Mercerの定理(Mercer's theorem)とは、有界閉区間 $I$ 上の連続な核 $k(s,t)$ が正の型、すなわち積分作用素 $f\mapsto\int_Ik(\cdot,t)f(t)\,dt$ が正作用素であるとき、その正の固有値 $\mu_n$ と連続な正規直交固有関数 $\varphi_n$ によって $k(s,t)=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}$ が $I\times I$ の上で絶対かつ一様に成り立つという定理である。とくに $\int_Ik(s,s)\,ds=\sum_n\mu_n$ となる。正の型は、有限個の点で作った行列 $(k(s_i,s_j))$ がすべて半正定値であることと同値である。正の型を外すと、連続な核でも展開が対角線上で絶対収束しないことがある。
前提知識: コンパクト作用素, Hilbert–Schmidt作用素, Diniの定理
Mercerの定理(Mercer's theorem)は、有界閉区間の上の連続な核 $k(s,t)$ が「正の型」であるとき、それが積分作用素の固有値 $\mu_n$ と正規直交な固有関数 $\varphi_n$ によって
$$
k(s,t)=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}
$$
と展開され、右辺が正方形の上で絶対かつ一様に収束することを述べる定理である。正の型とは、積分作用素 $(Tf)(s)=\int k(s,t)f(t)\,dt$ が正作用素であること、言い換えると有限個の点で作った行列 $\bigl(k(s_i,s_j)\bigr)_{i,j}$ がすべて半正定値であることをいう。
行列 $A$ が Hermite で半正定値なら、固有値分解 $A=\sum_n\mu_nv_nv_n^{*}$ が成り立ち、対角成分は $\sum_n\mu_n|(v_n)_i|^2$ である。Mercer の定理は、この分解を連続な「行列」$k(s,t)$ に移したものにあたる。コンパクト自己共役作用素のスペクトル分解(コンパクト作用素 の定理「自己共役コンパクト作用素のスペクトル分解」)から、展開は $L^2$ の意味では一般の連続な核について成り立つ。正の型の仮定は、それを各点の等式と一様収束にまで強め、さらに跡の公式 $\int k(s,s)\,ds=\sum_n\mu_n$ を与える。J. Mercer は 1909 年にこの定理を証明した(Mer09 §29、p. 444)。この記事では、正の型の特徴づけ、積分作用素の性質、Mercer の定理と跡の公式を証明し、Brown 運動の共分散 $\min(s,t)$ の展開を例として計算する。
以下、$\mathbb K=\mathbb R$ または $\mathbb C$ とし、$I=[a,b]$($a< b$)を有界閉区間、$L^2(I)$ を Lebesgue 測度についての 2 乗可積分関数の空間とする。内積は $\langle f,g\rangle=\int_If\,\overline g$(第 1 変数について線形)、ノルムは $\|f\|=\langle f,f\rangle^{1/2}$ である。
連続関数 $k\colon I\times I\to\mathbb K$ が $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$($\mathbb K=\mathbb R$ なら対称)を満たし、すべての $f\in L^2(I)$ について
$$
\int_I\int_Ik(s,t)f(t)\overline{f(s)}\,dt\,ds\ge0
$$
となるとき、$k$ を $I$ 上の正の型(positive type)の核という。
核から積分作用素 $T=T_k$ を $(Tf)(s):=\int_Ik(s,t)f(t)\,dt$ で定めると、左辺は $\langle Tf,f\rangle$ である。したがって正の型とは、$T$ が 正作用素 であることにほかならない。正定値核・正値核・半正定値核とも呼ばれる。Mercer の原論文は実数値の対称な核について、連続関数 $f$ で積分が $0$ 以上になることを正の型と呼んでいる(Mer09 §1、p. 416)。次の命題により、どちらの定義も同じである。
連続関数 $k\colon I\times I\to\mathbb K$ が $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ を満たすとする。次は同値である。
要点:3 は、点 $s_i$ に集中した山形の関数を 2 に入れて極限をとると得られる。逆に 3 から 2 は Riemann 和で、2 から 1 は連続関数の稠密性で得られる。
1 ⇒ 2 は明らかである。
2 ⇒ 3:同じ点が重なっているときは、等しい点の係数を足してまとめても左辺は変わらないので、$s_1,\dots,s_n$ は相異なるとしてよい。$\delta>0$ について、$J_i:=I\cap[s_i-\delta,s_i+\delta]$ の外で $0$、$J_i$ の上で $0$ 以上の連続関数 $\rho_i$ で $\int_I\rho_i=1$ となるものをとる($J_i$ は長さが正の区間なので、山形の関数を定数倍すればよい)。$f:=\sum_jc_j\rho_j$ は連続で、$$\int_I\int_Ik(s,t)f(t)\overline{f(s)}\,dt\,ds=\sum_{i,j}c_j\overline{c_i}\int_I\int_Ik(s,t)\rho_j(t)\rho_i(s)\,dt\,ds$$ である。右辺の各積分は、$J_i\times J_j$ の上の $k$ を重み $\rho_i(s)\rho_j(t)$(積分は $1$)で平均したものなので、$k$ の一様連続性により $\delta\to0$ で $k(s_i,s_j)$ に近づく。左辺は $0$ 以上なので、極限も $0$ 以上である。
3 ⇒ 2:$f$ を連続とし、$\Delta:=(b-a)/n$、$t_i:=a+i\Delta$ とする。3 を $c_j:=f(t_j)\Delta$ に当てると $\sum_{i,j=1}^nk(t_i,t_j)f(t_j)\overline{f(t_i)}\Delta^2\ge0$ である。左辺は連続関数 $k(s,t)f(t)\overline{f(s)}$ の $I\times I$ 上の Riemann 和なので、$n\to\infty$ で 2 の積分に収束する。
2 ⇒ 1:$f\in L^2(I)$ とする。$f$ を $I$ の外で $0$ として $\mathbb R$ に延ばし、台がコンパクトな連続関数で $L^2(\mathbb R)$ の意味で近似して $I$ に制限すると(Bre11 Theorem 4.12、p. 97)、$L^2(I)$ で $f$ に収束する連続関数の列 $f_m$ が得られる。下の lem-mer-operator の 1 により $T$ は有界なので、$\langle Tf_m,f_m\rangle\to\langle Tf,f\rangle$ であり、2 から $\langle Tf,f\rangle\ge0$ を得る。$\square$
3 の条件は Mercer の論文では行列式(主小行列式)が $0$ 以上という形で述べられている(Mer09 §10、pp. 425–426)。この特徴づけから、正の型の核の和と正の数倍、および正の型の核の列が連続な核に各点収束するときの極限は、また正の型である。$k(s,t)=u(s)\overline{u(t)}$($u$ は連続)は $\sum_{i,j}u(s_i)\overline{u(s_j)}c_j\overline{c_i}=\bigl|\sum_iu(s_i)\overline{c_i}\bigr|^2\ge0$ なので正の型である。
$h$ が $I$ 上の正の型の核なら、すべての $s\in I$ について $h(s,s)\ge0$ である。
$h(s,s)=\overline{h(s,s)}$ なので $h(s,s)$ は実数である。$h(s_0,s_0)=-2c< 0$ となる $s_0$ があるとする。$h$ は連続なので、ある $\delta>0$ について、$J:=I\cap[s_0-\delta,s_0+\delta]$ とおくと $J\times J$ の上で $\operatorname{Re}h< -c$ である。$f:=\mathbf 1_J$ とすると、正の型の定義から $\int_J\int_Jh(s,t)\,dt\,ds\ge0$ だが、その実部は $-c|J|^2$ 以下で負であり、矛盾する($|J|>0$ は $J$ の長さ)。$\square$
prop-mer-matrix の 3 を $n=1$ で使っても同じ結論が出る。この補題は、行列が半正定値なら対角成分が $0$ 以上であることの連続版であり、Mercer の定理の証明で、展開の部分和を引いた残りの核に当てて使う。
$M:=\max_{I\times I}|k|$ とおく。
$k\colon I\times I\to\mathbb K$ を連続で $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ を満たすものとし、$T=T_k$ とする。
1:Cauchy–Schwarz の不等式から $|(Tf)(s)|\le\bigl(\int_I|k(s,t)|^2dt\bigr)^{1/2}\|f\|\le M\sqrt{b-a}\,\|f\|$ であり、同様に
$$
\bigl|(Tf)(s)-(Tf)(s')\bigr|\le\sup_{t\in I}|k(s,t)-k(s',t)|\,\sqrt{b-a}\,\|f\|
$$
である。$k$ はコンパクト集合 $I\times I$ の上で一様連続なので、右辺は $s'\to s$ で $0$ に近づく。
2:$k$ は有界なので $k\in L^2(I\times I)$ であり、Hilbert–Schmidt作用素 の定理「積分作用素との一致」の 1 により $T$ は Hilbert–Schmidt 作用素、したがってコンパクトである。同じ記事の定理の直後の注意により、$k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ から $T$ は自己共役である。
3:$\mu\varphi=T\varphi$ の右辺は 1 により連続である。
4:$T\varphi=\mu\varphi$、$\varphi\ne0$ なら $\mu\|\varphi\|^2=\langle T\varphi,\varphi\rangle\ge0$ である。$\square$
以下、$0$ でない固有値を重複度だけ繰り返して $\mu_1,\mu_2,\dots$ と並べ、コンパクト作用素 の定理「自己共役コンパクト作用素のスペクトル分解」にしたがって、それぞれの固有空間の正規直交基底を並べた正規直交系 $(\varphi_n)$(高々可算)をとる。各 $\varphi_n$ は 3 の連続な代表で考える。同じ定理により
$$
L^2(I)=\ker T\oplus\overline{\operatorname{span}}\{\varphi_n\},\qquad Tf=\sum_n\mu_n\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n\quad(L^2\text{ で収束})
$$
であり、$(\varphi_n)$ が無限個なら $\mu_n\to0$ である。実の場合の同じ主張は Bre11 Theorem 6.11(p. 167)にもある。
$s\in I$ を固定し、$h_s(t):=\overline{k(s,t)}$ とおく。
1:$\langle h_s,\varphi_n\rangle=\overline{\int_Ik(s,t)\varphi_n(t)\,dt}=\overline{(T\varphi_n)(s)}=\overline{\mu_n\varphi_n(s)}$ であり、$\mu_n$ は自己共役作用素の固有値なので実数である。
2:$g\in\ker T$ なら、$Tg$ は連続で $L^2$ の元として $0$ なので恒等的に $0$ であり、$\langle h_s,g\rangle=\overline{(Tg)(s)}=0$ である。よって $h_s\in(\ker T)^\perp=\overline{\operatorname{span}}\{\varphi_n\}$ である。Hilbert空間 の記事の定理「完全正規直交系の特徴づけとParsevalの等式」を Hilbert 空間 $\overline{\operatorname{span}}\{\varphi_n\}$ に当てると、1 から展開と等式 $\sum_n|\langle h_s,\varphi_n\rangle|^2=\|h_s\|^2$ を得る。最後の不等式は $\|h_s\|^2=\int_I|k(s,t)|^2dt\le M^2(b-a)$ による。$\square$
2 の展開の複素共役をとると、$t$ の関数として $k(s,t)=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}$ が $L^2$ の意味で成り立つ。Mercer の定理は、正の型の仮定のもとでこれを各点の一様収束に強める。
その前に、核そのものでなく作用素の像の展開は、正の型を仮定しなくても一様に収束する。
$k$ を lem-mer-operator の仮定を満たす核とする。すべての $f\in L^2(I)$ について
$$
(Tf)(s)=\sum_n\mu_n\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n(s)
$$
が成り立ち、右辺は $s\in I$ について絶対かつ一様に収束する。
Cauchy–Schwarz の不等式と lem-mer-section の 2 から、$N\ge1$ と $s\in I$ について
$$
\sum_{n>N}|\mu_n\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n(s)|\le\Bigl(\sum_{n>N}|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\Bigr)^{1/2}\Bigl(\sum_n\mu_n^2|\varphi_n(s)|^2\Bigr)^{1/2}\le\Bigl(\sum_{n>N}|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\Bigr)^{1/2}M\sqrt{b-a}
$$
である。Bessel の不等式により $\sum_n|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\le\|f\|^2$ なので、右辺は $s$ によらずに $0$ に近づく。よって級数は絶対かつ一様に収束し、和は連続関数である。一方、スペクトル分解により級数は $L^2$ の意味で $Tf$ に収束する。一様収束する列は $L^2(I)$ でも同じ極限に収束するので、2 つの極限はほとんどいたるところ等しい。どちらも連続なので、すべての点で等しい。$\square$
この命題は、積分方程式の理論で Hilbert–Schmidt の展開定理と呼ばれてきたものの一つの形である。$f$ を動かしても一様収束の速さは $\bigl(\sum_{n>N}|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\bigr)^{1/2}$ だけで決まる。核そのものの展開では、$f$ にあたるものが lem-mer-section の $h_s$ になり、$s$ ごとに変わるので、この議論だけでは $s$ と $t$ の両方について一様な評価が得られない。そこを正の型の仮定で補うのが Mercer の定理である。
$k$ を $I=[a,b]$ 上の正の型の核とし、$\mu_n>0$ を積分作用素 $T_k$ の $0$ でない固有値(重複度だけ繰り返す)、$\varphi_n$ を上のようにとった連続な正規直交固有関数とする。このとき、すべての $s,t\in I$ について
$$
k(s,t)=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}
$$
であり、右辺は $I\times I$ の上で絶対かつ一様に収束する。
固有値が有限個なら、級数は有限和であり、下の段 3 の議論で等式が得られる。以下では無限個とする。lem-mer-operator の 4 により、$0$ でない固有値はすべて正である。
段 1(残りの核も正の型):$N\ge1$ について
$$
k_N(s,t):=k(s,t)-\sum_{n\le N}\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}
$$
とおく。$\varphi_n$ は連続なので $k_N$ は連続で、$k_N(t,s)=\overline{k_N(s,t)}$ を満たす。$\int_I\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}f(t)\,dt=\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n(s)$ なので、$T_{k_N}f=Tf-\sum_{n\le N}\mu_n\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n$ であり、スペクトル分解から
$$
\langle T_{k_N}f,f\rangle=\sum_{n>N}\mu_n|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\ge0
$$
である。よって $k_N$ は正の型である。
段 2(対角成分の評価):lem-mer-diagonal を $k_N$ に当てると、すべての $s\in I$ で
$$
\sum_{n\le N}\mu_n|\varphi_n(s)|^2\le k(s,s)\le M
$$
である。$N$ は任意なので、$\sum_n\mu_n|\varphi_n(s)|^2$ は各 $s$ で収束し、和は $k(s,s)$ 以下である。
段 3(各点での等式):$s$ を固定する。Cauchy–Schwarz の不等式と段 2 から、$t\in I$ について
$$
\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(s)|\,|\varphi_n(t)|\le\Bigl(\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(s)|^2\Bigr)^{1/2}\Bigl(\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(t)|^2\Bigr)^{1/2}\le\Bigl(\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(s)|^2\Bigr)^{1/2}M^{1/2}
$$
であり、右辺は $t$ によらずに $0$ に近づく。よって $t\mapsto\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}$ は絶対かつ一様に収束し、和は連続関数である。一方、lem-mer-section の 2 の複素共役により、同じ級数は $L^2$ の意味で $k(s,\cdot)$ に収束する。prf-mer-image の最後と同じく、連続な 2 つの極限はほとんどいたるところ等しいので、すべての $t$ で等しい。とくに $t=s$ として
$$
k(s,s)=\sum_n\mu_n|\varphi_n(s)|^2\qquad(s\in I)
$$
を得る。
段 4(対角線上の一様収束):$F_N(s):=\sum_{n\le N}\mu_n|\varphi_n(s)|^2$ は連続で、$N$ について単調に増え、段 3 により連続関数 $k(s,s)$ に各点収束する。$I$ はコンパクトなので、Diniの定理 の定理「Diniの定理」により一様収束する。すなわち $\varepsilon_N:=\sup_{s\in I}\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(s)|^2\to0$ である。
段 5(正方形の上の一様収束):段 3 の最初の不等式から、すべての $s,t\in I$ について
$$
\sum_{n>N}\mu_n|\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}|\le\varepsilon_N^{1/2}\varepsilon_N^{1/2}=\varepsilon_N\to0
$$
である。よって級数は $I\times I$ の上で絶対かつ一様に収束し、段 3 により和は $k(s,t)$ である。$\square$
段 1・段 2 で使ったのは「正の型の核から有限個の項を引いた残りもまた正の型である」ことで、行列の固有値分解で最大の固有値の項から順に引いていくときに残りが半正定値のままであることに対応する。Mercer の原論文の証明は、Fredholm の理論による解核(レゾルベント核)$K_\lambda(s,t)$ を $\lambda\to-\infty$ で調べるもので、構成が異なる(Mer09 §§25–29、pp. 440–444)。同じ箇所で、展開の各点収束を Diniの定理 で一様収束に強める段は共通である。
thm-mer-main の仮定のもとで、次が成り立つ。
1:対角線上の級数 $k(s,s)=\sum_n\mu_n|\varphi_n(s)|^2$ は一様収束するので項別に積分でき、$\int_I|\varphi_n|^2=1$ から結論を得る。2 は prf-mer-main の段 5 である。$\square$
1 は Mercer の論文の式 (29) の $\lambda=0$ の場合にあたる(Mer09 §30、p. 445)。行列の跡が固有値の和に等しいことの連続版であり、$\sum_n\mu_n<\infty$ は $T_k$ が跡類作用素であることを意味する。一方、固有値の 2 乗和については、正の型を仮定しなくても $\sum_n\mu_n^2=\int_I\int_I|k|^2$ である(Hilbert–Schmidt作用素 の定理「積分作用素との一致」の 1 と系「自己共役な場合の固有値による判定」)。$\sum_n\mu_n<\infty$ は $\sum_n\mu_n^2<\infty$ より強く、正の型であることがこの差を生んでいる。
$k\colon I\times I\to\mathbb K$ を連続で $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ を満たすものとし、$T_k$ の負の固有値は(重複度を込めて)有限個しかないとする。このとき、$0$ でない固有値 $\mu_n$ と連続な正規直交固有関数 $\varphi_n$ について、$k(s,t)=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}$ が $I\times I$ の上で絶対かつ一様に収束する。正の固有値が有限個の場合も同じである。
負の固有値の項の和 $k_-(s,t):=\sum_{\mu_n< 0}\mu_n\varphi_n(s)\overline{\varphi_n(t)}$ は有限和なので連続で、$k':=k-k_-$ も連続である。prf-mer-main の段 1 と同じ計算で $\langle T_{k'}f,f\rangle=\sum_{\mu_n>0}\mu_n|\langle f,\varphi_n\rangle|^2\ge0$ なので $k'$ は正の型であり、$T_{k'}f=\sum_{\mu_n>0}\mu_n\langle f,\varphi_n\rangle\varphi_n$ から、$T_{k'}$ の $0$ でない固有値と固有空間は $T_k$ の正の固有値とその固有空間である。$k'$ に thm-mer-main を当て、有限和 $k_-$ を足せばよい。正の固有値が有限個なら $-k$ に当てる。$\square$
この系は Mercer の論文の最後に注意として述べられている(Mer09 §31、p. 446)。$k$ が負の型($-k$ が正の型)のときも、$-k$ に thm-mer-main を当てれば同じ展開が得られる。
区間 $I$ の代わりに、コンパクトな距離空間 $X$ と、空でないすべての開集合に正の測度を与える有限な Borel 測度 $\nu$ をとっても、同じ証明が通る。使ったのは、核の一様連続性(lem-mer-operator の 1)、点の小さな近傍が正の測度をもつこと(lem-mer-diagonal)、ほとんどいたるところ等しい連続関数は等しいこと(prf-mer-main の段 3)、$X$ のコンパクト性(段 4 の Dini の定理)だけだからである。
$I=[0,2\pi]$、$k(s,t)=\cos(s-t)=\cos s\cos t+\sin s\sin t$ とする。$f\in L^2(I)$ について
$$
\int_I\int_Ik(s,t)f(t)\overline{f(s)}\,dt\,ds=\Bigl|\int_I\cos t\,f(t)\,dt\Bigr|^2+\Bigl|\int_I\sin t\,f(t)\,dt\Bigr|^2\ge0
$$
なので、$k$ は正の型である。$\varphi_1(s)=\cos s/\sqrt\pi$、$\varphi_2(s)=\sin s/\sqrt\pi$ は正規直交で、$T\varphi_i=\pi\varphi_i$、$\{\varphi_1,\varphi_2\}^\perp$ の上で $T=0$ である。Mercer の展開は有限和 $k(s,t)=\pi\varphi_1(s)\varphi_1(t)+\pi\varphi_2(s)\varphi_2(t)$ で、跡の公式は $\int_0^{2\pi}k(s,s)\,ds=2\pi=\pi+\pi$ となる。
$I=[0,1]$、$k(s,t)=\min(s,t)$ とする。$T$ の $0$ でない固有値と正規直交固有関数は
$$
\mu_n=\frac1{(n-\frac12)^2\pi^2},\qquad\varphi_n(s)=\sqrt2\,\sin\Bigl(\bigl(n-\tfrac12\bigr)\pi s\Bigr)\qquad(n=1,2,\dots)
$$
であり、各固有値の重複度は $1$ である。したがって Mercer の定理により
$$
\min(s,t)=\sum_{n=1}^\infty\frac{2\sin\bigl((n-\frac12)\pi s\bigr)\sin\bigl((n-\frac12)\pi t\bigr)}{(n-\frac12)^2\pi^2}
$$
が $[0,1]^2$ の上で絶対かつ一様に成り立つ。
正の型:$\min(s,t)=\int_0^1\mathbf 1_{[0,s]}(u)\mathbf 1_{[0,t]}(u)\,du$ なので、Fubiniの定理 により $\int_0^1\int_0^1\min(s,t)f(t)\overline{f(s)}\,dt\,ds=\int_0^1\bigl|\int_u^1f(t)\,dt\bigr|^2du\ge0$ である。
固有関数:$\mu>0$、$\varphi$ を連続とし、$L(s):=\int_0^1\min(s,t)\varphi(t)\,dt=\int_0^st\varphi(t)\,dt+s\int_s^1\varphi(t)\,dt$ とおく。$L'(s)=s\varphi(s)+\int_s^1\varphi-s\varphi(s)=\int_s^1\varphi$、$L''=-\varphi$、$L(0)=0$、$L'(1)=0$ である。$L=\mu\varphi$ なら $\varphi$ は $C^2$ 級で $\mu\varphi''=-\varphi$、$\varphi(0)=0$、$\varphi'(1)=0$ を満たす。$\omega:=\mu^{-1/2}$ とおくと $\varphi=c\sin\omega s$ で、$\varphi'(1)=c\omega\cos\omega=0$ から $\omega=(n-\frac12)\pi$($n\ge1$)である。逆にこの $\varphi$ について、$w:=L-\mu\varphi$ は $w''=-\varphi+\varphi=0$、$w(0)=0$、$w'(1)=0$ を満たすので $w=0$ であり、$\varphi$ は固有関数である。解は定数倍を除いて 1 つなので重複度は $1$ で、$\int_0^1\sin^2\omega s\,ds=\frac12-\frac{\sin2\omega}{4\omega}=\frac12$($\sin2\omega=\sin(2n-1)\pi=0$)から正規化の定数 $\sqrt2$ を得る。
対角線 $s=t$ では $s=\sum_n2\sin^2\bigl((n-\frac12)\pi s\bigr)/\bigl((n-\frac12)^2\pi^2\bigr)$ となる。跡の公式(cor-mer-trace の 1)は
$$
\frac12=\int_0^1s\,ds=\sum_{n=1}^\infty\frac{4}{(2n-1)^2\pi^2},\qquad\text{すなわち}\qquad\sum_{n=1}^\infty\frac1{(2n-1)^2}=\frac{\pi^2}8
$$
を与える。
Brown運動 $(B_t)_{0\le t\le1}$ の共分散は $E[B_sB_t]=\min(s,t)$ である。独立な標準正規分布の確率変数 $Z_1,Z_2,\dots$ をとり $X_t:=\sum_n\sqrt{\mu_n}\,Z_n\varphi_n(t)$ とおくと、$\sum_n\mu_n\varphi_n(t)^2=t<\infty$ なので級数は各 $t$ で 2 乗平均収束し、$E[X_sX_t]=\sum_n\mu_n\varphi_n(s)\varphi_n(t)=\min(s,t)$ となる。共分散の核の固有関数による確率過程のこの展開は Karhunen–Loève 展開と呼ばれ、Mercer の定理がその土台になる。Brown運動 の記事の構成は、同じ $\min(s,t)$ を Schauder 関数の積の和として書く別の展開を使っている。
thm-mer-main の条件を 1 つずつ外すと、結論の一部が成り立たなくなる。各行は左の列の条件だけを破っている。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 核の連続性 | $I=[0,1]$、対角線上で $k(s,s)=1$、それ以外で $k(s,t)=0$ | 対角線上での等式 |
| 正の型 | $I=[-\pi,\pi]$、$k(s,t)=g(s-t)$($g$ は下の確かめの連続関数) | 対角線上での絶対収束 |
| 区間が有界 | $I=\mathbb R$、$k(s,t)=\sum_{j\in\mathbb Z}\psi(s-j)\psi(t-j)$ | 固有空間が有限次元であること、一様収束 |
1 行目では $T=0$ なので級数は空で $0$ だが、$k(s,s)=1$ である。2 行目では $\sum_n|\mu_n||\varphi_n(s)|^2=\infty$ がすべての $s$ で成り立つ。3 行目では $T$ は直交射影で、固有値 $1$ の固有空間が無限次元になる。
1 行目:$k$ は $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ を満たし、ほとんどいたるところ $0$ なので、$T=0$ で $\int\int kf\overline f=0\ge0$ である。破れているのは連続性だけである。
2 行目:一様有界性原理 の定理「$0$ で Fourier 級数が発散する連続関数の存在」により、$2\pi$ 周期の連続関数 $f$ で $\sup_N|s_N(f;0)|=\infty$ となるものがある。$|s_N(f;0)|\le\sum_m|\hat f(m)|$ なので $\sum_m|\hat f(m)|=\infty$ である。$g_1(x):=\frac12\bigl(f(x)+\overline{f(-x)}\bigr)$、$g_2(x):=\frac1{2i}\bigl(f(x)-\overline{f(-x)}\bigr)$ とおくと、$\overline{f(-x)}$ の Fourier 係数は $\overline{\hat f(m)}$ なので $\hat g_1(m)=\operatorname{Re}\hat f(m)$、$\hat g_2(m)=\operatorname{Im}\hat f(m)$ であり、$|\hat f|\le|\hat g_1|+|\hat g_2|$ から、どちらかの $g=g_i$ で $\sum_m|\hat g(m)|=\infty$ となる。$g$ は連続で $g(-x)=\overline{g(x)}$ を満たすので、$k(s,t)=g(s-t)$ は連続で $k(t,s)=\overline{k(s,t)}$ である。$e_m(s):=e^{ims}/\sqrt{2\pi}$($m\in\mathbb Z$)は $L^2(I)$ の正規直交基底で、周期性から $Te_m=2\pi\hat g(m)e_m$ である。よって $0$ でない固有値 $\mu$ の固有空間は、$2\pi\hat g(m)=\mu$ となる $e_m$ で張られる($\hat g(m)\to0$ なので、そのような $m$ は有限個である)。その正規直交基底を取り替えても、基底の変換はユニタリ行列なので、$s$ での値のベクトルの長さの 2 乗 $\sum|\varphi(s)|^2$ は変わらない。したがって $\sum_n|\mu_n||\varphi_n(s)|^2=\sum_m2\pi|\hat g(m)|\cdot\frac1{2\pi}=\sum_m|\hat g(m)|=\infty$ である。$k$ が正の型なら thm-mer-main によりこの和は有限になるので、$k$ は正の型でない。ほかの条件は満たされている。
3 行目:$\psi(x):=\sqrt2\sin\pi x$($0\le x\le1$)、それ以外で $\psi(x):=0$ とおく。$\psi$ は連続で $\int\psi^2=1$ であり、$\psi_j:=\psi(\cdot-j)$ の台は端点でしか重ならないので $(\psi_j)_{j\in\mathbb Z}$ は $L^2(\mathbb R)$ の正規直交系である。$k$ は各点の近くで有限和なので連続で、対称である。$(Tf)(s)=\sum_j\langle f,\psi_j\rangle\psi_j(s)$ なので $T$ は $\overline{\operatorname{span}}\{\psi_j\}$ への直交射影であり、$\langle Tf,f\rangle=\sum_j|\langle f,\psi_j\rangle|^2\ge0$ である。固有値 $1$ の固有空間はすべての $\psi_j$ を含むので無限次元で、$T$ はコンパクトでない。固有関数 $\psi_j$ をどの順に並べても、有限個の項の和には入らない $j$ があり、$s=j+\frac12$ で残りの和は $\psi_j(s)^2=2$ 以上なので、一様収束しない。$\int_{\mathbb R}k(s,s)\,ds=\infty$ でもある。
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