標準予想

同義語:Grothendieckの標準予想standard conjectures

概要

標準予想(standard conjectures)とは、Grothendieck が定式化した、滑らかな射影多様体の代数的サイクルと Weil コホモロジーについての予想の総称である。対角線の Künneth 成分が代数的であるという Künneth 型($\mathrm{C}$)、Hard Lefschetz の逆写像を与える作用素 $\Lambda$ が代数的であるという Lefschetz 型($\mathrm{B}$)、原始的な代数的類の上の交点形式が正定値であるという Hodge 型、ホモロジー同値と数値的同値の一致($\mathrm{D}$)からなる。$\mathbb{C}$ 上では Hodge 型が成り立ち、$\mathrm{B}$ から $\mathrm{D}$ が従う。一般の場合は未解決で、純粋モチーフの理論の基礎をなす。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Weilコホモロジー, 代数的サイクル, Hard Lefschetz定理, モチーフ

標準予想(standard conjectures)は、Grothendieck が 1960 年代に Bombieri と独立に定式化した、滑らかな射影多様体の代数的サイクルと Weil コホモロジーについての一群の予想である(Gro69)。代表的なものは次の 4 つで、いずれも「コホモロジーの上の自然な操作や分解が、代数的サイクルから来る」こと、または「代数的サイクルの上の自然な形式が正定値である」ことを主張する。

  • Künneth 型(予想 C):対角線のコホモロジー類の Künneth 成分が代数的である。
  • Lefschetz 型(予想 B、同値な形で予想 A):Hard Lefschetz 定理の逆写像を与える作用素 $\Lambda$ が代数的である。
  • Hodge 型:原始的な代数的類の上で、交点数から作る形式が正定値である。
  • 予想 D:ホモロジー同値と数値的同値が一致する。
    Grothendieck の動機は Weil 予想であり、Lefschetz 型と Hodge 型から Riemann 予想の部分が形式的に従う(Gro69 p. 197)。Weil 予想そのものは Deligne が標準予想を経由せずに証明した(Weil予想)。標準予想は、純粋モチーフの圏(モチーフ)の構造とも結びついている(Gro69 p. 198)。一般の場合はいずれも未解決である。この記事では予想を予想ボックスで述べ、知られている結果は、記事内で証明するものと、所在を挙げて引用するものとを分けて書く。

設定

以下、$k$ を代数閉体、$H^*$ を係数体 $K$(標数 $0$)の Weil コホモロジー(Weilコホモロジー の定義「Weilコホモロジーの公理」)、$X$ を $k$ 上の $d$ 次元の連結で滑らかな射影多様体とする。$\operatorname{Tr}\colon H^{2d}(X)\to K$ をトレース写像、$\gamma_X$ をサイクル類写像とする。

  • 代数的な類:$Z^i(X)_{\mathbb{Q}}$ の元のサイクル類で張られる $H^{2i}(X)$ の $\mathbb{Q}$ 部分空間を $A^i(X)$ と書き、その元を代数的な類という。$z,w$ が相補的な余次元のサイクルなら $\deg(z\cdot w)=\operatorname{Tr}(\gamma_X(z)\gamma_X(w))$ である(Weilコホモロジー の命題「一点・0 次コホモロジー・次数・交叉積」)。
  • 代数的な作用素:$X\times X$ 上のサイクル $z\in Z^*(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ は、$\theta=\gamma_{X\times X}(z)$ を通じて $\theta^*(b)=p_{1*}(\theta\cdot p_2^*b)$ により $H^*(X)$ の $K$ 線型な自己準同型を定める(Weilコホモロジー の補題「対応の作用とグラフの類」)。こうして得られる作用素を代数的という。代数的な作用素の合成と $\mathbb{Q}$ 線型結合は代数的であり(対応の合成と両立する。Jan92 p. 450)、恒等写像(対角線の作用)も代数的である。代数的な作用素は代数的な類を代数的な類に写す:$\gamma(z)^*\gamma_X(w)=\gamma_X\bigl(p_{1*}(z\cdot p_2^*w)\bigr)$ は、サイクル類写像が引き戻し・押し出し・交叉積と両立すること(公理 4)から従う。
  • Lefschetz 作用素:$\xi:=\gamma_X([W])\in A^1(X)$ を超平面切断 $W$ の類とし、$L\colon H^i(X)\to H^{i+2}(X)$、$L(b)=\xi\cdot b$ とおく。$L$ は対角線への押し出し $\Delta_*[W]$ の作用で、代数的な作用素である(射影公式により $(\Delta_*\xi)^*b=p_{1*}\Delta_*(\xi\cdot\Delta^*p_2^*b)=\xi\cdot b$)。
  • Hard Lefschetz:すべての $i\le d$ について $L^{d-i}\colon H^i(X)\to H^{2d-i}(X)$ が同型であること。これは Weil コホモロジーの公理には含まれないが(Weilコホモロジー の注意「Lefschetz の定理は公理に含めない」)、$\mathbb{C}$ 上の Betti コホモロジーでは Hard Lefschetz定理 により、$\ell$ 進コホモロジーでは Deligne により成り立つ。以下、Lefschetz 型と Hodge 型の予想では Hard Lefschetz を仮定する。

Lefschetz 分解と作用素 $\Lambda$

Lefschetz 分解

Hard Lefschetz を仮定し、$i\le d$ について $P^i(X):=\ker\bigl(L^{d-i+1}\colon H^i(X)\to H^{2d-i+2}(X)\bigr)$(原始的な類)とおく。このとき各 $k$ について
$$ H^k(X)=\bigoplus_{j\ge\max(0,k-d)}L^jP^{k-2j}(X) $$
であり、各 $j$ で $L^j\colon P^{k-2j}(X)\to L^jP^{k-2j}(X)$ は同型である。

段 1.$i\le d$ について $H^i=P^i\oplus L(H^{i-2})$ を示す($H^{-1}=H^{-2}=0$)。$x\in H^i$ とする。$i-2\le d$ なので Hard Lefschetz により $L^{d-i+2}\colon H^{i-2}\to H^{2d-i+2}$ は同型で、$L^{d-i+1}x=L^{d-i+2}y$ となる $y\in H^{i-2}$ がある。すると $L^{d-i+1}(x-Ly)=0$、すなわち $x-Ly\in P^i$ である。また $Ly\in P^i$ なら $L^{d-i+2}y=0$ で、単射性から $y=0$ である。よって直和である。同じ単射性から $L\colon H^{i-2}\to H^i$ は単射である。
段 2.$k\le d$ のとき、段 1 を $H^k,H^{k-2},\dots$ に繰り返し使い、$L$ がこれらの次数で単射であることから、$H^k=\bigoplus_{j\ge0}L^jP^{k-2j}$ で $L^j$ は $P^{k-2j}$ の上で単射である。$k>d$ のとき、Hard Lefschetz により $L^{k-d}\colon H^{2d-k}\to H^k$ は同型なので、$k\le d$ の場合の分解 $H^{2d-k}=\bigoplus_{j\ge0}L^jP^{2d-k-2j}$ を $L^{k-d}$ で写して $H^k=\bigoplus_{j\ge k-d}L^jP^{k-2j}$ を得る。

分解の一意性により、次の $K$ 線型写像 $\Lambda\colon H^k(X)\to H^{k-2}(X)$ が定まる。
$$ \Lambda\Bigl(\sum_jL^jx_j\Bigr):=\sum_{j\ge1}L^{j-1}x_j\qquad(x_j\in P^{k-2j}(X)). $$
$x=\sum_jL^jx_j$ と分解すると、$\Lambda^jx=\sum_{l\ge j}L^{l-j}x_l$ であり、$L\Lambda$ は $L^lP$($l\ge1$)の上で恒等写像、$P$ の上で $0$ だから
$$ x_j=(1-L\Lambda)\Lambda^jx,\qquad\Lambda^{d-k}L^{d-k}=\mathrm{id}_{H^k}\ (k\le d),\qquad L^{d-k}\Lambda^{d-k}=\mathrm{id}_{H^{2d-k}}\ (k\le d) $$
が成り立つ(後の 2 式は、$L^{d-k}$ が $L^jP^{k-2j}$ を $L^{d-k+j}P^{k-2j}$ に写し、$\Lambda^{d-k}$ がそれを戻すことによる)。とくに $\Lambda^{d-k}$ は Hard Lefschetz の同型 $L^{d-k}$ の逆写像である。Gro69 p. 196 は Hodge 理論の $\Lambda$ 作用素を参照して予想 B を述べているが、この記事では上の分解で定めた $\Lambda$ を使う。

予想の言明

Künneth 型の標準予想 C(X)

$H^{2d}(X\times X)=\bigoplus_{i=0}^{2d}p_1^*H^i(X)\otimes p_2^*H^{2d-i}(X)$(Künneth 公式)に従って対角線の類 $\gamma_{X\times X}([\Delta_X])$ を成分 $\pi^i$ に分解する。すべての $i$ について $\pi^i$ は代数的である。すなわち $\pi^i=\gamma_{X\times X}(z_i)$ となる $z_i\in Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ がある。

Weilコホモロジー の補題「対応の作用とグラフの類」の 1 により、$p_1^*H^i\otimes p_2^*H^{2d-i}$ の元は $H^i$ 以外の次数を $0$ にする作用素として働き、この対応 $H^i\otimes H^{2d-i}\cong H^i\otimes(H^i)^\vee\to\operatorname{End}(H^i)$ は Poincaré 双対により同型である。対角線は恒等写像として働くので、$\pi^i$ は $H^*(X)$ から $H^i(X)$ への射影として働く。したがって C(X) は「次数への射影が代数的である」という主張であり、成り立てば $h(X)$ はホモロジー同値のモチーフの圏で $h(X)=\bigoplus_ih^i(X)$ と分解する(モチーフ)。

Lefschetz 型の標準予想 A(X)・B(X)

Hard Lefschetz を仮定する。

  • A(X):$2i\le d$ なるすべての $i$ について、$L^{d-2i}$ は $A^i(X)$ から $A^{d-i}(X)$ への全単射を与える。
  • B(X):作用素 $\Lambda$ は代数的である。
Hodge 型の標準予想 Hdg(X)

Hard Lefschetz を仮定し、$2i\le d$ について原始的な代数的類の空間 $A^i_{\mathrm{prim}}(X):=A^i(X)\cap P^{2i}(X)$ を考える。$A^i_{\mathrm{prim}}(X)$ の上の $\mathbb{Q}$ 値対称双線型形式
$$ (x,y)\longmapsto(-1)^i\operatorname{Tr}\bigl(\xi^{d-2i}\cdot x\cdot y\bigr) $$
は正定値である。

標準予想 D(X)

$Z^*(X)_{\mathbb{Q}}$ の上で、$H^*$ に関するホモロジー同値と数値的同値は一致する。すなわち、サイクル $z$ が数値的に $0$ なら $\gamma_X(z)=0$ である。

形式の値が有理数になるのは、$x=\gamma_X(z)$、$y=\gamma_X(w)$ について $\operatorname{Tr}(\xi^{d-2i}xy)=\deg(W^{d-2i}\cdot z\cdot w)$ となるからである。符号 $(-1)^i$ は Gro69 p. 197 の形に従う。D(X) の逆向き($\gamma_X(z)=0$ なら数値的に $0$)は、交点数がコホモロジーで計算できることから常に成り立つ(代数的サイクル の定理「同値関係の階層」)。

直感

コホモロジーには、次数への分解(Künneth 成分)、Lefschetz 分解、Poincaré 双対による対など、線型代数で作れる構造がたくさんある。ところが代数的サイクルから来る類 $A^*(X)$ がそれらの構造で閉じているかどうかは、一般には分かっていない。標準予想は、「線型代数の操作が代数的サイクルの世界で実行できる」(C、B)ことと、「代数的サイクルの世界の上の自然な二次形式が、$\mathbb{C}$ 上で Hodge 理論が保証するのと同じ符号をもつ」(Hodge 型)ことを、任意の標数で要請する。$\mathbb{C}$ 上では正値性が Hodge–Riemann の双線型関係から従うので(sc-prop-hdg-char0)、残る問題は代数性である。代数性と正値性がそろうと、ホモロジー同値で割った群の上の交叉形式が非退化になり、予想 D が出る(sc-thm-b-implies-d)。

予想の間の関係

ホモロジー同値と数値的同値の一致の言い換え

予想 D の基本性質
  1. D(X) が余次元 $i$ のサイクルについて成り立つことは、対 $A^i(X)\times A^{d-i}(X)\to\mathbb{Q}$、$(a,b)\mapsto\operatorname{Tr}(ab)$ の左核が $0$ であることと同値である。
  2. 二つの Weil コホモロジー $H$、$H'$ について D(X) がともに成り立てば、$H$ に関するホモロジー同値と $H'$ に関するホモロジー同値は $Z^*(X)_{\mathbb{Q}}$ の上で一致する。
  3. すべての $X$ について D(X) が成り立てば、ホモロジー同値で割ったモチーフの圏 $\mathcal{M}_{\mathrm{hom}}(k)$ は半単純アーベル圏である。

1.$A^i(X)$ の元は $\gamma_X(z)$($z\in Z^i(X)_{\mathbb{Q}}$)の形であり、$\gamma_X(z)$ が左核に入ることは、すべての $w\in Z^{d-i}(X)_{\mathbb{Q}}$ について $\deg(z\cdot w)=\operatorname{Tr}(\gamma_X(z)\gamma_X(w))=0$、すなわち $z$ が数値的に $0$ であることと同値である。D(X) は「数値的に $0$ なら $\gamma_X(z)=0$」なので、左核が $0$ であることと同値である。
2.D(X) により、どちらのホモロジー同値も数値的同値に一致する。数値的同値は交点数だけで定まり、Weil コホモロジーによらない。
3.D により $\mathcal{M}_{\mathrm{hom}}(k)=\mathcal{M}_{\mathrm{num}}(k)$(同じ同値関係で割った圏)であり、後者は Jannsen の定理(モチーフ の定理「Jannsen の定理」)により半単純アーベル圏である。

Lefschetz 型からの帰結

B(X) ならば A(X)

Hard Lefschetz を仮定する。B(X) が成り立てば A(X) が成り立つ。さらに、代数的な類 $x\in A^i(X)$ の Lefschetz 分解 $x=\sum_jL^jx_j$ の成分 $x_j$ はすべて代数的である。

$L$ と $\Lambda$(B(X))と恒等写像は代数的な作用素なので、$1-L\Lambda$、$\Lambda^j$ とそれらの合成も代数的であり、代数的な類を代数的な類に写す。よって $x_j=(1-L\Lambda)\Lambda^jx$ は代数的である。A(X):$2i\le d$ とする。$L^{d-2i}\colon H^{2i}\to H^{2d-2i}$ は Hard Lefschetz により単射なので、$A^i(X)$ の上でも単射で、代数的な作用素だから像は $A^{d-i}(X)$ に入る。$y\in A^{d-i}(X)$ をとると $x:=\Lambda^{d-2i}y\in A^i(X)$ で、$L^{d-2i}\Lambda^{d-2i}=\mathrm{id}$ により $L^{d-2i}x=y$ である。よって全射である。

逆向きについて、Grothendieck は A(X×X) から B(X) が従い、したがってすべての多様体についての A と B は同値であること、B(X) から C(X) が従うこと(Künneth 成分の射影が $\Lambda$ と $L$ の有理係数の多項式で書ける)を述べている(Gro69 pp. 196–197)。この記事ではこれらを証明しない。

複素数体上では B(X) ならば D(X)

$k=\mathbb{C}$、$H^*=H^*(X^{an},\mathbb{Q})$ を Betti コホモロジー(Weilコホモロジー の例「Betti コホモロジーは Weil コホモロジーである」)とする。B(X) が成り立てば D(X) が成り立つ。より詳しく、$0\ne x\in A^i(X)$ と Lefschetz 分解 $x=\sum_{j}L^jx_j$($x_j\in P^{2i-2j}(X)$)について
$$ y:=\sum_j(-1)^{i-j}L^{d-2i+j}x_j\in A^{d-i}(X) $$
は $\operatorname{Tr}(x\cdot y)>0$ を満たす。

和の範囲は $\max(0,2i-d)\le j\le i$ である($x_j\in P^{2i-2j}$ には $2i-2j\le d$ が要る)。この範囲で $d-2i+j\ge0$ なので $y$ は意味をもつ。
段 1($y$ は代数的).sc-prop-b-implies-a により各 $x_j$ は代数的で、$L$ は代数的な作用素なので $L^{d-2i+j}x_j$ も代数的である。よって $y\in A^{d-i}(X)$ である。
段 2(交差項は消える).$\operatorname{Tr}(x\cdot y)=\sum_{j,l}(-1)^{i-l}\operatorname{Tr}\bigl(\xi^{d-2i+j+l}x_jx_l\bigr)$ である。$j>l$ とすると $d-2i+j+l\ge d-2i+2l+1=d-(2i-2l)+1$ で、$x_l\in P^{2i-2l}$ は $L^{d-(2i-2l)+1}x_l=0$ を満たすから、$\xi^{d-2i+j+l}x_l=0$ でこの項は $0$ である。$j< l$ も $x_j$ について同様である。よって
$$ \operatorname{Tr}(x\cdot y)=\sum_j(-1)^{i-j}\operatorname{Tr}\bigl(\xi^{d-2(i-j)}x_j^2\bigr) $$
である。
段 3(対角項は正).$x_j$ は代数的な類なので Hodge 類、すなわち $H^{i-j,i-j}$ に属する有理類である(サイクル類写像 の命題「像は Hodge 類に入る」)。$\xi$ は豊富な可逆層の第 1 Chern 類なので、Hodge構造 の定理「Hodge–Riemann の双線型関係」が有理構造つきで適用でき、$m:=i-j$、$0\ne\alpha\in P^{2m}\cap H^{m,m}$ が実の類なら $i^{0}Q(\alpha,\bar\alpha)=(-1)^{2m(2m-1)/2}\operatorname{Tr}(\xi^{d-2m}\alpha^2)>0$ である。$(-1)^{m(2m-1)}=(-1)^m$ なので $(-1)^m\operatorname{Tr}(\xi^{d-2m}\alpha^2)>0$ である。よって $x_j\ne0$ なる項は正、$x_j=0$ なる項は $0$ で、$x\ne0$ からある $x_j\ne0$ なので $\operatorname{Tr}(x\cdot y)>0$ である。
段 4(結論).$z\in Z^i(X)_{\mathbb{Q}}$ が $\gamma_X(z)=x\ne0$ を満たすとし、$y=\gamma_X(w)$ とすると $\deg(z\cdot w)=\operatorname{Tr}(xy)>0$ なので $z$ は数値的に $0$ でない。対偶をとって D(X) を得る。

Grothendieck は、任意の標数で B(X) と Hdg(X) から数値的同値と $\ell$ 進のホモロジー同値の一致が従い、その導出には Hodge 型の形式の正値性ではなく非退化性しか要らないこと、標数 $0$ では A(X) が予想 D と同値になることを述べている(Gro69 pp. 197–198、Remarks (3)・(4))。

複素数体上の因子では D が成り立つ

$k=\mathbb{C}$、$H^*$ を Betti コホモロジーとする。余次元 $1$ のサイクル $z\in Z^1(X)_{\mathbb{Q}}$ が数値的に $0$ なら $\gamma_X(z)=0$ である。

B(X) を使わずに sc-thm-b-implies-d の証明が通ることを示す。$d=1$ なら $H^2(X)$ は $1$ 次元で $\operatorname{Tr}(\gamma_X(z))=\deg z$ なので、$\gamma_X(z)\ne0$ は $\deg(z\cdot[X])=\deg z\ne0$ を意味し、主張は明らかである。$d\ge2$ とし、$x=\gamma_X(z)\ne0$ の Lefschetz 分解を $x=x_0+Lx_1$($x_0\in P^2$、$x_1\in H^0=\mathbb{Q}$)とする。$x_1$ は有理数で $Lx_1=x_1\xi$ は代数的だから、$x_0=x-x_1\xi$ も代数的である。よって $y=-L^{d-2}x_0+L^{d-1}x_1=-\xi^{d-2}x_0+x_1\xi^{d-1}$ は代数的であり、sc-thm-b-implies-d の段 2・段 3 がそのまま通って $\operatorname{Tr}(xy)>0$ となる。したがって $z$ は数値的に $0$ でない。

知られている場合

標数 0 の Hodge 型

複素数体上の Hodge 型の標準予想

$k=\mathbb{C}$、$H^*$ を Betti コホモロジーとすると、Hdg(X) が成り立つ。

$2i\le d$、$0\ne x\in A^i_{\mathrm{prim}}(X)$ とする。$x$ は代数的な類なので $H^{i,i}$ に属する有理類であり(サイクル類写像 の命題「像は Hodge 類に入る」)、原始的である。sc-thm-b-implies-d の段 3 と同じく、Hodge–Riemann の双線型関係(Hodge構造 の定理「Hodge–Riemann の双線型関係」)を $\alpha=x$、$m=i$ に適用して $(-1)^i\operatorname{Tr}(\xi^{d-2i}x^2)>0$ を得る。よって形式は正定値である。

これは Gro69 p. 197 の Remark (1)「標数 0 では Hodge 理論から容易に従う」の内容である。正標数では、曲面の場合に数値的同値で割った形が Hodge 指数定理(Har77 V Theorem 1.9、p. 364:豊富な因子 $W$ と $D\cdot W=0$ を満たす数値的に $0$ でない因子 $D$ について $D^2<0$)として成り立つ。これは $i=1$、$d=2$ のときの Hdg の形式 $-\operatorname{Tr}(x^2)$ の正値性を、数値的同値の類の上で述べたものである。

Künneth 成分の端と曲線

Künneth 成分の両端は代数的

$e\in X$ を閉点とする。$\pi^{2d}=\gamma_{X\times X}([\{e\}\times X])$、$\pi^0=\gamma_{X\times X}([X\times\{e\}])$ である。とくに $\pi^0$、$\pi^{2d}$ は代数的であり、$X$ が曲線($d=1$)なら $\pi^1=\gamma([\Delta_X])-\pi^0-\pi^2$ も代数的で、C(X) が成り立つ。

公理 4 の (iii) により $\gamma([\{e\}\times X])=p_1^*\gamma_X([e])\cdot p_2^*\gamma_X([X])=p_1^*\gamma_X([e])\cdot p_2^*1$ で、これは成分 $p_1^*H^{2d}\otimes p_2^*H^0$ に属する。Weilコホモロジー の補題「対応の作用とグラフの類」の 1 により、その作用は $b\mapsto\operatorname{Tr}(1\cdot b)\,\gamma_X([e])$ で、$H^{2d}$ 以外の次数で $0$ である。$H^{2d}(X)=K\cdot\gamma_X([e])$、$\operatorname{Tr}(\gamma_X([e]))=1$(同記事の命題「一点・0 次コホモロジー・次数・交叉積」)なので、これは $H^{2d}$ の上で恒等写像である。一方 $\pi^{2d}$ も同じ成分に属し、$\gamma([\Delta_X])$ が恒等写像として働くことから $H^{2d}$ の上で恒等写像、ほかの次数で $0$ として働く。成分 $p_1^*H^{2d}\otimes p_2^*H^0$ から $\operatorname{End}(H^{2d})$ への対応は単射なので(sc-conj-c の直後の注意)、$\pi^{2d}=\gamma([\{e\}\times X])$ である。$\pi^0$ についても同様に、$\gamma([X\times\{e\}])=p_1^*1\cdot p_2^*\gamma_X([e])$ は $H^0=K\cdot1$ の上で $b\mapsto\operatorname{Tr}(\gamma_X([e])b)\cdot1=b$ と働くことから従う。曲線では $\gamma([\Delta_X])=\pi^0+\pi^1+\pi^2$ なので、$\pi^1$ は代数的な類の差である。

これはモチーフの側では、有理点をもつ多様体の $h(X)$ が $\mathbb{1}$ と $\mathbb{L}^{\otimes d}$ を直和因子にもつこと、曲線では $h(C)=\mathbb{1}\oplus h^1(C)\oplus\mathbb{L}$ と分解することに対応する(モチーフ の例「射影直線のモチーフ」の後の段落)。

引用する既知の結果

次の結果はこの記事では証明しない。

  • B(X) は、射影空間、射影空間の滑らかな完全交叉、Grassmann 多様体、アーベル多様体(Lieberman)について成り立ち、積・超平面切断・特殊化で保たれる(Gro69 pp. 196–197)。
  • C(X) は $\dim X\le2$ のとき(Murre)、アーベル多様体(Lieberman)、および $k$ が有限体の代数閉包に含まれるときのすべての $X$(Katz–Messing。$\ell$ 進コホモロジーについて、Weil 予想の帰結として)で成り立ち、C(X) と C(Y) から C(X×Y) が従う(Jan92 p. 451、Remark 1、Gro69 p. 195)。
  • Hdg(X) は標数 $0$ で成り立つ(sc-prop-hdg-char0)。正標数では一般には未解決である。
  • B(X) と D(X) は、一般の場合には標数 $0$ でも未解決である(代数的サイクル の定理「同値関係の階層」の 4、Weil予想)。$\mathbb{C}$ 上の Betti コホモロジーでは sc-thm-b-implies-d により B から D が従う。

例と反例

予想 Hdg の二つの制限、「代数的な類に限ること」と「原始的な類に限ること」は、どちらも外せない。

反例:代数的でない類では正値性が破れる

$X$ を $\mathbb{C}$ 上の射影曲面で、$0$ でない正則 2 形式 $\omega$ をもつもの(たとえば K3 曲面。Hodge分解 の例「K3 曲面の Hodge 菱形」で $h^{2,0}=1$)とし、実の類 $x:=\omega+\bar\omega\in H^2(X,\mathbb{R})$ を考える。$\xi\cdot\omega$ は型 $(3,1)$ なので $0$、同様に $\xi\cdot\bar\omega=0$ で、$x$ は原始的である。型の理由で $\omega^2=\bar\omega^2=0$ だから $\operatorname{Tr}(x^2)=2\int_X\omega\wedge\bar\omega$ であり、Hodge–Riemann双線形関係 の命題「$(p,0)$ 型の場合」を $p=n=2$ で各点に適用すると $i^2(-1)\,\omega\wedge\bar\omega=\omega\wedge\bar\omega=|\omega|^2\mathrm{vol}$ なので、積分して $\int_X\omega\wedge\bar\omega>0$ である($\omega\ne0$ は開集合の上で $0$ でない)。よって
$$ (-1)^1\operatorname{Tr}(\xi^{0}\cdot x^2)=-2\int_X\omega\wedge\bar\omega<0 $$
である。

  • 満たす性質:$x$ は実の原始的な類である。
  • 満たさない性質:$x$ は型 $(1,1)$ でなく、したがって代数的な類(の実係数の結合)でない。
  • 成り立たなくなること:形式 $(-1)^i\operatorname{Tr}(\xi^{d-2i}x^2)$ の正値性。
反例:原始的でない類では正値性が破れる

$X\subset\mathbb{P}^N$ を $\mathbb{C}$ 上の滑らかな射影曲面とし、$x:=\xi\in A^1(X)$ とする。2 枚の超平面 $W,W'$ を $X\cap W\cap W'$ が有限個の点になるように選ぶと、次元の理由でこれは空でなく、各点の交叉重複度は $1$ 以上なので(Chow環 の定理「交叉積とChowの移動補題」)、$\operatorname{Tr}(\xi^2)=\deg(W\cdot W')>0$ である。よって $(-1)^1\operatorname{Tr}(\xi^2)<0$ であり、$L\xi=\xi^2\ne0$ だから $\xi$ は原始的でない。

  • 満たす性質:$\xi$ は代数的な類である。
  • 満たさない性質:$\xi$ は原始的でない。
  • 成り立たなくなること:形式の正値性。符号 $(-1)^i$ は原始的な部分に合わせたもので、Lefschetz 分解の $L^jP$ の部分では符号が $(-1)^{i-j}$ に変わる(sc-thm-b-implies-d の $y$ の符号)。
外す条件反例成り立たなくなること
代数的な類に限ることK3 曲面の正則 2 形式の実部(sc-ex-nonalgebraic)Hodge 型の形式の正値性
原始的な類に限ること射影曲面の超平面切断の類 $\xi$(sc-ex-nonprimitive)Hodge 型の形式の正値性

Weil 予想とモチーフとの関係

$X_0$ を有限体 $\mathbb{F}_q$ 上の滑らかな射影多様体、$F$ を Frobenius とする。Grothendieck は、$\ell$ 進コホモロジーによる Weil 予想の扱いで残っていた点を、(a) 特性多項式 $P_i(t)=\det(1-F^*t\mid H^i)$ の係数が $\ell$ によらない整数であること、(b) Frobenius の固有値の絶対値が $q^{i/2}$ であること、とまとめた(Gro69 pp. 193–194)。

  • C(X) が成り立てば、$\operatorname{Tr}(F^{N*}\mid H^i)=(-1)^i(\Pi_i\cdot\Gamma_{F^N})$($\Pi_i$ は $\pi^i$ を与えるサイクル)は有理数になり、Dwork–Fatou の議論で (a) の整数性に帰着する(Gro69 p. 195)。
  • B(X) と Hdg(X×X) から、$f^*\xi=q\xi$ を満たす自己射 $f$ の $H^i$ 上の固有値が絶対値 $q^{i/2}$ の代数的整数であることが従い、Weil 予想全体が従う(Gro69 p. 197、Remark (2))。
    実際には Deligne が標準予想を経由せずに Weil 予想を証明し、その帰結として有限体上では C が成り立つ(Katz–Messing)。モチーフの側では、C がすべての多様体について成り立てば数値的モチーフの圏は可換性の拘束を修正して Tannakian 圏になり(Jan92 Corollary 2)、D が成り立てばホモロジー同値のモチーフと数値的モチーフが一致する(sc-prop-d-basic)。Grothendieck は、標準予想の証明が「モチーフの理論」の基礎になるとしている(Gro69 p. 198)。

関連項目

参考文献

[1]
Alexander Grothendieck, Standard conjectures on algebraic cycles, Algebraic Geometry (Bombay Colloquium 1968), Tata Institute of Fundamental Research / Oxford University Press, pp. 193–199, 1969, §1(pp. 193–194、Weil 予想で残る点 (a)・(b))、§2(p. 195、予想 C と整数性)、§3(pp. 196–197、予想 A・B、B⇒A、A(X×X)⇒B(X)、B が成り立つ多様体、B⇒C)、§4(pp. 197–198、予想 Hdg と Remarks (1)–(4)、Conclusions)
[2]
Uwe Jannsen, Motives, numerical equivalence, and semi-simplicity, Inventiones Mathematicae, 1992, Corollary 1 の証明(p. 450、サイクル類写像が環準同型であること)、Corollary 2(pp. 450–451)、Remark 1(p. 451、Künneth 成分が代数的になる場合)

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