Lerayスペクトル系列(Leray spectral sequence)とは、位相空間の連続写像やスキームの射 $f\colon X\to Y$ と $X$ 上のアーベル群の層 $F$ に対するスペクトル系列 $E_2^{p,q}=H^p(Y,R^qf_*F)\Rightarrow H^{p+q}(X,F)$ のことである。大域切断の関手が $\Gamma(Y,-)\circ f_*$ と分解することから、合成関手のスペクトル系列として得られる。高次順像 $R^qf_*F$ が消えれば $X$ と $Y$ のコホモロジーが一致し、低次の項からは5項完全列が得られる。
前提知識: 層コホモロジー, 導来関手, スペクトル系列, Grothendieck位相
レベル: 大学院
射 $f\colon X\to Y$ があるとき、$X$ 上の層のコホモロジーを、$Y$ 上の層($f$ の高次順像)のコホモロジーから計算する道具が Leray スペクトル系列である。位相空間の連続写像でも、スキームの射を Zariski・エタール・fppf の景で考えても同じ形で成り立つ。以下では両方をまとめて扱う。
設定。次のいずれかとする。
$f_*$ の右導来関手 $R^qf_*$($q\ge0$)を $f$ の高次順像という。$F$ の単射的分解 $F\to I^\bullet$ を取れば $R^qf_*F=H^q(f_*I^\bullet)$ である。
上の設定で、$X$ 上の任意のアーベル群の層 $F$ に対し、$F$ について関手的な、第 1 象限のスペクトル系列
$$
E_2^{p,q}=H^p(Y,R^qf_*F)\ \Longrightarrow\ H^{p+q}(X,F)
$$
がある。これを $f$ と $F$ の Leray スペクトル系列(Leray spectral sequence)という。
証明は、合成関手の導来関手についての Grothendieck スペクトル系列に帰着する。
$\mathcal A,\mathcal B,\mathcal D$ を十分な単射的対象をもつアーベル圏、$G\colon\mathcal A\to\mathcal B$、$H\colon\mathcal B\to\mathcal D$ を左完全関手とし、$G$ は単射的対象を $H$ 非輪状な対象($R^qH$ が $q>0$ で消える対象)に写すとする。このとき、$\mathcal A$ の各対象 $A$ に対し、スペクトル系列 $E_2^{p,q}=(R^pH)(R^qG)(A)\Rightarrow R^{p+q}(H\circ G)(A)$ がある。
これは Wei94 §5.8 の定理である(本記事では証明しない)。$\mathcal A$、$\mathcal B$ を $X$、$Y$ 上のアーベル群の層の圏、$G=f_*$、$H=\Gamma(Y,-)$ と置く。$\Gamma(Y,f_*F)=F(X)=\Gamma(X,F)$ だから $H\circ G=\Gamma(X,-)$ であり、層の圏は十分な単射的対象をもつ(Milne80 第 III 章 §1)。残るのは次の補題である。
$f_*$ は単射的な層を単射的な層に写す。
$Y$ 上の層を $X$ 上に引き戻す関手 $f^{-1}$ は $f_*$ の左随伴であり、完全である。位相空間の場合は茎が $(f^{-1}G)_x=G_{f(x)}$ となることから、スキームの景の場合は、$V\mapsto V\times_YX$ が有限極限(ファイバー積と終対象)を保つことからわかる(Milne80 第 II 章 §3、Stacks「Sites and Sheaves」の章。本記事では随伴と完全性を認める)。$I$ を $X$ 上の単射的な層とすると、$Y$ 上の層 $G$ について
$$
\operatorname{Hom}_Y(G,f_*I)\cong\operatorname{Hom}_X(f^{-1}G,I)
$$
が $G$ について自然に成り立つ。右辺は、完全関手 $f^{-1}$ と完全関手 $\operatorname{Hom}_X(-,I)$ の合成だから、$G$ について完全な反変関手である。よって $\operatorname{Hom}_Y(-,f_*I)$ は完全であり、$f_*I$ は単射的である。単射的な層は $\Gamma(Y,-)$ 非輪状だから、定理の仮定が満たされる。
以上でthm-leray-spectral-sequence が示された。
$X$ のコホモロジーを「$Y$ の各点の上のファイバーのコホモロジー」$R^qf_*F$ と「それらを $Y$ 上で束ねるときのコホモロジー」$H^p(Y,-)$ に分けて計算する、というのが Leray スペクトル系列の意味である。ファイバーがコホモロジー的に自明なら($R^qf_*F=0$、$q>0$)、$X$ のコホモロジーは $Y$ のコホモロジーそのものになる。逆に $Y$ が 1 点なら、情報はすべてファイバー側にある。
すべての $q>0$ で $R^qf_*F=0$ なら、自然な写像 $H^p(Y,f_*F)\to H^p(X,F)$ はすべての $p$ で同型である。
$E_2^{p,q}=0$($q>0$)だから、スペクトル系列は $q=0$ の行だけからなり、すべての微分 $d_r$($r\ge2$)は $0$ になる。よって $H^p(X,F)=E_\infty^{p,0}=E_2^{p,0}=H^p(Y,f_*F)$ であり、この同型は辺準同型で与えられる。
完全列
$$
0\to H^1(Y,f_*F)\to H^1(X,F)\to H^0(Y,R^1f_*F)\to H^2(Y,f_*F)\to H^2(X,F)
$$
がある。
第 1 象限のスペクトル系列では、$E_2^{1,0}$ には入る微分も出る微分もないので $E_\infty^{1,0}=E_2^{1,0}$ である。$E_2^{0,1}$ から出る微分は $d_2\colon E_2^{0,1}\to E_2^{2,0}$ だけで、$E_\infty^{0,1}=\ker d_2$、$E_\infty^{2,0}=\operatorname{coker}d_2$ である($E_2^{2,0}$ に入る微分は $d_2$ だけ)。$H^1$ のフィルトレーションは $0\to E_\infty^{1,0}\to H^1\to E_\infty^{0,1}\to0$ を与え、$E_\infty^{2,0}$ は $H^2$ の部分群である。これらをつなぐと
$$
0\to E_2^{1,0}\to H^1\to E_2^{0,1}\xrightarrow{\ d_2\ }E_2^{2,0}\to H^2
$$
が完全になる。$E_2^{1,0}=H^1(Y,f_*F)$、$E_2^{0,1}=H^0(Y,R^1f_*F)$、$E_2^{2,0}=H^2(Y,f_*F)$ である。
5 項完全列は、Brauer 群や Picard 群の計算で最もよく使われる形である。
$f\colon X\to Y$ をスキームのアフィン射、$F$ を $X$ 上の準連接層とし、Zariski 位相で考える。$Y$ のアフィン開集合 $V$ について $f^{-1}V$ はアフィンであり、アフィンスキーム上の準連接層の高次コホモロジーは消えるので(Har77 第 III 章 §3 のネーターの場合、一般には Stacks「Cohomology of Schemes」の章)、rem-leray-higher-direct-image-sheafify の前層はアフィン開集合の上で $0$ になり、その層化 $R^qf_*F$ は $0$ である($q>0$)。cor-leray-vanishing により
$$
H^p(X,F)\cong H^p(Y,f_*F)\qquad(p\ge0)
$$
となる。たとえば閉部分スキーム $X\subset\mathbb P^n$ の閉埋め込み $i\colon X\to\mathbb P^n$ では、$X$ 上の準連接層のコホモロジーを $\mathbb P^n$ 上の層 $i_*F$ で計算してよい。
$k$ を体、$k^{\mathrm s}$ を分離閉包、$\Gamma=\operatorname{Gal}(k^{\mathrm s}/k)$、$f\colon X\to\operatorname{Spec}k$ を準コンパクトかつ準分離的なスキームの構造射とし、エタール位相で考える。$\operatorname{Spec}k$ 上のエタール層は離散 $\Gamma$ 加群と同じものであり(Grothendieck位相 の記事の例)、rem-leray-higher-direct-image-sheafify の茎の記述により $R^qf_*F$ は $\Gamma$ 加群 $H^q(X_{k^{\mathrm s}},F)$ に当たる。よって Leray スペクトル系列は
$$
E_2^{p,q}=H^p\bigl(\Gamma,H^q(X_{k^{\mathrm s}},F)\bigr)\ \Longrightarrow\ H^{p+q}(X,F)
$$
という形になる(Hochschild–Serre スペクトル系列とも呼ばれる形)。
$F=\mathbb G_m$ とし、さらに $\Gamma(X_{k^{\mathrm s}},\mathcal O)^\times=k^{\mathrm s\times}$(たとえば $X$ が固有で幾何的に被約かつ幾何的に連結なとき)と仮定する。$H^1(X_{k^{\mathrm s}},\mathbb G_m)=\operatorname{Pic}(X_{k^{\mathrm s}})$、$H^1(X,\mathbb G_m)=\operatorname{Pic}(X)$(Milne80 第 III 章 §4)と Hilbertの定理90 $H^1(\Gamma,k^{\mathrm s\times})=0$ を認めると、5 項完全列は
$$
0\to\operatorname{Pic}(X)\to\operatorname{Pic}(X_{k^{\mathrm s}})^{\Gamma}\to\operatorname{Br}(k)\to H^2(X,\mathbb G_m)
$$
となる(Poo17 第 6 章)。ここで $\operatorname{Br}(k)=H^2(\Gamma,k^{\mathrm s\times})$ は体の Brauer群 である。$\operatorname{Pic}(X_{k^{\mathrm s}})^\Gamma$ の元が $k$ 上の直線束から来るかどうかの障害が $\operatorname{Br}(k)$ に現れる。
スキーム $X$ について、fppf 層をエタール層とみなす関手は、$X$ 上の fppf 景からエタール景への景の射 $\varepsilon$ の順像 $\varepsilon_*$ である。この $\varepsilon$ は本記事冒頭の「設定」(同じ $\tau$ での $f\colon X\to Y$)には含まれない景の射であるが、$\varepsilon^{-1}$ も $\varepsilon_*$ の完全な左随伴なので、定理と同じ証明でこの場合にも Leray スペクトル系列が得られる。Leray スペクトル系列
$$
E_2^{p,q}=H^p(X_{\mathrm{et}},R^q\varepsilon_*G)\ \Longrightarrow\ H^{p+q}(X_{\mathrm{fppf}},G)
$$
により、fppf コホモロジーとエタールコホモロジーの比較は $R^q\varepsilon_*G$($q>0$)の消滅の問題に帰着する。$X$ が準射影的で $G$ が滑らかな可換群スキームなら $R^q\varepsilon_*G=0$($q>0$)である(Grothendieck「Le groupe de Brauer III」§11、Milne80 第 III 章 §3、Stacks の「Étale Cohomology」の章の fppf 比較の節。引用。本記事では証明しない)。この場合、cor-leray-vanishing により両者のコホモロジーは一致する。この議論は エタールコホモロジーとfppfコホモロジーの比較定理 の記事で扱う。
$f\colon S^1\to\{\mathrm{pt}\}$ を 1 点への写像、$F=\mathbb Z$ を定数層とする。1 点の上の層は群と同じで $H^p(\mathrm{pt},-)=0$($p>0$)だから $H^1(\mathrm{pt},f_*\mathbb Z)=0$ であるが、$H^1(S^1,\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ である。cor-leray-vanishing の仮定は破れており、実際 $R^1f_*\mathbb Z=H^1(S^1,\mathbb Z)\cong\mathbb Z\ne0$ である。このときスペクトル系列は $p=0$ の列に集中し、$H^q(S^1,\mathbb Z)=E_2^{0,q}=H^q(S^1,\mathbb Z)$ という自明な主張になる。
$k$ を標数 $p>0$ の完全でない体、$X=\operatorname{Spec}k$、$G=\mu_p$ とする。$k$ の分離拡大体 $L$ は被約なので $\mu_p(L)=\{x\in L:x^p=1\}=\{1\}$ であり、$\varepsilon_*\mu_p=0$、したがって $H^i(k_{\mathrm{et}},\varepsilon_*\mu_p)=0$ である。一方、fppf 位相の Kummer 完全列と fppf 位相での $H^1(k_{\mathrm{fppf}},\mathbb G_m)=0$ から $H^1(k_{\mathrm{fppf}},\mu_p)\cong k^\times/k^{\times p}$ であり(fppf位相 の記事)、$k$ が完全でないのでこれは $0$ でない。5 項完全列
$$
0=H^1(k_{\mathrm{et}},\varepsilon_*\mu_p)\to H^1(k_{\mathrm{fppf}},\mu_p)\to H^0(k_{\mathrm{et}},R^1\varepsilon_*\mu_p)
$$
により $R^1\varepsilon_*\mu_p\ne0$ である。ex-leray-etale-fppf の「$G$ が滑らか」という仮定を外すと、この例のように高次順像が消えず、エタールコホモロジーと fppf コホモロジーは一致しないことがある。
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