調和解析(harmonic analysis)とは、関数を $e^{inx}$ や $e^{2\pi ix\xi}$ のような群の指標(平行移動に対して定数倍しか変わらない関数)の重ね合わせに分解し、その分解を通して関数と作用素を調べる解析学の分野である。Fourier 級数・Fourier 変換による分解と反転、級数や積分の収束、乗数作用素・特異積分作用素の $L^p$ 評価、一般の局所コンパクト群やコンパクト群の上での理論が主な内容である。有限アーベル群の上では、平行移動と交換する線形写像は畳み込みであり、指標の基底で対角化される。数論・偏微分方程式・確率論・信号処理に広く使われる。
調和解析(harmonic analysis)は、関数を「基本の波」の重ね合わせに分解し、その分解を通して関数と作用素を調べる解析学の分野である。基本の波とは、周期関数なら $e^{inx}$、実数直線上なら $e^{2\pi ix\xi}$ のような、平行移動に対して定数倍しか変わらない関数のことで、群の言葉では指標と呼ばれる。分解の方法(Fourier 級数・Fourier 変換)、分解した級数や積分の収束、分解の側で簡単になる作用素の評価、そして一般の群の上での同じ理論が、分野の主な内容である。
この記事では、まず調和解析の基本の言葉(指標と Fourier 係数)を定義し、主な問いと代表的な定理を記事とともに一覧にする。続いて、分野の出発点にある事実「平行移動と交換する作用素は、指標によって対角化される」を有限アーベル群の上で完全に証明する。最後に、学ぶ順に記事を並べた道筋を示す。調和関数($\Delta u=0$ を満たす関数、調和関数)の理論は名前が近く、Poisson 積分などを通じて調和解析と深く結びつくが、この記事の主題は上の意味の分解の理論である。
可換な群 $G$ の演算を $+$ で書き、絶対値 $1$ の複素数のなす乗法群を $\mathbb T:=\{z\in\mathbb C\mid|z|=1\}$ とする。
可換な群 $G$ から $\mathbb T$ への準同型 $\chi$(すなわち $\chi(x+y)=\chi(x)\chi(y)$)を $G$ の指標という。$G$ が位相群のときは $\chi$ の連続性も課す。指標全体は各点ごとの積で群をなし、これを $G$ の双対群 $\widehat G$ という(Pontryagin双対)。$G$ 上の関数 $f$ と指標 $\chi$ に対し、$G$ の不変な測度(有限群なら点の個数で割った数え上げ測度、局所コンパクト群のユニタリ表現 の Haar 測度)による積分
$$
\widehat f(\chi):=\int_Gf(x)\,\overline{\chi(x)}\,dx
$$
を $f$ の $\chi$ における Fourier 係数(Fourier 変換)という。
調和解析とは、関数 $f$ を指標の重ね合わせ $f=\sum_\chi\widehat f(\chi)\chi$(あるいはその積分の形)で表すことと、それに関わる収束・評価・作用素を研究する分野である。
| 群 $G$ | 指標 | Fourier 係数 | 記事 |
|---|---|---|---|
| 円周 $\mathbb R/2\pi\mathbb Z$ | $x\mapsto e^{inx}$($n\in\mathbb Z$) | $\frac1{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}f(x)e^{-inx}\,dx$ | Fourier級数 |
| 実数 $\mathbb R^n$ | $x\mapsto e^{2\pi ix\cdot\xi}$($\xi\in\mathbb R^n$) | $\int f(x)e^{-2\pi ix\cdot\xi}\,dx$ | Fourier変換 |
| 巡回群 $\mathbb Z/N\mathbb Z$ | $x\mapsto e^{2\pi ikx/N}$($k\in\mathbb Z/N\mathbb Z$) | $\frac1N\sum_xf(x)e^{-2\pi ikx/N}$ | 離散Fourier変換と反転公式 |
| 整数 $\mathbb Z$ | $n\mapsto e^{in\theta}$($\theta\in\mathbb R/2\pi\mathbb Z$) | $\sum_nf(n)e^{-in\theta}$ | Plancherelの定理 |
円周・実数・整数の指標がこれで尽きることは Pontryagin双対 の定理「整数・円周・実数の双対群」にある。指標 $\chi$ は平行移動 $\tau_af(x):=f(x-a)$ について $\tau_a\chi=\overline{\chi(a)}\,\chi$ を満たす。すなわち指標は、すべての平行移動の共通の固有ベクトルである。調和解析の多くの議論は、この性質から始まる。
可換でない群では、指標の代わりに既約なユニタリ表現を使う(局所コンパクト群のユニタリ表現、表現論)。有限群やコンパクト群の上の理論は、指標の直交関係や Peter–Weyl の定理として整っている(指標(表現論)、コンパクト群)。
| 定理 | 主張の要点 | 記事 |
|---|---|---|
| Parseval の等式 | Riemann 積分可能な周期関数の Fourier 係数の 2 乗の和は、関数の 2 乗の平均に等しい | Parsevalの等式 |
| Fourier の反転公式・Plancherel の定理 | $f,\widehat f\in L^1$ なら $f$ は $\widehat f$ の逆向きの積分で戻る。Fourier 変換は $L^2(\mathbb R^n)$ のユニタリ作用素に延びる | Fourier変換、Plancherelの定理 |
| Pontryagin の双対定理 | コンパクトな可換群と離散的な可換群について、双対群の双対群は元の群と同型 | Pontryagin双対 |
| Fejér の定理 | Fourier 級数の部分和の平均は、連続関数に一様に、$L^p$ 関数($1\le p<\infty$)に $L^p$ で収束する | Fejérの定理 |
| Carleson の定理 | $L^2$ 関数の Fourier 級数はほとんど至るところ収束する | Carlesonの定理 |
| Poisson の和公式 | 整数点での値の和は、Fourier 変換の整数点での値の和に等しい | Poissonの和公式 |
| Calderón–Zygmund の定理 | 核が大きさの条件と Hörmander の条件を満たす $L^2$ 有界な特異積分作用素は、弱 $(1,1)$ 型で、$1< p<\infty$ で $L^p$ 有界 | 特異積分作用素 |
| Mikhlin の乗数定理 | 表象の微分が $\lvert\partial^\alpha m(\xi)\rvert\le B\lvert\xi\rvert^{-\lvert\alpha\rvert}$($\lvert\alpha\rvert\le n+1$)を満たせば、乗数作用素は $1< p<\infty$ で $L^p$ 有界 | Mikhlinの乗数定理 |
| Peter–Weyl の定理 | コンパクト群の有限次元既約ユニタリ表現の行列係数の線形包は $C(G)$ で一様稠密で、正規化した行列係数は $L^2(G)$ の正規直交基底をなす | コンパクト群 |
| 平行移動と交換する作用素 | 有限アーベル群の上で、平行移動と交換する線形写像は指標で対角化される | この記事 |
線形代数では、互いに交換する対角化可能な行列は同時に対角化できる。有限アーベル群の上の関数の空間では、すべての平行移動を同時に対角化するのが指標の基底であり、平行移動と交換する作用素はすべてこの基底で対角化される。この事実が、Fourier 変換が微分・畳み込み・平行移動と交換する作用素を「掛け算」に変える理由である。
以下、$G$ を有限アーベル群とし、$G$ 上の複素数値関数全体を $\mathbb C^G$ と書く。$\langle f,g\rangle:=\frac1{|G|}\sum_{x\in G}f(x)\overline{g(x)}$ とし、Fourier 係数は def-ha-character の測度(点の個数で割った数え上げ測度)で $\widehat f(\chi)=\langle f,\chi\rangle$ とする。指標の全体 $\widehat G$ は $\mathbb C^G$ の正規直交基底である(Plancherelの定理 の系「可換なコンパクト群」。有限群は離散位相でコンパクトであり、同じ記事の例「円周群と有限アーベル群」も見よ)。したがってすべての $f\in\mathbb C^G$ は
$$
f=\sum_{\chi\in\widehat G}\widehat f(\chi)\,\chi
$$
と展開できる。$f,k\in\mathbb C^G$ の畳み込みを $(f*k)(x):=\sum_{y\in G}f(y)\,k(x-y)$ で定め、$\delta_0$ を $0$ で値 $1$、ほかで $0$ の関数とする。
線形写像 $T\colon\mathbb C^G\to\mathbb C^G$ について、次の 3 条件は同値である。
1 ⇒ 2。 $k:=T\delta_0$ とおく。$f=\sum_yf(y)\tau_y\delta_0$($\tau_y\delta_0$ は $y$ で $1$、ほかで $0$)なので、線形性と 1 から $Tf=\sum_yf(y)\tau_yT\delta_0=\sum_yf(y)\tau_yk$、すなわち $Tf(x)=\sum_yf(y)k(x-y)=(f*k)(x)$ である。
2 ⇒ 3。 $\chi$ は準同型なので $\chi(x-y)=\chi(x)\overline{\chi(y)}$ である($|\chi(y)|=1$)。$y$ を $x-y$ に置き換えると
$$
(\chi*k)(x)=\sum_{y\in G}\chi(x-y)\,k(y)=\chi(x)\sum_{y\in G}k(y)\overline{\chi(y)}
$$
なので、$m(\chi):=\sum_yk(y)\overline{\chi(y)}$ について $T\chi=m(\chi)\chi$ である。$\chi(0)=1$ から $m(\chi)=(T\chi)(0)$ でもある。
3 ⇒ 1。 指標は $\tau_a\chi=\overline{\chi(a)}\chi$ を満たす。よって $T\tau_a\chi=\overline{\chi(a)}m(\chi)\chi=\tau_aT\chi$ であり、指標は $\mathbb C^G$ の基底なので、線形性から $T\tau_a=\tau_aT$ である。
展開。 $f=\sum_\chi\widehat f(\chi)\chi$ に $T$ を施すと 3 から $Tf=\sum_\chi m(\chi)\widehat f(\chi)\chi$ であり、展開の一意性から $\widehat{Tf}(\chi)=m(\chi)\widehat f(\chi)$ である。$T f=f*k$ のときこれは $\widehat{f*k}(\chi)=|G|\widehat k(\chi)\widehat f(\chi)$ を意味する。$\square$
$G=\mathbb Z/N\mathbb Z$ では、$\mathbb C^G$ を $\mathbb C^N$ と同一視すると、平行移動と交換する線形写像は巡回行列であり、指標 $x\mapsto e^{2\pi itx/N}$ がその共通の固有ベクトルになる。これは 離散Fourier変換と反転公式 の命題「巡回行列の固有ベクトル」の内容で、固有値の列が上の $m$ である。差分 $Tf(x):=f(x+1)-f(x)$ は $k=\delta_{-1}-\delta_0$ の畳み込みで、$m(\chi_t)=e^{2\pi it/N}-1$ である($\chi_t(x):=e^{2\pi itx/N}$)。
実数直線では、平行移動と交換する作用素の代表は微分 $\frac d{dx}$ と畳み込みである。指標 $e^{2\pi ix\xi}$ は $\frac d{dx}e^{2\pi ix\xi}=2\pi i\xi\,e^{2\pi ix\xi}$ を満たし、Fourier 変換は微分を $2\pi i\xi$ の掛け算に、畳み込みを積に変える(Fourier変換 の命題「畳み込み定理」)。有限群と違って無限次元なので、どの $m$ が $L^p$ の有界作用素を与えるかが本質的な問題になる。$L^2$ では $m$ の有界性で足りるが、$p\ne2$ では Mikhlinの乗数定理 のような $m$ の滑らかさの条件が要る。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $G$ の可換性 | 3 次対称群 $S_3$ | 指標が $\mathbb C^G$ の基底になること($S_3\to\mathbb T$ の準同型は 2 個しかなく、$\dim\mathbb C^{S_3}=6$) |
| $T$ の線形性 | $Tf:=\lvert f\rvert$(各点の絶対値) | 3(指標 $\chi\ne1$ について $T\chi=1$ は $\chi$ の定数倍でない) |
| 平行移動との交換(1) | $Tf:=\varphi f$($\varphi$ は定数でない関数) | 3($T\chi=\varphi\chi$ は $\chi$ の定数倍でない) |
1 行目では、$\mathbb T$ が可換なので、準同型 $S_3\to\mathbb T$ は交換子部分群($S_3$ では 3 次の交代群 $A_3$)の上で $1$ になり、$S_3/A_3\cong\mathbb Z/2\mathbb Z$ を経由する。そのような準同型は自明なものと符号の 2 個だけである。可換でない群では 1 次元の指標が足りず、高い次元の既約表現が必要になる(指標(表現論))。2・3 行目の $T$ は、それぞれ 1 つの条件だけを外しており、ほかの条件(3 行目では線形性、2 行目では平行移動との交換)は満たしている。
調和解析のもう一つの基本の現象は、関数とその Fourier 変換を同時に小さな集合に集中させることはできない、ということである。有限アーベル群では、これが台の大きさについての不等式として完全に言える。$f$ の台を $\operatorname{supp}f:=\{x\mid f(x)\ne0\}$ と書く。
$f\in\mathbb C^G$、$f\ne0$ なら $|\operatorname{supp}f|\cdot|\operatorname{supp}\widehat f|\ge|G|$ である。等号は $f=\delta_0$ で成り立つ。
$S:=\operatorname{supp}f$、$\widehat S:=\operatorname{supp}\widehat f$ とする。指標が正規直交基底であることから $\langle f,f\rangle=\sum_\chi|\widehat f(\chi)|^2$ である(Plancherelの定理 の系「可換なコンパクト群」)。各 $\chi$ で、$|\chi|=1$ と Cauchy–Schwarzの不等式 から
$$
|\widehat f(\chi)|\le\frac1{|G|}\sum_{x\in S}|f(x)|\le\frac1{|G|}|S|^{1/2}\Bigl(\sum_x|f(x)|^2\Bigr)^{1/2}=\Bigl(\frac{|S|}{|G|}\langle f,f\rangle\Bigr)^{1/2}
$$
である。よって $\langle f,f\rangle=\sum_{\chi\in\widehat S}|\widehat f(\chi)|^2\le|\widehat S|\cdot\frac{|S|}{|G|}\langle f,f\rangle$ であり、$\langle f,f\rangle>0$ で割ればよい。$f=\delta_0$ なら $|S|=1$、すべての $\chi$ で $\widehat f(\chi)=\frac1{|G|}$ なので $|\widehat S|=|G|$ である。$\square$
たとえば $G=\mathbb Z/N\mathbb Z$ で、$0$ でない $f$ が $s$ 個の点の外で $0$ なら、$\widehat f$ は少なくとも $N/s$ 個の点で $0$ でない。実数直線の上でも同じ種類の現象がある。$f\in L^1(\mathbb R)$ が有界区間の外で $0$ なら、$\widehat f(\xi)=\int f(x)e^{-2\pi ix\xi}\,dx$ は $\xi$ を複素数にしても積分記号の下で微分でき、整関数になる。$\widehat f$ もコンパクトな台をもつなら、この整関数は実軸の区間の上で $0$ なので 一致の定理 により恒等的に $0$ であり、Fourier 変換の単射性(Fourier変換 の定理「Fourier反転公式」)から $f=0$ である。
調和解析は、次の順に記事をたどると学べる。
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