Schur補行列(Schur complement)とは、正方行列を $M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}$ と区分けし、左上の $A$ が正則なときの $M/A:=D-CA^{-1}B$ であり、変数の一部を消去したあとの係数行列にあたる。$\det M=\det A\cdot\det(M/A)$ と $\operatorname{rank}M=p+\operatorname{rank}(M/A)$($p$ は $A$ の次数)が成り立ち、$M$ が正則なら $M^{-1}$ の右下のブロックは $(M/A)^{-1}$ である。$M$ が Hermite 行列なら、正・負の固有値の個数は $A$ と $M/A$ のものの和であり、$M$ が正定値であることは $A$ と $M/A$ がともに正定値であることと同値である。
連立 1 次方程式
$$
\begin{cases}2x+y+z=b_1\\x+2y+z=b_2\\x+y+2z=b_3\end{cases}
$$
で、1 本目の式から $x=\frac12(b_1-y-z)$ として残りの 2 本に代入すると、$y,z$ だけの方程式
$$
\begin{pmatrix}\frac32&\frac12\\\frac12&\frac32\end{pmatrix}\begin{pmatrix}y\\z\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}b_2-\frac12b_1\\b_3-\frac12b_1\end{pmatrix}
$$
が残る。この $2\times2$ の係数行列は、元の係数行列を $M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}$($A=(2)$)と区分けしたときの $D-CA^{-1}B$ である。この行列を $M$ における $A$ の Schur 補行列 という。変数の一部を消去したあとに残る係数行列であり、$M$ の行列式・正則性・階数・逆行列の右下の部分を決める。
$M$ が Hermite 行列で $A$ が正則なときは、Schur 補行列は $M$ の正・負の固有値の個数を受け継ぐ。$A$ の固有値の符号の個数と $D-B^*A^{-1}B$ の固有値の符号の個数を足すと、$M$ の固有値の符号の個数になる(thm-sc-inertia)。とくに $M$ が正定値であることは、$A$ と Schur 補行列がともに正定値であることと同値である。この性質により、Schur 補行列は正定値性の判定、2 次形式の部分的な最小化、多変量正規分布の条件付き分散に現れる。
| 結果 | 内容 | 仮定 |
|---|---|---|
| thm-sc-ldu | $M$ は $\mathrm{diag}(A,M/A)$ を単位区分三角行列で挟んだもの。行列式・正則性・階数・逆行列 | $A$ が正則 |
| thm-sc-quotient | $(M/A)/(E/A)=M/E$ | $A$ と $E$ が正則 |
| thm-sc-inertia | 正・負・零の固有値の個数は $A$ と $M/A$ の和 | $M$ が Hermite、$A$ が正則 |
| cor-sc-definite | $M\succ0\iff A\succ0$ かつ $M/A\succ0$ | $M$ が Hermite |
| prop-sc-minimum | $\min_x$ の値が $y^*(M/A)y$ | $A\succ0$ |
| thm-sc-singular | $A$ が正則でない場合の半正定値性の判定 | $M$ が Hermite |
以下、$K$ は体とし、$M_{m,n}(K)$ を $K$ の元を成分とする $m\times n$ 行列の全体、$M_n(K):=M_{n,n}(K)$ と書く。$I_n$ は $n$ 次の単位行列、$O$ は零行列である。$(p+q)$ 次の正方行列を行も列も $(p,q)$ の型で区分けして
$$
M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}\qquad(A\in M_p(K),\ B\in M_{p,q}(K),\ C\in M_{q,p}(K),\ D\in M_q(K))
$$
と書く(ブロック行列)。
上の $M$ で $A$ が正則なとき、$q$ 次の正方行列
$$
M/A:=D-CA^{-1}B
$$
を $M$ における $A$ の Schur 補行列(Schur complement)という。$D$ が正則なときは、$p$ 次の正方行列 $M/D:=A-BD^{-1}C$ を $M$ における $D$ の Schur 補行列という。
$M/D$ は、行と列の順を入れ替えて $D$ を左上に移した行列 $\begin{pmatrix}D&C\\B&A\end{pmatrix}$ における $D$ の Schur 補行列である。そこで以下では主に $M/A$ を扱い、$M/D$ についての主張は入れ替えで得る。$p=1$、$A=(a)$ のときは $M/A=D-\frac1a\,CB$ であり、これは 正定値行列 の記事の補題「Schur 補行列による分解」で使われている形である。
$K^{p+q}$ の列ベクトルを $\binom{x}{y}$($x\in K^p$、$y\in K^q$)と書くと、方程式 $M\binom xy=\binom uv$ は $Ax+By=u$、$Cx+Dy=v$ である。$A$ が正則なら 1 本目から $x=A^{-1}(u-By)$ が決まり、2 本目に代入すると
$$
(M/A)\,y=v-CA^{-1}u
$$
となる。Schur 補行列は「$x$ を消去したあとに $y$ に残る係数行列」であり、ブロック単位の Gauss の消去法の結果である(ブロック行列 の記事の「直感」)。
この見方から次のことが予想できる。$M$ が正則であることは、残った方程式が一意に解けること、すなわち $M/A$ が正則であることと同じはずである。$M$ の階数は、$A$ の分の $p$ に、残った $y$ の方程式の階数を足したものになるはずである。さらに $u=0$ のとき $y=(M/A)^{-1}v$ なので、$M^{-1}$ の右下のブロックは $(M/A)^{-1}$ になるはずである。これらを確かめるのが thm-sc-ldu である。
Hermite 行列の場合には、消去は 2 次形式の平方完成にあたる。$n=2$ の実対称行列なら
$$
ax^2+2bxy+dy^2=a\Bigl(x+\frac bay\Bigr)^2+\Bigl(d-\frac{b^2}a\Bigr)y^2
$$
であり、$y^2$ の係数 $d-\frac{b^2}{a}$ が $1\times1$ の Schur 補行列である。正定値性や符号が $a$ と $d-\frac{b^2}a$ の符号で決まることの一般化が thm-sc-inertia である。
$M=\begin{pmatrix}2&1&1\\1&2&1\\1&1&2\end{pmatrix}$ を $p=1$、$q=2$ で区分けすると、
$$
M/A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}-\frac12\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\frac32&\frac12\\\frac12&\frac32\end{pmatrix},\qquad\det(M/A)=2
$$
である。thm-sc-ldu により $\det M=\det A\cdot\det(M/A)=2\cdot2=4$ であり、これは $M=I_3+J$($J$ は成分がすべて $1$ の行列)の固有値 $4,1,1$ の積に一致する。$A=(2)$ と $M/A$(固有値 $2$ と $1$)はどちらも正定値なので、cor-sc-definite により $M$ も正定値である。
$\sigma_1,\sigma_2>0$、$-1<\rho<1$ として
$$
\Sigma=\begin{pmatrix}\sigma_1^2&\rho\sigma_1\sigma_2\\\rho\sigma_1\sigma_2&\sigma_2^2\end{pmatrix}
$$
とすると、$\Sigma/(\sigma_1^2)=\sigma_2^2-\frac{\rho^2\sigma_1^2\sigma_2^2}{\sigma_1^2}=\sigma_2^2(1-\rho^2)$ である。$(X_1,X_2)$ が分散共分散行列 $\Sigma$ の 2 変量正規分布に従うとき、これは $X_1$ の値を与えたときの $X_2$ の条件付き分散である(多変量正規分布 の記事の定理「条件付き分布」。一般の次元では条件付き分布の共分散行列が $\Sigma_{22}-\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}=\Sigma/\Sigma_{11}$ になる)。$|\rho|$ が $1$ に近いほど $X_1$ から $X_2$ がよく予測でき、残る分散 $\Sigma/(\sigma_1^2)$ は小さい。
$M=\begin{pmatrix}1&2\\2&1\end{pmatrix}$ では $A=(1)$、$M/A=1-4=-3$ である。$A$ は正の固有値を 1 つ、$M/A$ は負の固有値を 1 つもつので、thm-sc-inertia により $M$ は正の固有値と負の固有値を 1 つずつもつ。実際、$M$ の固有値は $3$ と $-1$ である。$A$ の対角成分が正でも、$M$ は正定値とは限らない。
$M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}$ で $A$ が正則とし、$S:=M/A$ とおく。このとき
$$
M=\begin{pmatrix}I_p&O\\CA^{-1}&I_q\end{pmatrix}\begin{pmatrix}A&O\\O&S\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I_p&A^{-1}B\\O&I_q\end{pmatrix}
$$
が成り立つ。したがって次が成り立つ。
要点:右辺の 3 つの行列をブロックの積で掛けると $M$ に戻り、両端の因子は対角ブロックが単位行列の区分三角行列なので、行列式・正則性・階数・逆行列はすべて中央の $\mathrm{diag}(A,M/A)$ から読み取れる。
右辺の 3 つの行列を左から $L$、$\Delta$、$U$ とおく。ブロックの積の規則(ブロック行列 の記事の定義のあとの積の式)により$$L\Delta=\begin{pmatrix}A&O\\C&S\end{pmatrix},\qquad L\Delta U=\begin{pmatrix}A&B\\C&CA^{-1}B+S\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}$$であり、分解が成り立つ。$L$ と $U$ は対角ブロックが単位行列の区分三角行列なので、行列式は $1$ で、逆行列は $L^{-1}=\begin{pmatrix}I_p&O\\-CA^{-1}&I_q\end{pmatrix}$、$U^{-1}=\begin{pmatrix}I_p&-A^{-1}B\\O&I_q\end{pmatrix}$ である(ブロック行列 の命題「区分上三角行列の積・行列式・逆行列」)。
1:積の行列式の公式により $\det M=\det L\cdot\det\Delta\cdot\det U=\det A\cdot\det S$ である。
2:$\det A\ne0$ なので、1 により $\det M\ne0$ と $\det S\ne0$ は同値である。
3:正則行列を左右から掛けても階数は変わらないので $\operatorname{rank}M=\operatorname{rank}\Delta$ である。$\Delta$ の列空間は $A$ の列空間と $S$ の列空間の直和なので、$\operatorname{rank}\Delta=\operatorname{rank}A+\operatorname{rank}S=p+\operatorname{rank}S$ である。
4:$M^{-1}=U^{-1}\Delta^{-1}L^{-1}$、$\Delta^{-1}=\mathrm{diag}(A^{-1},S^{-1})$ をブロックの積で計算すると、$\Delta^{-1}L^{-1}=\begin{pmatrix}A^{-1}&O\\-S^{-1}CA^{-1}&S^{-1}\end{pmatrix}$ であり、左から $U^{-1}$ を掛けると上の行は $\bigl(A^{-1}+A^{-1}BS^{-1}CA^{-1},\ -A^{-1}BS^{-1}\bigr)$ になり、下の行は変わらない。$\square$
$D$ が正則なら、入れ替えにより $M=\begin{pmatrix}I_p&BD^{-1}\\O&I_q\end{pmatrix}\begin{pmatrix}M/D&O\\O&D\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I_p&O\\D^{-1}C&I_q\end{pmatrix}$、$\det M=\det D\cdot\det(M/D)$ であり、$M^{-1}$ の左上の $p\times p$ ブロックは $(M/D)^{-1}$ である。$A$ と $D$ の両方が正則なときに 2 つの分解を比べると、$\det(I_m+XY)=\det(I_n+YX)$ や Woodbury の公式が得られる。これらは ブロック行列 の記事の系「行列式の補題」で証明されている。
3 の特別な場合として、$\operatorname{rank}M=\operatorname{rank}A$ となるのは $M/A=O$、すなわち $D=CA^{-1}B$ のときに限る。正則な左上のブロックが $M$ の階数をすべて担うなら、残りのブロック $D$ は $A,B,C$ から決まってしまう。
Schur 補行列をとる操作は、段階に分けても一度に行っても同じ結果になる。$(p+r+s)$ 次の正方行列を $(p,r,s)$ の型で
$$
M=\begin{pmatrix}A&B_1&B_2\\C_1&D_{11}&D_{12}\\C_2&D_{21}&D_{22}\end{pmatrix},\qquad E:=\begin{pmatrix}A&B_1\\C_1&D_{11}\end{pmatrix}
$$
と区分けする。$A$ が正則なら、$M$ を $(p,\,r+s)$ の型で見た Schur 補行列は
$$
M/A=\begin{pmatrix}D_{11}-C_1A^{-1}B_1&D_{12}-C_1A^{-1}B_2\\D_{21}-C_2A^{-1}B_1&D_{22}-C_2A^{-1}B_2\end{pmatrix}
$$
であり、その左上の $r\times r$ ブロックは $E/A$ である。$E$ が正則なら、$M$ を $(p+r,\,s)$ の型で見た Schur 補行列 $M/E$ も定まる。
上の記号で $A$ と $E$ が正則なら、$E/A$ は正則であり
$$
(M/A)/(E/A)=M/E
$$
が成り立つ。ここで左辺は、$M/A$ を $(r,s)$ の型で区分けしたときの左上のブロック $E/A$ の Schur 補行列である。
要点:$M$ の左下を 2 段に分けて消去した結果と 1 段で消去した結果は、どちらも右下が単位行列の区分下三角行列を左から掛けて左下を $O$ にしたものなので、右下のブロックが一致する。
thm-sc-ldu の 1 を $E$ に使うと $\det E=\det A\cdot\det(E/A)$ なので、$E/A$ は正則である。$X:=M/A$ とし、その $(r,s)$ の型のブロックを $X_{ij}$($X_{11}=E/A$)と書く。$$L_1:=\begin{pmatrix}I_p&O&O\\-C_1A^{-1}&I_r&O\\-C_2A^{-1}&O&I_s\end{pmatrix},\qquad L_2:=\begin{pmatrix}I_p&O&O\\O&I_r&O\\O&-X_{21}X_{11}^{-1}&I_s\end{pmatrix}$$とおくと、ブロックの積により$$L_1M=\begin{pmatrix}A&B_1&B_2\\O&X_{11}&X_{12}\\O&X_{21}&X_{22}\end{pmatrix},\qquad L_2L_1M=\begin{pmatrix}A&B_1&B_2\\O&X_{11}&X_{12}\\O&O&X_{22}-X_{21}X_{11}^{-1}X_{12}\end{pmatrix}$$である。右下のブロックは $X/X_{11}=(M/A)/(E/A)$ である。
一方、$L:=L_2L_1$ は対角ブロックが単位行列の区分下三角行列なので、$(p+r,s)$ の型で見ると $L=\begin{pmatrix}L'&O\\L''&I_s\end{pmatrix}$ の形をしている。$M$ を同じ型で $M=\begin{pmatrix}E&F\\G&D_{22}\end{pmatrix}$($F=\binom{B_2}{D_{12}}$、$G=(C_2\ \ D_{21})$)と書くと、$LM$ の下のブロック行は $\bigl(L''E+G,\ L''F+D_{22}\bigr)$ である。上の計算から $LM$ の左下は $O$ なので $L''E+G=O$、すなわち $L''=-GE^{-1}$ であり、右下は$$L''F+D_{22}=D_{22}-GE^{-1}F=M/E$$である。2 通りに求めた $LM$ の右下のブロックを比べて結論を得る。$\square$
$M\in M_n(K)$ の左上の $k$ 次の主小行列を $M_k$ とし、$M_1,\dots,M_{n-1}$ が正則であるとする。以下の式を $j< k$ に使うと $j$ 番目のピボットは $\det M_j/\det M_{j-1}\ne0$ なので、$k$ についての帰納法により、行の入れ替えをせずに消去法を $k-1$ 列まで進められる。行の入れ替えをせずに消去法を $k-1$ 列まで進めることは、$(k-1,\,n-k+1)$ の型で右下が単位行列の区分下三角行列を左から掛けて左下を $O$ にすることなので、そのとき右下に残る行列は、prf-sc-quotient の後半と同じ議論により $M/M_{k-1}$ である。その左上の成分($k$ 番目のピボット)は、thm-sc-quotient の前の注意により $M_k/M_{k-1}$ であり、thm-sc-ldu の 1 により
$$
M_k/M_{k-1}=\frac{\det M_k}{\det M_{k-1}}\qquad(\det M_0:=1)
$$
である。ex-sc-intro の行列では、ピボットは $2$、$\frac32$、$\frac43$ で、首座小行列式 $2,3,4$ の比に一致する。実際 $M/M_1$ の左上の成分は $\frac32$、$(M/M_1)/(\tfrac32)=\frac32-\frac12\cdot\frac23\cdot\frac12=\frac43$ であり、$M/M_2=2-\begin{pmatrix}1&1\end{pmatrix}M_2^{-1}\binom11=2-\frac23=\frac43$ と一致する。この式は LU分解 の対角成分を首座小行列式で表す式でもある。
この節では $K$ は $\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$ とし、$X^*:=\overline{X}^{\top}$ と書く。$M$ が Hermite行列($K=\mathbb{R}$ では実対称行列)であることは、$A$ と $D$ が Hermite 行列で $C=B^*$ であることと同値である。このとき $A$ が正則なら $A^{-1}$ も Hermite 行列なので、$M/A=D-B^*A^{-1}B$ も Hermite 行列である。正定値・半正定値の定義と記号 $X\succ0$、$X\succeq0$ は 正定値行列 の記事のとおりとし、$X-Y\succeq0$ を $X\succeq Y$ とも書く。
Hermite 行列 $H$ の正の固有値の個数、負の固有値の個数、固有値 $0$ の重複度(いずれも重複度を込めて数える)をそれぞれ $\pi(H)$、$\nu(H)$、$\delta(H)$ とし、組 $\operatorname{In}(H):=(\pi(H),\nu(H),\delta(H))$ を $H$ の 慣性(inertia)という。正則行列 $P$ について $\operatorname{In}(P^*HP)=\operatorname{In}(H)$ である。実際、Hermite形式 の記事の系「符号と固有値」により $\operatorname{In}(H)$ は Hermite 形式 $h_H(x,y)=y^*Hx$ の直交基底での値の符号の個数に等しく、$h_{P^*HP}(x,y)=h_H(Px,Py)$ なので、$h_{P^*HP}$ の直交基底を $P$ で移すと $h_H$ の直交基底になり、値は変わらない。同記事の定理「Hermite 形式の慣性法則」の 1 によりこの個数は直交基底の選び方によらない(実対称行列は複素の Hermite 行列とみなせばよい。2次形式 の記事の定理「実2次形式の係数の符号の不変性」も同じ内容である)。
$M=\begin{pmatrix}A&B\\B^*&D\end{pmatrix}$ を Hermite 行列とし、$A$ が正則であるとする。このとき
$$
\operatorname{In}(M)=\operatorname{In}(A)+\operatorname{In}(M/A)
$$
が成り立つ(成分ごとの和)。$D$ が正則なら $\operatorname{In}(M)=\operatorname{In}(D)+\operatorname{In}(M/D)$ である。
$C=B^*$ なので $CA^{-1}=B^*A^{-1}=(A^{-1}B)^*$ であり、thm-sc-ldu の分解の左の因子は右の因子 $U=\begin{pmatrix}I_p&A^{-1}B\\O&I_q\end{pmatrix}$ の共役転置である。よって $M=U^*\,\mathrm{diag}(A,M/A)\,U$ で、$U$ は正則なので、上の注意により $\operatorname{In}(M)=\operatorname{In}(\mathrm{diag}(A,M/A))$ である。区分対角行列の固有多項式は対角ブロックの固有多項式の積なので、$\mathrm{diag}(A,M/A)$ の固有値は $A$ の固有値と $M/A$ の固有値を重複度込みで合わせたものであり、慣性はそれぞれの慣性の和である。$D$ が正則な場合は、thm-sc-ldu のあとの $D$ についての分解で同じことを行う。$\square$
この定理は Haynsworth の慣性公式と呼ばれる。ex-sc-inertia はその最小の例である。正定値性は $\operatorname{In}=(n,0,0)$、半正定値性は $\nu=0$ と言い換えられるので(正定値行列 の記事の定理「正定値行列の特徴づけ」と定理「半正定値行列の特徴づけ」の 1 ⇔ 2)、次の判定法が従う。
$M=\begin{pmatrix}A&B\\B^*&D\end{pmatrix}$ を Hermite 行列とする。
要点:正定値は $\pi=$ 次数、半正定値は $\nu=0$ なので、thm-sc-inertia の慣性の和から 1〜3 が従う。4 は $D-M/A=B^*A^{-1}B\succeq0$ と、$0\preceq S\preceq D$ なら $\det S\le\det D$ であることによる。
1:$M\succ0$ なら、その主小行列 $A$ も正定値である(正定値行列 の記事の命題「正定値性を保つ操作」の 2)。$A\succ0$ なら $A$ は正則で $\pi(A)=p$ なので、thm-sc-inertia により $\pi(M)=p+\pi(M/A)$ である。よって $\pi(M)=p+q$ と $\pi(M/A)=q$ は同値である。
2:$\nu(A)=0$ なので、thm-sc-inertia により $\nu(M)=\nu(M/A)$ である。
3:$D$ についての thm-sc-inertia を使えば、1・2 と同じである。
4:$D-M/A=B^*A^{-1}B$ であり、$x^*B^*A^{-1}Bx=(Bx)^*A^{-1}(Bx)\ge0$($A^{-1}\succ0$)なので $D\succeq M/A$ である。$M/A\succeq O$ は 2 による。行列式について、thm-sc-ldu の 1 により $\det M=\det A\det(M/A)$ なので、$S:=M/A$ について $\det S\le\det D$ を示せばよい。$\det S=0$ なら $\det D\ge0$($D\succeq S\succeq0$ なので固有値は $0$ 以上)から明らかである。$S\succ0$ なら、正定値な平方根 $S^{1/2}$(正定値行列 の記事の定理「半正定値な平方根の存在と一意性」)をとって $T:=S^{-1/2}(D-S)S^{-1/2}\succeq0$ とおくと $D=S^{1/2}(I_q+T)S^{1/2}$ であり、$I_q+T$ の固有値は $1$ 以上なので $\det D=\det S\cdot\det(I_q+T)\ge\det S$ である。$\square$
1 で $p=1$ とし、帰納法を回したものが、首座小行列式による正定値性の判定(Sylvester の判定法)の証明である(正定値行列 の記事の定理「正定値行列の特徴づけ」の証明)。4 の行列式の不等式を繰り返し使うと、半正定値行列 $M$ について $\det M\le m_{11}m_{22}\cdots m_{nn}$(Hadamard の不等式)が得られる(正定値なら、4 を $p=1$ で使うと $\det M\le m_{11}\det D$ で、$D$ も正定値なので帰納法が回る。半正定値で正則でなければ $\det M=0$ であり、対角成分は $0$ 以上である)。
$M=\begin{pmatrix}A&B\\B^*&D\end{pmatrix}$ を Hermite 行列とし、$A\succ0$ とする。$y\in K^q$ を固定すると、$x\in K^p$ の関数 $\varphi(x):=\binom xy^*M\binom xy$ は $x=-A^{-1}By$ でだけ最小になり、最小値は $y^*(M/A)\,y$ である。
$z:=x+A^{-1}By$ とおくと、$A^*=A$ により
$$
z^*Az=x^*Ax+x^*By+y^*B^*x+y^*B^*A^{-1}By
$$
であり、$\varphi(x)=x^*Ax+x^*By+y^*B^*x+y^*Dy$ なので
$$
\varphi(x)=z^*Az+y^*(D-B^*A^{-1}B)\,y=z^*Az+y^*(M/A)\,y
$$
である。$A\succ0$ なので $z^*Az\ge0$ で、等号は $z=0$、すなわち $x=-A^{-1}By$ のときに限る。$\square$
$M$ が内積空間の元 $u_1,\dots,u_p,w_1,\dots,w_q$ の Gram 行列(成分 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ を並べた行列。正定値行列 の記事の例「Gram 行列と Hilbert 行列」)で $u_1,\dots,u_p$ が 1 次独立なら、prop-sc-minimum は「$\sum_jy_jw_j$ から $u_1,\dots,u_p$ の張る部分空間 $U$ の元を引いた長さの 2 乗の最小値」を与える。したがって $M/A$ は、各 $w_j$ から $U$ への直交射影を引いた残り $w_j-P_Uw_j$ の Gram 行列である。$q=1$ では $\det M/\det A$ が $w_1$ と $U$ の距離の 2 乗になり、これは Gram–Schmidtの直交化 の記事の定理「Gram 行列式と直交化」の 1 の式である。ex-sc-covariance の条件付き分散も、2 乗平均の意味で $X_1$ の 1 次式で $X_2$ を近似したときの誤差の最小値である。
$A$ が正則でないときは、逆行列の代わりに Moore–Penrose逆行列 $A^+$ を使う。
$M=\begin{pmatrix}A&B\\B^*&D\end{pmatrix}$ を Hermite 行列とする($A$ は正則とは限らない)。$M\succeq0$ であることと、次の 3 条件がすべて成り立つことは同値である。
要点:$A$ の核のベクトルを $t$ 倍して $M$ の 2 次形式に入れると、$t$ の 1 次式が $0$ 以上であり続けることから $B^*v=0$($v\in\ker A$)が出て、2 が従う。2 のもとでは $U:=\begin{pmatrix}I_p&A^+B\\O&I_q\end{pmatrix}$ により $M=U^*\,\mathrm{diag}(A,\,D-B^*A^+B)\,U$ となる。
準備:実の Hermite 行列は複素の Hermite 行列とみなす。$A$ は Hermite 行列なので、Moore–Penrose逆行列 の記事の命題「基本的な計算規則」の 2 により $(A^+)^*=(A^*)^+=A^+$ で、$A^+$ も Hermite 行列である。同記事の命題「射影としての特徴づけ」により $AA^+$ は $\operatorname{im}A$ への、$A^+A$ は $\operatorname{im}A^*=\operatorname{im}A$ への直交射影であり、直交射影は像で決まるので $P:=AA^+=A^+A$ である。条件 2 は $PB=B$、すなわち $\operatorname{im}B\subseteq\operatorname{im}A$ と同値である。
合同変換:2 が成り立つとし、$S':=D-B^*A^+B$ とおく。$U^*=\begin{pmatrix}I_p&O\\B^*A^+&I_q\end{pmatrix}$ なので、ブロックの積により $U^*\,\mathrm{diag}(A,S')\,U$ の右上は $AA^+B=PB=B$、左下は $B^*A^+A=B^*P=(PB)^*=B^*$($P^*=P$)、右下は $B^*A^+AA^+B+S'=B^*A^+B+S'=D$(Penrose 条件 $A^+AA^+=A^+$)、左上は $A$ である。よって $M=U^*\,\mathrm{diag}(A,S')\,U$ であり、$U$ は正則である。
⇐:1・3 のもとで $\mathrm{diag}(A,S')\succeq0$ であり、$\binom xy^*M\binom xy=w^*\,\mathrm{diag}(A,S')\,w\ge0$($w:=U\binom xy$)なので $M\succeq0$ である。
⇒:$M\succeq0$ とする。$y=0$ のベクトルを入れれば $A\succeq0$ である。$v\in\ker A$、$y\in K^q$、実数 $t$ について $\binom{tv}{y}^*M\binom{tv}{y}=t^2v^*Av+2t\operatorname{Re}(v^*By)+y^*Dy=2t\operatorname{Re}(v^*By)+y^*Dy\ge0$ がすべての $t$ で成り立つので、$\operatorname{Re}(v^*By)=0$ である。$K=\mathbb{C}$ では $y$ を $iy$ に替えて $\operatorname{Im}(v^*By)=0$ も得る。よってすべての $y$ で $v^*By=0$、すなわち $B^*v=0$ であり、$\ker A\subseteq\ker B^*$ である。直交補空間をとると $\operatorname{im}B=(\ker B^*)^\perp\subseteq(\ker A)^\perp=\operatorname{im}A^*=\operatorname{im}A$ なので 2 が成り立つ。すると上の合同変換が使え、$\mathrm{diag}(A,S')=(U^{-1})^*MU^{-1}\succeq0$ なので、$y$ の部分だけを見て $S'\succeq0$ である。$\square$
$A$ が正則なら $A^+=A^{-1}$ で条件 2 は自動的に成り立ち、cor-sc-definite の 2 の「$A\succ0$」の場合を含む。$D-B^*A^+B$ は Schur 補行列の一般化として扱われる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| def-sc-main の $A$ が正則 | $M=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$($p=q=1$) | $M/A$ が定まらず、$\det M$ を $\det A$ の倍数として書けない |
| cor-sc-definite の 1 で $M$ が Hermite | $M=\begin{pmatrix}1&4\\0&1\end{pmatrix}$ | $A=(1)\succ0$、$M/A=(1)\succ0$ だが、$x^{\top}Mx$ が負の値をとる |
| cor-sc-definite の 1 の $A\succ0$ | $M=\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}$ | $M/A=(1)\succ0$ だが $M$ は正定値でない |
| prop-sc-minimum の $A\succ0$ | $M=\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}$ | $\varphi(x)=-x^2+y^2$ は下に有界でなく、最小値 $y^*(M/A)y$ をとらない |
| thm-sc-singular の 2 | $M=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ | 1 と 3 は成り立つが $M$ は半正定値でない |
| cor-sc-definite の 4 の $M\succeq0$ | $A=D=I_2$、$B=2I_2$ | $\det M>\det A\cdot\det D$ |
1 行目:$A=(0)$ は正則でない。$\det A=0$ だが $\det M=-1\ne0$ なので、$\det M=\det A\cdot c$ となる数 $c$ はない。行と列を入れ替えて単位行列にすれば分解は使えるので、正則でないのは区分けの選び方の問題である。
2 行目:$M/A=1-0\cdot1^{-1}\cdot4=1$ である。$x=(1,-1)^{\top}$ で $x^{\top}Mx=1-4+0+1=-2<0$ である。$M$ は対称でないので thm-sc-inertia が使えず、合同変換 $M=U^*\,\mathrm{diag}(A,M/A)\,U$ が成り立たない($C=O\ne B^{\top}$)。
3 行目:$A=(-1)$ は正則で、$M/A=1-0=1>0$ だが、$e_1^{\top}Me_1=-1<0$ である。thm-sc-inertia は $\operatorname{In}(M)=(0,1,0)+(1,0,0)=(1,1,0)$ を正しく与えている。
4 行目:$A=(-1)$ は正則で $M/A=(1)$ だが、$y$ を固定して $x\to\infty$ とすると $\varphi(x)=-x^2+y^2\to-\infty$ である。平方完成の式 $\varphi=z^*Az+y^*(M/A)y$ 自体は成り立つが、$z^*Az\le0$ なので最小値にならない。
5 行目:$A=(0)\succeq0$、$A^+=(0)$、$D-B^*A^+B=0\succeq0$ で 1 と 3 は成り立つ。しかし $B=(1)$ は $A$ の像 $\{0\}$ に入らず、$(I-AA^+)B=(1)\ne O$ である。$M$ の固有値は $1$ と $-1$ で、半正定値でない。
6 行目:$M=\begin{pmatrix}I_2&2I_2\\2I_2&I_2\end{pmatrix}$ は Hermite 行列で $A\succ0$ だが、$M/A=I_2-4I_2=-3I_2$ なので cor-sc-definite の 2 により $M$ は半正定値でない。$\det M=\det A\cdot\det(-3I_2)=9>1=\det A\cdot\det D$ である。
Schur は単位円板の内部で有界な冪級数についての 1917 年の論文で、係数の補間問題の可解性の判定を導く途中で、$A$ が正則なときの区分 LDU 分解を得ており、$\det M=\det A\cdot\det(D-CA^{-1}B)$ もそこで注意されている(DK07 §9、arXiv 版 p. 88)。行列 $D-CA^{-1}B$ の名はこれにちなむ。記号 $M/A$ を使うと、thm-sc-ldu の 1 は $\det(M/A)=\det M/\det A$、thm-sc-quotient は分数の約分 $\frac{M/A}{E/A}=\frac ME$ に似た形をしている。
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