双有理幾何学

同義語:birational geometry双有理幾何

概要

双有理幾何学(birational geometry)とは、代数多様体を双有理同値、すなわち稠密な開集合どうしの同型を除いて調べる代数幾何学の分野である。多重種数 $P_m=h^0(\omega_X^{\otimes m})$ や小平次元のような双有理不変量で多様体を区別し、各双有理同値類からよい代表(極小モデル)を選ぶことを目指す。曲面では Castelnuovo の縮約定理により $(-1)$ 曲線を縮約して極小曲面が得られる。高次元では森重文の錐定理と川又–Viehweg の消滅定理を柱とする極小モデル理論が、因子収縮とフリップを繰り返して標準因子がネフな極小モデルか森ファイバー空間に到達することを目指す。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 双有理写像, ブローアップ, 標準因子, 交叉理論, 豊富な可逆層

双有理幾何学とは

双有理幾何学(birational geometry)とは、代数多様体を双有理同値(稠密な開集合どうしが同型であること、同じことだが関数体が同型であること)を除いて調べる代数幾何学の分野である。双有理同値は同型よりずっと粗い同値関係で、たとえば射影平面 $\mathbb{P}^2$、$\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$、$\mathbb{P}^2$ の点のブローアップはすべて双有理同値である。そこで問題は二つになる。

  1. 双有理同値で変わらない量(双有理不変量)を見つけ、双有理同値でないことを示す。
  2. 各双有理同値類の中から「よい代表」(極小モデル)を選ぶ。
    1 の代表が多重種数と小平次元であり、2 の曲面での答えが Castelnuovo の縮約定理による極小モデルの構成、高次元での答えを目指すのが極小モデル理論(森理論)である。極小モデル理論は、森重文の錐定理と、川又雄二郎と Viehweg の消滅定理を柱として組み立てられている。
    この記事では、多重種数が双有理不変量であることと、曲面の上で「標準因子との交点数も自己交点数も負の曲線は $(-1)$ 曲線に限る」ことを完全に証明し、そこから曲面の極小モデルの存在を導く。高次元の極小モデル理論は、定理の主張と所在を示した地図として紹介する。

基本の言葉

$k$ を体とし、多様体は $k$ 上の分離的な整な有限型スキームとする。滑らかな $n$ 次元多様体 $X$ の標準層を $\omega_X=\Omega^n_{X/k}$、対応する標準因子を $K_X$ と書く。

双有理同値

多様体 $X$ から $Y$ への有理写像 $\varphi\colon X\dashrightarrow Y$ は、稠密な開集合の上で定義された射を、開集合上で一致するものどうし同一視したものである。定義できる最大の開集合を $\varphi$ の定義域という。$\varphi$ が双有理写像であるとは、有理写像 $\psi\colon Y\dashrightarrow X$ で $\psi\circ\varphi$ と $\varphi\circ\psi$ がそれぞれ恒等写像と(有理写像として)一致するものがあることをいい、このとき $X$ と $Y$ は双有理同値という。双有理写像 $\varphi$ があれば、稠密な開集合 $V\subset X$、$V'\subset Y$ で $\varphi$ が同型 $V\cong V'$ を与えるものがとれる(詳しくは双有理写像の「双有理同値と同型な開集合」)。$\mathbb{P}^n$ と双有理同値な多様体を有理多様体という。

多重種数と小平次元

多重種数と小平次元

$X$ を滑らかな射影多様体とする。$m\ge1$ について
$$ P_m(X):=\dim_kH^0(X,\omega_X^{\otimes m}) $$
を $m$ 重種数(plurigenus)といい、$p_g(X):=P_1(X)$ を幾何種数という。すべての $m\ge1$ で $P_m(X)=0$ のとき小平次元を $\kappa(X)=-\infty$ とおき、そうでないとき、$P_m(X)/m^\kappa$ が $m\ge1$ で有界となる最小の整数 $\kappa\ge0$ を $\kappa(X)$ とおく。$\kappa(X)=\dim X$ のとき $X$ は一般型であるという。

これは Vak25 21.5.4 と Exercise 21.5.D の後の定義(pp. 623–624)による(そこでは $P_m$ がすべて $0$ の場合を $\kappa=-1$ と書くが、$-\infty$ と書く流儀も多い)。小平次元は小平邦彦にちなむ。$\kappa(X)$ が $-\infty$ または $0$ 以上 $\dim X$ 以下の整数になることは非自明な事実である(同所。この記事では証明しない)。

ネフ性

射影多様体 $X$ 上の因子 $D$ がネフ(nef)であるとは、$X$ のすべての整な曲線 $C$ について $D\cdot C\ge0$ となることをいう。ここで $D\cdot C$ は $\mathcal{O}_X(D)|_C$ の次数である(交叉理論)。豊富な因子は曲線と正の交点数をもつので(Vak25 Exercise 20.1.K, p. 580)ネフである。$K_X\cdot C<0$ となる曲線 $C$ を $K_X$ 負の曲線という。

多重種数の双有理不変性

証明には次の 2 つの補題を使う。

有理写像の定義域

$X$ を滑らかな多様体、$Y$ を射影多様体とする。有理写像 $\varphi\colon X\dashrightarrow Y$ の定義域 $U$ の補集合 $X\setminus U$ は余次元 $2$ 以上である。

$Z\subset X$ を余次元 $1$ の既約閉集合とする。$X$ は滑らかなので $Z$ の生成点での局所環 $\mathcal{O}_{X,Z}$ は正則な 1 次元局所環、すなわち離散付値環である。このとき、射影スキームへの有理写像は $Z$ の稠密な開集合の上まで延びる(Vak25 Exercise 15.3.B, p. 439。付値判定法により $\operatorname{Spec}\mathcal{O}_{X,Z}$ まで延ばし、それを $Z$ の生成点の近傍に広げる)。よって $U$ はすべての余次元 $1$ の点を含み、$X\setminus U$ は余次元 $1$ の既約成分をもたない。

局所自由層の切断の延長

$X$ を正規な Noether 整スキーム、$U\subset X$ を補集合の余次元が $2$ 以上の開集合、$\mathcal{E}$ を $X$ 上の有限階数の局所自由層とする。このとき制限写像 $H^0(X,\mathcal{E})\to H^0(U,\mathcal{E})$ は全単射である。

$\mathcal{E}$ が自明になるアフィン開集合 $\operatorname{Spec}A\subset X$ で示せば、切断は層なので張り合わせで全体に及ぶ。$\mathcal{E}|_{\operatorname{Spec}A}\cong\mathcal{O}^{\oplus r}$ だから $\mathcal{E}=\mathcal{O}$ としてよい。$A$ は整閉な Noether 整域である。
単射.$X$ は整なので、$\operatorname{Spec}A$ 上の関数が空でない開集合 $U\cap\operatorname{Spec}A$ の上で $0$ なら、関数体 $K(A)$ の元として $0$ である。
全射.$s\in\mathcal{O}(U\cap\operatorname{Spec}A)$ とすると、$s$ は $K(A)$ の元である。$A$ の高さ $1$ の素イデアル $\mathfrak{p}$ は余次元 $1$ の点なので $U$ に含まれ、$s\in A_{\mathfrak{p}}$ となる。代数的 Hartogs の補題 $A=\bigcap_{\operatorname{ht}\mathfrak{p}=1}A_{\mathfrak{p}}$(Vak25 13.5.19, p. 383)により $s\in A$。

多重種数の双有理不変性

$X$ と $X'$ を体 $k$ 上の滑らかな射影多様体とし、双有理同値であるとする。このとき、すべての $m\ge1$ で $P_m(X)=P_m(X')$ である。特に幾何種数と小平次元は双有理不変量である。

双有理写像 $\varphi\colon X\dashrightarrow X'$ をとり、その定義域を $U$ とする。lem-bg-domain により $X\setminus U$ は余次元 $2$ 以上である。
引き戻し.射 $\varphi|_U\colon U\to X'$ による微分形式の引き戻し $\varphi^\ast\Omega^n_{X'}\to\Omega^n_U$($n=\dim X=\dim X'$)のテンソル冪をとると、線形写像
$$ H^0(X',\omega_{X'}^{\otimes m})\xrightarrow{\ \varphi^\ast\ }H^0(U,\omega_U^{\otimes m})\cong H^0(X,\omega_X^{\otimes m}) $$
が得られる。右の同型は、局所自由層 $\omega_X^{\otimes m}$ に lem-bg-hartogs を使ったものである(滑らかな多様体は正規)。
単射性.$\varphi$ が同型を与える稠密な開集合 $V\subset U$、$V'\subset X'$ をとる。$V$ 上では $\varphi^\ast$ は層の同型 $\omega_{V'}^{\otimes m}\cong\omega_V^{\otimes m}$ から来る。$s'\neq0$ を $H^0(X',\omega_{X'}^{\otimes m})$ の元とすると、$X'$ は整で $\omega_{X'}^{\otimes m}$ は可逆層だから、$s'$ は稠密な開集合 $V'$ への制限でも $0$ でない。したがって $\varphi^\ast s'$ の $V$ への制限は $0$ でなく、$\varphi^\ast s'\neq0$。
よって $P_m(X')\le P_m(X)$ である(両辺は射影多様体上の連接層のコホモロジーなので有限)。逆の双有理写像 $\varphi^{-1}$ に同じ議論を使うと $P_m(X)\le P_m(X')$ となり、等号が成り立つ。小平次元は多重種数だけで定まるので双有理不変量である。

この定理は Vak25 Exercise 21.5.A, 21.5.D(pp. 622–624)の内容である。$m<0$ の $h^0(\omega^{\otimes m})$ は双有理不変量ではない(下の反例の表)。

曲線の小平次元

$C$ を代数閉体上の種数 $g$ の滑らかな射影曲線とすると、$\deg\omega_C=2g-2$ で
$$ \kappa(C)=\begin{cases}-\infty & (g=0)\\ 0 & (g=1)\\ 1 & (g\ge2)\end{cases} $$
である。$g=0$ では $\deg\omega_C^{\otimes m}<0$ なので $P_m=0$。$g=1$ では $\omega_C\cong\mathcal{O}_C$(次数 $0$ で $0$ でない切断 $h^0(\omega_C)=g=1$ をもつ可逆層は自明)だから $P_m=1$。$g\ge2$、$m\ge2$ では $\deg\omega_C^{\otimes m}=m(2g-2)>2g-2$ なので、Riemann–Roch の定理(Riemann–Rochの定理の「Riemann–Rochの定理の帰結」)により $P_m=m(2g-2)-g+1=(2m-1)(g-1)$ で、$m$ について 1 次の増大をする。

有理多様体の判定

滑らかな射影多様体 $X$ が有理多様体なら、すべての $m\ge1$ で $P_m(X)=0$ であり、$\kappa(X)=-\infty$ である。特に、$\mathbb{P}^3$ の滑らかな 4 次曲面や、標準層が自明な多様体は有理多様体でない。

$\mathbb{P}^n$ では $\omega\cong\mathcal{O}(-n-1)$ だから $P_m(\mathbb{P}^n)=h^0(\mathcal{O}(-m(n+1)))=0$。thm-bg-plurigenera より $X$ でも $P_m=0$。$\mathbb{P}^3$ の滑らかな 4 次曲面は標準層が自明で(K3曲面の「滑らかな4次曲面はK3曲面」)、標準層が自明な射影多様体 $X$ では $P_1(X)=h^0(\mathcal{O}_X)\ge1$ だから、有理多様体でない。

曲面の極小モデル

この節では $k$ を代数閉体とし、曲面は $k$ 上の滑らかな射影曲面とする。曲面 $X$ の上では、交点数、曲面の Riemann–Roch の定理、曲面の随伴公式
$$ C\cdot(K_X+C)=2p_a(C)-2\qquad(p_a(C):=1-\chi(\mathcal{O}_C)) $$
(Vak25 Exercise 20.2.B(a), p. 581)が使える。

$(-1)$ 曲線と Castelnuovo の縮約定理

$(-1)$ 曲線

曲面 $X$ 上の整な曲線 $E$ で、$E\cong\mathbb{P}^1$ かつ $E^2=-1$ となるものを $(-1)$ 曲線という。$(-1)$ 曲線をもたない曲面を極小曲面という。

曲面 $Y$ の点 $p$ のブローアップ $\pi\colon\operatorname{Bl}_pY\to Y$ の例外曲線 $E$ は $(-1)$ 曲線であり、$\operatorname{Pic}(\operatorname{Bl}_pY)\cong\operatorname{Pic}(Y)\oplus\mathbb{Z}[E]$ となる(Vak25 Exercise 22.4.O, p. 653)。随伴公式に $p_a(E)=0$、$E^2=-1$ を代入すると $K\cdot E=-2-E^2=-1$ で、例外曲線は $K$ 負の曲線である。逆に、Castelnuovo の縮約定理により、曲面 $X$ の $(-1)$ 曲線 $E$ は、ある曲面 $Y$ の点のブローアップの例外曲線として一意的に「縮約」できる(Vak25 Theorem 28.6.1, p. 786。ブローアップの「$(-1)$ 曲線とCastelnuovoの縮約定理」。この記事では証明しない)。

算術種数 0 の整曲線

代数閉体 $k$ 上の整な射影曲線 $C$ について $p_a(C)\ge0$ であり、$p_a(C)=0$ ならば $C\cong\mathbb{P}^1$ である。

$\nu\colon\tilde C\to C$ を正規化とする。$\tilde C$ は整な正規射影曲線、したがって正則な射影曲線で、$\nu$ は有限射であり、$C$ の正規な点の上では同型である。$C$ の正規でない点は有限個なので、層の完全列
$$ 0\to\mathcal{O}_C\to\nu_\ast\mathcal{O}_{\tilde C}\to\mathcal{Q}\to0 $$
の $\mathcal{Q}$ は有限個の点に台をもつ。$\delta:=\dim_kH^0(C,\mathcal{Q})$ とおくと、$\mathcal{Q}$ の高次コホモロジーは消える。$\nu$ はアフィン射なので $H^i(C,\nu_\ast\mathcal{O}_{\tilde C})=H^i(\tilde C,\mathcal{O}_{\tilde C})$ である。整な射影曲線の大域関数は $k$ だけなので(有限次元の整域は $k$ の有限次拡大体で、$k$ は代数閉体)、長完全列は
$$ 0\to k\to k\to H^0(\mathcal{Q})\to H^1(\mathcal{O}_C)\to H^1(\mathcal{O}_{\tilde C})\to0 $$
となり、$k\to k$ は $1\mapsto1$ で同型である。よって $h^1(\mathcal{O}_C)=\delta+g(\tilde C)$、すなわち $p_a(C)=h^1(\mathcal{O}_C)=\delta+g(\tilde C)\ge0$。
$p_a(C)=0$ なら $\delta=0$ かつ $g(\tilde C)=0$。$\delta=0$ より $\mathcal{Q}=0$ で $\nu$ は同型、つまり $C$ 自身が種数 $0$ の正則な射影曲線である。代数閉体上では $k$ 有理点があるので $C\cong\mathbb{P}^1$(Vak25 Proposition 19.3.1, p. 541)。

$K$ 負で自己交点数が負の曲線

曲面 $X$ 上の整な曲線 $C$ が $K_X\cdot C<0$ かつ $C^2<0$ をみたすなら、$C$ は $(-1)$ 曲線である。

$K_X\cdot C$ と $C^2$ はどちらも負の整数なので、$K_X\cdot C\le-1$、$C^2\le-1$ である。随伴公式より
$$ 2p_a(C)-2=C^2+K_X\cdot C\le-2, $$
すなわち $p_a(C)\le0$。lem-bg-genus-zero より $p_a(C)\ge0$ だから $p_a(C)=0$ で、上の不等式は等号、つまり $C^2+K_X\cdot C=-2$ となる。負の整数 2 つの和が $-2$ なので $C^2=K_X\cdot C=-1$。さらに lem-bg-genus-zero より $C\cong\mathbb{P}^1$ で、$C$ は $(-1)$ 曲線である。

この定理は、次節の錐定理の曲面での姿である。$K$ 負の曲線のうち「縮約できる」ものが、ちょうど $(-1)$ 曲線として現れる。条件のどちらを外しても結論は成り立たない(下の反例の表)。

極小モデルの存在

曲面 $X$ の Picard 数 $\rho(X)$ を、$\operatorname{Pic}(X)$ を数値的同値(すべての曲線との交点数が等しいこと)で割った群の階数とする。Néron–Severi の定理によりこれは有限である(Vak25 18.4.12, p. 513。この記事では証明しない)。$X$ は射影的なので豊富な因子 $H$ があり、$H^2>0$ だから $\rho(X)\ge1$ である。

曲面の極小モデルの存在

任意の曲面 $X$ から、$(-1)$ 曲線の縮約を有限回繰り返して、極小曲面 $X_{\min}$ への双有理射 $X\to X_{\min}$ が得られる。縮約の回数は $\rho(X)-1$ 以下である。

$X_0=X$ とする。$X_i$ が $(-1)$ 曲線 $E_i$ をもつなら、Castelnuovo の縮約定理により曲面 $X_{i+1}$ と点 $p_i$ で $X_i\cong\operatorname{Bl}_{p_i}X_{i+1}$ となるものがある。ブローアップの射は双有理射である。
$\operatorname{Pic}(X_i)\cong\operatorname{Pic}(X_{i+1})\oplus\mathbb{Z}[E_i]$ で、$\pi^\ast$ は交点数を保ち($\pi^\ast D\cdot\pi^\ast D'=D\cdot D'$)、$\pi^\ast D\cdot E_i=0$、$E_i^2=-1$ である(Vak25 Exercise 22.4.O)。よって $a[E_i]+\pi^\ast D$ が数値的に $0$ なら、$E_i$ との交点数から $a=0$、次に $\pi^\ast D$ と $\pi^\ast D'$ の交点数から $D$ が数値的に $0$ となり、$\rho(X_i)=\rho(X_{i+1})+1$ を得る。
各段で $\rho$ が $1$ ずつ減り、つねに $\rho\ge1$ だから、この操作は $\rho(X)-1$ 回以内で止まる。止まった曲面は $(-1)$ 曲線をもたない極小曲面で、合成 $X\to X_{\min}$ は双有理射である。

$K_X$ がネフなら、$(-1)$ 曲線 $E$ は $K_X\cdot E=-1<0$ となりえないので、$X$ は極小である。逆は成り立たない。$\mathbb{P}^2$ は極小だが(すべての曲線の自己交点数が正)、直線 $L$ について $K\cdot L=-3<0$ で $K$ はネフでない。複素数体上の曲面について、次のことが知られている(BCHM08 §1, p. 2。この記事では証明しない)。

  • $\kappa(X)\ge0$ なら、$X$ と双有理同値で標準因子がネフな滑らかな曲面 $Y$ がただ 1 つあり、$Y$ は $X$ から $(-1)$ 曲線をすべて縮約して得られる。
  • $\kappa(X)=-\infty$ なら、$X$ は $\mathbb{P}^2$ か、種数が正の曲線上の線織曲面と双有理同値である。
    $\kappa=-\infty$ では極小曲面は一意でない(Vak25 28.6.3, p. 789)。$\mathbb{P}^2$ と $\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$ はどちらも極小で互いに双有理同値だが、同型でない(下の ex-bg-p2-p1p1)。高次元の極小モデル理論は、「$(-1)$ 曲線の縮約」を「$K$ 負の端射線の収縮」に、「極小」を「$K$ がネフ」に置き換えて、この構成を一般化する。

高次元:極小モデル理論への地図

この節では複素数体上の射影多様体を扱い、定理はすべて主張と所在だけを示す(この記事では証明しない)。

曲面高次元(極小モデル理論)
縮約する対象$(-1)$ 曲線$K_X$ 負の端射線
縮約の存在Castelnuovo の縮約定理錐定理と収縮定理(森重文ほか)
証明の道具形式関数の定理川又–Viehweg の消滅定理
1 回の操作点への縮約(ブローダウン)因子収縮、フリップ、森ファイバー空間
目標極小曲面、$K$ ネフ$K$ ネフな極小モデル、または森ファイバー空間
停止$\rho$ が $1$ ずつ減る因子収縮は $\rho$ が減る。フリップの停止が問題

錐定理と収縮定理

射影多様体 $X$ 上の 1 次元サイクル(曲線の実係数の形式和)を、すべての因子との交点数が等しいとき同一視した実ベクトル空間を $N_1(X)$ とし、有効な曲線の類が生成する凸錐の閉包を $\overline{NE}(X)$ とする。$\overline{NE}(X)_{K_X\ge0}:=\{z\in\overline{NE}(X)\mid K_X\cdot z\ge0\}$ とおく。錐の半直線 $R$ で、$R$ の元が錐の 2 元の和に書けるならその 2 元も $R$ に入るものを端射線という。

錐定理と収縮定理

$X$ を滑らかな複素射影多様体とする。

  • (a) 錐定理.$K_X$ 負の端射線 $R_j$ の族があって
    $$ \overline{NE}(X)=\overline{NE}(X)_{K_X\ge0}+\sum_jR_j $$
    となる。各 $R_j$ は有理曲線 $C_j$ の類で張られ、$0<-K_X\cdot C_j\le2\dim X$ である。任意の豊富な因子 $A$ について、$(K_X+A)\cdot R_j<0$ となる $R_j$ は有限個である。
  • (b) 収縮定理.各 $K_X$ 負の端射線 $R$ に対して、正規射影多様体への全射 $\varphi_R\colon X\to Y$ で $\varphi_{R\ast}\mathcal{O}_X=\mathcal{O}_Y$ をみたし、整な曲線 $C$ が点に潰れるのは $[C]\in R$ のときに限るものがある。
錐定理の出典と歴史

上の形は、藤野修による一般の対 $(X,B)$ の錐定理・収縮定理 Fuj10 Theorem 1.1 (1)–(5) を $B=0$、底を 1 点として読んだものである(滑らかな $X$ では非対数標準的な部分は空)。収縮の性質は BCHM08 §1, p. 3 の記述にもよる。滑らかな射影多様体の錐定理と滑らかな 3 次元多様体の収縮定理は森重文が 1982 年の論文で発見し、その後、特異点をもつ多様体への一般化が川又雄二郎、Kollár、Reid、Shokurov らによって別の方法(消滅定理を使う方法)で与えられた(Fuj10 §1, p. 4)。

錐定理は、thm-bg-negative-curve の高次元版と見ることができる。曲面では $K$ 負で自己交点数が負の曲線は $(-1)$ 曲線に限られ、それを縮約すると別の滑らかな曲面になった。高次元では $K$ 負の曲線の類が端射線ごとに整理され、各端射線を一斉に潰す収縮が存在する。

極小モデル理論の手順

$K_X$ がネフでないとき、錐定理により $K_X$ 負の端射線 $R$ があり、収縮 $\varphi_R\colon X\to Y$ は次の 3 種類のどれかになる(BCHM08 §1, pp. 3–4)。

  • $\dim Y<\dim X$ のとき:一般のファイバー $F$ で $-K_F$ が豊富になる。これを 森ファイバー空間(Fano ファイブレーション)といい、手順はここで終わる。
  • $\dim Y=\dim X$ で $\varphi_R$ が因子を潰すとき(因子収縮):$X$ を $Y$ に置き換えて続ける。Picard 数は $1$ 減る。
  • $\dim Y=\dim X$ で因子を潰さないとき(小収縮):$K_Y$ が $\mathbb{Q}$ Cartier でなくなり $Y$ では続けられない。代わりに、余次元 $1$ で $X$ と同型で $K_{X^+}$ が $Y$ 上相対的に豊富な $X^+\to Y$(フリップ)に置き換える。Picard 数は変わらない。
    これを繰り返して、$K$ がネフな多様体(極小モデル)か森ファイバー空間に到達することが目標である。そのためには (1) フリップが存在すること、(2) フリップの無限列がないこと(停止性)を示す必要がある。また 3 次元でも滑らかな極小モデルをもたない例があるので、途中の多様体には末端特異点などの特異点を許す(BCHM08 §1, p. 3)。
    現況は次のとおりである(BCHM08 §1, pp. 2–5 による)。
  • 3 次元では、フリップの存在は森重文が証明し、1980 年代に川又雄二郎、Kollár、森、Reid、Shokurov らの仕事で手順が完成した。
  • 4 次元のフリップの存在は Shokurov が示し、Hacon と McKernan は $n-1$ 次元の極小モデル理論を仮定して $n$ 次元のフリップの存在を示した。
  • Birkar–Cascini–Hacon–McKernan は、一般型の滑らかな射影多様体が極小モデルをもつこと、および標準環 $\bigoplus_{m\ge0}H^0(X,\mathcal{O}_X(mK_X))$ が有限生成であることを証明した(BCHM08 Theorem 1.1, Corollary 1.1.1)。
  • 一般の次元でのフリップの停止性は、同論文の時点で未解決の問題として残されている。

消滅定理

錐定理・収縮定理の証明(消滅定理を使う方法)の中心にあるのが、コホモロジーの消滅定理である。滑らかな射影多様体上の因子 $D$ が巨大(big)であるとは、ある定数 $c>0$ と無限に多くの $m$ について $h^0(\mathcal{O}_X(mD))\ge cm^{\dim X}$ となることをいう。豊富な因子はネフかつ巨大である。

小平の消滅定理

$k$ を標数 $0$ の体、$X$ を $k$ 上の滑らかな射影多様体、$L$ を豊富な可逆層とすると、$i>0$ で $H^i(X,\omega_X\otimes L)=0$ である(Vak25 21.5.8, p. 625)。

標数の仮定は外せない。正標数では Raynaud による反例がある(Vak25 21.5.9, p. 625)。

川又–Viehweg の消滅定理

$X$ を滑らかな複素射影多様体、$B$ を台が単純正規交叉因子で $\lfloor B\rfloor=0$ をみたす有効 $\mathbb{Q}$ 因子とする。Cartier 因子 $L$ について $L-(K_X+B)$ がネフかつ巨大なら、$i>0$ で $H^i(X,\mathcal{O}_X(L))=0$ である(Fuj10 §3, 3.1, p. 8)。

$B=0$ とすると「$L-K_X$ がネフかつ巨大なら $H^i(\mathcal{O}_X(L))=0$」となり、$L-K_X$ が豊富な場合が小平の消滅定理である。豊富性をネフかつ巨大まで弱め、さらに小数部分 $B$ を許したことで、収縮の構成(基点自由定理)に必要な形になる(Fuj10 §1, p. 3、§3)。定理の名は川又雄二郎と Eckart Viehweg にちなむ。

例

$\mathbb{P}^2$ と $\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$

$\mathbb{P}^2$ と $\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$ はどちらも極小曲面で、互いに双有理同値だが同型でない。
双有理同値.どちらもアフィン平面 $\mathbb{A}^2$ を稠密な開集合として含む($\mathbb{P}^2$ の $\{z\neq0\}$ と $\mathbb{A}^1\times\mathbb{A}^1$)。
同型でない.$\operatorname{Pic}(\mathbb{P}^2)\cong\mathbb{Z}$、$\operatorname{Pic}(\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1)\cong\mathbb{Z}^2$ である(Vak25 15.4.15, p. 446、Exercise 15.5.K, p. 449)。
極小.$\mathbb{P}^2$ の $d$ 次の曲線 $C$ は $C\sim dL$ で $C^2=d^2>0$。$\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$ では 2 方向のファイバーの類 $F_1,F_2$ について $F_1^2=F_2^2=0$、$F_1\cdot F_2=1$(Vak25 Exercise 20.2.C)で、整な曲線 $C$ は $C\sim aF_1+bF_2$ と書ける。$C$ を成分に含まないファイバーをとれば $b=C\cdot F_1\ge0$、$a=C\cdot F_2\ge0$ だから $C^2=2ab\ge0$。どちらの曲面にも自己交点数が負の曲線はなく、$(-1)$ 曲線もない。

$\mathbb{P}^2$ の 2 点のブローアップは $\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$ の 1 点のブローアップと同型なので(Vak25 Exercise 22.4.K, p. 651)、1 つの曲面から縮約の選び方によって異なる極小曲面に到達することもある。

反例:条件を外すと

外す条件反例成り立たなくなること
$m\ge1$$\mathbb{P}^2$ と $\operatorname{Bl}_p\mathbb{P}^2$ の $h^0(\omega^{-1})$双有理不変性($10$ と $9$ で異なる。thm-bg-plurigenera)
$K_X\cdot C<0$K3 曲面の $(-2)$ 曲線$C^2<0$ だが $(-1)$ 曲線でない(thm-bg-negative-curve)
$C^2<0$$\mathbb{P}^2$ の直線$K\cdot L<0$ だが $L^2=1$ で縮約できない
逆向き(極小 ⇒ $K$ ネフ)$\mathbb{P}^2$極小曲面だが $K$ はネフでない
$\kappa\ge0$$\mathbb{P}^2$ と $\mathbb{P}^1\times\mathbb{P}^1$双有理同値な極小曲面が一意でない
反例の確認

負の冪.$\pi\colon\operatorname{Bl}_p\mathbb{P}^2\to\mathbb{P}^2$ の例外曲線を $E$ とすると、$\operatorname{Pic}(\operatorname{Bl}_p\mathbb{P}^2)=\pi^\ast\operatorname{Pic}(\mathbb{P}^2)\oplus\mathbb{Z}[E]$ だから $K_{\operatorname{Bl}}=\pi^\ast K_{\mathbb{P}^2}+aE$ と書け、$E$ との交点数をとると随伴公式の $K_{\operatorname{Bl}}\cdot E=-1$ と $\pi^\ast K\cdot E=0$、$E^2=-1$ から $a=1$。よって $\omega_{\operatorname{Bl}}^{-1}\cong\pi^\ast\mathcal{O}(3)\otimes\mathcal{O}(-E)$ で、その切断は $p$ を通る 3 次曲線に対応し($\pi_\ast\mathcal{O}(-E)$ は $p$ のイデアル層)、$h^0=10-1=9$。一方 $h^0(\mathbb{P}^2,\mathcal{O}(3))=10$ である(Vak25 21.5.D の後の注意, p. 624 にも同じ例がある)。
$(-2)$ 曲線と直線.K3 曲面では $K_X=0$ なので、$\mathbb{P}^1$ と同型な曲線 $C$ は $C^2=-2$、$K_X\cdot C=0$ である(K3曲面の「K3曲面の上の曲線」)。$\mathbb{P}^2$ の直線 $L$ は $K\cdot L=-3$、$L^2=1$ である。$L$ を点に潰す射影曲面 $Y$ への双有理射 $f\colon\mathbb{P}^2\to Y$ はない。実際、$Y$ の豊富な可逆層 $H$ をとると、$f^\ast H$ の $L$ への制限は自明なので次数 $0$ で、$\operatorname{Pic}(\mathbb{P}^2)=\mathbb{Z}[L]$ と $L^2=1$ から $f^\ast H\cong\mathcal{O}_{\mathbb{P}^2}$ となる。$f$ は支配的なので切断の引き戻し $H^0(Y,H^{\otimes m})\to H^0(\mathbb{P}^2,f^\ast H^{\otimes m})=k$ は単射で、すべての $m$ で $h^0(H^{\otimes m})\le1$ となるが、これは 2 次元の射影多様体上の豊富な可逆層では起こらない(十分大きい $m$ で $H^{\otimes m}$ は非常に豊富で、射影空間への埋め込みの座標が 2 次元以上の切断の空間を与える)。

関連項目

参考文献

[2]
Caucher Birkar, Paolo Cascini, Christopher D. Hacon, James McKernan, Existence of minimal models for varieties of log general type, arXiv:math/0610203v2, 2008, §1 Introduction, pp. 2–5:曲面の分類、錐定理からの収縮、因子収縮・小収縮・フリップ、研究の現況、Theorem 1.1、Corollary 1.1.1
[3]
Osamu Fujino, Fundamental theorems for the log minimal model program, arXiv:0909.4445v3, 2010, Theorem 1.1(pp. 2–3、錐定理と収縮定理)、§1 p. 4(錐定理の歴史)、§3 の 3.1(p. 8、川又–Viehweg の消滅定理)

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