset X$ を部分空間とし、$g\colon Y\to\mathbb R$ を不連続線形汎関数とする。このとき $X$ 上の線形汎関数 $f$ で $f|_Y=g$ となるものが存在し、そのような $f$ はどれも不連続である。
$Y$ の Hamel 基底 $L$ をとり、Hamel基底 の定理「Hamel 基底の存在」により $L$ を含む $X$ の Hamel 基底 $B$ をとる。$b\in L$ では $f(b)=g(b)$、$b\in B\setminus L$ では $f(b)=0$ と定めて線形に延ばせば、$f|_Y=g$ である。もし $f$ が連続なら、その制限 $g$ も連続になるので、延長はどれも不連続である。$\square$
たとえば ex-dlf-derivative の $p\mapsto p'(0)$ を $C([0,1])$ 全体へ延長すると、Banach 空間 $C([0,1])$ 上の不連続線形汎関数が得られる。ここでも延長に選択公理を使う。Banach 空間の Hamel 基底は非可算であり(Hamel基底 の定理「Banach 空間の Hamel 基底は非可算」)、上の $c_{00}$ や $P$ のように可算な基底で座標を書き下す方法はとれない。
完備な空間では、不連続な汎関数は連続な汎関数から極限操作で作ることもできない。
1:一様有界性原理 の系「Banach–Steinhausの定理」を値域 $W=\mathbb R$ で使えばよい。
2:$|f_N(x)|\le\bigl(\sum_{n\le N}n\bigr)\|x\|_\infty$ なので $f_N$ は連続である。$x\in c_{00}$ の $0$ でない項の番号の最大値を $m$ とすれば、$N\ge m$ で $f_N(x)=f(x)$ となる。一方 $f$ は不連続である(ex-dlf-c00)。$\square$
完備性はもう一つの形でも現れる。Banach 空間 $X$ 上の不連続線形汎関数 $f$ の核 $\ker f$ は、$X$ で稠密な超平面であり、閉でないので、ノルムを制限したノルム空間として完備でない(Banach空間 の命題「閉部分空間と完備性」)。Banach 空間の中で余次元 $1$ しか欠けていないのに、完備ではない部分空間である。
係数体が $\mathbb C$ のノルム空間でも、lem-dlf-hyperplane・thm-dlf-dichotomy・thm-dlf-wild の証明は、$\mathbb R$ を $\mathbb C$ に読み替えてそのまま通る(グラフは $X\times\mathbb C$ の中で考え、1 の後半と最後の主張の「上に有界」「下に有界」は「有界」と読み替える)。複素線形汎関数 $f$ と実部 $u=\operatorname{Re}f$ の間には $f(x)=u(x)-iu(ix)$ の関係がある(Hahn–Banachの定理 の補題「実部と複素線形汎関数」)。$|u(x)|\le|f(x)|$ かつ $|f(x)|\le|u(x)|+|u(ix)|$ なので、$f$ が不連続であることと、$X$ を実ノルム空間とみたときに $u$ が不連続であることは同値である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 無限次元であること(thm-dlf-existence) | $\mathbb R^n$ | 不連続線形汎関数が存在すること |
| 超平面であること(thm-dlf-dichotomy の 1) | $c_0\times\mathbb R$ の部分空間 $c_{00}\times\{0\}$ | 部分空間が閉か稠密かのどちらかであること |
| 線形性(thm-dlf-wild の最後の主張) | 有理数の指示関数 $\mathbf 1_{\mathbb Q}\colon\mathbb R\to\mathbb R$ | 開集合の上で有界なら連続であること |
| 完備性(thm-dlf-pointwise の 1) | $c_{00}$ と $f_N\to f$ | 連続な汎関数の各点極限が連続であること |
1 行目:$\mathbb R^n$ の線形汎関数はすべて連続である(thm-dlf-existence の最後の主張)。
2 行目:$c_0\times\mathbb R$ にノルム $\|(x,t)\|=\|x\|_\infty+|t|$ を入れる。$c_{00}$ は $c_0$ で稠密なので、$c_{00}\times\{0\}$ の閉包は $c_0\times\{0\}$ である。これは $c_{00}\times\{0\}$ と異なるので閉でなく、$(0,1)$ を含まないので稠密でもない。$c_{00}\times\{0\}$ の余次元は無限であり、lem-dlf-hyperplane が使えない。
3 行目:$\mathbf 1_{\mathbb Q}$ は値が $0$ と $1$ だけなので $\mathbb R$ 全体で有界だが、どの点でも連続でない。加法的でないので、核を平行移動して等位集合を得る議論が使えない。
4 行目は thm-dlf-pointwise の 2 である。
超平面が閉であることと汎関数が連続であることの同値は Bre11 Proposition 1.5(p. 5)にある。ノルム $1$ の Hamel 基底による不連続な線形汎関数の構成と、超平面が閉か稠密かの二者択一は、同書の Exercise 1.5 と Exercise 1.6(p. 21)で演習として問われている。同書は実ノルム空間で述べている。この記事の証明は、連続性の言い換えを既存の記事から引き、残りを記事の中で示した。
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