可逆層

同義語:invertible sheaf可逆加群層

概要

可逆層(invertible sheaf)とは、環付き空間 $(X,\mathcal O_X)$ 上で局所的に $\mathcal O_X$ と同型になる階数1の局所自由加群層である。幾何的には適切な圏で直線束の切断の層に対応し、双対層がテンソル積に関する逆元になる。可逆層の同型類はPicard群をなし、Cartier因子 $D$ から得られる $\mathcal O_X(D)$ では因子の加法がテンソル積に対応する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環付き空間, 層, 加群, テンソル積, 因子

定義と直感

可逆層

$(X,\mathcal O_X)$ を可換環の層をもつ環付き空間とする。$\mathcal O_X$-加群 $\mathcal L$ が可逆層(invertible sheaf)であるとは、各点 $x\in X$ に開近傍 $U$ が存在して
$$ \mathcal L|_U\cong\mathcal O_X|_U $$
となることをいう。すなわち、可逆層とは階数 $1$ の局所自由 $\mathcal O_X$-加群である。Har77 Chapter II §5を参照。

局所的には可逆層は関数の層そのものに見える。大域的な違いは、局所生成元を重なり上で貼り合わせる単数によって生じる。開被覆 $X=\bigcup_iU_i$ 上で生成元 $s_i$ を選ぶと、$U_i\cap U_j$ 上に
$$ s_i=g_{ij}s_j,\qquad g_{ij}\in\mathcal O_X^\times(U_i\cap U_j) $$
があり、三重の重なりで $g_{ij}g_{jk}=g_{ik}$ を満たす。この貼り合わせの「ねじれ」が可逆層の大域的情報である。

直線束との対応

「可逆層」と「直線束」は対応するが、どの幾何の圏を考えるかを指定する必要がある。

  • スキーム $X$ では、可逆 $\mathcal O_X$-加群は階数 $1$ の代数的ベクトル束に対応する。
  • 複素多様体 $X$ では、可逆な正則関数層 $\mathcal O_X$ の加群は正則直線束に対応する。
  • 位相空間上の連続関数の層を用いる場合は、連続な直線束との対応を考える。
    いずれの場合も、可逆層の局所生成元を束の局所枠とみなし、$g_{ij}$ を遷移関数として幾何的な直線束を貼り合わせる。逆に、直線束の局所切断の層は階数 $1$ の局所自由層になる。したがって「直線束」は幾何的対象、「可逆層」はその切断を層として表した対象である。任意の環付き空間に追加構造を指定せず、無条件に幾何的直線束と同一視してはいけない。

双対とテンソル逆

可逆層 $\mathcal L$ の双対を
$$ \mathcal L^\vee:=\mathcal H\!om_{\mathcal O_X}(\mathcal L,\mathcal O_X) $$
とおく。

双対はテンソル逆

$\mathcal L$ が可逆層なら $\mathcal L^\vee$ も可逆層であり、評価写像
$$ \mathcal L\otimes_{\mathcal O_X}\mathcal L^\vee\longrightarrow\mathcal O_X, \qquad s\otimes\varphi\longmapsto\varphi(s) $$
は同型である。

主張は局所的に確かめられる。$\mathcal L|_U\cong\mathcal O_U$ となる開集合 $U$ 上では
$$ \mathcal L^\vee|_U \cong\mathcal H\!om_{\mathcal O_U}(\mathcal O_U,\mathcal O_U) \cong\mathcal O_U $$
である。さらに評価写像は
$$ \mathcal O_U\otimes_{\mathcal O_U}\mathcal O_U\longrightarrow\mathcal O_U, \qquad a\otimes b\longmapsto ab $$
となり、逆写像 $c\mapsto c\otimes1$ をもつ。これらの局所同型は評価写像から自然に得られるため重なり上で一致し、大域的な同型になる。

テンソル積とPicard群

$\mathcal L,\mathcal M$ が可逆層なら $\mathcal L\otimes\mathcal M$ も可逆層である。可逆層の同型類全体は、テンソル積を演算、$\mathcal O_X$ を単位元、$\mathcal L^\vee$ を逆元としてアーベル群をなし、これを $X$ のPicard群 $\operatorname{Pic}(X)$ という。

$\mathcal L$ と $\mathcal M$ が同時に自明になる開被覆をとる。その各開集合 $U$ 上で
$$ (\mathcal L\otimes\mathcal M)|_U \cong\mathcal O_U\otimes\mathcal O_U \cong\mathcal O_U $$
だから、テンソル積も可逆である。テンソル積の結合・交換の標準同型により、同型類上の演算は結合的かつ可換である。単位元は $\mathcal O_X$ の類であり、prop-invertible-sheaf-dual により $\mathcal L^\vee$ の類が $\mathcal L$ の類の逆元になる。

環付き空間の射 $f\colon X\to Y$ に対し、引き戻し $f^*$ は可逆層を可逆層へ移し、
$$ f^*(\mathcal L\otimes\mathcal M)\cong f^*\mathcal L\otimes f^*\mathcal M $$
を満たす。したがって $f^*\colon\operatorname{Pic}(Y)\to\operatorname{Pic}(X)$ は群準同型である。

因子から作る可逆層

$X$ を整スキーム、またはRiemann面とし、$\mathcal M_X$ を有理型関数の層とする。Cartier因子 $D$ に対して符号を
$$ \mathcal O_X(D)(U) :=\{f\in\mathcal M_X(U)\mid \operatorname{div}(f)|_U+D|_U\ge0\} $$
と固定する。この規約では、$D$ が局所的な有理型関数 $g_i$ の因子で表される開集合 $U_i$ 上で
$$ \mathcal O_X(D)|_{U_i}=g_i^{-1}\mathcal O_{U_i} $$
である。旧Mathpedia稿の条件 $\operatorname{div}(f)\ge D$ はこの規約と符号が逆であり、本稿では用いない。

Cartier因子の加法とテンソル積

Cartier因子 $D,E$ に対し $\mathcal O_X(D)$ は可逆層であり、関数の積から自然な同型
$$ \mathcal O_X(D)\otimes\mathcal O_X(E) \xrightarrow{\sim}\mathcal O_X(D+E) $$
が得られる。特に $\mathcal O_X(-D)\cong\mathcal O_X(D)^\vee$ である。

$U_i$ 上で $D=\operatorname{div}(g_i)$、$E=\operatorname{div}(h_i)$ と書く。すると
$$ \mathcal O_X(D)|_{U_i}=g_i^{-1}\mathcal O_{U_i}, \qquad \mathcal O_X(E)|_{U_i}=h_i^{-1}\mathcal O_{U_i} $$
であり、それぞれ $g_i^{-1}$、$h_i^{-1}$ を局所生成元にもつので可逆である。積写像は
$$ g_i^{-1}\otimes h_i^{-1}\longmapsto(g_ih_i)^{-1} $$
と書け、$D+E=\operatorname{div}(g_ih_i)$ に対応する局所生成元を生成元へ送る同型である。積写像は局所方程式の選び方によらず重なり上で一致するので、大域的な同型になる。$E=-D$ とすれば $\mathcal O_X(D)\otimes\mathcal O_X(-D)\cong\mathcal O_X$ であり、双対の特徴づけから最後の同型を得る。

線形同値なCartier因子は同型な可逆層を与える。整ネーター・スキームでは、可逆層の一般点での非零元を選ぶと非零の有理切断が得られ、その零点と極からCartier因子 $D$ を作れて、もとの可逆層は $\mathcal O_X(D)$ と同型になる。さらに整ネーター・局所一意分解的なスキームでは、Weil因子類群とPicard群が一致する。局所一意分解的でない正規スキームでは、Weil因子がCartier因子とは限らないので、この一致を過剰一般化してはいけない。詳しくは Har77 Chapter II §6を参照。
コンパクトRiemann面では、任意の正則直線束は非零の有理型切断をもち、ある因子 $D$ に対する $\mathcal O_X(D)$ と同型になる。したがって因子の線形同値類と正則直線束の同型類が対応する。Riemann面上の因子と有理型関数については For81 §16–17を参照。

大域切断と次数

$X$ をコンパクトで連結なRiemann面、$D$ を因子とする。大域切断空間を
$$ L(D):=\Gamma(X,\mathcal O_X(D)) $$
とおく。これは $\mathbb C$-ベクトル空間であり、具体的には $0$ と、$\operatorname{div}(f)+D\ge0$ を満たす有理型関数 $f$ からなる。

負次数と零次数
  1. $\deg D<0$ なら $L(D)=0$ である。
  2. $\deg D=0$ で $L(D)$ が零でない切断をもつなら $D$ は主因子であり、$\mathcal O_X(D)\cong\mathcal O_X$ である。

$0\ne f\in L(D)$ と仮定すると、
$$ A:=\operatorname{div}(f)+D $$
は有効因子である。コンパクトRiemann面上の有理型関数の主因子は次数 $0$ なので、$\deg A=\deg D$ である。有効因子の次数は非負だから、$\deg D<0$ の場合にはこのような $f$ は存在せず、1を得る。
$\deg D=0$ の場合には $\deg A=0$ である。次数 $0$ の有効因子は零因子だけなので $A=0$、すなわち
$$ D=-\operatorname{div}(f) $$
である。したがって $D$ は主因子である。また主因子に付随する可逆層は自明なので $\mathcal O_X(D)\cong\mathcal O_X$ となる。ここでは「大域切断」を「零でない大域切断」と限定することが不可欠である。零切断ならすべての層が常にもつからである。

例と反例

自明可逆層

$\mathcal O_X$ 自身は可逆層であり、Picard群の単位元を表す。大域的生成元 $1$ をもつ可逆層は $\mathcal O_X$ と同型である。

射影直線

体 $k$ 上の射影直線 $\mathbb P_k^1$ では、整数 $n$ に対する $\mathcal O_{\mathbb P^1}(n)$ が可逆層を与え、
$$ \mathcal O(m)\otimes\mathcal O(n)\cong\mathcal O(m+n), \qquad \mathcal O(n)^\vee\cong\mathcal O(-n) $$
である。さらに $\operatorname{Pic}(\mathbb P_k^1)\cong\mathbb Z$ で、$\mathcal O(1)$ の類が生成元である(Har77 Chapter II §6)。

標準束

Riemann面 $X$ 上の正則 $1$ 形式の層 $\Omega_X^1$ は可逆層である。局所座標 $z$ 上では $dz$ が生成元になる。標準因子 $K$ を選ぶと $\Omega_X^1\cong\mathcal O_X(K)$ であり、その次数はコンパクトな場合 $2g-2$ である。

反例:点のイデアル層

$A=k[x,y]$、$X=\operatorname{Spec}A$ とし、原点のイデアル層 $\widetilde{(x,y)}$ を考える。原点の局所環 $A_{(x,y)}$ で極大イデアル $(x,y)A_{(x,y)}$ は1元で生成されない。実際、剰余体を $k$ と書けば
$$ (x,y)/(x,y)^2 $$
は $x,y$ の像を基底とする $2$ 次元 $k$-ベクトル空間である。一方、自由階数 $1$ ならこの商は1次元でなければならない。したがってこのイデアル層は原点で局所自由階数 $1$ ではなく、可逆層でない。これは「任意のイデアル層は可逆である」という含意を破る。

反例:階数だけでは足りない

特異な整スキーム上では、一般点で階数 $1$ の連接層でも、特異点で局所自由でないことがある。可逆層には各点の近傍で実際に $\mathcal O_X$ と同型になることが必要であり、「一般点で1次元」という条件だけでは足りない。

関連項目

参考文献

[1]
Robin Hartshorne, Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics 52, Springer, 1977, Chapter II §5(局所自由層)、§6(因子と可逆層、Picard群)
[2]
Otto Forster (translated by Bruce Gilligan), Lectures on Riemann Surfaces, Graduate Texts in Mathematics 81, Springer, 1981, §16–17(Riemann面上の因子、有理型関数、Riemann–Rochの定理)

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