素朴余接複体(naive cotangent complex)とは、$A$ 代数 $B$ の多項式表示 $P\to B$ の核を $J$ とするとき、余法加群 $J/J^2$ を次数1、$\Omega_{P/A}\otimes_PB$ を次数0に置き、関係式の微分 $j\mapsto dj\otimes1$ を境界とする二項の複体である。その0次ホモロジーは $\Omega_{B/A}$ であり、二つの多項式表示から得られる複体は鎖ホモトピー同値で、余接複体 $L_{B/A}$ の良い切断 $\tau_{\le1}L_{B/A}$ を表す。$B$ 加群 $M$ への普通のHomの0次は $\operatorname{Der}_A(B,M)$、1次は核を $M$ とする平方零拡大の同型類を与えるが、普通のHomの高次の消滅は導来Homの消滅を意味しない。
素朴余接複体(naive cotangent complex)とは、可換環の多項式表示における関係式とその微分を、二つの次数に置いた複体である。余法加群を次数1、生成元の微分を次数0に置き、関係式を微分する写像を境界とする。通常の微分加群と、微分だけでは見えない一次関係を同時に記録する。
以下の環は単位的可換環で、環準同型は単位を保つ。Noether性や有限表示は、特に断らない限り仮定しない。環写像 $A\to B$ を固定し、多項式全射 $P=A[X_i\mid i\in\Lambda]\to B$ の核を $J$ とする。添字集合 $\Lambda$ は無限でもよい。一つの多項式と一つの自由加群の元は有限台なので、偏微分や比較写像の計算は有限和である。
$T=J/J^2$、$F=\Omega_{P/A}\otimes_PB=\bigoplus_{i\in\Lambda}B\,dX_i$ とし、
$$K(P)=[T\xrightarrow{\delta}F],\qquad \delta(j\bmod J^2)=dj\otimes1$$
を素朴余接複体という。$T$ をホモロジー次数1、$F$ を次数0に置く。余鎖次数なら $-1,0$ である。$H_1(K)=\ker\delta$、$H_0(K)=\operatorname{coker}\delta$、$H_n(K)=0$($n\ge2$)である。
$d(jj')=j\,dj'+j'\,dj$ は $B$ 係数で零になるので、$\delta$ は代表によらない。$T$ の $B$ 作用も、$P$ の二つの持上げの差が $J$ に属し、その差と $j\in J$ の積が $J^2$ に入ることから定まる。境界の単射性も、$T$ の自由性も定義の一部ではない。
多項式の微分加群が自由であることは、形式微分 $d(\sum_\alpha a_\alpha X^\alpha)=\sum_{i,\alpha}\alpha_i a_\alpha X^{\alpha-e_i}dX_i$ で確認できる。任意の導分は各 $X_i$ の値で決まり、任意の値をこの式へ代入して導分を作れる。従って $\bigoplus_iP\,dX_i$ は導分を表す普遍加群である。標数が正なら整数係数 $\alpha_i$ の像を用い、零になった係数もそのまま残す。
この複体の高次項が零であることは、全 余接複体 $L_{B/A}$ の高次項やホモロジーが零であることを意味しない。素朴版は全複体の良い低次切断に対応する。二項表示を使って次数0と1を計算することと、全高次の情報を捨ててよいことは異なる。
任意の多項式表示について $H_0(K(P))=\operatorname{coker}\delta\simeq\Omega_{B/A}$ である。
$B$ 加群 $M$ を任意に取る。$F$ から $M$ への $B$ 線形写像は $P$ から $M$ への $A$ 導分 $D$ に対応する。ただし $P$ の $M$ への作用は $P\to B$ を通して与えている。この対応の下で写像が $\delta(T)$ を殺すことは、$D(J)=0$ と同値である。
$D(J)=0$ なら $\overline D:B\to M$ を $\overline D(\overline p)=D(p)$ と定められる。代表を $p+j$ に変えても $D(j)=0$ だから値は変わらない。加法則、基礎環上の零、Leibniz 則は $D$ から引き継がれるので、$\overline D$ は $A$ 導分である。逆に $B$ 上の導分と $P\to B$ の合成は $J$ を殺す導分となる。従って
$$
\operatorname{Hom}_B(F/\delta T,M)\simeq\operatorname{Der}_A(B,M)
$$
が任意の $M$ に対して自然に成立する。右辺は $\Omega_{B/A}$ が表す関手である。普遍導分を互いに送る二つの写像を作れば、合成は普遍性により恒等となるので $F/\delta T\simeq\Omega_{B/A}$ を得る。$\square$
この証明では $J$ の有限生成も $\delta$ の単射も使わなかった。微分加群は、方程式の微分を零とした結果である。他方、$H_1(K(P))=\ker\delta$ は、一次の関係式のうち微分だけでは見えない部分を残す。通常の微分が零でも $T$ が零とは限らないため、二項複体にすると初めて見える情報がある。
同じ $A$ 代数 $B$ の二つの多項式全射から得られる二項複体は、鎖ホモトピー同値である。増大と適合する比較写像が誘導する同値は、導来圏では選択に依存しない。
最初に $P\to B$ に変数 $Y_j$ を追加した $Q=P[Y_j]\to B$ を考える。各 $Y_j$ の像 $b_j$ の持上げ $p_j\in P$ を選び、$Z_j=Y_j-p_j$ と変数を変更する。これは可逆な三角座標変更で、$Q=P[Z_j]$、核は $L=JQ+(Z_j)$ となる。
$L$ の元を $Z$ の次数で展開する。定数項は $J$、一次項の係数は $P$、二次以上の項は $L^2$ に入る。一次係数を $J$ の元だけ変えても $JZ\subset L^2$ に入る。逆に定数項が $L^2$ に入れば $Z=0$ と評価して $J^2$ に入り、一次係数も $J$ に入る。このことから
$$
L/L^2\simeq J/J^2\oplus\bigoplus_j BZ_j
$$
を得る。同じ座標で微分加群は $F\oplus\bigoplus_j B\,dZ_j$ となり、余法写像は $\delta\oplus\operatorname{id}$ である。従って $K(Q)$ は $K(P)$ と
$$
[\bigoplus_j BZ_j\xrightarrow{\operatorname{id}}\bigoplus_j B\,dZ_j]
$$
の直和となる。後者は次数零から一次へ恒等写像を逆向きに使えば収縮する。自然包含による $K(P)\to K(Q)$ はホモトピー同値となる。
二つの表示 $P=A[X_i]\to B$、$P'=A[Y_j]\to B$ があるとき、共通の表示 $Q=A[X_i,Y_j]\to B$ を取り、両側に今の変数追加を適用すれば同値が得られる。
選択の独立性も確かめる。増大に適合する二写像 $u,v:P\to P'$ の変数値の差は $J'$ に入る。$H:F\to J'/J'^2$ を
$$
H(dX_i)=u(X_i)-v(X_i)\bmod J'^2
$$
で定める。次数零では誘導写像の差が $\delta'H$ である。次数一次では、関係式 $j\in J$ に対し変数を一つずつ $v(X_i)$ から $u(X_i)$ へ変える。二つ以上の差を含む項は $J'^2$ に入るので、商では
$$
u(j)-v(j)=\sum_i\overline{\frac{\partial j}{\partial X_i}}
\bigl(u(X_i)-v(X_i)\bmod J'^2\bigr)=H\delta(j)
$$
となる。各式は有限変数なのでこの望遠鏡型展開は有限である。従って $H$ は二比較の鎖ホモトピーを与える。逆向きの比較も選べ、合成は恒等と増大が一致するため同じ議論で恒等とホモトピックとなる。三表示の合成にも同じ議論が適用される。$\square$
重要なのは、二つの $J/J^2$ がそのまま同型であるという主張ではないことである。冗長な変数を加えると、余法加群も微分加群も増える。しかし増えた二項は境界が恒等なので、ホモロジーに新しい情報を残さない。表示に依存する生成元や式を使いながら、表示に依存しない対象を得る仕組みがここで具体的に見える。
表示を変えると $T$ と $F$ はそれぞれ変わり得る。比較定理が与えるのは二項複体の鎖ホモトピー同値であって、個々の項の同型ではない。増大を保つ多項式写像から誘導した比較はホモトピー類として一意なので、$H_0$ と $H_1$ の誘導同型は選択に依存しない。$H_1$ を「選んだ方程式の個数」と同一視してはいけない。
例えば $P=A\to A$ では双方の項は零である。一方 $P'=A[Y]\to A$、$Y\mapsto0$ では $T'=AY$、$F'=A\,dY$ で、境界は恒等である。この表示では二つの項は増えるが、$H_0=H_1=0$ は変わらない。$A=0$ の場合は全加群が零で、同じ記述が成り立つ。
同じ理由で $B=0$ も扱える。$J=P$ なら $J^2=P$、$T=0$、$F\otimes_PB=0$ であり、二項複体は零である。零環を除外して比較定理を述べる必要はない。
任意の $A$ 代数 $R$ に対して $G(R)=A[X_r:r\in R]$ と置く。評価 $X_r\mapsto r$ と、生成元をもう一段自由化する写像 $X_r\mapsto X_{X_r}$ を使う。評価と自由化の恒等式は生成元で確かめられる。標準単体分解の $n$ 段は $G^{n+1}(B)$ である。生成元をすべての元で添字付けるので大きな表示になるが、任意の $B$ に同じ方法を適用できる。
最初の三段を
$$
P_0=A[X_b:b\in B],\quad P_1=A[Y_f:f\in P_0],\quad
P_2=A[Z_g:g\in P_1]
$$
と書く。$\pi:P_0\to B$ を評価とすると、$P_1$ の二つの face は $d_0(Y_f)=f$、$d_1(Y_f)=X_{\pi f}$ である。$P_2$ の face は $d_0(Z_g)=g$、$d_1(Z_g)=Y_{d_0g}$、$d_2(Z_g)=Y_{d_1g}$ となる。台集合上の縮約はあるが、その縮約を環準同型と誤認しないことも大切である。
標準単体多項式分解 $P_n=G^{n+1}(B)$ の増大 Moore 複体は完全である。ここで $N_nP=\bigcap_{i=1}^n\ker d_i$、微分は $d_0$、次数0の増大は $\pi$ とする。$P_n$ は加法群として複体を作る。
評価 $\varepsilon_C:G(C)\to C$ と $\Delta_C:G(C)\to G^2(C)$、$X_c\mapsto X_{X_c}$ は、生成元の計算で $\varepsilon_G\Delta=1$、$G\varepsilon\Delta=1$、$\Delta_G\Delta=G\Delta\Delta$ を満たす。これらにより $d_i=G^i\varepsilon G^{n-i}$、$s_i=G^i\Delta G^{n-i}$ が単体恒等式を満たす。$d_0^2=d_0d_1$ により Moore 部分上で微分の平方は零である。
集合写像 $t_n:P_n\to P_{n+1}$ を $z\mapsto X_z$ と置き、$t_{-1}:B\to P_0$ も同じ規則で定める。評価と自由化の定義から
$$d_0t_n(z)=z,\qquad d_it_n(z)=t_{n-1}(d_{i-1}z)\quad(1\le i\le n+1)$$
が成り立つ。$t_n$ は一般に加法的でも環準同型でもないので、線形な鎖収縮とは呼ばない。
Moore サイクル $z\in N_nP$ に対して $w=t_n(z)-t_n(0)$ と置く。$i\ge1$ では $d_{i-1}z=0$($i=1$ にはサイクル条件 $d_0z=0$ を用いる)なので $d_iw=0$。また $d_0w=z$。次数0でも $\pi z=0$ なら同じ計算で $w\in N_1P$、$d_0w=z$ となる。従って各サイクルと増大核は境界である。$\pi$ の全射性は $X_b$ が $b$ を持ち上げることから従う。この直接計算には $t$ の加法性を使っていない。
$F_n=\Omega_{P_n/A}\otimes_{P_n}B$ の交代 face 複体について、$\operatorname{coker}(F_2\to F_1)$ は $J/J^2$ に同型である。ここで $J=\ker(P_0\to B)$ とする。
$F_1$ の基底 $dY_f\otimes1$ を $[f]$ と書く。$P_1$ の普遍微分を $B$ 係数にした写像を $D$ と書くと、$F_2$ からの関係はすべての $g\in P_1$ に対する
$$
R_g=Dg-[d_0g]+[d_1g]
$$
である。商を $U$ と書く。写像 $q([f])=f-X_{\pi f}\bmod J^2$ を定める。$d_0g-d_1g\bmod J^2$ は共通の増大を係数とする $A$ 導分なので、$q(Dg)=d_0g-d_1g\bmod J^2$ となる。$d_0g,d_1g$ の増大は同じであり、$q(R_g)=0$ となる。従って $q:U\to J/J^2$ が得られる。
逆写像を構成する。$h(j)=[j]-[0]$ と置く。$g=Y_{X_b}$ の関係から $[X_b]=0$、次に $g=Y_f-Y_{X_b}$、$b=\pi f$ から $[f]=h(f-X_b)$ となる。$g=Y_i+Y_j$ の関係と $g=Y_0+Y_0$ の関係を引くと $h(i+j)=h(i)+h(j)$ が得られる。ここで $i,j\in J$ である。
$g=Y_pY_i$ と $g=Y_pY_0$ の関係を引くと、$\pi(i)=0$ を使って $h(pi)=\pi(p)h(i)$ となる。特に $p\in J$ なら $h(pi)=0$ なので $h$ は $J^2$ を殺し、$B$ 線形写像 $J/J^2\to U$ を与える。$qh(i)=(i-X_0)-(-X_0)=i$、$hq([f])=h(f-X_{\pi f})=[f]$ であり、両写像は互いに逆である。$\square$
この同型の下で $F_1\to F_0$ は $[f]\mapsto d(f-X_{\pi f})\otimes1$、すなわち余法写像 $\delta$ となる。従って全自由複体の次数 $0,1$ の良い切断が二項複体 $K(P_0)$ である。「良い切断」は単に高い項を捨てるのではなく、一次項を $F_2$ の像で割る操作を含む。この違いを省くと、関係間の関係をまだ含んだ $F_1$ と、本来の余法加群とを取り違える。
全余接複体は、標準自由単体解像の微分加群を $B$ 係数にして正規化したものとして作れる。ここで使った最初の三段はその標準解像の一部である。顔の交代和複体と正規化複体の差は退化部分であり、退化恒等式から可縮な部分を除くことで同値になる。
単体 $B$ 加群 $F_\bullet$ の交代複体を $C_n=F_n$、$\partial_n=\sum_i(-1)^id_i$ とする。正規化 $N_n=\bigcap_{i=1}^n\ker d_i$、微分 $d_0$ との比較は次数0,1のホモロジーを保つ。比較は次数1に $q_1=1-s_0d_1$、次数2に $q_2=(1-s_0d_1)(1-s_1d_2)$ を使う加法的な射影で与えられる。
射影の像。 $d_0s_0=d_1s_0=1$ なので $F_1=N_1\oplus s_0F_0$ である。$q_1$ は $N_1$ 上恒等、$s_0F_0$ 上零となる。次数2で先に $w=y-s_1d_2y$ とすると $d_2w=0$。さらに $q_2y=w-s_0d_1w$ とすれば $d_1q_2y=0$、$d_2q_2y=-s_0d_1d_1w=-s_0d_1d_2w=0$。よって像は $N_2$ であり、その上で恒等である。
$D_2=s_0F_1+s_1F_1$ を取る。$q_2s_1=0$ は $d_2s_1=1$ から従う。$s_1s_0=s_0s_0$ により $(1-s_1d_2)s_0y=s_0(y-s_0d_1y)$ であり、次の $1-s_0d_1$ がこれを殺す。従って $q_2D_2=0$。$y-q_2y\in D_2$ なので $F_2=N_2\oplus D_2$ となる。
境界との適合。 $D_1=s_0F_0$、$D_0=0$ とすると、単体恒等式から
$$\partial_1s_0u=0,\qquad \partial_2s_0y=s_0d_1y,\qquad \partial_2s_1y=s_0d_0y$$
を得る。よって低次退化部分は部分複体である。$N_2$ では $\partial_2=d_0$、$d_1d_0=d_0d_2$ により $d_0N_2\subset N_1$。従って $q_1\partial_2=d_0q_2$、また $\partial_1=d_0q_1$ となる。
低次退化ホモロジー。 任意の $s_0u\in D_1$ は $\partial_2(s_0s_0u)=s_0u$ である。従って $H_1(D)=0$、$D_0=0$ だから $H_0(D)=0$。この計算と $F_i=N_i\oplus D_i$($i=0,1,2$)から、次数0の余核と次数1の核/境界商は正規化と交代複体で一致する。これで必要な低次数の同定を得た。
非負鎖複体 $C$ の良い切断 $\tau_{\le1}C$ は、次数0の $C_0$ と次数1の $C_1/\operatorname{im}d_2$ を残す。微分 $d_1$ は $d_1d_2=0$ から商に降りる。その核は $\ker d_1/\operatorname{im}d_2$、余核は $C_0/\operatorname{im}d_1$ なので、$H_0,H_1$ は元の複体と同じである。単に $C_2$ 以降を削除した打切りでは、次数1の境界を失うので同じ結論にならない。
従って lem-naive-standard-low の同型と thm-naive-presentation により、任意の多項式表示の $K(P)$ は $\tau_{\le1}L_{B/A}$ を表す。これは良い低次切断についての主張であり、任意の次数別多項式単体代数が自由解像となるという主張ではない。全 $L$ の構成には増大完全な標準解像または許容される自由セル解像(余接複体の記事で定める)を使う。
任意の $B$ 加群 $M$ に対し、普通の Hom 複体の次数0と1は
$$H^0\operatorname{Hom}_B(K,M)=\operatorname{Der}_A(B,M),$$
$$H^1\operatorname{Hom}_B(K,M)=\operatorname{coker}\bigl(\operatorname{Hom}_B(F,M)\to\operatorname{Hom}_B(T,M)\bigr).$$
普通の Hom の次数2以上は零である。これは導来 Hom の高次消滅を述べるものではない。
普通の Hom 複体は $\operatorname{Hom}_B(F,M)\xrightarrow{\delta^*}\operatorname{Hom}_B(T,M)$ を余鎖次数0,1に置いたものである。次数0の核は $\delta(T)$ を殺す $F\to M$ であり、prop-naive-h0 の導分の因子化により $\operatorname{Der}_A(B,M)$ となる。次数1には後続項がないのでホモロジーはこの写像の余核である。それ以上に成分がないことが普通の Hom の高次消滅の理由である。
導来 Hom では $T$ の自由解像も必要になる。$F$ は自由だが $T$ は自由とは限らない。二項という表示だけでは導来演算に必要な解像度を省けない。以下の反例は、余核の低次計算と高次の導来計算が異なることを具体化する。
指定された $B$ 加群 $M$ を核とする $A$ 代数の平方零拡大
$$0\longrightarrow M\xrightarrow{\iota}E\xrightarrow{\epsilon}B\longrightarrow0$$
の同型類は $\operatorname{coker}(\operatorname{Hom}_B(F,M)\to\operatorname{Hom}_B(T,M))$ で分類される。同型は $M$ と $B$ 上の恒等を誘導するものに限る。$M^2=0$、および $E$ の核への作用が指定した $B$ 作用となることを仮定する。
拡大を作る。 $P\oplus M$ に $(p,m)(q,n)=(pq,\pi(p)n+\pi(q)m)$ の積を入れる。ここで $\pi:P\to B$ は表示全射である。分配性・結合性は $M$ の $B$ 加群則から従い、単位は $(1,0)$、$0\oplus M$ の積は零である。$A\to P\oplus M$ は $a\mapsto(a,0)$ とする。
$B$ 線形写像 $\phi:T\to M$ に対し、$\phi(j)$ を $\phi(j\bmod J^2)$ の略記として
$$G_\phi=\{(j,-\phi(j)):j\in J\}$$
を取る。これは加法部分群で、任意の $(p,m)$ との積は $(pj,-\pi(p)\phi(j))=(pj,-\phi(pj))$ となるのでイデアルである。$\pi(j)=0$ を用いており、$\phi$ の $B$ 線形性がここで必要になる。商 $E_\phi=(P\oplus M)/G_\phi$ は $B$ へ全射となる。
$M\to E_\phi$、$m\mapsto[(0,m)]$ は単射である。$(0,m)\in G_\phi$ ならその第一成分が零なので $j=0$、従って $m=0$ だからである。$[(p,m)]$ が $B$ へ零なら $p\in J$ で、グラフ関係から $[(p,m)]=[(0,m+\phi(p))]$ となる。従って核はちょうど $M$ である。核の積は零で、$[(p,m)]$ の $M$ への積作用は $\pi(p)$ の作用なので、指定された作用をもつ拡大を得る。
任意の拡大を回収する。 拡大 $E$ の中で各変数の像を選び、多項式の普遍性で $A$ 代数写像 $\psi:P\to E$ を作る。無限変数でも各式は有限なのでこの構成は成立する。$j\in J$ は核へ送られ、$\psi(j)=\iota(\phi(j))$ と定める。$J^2$ は平方零核の積へ送られて零となる。また $\psi(pj)=\psi(p)\iota\phi(j)=\iota(\pi(p)\phi(j))$ だから $\phi:T\to M$ は $B$ 線形である。
$P\oplus M\to E$、$(p,m)\mapsto\psi(p)+\iota(m)$ は環写像で、$G_\phi$ を殺す。任意の $e\in E$ について $\epsilon(e)$ を $p\in P$ へ持ち上げれば $e-\psi(p)\in\iota(M)$ なので全射である。核にある $(p,m)$ は $p\in J$ と $m=-\phi(p)$ を満たすので、核は正確に $G_\phi$。従って拡大は $E_\phi$ と同型である。
同型類を決める。 二つの持上げ $\psi,\psi'$ の差は $M$ に値を取る $A$ 導分である。積の差を展開すると
$$\psi'(pq)-\psi(pq)=\pi(p)(\psi'(q)-\psi(q))+\pi(q)(\psi'(p)-\psi(p))$$
となる。二つの差の積が平方零なので消える。よって $\phi'-\phi=D|_J$、すなわち $\phi'-\phi$ は $F\to M$ と $\delta$ の合成である。逆にこの差をもつ $D$ に対し、$(p,m)\mapsto(p,m-D(p))$ は $P\oplus M$ の $A$ 代数自己同型で、逆は $D$ を足す写像である。$G_\phi$ を $G_{\phi'}$ へ送るので、$E_\phi\simeq E_{\phi'}$ を誘導し、核と商上では恒等である。
逆方向の必要性も、拡大の同型で一方の変数持上げを他方へ移して差を取れば上の導分計算になる。従って同型類は正確にこの余核である。零写像から得た $E_0$ は $B\oplus M$ の分裂拡大である。二拡大の Baer 和は $E_\phi\times_B E_{\phi'}$ の核 $M\oplus M$ を加法 $M\oplus M\to M$ で押し出したもので、変数の同時持上げが関係式 $j$ を $(\phi(j),\phi'(j))$ へ送る。核変更も環の商として実現できる。核 $K$ の拡大 $E$ と $B$ 線形写像 $u:K\to M$ に対して、$E\oplus M$ に同じ平方零積を入れ、$\{(\iota(k),-u(k)):k\in K\}$ を殺す。このグラフがイデアルとなる計算は $E$ の核作用が $B$ 作用となることから同じであり、第一成分が零なら $k=0$ なので $M$ の注入は保たれる。商への核は $K$ を $u$ で $M$ に移したもので、$B$ への全射も保つ。この構成で上の和を作ると誤差は $\phi+\phi'$ となり、余核の加法とも一致する。
$H_1(K)$ 自体と拡大の群は同じものではない。前者は $\ker\delta$、後者は係数を入れた写像の余核である。関係式の一次情報を使うという点は共通でも、核と余核を入れ替えてはいけない。
体 $k$ に対して
$$
A=k[x,y]/(x^2,xy,y^2),\qquad B=A/(x)=k[y]/(y^2),\qquad M=B/(y)=k
$$
とする。変数のない表示 $P=A\to B$ の核は $J=(x)$ である。$A$ の $k$ 基底は $1,x,y$ なので、$J=kx$、$J^2=0$、$yJ=0$ となる。従って $J/J^2\simeq k$ は $B$ 加群としての同型であり、$\Omega_{P/A}=0$ である。素朴余接複体は鎖次数 $1$ に $k$ だけを持つ $K=k[1]$ となる。
普通の $\operatorname{Hom}_B(K,k)$ は余鎖次数 $1$ に $k$ だけを持つから、$H^2\operatorname{Hom}_B(K,k)=0$ である。しかし
$$
H^2\mathbf R\operatorname{Hom}_B(K,k)=\operatorname{Ext}^1_B(k,k)=k
$$
となる。
$k$ の自由解像度を次で構成する。
$$
\cdots\xrightarrow{y}B\xrightarrow{y}B\xrightarrow{y}B\longrightarrow k\longrightarrow0.
$$
$y^2=0$ なので連続する境界の合成は零である。$B$ の元 $a+by$ の $y$ 倍は $ay$ だから、$y$ 倍の核も像も $(y)=ky$ である。最後の商写像の核も $(y)$ なので、この複体は全次数で完全である。各項は自由である。
$\operatorname{Hom}_B(-,k)$ を取ると、$y$ が $k$ に零作用するため全境界が零になる。各項は $\operatorname{Hom}_B(B,k)=k$ だから、$\operatorname{Ext}^n_B(k,k)=k$ がすべての $n\ge0$ で成立する。$K$ は $k$ を鎖次数 $1$ へ移したものなので、その自由解像度も同じだけ移せばよい。従って $n\ge1$ に対して
$$
H^n\mathbf R\operatorname{Hom}_B(K,k)=\operatorname{Ext}^{n-1}_B(k,k),
$$
特に次数 $2$ は $k$ である。$\square$
この計算は $K$ への導来 Hom の計算であり、全余接複体 $L_{B/A}$ への導来 Hom の全高次数と同じだという主張ではない。失敗するのは「二項だから導来 Hom も次数 $1$ で止まる」という推論である。ここでは一次項 $J/J^2=k$ が射影でないため、自由解像度の高次項が必要となる。実際、射影なら今計算した $\operatorname{Ext}^1_B(k,k)$ は零になるはずである。
| 外した条件・誤った推論 | 例 | 失敗する結論 |
|---|---|---|
| $\Omega$ の射影性だけで十分とする | $\mathbb Z\to\mathbb Z/4$、$\Omega=0$ | 形式的滑らかさは従わない |
| 余法写像の単射を仮定せず消滅させる | 同じ例で $T=B,F=0$ | 一次関係の情報が失われる |
| 高次の導来 Hom を普通 Hom で置き換える | 上の $A\to B$ で $K=k[1]$ | 普通 Hom の $H^2=0$ に対し導来 Hom の $H^2=k$ |
最初の反例では零加群は射影である。それでも $\mathbb Z/16\to\mathbb Z/4$ の平方零核を通した恒等写像の持上げが存在しないので、形式的滑らかではない。これは十分条件の仮定が足りない反例であり、形式的滑らかなら微分加群が射影になるという必要条件への反例ではない。
普通のテンソルでも同じ差が現れる。この例の $K\otimes_B k$ は次数1に $k$ だけを持つ。しかし上の周期自由解像へ $k$ をテンソルすると全境界が零なので $\operatorname{Tor}^B_n(k,k)=k$($n\ge0$)。従って $K\otimes_B^{\mathbf L}k$ の鎖次数 $n\ge1$ のホモロジーは $\operatorname{Tor}^B_{n-1}(k,k)=k$ である。これは二項 $K$ の導来テンソルの計算であり、全 $L_{B/A}$ の係数ホモロジーを同じと主張していない。
体 $k$ に対し $P=k[x]$、$J=(x^2,x^3)=(x^2)$、$B=k[x]/(x^2)$ とする。写像 $B\to J/J^2$、$\bar a\mapsto ax^2\bmod x^4$ は全射である。$ax^2\in(x^4)$ なら多項式整域の取消により $a\in(x^2)$ なので単射でもある。従って $T=B[x^2]$ は階数1である。
二方程式からの全射 $B^2\to T$ は $(a,b)\mapsto(a+bx)[x^2]$ となり、非零の関係 $(-x,1)$ を核に持つ。$T$ を方程式の記載数から $B^2$ と置くと誤った複体になる。
正しい境界は $B\xrightarrow{2x}B\,dx$ である。標数2なら $H_0=H_1=B$。標数が2でなければ2は単元で、$H_0=B/(x)\simeq k$、$H_1=(x)\simeq k$ となる。後者の同型は $k\to(x)$、$a\mapsto ax$ である。生成元数、余法階数、ホモロジーの大きさをそれぞれ区別する例である。
$A=\mathbb Z$、$B=\mathbb Z/4$ では変数なしの $P=A$ を使える。$T=(4)/(16)\simeq B$、$F=0$ だから $H_0=0$、$H_1=B$ である。微分加群が零でも一次関係は消えない。平方零全射 $\mathbb Z/16\to\mathbb Z/4$ の核は $(4)/(16)$ で積が零であり、$A$ 代数としての切断は存在しない。切断なら $4\cdot1$ を零へ送る必要があるが、$\mathbb Z/16$ では $4\cdot1\ne0$ だからである。
この例は基礎環を変える際にも注意を促す。$A'=B=\mathbb Z/4$ として恒等射 $B\to B$ を考えるとその素朴余接複体は零である。しかし元の $K=B[1]$ は零ではない。微分加群の基底変更だけを見て、全二項複体まで無条件に基底変更同型と結論できない。$\mathbb Z\to\mathbb Z/4$ は平坦でなく、$\mathbb Z\xrightarrow{4}\mathbb Z$ の単射はテンソル後零となる。
任意の環 $P$ で $f_1,\ldots,f_r$ が正則列で、$J=(f_1,\ldots,f_r)$、$B=P/J$ とする。正則列とは各 $f_i$ が前半商の非零因子で、$J$ が真イデアルとなることをいう。このとき $B^r\to J/J^2$、$e_i\mapsto[f_i]$ は同型である。空列では双方とも零である。
Koszul 複体の次数 $n$ は $\bigwedge^nP^r$ で、境界は
$$d(e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_n})=\sum_{a=1}^n(-1)^{a-1}f_{i_a}e_{i_1}\wedge\cdots\widehat{e_{i_a}}\cdots\wedge e_{i_n}$$
である。二回境界を取る各項は逆符号で対消滅する。$r=1$ では $P\xrightarrow{f_1}P$ は非零因子性から単射で、次数0の商は $P/(f_1)$ となる。
帰納的に最後の変数を加えた複体は、前の複体に $f_r$ 倍を作用させた写像錐である。短完全複体から得るホモロジー完全列を用いると、正次数は前半商 $P/(f_1,\ldots,f_{r-1})$ 上の $f_r$ の核だけになり、非零因子性で零になる。次数0の余核は $B$ である。従って $H_1$ が零、すなわち $\sum_i a_if_i=0$ の一次関係は二次外積の境界であり、その各係数は $J$ に入る。
$\sum_i a_if_i\in J^2$ なら、右辺を二次の積に展開して $\sum_i(a_i-\sum_jb_{ij}f_j)f_i=0$ と書ける。上の一次関係の結果から各 $a_i-\sum_jb_{ij}f_j\in J$、従って $a_i\in J$ である。これは $B^r\to J/J^2$ の単射性を与える。全射性は $J$ の生成表示から従う。
特に $P=A[X_1,\ldots,X_n]$ で核が指定正則列なら、素朴複体は
$$[B^r\xrightarrow{(\partial f_j/\partial X_i)}B^n]$$
という有限自由二項モデルである。ここでも Jacobi 写像の単射は主張していない。例えば $k[x]/(x^p)$ を標数 $p$ で考えると、$x^p$ は多項式環で非零因子なのに微分は零である。
正則列による余法自由性と、全余接複体を二項モデルへ置き換えられるという全次数の命題は別である。後者は全余接複体の局所完全交叉振幅の問題であり、正則商 $L_{B/P}\simeq(J/J^2)[1]$ と推移三角を必要とする。この全次数の理論は 完全交叉局所環 の相対余接の節で扱う。上で示したのは指定正則列の余法基底と素朴複体の有限自由表示であり、これだけでは全 $L$ の高次消滅は結論できない。一般二項複体の項数が二つという理由で、局所完全交叉の全次数の性質を仮定なしに使うこともできない。
素朴余接複体は、低次数の具体計算のための道具である。任意の集合を用いた多項式表示でも $H_0$ と $H_1$ の対象は不変であり、関係式を追加した際の可縮対を直接処理できる。有限表示なら有限個の変数と方程式を選べるが、余法加群が自由になるとは限らない。有限表示と局所完全交叉は異なる条件である。
普通の Hom とテンソルは複体の各項に適用でき、鎖ホモトピー同値はこれらの操作でも保たれる。従って表示独立性は係数を入れた普通の演算にも働く。他方、その普通の演算が導来演算を計算するかは各項の射影性や平坦性を調べる別問題である。微分の項が自由というだけで、余法の項の高次 Ext や Tor を零にできない。
全余接複体のホモロジー、二項複体のホモロジー、普通の係数 Hom、導来 Hom の四つを区別すると、微分の余核・関係式の核・拡大の余核を取り違えずに計算できる。特に二項の $H_n=0$($n\ge2$)は、その構成に項がないという事実にすぎず、一般の環準同型の高次障害が消えたという定理ではない。
二項表示と全余接複体の切断については StacksCot の章92の記述と対照できる。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する