ベクトルの内積(高校数学)

同義語:ベクトルの内積dot product (high school mathematics)

概要

ベクトルの内積(高校数学)は、ベクトル $\vec a,\vec b$ のなす角 $\theta$ を使って $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta$ と定める実数である(一方が $\vec 0$ なら $0$)。余弦定理により、互いに垂直で目盛りの幅が 1 の座標軸での成分について $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2$(空間では 3 項)が成り立ち、ここから対称性・分配法則・$\vec a\cdot\vec a=|\vec a|^2\ge0$ が従う。$\vec 0$ でない 2 つのベクトルが垂直であることは内積が $0$ であることと同値で、内積は正射影の符号付きの長さと $|\vec a|$ の積である。斜交座標では成分の積の和は内積にならない。大学数学ではこれらの計算規則を公理として内積を定める。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ベクトル, 三角比, 三平方の定理

高校での出発点:内積の 2 つの式

高校では、ベクトル $\vec a$、$\vec b$ の内積 $\vec a\cdot\vec b$ を、2 通りの式で計算する。

  1. 長さとなす角 $\theta$ から:$\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta$。
  2. 成分から:$\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$ なら $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2$。
    まず、この 2 つの式を使う計算を 2 つの例で見る。
長さとなす角から内積を求める

$|\vec a|=2$、$|\vec b|=3$ とする。$\cos60^\circ=\frac12$、$\cos90^\circ=0$、$\cos120^\circ=-\frac12$ なので、

  1. なす角が $60^\circ$ のとき、$\vec a\cdot\vec b=2\cdot3\cdot\frac12=3$。
  2. なす角が $90^\circ$ のとき、$\vec a\cdot\vec b=2\cdot3\cdot0=0$。
  3. なす角が $120^\circ$ のとき、$\vec a\cdot\vec b=2\cdot3\cdot\bigl(-\frac12\bigr)=-3$。
    なす角が鋭角なら内積は正、直角なら $0$、鈍角なら負になる。
成分から内積となす角を求める

$\vec a=(1,2)$、$\vec b=(3,1)$ のなす角 $\theta$ を求める。

  1. 成分の式で、$\vec a\cdot\vec b=1\cdot3+2\cdot1=5$。
  2. 長さは三平方の定理で、$|\vec a|=\sqrt{1^2+2^2}=\sqrt5$、$|\vec b|=\sqrt{3^2+1^2}=\sqrt{10}$。
  3. 長さと角の式 $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta$ に代入すると、$5=\sqrt5\cdot\sqrt{10}\cos\theta=5\sqrt2\cos\theta$ なので、$\cos\theta=\frac1{\sqrt2}$ である。$0^\circ\le\theta\le180^\circ$ でこれを満たすのは $\theta=45^\circ$ だけである。

ex-dph-components では、1 で成分の式を、3 で長さと角の式を使い、2 つが 同じ値 を表すことを前提にして角を求めた。ここから次の問いが出てくる。

  1. 2 つの式は、なぜ同じ値になるのか。→ lem-dph-cosine、thm-dph-agree
  2. 分配法則 $(\vec a+\vec b)\cdot\vec c=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c$ などの計算規則は、なぜ成り立つのか。→ prop-dph-rules
  3. 内積の値は、図形の何を表しているのか。→ prop-dph-projection、prop-dph-area
  4. 成分の積の和は、どんな座標でも内積になるのか。→ ex-dph-oblique
    この記事では、長さと角の式を内積の定義とし、成分の式がそれと一致することを 余弦定理(高校数学) から証明する(thm-dph-agree)。そのあと、成分の式を使って計算規則を示し、内積を正射影・面積・不等式の言葉で読む。最後に、内積を「性質」で定義し直す大学数学の見方を述べる。
    高校の計算この記事での見方ボックス
    $\lvert\vec a\rvert\lvert\vec b\rvert\cos\theta=a_1b_1+a_2b_2$余弦定理を座標で書いたものthm-dph-agree
    $\lvert\vec a+\vec b\rvert^2$ を展開する内積の分配法則と対称性prop-dph-rules
    垂直 $\iff$ 内積 $0$$\cos90^\circ=0$cor-dph-perpendicular
    正射影ベクトル $\frac{\vec a\cdot\vec b}{\lvert\vec a\rvert^2}\vec a$内積は「影の長さ」×「長さ」prop-dph-projection
    三角形の面積 $\frac12\sqrt{\lvert\vec a\rvert^2\lvert\vec b\rvert^2-(\vec a\cdot\vec b)^2}$$\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$prop-dph-area
    対称・分配・$\vec a\cdot\vec a\ge0$内積の公理(大学での定義)def-dph-axioms

定義:なす角と内積

ベクトルのなす角と内積

平面または空間の $\vec 0$ でないベクトル $\vec a$、$\vec b$ について、点 $O$ をとり $\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ となる点 $A$、$B$ を定める。$\angle AOB$ の大きさ $\theta$($0^\circ\le\theta\le180^\circ$)を $\vec a$ と $\vec b$ の なす角 という。$\vec b$ が $\vec a$ と同じ向きなら $\theta=0^\circ$、逆向きなら $\theta=180^\circ$ とする。
$\vec a$ と $\vec b$ の 内積 を
$$ \vec a\cdot\vec b:=|\vec a||\vec b|\cos\theta $$
と定める。$\vec a=\vec 0$ または $\vec b=\vec 0$ のときは $\vec a\cdot\vec b:=0$ と定める。内積はベクトルではなく、1 つの実数である。
$\vec 0$ でない $\vec a$、$\vec b$ のなす角が $90^\circ$ のとき、$\vec a$ と $\vec b$ は 垂直 であるといい、$\vec a\perp\vec b$ と書く。

なす角は点 $O$ の選び方によらない。$O$ を別の点 $O'$ に替えると、三角形 $OAB$ は平行移動した三角形 $O'A'B'$ に移り、角の大きさは変わらないからである。

定義から直接わかること
  1. 同じベクトルどうしでは、なす角は $0^\circ$ で $\cos0^\circ=1$ なので、$\vec a\cdot\vec a=|\vec a|^2$ である。たとえば $|\vec a|=5$ なら $\vec a\cdot\vec a=25$。
  2. 逆向きのベクトル $\vec a$ と $-2\vec a$ では、なす角は $180^\circ$ で $\cos180^\circ=-1$ なので、$\vec a\cdot(-2\vec a)=|\vec a|\cdot2|\vec a|\cdot(-1)=-2|\vec a|^2$ である。$|\vec a|=5$ なら $-50$。

内積が $0$ になるのは、どちらかが $\vec 0$ のときと、$\cos\theta=0$ のときである。$0^\circ\le\theta\le180^\circ$ で $\cos\theta=0$ となるのは $\theta=90^\circ$ だけなので、次が成り立つ。

垂直の条件

$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ のとき、$\vec a\perp\vec b\iff\vec a\cdot\vec b=0$ である。

余弦が 0 になる角

$\vec a$、$\vec b$ は $\vec 0$ でないので $|\vec a|>0$、$|\vec b|>0$ である。よって $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta=0$ は $\cos\theta=0$ と同値である。$0^\circ\le\theta\le180^\circ$ の範囲で $\cos\theta$ は $\theta$ が増えると減少し(単位円上の点の $x$ 座標が $1$ から $-1$ まで減る)、$\cos90^\circ=0$ なので、$\cos\theta=0$ となるのは $\theta=90^\circ$ だけである。これが $\vec a\perp\vec b$ の定義である。$\square$

主定理:2 つの式は一致する

成分の式を導く鍵は、3 辺の長さと 1 つの角を結ぶ 余弦定理(高校数学) である。ここでは、$\theta=0^\circ$、$180^\circ$ で三角形がつぶれる場合も含めて使えるように、ベクトルの形で述べて証明する。

余弦定理のベクトル形

$\vec 0$ でないベクトル $\vec a$、$\vec b$ のなす角を $\theta$ とすると
$$ |\vec b-\vec a|^2=|\vec a|^2+|\vec b|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta $$
が成り立つ。

OA を x 軸にとって座標で計算する

方針:3 点 $O$、$A$、$B$ を含む平面に、計算しやすい座標を入れる。長さ $|\vec b-\vec a|$ は 2 点 $A$、$B$ の距離であり、座標の入れ方によらないので、都合のよい座標で計算してよい。
段 1(座標のとり方)。$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ とする。$O$、$A$、$B$ を含む平面をとり(3 点が一直線上にあるときは、その直線を含む平面のどれか 1 つをとる)、その平面で $O$ を原点、半直線 $OA$ の向きを $x$ 軸の正の向きとし、$B$ が $y\ge0$ の側にくるように $y$ 軸をとる(図1)。
段 2(2 点の座標)。$A$ は $x$ 軸の正の部分にあり $OA=|\vec a|$ なので、$A(|\vec a|,0)$ である。$B$ は原点からの距離が $|\vec b|$ で、半直線 $OB$ が $x$ 軸の正の向きとなす角が $\theta$($0^\circ\le\theta\le180^\circ$)である。三角比の定義(原点を中心とする半径 $r$ の円の上で、$x$ 軸の正の向きから角 $\theta$ の位置にある点の座標が $(r\cos\theta,r\sin\theta)$。三角比と鈍角への拡張)により、$B(|\vec b|\cos\theta,\ |\vec b|\sin\theta)$ である。$\theta=0^\circ$ なら $B(|\vec b|,0)$、$\theta=180^\circ$ なら $B(-|\vec b|,0)$ で、どちらもこの式に含まれる。
段 3(距離の公式)。2 点間の距離の公式(三平方の定理)で
$$ |\vec b-\vec a|^2=AB^2=\bigl(|\vec b|\cos\theta-|\vec a|\bigr)^2+\bigl(|\vec b|\sin\theta\bigr)^2 $$
である。
段 4(展開する)。右辺を展開すると
$$ |\vec b|^2\cos^2\theta-2|\vec a||\vec b|\cos\theta+|\vec a|^2+|\vec b|^2\sin^2\theta=|\vec b|^2(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+|\vec a|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta $$
となる。$\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$ を使うと、$|\vec a|^2+|\vec b|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta$ が得られる。$\square$

図1:余弦定理のベクトル形の証明での座標のとり方。!FORMULA[163][37081][0] を原点、!FORMULA[164][1150446][0] の向きを !FORMULA[165][38352][0] 軸にとると、!FORMULA[166][36678][0] の座標が三角比で書け、!FORMULA[167][1137023][0] の長さを距離の公式で計算できることを見る図。 図1:余弦定理のベクトル形の証明での座標のとり方。$O$ を原点、$OA$ の向きを $x$ 軸にとると、$B$ の座標が三角比で書け、$AB$ の長さを距離の公式で計算できることを見る図。
$0^\circ<\theta<180^\circ$ のとき、$O$、$A$、$B$ は三角形をつくり、lem-dph-cosine は三角形 $OAB$ の角 $O$ についての余弦定理そのものである。高校の余弦定理の復習と、三角形の決定などへの応用は 余弦定理(高校数学) で扱う。

内積の成分表示

座標平面のベクトル $\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$ について
$$ \vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2 $$
が成り立つ。座標空間のベクトル $\vec a=(a_1,a_2,a_3)$、$\vec b=(b_1,b_2,b_3)$ についても $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ が成り立つ。ここで座標は、互いに垂直で、目盛りの幅(目盛り 1 つ分の長さ)がどれも $1$ の座標軸(平面では 2 本、空間では 3 本)によるものとする。

余弦定理の両辺を成分で書く

方針:lem-dph-cosine を $2|\vec a||\vec b|\cos\theta=|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2$ の形に直し、右辺の 3 つの長さを成分で計算する。平面の場合を示す。
段 1($\vec 0$ を含む場合)。$\vec a=\vec 0$ なら $a_1=a_2=0$ なので右辺は $0$ であり、定義(def-dph-dot)により左辺も $0$ である。$\vec b=\vec 0$ のときも同じである。以下、$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ とし、なす角を $\theta$ とする。
段 2(余弦定理を書き直す)。lem-dph-cosine の式を移項すると
$$ 2|\vec a||\vec b|\cos\theta=|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2 $$
である。左辺は $2(\vec a\cdot\vec b)$ である。
段 3(長さを成分で書く)。座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$ なので、点 $(a_1,a_2)$ は原点から $x$ 軸の方向に長さ $|a_1|$、$y$ 軸の方向に長さ $|a_2|$ だけ進んだ点である。よって三平方の定理により $|\vec a|^2=a_1^2+a_2^2$、$|\vec b|^2=b_1^2+b_2^2$ である。$\vec b-\vec a=(b_1-a_1,\ b_2-a_2)$ なので
$$ |\vec b-\vec a|^2=(b_1-a_1)^2+(b_2-a_2)^2=b_1^2-2a_1b_1+a_1^2+b_2^2-2a_2b_2+a_2^2 $$
である。
段 4(引き算する)。段 3 の式を段 2 の右辺に代入すると、$a_1^2$、$a_2^2$、$b_1^2$、$b_2^2$ はすべて打ち消し合い、
$$ |\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2=2a_1b_1+2a_2b_2 $$
が残る。段 2 とあわせて $2(\vec a\cdot\vec b)=2(a_1b_1+a_2b_2)$ であり、両辺を $2$ で割ると主張を得る。
段 5(空間の場合)。lem-dph-cosine は $O$、$A$、$B$ を含む平面の中で示したので、空間のベクトルにもそのまま使える。3 本の座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$ なので、空間の 2 点間の距離の公式 $|\vec a|^2=a_1^2+a_2^2+a_3^2$ などを使うと、段 3・段 4 の計算に第 3 成分の項が加わるだけで、$\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ となる。$\square$

2 つの式が一致することを確かめる
  1. ex-dph-components の $\vec a=(1,2)$、$\vec b=(3,1)$ で、lem-dph-cosine を直接使う。$\vec b-\vec a=(2,-1)$ なので $|\vec b-\vec a|^2=5$ である。$2|\vec a||\vec b|\cos\theta=|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2=5+10-5=10$ なので、$|\vec a||\vec b|\cos\theta=5$ である。成分の式の値 $1\cdot3+2\cdot1=5$ と一致する。
  2. 空間の $\vec a=(1,1,0)$、$\vec b=(0,1,1)$ では、成分の式で $\vec a\cdot\vec b=0+1+0=1$ である。$|\vec a|=|\vec b|=\sqrt2$ なので $\cos\theta=\frac1{\sqrt2\cdot\sqrt2}=\frac12$、$\theta=60^\circ$ である。実際、$\vec b-\vec a=(-1,0,1)$ で $|\vec b-\vec a|=\sqrt2$ なので、三角形 $OAB$ は 3 辺がすべて $\sqrt2$ の正三角形であり、角 $O$ は $60^\circ$ である。

内積の計算規則

長さと角の定義(def-dph-dot)だけから、分配法則 $(\vec a+\vec b)\cdot\vec c=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c$ を示すのは簡単ではない。$\vec a+\vec b$ と $\vec c$ のなす角は、$\vec a$ と $\vec c$ のなす角、$\vec b$ と $\vec c$ のなす角から単純には決まらないからである。ところが thm-dph-agree の成分の式を使うと、計算規則は数の計算に帰着する。

内積の計算規則

平面(または空間)のベクトル $\vec a$、$\vec b$、$\vec c$ と実数 $k$ について、次が成り立つ。

  1. (対称性)$\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$。
  2. (分配法則)$(\vec a+\vec b)\cdot\vec c=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c$、$\vec a\cdot(\vec b+\vec c)=\vec a\cdot\vec b+\vec a\cdot\vec c$。
  3. (実数倍)$(k\vec a)\cdot\vec b=k(\vec a\cdot\vec b)=\vec a\cdot(k\vec b)$。
  4. (正値性)$\vec a\cdot\vec a=|\vec a|^2\ge0$ であり、$\vec a\cdot\vec a=0$ となるのは $\vec a=\vec 0$ のときだけである。
成分の式で数の計算に直す

方針:座標を 1 つ決めて、thm-dph-agree により内積を成分の式で書き、実数の計算法則(交換法則・分配法則)を使う。平面の場合を示す。空間の場合は第 3 成分の項が加わるだけである。$\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$、$\vec c=(c_1,c_2)$ とおく。
1:$\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2$、$\vec b\cdot\vec a=b_1a_1+b_2a_2$ である。実数の掛け算の交換法則 $a_1b_1=b_1a_1$ などにより、両者は等しい。
2:$\vec a+\vec b=(a_1+b_1,\ a_2+b_2)$ なので
$$ (\vec a+\vec b)\cdot\vec c=(a_1+b_1)c_1+(a_2+b_2)c_2=(a_1c_1+a_2c_2)+(b_1c_1+b_2c_2)=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c $$
である。2 つ目の等号では、実数の分配法則で展開して並べ替えた。2 つ目の式は、1 の対称性で左右を入れ替えれば 1 つ目の式から出る。
3:$k\vec a=(ka_1,ka_2)$ なので $(k\vec a)\cdot\vec b=ka_1b_1+ka_2b_2=k(a_1b_1+a_2b_2)=k(\vec a\cdot\vec b)$ である。$\vec a\cdot(k\vec b)$ も同じ計算で $k(\vec a\cdot\vec b)$ になる。
4:$\vec a\cdot\vec a=a_1^2+a_2^2$ であり、これは三平方の定理により $|\vec a|^2$ に等しい(ex-dph-def の 1 でも見た)。実数の 2 乗は $0$ 以上なので $a_1^2+a_2^2\ge0$ である。$a_1^2+a_2^2=0$ なら、$0$ 以上の 2 数の和が $0$ なので $a_1^2=a_2^2=0$、すなわち $a_1=a_2=0$ であり、$\vec a=\vec 0$ である。$\square$

定義は座標によらない

def-dph-dot の定義は長さと角だけで書かれているので、座標の選び方によらない。一方、thm-dph-agree は「互いに垂直で目盛りの幅が $1$ の座標軸」ならどれを使っても成り立つ。したがって、そのような座標を 1 つ選んで成分の式で計算すれば、結果は座標の選び方によらない。条件を満たさない座標では成分の式が崩れることを、後の ex-dph-oblique で見る。

この計算規則を使うと、文字式の展開と同じように内積の式を展開できる。

長さの 2 乗を展開する

$|\vec a|=2$、$|\vec b|=3$、$\vec a\cdot\vec b=-1$ とする。

  1. prop-dph-rules の 4 と 2 を使って
    $$ |\vec a+\vec b|^2=(\vec a+\vec b)\cdot(\vec a+\vec b)=\vec a\cdot\vec a+\vec a\cdot\vec b+\vec b\cdot\vec a+\vec b\cdot\vec b $$
    と展開する。1 の対称性で $\vec b\cdot\vec a=\vec a\cdot\vec b$ なので、$|\vec a+\vec b|^2=|\vec a|^2+2\,\vec a\cdot\vec b+|\vec b|^2=4-2+9=11$ である。よって $|\vec a+\vec b|=\sqrt{11}$。
  2. 同じように、3 の実数倍も使うと
    $$ |2\vec a-\vec b|^2=4|\vec a|^2-4\,\vec a\cdot\vec b+|\vec b|^2=4\cdot4-4\cdot(-1)+9=29 $$
    である。よって $|2\vec a-\vec b|=\sqrt{29}$。
長さだけから角を求める

$|\vec a|=1$、$|\vec b|=2$、$|\vec a-\vec b|=\sqrt3$ のとき、$\vec a$ と $\vec b$ のなす角 $\theta$ を求める。
ex-dph-expand と同じ展開で $|\vec a-\vec b|^2=|\vec a|^2-2\,\vec a\cdot\vec b+|\vec b|^2$ なので、$3=1-2\,\vec a\cdot\vec b+4$ である。これを解くと $\vec a\cdot\vec b=1$ である。したがって $\cos\theta=\frac{1}{1\cdot2}=\frac12$ で、$\theta=60^\circ$ である。この計算は、辺の長さが $1$、$2$、$\sqrt3$ の三角形に余弦定理を使ったのと同じである。

垂直になる条件を求める
  1. $\vec a=(2,-1)$、$\vec b=(1,2)$ では $\vec a\cdot\vec b=2\cdot1+(-1)\cdot2=0$ なので、cor-dph-perpendicular により $\vec a\perp\vec b$ である。
  2. $\vec a=(1,k)$ と $\vec b=(3,-2)$ が垂直になる $k$ を求める。$\vec a\cdot\vec b=3-2k=0$ より $k=\frac32$ である。$\vec a=\bigl(1,\frac32\bigr)$ も $\vec b$ も $\vec 0$ でないので、cor-dph-perpendicular が使える。

内積は正射影で読める

内積の値が図形の上で何を表すかを見る。$\vec a\ne\vec 0$ とし、$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ とする。$B$ から直線 $OA$ に下ろした垂線の足を $H$ とし、$\overrightarrow{OH}$ を $\vec b$ の $\vec a$ への 正射影ベクトル という。

正射影ベクトルと内積

$\vec a\ne\vec 0$ とし、$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$、$B$ から直線 $OA$ に下ろした垂線の足を $H$ とする($B$ が直線 $OA$ 上にあるときは $H=B$)。

  1. 正射影ベクトルは $\overrightarrow{OH}=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{|\vec a|^2}\,\vec a$ である。
  2. $H$ が $O$ から見て $\vec a$ と同じ側にあるとき $\ell:=OH$、反対側にあるとき $\ell:=-OH$ と、符号付きの長さ $\ell$ を定める($H=O$ なら $\ell=0$)。このとき $\vec a\cdot\vec b=|\vec a|\,\ell$ である。
垂直の条件から係数を決める

方針:$H$ は直線 $OA$ 上にあるので $\overrightarrow{OH}=t\vec a$ と書ける。$\overrightarrow{HB}\perp\vec a$ という条件を内積で書き、$t$ を求める。
段 1($t$ の満たす式)。$H$ が直線 $OA$ 上の点であることから、$\overrightarrow{OH}=t\vec a$ となる実数 $t$ がある。$H$ は垂線の足なので、$\overrightarrow{HB}=\vec b-t\vec a$ は $\vec 0$ であるか、$\vec a$ と垂直である。どちらの場合も $(\vec b-t\vec a)\cdot\vec a=0$ である($\vec 0$ との内積は定義により $0$、垂直なら cor-dph-perpendicular)。
段 2($t$ を求める)。prop-dph-rules の 2・3・4 で左辺を展開すると $\vec a\cdot\vec b-t|\vec a|^2=0$ である。$\vec a\ne\vec 0$ より $|\vec a|^2>0$ なので、$t=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{|\vec a|^2}$ である。これで 1 が示せた。
段 3(符号付きの長さ)。$\overrightarrow{OH}=t\vec a$ の長さは $|t||\vec a|$ である。$t>0$ なら $H$ は $\vec a$ と同じ側にあって $\ell=t|\vec a|$、$t<0$ なら反対側にあって $\ell=-|t||\vec a|=t|\vec a|$、$t=0$ なら $H=O$ で $\ell=0=t|\vec a|$ である。どの場合も $\ell=t|\vec a|$ である。
段 4(まとめ)。$|\vec a|\,\ell=|\vec a|\cdot t|\vec a|=t|\vec a|^2=\vec a\cdot\vec b$ であり、2 が示せた。$\square$

$\vec b\ne\vec 0$ でなす角が $\theta$ なら、$\ell=|\vec b|\cos\theta$ である(直角三角形 $OHB$ の辺の比。$\theta$ が鈍角なら $\cos\theta<0$ で、$H$ は反対側にくる)。つまり内積は、「$\vec b$ が $\vec a$ の方向に落とす影の長さ(符号付き)」と「$\vec a$ の長さ」の積である(図2)。

正射影ベクトルを計算する
  1. $\vec a=(1,2)$、$\vec b=(3,1)$ では、$\vec a\cdot\vec b=5$、$|\vec a|^2=5$ なので $\overrightarrow{OH}=\frac55\vec a=(1,2)$ である。残りの $\vec b-\overrightarrow{OH}=(2,-1)$ は、ex-dph-perpendicular の 1 で見たとおり $\vec a$ と垂直である。符号付きの長さは $\ell=|\overrightarrow{OH}|=\sqrt5$ で、$|\vec a|\,\ell=\sqrt5\cdot\sqrt5=5=\vec a\cdot\vec b$ となる。
  2. $\vec a=(2,0)$、$\vec b=(-1,3)$ では、$\vec a\cdot\vec b=-2$、$|\vec a|^2=4$ なので $\overrightarrow{OH}=-\frac12\vec a=(-1,0)$ である。$H$ は $\vec a$ と反対側にあり、$\ell=-1$ である。$|\vec a|\,\ell=2\cdot(-1)=-2=\vec a\cdot\vec b$ となる。残りの $\vec b-\overrightarrow{OH}=(0,3)$ と $\vec a$ の内積は $0$ である。

図2:正射影ベクトル !FORMULA[408][-497656958][0] と内積。左は内積が正(!FORMULA[409][36864][0] が !FORMULA[410][1837121191][0] と同じ側)、右は内積が負(!FORMULA[411][36864][0] が反対側)の例で、内積の符号が影の向きで決まることを見る図。 図2:正射影ベクトル $\overrightarrow{OH}$ と内積。左は内積が正($H$ が $\vec a$ と同じ側)、右は内積が負($H$ が反対側)の例で、内積の符号が影の向きで決まることを見る図。
正射影を行列の掛け算として見直し、平面や高い次元の部分空間へ広げる話は 正射影と射影行列 で扱う。平面の法線ベクトルへの正射影で点と平面の距離を求める方法は 空間の平面と法線ベクトル にある。

内積の大きさと三角形の面積

$|\cos\theta|\le1$ なので、内積の絶対値は長さの積を超えない。

内積の大きさの不等式

ベクトル $\vec a$、$\vec b$ について $|\vec a\cdot\vec b|\le|\vec a||\vec b|$ が成り立つ。等号が成り立つのは、$\vec a=\vec 0$ であるか、$\vec b=k\vec a$ となる実数 $k$ があるとき($\vec a$ と $\vec b$ が平行か、一方が $\vec 0$ のとき)に限る。

余弦の大きさは 1 以下

段 1($\vec 0$ を含む場合)。$\vec a=\vec 0$ または $\vec b=\vec 0$ なら両辺とも $0$ で、等号が成り立つ。$\vec b=\vec 0$ のときは $\vec b=0\vec a$ と書ける。
段 2(不等式)。$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ とし、なす角を $\theta$ とする。$|\vec a\cdot\vec b|=|\vec a||\vec b||\cos\theta|$ であり、$|\cos\theta|\le1$ なので $|\vec a\cdot\vec b|\le|\vec a||\vec b|$ である。
段 3(等号)。段 2 で等号が成り立つのは $|\cos\theta|=1$、すなわち $\theta=0^\circ$ または $\theta=180^\circ$ のときである。これは $\vec b$ が $\vec a$ と同じ向きまたは逆向きであることで、$\vec b=k\vec a$(同じ向きなら $k=\frac{|\vec b|}{|\vec a|}>0$、逆向きなら $k=-\frac{|\vec b|}{|\vec a|}<0$)と書けることと同じである。$\square$

成分で書くと、cor-dph-cs は $(a_1b_1+a_2b_2)^2\le(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)$ である。この不等式を角を使わずに示し、関数やデータにも使える形にしたものが Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) である。
三角形の面積の公式 $S=\frac12|\vec a||\vec b|\sin\theta$ と $\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$ を組み合わせると、面積を内積で書ける。

三角形の面積と内積

$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ が平行でなく、どちらも $\vec 0$ でないとき、三角形 $OAB$ の面積 $S$ は
$$ S=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2} $$
である。さらに平面のベクトル $\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$ なら $S=\frac12|a_1b_2-a_2b_1|$ である。

正弦を余弦で書き、成分で展開する

方針:高校の面積公式 $S=\frac12|\vec a||\vec b|\sin\theta$ の $\sin\theta$ を $\cos\theta$ で表し、内積に置き換える。後半は根号の中を成分で展開して平方の形にする。
段 1(正弦を余弦で書く)。なす角を $\theta$ とすると $0^\circ<\theta<180^\circ$ なので $\sin\theta>0$ であり、$\sin\theta=\sqrt{1-\cos^2\theta}$ である。よって
$$ S=\frac12|\vec a||\vec b|\sqrt{1-\cos^2\theta}=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-\bigl(|\vec a||\vec b|\cos\theta\bigr)^2}=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2} $$
である。2 つ目の等号では、$|\vec a||\vec b|>0$ を根号の中に 2 乗して入れた。
段 2(成分で展開する)。$|\vec a|^2|\vec b|^2=(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)=a_1^2b_1^2+a_1^2b_2^2+a_2^2b_1^2+a_2^2b_2^2$、$(\vec a\cdot\vec b)^2=(a_1b_1+a_2b_2)^2=a_1^2b_1^2+2a_1b_1a_2b_2+a_2^2b_2^2$ である。引くと
$$ |\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2=a_1^2b_2^2-2a_1b_2a_2b_1+a_2^2b_1^2=(a_1b_2-a_2b_1)^2 $$
となる。$\sqrt{u^2}=|u|$ なので $S=\frac12|a_1b_2-a_2b_1|$ である。$\square$

段 2 の等式 $(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)-(a_1b_1+a_2b_2)^2=(a_1b_2-a_2b_1)^2$ から、cor-dph-cs の成分の形がもう一度、角を使わずに出る。$a_1b_2-a_2b_1$ は 2 次の正方行列の行列式であり、1 次変換で面積が何倍になるかを表す。この見方は 1次変換と行列式:面積の拡大率 で扱う。

三角形の面積を 2 通りで求める
  1. $O(0,0)$、$A(1,2)$、$B(3,1)$ の三角形では、$|\vec a|^2=5$、$|\vec b|^2=10$、$\vec a\cdot\vec b=5$ なので、$S=\frac12\sqrt{50-25}=\frac52$ である。成分の式でも $S=\frac12|1\cdot1-2\cdot3|=\frac12\cdot5=\frac52$ となる。
  2. 原点にない頂点の三角形 $P(1,1)$、$Q(4,2)$、$R(2,4)$ では、$\vec a=\overrightarrow{PQ}=(3,1)$、$\vec b=\overrightarrow{PR}=(1,3)$ とすればよい。$|\vec a|^2=|\vec b|^2=10$、$\vec a\cdot\vec b=6$ なので $S=\frac12\sqrt{100-36}=\frac12\cdot8=4$ である。成分の式でも $S=\frac12|3\cdot3-1\cdot1|=4$ となる。
  3. 空間の $\vec a=(1,1,0)$、$\vec b=(0,1,1)$(ex-dph-agree の 2)では、$|\vec a|^2=|\vec b|^2=2$、$\vec a\cdot\vec b=1$ なので $S=\frac12\sqrt{4-1}=\frac{\sqrt3}2$ である。三角形 $OAB$ は 1 辺 $\sqrt2$ の正三角形なので、正三角形の面積の公式でも $\frac{\sqrt3}4\cdot(\sqrt2)^2=\frac{\sqrt3}2$ となり、一致する。空間では成分の式 $\frac12|a_1b_2-a_2b_1|$ は使えないが、内積の式はそのまま使える。

例と反例

内積は数の掛け算に似ているが、数の掛け算で成り立つ性質のいくつかは成り立たない。また成分の式には、座標軸についての仮定がある。

外した仮定・性質崩れる主張ボックス
座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$成分の積の和が内積になる(thm-dph-agree)ex-dph-oblique
数の掛け算の「積が $0$ なら一方が $0$」内積が $0$ なら一方が $\vec 0$、内積の等式で約分できるex-dph-no-cancel
数の掛け算の結合法則$(\vec a\cdot\vec b)\vec c=\vec a(\vec b\cdot\vec c)$ex-dph-not-associative
反例:斜交座標では成分の積の和は内積でない

$\vec e_1=(1,0)$、$\vec e_2=(1,1)$ とする。$\vec e_1$ と $\vec e_2$ は平行でないので、平面のどのベクトルも $x\vec e_1+y\vec e_2$ とただ 1 通りに書ける。この $(x,y)$ を、$\vec e_1$、$\vec e_2$ を軸とする 斜交座標 での成分という(図3)。

  1. $\vec u=2\vec e_1+\vec e_2$(斜交座標の成分 $(2,1)$)、$\vec v=-\vec e_1+\vec e_2$(成分 $(-1,1)$)とする。成分の積の和は $2\cdot(-1)+1\cdot1=-1$ である。一方、ふつうの座標では $\vec u=(3,1)$、$\vec v=(0,1)$ なので、本当の内積は $\vec u\cdot\vec v=0+1=1$ である。$-1\ne1$ で、成分の積の和は内積と一致しない。
  2. 原因は、軸どうしが垂直でないこと($\vec e_1\cdot\vec e_2=1\ne0$)と、軸の長さが等しくないこと($|\vec e_1|^2=1$、$|\vec e_2|^2=2$)である。prop-dph-rules で展開すると、成分 $(x_1,y_1)$、$(x_2,y_2)$ のベクトルの内積は
    $$ (x_1\vec e_1+y_1\vec e_2)\cdot(x_2\vec e_1+y_2\vec e_2)=x_1x_2\,|\vec e_1|^2+(x_1y_2+y_1x_2)\,\vec e_1\cdot\vec e_2+y_1y_2\,|\vec e_2|^2 $$
    である。1 の数を入れると $2\cdot(-1)\cdot1+\bigl(2\cdot1+1\cdot(-1)\bigr)\cdot1+1\cdot1\cdot2=-2+1+2=1$ で、本当の内積と一致する。
  3. 軸が垂直でも、目盛りの幅が違えば崩れる。$\vec e_1=(2,0)$、$\vec e_2=(0,1)$ を軸にすると、$\vec e_1$ 自身の成分は $(1,0)$ で、成分の式では $\vec e_1\cdot\vec e_1=1$ になるが、本当は $|\vec e_1|^2=4$ である。
  4. 軸が垂直で目盛りの幅が等しくても、幅が $1$ でなければ崩れる。$\vec e_1=(2,0)$、$\vec e_2=(0,2)$ を軸にすると、$\vec e_1$ の成分は $(1,0)$ で、成分の式では $\vec e_1\cdot\vec e_1=1$ になるが、本当は $|\vec e_1|^2=4$ である。
    満たす性質:軸は平行でない 2 つのベクトルで、成分はただ 1 通りに決まる。満たさない性質:軸が互いに垂直で長さ $1$ であること。破る主張:thm-dph-agree(証明の段 3 で三平方の定理を使うところが崩れる)。

図3:斜交座標の軸 !FORMULA[542][242083313][0]、!FORMULA[543][242083344][0] と、ベクトル !FORMULA[544][1837121811][0]、!FORMULA[545][1837121842][0]。斜交座標の成分の積の和 !FORMULA[546][1117276][0] が、本当の内積 !FORMULA[547][36151][0] と一致しないことを見る図。 図3:斜交座標の軸 $\vec e_1$、$\vec e_2$ と、ベクトル $\vec u$、$\vec v$。斜交座標の成分の積の和 $-1$ が、本当の内積 $1$ と一致しないことを見る図。

反例:内積は約分できない
  1. $\vec a=(1,0)$、$\vec b=(0,1)$ では $\vec a\cdot\vec b=0$ だが、$\vec a$ も $\vec b$ も $\vec 0$ でない。数の掛け算の「$ab=0$ なら $a=0$ または $b=0$」に当たる性質は、内積では成り立たない。内積が $0$ であることは、垂直であることを意味する(cor-dph-perpendicular)。
  2. $\vec a=(1,0)$、$\vec b=(0,1)$、$\vec c=(0,2)$ とすると、$\vec a\cdot\vec b=0=\vec a\cdot\vec c$ だが $\vec b\ne\vec c$ である。$\vec a\cdot\vec b=\vec a\cdot\vec c$ から言えるのは、prop-dph-rules の 2 により $\vec a\cdot(\vec b-\vec c)=0$、つまり「$\vec b-\vec c$ が $\vec 0$ か $\vec a$ に垂直」ということだけである。
    満たす性質:prop-dph-rules の 1〜4 はすべて成り立つ。破る主張:「内積が $0$ なら一方が $\vec 0$」と「内積の等式で両辺の $\vec a$ を約分できる」。
反例:内積の結合法則は成り立たない

内積は実数なので、$(\vec a\cdot\vec b)\vec c$ は「実数 $\vec a\cdot\vec b$ とベクトル $\vec c$ の実数倍」で、$\vec c$ と平行なベクトルである。一方 $\vec a(\vec b\cdot\vec c)$ は $\vec a$ と平行なベクトルである。$\vec a=(1,0)$、$\vec b=(1,1)$、$\vec c=(0,1)$ とすると、$\vec a\cdot\vec b=1$、$\vec b\cdot\vec c=1$ なので
$$ (\vec a\cdot\vec b)\vec c=(0,1),\qquad \vec a(\vec b\cdot\vec c)=(1,0) $$
であり、等しくない。数の掛け算の結合法則 $(ab)c=a(bc)$ に当たる式は、内積では成り立たない。内積の式を展開するときは、prop-dph-rules の規則だけを使う。

高校数学で解く・大学数学で見る:内積を性質で定義する

ここまでの流れは、「長さと角」から内積を定義し(def-dph-dot)、成分の式を導き(thm-dph-agree)、計算規則を示す(prop-dph-rules)というものだった。大学数学では、この順序を逆にする。計算規則のほうを定義にして、長さや角をそこから定める。

高校数学で解く大学数学で見る
出発点長さと角 $\lvert\vec a\rvert\lvert\vec b\rvert\cos\theta$対称・線形・正値の 3 つの性質(def-dph-axioms)
成分の式余弦定理から導く定理(thm-dph-agree)数の組の空間での内積の一例(Axl24 の 6.1)
計算規則成分の式から導く命題(prop-dph-rules)定義そのもの
長さ図形の長さ$\sqrt{\langle u,u\rangle}$ で定める
角図形の角$\cos\theta:=\frac{\langle u,v\rangle}{\sqrt{\langle u,u\rangle}\sqrt{\langle v,v\rangle}}$ で定める
内積の公理

和と実数倍が定まっている集合 $V$(実ベクトル空間。平面や空間のベクトル全体、$n$ 個の実数の組の全体、区間上の連続関数の全体など)の 2 つの要素 $u$、$v$ に実数 $\langle u,v\rangle$ を 1 つずつ対応させる規則が、すべての $u,v,w\in V$ と実数 $k$ について次の 3 つを満たすとき、この規則を $V$ の 内積 という。

  1. (対称性)$\langle u,v\rangle=\langle v,u\rangle$。
  2. (線形性)$\langle u+v,w\rangle=\langle u,w\rangle+\langle v,w\rangle$、$\langle ku,v\rangle=k\langle u,v\rangle$。
  3. (正値性)$\langle u,u\rangle\ge0$ であり、$\langle u,u\rangle=0$ となるのは $u$ が零元($\vec 0$ に当たる要素)のときだけである。
    このとき $u$ の長さを $\|u\|:=\sqrt{\langle u,u\rangle}$ と定める。

prop-dph-rules は、高校の内積がこの 3 つの性質を満たすこと、つまり def-dph-axioms の意味の内積であることを示している。1 は prop-dph-rules の 1、2 は同じく 2 と 3、3 は同じく 4 である。この定義の形は Axl24 の 6.2 による(実数の場合)。
大学の定義の利点は、「矢印」でないものにも長さと角を与えられることである。次の例では、高校の図形の角を使わずに、内積から角を計算する。

矢印でないものの内積と角
  1. 区間 $0\le x\le1$ 上の連続関数 $f$、$g$ に対し $\langle f,g\rangle:=\int_0^1f(x)g(x)\,dx$ と定めると、これは def-dph-axioms の意味の内積である(証明は 積分で定める内積)。$f(x)=1$、$g(x)=x$ とすると
    $$ \langle f,g\rangle=\int_0^1x\,dx=\frac12,\quad \|f\|^2=\int_0^11\,dx=1,\quad \|g\|^2=\int_0^1x^2\,dx=\frac13 $$
    なので、$\cos\theta=\dfrac{1/2}{1\cdot(1/\sqrt3)}=\dfrac{\sqrt3}2$、つまり $f$ と $g$ の「なす角」は $30^\circ$ である。
  2. ex-dph-oblique の斜交座標の成分 $p=(x_1,y_1)$、$q=(x_2,y_2)$ に対し、ex-dph-oblique の 2 で求めた式
    $$ \langle p,q\rangle:=x_1x_2+(x_1y_2+y_1x_2)+2y_1y_2 $$
    を考える。これは本当の内積を斜交座標の成分で書いたものなので、def-dph-axioms の 3 つの性質を満たす。成分の積の和 $x_1x_2+y_1y_2$ とは違う式だが、れっきとした内積である。係数を並べた表 $\begin{pmatrix}1&1\\ 1&2\end{pmatrix}$(成分は $\vec e_i\cdot\vec e_j$)を、軸 $\vec e_1$、$\vec e_2$ の Gram行列 という。$(2,1)$ と $(-1,1)$ では $2\cdot(-1)+\bigl(2\cdot1+1\cdot(-1)\bigr)+2\cdot1\cdot1=1$ で、ex-dph-oblique の本当の内積と一致する。
角を内積で定めるには不等式が要る

大学の見方で $\cos\theta:=\frac{\langle u,v\rangle}{\|u\|\|v\|}$ と定めるには、右辺が $-1$ 以上 $1$ 以下であること、すなわち $|\langle u,v\rangle|\le\|u\|\|v\|$ が必要である(Axl24 の 6A の演習問題 16)。高校の内積では cor-dph-cs として $|\cos\theta|\le1$ から出たが、関数の内積には最初から角がないので、この論法は使えない。def-dph-axioms の 3 つの性質だけからこの不等式を示すのが Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) で、2 次式の判別式を使う。関数の内積での角と直交は 関数の内積(高校数学) で、データの組を並べたベクトルの角が相関係数になることは 相関係数(高校数学) で扱う。

数学オリンピックの問題について

内積と直交分解を使うと見通しがよくなる数学オリンピックの問題として、国際数学オリンピック(1988 年)第 1 問(同心円と、互いに垂直な 2 本の直線がつくる点の距離の 2 乗の和)がある。この問題は正射影を主題とする 正射影と射影行列 で、高校数学での解き方と大学数学での見方を並べて扱っている。

さらに先へ

  • 内積から長さを $\|u\|=\sqrt{\langle u,u\rangle}$ で定めると、平行四辺形の 4 辺と 2 本の対角線について $\|u+v\|^2+\|u-v\|^2=2\|u\|^2+2\|v\|^2$ が成り立つ。逆に、ノルム(長さの測り方がみたすべき条件)を満たす長さの測り方がこの等式を満たせば、それは必ず内積から来る。この等式は三角形の中線の長さの公式と同じ内容で、中線定理(高校数学) で扱う。
  • 空間では、2 つのベクトルの両方に垂直なベクトルを作る 外積 があり、その長さは prop-dph-area の面積の 2 倍 $\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2}$ に等しい。
  • 大学向けの定義・例・反例(複素数の場合を含む)は 内積 と 内積空間 にある。完備性(極限をとっても外に出ないこと)を加えた内積空間を Hilbert空間 という。

関連項目

参考文献

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