三角圏

概要

三角圏(triangulated category)とは、加法圏に移動関手(自己同値 $\Sigma$)と「完全三角形」と呼ばれる図式 $X\to Y\to Z\to\Sigma X$ の族を追加の構造として与え、公理TR1〜TR4(TR4は八面体公理)を満たすもののことをいう。核・余核を持たない圏でも短完全列に類する「長完全列を生成する三角形」を扱えるようにする枠組みであり、ホモトピー圏や導来圏はこの構造の典型例になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, アーベル圏, 複体とホモロジー, 加法圏, ホモトピー圏

定義

移動関手

加法圏 $\mathcal T$ 上の移動関手(shift functor, suspension functor)とは、加法的な圏同値(加法関手であって圏同値であるもの)$\Sigma\colon\mathcal T\to\mathcal T$ のことをいう。$X$ の像を $\Sigma X$ と書き、$\Sigma$ の逆(を与える圏同値)による像を $\Sigma^{-1}X$ と書く。複体に対する $\Sigma$ の具体的な向きはdef-mapping-coneで固定する(Wei94 の記法 $X[1]$ との関係もそこで述べる。本記事の以下では一貫して $\Sigma$ を用いる)。

写像錐

加法圏 $\mathcal A$ 上の複体の圏 $\mathrm{Ch}(\mathcal A)$ を考える。複体とホモロジーにおける複体・鎖写像・鎖ホモトピーの定義は零射があれば意味を持つので、アーベル圏に限らず加法圏 $\mathcal A$ 上でそのまま用いる。複体 $X_\bullet$ の移動複体(shift)$(\Sigma X)_\bullet$ を
$$ (\Sigma X)_n:=X_{n-1},\qquad d^{\Sigma X}_n:=-d^X_{n-1} $$
で定める。本記事では、複体に対する移動関手をこの $\Sigma$ に固定する。Wei94 の記法 $X[1]$($X[1]_n=X_{n+1}$)とは向きが逆であり、$\Sigma X=X[-1]$ である。鎖写像 $f\colon X_\bullet\to Y_\bullet$ の写像錐(mapping cone)$\operatorname{Cone}(f)_\bullet$ を
$$ \operatorname{Cone}(f)_n:=X_{n-1}\oplus Y_n,\qquad d^{\operatorname{Cone}(f)}_n(x,y):=(-d^X_{n-1}x,\ f_{n-1}(x)+d^Y_n(y)) $$
($\oplus$ は加法圏の双積)で定める。標準射 $i_f\colon Y_\bullet\to\operatorname{Cone}(f)_\bullet$($y\mapsto(0,y)$)と $p_f\colon\operatorname{Cone}(f)_\bullet\to(\Sigma X)_\bullet$($(x,y)\mapsto x$)は鎖写像であり、図式
$$ X_\bullet\xrightarrow{f}Y_\bullet\xrightarrow{i_f}\operatorname{Cone}(f)_\bullet\xrightarrow{p_f}\Sigma X_\bullet $$
を $f$ の錐三角(cone triangle)という。

三角圏

加法圏 $\mathcal T$ が移動関手 $\Sigma$ を持ち、さらに「完全三角形」(distinguished triangle)と呼ばれる図式
$$ X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X $$
のクラスが指定されているとする。この組 $(\mathcal T,\Sigma,\{\text{完全三角形}\})$ が三角圏(triangulated category)であるとは、次の公理を満たすことをいう。
TR1:
(a) 完全三角形に同型な三角形(3つ組の同型射で図式全体が可換図式になるもの)は完全三角形である。
(b) 任意の対象 $X$ に対し、$X\xrightarrow{\operatorname{id}_X}X\to0\to\Sigma X$ は完全三角形である($0$ は零対象)。
(c) 任意の射 $u\colon X\to Y$ は、ある完全三角形 $X\xrightarrow{u}Y\to Z\to\Sigma X$ に延長できる。
TR2(回転):$X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ が完全三角形であることと、$Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X\xrightarrow{-\Sigma u}\Sigma Y$ が完全三角形であることは同値である。
TR3(射の拡張):$X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ と $X'\xrightarrow{u'}Y'\xrightarrow{v'}Z'\xrightarrow{w'}\Sigma X'$ をともに完全三角形とし、$g\circ u=u'\circ f$ を満たす射 $f\colon X\to X'$、$g\colon Y\to Y'$ が与えられているとする。このとき(一意とは限らない)射 $h\colon Z\to Z'$ が存在して、$h\circ v=v'\circ g$ かつ $(\Sigma f)\circ w=w'\circ h$ を満たす。
TR4(八面体公理):射 $u\colon X\to Y$、$v\colon Y\to Z$ と、$u$・$v$・$v\circ u$ をそれぞれ延長する完全三角形
$$ X\xrightarrow{u}Y\to Z'\to\Sigma X,\qquad Y\xrightarrow{v}Z\to X'\to\Sigma Y,\qquad X\xrightarrow{v\circ u}Z\to Y'\to\Sigma X $$
が与えられたとき、射 $Z'\to Y'$、$Y'\to X'$ が存在して、$Z'\to Y'\to X'\to\Sigma Z'$(最後の射は $X'\to\Sigma Y\to\Sigma Z'$ の合成)が完全三角形となり、かつ与えられた3つの三角形と整合する(該当する図式が可換になる)。

八面体公理の可換性条件

TR4 で「整合する」と述べた可換性の条件の詳細(八面体の各面に対応する図式の可換性)は Wei94 §10.2 に譲る。

直感

三角圏は、アーベル圏の完全列・短完全列の理論を、核や余核が存在しない(あるいは存在しても本質的でない)圏——たとえばホモトピー圏——でも展開できるように一般化した枠組みである。完全三角形 $X\to Y\to Z\to\Sigma X$ は短完全列 $0\to X\to Y\to Z\to0$ の類似物であり、TR1(c)は「任意の射は短完全列に埋め込める」という性質の対応物、TR2の回転は、完全三角形を一周させると長完全列の隣接する三項を取り出す操作に対応する(アーベル圏の連結準同型が、ここでは移動関手を経由する射 $w\colon Z\to\Sigma X$ として現れる)。この対応はprop-triangulated-category-hom-exactで正確な形になる。
def-mapping-coneで導入した錐三角は、この一般論の最も基本的な実例を与える。$\mathrm{Ch}(\mathcal A)$ の鎖写像 $f\colon X_\bullet\to Y_\bullet$ から作られる錐三角 $X_\bullet\xrightarrow{f}Y_\bullet\xrightarrow{i_f}\operatorname{Cone}(f)_\bullet\xrightarrow{p_f}\Sigma X_\bullet$ を、ホモトピー圏 $K(\mathcal A)$ の中で完全三角形として指定すると(正確には、この錐三角に $K(\mathcal A)$ で同型な三角形をすべて完全三角形と定めると)、$K(\mathcal A)$ はTR1〜TR4を満たす三角圏になることが知られている(証明は煩雑であるため本記事では割愛する。Wei94 §10.2)。この意味で、写像錐は「短完全列の余核を鎖複体のレベルで代替する」構成であるとみなせる。

性質

完全三角形の隣接する射の合成は零射である

完全三角形 $X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ において、$v\circ u=0$ かつ $w\circ v=0$ が成り立つ。

TR1(b)により $X\xrightarrow{\operatorname{id}_X}X\to0\to\Sigma X$ は完全三角形である。この三角形と、与えられた完全三角形 $X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ に対し、$f:=\operatorname{id}_X\colon X\to X$、$g:=u\colon X\to Y$ とおくと $g\circ\operatorname{id}_X=u=u\circ\operatorname{id}_X$ であるからTR3の仮定を満たす。TR3により、射 $h\colon 0\to Z$ が存在して $h\circ p=v\circ u$ を満たす($p\colon X\to 0$ は零射であり、これがTR1(b)の三角形の2番目の射である)。$h\colon0\to Z$ は零射であるから $h\circ p=0$、ゆえに $v\circ u=0$。
この結果をTR2(回転)により得られる完全三角形 $Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X\xrightarrow{-\Sigma u}\Sigma Y$ に適用すると、同様の議論($X$・$u$ の役割をそれぞれ $Y$・$v$ が担う)により $w\circ v=0$ が従う。$\blacksquare$

Hom のコホモロジー的関手性

三角圏 $\mathcal T$ の完全三角形 $X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ と任意の対象 $W$ に対し、射の合成で定まるアーベル群の準同型の列
$$ \cdots\to\operatorname{Hom}(W,\Sigma^{-1}Z)\to\operatorname{Hom}(W,X)\xrightarrow{u_*}\operatorname{Hom}(W,Y)\xrightarrow{v_*}\operatorname{Hom}(W,Z)\xrightarrow{w_*}\operatorname{Hom}(W,\Sigma X)\xrightarrow{(-\Sigma u)_*}\operatorname{Hom}(W,\Sigma Y)\to\cdots $$
は完全である($\operatorname{Hom}$ は $\operatorname{Hom}_{\mathcal T}$ を表す)。

まず、任意の完全三角形 $X\xrightarrow{u}Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X$ について、中央の項での完全性 $\operatorname{im}u_*=\ker v_*$ を示す。$\operatorname{im}u_*\subset\ker v_*$ はprop-triangle-consecutive-zeroの $v\circ u=0$ から従う。逆に $g\colon W\to Y$ が $v\circ g=0$ を満たすとする。TR1(b)の完全三角形 $W\xrightarrow{\operatorname{id}_W}W\to0\to\Sigma W$ をTR2で回転した完全三角形 $W\to0\to\Sigma W\xrightarrow{-\operatorname{id}_{\Sigma W}}\Sigma W$ と、与えられた三角形をTR2で回転した完全三角形 $Y\xrightarrow{v}Z\xrightarrow{w}\Sigma X\xrightarrow{-\Sigma u}\Sigma Y$ を考える。射 $g\colon W\to Y$ と零射 $0\to Z$ について、TR3の仮定「$0\circ(W\to0)=v\circ g$」は $v\circ g=0$ により満たされる。よってTR3から射 $h\colon\Sigma W\to\Sigma X$ が存在して $(\Sigma g)\circ(-\operatorname{id}_{\Sigma W})=(-\Sigma u)\circ h$、すなわち $\Sigma g=(\Sigma u)\circ h$ を満たす。$\Sigma$ は圏同値、とくに充満忠実であるから、$h=\Sigma\tilde g$ となる射 $\tilde g\colon W\to X$ がただ1つ存在し、$\Sigma g=\Sigma(u\circ\tilde g)$ から $g=u\circ\tilde g$、すなわち $g\in\operatorname{im}u_*$ を得る。
次に、与えられた列の各項での完全性を上の結果に帰着させる。TR2を繰り返し用いると、$Y\to Z\to\Sigma X\to\Sigma Y$、$Z\to\Sigma X\to\Sigma Y\to\Sigma Z$、$\ldots$ はすべて完全三角形であり、列の $\operatorname{Hom}(W,Y)$ より右の各項は、これらのいずれかの完全三角形の中央の項に $\operatorname{Hom}(W,-)$ を施したものである(射に付く符号 $-\Sigma u$ などは核と像を変えない)。左向きには、$\Sigma$ が圏同値であることを用いて、与えられた完全三角形が $\Sigma^{-1}Z\to X\xrightarrow{u}Y\to\Sigma\Sigma^{-1}Z$ の形の完全三角形の回転に同型であること(TR1(a)とTR2の逆向きの主張から従う。Wei94 §10.2)を使い、同じ議論を繰り返せばよい。$\blacksquare$

例

ホモトピー圏の三角圏構造

加法圏 $\mathcal A$ に対し、ホモトピー圏 $K(\mathcal A)$ は、移動関手をdef-mapping-coneの複体の移動 $\Sigma$、完全三角形を錐三角 $X_\bullet\xrightarrow{f}Y_\bullet\xrightarrow{i_f}\operatorname{Cone}(f)_\bullet\xrightarrow{p_f}\Sigma X_\bullet$ に $K(\mathcal A)$ の中で同型な三角形全体と定めることで、三角圏になる。とくに環 $R$ 上の加群の圏 $\mathcal A=R\text{-}\mathbf{Mod}$ のとき $K(R\text{-}\mathbf{Mod})$ がその例である。この三角圏構造が公理TR1〜TR4をすべて満たすことの検証は標準的だが長く、本記事では結果のみを引用する(Wei94 §10.2)。

導来圏と安定ホモトピー圏

アーベル圏 $\mathcal A$ の導来圏 $D(\mathcal A)$ は、ex-triangulated-homotopy-categoryの三角圏 $K(\mathcal A)$ を擬同型のクラスでVerdier局所化して得られる三角圏である(Wei94 §10.4)。また、代数的位相幾何学の安定ホモトピー圏(スペクトルのホモトピー圏)も三角圏の例であり、その完全三角形はコファイバー列から定まる(Wei94 §10.9)。

関連項目

参考文献

[1]
Charles A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra, Cambridge University Press, 1994

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