双曲計量(hyperbolic metric)とは、単位円板上の密度 $1/(1-|z|^2)$ を基準とし、Riemann写像によって単連結な真の平面領域へ移される等角不変な計量である。正則写像はSchwarz–Pickの補題によりこの距離を増加させず、円板の測地線は境界円と直交する円弧になる。境界へ近づくと密度が発散し、Koebeの1/4定理からEuclid境界距離 $\delta_\Omega$ に対して $1/(4\delta_\Omega)\leq\lambda_\Omega\leq1/\delta_\Omega$ が従う。正規化には曲率 $-4$ と $-1$ の二通りがあるため、係数2の違いに注意が必要である。
前提知識: 正則関数, 等角写像, Schwarzの補題, Riemannの写像定理
$\mathbb D:=\{z\in\mathbb C\mid |z|<1\}$ とする。本記事では、単位円板の 双曲計量(hyperbolic metric)、または Poincaré計量(Poincaré metric)を
$$
ds_{\mathbb D}=\lambda_{\mathbb D}(z)|dz|,
\qquad
\lambda_{\mathbb D}(z):=\frac{1}{1-|z|^2}
$$
で定める。区分的 $C^1$ 曲線 $\gamma\colon[a,b]\to\mathbb D$ の双曲長は
$$
L_{\mathbb D}(\gamma):=
\int_a^b\frac{|\gamma'(t)|}{1-|\gamma(t)|^2}\,dt
$$
であり、$z,w\in\mathbb D$ の双曲距離は
$$
d_{\mathbb D}(z,w):=\inf_\gamma L_{\mathbb D}(\gamma)
$$
で定める。下限は $z$ から $w$ へ至る区分的 $C^1$ 曲線全体にわたる。
文献によっては密度を $2/(1-|z|^2)$ と定める。本記事の正規化は曲率 $-4$、係数 $2$ を付ける正規化は曲率 $-1$ であり、長さと距離はちょうど $2$ 倍異なる。式を比較するときはこの係数を確認する必要がある(Ahl10 Chapter 1)。
$\Omega\subsetneq\mathbb C$ を空でない単連結な 領域 とし、$\phi\colon\Omega\to\mathbb D$ を双正則写像とする。$\Omega$ の双曲密度を
$$
\lambda_\Omega(z):=
\frac{|\phi'(z)|}{1-|\phi(z)|^2}
$$
で定め、$ds_\Omega=\lambda_\Omega(z)|dz|$ と書く。曲線の長さと距離も単位円板の場合と同様に定める。
ここで $\Omega$ を平面内の領域に限定していることが重要である。この定義では $\infty$ を含む Riemann 球面上の領域に Euclid 距離を無条件に用いない。球面上の双曲領域は座標または普遍被覆を用いて扱えるが、後述の境界距離評価は $\Omega\subset\mathbb C$ という平面領域に対する主張である。
Euclid 計量では円板の境界まで有限距離しかないが、双曲密度 $1/(1-|z|^2)$ は $|z|\to1$ で発散する。そのため、円板内から境界へ近づく曲線の双曲長は無限大になる。円板の正則自己同型は Euclid 的には点ごとに拡大率が異なるが、この密度を掛けるとちょうど相殺され、長さを保つ。単連結な真の平面領域では Riemann の写像定理により円板へ移して同じ幾何を導入できる。したがって双曲計量は、領域の形ではなく等角構造そのものが決める内在的な計量である。
$a\in\mathbb D$ に対し
$$
T_a(z):=\frac{z-a}{1-\overline a z}
$$
とおく。このとき $T_a$ は $a$ を $0$ へ写す $\mathbb D$ の双正則自己写像であり、
$$
\lambda_{\mathbb D}(T_a(z))|T_a'(z)|
=\lambda_{\mathbb D}(z)
$$
が成り立つ。したがって $T_a$ は双曲長と双曲距離を保つ。
直接計算すると
$$
T_a'(z)=\frac{1-|a|^2}{(1-\overline a z)^2},
\qquad
1-|T_a(z)|^2
=\frac{(1-|a|^2)(1-|z|^2)}{|1-\overline a z|^2}.
$$
よって
$$
\frac{|T_a'(z)|}{1-|T_a(z)|^2}
=\frac{1}{1-|z|^2}.
$$
また逆写像は $T_{-a}(w)=(w+a)/(1+\overline a w)$ であり、同じ恒等式から円板を円板へ写す。曲線 $\gamma$ について連鎖律を用いれば
$$
L_{\mathbb D}(T_a\circ\gamma)
=\int\lambda_{\mathbb D}(T_a(\gamma))|T_a'(\gamma)||\gamma'|\,dt
=L_{\mathbb D}(\gamma)
$$
である。逆写像にも同じことを適用すると、曲線長の下限で定めた距離も保たれる。
上で定めた $\lambda_\Omega$ は、双正則写像 $\phi\colon\Omega\to\mathbb D$ の選び方によらない。また、単連結な真の平面領域の間の双正則写像 $h\colon\Omega\to\Omega'$ は
$$
\lambda_{\Omega'}(h(z))|h'(z)|=\lambda_\Omega(z)
$$
を満たす。
$\phi,\psi\colon\Omega\to\mathbb D$ を二つの双正則写像とする。$A:=\psi\circ\phi^{-1}$ は円板自己同型である。円板自己同型は、ある $a\in\mathbb D$ と $|\eta|=1$ により $A=\eta T_a$ と書ける(Ahl79 Chapter 4 §3)。回転 $z\mapsto\eta z$ も密度を保ち、先ほどの円板自己同型の不変性と連鎖律から
$$
\frac{|\psi'(z)|}{1-|\psi(z)|^2}
=\frac{|A'(\phi(z))||\phi'(z)|}{1-|A(\phi(z))|^2}
=\frac{|\phi'(z)|}{1-|\phi(z)|^2}
$$
を得る。後半は、$\phi'\colon\Omega'\to\mathbb D$ を Riemann 写像とすれば $\phi'\circ h$ が $\Omega$ の Riemann 写像なので、同じ定義を比較して従う。
正則写像 $f\colon\mathbb D\to\mathbb D$ は
$$
\frac{|f'(z)|}{1-|f(z)|^2}
\leq
\frac{1}{1-|z|^2}
$$
を満たす。すなわち、正則写像は双曲長と双曲距離を増加させない。ある一点で等号が成り立ち、かつそこで $f'(z)\neq0$ なら、$f$ は円板自己同型である。
$z\in\mathbb D$ を固定し、
$$
F:=T_{f(z)}\circ f\circ T_z^{-1}
$$
とおくと $F\colon\mathbb D\to\mathbb D$ は正則で $F(0)=0$ である。Schwarzの補題 より $|F'(0)|\leq1$ である。円板自己同型の不変性の計算と連鎖律を用いると、この不等式は
$$
\frac{|f'(z)|(1-|z|^2)}{1-|f(z)|^2}\leq1
$$
に等しい。曲線に沿ってこの点ごとの不等式を積分すれば $L_{\mathbb D}(f\circ\gamma)\leq L_{\mathbb D}(\gamma)$ となり、下限を取れば距離の縮小性を得る。等号の場合は Schwarz の補題の等号条件から $F$ が回転であり、したがって $f$ は円板自己同型である。
$U\subset\Omega$ を空でない単連結な真の平面領域とする。このとき
$$
\lambda_\Omega(z)\leq\lambda_U(z)
\qquad(z\in U)
$$
である。
包含写像 $i\colon U\hookrightarrow\Omega$ は正則である。両領域を Riemann 写像で円板へ移し、Schwarz–Pick の補題を合成写像に適用すると
$\lambda_\Omega(i(z))|i'(z)|\leq\lambda_U(z)$ を得る。$i'(z)=1$ だから主張が従う。
$z,w\in\mathbb D$ に対し
$$
\rho(z,w):=\left|\frac{z-w}{1-\overline z w}\right|
$$
とおく。このとき
$$
d_{\mathbb D}(z,w)
=\operatorname{artanh}\rho(z,w)
=\frac12\log\frac{1+\rho(z,w)}{1-\rho(z,w)}.
$$
最短曲線は、$z,w$ を通り単位円と直交する円弧、またはその退化した場合である直径上の線分である。
円板自己同型 $T_z$ は距離を保つので、$z=0$、$w=r\in[0,1)$ の場合を示せばよい。任意の区分的 $C^1$ 曲線 $\gamma$ が $0$ から $r$ へ至るとし、$s(t):=|\gamma(t)|$ とおく。ほとんど至る所で $|s'(t)|\leq|\gamma'(t)|$ だから
$$
L_{\mathbb D}(\gamma)
\geq\int_a^b\frac{|s'(t)|}{1-s(t)^2}\,dt
\geq\left|\int_a^b\frac{s'(t)}{1-s(t)^2}\,dt\right|
=\operatorname{artanh}r.
$$
一方、径方向の線分 $\gamma_0(t)=tr$($0\leq t\leq1$)は
$$
L_{\mathbb D}(\gamma_0)=\int_0^1\frac{r}{1-r^2t^2}\,dt
=\operatorname{artanh}r
$$
を満たすので下限を達成する。一般の $z,w$ では $|T_z(w)|=\rho(z,w)$ だから距離公式を得る。等号を達成するには上の二つの不等式が等号でなければならず、像曲線は角方向へ動かず半径方向へ単調に進む。これを円板自己同型で戻すと、直径は単位円と直交する円または直線へ移るので、述べた測地線を得る。
$\mathbb H:=\{z\in\mathbb C\mid\operatorname{Im}z>0\}$ とする。Cayley変換
$$
C(z)=\frac{z-i}{z+i}
$$
は $\mathbb H$ を $\mathbb D$ へ双正則に写す。定義へ代入すると
$$
\lambda_{\mathbb H}(z)=\frac{1}{2\operatorname{Im}z}.
$$
係数 $2$ を付ける曲率 $-1$ の正規化では、よく知られた $|dz|/\operatorname{Im}z$ になる。
$S:=\{z=x+iy\mid0< y<\pi\}$ とする。$e^z$ は $S$ を $\mathbb H$ へ双正則に写すので、
$$
\lambda_S(x+iy)
=\lambda_{\mathbb H}(e^{x+iy})|e^{x+iy}|
=\frac{1}{2\sin y}.
$$
密度は帯の中央 $y=\pi/2$ で最小となり、どちらの境界へ近づいても発散する。
$0< r<1$ に対し
$$
d_{\mathbb D}(0,r)=\operatorname{artanh}r
=\frac12\log\frac{1+r}{1-r}.
$$
したがって $r\to1$ で距離は無限大へ発散する。Euclid 距離では $0$ から境界まで $1$ であるのに、双曲計量では境界は無限遠にある。
$\Omega\subsetneq\mathbb C$ を空でない単連結領域とし、
$$
\delta_\Omega(z):=\operatorname{dist}(z,\mathbb C\setminus\Omega)
$$
とおく。このとき
$$
\frac{1}{4\delta_\Omega(z)}
\leq\lambda_\Omega(z)
\leq\frac{1}{\delta_\Omega(z)}.
$$
この主張は平面内の Euclid 境界距離についての評価であり、$\infty$ を含む球面領域へ同じ式をそのまま適用してはならない。
$\delta:=\delta_\Omega(z)$ とする。$B(z,\delta)\subset\Omega$ であり、包含に関する単調性から
$$
\lambda_\Omega(z)\leq\lambda_{B(z,\delta)}(z)=\frac1\delta
$$
を得る。
逆向きには、$F\colon\mathbb D\to\Omega$ を $F(0)=z$ とする Riemann 写像とする。定義より $\lambda_\Omega(z)=1/|F'(0)|$ である。正規化した関数
$$
G(\zeta):=\frac{F(\zeta)-z}{F'(0)}
$$
へ Koebeの1/4定理 を適用すると、$F(\mathbb D)=\Omega$ は $z$ を中心とする半径 $|F'(0)|/4$ の円板を含む。したがって $\delta\geq|F'(0)|/4$、すなわち $\lambda_\Omega(z)=1/|F'(0)|\geq1/(4\delta)$ である。
$\mathbb C$ は $\mathbb D$ と双正則ではない。さらに、すべての双正則自己写像で不変な正の密度 $\lambda_{\mathbb C}$ があると仮定すると、拡大写像 $h_a(z)=az$($a\neq0$)から
$$
\lambda_{\mathbb C}(0)|a|=\lambda_{\mathbb C}(0)
$$
を得る。$|a|\neq1$ とすれば正値性に矛盾する。これは「真の領域」という仮定を外すと双曲計量の結論が破れることを示す。
穿孔円板 $\mathbb D\setminus\{0\}$ は単連結でないため、一枚の Riemann 写像で円板から計量を移す本記事の定義は適用できない。しかし、普遍被覆 $\mathbb D\to\mathbb D\setminus\{0\}$ を用いれば Poincaré 計量を定められる。したがって穿孔円板は「双曲計量をもたない」反例ではなく、本記事の単連結な定義をそのまま使えない例である。
$f(z)=z^2$ は $\mathbb D$ の正則自己写像だが $f'(0)=0$ なので、$0$ で双曲長を厳密に縮める。よって不変性命題の「双正則写像」を単なる「正則写像」に弱めると等長性は破れる。一般の正則写像について正しい結論は、Schwarz–Pick の補題の非拡大性である。
まず円板自己同型の不変性を計算し、次に Schwarz–Pick の補題を「正則写像は双曲距離を縮める」という幾何学的主張として読むとよい。距離公式は自己同型で一方の点を原点へ移すことで一次元積分に帰着する。一般領域では Riemann 写像による定義の独立性を確認し、最後に Koebe の 1/4 定理から Euclid 境界距離との比較を導く。この流れにより、複素解析の三つの基本定理が、同じ内在的幾何の異なる側面としてつながる。
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