Δ複体

同義語:Δ-complexデルタ複体

概要

Δ複体(Δ-complex)とは、標準単体から空間への連続写像の族であって、各点がちょうど 1 つの単体の内部の像に属し、単体の面への制限が頂点の順序を保ってまた族の単体になり、空間の位相が単体による逆像で決まるもの、またはそれを備えた空間である。単体複体と違って 1 つの単体の頂点が重なってもよく、トーラスや Klein の壺は三角形 2 個で作れる。Δ 複体は各次元の単体の集合と面の対応(半単体的集合)の幾何学的実現と同相であり、開単体を胞体とする CW 複体になる。2 回重心細分するといつも単体複体になり、単体的ホモロジーを計算する舞台として使われる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 単体複体, 商空間(位相), CW複体, 重心細分

トーラスは、正方形を対角線で 2 つの三角形に切り、向かい合う辺を貼り合わせて作れる。このとき正方形の 4 隅は 1 点になり、各三角形の 3 頂点はどれも同じ点になる。したがってこの分割は単体複体(単体が頂点の集合で決まるもの)ではない。Δ 複体 は、頂点の重複を許し、頂点の順序を保って面どうしを貼り合わせた単体の集まりを扱う枠組みである。単体の個数が少なくて済むので、単体的ホモロジー の計算に向く(トーラスは三角形 2 個で済む)。Δ 複体は「各次元の単体の集合と面の対応」という組合せ的なデータ(半単体的集合)で決まり、いつも CW複体 であり、2 回重心細分すると単体複体になる。

定義

標準単体とその面

$n\ge0$ について $[n]:=\{0<1<\cdots< n\}$ と書く。標準 $n$ 単体 を
$$ \Delta^n:=\Bigl\{(t_0,\dots,t_n)\in\mathbb{R}^{n+1}\ \Bigm|\ t_i\ge0,\ \sum_it_i=1\Bigr\} $$
とし、その頂点を単位ベクトル $e_0,\dots,e_n$、内部を $\mathring\Delta^n:=\{t\in\Delta^n\mid \text{すべての}\ i\ \text{で}\ t_i>0\}$($\mathring\Delta^0=\Delta^0$)、境界を $\partial\Delta^n:=\Delta^n\setminus\mathring\Delta^n$ とする。
順序を保つ単射 $\theta\colon[k]\to[n]$ に対し、$e_i\mapsto e_{\theta(i)}$ で定まる線形写像
$$ \theta_*\colon\Delta^k\longrightarrow\Delta^n,\qquad \theta_*(t)_{\theta(i)}=t_i,\quad \theta_*(t)_j=0\ \ (j\notin\theta([k])) $$
は、$\Delta^k$ から頂点 $e_{\theta(0)},\dots,e_{\theta(k)}$ が張る面への、頂点の順序を保つ同相写像である。$(\theta\theta')_*=\theta_*\theta'_*$ が成り立つ。$i$ を飛ばす単射を $\delta^i\colon[n-1]\to[n]$ と書き、$\delta^i_*(\Delta^{n-1})$ を $\Delta^n$ の 第 $i$ 面 という。どの $\theta$ も、像にない元を 1 つずつ飛ばすことで $\delta^i$ たちの合成に書ける。

Δ 複体

位相空間 $X$ の Δ 複体の構造(Δ-complex structure)とは、連続写像の族 $\{\sigma_\alpha\colon\Delta^{n_\alpha}\to X\}_{\alpha\in A}$($n_\alpha\ge0$ は $\alpha$ ごとに決まる)で、次を満たすものをいう。

  1. 各 $\sigma_\alpha$ の $\mathring\Delta^{n_\alpha}$ への制限は単射であり、$X$ の各点は、これらの制限の像のちょうど 1 つに属する。
  2. $n_\alpha\ge1$ ならば、各 $i$ について $\sigma_\alpha\circ\delta^i_*$ はこの族に属する。
  3. $U\subset X$ が開集合であることと、すべての $\alpha$ で $\sigma_\alpha^{-1}(U)$ が $\Delta^{n_\alpha}$ の開集合であることは同値である。
    Δ 複体の構造を 1 つ指定した空間を Δ 複体 という。$n_\alpha=n$ の $\sigma_\alpha$ を $n$ 単体(またはその特性写像)、$\sigma_\alpha(\mathring\Delta^n)$ を 開単体、$\sigma_\alpha(e_0),\dots,\sigma_\alpha(e_n)$ を $\sigma_\alpha$ の 頂点 という。次元 $n$ 以下の開単体の和集合 $X^n$ を $n$ 骨格 という。

条件 1 から、異なる添字は異なる写像を与える(同じ写像なら内部の像が一致する)。そこで $n$ 単体全体の集合を $X_n$ と書く。条件 2 を繰り返し使うと、順序を保つ単射 $\theta\colon[k]\to[n]$ と $\sigma\in X_n$ について $\theta^*\sigma:=\sigma\circ\theta_*$ も $X_k$ に属する。これを $\sigma$ の 面 という。面をとる操作で閉じた $X_\bullet$ の部分族を 部分複体 という。$0$ 単体の像の点を $X$ の頂点とよぶと、単体の頂点は $X$ の頂点である。
条件 3 は位相の条件であり、単体の像の位置関係だけからは出ない。たとえば区間 $[0,1]$ の各点を $0$ 単体とする族は条件 1・2 を満たすが、条件 3 を満たさない(3 が成り立てば $[0,1]$ は離散位相をもつことになる)。一方、次の場合には 3 は自動的に成り立つ。

有限個の単体で覆われる Hausdorff 空間

$X$ を Hausdorff 空間とし、有限個の連続写像 $\sigma_\alpha\colon\Delta^{n_\alpha}\to X$ の族が条件 1・2 を満たすとする。このとき条件 3 も成り立つ。

$F:=X\setminus U$ とし、すべての $\sigma_\alpha^{-1}(F)$ が閉集合であるとする。$\sigma_\alpha^{-1}(F)$ はコンパクトなので、その像 $F\cap\sigma_\alpha(\Delta^{n_\alpha})$ は Hausdorff 空間のコンパクト集合として閉集合である。条件 1 により像の和集合は $X$ なので、$F$ は有限個の閉集合の和集合として閉集合である。逆向きは $\sigma_\alpha$ の連続性による。$\square$

基本的な Δ 複体
  1. 円周:$S^1=\{z\in\mathbb{C}\mid|z|=1\}$ に、$0$ 単体 $v\colon\Delta^0\to S^1$(値 $1$)と $1$ 単体 $\sigma(t_0,t_1):=e^{2\pi it_1}$ をとる。$\sigma\circ\delta^0_*$ と $\sigma\circ\delta^1_*$ はどちらも $v$ である。
  2. 単体そのもの:$\Delta^n$ に、すべての $\theta_*\colon\Delta^k\to\Delta^n$ の族をとる。
  3. 球面:2 つの $\Delta^n$ を境界の恒等写像で貼り合わせた空間は $S^n$ と同相であり(CW複体 の命題「球面の 2 つの CW 構造」の上半球と下半球)、2 つの $n$ 単体と $\partial\Delta^n$ の面たちが Δ 複体の構造を与える。
  4. トーラス・Klein の壺・射影平面:正方形を対角線で 2 つの三角形に分け、対辺を貼り合わせる。辺の向きを各三角形の頂点の順序と両立するように選ぶと、下の表の個数の Δ 複体の構造が得られる(Hat02 §2.1、pp. 102–104)。Klein の壺の場合の具体的な向きは Kleinの壺 の命題「Klein の壺の Δ 複体構造とホモロジー」にある。
  5. とんがり帽子(dunce hat):$2$ 単体 $[v_0,v_1,v_2]$ の 3 辺を、頂点の順序を保って 1 本の辺に貼り合わせる。頂点 1・辺 1・三角形 1 の Δ 複体である。
    1・3・4 の条件 3 は lem-dc-finite-hausdorff から従う。
空間頂点辺三角形頂点−辺+三角形
トーラス1320
Klein の壺1320
射影平面 $\mathbb{R}\mathrm{P}^2$2321
とんがり帽子1111

単体複体としてトーラスを三角形分割するには三角形が少なくとも 14 個要り、$\mathbb{R}\mathrm{P}^2$ には 10 個要る(Hat02 §2.1、p. 107。この記事では証明しない)。

組合せ的なデータとしての Δ 複体

半単体的集合と幾何学的実現

単体的集合 の単体圏 $\Delta$ のうち、射を順序を保つ単射に限った部分圏を $\Delta_{\mathrm{inj}}$ と書く。

半単体的集合と幾何学的実現

関手 $S\colon\Delta_{\mathrm{inj}}^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ を 半単体的集合(semi-simplicial set)という。$S_n:=S([n])$ と書き、$\theta\colon[k]\to[n]$ に対する写像 $S(\theta)$ を $\theta^*\colon S_n\to S_k$ と書く。各 $S_n$ に離散位相を入れ、
$$ |S|:=\Bigl(\coprod_{n\ge0}S_n\times\Delta^n\Bigr)\Big/\!\sim $$
とおく。ここで $\sim$ は、すべての $\theta\colon[k]\to[n]$、$x\in S_n$、$t\in\Delta^k$ について $(\theta^*x,t)\sim(x,\theta_*t)$ とおいて生成される同値関係であり、$|S|$ には商位相を入れる。これを $S$ の 幾何学的実現 という。$x\in S_n$ について $\sigma_x\colon\Delta^n\to|S|$、$t\mapsto[x,t]$ を $x$ の特性写像という。

$t\in\Delta^n$ について、$t_i>0$ となる $i$ の全体を $\{i_0<\cdots< i_k\}$ とし、$\eta_t\colon[k]\to[n]$ を $j\mapsto i_j$、$s_t:=(t_{i_0},\dots,t_{i_k})\in\mathring\Delta^k$ とおく。$t=(\eta_t)_*s_t$ である。

標準形

$S$ を半単体的集合とする。$|S|$ の各点は $[x,t]=[\eta_t^*x,s_t]$ と書け、$[x,t]=[x',t']$ であることと $(\eta_t^*x,s_t)=(\eta_{t'}^*x',s_{t'})$ であることは同値である。とくに $|S|$ の点は、$x\in S_k$ と $s\in\mathring\Delta^k$ の組 $(x,s)$ と 1 対 1 に対応する。

$r(x,t):=(\eta_t^*x,s_t)$ とおく。生成関係の両辺で $r$ が等しいことを示す。$\theta_*t$ の正の座標の位置は $\theta(\{i\mid t_i>0\})$ なので $\eta_{\theta_*t}=\theta\circ\eta_t$、$s_{\theta_*t}=s_t$ であり、
$$ r(x,\theta_*t)=\bigl((\theta\eta_t)^*x,\,s_t\bigr)=\bigl(\eta_t^*\theta^*x,\,s_t\bigr)=r(\theta^*x,t) $$
である。よって $r$ は同値類の上で一定である。一方 $t=(\eta_t)_*s_t$ なので $(x,t)\sim(\eta_t^*x,s_t)=r(x,t)$ である。したがって $[x,t]=[x',t']$ なら $r(x,t)=r(x',t')$ であり、逆に $r$ が等しければ両者は同じ点 $r(x,t)$ と同値である。$\square$

主定理:Δ 複体は半単体的集合の実現である

Δ 複体と半単体的集合
  1. 半単体的集合 $S$ について、特性写像の族 $\{\sigma_x\}_{x\in S_n,\,n\ge0}$ は $|S|$ の Δ 複体の構造である。
  2. $X$ を Δ 複体とすると、$n\mapsto X_n$、$\theta^*\sigma=\sigma\circ\theta_*$ は半単体的集合 $X_\bullet$ であり、$[\sigma,t]\mapsto\sigma(t)$ は同相写像 $|X_\bullet|\to X$ を定める。
  3. とくに Δ 複体 $X$ は、$n$ 単体 $\sigma$ ごとに 1 つずつ用意した $\Delta^n_\sigma$ の非交和を、各面 $\theta_*(\Delta^k)\subset\Delta^n_\sigma$ を $\Delta^k_{\theta^*\sigma}$ と $\theta_*$ によって同一視して得られる商空間と同相である。

1 は「組合せ的なデータから空間を作れば Δ 複体になる」こと、2 は「Δ 複体は単体の集合と面の対応だけで復元できる」ことを述べる。単体的集合 から退化写像を忘れると半単体的集合が得られ、任意の空間の特異単体全体はこの意味で Δ 複体をなす(Hat02 §2.1、p. 108 の特異複体 $S(X)$)。

要点:lem-dc-normal-form により $|S|$ の点は「内部の点をもつ単体」と 1 対 1 に対応し、これが条件 1 である。条件 2 は生成関係そのもの、条件 3 は商位相の定義である。2 では、Δ 複体の条件 1 が同じ 1 対 1 対応を $X$ の側で与える。

詳しい証明を開く

1. 条件 1:$s\in\mathring\Delta^n$ なら $\eta_s=\mathrm{id}$ なので、$(x,s)$ 自身が標準形である。lem-dc-normal-form により、$\sigma_x$ の $\mathring\Delta^n$ への制限は単射で、$|S|$ の各点はちょうど 1 つの組 $(x,s)$($s$ は内部の点)の像である。条件 2:$\sigma_x(\delta^i_*t)=[x,\delta^i_*t]=[(\delta^i)^*x,t]=\sigma_{(\delta^i)^*x}(t)$。条件 3:各 $S_n$ は離散なので、$U\subset|S|$ の商写像による逆像が開集合であることは、すべての $x$ で $\{x\}\times\Delta^n$ との共通部分、すなわち $\sigma_x^{-1}(U)$ が開集合であることと同値である。

2. $\theta_*$ は $\delta^i_*$ たちの合成なので、条件 2 を繰り返して $\sigma\circ\theta_*\in X_k$ であり、$(\theta\theta')_*=\theta_*\theta'_*$ から $(\theta\theta')^*=\theta'^*\theta^*$ である。写像 $(\sigma,t)\mapsto\sigma(t)$ は $(\theta^*\sigma,t)$ と $(\sigma,\theta_*t)$ を同じ点 $\sigma(\theta_*t)$ に送るので、連続写像 $\Phi\colon|X_\bullet|\to X$ を誘導する。lem-dc-normal-form により $|X_\bullet|$ の点は組 $(\sigma,s)$($s\in\mathring\Delta^n$)と 1 対 1 に対応し、Δ 複体の条件 1 により $X$ の点も同じ組と $(\sigma,s)\mapsto\sigma(s)$ で 1 対 1 に対応する。よって $\Phi$ は全単射である。条件 3 により、$U\subset X$ が開集合であることとすべての $\sigma^{-1}(U)$ が開集合であることは同値であり、後者は $\Phi^{-1}(U)$ が $|X_\bullet|$ の開集合であることにほかならない。よって $\Phi$ は同相写像である。

3 は 2 の $|X_\bullet|$ の定義を言い換えたものである。$\square$

CW 複体としての Δ 複体

Δ 複体は CW 複体である

Δ 複体 $X$ は、$n$ 単体の開単体を $n$ 胞体とし、$n$ 単体 $\sigma$($\Delta^n$ は閉球体と同相である。単体複体 の命題「単体は閉球体と同相」)を特性写像とする CW複体 である。$n$ 骨格 $X^n$ は、$X^{n-1}$ に $n$ 単体を接着写像 $\sigma|_{\partial\Delta^n}$ で貼り付けた空間である。とくに $X$ は Hausdorff であり、$X$ のコンパクト集合は有限個の開単体としか交わらない。

要点:$F\subset X^n$ が $X^n$ の閉集合であることは、次元 $n$ 以下のすべての単体による逆像が閉集合であることと同値である。これで $X^n$ の位相が貼り付けの商位相と一致する。

詳しい証明を開く

$F\subset X^n$ について、次元 $n$ 以下のすべての単体 $\tau$ で $\tau^{-1}(F)$ が閉集合であるとする。$\sigma\in X_m$($m>n$)と $t\in\Delta^m$ について、$\sigma(t)=(\eta_t^*\sigma)(s_t)$ は $\eta_t^*\sigma$ の開単体の点なので、$\sigma(t)\in X^n$ であることと $t$ の正の座標が $n+1$ 個以下であることは同値である。よって$$\sigma^{-1}(F)=\bigcup_{\theta\colon[k]\to[m],\ k\le n}\theta_*\bigl((\theta^*\sigma)^{-1}(F)\bigr)$$であり、右辺は有限個の閉集合($\theta_*$ はコンパクトから Hausdorff への連続写像)の和集合なので閉集合である。したがって条件 3 により $F$ は $X$ の閉集合で、とくに $X^n$ の閉集合である。逆向きは連続性による。

この同値性から、$X^n$ の閉集合は「$X^{n-1}$ との共通部分が $X^{n-1}$ の閉集合で、各 $n$ 単体による逆像が閉集合であるもの」であり、$X^{n-1}\sqcup\coprod_{\sigma\in X_n}\Delta^n\to X^n$ は商写像である。同一視される 2 点は、条件 1 により $x\in\partial\Delta^n$ と $\sigma(x)\in X^{n-1}$ の組だけである($\sigma$ は内部で単射で、内部の像は互いに交わらず $X^{n-1}$ とも交わらない)。よって $X^n$ は $X^{n-1}$ に $n$ 胞体を貼り付けた空間である。$X^0$ の任意の部分集合は $0$ 単体による逆像が閉集合なので閉集合であり、$X^0$ は離散である。$U\cap X^n$ がすべての $n$ で $X^n$ の開集合なら、$n$ 単体 $\sigma$ について $\sigma^{-1}(U)=\sigma^{-1}(U\cap X^n)$ は開集合なので、条件 3 により $U$ は開集合である。以上で CW複体 の定義「CW 複体」の (R1)–(R3) が成り立つ。残りは同記事の定理「CW 複体は Hausdorff」と定理「コンパクト集合は有限部分複体に含まれる」による。$\square$

例:実射影空間

$S^n\subset\mathbb{R}^{n+1}$ の、各座標軸の上の $2(n+1)$ 個の単位ベクトル $\pm e_i$ を頂点とする「正軸体」型の分割から、$\mathbb{R}\mathrm{P}^n$ の Δ 複体の構造が得られる。順序を保つ単射 $\theta\colon[k]\to[n]$ と符号 $\varepsilon=(\varepsilon_0,\dots,\varepsilon_k)\in\{\pm1\}^{k+1}$ について、
$$ \sigma_{\theta,\varepsilon}\colon\Delta^k\to S^n,\qquad \sigma_{\theta,\varepsilon}(t):=\frac{u}{\|u\|},\quad u_{\theta(i)}:=\varepsilon_it_i,\ \ u_j:=0\ (j\notin\theta([k])) $$
とおく($\sum t_i=1$ なので $u\ne0$)。$q\colon S^n\to\mathbb{R}\mathrm{P}^n=S^n/\{\pm1\}$ を商写像とする。

実射影空間の Δ 複体構造
  1. $\{\sigma_{\theta,\varepsilon}\}$ は $S^n$ の Δ 複体の構造で、$k$ 単体は $2^{k+1}\binom{n+1}{k+1}$ 個ある。
  2. $\{q\circ\sigma_{\theta,\varepsilon}\mid\varepsilon_0=+1\}$ は $\mathbb{R}\mathrm{P}^n$ の Δ 複体の構造で、$k$ 単体は $2^k\binom{n+1}{k+1}$ 個ある。

要点:点 $x\in S^n$ は、$0$ でない座標の位置 $J$ と、そこでの符号と、絶対値の比で一意に決まる。対蹠写像 $x\mapsto-x$ は座標の番号の順序を保ったまま符号をすべて反転するので、単体を単体へ順序を保って写し、商でも面の対応が保たれる。

詳しい証明を開く

1. 条件 1:$\sigma_{\theta,\varepsilon}(\mathring\Delta^k)$ は、$0$ でない座標の位置がちょうど $\theta([k])$ で、そこでの符号が $\varepsilon$ である点の全体である。$x$ がこの集合の点なら $t_i=|x_{\theta(i)}|/\sum_j|x_{\theta(j)}|$ により $t$ が復元できるので、制限は単射である。$x\in S^n$ の $0$ でない座標の位置と符号は 1 通りに決まるので、$x$ はちょうど 1 つの開単体に属する。条件 2:$\sigma_{\theta,\varepsilon}\circ\delta^i_*=\sigma_{\theta\delta^i,\,\varepsilon\delta^i}$($\varepsilon\delta^i$ は $\varepsilon$ から第 $i$ 成分を除いたもの)。条件 3 は lem-dc-finite-hausdorff による。$k$ 単体の個数は $\theta$ の選び方 $\binom{n+1}{k+1}$ と符号の選び方 $2^{k+1}$ の積である。

2. $-\sigma_{\theta,\varepsilon}=\sigma_{\theta,-\varepsilon}$ なので $q\circ\sigma_{\theta,\varepsilon}=q\circ\sigma_{\theta,-\varepsilon}$ であり、$\varepsilon_0=+1$ のものだけをとれば各組 $\{\varepsilon,-\varepsilon\}$ から 1 つずつ選んだことになる。条件 1:$\mathbb{R}\mathrm{P}^n$ の点 $\{\pm x\}$ について、$x$ と $-x$ の開単体は $\theta$ が同じで符号が逆なので、そのうち最初の符号が $+1$ のものがちょうど 1 つある。$s,s'\in\mathring\Delta^k$ で $q\sigma_{\theta,\varepsilon}(s)=q\sigma_{\theta,\varepsilon}(s')$ なら $\sigma_{\theta,\varepsilon}(s)=\pm\sigma_{\theta,\varepsilon}(s')$ であり、両辺の第 $\theta(0)$ 座標の符号はともに $\varepsilon_0$ なので $+$ で、1 の単射性から $s=s'$ である。条件 2:$q\sigma_{\theta,\varepsilon}\circ\delta^i_*=q\sigma_{\theta\delta^i,\varepsilon\delta^i}$ であり、$\varepsilon\delta^i$ の最初の成分が $-1$ なら $-\varepsilon\delta^i$ に取り替えればよい。条件 3 は lem-dc-finite-hausdorff による($\mathbb{R}\mathrm{P}^n$ は Hausdorff である。射影空間 の命題「球面の商としての射影空間」)。$\square$

$\mathbb{R}\mathrm{P}^n$ のこの構造の単体の個数の交代和は $\sum_{k=0}^n(-1)^k2^k\binom{n+1}{k+1}=\frac{1-(-1)^{n+1}}2$ であり、$n$ が偶数なら $1$、奇数なら $0$ である。$n=2$ では頂点 $3$・辺 $6$・三角形 $4$ で、ex-dc-basic の 4 の構造(頂点 2・辺 3・三角形 2)とは異なる Δ 複体の構造である。

重心細分と単体複体

Δ 複体の重心細分

空でない $F\subset[n]$ について、$b(F)\in\Delta^n$ を $F$ の上で座標 $1/|F|$、ほかで $0$ の点(面 $F$ の重心)とする。

Δ 複体の重心細分

Δ 複体 $X$ の $n$ 単体 $\sigma$ と、$[n]$ の空でない部分集合の鎖 $F=(F_0\subsetneq F_1\subsetneq\cdots\subsetneq F_k=[n])$ について
$$ \sigma_F\colon\Delta^k\to X,\qquad \sigma_F(t):=\sigma\Bigl(\sum_{j=0}^kt_j\,b(F_j)\Bigr) $$
とおく。すべての $n$、$\sigma\in X_n$ と、最後が $[n]$ である鎖 $F$ にわたる族 $\{\sigma_F\}$ を $X$ の 重心細分 といい、$\operatorname{sd}X$ と書く。

$\Delta^n$ の上では、$\{\sum_jt_jb(F_j)\}$ は 重心細分 の定義「重心と重心細分」の単体 $[b(F_0),\dots,b(F_k)]$ にほかならない。最後が $[n]$ という制限は、同じ単体を小さい単体の面として重複して数えないためのものである。

重心細分は同じ空間の Δ 複体構造

$\operatorname{sd}X$ は $X$ の Δ 複体の構造であり、その各単体の頂点は互いに異なる。$\operatorname{sd}X$ の頂点は $X$ の単体と 1 対 1 に対応する:$\sigma\in X_n$ に重心の像 $\hat b(\sigma):=\sigma(b([n]))$ が対応する。

要点:単体 1 つの上では、重心細分 の定理「重心細分は単体複体の細分である」により $\Delta^n$ の重心細分の開単体が $\Delta^n$ を分割し、内部の点は最後が $[n]$ の鎖の開単体に入る。面をとる操作は、鎖の最後を落とすと小さい単体 $\theta^*\sigma$ の鎖に移る。

詳しい証明を開く

条件 1:$\Delta^n$ の重心細分は $\Delta^n$ を多面体とする単体複体なので、$\Delta^n$ の各点はちょうど 1 つの鎖の開単体 $\{\sum_jt_jb(F_j)\mid t_j>0\}$ に属する(単体複体 の補題「各点の台」)。この開単体の点の正の座標の位置は $F_k$ なので、$\mathring\Delta^n$ の点は $F_k=[n]$ の鎖の開単体に属する。鎖の重心は一次独立な位置にあるので(重心細分 の補題「鎖の重心が張る単体」)$t\mapsto\sum_jt_jb(F_j)$ は単射であり、$\sigma$ は $\mathring\Delta^n$ で単射である。$X$ の点は Δ 複体の条件 1 によりちょうど 1 つの $\sigma(\mathring\Delta^n)$ に属するので、$\operatorname{sd}X$ の条件 1 が従う。

条件 2:$i< k$ について $\sigma_F\circ\delta^i_*=\sigma_{F'}$($F'$ は $F_i$ を除いた鎖で、最後は $[n]$)。$i=k$ のときは、$\theta\colon[m]\to[n]$ を $F_{k-1}$ の上への順序を保つ全単射とすると $\theta_*(b(\theta^{-1}F_j))=b(F_j)$ なので、$\sigma_F\circ\delta^k_*=(\theta^*\sigma)_{\theta^{-1}F''}$($F''=(F_0\subsetneq\cdots\subsetneq F_{k-1})$ で、$\theta^{-1}F_{k-1}=[m]$)。

条件 3:すべての $\sigma_F^{-1}(U)$ が開集合であるとする。どの鎖も最後に $[n]$ を付け加えて延ばせるので、$\Delta^n$ は最後が $[n]$ の鎖の閉単体の有限個の和集合であり、$\sigma^{-1}(U)$ と各閉単体との共通部分は $\sigma_F^{-1}(U)$ の線形同相写像による像なので、その閉単体の開集合である。有限個の閉集合による被覆なので $\sigma^{-1}(U)$ は開集合であり、Δ 複体 $X$ の条件 3 により $U$ は開集合である。

頂点:$\sigma_F$ の第 $j$ 頂点 $\sigma(b(F_j))$ は、$F_j$ の上への順序を保つ全単射を $\theta_j$ とすると $\hat b(\theta_j^*\sigma)$ であり、次元 $|F_j|-1$ の単体 $\theta_j^*\sigma$ の開単体の点である。$j$ が異なれば次元が異なり、条件 1 により開単体は交わらないので、頂点は互いに異なる。$\operatorname{sd}X$ の $0$ 単体は鎖 $([n])$ に対応する $\sigma_{([n])}$ で、その値が $\hat b(\sigma)$ である。$\square$

主定理:2 回の重心細分

単体複体 を、Δ 複体であって、各単体の頂点が互いに異なり、頂点の集合が等しい単体が 1 つしかないものとする(Hat02 §2.1、p. 107 の言い方)。このとき頂点の集合の全体は 単体複体 の定義「抽象単体複体」を満たし、空間はその 単体複体 の定義「幾何学的実現」と同相になる(下の定理の 3)。逆に 単体複体 の意味の単体複体は、各単体の頂点に、面へ制限すると面の順序になるように順序を付ければ(たとえば頂点全体に全順序を 1 つ選ぶ。頂点が無限個なら選択公理を使う)、その幾何学的実現がこの意味の単体複体になる。

2 回の重心細分で単体複体になる

$X$ を Δ 複体とする。

  1. $X$ の各単体の頂点が互いに異なるならば、$\operatorname{sd}X$ は単体複体である。
  2. $\operatorname{sd}\operatorname{sd}X$ はいつも単体複体である。
  3. Δ 複体 $Y$ が単体複体ならば、単体の頂点の集合の全体 $K$ は抽象単体複体であり、$Y$ は $K$ の幾何学的実現 $|K|$ と同相である。
    とくに、どの Δ 複体も単体複体の多面体と同相である。
  1. prop-dc-sd により $\operatorname{sd}X$ の単体の頂点は互いに異なる。$\operatorname{sd}X$ の単体 $\sigma_F$ の頂点の集合は $\{\hat b(\theta_j^*\sigma)\mid 0\le j\le k\}$ である。$\hat b$ は単射なので(異なる単体の重心は異なる開単体に入る)、頂点の集合から $X$ の単体の集合 $\{\theta_j^*\sigma\}$ が決まる。これらは次元が互いに異なり、次元が最大のものが $\sigma$ である。さらに $\theta_j^*\sigma$ の頂点は $\sigma(e_i)$($i\in F_j$)であり、仮定により $\sigma(e_0),\dots,\sigma(e_n)$ は互いに異なるので、$F_j=\{i\mid\sigma(e_i)\ \text{は}\ \theta_j^*\sigma\ \text{の頂点}\}$ と復元できる。よって頂点の集合から $(\sigma,F)$ が決まる。
  2. prop-dc-sd により $\operatorname{sd}X$ は各単体の頂点が異なる Δ 複体なので、1 を $\operatorname{sd}X$ に当てはめる。
  3. 単体の面の頂点の集合は元の頂点の集合の部分集合で、どの空でない部分集合も面として現れるので、$K$ は抽象単体複体である。頂点の集合 $s=\{v_0,\dots,v_n\}$ をもつ単体 $\sigma$(頂点は $\sigma$ の順序で並べる)について、$|s|\subset|K|$ の点 $t$ を $\sigma(t_{v_0},\dots,t_{v_n})$ に送る。$|s|\cap|s'|=|s\cap s'|$ の上では、どちらの式も $s\cap s'$ を頂点の集合とするただ 1 つの単体 $\tau$ を通して同じ値になる($\tau$ の頂点の順序は $\tau$ 自身で決まり、$\sigma$ からも $\sigma'$ からも同じ順序が引き継がれる)。こうして定まる写像 $|K|\to Y$ は、Δ 複体の条件 1 により全単射で、$|K|$ の弱位相と条件 3 はどちらも「各単体による逆像が閉集合である集合を閉集合とする」位相なので、同相写像である。最後の主張は 2 と 3 による。$\square$
円周の重心細分

ex-dc-basic の 1 の $S^1$(頂点 $v$、辺 $\sigma$)では、$\sigma$ の頂点は 2 つとも $v$ で異なっていない。$\operatorname{sd}S^1$ は頂点 $v,w$($w=\hat b(\sigma)$)と辺 $\sigma_{(\{0\},[1])}$、$\sigma_{(\{1\},[1])}$ をもち、2 本の辺の頂点の集合はどちらも $\{v,w\}$ なので単体複体でない。$\operatorname{sd}\operatorname{sd}S^1$ は頂点 4・辺 4 の四角形で、単体複体である。同様に、三角形 2 個のトーラスの $\operatorname{sd}$ は三角形 $12$ 個、$\operatorname{sd}\operatorname{sd}$ は $72$ 個になる($2$ 単体 1 つの重心細分は三角形 $3!=6$ 個)。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
面の貼り合わせが頂点の順序を保つこと(def-dc-main の 2)$2$ 単体の 3 辺を巡回的な向き($[v_0,v_1]\sim[v_1,v_2]\sim[v_2,v_0]$)で 1 本に貼った空間と、その三角形の特性写像その三角形を含む Δ 複体の構造が存在すること
位相の条件(def-dc-main の 3)$[0,1]$ の各点を $0$ 単体とする族開単体を胞体とする CW 複体であること(prop-dc-cw):$0$ 骨格が離散でない
各単体の頂点が互いに異なること(thm-dc-sd2 の 1)頂点 1・辺 1 の $S^1$(ex-dc-circle-sd)1 回の重心細分で単体複体になること
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三角形の特性写像を $\sigma$ とし、$\tau:=\sigma\circ\delta^2_*$(辺 $[v_0,v_1]$)とする。巡回的な貼り合わせでは、辺 $[v_0,v_2]$ は向きを逆にして $[v_2,v_0]$ として貼られるので、反転 $r(t_0,t_1):=(t_1,t_0)$ を使って $\sigma\circ\delta^1_*=\tau\circ r$ である。$\sigma$ を含む族が Δ 複体の構造なら、条件 2 により $\tau$ と $\tau\circ r$ はともに族に属し、両者の内部の像は同じ集合なので、条件 1 により $\tau=\tau\circ r$ となる。$t\ne r(t)$ となる内部の点 $t$ で $\tau(t)=\tau(r(t))$ となり、$\tau$ の内部での単射性に反する。この空間は、三角形を重心を頂点とする 3 つの三角形に分けると Δ 複体の構造をもつ(Hat02 §2.1、p. 104)。

補足

  • 名前:Δ 複体は Eilenberg–Zilber により semi-simplicial complex として導入されたが、この語がのちに今日の単体的集合を指すようになったため、Hat02 は Δ 複体という名を用いている(§2.1、p. 102)。
  • 比較:上の意味の単体複体は Δ 複体の特別な場合であり、単体複体 の意味の単体複体は頂点の順序を付けるとこれになる。単体的集合は、さらに退化した単体まで記録したものである。Δ 複体は prop-dc-cw により CW 複体の特別な場合である。
    単体複体Δ 複体CW 複体
    胞体単体(頂点の集合で決まる)単体(頂点の重複を許す)閉球体
    貼り合わせ共通の面で交わる面を頂点の順序を保って同一視境界を任意の連続写像で貼る
    トーラスに要る 2 次元胞体14 個以上2 個1 個
    ホモロジー単体的ホモロジー単体的ホモロジー胞体ホモロジー

関連項目

参考文献

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