リッチの恒等式と可積分条件

同義語:リッチの恒等式Ricciの恒等式

概要

リッチの恒等式と可積分条件(Ricci identity and integrability condition)とは、リーマン多様体上のテンソル場 $T$ の 2 階共変微分の順序を入れ替えた差が曲率テンソルの作用で表される等式 $\nabla^2_{X,Y}T-\nabla^2_{Y,X}T=R(X,Y)T$ と、それが与えるテンソル方程式 $\nabla_XV=F(X;V)$ の解の存在条件のことである。Frobenius の定理により、方程式から形式的に計算した交換子が $R(X,Y)V$ に一致することが、任意の初期値で解が存在すること(完全積分可能性)と同値になる。平行なベクトル場の局所存在と $R=0$ の同値性や Killing 場の空間の次元評価がその応用である。

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前提知識: リーマン多様体, リーマン接続, リーマン曲率テンソル, テンソル解析, ベクトル場

定義

以下、$(M,g)$ を $n$ 次元リーマン多様体(本記事の内容は擬リーマン多様体でもそのまま成り立つ)、$\nabla$ をそのリーマン接続、$R$ をリーマン曲率テンソル
$$ R(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z $$
とする。ベクトル場全体を $\mathfrak{X}(M)$、$(p,q)$ 型テンソル場全体を $\mathcal{T}^{(p,q)}(M)$、局所座標 $(x^i)$ の座標ベクトル場を $\partial_i$、Christoffel 記号を $\Gamma^k_{ij}$($\nabla_{\partial_i}\partial_j=\Gamma^k_{ij}\partial_k$)と書き、添字の和は Einstein の総和規約(テンソル解析)による。曲率テンソルの成分は $R(\partial_k,\partial_l)\partial_j=R^i{}_{jkl}\partial_i$、$R_{ijkl}:=g_{im}R^m{}_{jkl}$ とおく(記法・符号の流儀は リーマン曲率テンソル に従う)。$\nabla$ はテンソル場へ拡張したもの(テンソル解析)を用いる。すなわち $\nabla_X$ は関数には $X$ による微分として作用し、テンソル積について Leibniz 則 $\nabla_X(S\otimes T)=\nabla_XS\otimes T+S\otimes\nabla_XT$ を満たし、縮約と可換である。特に 1 次微分形式 $\omega$ に対し $(\nabla_X\omega)(Z)=X(\omega(Z))-\omega(\nabla_XZ)$ である。

テンソル場の 2 階共変微分

テンソル場 $T\in\mathcal{T}^{(p,q)}(M)$ に対し、$(\nabla T)(\dots;Y):=(\nabla_YT)(\dots)$ で定まる $(p,q+1)$ 型テンソル場を $T$ の共変微分といい、これをさらに共変微分した $\nabla(\nabla T)=:\nabla^2T$ を $T$ の 2 階共変微分(second covariant derivative)という。$X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対し
$$ \nabla^2_{X,Y}T:=(\nabla^2T)(\dots;Y;X)=\nabla_X(\nabla_YT)-\nabla_{\nabla_XY}T $$
とおく。$\nabla^2_{X,Y}T$ は $X,Y$ のそれぞれについて $C^\infty(M)$-線形である。局所座標に関して
$$ \nabla_i\nabla_jT:=\nabla^2_{\partial_i,\partial_j}T=\nabla_{\partial_i}(\nabla_{\partial_j}T)-\Gamma^k_{ij}\nabla_{\partial_k}T $$
と書き、その成分を $\nabla_i\nabla_jT^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}$ と書く。これは $\nabla^2T$ の成分に他ならない。

曲率テンソルのテンソル場への作用

$X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対し、テンソル場 $T\in\mathcal{T}^{(p,q)}(M)$ を $\omega^1,\dots,\omega^p\in\mathcal{T}^{(0,1)}(M)$、$Z_1,\dots,Z_q\in\mathfrak{X}(M)$ 上の多重線形写像とみなし、
$$ (R(X,Y)T)(\omega^1,\dots,\omega^p,Z_1,\dots,Z_q):=\sum_{s=1}^pT(\omega^1,\dots,\omega^s\circ R(X,Y),\dots,\omega^p,Z_1,\dots,Z_q)-\sum_{t=1}^qT(\omega^1,\dots,\omega^p,Z_1,\dots,R(X,Y)Z_t,\dots,Z_q) $$
とおく。ここで $\omega\circ R(X,Y)$ は 1 次微分形式 $Z\mapsto\omega(R(X,Y)Z)$ である。右辺は各引数について $C^\infty(M)$-線形なので $R(X,Y)T$ は $(p,q)$ 型テンソル場である。関数 $f$($p=q=0$)に対しては $R(X,Y)f:=0$ とおく。ベクトル場に対しては、$Z$ を $\omega\mapsto\omega(Z)$ とみなすと $(R(X,Y)Z)(\omega)=\omega(R(X,Y)Z)$ となり、もとの曲率テンソルの作用と一致する。局所座標では
$$ (R(\partial_i,\partial_j)T)^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}=\sum_{s=1}^pR^{k_s}{}_{aij}\,T^{k_1\cdots a\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}-\sum_{t=1}^qR^a{}_{l_tij}\,T^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots a\cdots l_q} $$
である($a$ は第 $s$ 上添字、第 $t$ 下添字の位置に入る)。

リッチの恒等式

テンソル場 $T$ に対する等式
$$ \nabla^2_{X,Y}T-\nabla^2_{Y,X}T=R(X,Y)T\qquad(X,Y\in\mathfrak{X}(M)) $$
を リッチの恒等式(Ricci identity)という。局所座標で書けば
$$ \nabla_i\nabla_jT^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}-\nabla_j\nabla_iT^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}=\sum_{s=1}^pR^{k_s}{}_{aij}\,T^{k_1\cdots a\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}-\sum_{t=1}^qR^a{}_{l_tij}\,T^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots a\cdots l_q} $$
である。すなわち「共変微分の順序を入れ替えたときの差は曲率テンソルの作用で表される」。この等式がすべてのテンソル場に対して成り立つことを thm-ricci-id-general で示す。

テンソル方程式の完全積分可能性

$U\subset M$ を開集合、$E:=T^{(p,q)}M$ を $(p,q)$ 型テンソルのベクトル束とし、各点 $x\in U$、接空間 $T_xM$ の各接ベクトル $X_x$、各テンソル $v\in E_x$ に対してテンソル $F(X_x;v)\in E_x$ が定まり、$F$ は $X_x$ について線形で、$(x,X_x,v)$ について滑らかであるとする。未知のテンソル場 $V\in\mathcal{T}^{(p,q)}(U)$ に関する方程式
$$ \nabla_XV=F(X;V)\qquad(X\in\mathfrak{X}(U)) $$
を考える。局所座標では $\nabla_iV^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}=F_i{}^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}(x,V)$ の形の 1 階偏微分方程式系である。この方程式が $U$ 上で完全積分可能(completely integrable)であるとは、任意の $x_0\in U$ と任意の $v\in E_{x_0}$ に対し、$x_0$ のある近傍上で定義された解 $V$ で $V(x_0)=v$ を満たすものが存在することをいう。完全積分可能であるための(必要かつ十分な)条件を可積分条件(integrability condition)という。特に $F(X;V)=A(X)$ が $V$ によらない場合、方程式は与えられた $(p,q+1)$ 型テンソル場 $A$ に対する $\nabla V=A$、成分では $\nabla_iV^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}=A_i{}^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}$ である。

公式と成立条件

リーマン曲率テンソルの記事では、関数・ベクトル場・1 次微分形式に対するリッチの恒等式
$$ \nabla_i\nabla_jf=\nabla_j\nabla_if,\qquad \nabla_i\nabla_jZ^k-\nabla_j\nabla_iZ^k=R^k{}_{lij}Z^l,\qquad \nabla_i\nabla_j\omega_k-\nabla_j\nabla_i\omega_k=-R^a{}_{kij}\omega_a $$
が証明されている。本記事では、これを一般の $(p,q)$ 型テンソル場へ拡張する。鍵になるのは、2 階共変微分の反対称部分がテンソル代数の微分(derivation)として振る舞うことである。

2 階共変微分の Leibniz 則

$S,T$ をテンソル場、$X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ とする。

  1. $\nabla^2_{X,Y}(S\otimes T)=(\nabla^2_{X,Y}S)\otimes T+(\nabla_XS)\otimes(\nabla_YT)+(\nabla_YS)\otimes(\nabla_XT)+S\otimes(\nabla^2_{X,Y}T)$。
  2. $\nabla^2_{X,Y}$ は縮約と可換である。すなわち縮約 $C$ に対し $\nabla^2_{X,Y}(CT)=C(\nabla^2_{X,Y}T)$。
  3. $\mathcal{R}(X,Y)T:=\nabla^2_{X,Y}T-\nabla^2_{Y,X}T$ とおくと、$\mathcal{R}(X,Y)(S\otimes T)=(\mathcal{R}(X,Y)S)\otimes T+S\otimes(\mathcal{R}(X,Y)T)$ であり、$\mathcal{R}(X,Y)$ は縮約と可換である。
  1. $\nabla_Y$ の Leibniz 則により $\nabla_Y(S\otimes T)=\nabla_YS\otimes T+S\otimes\nabla_YT$ であり、これに再び $\nabla_X$ の Leibniz 則を用いると
    $$ \nabla_X\nabla_Y(S\otimes T)=\nabla_X\nabla_YS\otimes T+\nabla_YS\otimes\nabla_XT+\nabla_XS\otimes\nabla_YT+S\otimes\nabla_X\nabla_YT $$
    である。一方 $\nabla_{\nabla_XY}(S\otimes T)=\nabla_{\nabla_XY}S\otimes T+S\otimes\nabla_{\nabla_XY}T$ であり、両者の差をとれば (1) を得る。
  2. $\nabla_X$、$\nabla_Y$、$\nabla_{\nabla_XY}$ がいずれも縮約と可換であること(テンソル解析)から従う。
    1. で $X,Y$ を入れ替えて引くと、中央の 2 項 $(\nabla_XS)\otimes(\nabla_YT)+(\nabla_YS)\otimes(\nabla_XT)$ は $X,Y$ について対称なので打ち消し合う。縮約との可換性は (2) から従う。$\square$
一般のテンソル場に対するリッチの恒等式

任意の $T\in\mathcal{T}^{(p,q)}(M)$ と $X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対し
$$ \nabla^2_{X,Y}T-\nabla^2_{Y,X}T=R(X,Y)T $$
が成り立つ。すなわち def-ricci-id-main のリッチの恒等式はすべてのテンソル場に対して成り立つ。

$\mathcal{R}(X,Y):=\nabla^2_{X,Y}-\nabla^2_{Y,X}$ とおく。リーマン曲率テンソル の記事の命題により $\mathcal{R}(X,Y)f=0$、$\mathcal{R}(X,Y)Z=R(X,Y)Z$、$\mathcal{R}(X,Y)\omega=-\omega\circ R(X,Y)$ である。
一般の $T\in\mathcal{T}^{(p,q)}(M)$ に対し、関数 $T(\omega^1,\dots,\omega^p,Z_1,\dots,Z_q)$ はテンソル積 $T\otimes\omega^1\otimes\cdots\otimes\omega^p\otimes Z_1\otimes\cdots\otimes Z_q$ をすべての対について縮約したものである。lem-ricci-id-leibniz (3) を繰り返し用いると
$$ 0=\mathcal{R}(X,Y)\bigl(T(\omega^1,\dots,Z_q)\bigr)=(\mathcal{R}(X,Y)T)(\omega^1,\dots,Z_q)+\sum_{s=1}^pT(\dots,\mathcal{R}(X,Y)\omega^s,\dots)+\sum_{t=1}^qT(\dots,\mathcal{R}(X,Y)Z_t,\dots) $$
であり、上で示した $\mathcal{R}(X,Y)\omega^s=-\omega^s\circ R(X,Y)$、$\mathcal{R}(X,Y)Z_t=R(X,Y)Z_t$ を代入して移項すれば
$$ (\mathcal{R}(X,Y)T)(\omega^1,\dots,Z_q)=\sum_{s=1}^pT(\dots,\omega^s\circ R(X,Y),\dots)-\sum_{t=1}^qT(\dots,R(X,Y)Z_t,\dots)=(R(X,Y)T)(\omega^1,\dots,Z_q) $$
を得る。これが任意の $\omega^s,Z_t$ について成り立つので $\mathcal{R}(X,Y)T=R(X,Y)T$ である。
成分表示は、$X=\partial_i$、$Y=\partial_j$、$\omega^s=dx^{k_s}$、$Z_t=\partial_{l_t}$ とおけばよい。$dx^k\circ R(\partial_i,\partial_j)$ は $\partial_a$ に対し $dx^k(R(\partial_i,\partial_j)\partial_a)=R^k{}_{aij}$ を返すので $dx^k\circ R(\partial_i,\partial_j)=R^k{}_{aij}dx^a$ であり、$R(\partial_i,\partial_j)\partial_l=R^a{}_{lij}\partial_a$ であるから、def-ricci-id-main の成分表示を得る。$\square$

計量テンソルへの適用

計量テンソル $g$ は平行($\nabla g=0$)なので $\nabla^2g=0$ であり、thm-ricci-id-general を $g$ に適用すると $R(X,Y)g=0$ である。成分で書くと
$$ 0=\nabla_i\nabla_jg_{kl}-\nabla_j\nabla_ig_{kl}=-R^a{}_{kij}g_{al}-R^a{}_{lij}g_{ka}=-R_{lkij}-R_{klij} $$
となり、曲率テンソルの前の 2 添字についての反対称性 $R_{klij}=-R_{lkij}$ が得られる。これは リーマン曲率テンソル の記事で計量条件から直接示されている対称性の別証明である。同様に $(1,1)$ 型テンソル場 $T$ に対しては $\nabla_i\nabla_jT^k{}_l-\nabla_j\nabla_iT^k{}_l=R^k{}_{aij}T^a{}_l-R^a{}_{lij}T^k{}_a$ であり、$T=\delta$(恒等写像)に対しては右辺が $R^k{}_{lij}-R^k{}_{lij}=0$ となって $\nabla\delta=0$ と整合する。

捩れがある場合のリッチの恒等式

$\nabla$ を多様体 $M$ 上の任意のアフィン接続とし、その捩率テンソルを $T^\nabla(X,Y)=\nabla_XY-\nabla_YX-[X,Y]$(リーマン接続)、曲率を同じ式 $R(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z$ で定める。2 階共変微分 $\nabla^2_{X,Y}$ と $R(X,Y)$ のテンソル場への作用を def-ricci-id-second-derivative・def-ricci-id-curvature-action と同じ式で定めると、任意のテンソル場 $T$ に対し
$$ \nabla^2_{X,Y}T-\nabla^2_{Y,X}T=R(X,Y)T-\nabla_{T^\nabla(X,Y)}T $$
が成り立つ。特に関数とベクトル場に対しては
$$ \nabla^2_{X,Y}f-\nabla^2_{Y,X}f=-T^\nabla(X,Y)(f),\qquad \nabla^2_{X,Y}Z-\nabla^2_{Y,X}Z=R(X,Y)Z-\nabla_{T^\nabla(X,Y)}Z $$
であり、成分では $T^\nabla(\partial_i,\partial_j)=T^l_{ij}\partial_l$ として $\nabla_i\nabla_jZ^k-\nabla_j\nabla_iZ^k=R^k{}_{lij}Z^l-T^l_{ij}\nabla_lZ^k$ である。

$R(X,Y)Z$ が $X,Y,Z$ について $C^\infty(M)$-線形であることは、リーマン曲率テンソル の記事のテンソル性の証明が接続の Leibniz 則と $[fX,Y]=f[X,Y]-Y(f)X$ しか用いていないので、任意のアフィン接続について成り立つ。lem-ricci-id-leibniz の証明も捩れや計量を用いていないので、$\mathcal{R}(X,Y):=\nabla^2_{X,Y}-\nabla^2_{Y,X}$ はテンソル積について Leibniz 則を満たし縮約と可換である。$\nabla_{T^\nabla(X,Y)}$ も同じ性質をもつので、$\mathcal{D}:=\mathcal{R}(X,Y)+\nabla_{T^\nabla(X,Y)}$ もテンソル積について Leibniz 則を満たし縮約と可換である。関数 $f$ に対しては
$$ \mathcal{R}(X,Y)f=[X,Y](f)-(\nabla_XY-\nabla_YX)(f)=-T^\nabla(X,Y)(f) $$
なので $\mathcal{D}f=0$ であり、ベクトル場 $Z$ に対しては
$$ \mathcal{R}(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]+T^\nabla(X,Y)}Z=R(X,Y)Z-\nabla_{T^\nabla(X,Y)}Z $$
なので $\mathcal{D}Z=R(X,Y)Z$ である。あとは prf-ricci-id-general とまったく同じ議論(関数への作用が $0$、縮約との可換性、Leibniz 則)により、1 次微分形式に対して $\mathcal{D}\omega=-\omega\circ R(X,Y)$、一般のテンソル場に対して $\mathcal{D}T=R(X,Y)T$ が従う。成分表示は $X=\partial_i$、$Y=\partial_j$ とおけばよい。$\square$

恒等式の使い方

リッチの恒等式は、テンソル計算で 2 階共変微分の順序を入れ替えるたびに現れる基本公式であり、Bochner 型の公式(Pet16 Ch. 9)、Killingベクトル場の方程式の解析(prop-ricci-id-killing)、Weyl テンソルや共形変換の計算などで繰り返し用いられる。添字の付き方は「上添字ごとに $+R^{k}{}_{aij}$ の項、下添字ごとに $-R^{a}{}_{lij}$ の項」と覚えればよい(Lee18 Ch. 7 も同じ形で述べている。ただし添字の位置の流儀が異なる)。文献により曲率テンソルの符号や添字の位置の流儀が異なるので、他の文献の公式を用いるときは リーマン曲率テンソル の記事の流儀の対照表に照らして符号を確かめる必要がある。

性質:可積分条件

リッチの恒等式はテンソル場に対して常に成り立つ。逆に、未知のテンソル場 $V$ に対する方程式 $\nabla_XV=F(X;V)$ が解をもつためには、解の 2 階共変微分がリッチの恒等式を満たさなければならないので、$F$ に対する条件が生じる。この条件が解の存在に十分でもあることが、Frobeniusの定理の帰結である。まず古典的な形の定理を準備する。

Frobenius の定理

$N$ を多様体、$\mathcal{D}$ を $N$ 上の階数 $r$ の滑らかな分布(多様体)(各点 $y$ で $T_yN$ の $r$ 次元部分空間 $\mathcal{D}_y$ を滑らかに指定したもの)とする。$\mathcal{D}$ が包合的(involutive)、すなわち $\mathcal{D}$ に値をもつ任意のベクトル場 $X,Y$ に対し $[X,Y]$ も $\mathcal{D}$ に値をもつならば、任意の点 $y_0\in N$ に対し、$y_0$ を通る $\mathcal{D}$ の積分多様体($r$ 次元の埋め込まれた部分多様体 $S$ で各点 $y\in S$ において $T_yS=\mathcal{D}_y$ となるもの)が存在する。

Frobenius の定理の出典

証明は Lee13 Ch. 19(局所 Frobenius 定理。包合的な分布は各点のまわりで、座標の一部を定数とする切片を積分多様体とする座標をもつ)に譲る。本記事では次の偏微分方程式系に関する形で用いる。

1 階偏微分方程式系の完全積分可能性

$\Omega\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ を開集合、$f^i_a\colon\Omega\to\mathbb{R}$($1\le a\le n$、$1\le i\le m$)を滑らかな関数とし、未知関数 $y=(y^1,\dots,y^m)$ に対する偏微分方程式系
$$ \frac{\partial y^i}{\partial x^a}=f^i_a(x,y)\qquad(1\le a\le n,\ 1\le i\le m) $$
を考える。次は同値である。

  1. 任意の $(x_0,y_0)\in\Omega$ に対し、$x_0$ のある近傍上の滑らかな解 $y(x)$ で $y(x_0)=y_0$ を満たすものが存在する。
  2. $\Omega$ 上で恒等的に
    $$ \frac{\partial f^i_a}{\partial x^b}+\frac{\partial f^i_a}{\partial y^j}f^j_b=\frac{\partial f^i_b}{\partial x^a}+\frac{\partial f^i_b}{\partial y^j}f^j_a\qquad(1\le a,b\le n,\ 1\le i\le m) $$
    が成り立つ。
    さらに、解は初期条件により一意に定まる。すなわち $x_0$ を中心とする凸集合である近傍 $B$ 上の 2 つの解 $y,\tilde y$ が $y(x_0)=\tilde y(x_0)$ を満たせば $B$ 上で $y=\tilde y$ である。
  1. ⇒ (2):$(x_0,y_0)\in\Omega$ をとり、$y(x_0)=y_0$ を満たす解 $y(x)$ をとる。$\varphi^i_a(x):=f^i_a(x,y(x))=\partial y^i/\partial x^a$ を $x^b$ で微分すると、連鎖律により
    $$ \frac{\partial}{\partial x^b}\frac{\partial y^i}{\partial x^a}=\frac{\partial f^i_a}{\partial x^b}(x,y(x))+\frac{\partial f^i_a}{\partial y^j}(x,y(x))\frac{\partial y^j}{\partial x^b}=\frac{\partial f^i_a}{\partial x^b}(x,y(x))+\frac{\partial f^i_a}{\partial y^j}(x,y(x))f^j_b(x,y(x)) $$
    である。左辺は $a,b$ について対称なので(滑らかな関数の 2 階偏導関数の対称性)、$x=x_0$ で右辺も対称であり、(2) の等式が $(x_0,y_0)$ で成り立つ。$(x_0,y_0)$ は任意であった。
  2. ⇒ (1):$\Omega$ 上のベクトル場
    $$ X_a:=\frac{\partial}{\partial x^a}+f^i_a(x,y)\frac{\partial}{\partial y^i}\qquad(1\le a\le n) $$
    を考える。$X_1,\dots,X_n$ は各点で線形独立なので($\partial/\partial x^a$ 成分を見よ)、階数 $n$ の分布 $\mathcal{D}$ を張る。$[\partial/\partial x^a,\partial/\partial x^b]=0$、$[\partial/\partial x^a,\partial/\partial y^i]=0$、$[\partial/\partial y^i,\partial/\partial y^j]=0$ により
    $$ [X_a,X_b]=\bigl(X_a(f^i_b)-X_b(f^i_a)\bigr)\frac{\partial}{\partial y^i}=\Bigl(\frac{\partial f^i_b}{\partial x^a}+f^j_a\frac{\partial f^i_b}{\partial y^j}-\frac{\partial f^i_a}{\partial x^b}-f^j_b\frac{\partial f^i_a}{\partial y^j}\Bigr)\frac{\partial}{\partial y^i} $$
    であり、(2) によりこれは $0$ である。$\mathcal{D}$ に値をもつベクトル場は $X_a$ の関数係数の線形結合なので、$[X_a,X_b]=0$ から $\mathcal{D}$ は包合的である。thm-ricci-id-frobenius により、$(x_0,y_0)$ を通る積分多様体 $S$ が存在する。射影 $\pi\colon S\to\mathbb{R}^n$、$(x,y)\mapsto x$ の微分は $d\pi(X_a)=\partial/\partial x^a$ を満たすので各点で同型であり、逆写像定理により $\pi$ は $(x_0,y_0)$ の近くで微分同相写像である。したがって $S$ を縮めれば、$x_0$ のある近傍 $W$ 上の滑らかな写像 $\varphi\colon W\to\mathbb{R}^m$ で $\varphi(x_0)=y_0$ かつ $S=\{(x,\varphi(x))\mid x\in W\}$ となるものがある。グラフ $S$ の点 $(x,\varphi(x))$ における接空間は $\partial/\partial x^a+(\partial\varphi^i/\partial x^a)\,\partial/\partial y^i$($1\le a\le n$)で張られ、これが $\mathcal{D}_{(x,\varphi(x))}$ に属するので、$X_1,\dots,X_n$ の線形結合である。$\partial/\partial x^a$ 成分を比べると、それは $X_a$ そのものでなければならず、$\partial/\partial y^i$ 成分を比べて $\partial\varphi^i/\partial x^a=f^i_a(x,\varphi(x))$ を得る。よって $\varphi$ は求める解である。
    一意性:$B$ を $x_0$ を中心とする凸な近傍、$y,\tilde y$ を $B$ 上の解で $y(x_0)=\tilde y(x_0)$ とする。$x\in B$ を固定し、$c(t):=y(x_0+t(x-x_0))$、$\tilde c(t):=\tilde y(x_0+t(x-x_0))$($0\le t\le1$)とおくと、連鎖律により両者は同じ常微分方程式
    $$ \frac{dc^i}{dt}=(x-x_0)^af^i_a\bigl(x_0+t(x-x_0),c(t)\bigr) $$
    を満たし、$c(0)=\tilde c(0)$ である。常微分方程式の解の一意性(Lee13 Appendix D)により $c=\tilde c$、特に $y(x)=\tilde y(x)$ である。$\square$
テンソル方程式の可積分条件

$U\subset M$ を局所座標近傍、$F$ を def-ricci-id-integrability の通りとし、方程式 $\nabla_XV=F(X;V)$ を考える。次は同値である。

  1. 方程式は $U$ 上で完全積分可能である。
  2. 任意の $x_0\in U$、任意の $v\in E_{x_0}$、および $x_0$ の近傍上のテンソル場 $V$ で $V(x_0)=v$ かつ $(\nabla_{X}V)(x_0)=F(X_{x_0};v)$(すべての $X$)を満たす任意のものに対し、$G:=F(\cdot;V)$($G(X):=F(X;V)$ で定まる $(p,q+1)$ 型テンソル場)が点 $x_0$ において
    $$ (\nabla_XG)(Y)-(\nabla_YG)(X)=R(X,Y)V\qquad(X,Y\in\mathfrak{X}(U)) $$
    を満たす。
    さらに、解は初期値 $V(x_0)$ により $x_0$ の連結空間である近傍上で一意に定まる。特に $F(X;V)=A(X)$ が $V$ によらないとき、方程式 $\nabla V=A$ が完全積分可能であるための必要十分条件は、$U$ 上で
    $$ (\nabla_XA)(Y)-(\nabla_YA)(X)=R(X,Y)v\qquad(\text{すべての }X,Y\text{ と、各点のすべてのテンソル }v) $$
    が成り立つことである。成分で書けば $\nabla_iA_j{}^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}-\nabla_jA_i{}^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}=(R(\partial_i,\partial_j)v)^{k_1\cdots k_p}{}_{l_1\cdots l_q}$ である。

条件 (2) の左辺は、$(\nabla_XG)(Y)=\nabla_X(G(Y))-G(\nabla_XY)$ により $X,Y$ について $C^\infty(U)$-線形であり、右辺も同様なので、(2) は $X=\partial_i$、$Y=\partial_j$ について確かめれば十分である。
準備として、テンソル場 $H$ が $x_0$ で $H(x_0)=0$ を満たせば、$x_0$ で $\nabla_kH=\partial_kH$(成分ごとの偏微分)であることに注意する。実際、$\nabla_kH$ の成分は $\partial_kH$ の成分と $H$ の成分に Christoffel 記号を掛けた項の和であり、後者は $x_0$ で消える。
(1) ⇒ (2):$x_0$、$v$、$V$ を (2) の通りとし、$W$ を $W(x_0)=v$ を満たす解とする。$G^V:=F(\cdot;V)$、$G^W:=F(\cdot;W)=\nabla W$ とおく。まず $W$ について (2) の等式を確かめる。$(\nabla_XG^W)(Y)=\nabla_X(\nabla_YW)-\nabla_{\nabla_XY}W=\nabla^2_{X,Y}W$ であるから、thm-ricci-id-general により
$$ (\nabla_XG^W)(Y)-(\nabla_YG^W)(X)=\nabla^2_{X,Y}W-\nabla^2_{Y,X}W=R(X,Y)W $$
が $x_0$ の近傍全体で成り立つ。次に $V$ と $W$ を比べる。$V(x_0)=W(x_0)=v$ であり、$\nabla V(x_0)=F(\cdot;v)=\nabla W(x_0)$ なので、上の注意を $V-W$ に適用して $\partial_kV(x_0)=\partial_kW(x_0)$ である。局所座標で $G^V_a=F_a(x,V(x))$、$G^W_a=F_a(x,W(x))$ と書くと($F_a$ は $x$ とテンソルの成分の滑らかな関数)、$H:=G^V-G^W$ は $H(x_0)=0$ を満たし、連鎖律により
$$ \partial_bH_a(x_0)=\frac{\partial F_a}{\partial y}(x_0,v)\cdot\bigl(\partial_bV(x_0)-\partial_bW(x_0)\bigr)=0 $$
である($\partial F_a/\partial y$ はテンソルの成分についての偏導関数)。よって上の注意により $\nabla_bH_a(x_0)=\partial_bH_a(x_0)=0$、すなわち $(\nabla G^V)(x_0)=(\nabla G^W)(x_0)$ である。したがって $V$ についても $x_0$ で (2) の等式が成り立つ。
(2) ⇒ (1):局所座標 $(x^a)$ に関し、$V$ の成分の全体を $y=(y^\alpha)\in\mathbb{R}^m$($m=n^{p+q}$)と書く。$\nabla_aV$ の成分は $\partial_ay^\alpha+(\Gamma_a\cdot y)^\alpha$($\Gamma_a\cdot y$ は Christoffel 記号による $y$ の線形結合)なので、方程式 $\nabla_aV=F_a(x,V)$ は
$$ \frac{\partial y^\alpha}{\partial x^a}=f^\alpha_a(x,y):=F^\alpha_a(x,y)-(\Gamma_a(x)\cdot y)^\alpha $$
と書ける。$f^\alpha_a$ は滑らかである。prop-ricci-id-pde により、この系が完全積分可能であるための必要十分条件は、各点 $(x_0,v)$ で $\partial_bf_a+(\partial f_a/\partial y)f_b$ が $a,b$ について対称であることである。$(x_0,v)$ を固定し、テンソル場 $V$ を成分で $y^\alpha(x):=v^\alpha+f^\alpha_b(x_0,v)(x^b-x_0^b)$ により定めると、$V(x_0)=v$、$\partial_bV(x_0)=f_b(x_0,v)$、したがって $\nabla_bV(x_0)=F_b(x_0,v)$ であり、$V$ は (2) の仮定を満たす。この $V$ に対し、連鎖律により
$$ \partial_b\bigl(f_a(x,V(x))\bigr)(x_0)=\partial_bf_a(x_0,v)+\frac{\partial f_a}{\partial y}(x_0,v)\cdot\partial_bV(x_0)=\partial_bf_a(x_0,v)+\frac{\partial f_a}{\partial y}(x_0,v)\cdot f_b(x_0,v) $$
であるから、可積分条件は「$\partial_b(f_a(x,V(x)))(x_0)$ が $a,b$ について対称」と言い換えられる。ここで $G:=F(\cdot;V)$ とおくと $f_a(x,V(x))=G_a-\Gamma_a\cdot V=G_a-\nabla_aV+\partial_aV$ である。$H:=G-\nabla V$ とおくと $H(x_0)=0$ なので、上の注意により
$$ \partial_b\bigl(f_a(x,V(x))\bigr)(x_0)=\partial_bH_a(x_0)+\partial_b\partial_aV(x_0)=\nabla_bH_a(x_0)+\partial_b\partial_aV(x_0) $$
である。第 2 項は $a,b$ について対称なので、可積分条件は $\nabla_bH_a(x_0)-\nabla_aH_b(x_0)=0$、すなわち
$$ (\nabla_bG_a-\nabla_aG_b)(x_0)=(\nabla_b\nabla_aV-\nabla_a\nabla_bV)(x_0)=\bigl(R(\partial_b,\partial_a)V\bigr)(x_0) $$
と同値である(最後の等号は thm-ricci-id-general)。$\nabla_bG_a-\nabla_aG_b$ は $(\nabla_{\partial_b}G)(\partial_a)-(\nabla_{\partial_a}G)(\partial_b)$ の成分であるから、これは (2) の等式に他ならない。よって (2) のもとで prop-ricci-id-pde の条件が満たされ、方程式は完全積分可能である。
一意性:$V,\tilde V$ を $x_0$ の連結な近傍 $U'$ 上の解で $V(x_0)=\tilde V(x_0)$ とする。$U'$ の点 $x$ で $V(x)=\tilde V(x)$ となるものの集合 $Z$ は閉集合であり、$x_1\in Z$ に対し、$x_1$ を中心とする座標球の上では prop-ricci-id-pde の一意性により $V=\tilde V$ なので $Z$ は開集合でもある。$U'$ は連結で $x_0\in Z$ なので $Z=U'$ である。
最後に $F(X;V)=A(X)$ の場合、$G=A$ は $V$ によらないので、(2) は「各点 $x_0$ と各 $v$ について $(\nabla_XA)(Y)-(\nabla_YA)(X)=R(X,Y)v$」となる。$\square$

可積分条件の読み方
  1. の左辺は「方程式を使って形式的に計算した $\nabla_X\nabla_YV-\nabla_Y\nabla_XV$」であり、条件は「形式的に計算した交換子がリッチの恒等式の右辺 $R(X,Y)V$ に一致する」ことを要求している。これが旧来の教科書で「リッチの恒等式が可積分条件として働く」と表現される内容である。条件は各点の各初期値 $v$ について要求される点に注意する。$\nabla V=A$ の場合、$v$ が任意なので $R(X,Y)v$ は $v$ について線形であり、左辺は $v$ によらない。$(p,q)\neq(0,0)$ のとき、$R\neq0$ の点では $\nabla V=A$ は完全積分可能でない($R(X,Y)$ の $E_x$ への作用が零であることと $R_x=0$ は同値である。実際、作用が零なら、分解可能テンソルへの Leibniz 則により $R(X,Y)$ は $T_xM$ 上のスカラー倍でなければならず、$g(R(X,Y)Z,W)=-g(Z,R(X,Y)W)$(ex-ricci-id-metric)によりそのスカラーは $0$ である)。関数の場合($(p,q)=(0,0)$)は $R(X,Y)f=0$ なので、$dV=A$ の可積分条件は $dA=0$ だけであり曲率とは無関係である。特定の初期値についてだけ解が存在するかどうかはこの定理の範囲外であり、別の議論を要する。

計算と応用

平行なテンソル場の局所存在

$U\subset M$ を局所座標近傍とする。次は同値である。

  1. $U$ 上で $R\equiv0$。
  2. 方程式 $\nabla V=0$($V$ はベクトル場)は $U$ 上で完全積分可能である。すなわち任意の $x_0\in U$ と $v\in T_{x_0}M$ に対し、$x_0$ の近傍上の平行移動で不変な(平行な)ベクトル場 $V$ で $V(x_0)=v$ となるものが存在する。
  3. 任意の $(p,q)$ について方程式 $\nabla V=0$($V$ は $(p,q)$ 型テンソル場)は $U$ 上で完全積分可能である。

thm-ricci-id-integrability を $F=0$ に適用する。$G=0$ なので条件は「各点で任意の $v$ に対し $R(X,Y)v=0$」である。$(p,q)=(1,0)$ のとき、これは $R(X,Y)$ が各点で零写像であること、すなわち $R\equiv0$ と同値である。よって (1) ⇔ (2)。(3) ⇒ (2) は明らかであり、(1) ⇒ (3) は、$R\equiv0$ なら def-ricci-id-curvature-action によりすべてのテンソルに対し $R(X,Y)v=0$ であることから従う。$\square$

平坦性の特徴づけとの関係

リーマン曲率テンソル の記事では、$R\equiv0$ のとき平行なベクトル場を座標曲線に沿った平行移動の繰り返しで直接構成し、それを用いて「平坦なら局所的に Euclid 空間と等長」を示している。prop-ricci-id-parallel は同じ存在定理を Frobenius の定理から導くものである。局所座標で書けば、方程式 $\nabla V=0$ は $\partial_aV^i=-\Gamma^i_{aj}V^j$ であり、prop-ricci-id-pde の条件を直接計算すると、Christoffel 記号の 1 階微分と 2 次の項がちょうど リーマン曲率テンソル の記事の成分の公式の形にまとまって $R^i{}_{jba}V^j=0$ に帰着する。thm-ricci-id-integrability の証明は、この計算を任意のテンソル場と任意の右辺 $F$ について一括して行ったものと見ることができる。

定曲率空間における非線形な方程式

$U\subset M$ を局所座標近傍とし、$n\ge2$ とする。$\kappa\in\mathbb{R}$ を定数とし、未知の 1 次微分形式 $X$ に対する方程式
$$ \nabla_aX_b=\kappa g_{ab}+X_aX_b $$
を考える。これは $F(Y;X)(Z)=\kappa g(Y,Z)+X(Y)X(Z)$ の形であり、$X$ について非線形である。この方程式が $U$ 上で完全積分可能であるための必要十分条件は、$U$ が断面曲率 $\kappa$ の定曲率空間であることである。
実際、thm-ricci-id-integrability の条件を計算する。点 $x_0$ と $v\in T^*_{x_0}M$ をとり、$X$ を $X(x_0)=v$、$\nabla_aX_b(x_0)=\kappa g_{ab}+v_av_b$ を満たす 1 次微分形式とする。$G_{ab}:=\kappa g_{ab}+X_aX_b$ に対し、$\nabla g=0$ により $x_0$ で
$$ \nabla_cG_{ab}=(\nabla_cX_a)X_b+X_a\nabla_cX_b=(\kappa g_{ca}+v_cv_a)v_b+v_a(\kappa g_{cb}+v_cv_b) $$
であるから
$$ \nabla_cG_{ab}-\nabla_aG_{cb}=\kappa g_{ca}v_b+\kappa g_{cb}v_a-\kappa g_{ac}v_b-\kappa g_{ab}v_c=\kappa(g_{cb}v_a-g_{ab}v_c) $$
である。一方、1 次微分形式に対する $R(\partial_c,\partial_a)v$ の成分は $-R^d{}_{bca}v_d$ である。よって可積分条件は、すべての $v$ について
$$ -R^d{}_{bca}v_d=\kappa(g_{cb}v_a-g_{ab}v_c),\quad\text{すなわち}\quad R^d{}_{bca}=\kappa(\delta^d_cg_{ab}-\delta^d_ag_{cb}) $$
が成り立つことである。これは $R(Y,Z)W=\kappa\bigl(g(Z,W)Y-g(Y,W)Z\bigr)$ を成分で書いたものであり、断面曲率 の記事の定曲率の特徴づけにより、$U$ が定曲率 $\kappa$ であることと同値である。
解の意味:$\nabla_aX_b$ が対称なので $dX=0$ であり、Poincaréの補題により局所的に $X=df$ と書ける。このとき $u:=e^{-f}$ は $\nabla du=-e^{-f}(\nabla df-df\otimes df)=-\kappa u\,g$、すなわち $\nabla_a\nabla_bu=-\kappa u\,g_{ab}$ を満たす。

Killing 場

ベクトル場 $\xi\in\mathfrak{X}(M)$ が Killing 場(Killing field、Killingベクトル場)であるとは、$(1,1)$ 型テンソル場 $\nabla\xi\colon Z\mapsto\nabla_Z\xi$ が $g$ に関して反対称であること、すなわち
$$ g(\nabla_Y\xi,Z)+g(\nabla_Z\xi,Y)=0\qquad(Y,Z\in\mathfrak{X}(M)) $$
が成り立つことをいう。$\xi_j:=g_{jk}\xi^k$ とおけば、成分では $\nabla_i\xi_j+\nabla_j\xi_i=0$ である。この条件は $\xi$ のLie微分について $\mathcal{L}_\xi g=0$ が成り立つこと、すなわち $\xi$ の生成する局所的な流れが等長写像からなることと同値である(Pet16 Ch. 8)。Killing 場全体は $\mathbb{R}$ 上のベクトル空間をなす。

Killing 場の 2 階共変微分

$\xi$ を Killing 場とすると、任意の $Y,Z\in\mathfrak{X}(M)$ に対し
$$ \nabla^2_{Y,Z}\xi=R(Y,\xi)Z $$
が成り立つ。成分では $\nabla_i\nabla_j\xi_k=R^a{}_{ijk}\xi_a$ である。

$S_{ijk}:=\nabla_i\nabla_j\xi_k$ とおく。Killing 条件 $\nabla_j\xi_k=-\nabla_k\xi_j$ を共変微分して $S_{ijk}=-S_{ikj}$ である。1 次微分形式に対するリッチの恒等式(def-ricci-id-main)を添字を巡回させて 3 通り書くと
$$ S_{ijk}-S_{jik}=-R^a{}_{kij}\xi_a,\qquad S_{jki}-S_{kji}=-R^a{}_{ijk}\xi_a,\qquad S_{kij}-S_{ikj}=-R^a{}_{jki}\xi_a $$
である。第 1 式と第 2 式を加え、第 3 式を引く。左辺は、$S_{jki}=-S_{jik}$、$S_{kji}=-S_{kij}$、$S_{ikj}=-S_{ijk}$ により
$$ S_{ijk}-S_{jik}-S_{jik}+S_{kij}-S_{kij}-S_{ijk}=-2S_{jik} $$
となる。右辺は、第 1 Bianchi恒等式 $R^a{}_{kij}+R^a{}_{ijk}+R^a{}_{jki}=0$(リーマン曲率テンソル)により $-(R^a{}_{kij}+R^a{}_{ijk})\xi_a+R^a{}_{jki}\xi_a=2R^a{}_{jki}\xi_a$ となる。よって $S_{jik}=-R^a{}_{jki}\xi_a=R^a{}_{jik}\xi_a$(最後は後の 2 添字についての反対称性)であり、添字を付け替えて $\nabla_i\nabla_j\xi_k=R^a{}_{ijk}\xi_a$ を得る。
座標によらない形に直す。$k$ を上げると $(\nabla^2_{\partial_i,\partial_j}\xi)^k=g^{kc}R^a{}_{ijc}\xi_a=g^{kc}\xi^bR_{bijc}$ であり、対の入れ替えの対称性 $R_{bijc}=R_{jcbi}$(リーマン曲率テンソル)と $R_{jcbi}=g_{jm}R^m{}_{cbi}$ により、$\xi^bR^m{}_{cbi}\partial_m=R(\xi,\partial_i)\partial_c$ であるから
$$ g^{kc}\xi^bR_{bijc}=g^{kc}g\bigl(R(\xi,\partial_i)\partial_c,\partial_j\bigr)=-g^{kc}g\bigl(R(\xi,\partial_i)\partial_j,\partial_c\bigr)=-\bigl(R(\xi,\partial_i)\partial_j\bigr)^k=\bigl(R(\partial_i,\xi)\partial_j\bigr)^k $$
である(途中で $g(R(\cdot,\cdot)V,W)=-g(R(\cdot,\cdot)W,V)$ を用いた)。よって $\nabla^2_{\partial_i,\partial_j}\xi=R(\partial_i,\xi)\partial_j$ であり、両辺が $Y,Z$ について $C^\infty(M)$-線形なので一般の $Y,Z$ について $\nabla^2_{Y,Z}\xi=R(Y,\xi)Z$ が成り立つ。$\square$

Killing 場の一意性と次元評価

$M$ を連結なリーマン多様体とする。

  1. Killing 場 $\xi$ が 1 点 $p$ で $\xi_p=0$ かつ $(\nabla\xi)_p=0$ を満たせば、$\xi\equiv0$ である。
  2. Killing 場全体のなすベクトル空間の次元は $n(n+1)/2$ 以下である。
  1. $A:=\nabla\xi$ とおく。$(\nabla_YA)(Z)=\nabla_Y(\nabla_Z\xi)-\nabla_{\nabla_YZ}\xi=\nabla^2_{Y,Z}\xi$ であるから、prop-ricci-id-killing により $(\nabla_YA)(Z)=R(Y,\xi)Z$ である。$\gamma\colon[0,1]\to M$ を滑らかな曲線とし、$\gamma$ に沿う平行な局所枠 $E_1,\dots,E_n$(平行移動)をとって $\xi=\xi^iE_i$、$A(E_j)=A^i{}_jE_i$、$\dot\gamma=c^kE_k$、$R(E_k,E_l)E_j=R^i{}_{jkl}(t)E_i$ と書く($\xi^i$、$A^i{}_j$、$c^k$、$R^i{}_{jkl}$ は $t$ の滑らかな関数)。$\nabla_{\dot\gamma}\xi=A(\dot\gamma)$ と $(\nabla_{\dot\gamma}A)(E_j)=R(\dot\gamma,\xi)E_j$ を成分で書くと、枠が平行なので
    $$ \frac{d\xi^i}{dt}=A^i{}_jc^j,\qquad \frac{dA^i{}_j}{dt}=c^k\xi^lR^i{}_{jkl}(t) $$
    であり、これは $(\xi^i,A^i{}_j)$ に対する滑らかな係数の線形常微分方程式系である。したがって $t=0$ で $(\xi^i,A^i{}_j)=0$ ならば $[0,1]$ 全体で $0$ である(Lee13 Appendix D)。
    $Z:=\{q\in M\mid\xi_q=0,\ (\nabla\xi)_q=0\}$ とおくと、$Z$ は閉集合であり、仮定により $p\in Z$ である。$q\in Z$ に対し、$q$ を中心とする座標球の各点は $q$ と座標について直線である滑らかな曲線で結べるので、上の議論により座標球は $Z$ に含まれる。よって $Z$ は開集合でもあり、$M$ の連結性から $Z=M$ である。
  2. 線形写像 $\xi\mapsto(\xi_p,(\nabla\xi)_p)$ は (1) により単射である。$(\nabla\xi)_p$ は $T_pM$ の $g_p$ に関して反対称な線形変換なので、その全体は次元 $n(n-1)/2$ の空間をなす。よって Killing 場の空間の次元は $n+n(n-1)/2=n(n+1)/2$ 以下である。$\square$
上界の達成

Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ では、平行移動を生成する $n$ 個の定ベクトル場と回転を生成する $n(n-1)/2$ 個のベクトル場 $x^i\partial_j-x^j\partial_i$ が線形独立な Killing 場であり、上界 $n(n+1)/2$ が達成される。球面と双曲空間でも同じ次元が達成され、上界を達成するのは定曲率空間に限ることが知られている(Pet16 Ch. 8)。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, 2nd ed., Springer, 2018, Ch. 7(Curvature:一般のテンソル場に対するリッチの恒等式の成分公式)
[2]
Peter Petersen, Riemannian Geometry, Graduate Texts in Mathematics 171, 3rd ed., Springer, 2016, Ch. 8(Killing Fields:Killing 場の定義と Lie 微分による特徴づけ、2 階共変微分の公式、次元の上界を達成する空間)、Ch. 9(The Bochner Technique)
[3]
John M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 218, 2nd ed., Springer, 2013, Ch. 19(Distributions and Foliations:局所 Frobenius 定理)、Appendix D(常微分方程式の解の存在・一意性・滑らかな依存性)

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