ベクトルの内積(高校数学)は、ベクトル $\vec a,\vec b$ のなす角 $\theta$ を使って $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta$ と定める実数である(一方が $\vec 0$ なら $0$)。余弦定理により、互いに垂直で目盛りの幅が 1 の座標軸での成分について $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2$(空間では 3 項)が成り立ち、ここから対称性・分配法則・$\vec a\cdot\vec a=|\vec a|^2\ge0$ が従う。$\vec 0$ でない 2 つのベクトルが垂直であることは内積が $0$ であることと同値で、内積は正射影の符号付きの長さと $|\vec a|$ の積である。斜交座標では成分の積の和は内積にならない。大学数学ではこれらの計算規則を公理として内積を定める。
高校では、ベクトル $\vec a$、$\vec b$ の内積 $\vec a\cdot\vec b$ を、2 通りの式で計算する。
$|\vec a|=2$、$|\vec b|=3$ とする。$\cos60^\circ=\frac12$、$\cos90^\circ=0$、$\cos120^\circ=-\frac12$ なので、
$\vec a=(1,2)$、$\vec b=(3,1)$ のなす角 $\theta$ を求める。
ex-dph-components では、1 で成分の式を、3 で長さと角の式を使い、2 つが 同じ値 を表すことを前提にして角を求めた。ここから次の問いが出てくる。
| 高校の計算 | この記事での見方 | ボックス |
|---|---|---|
| $\lvert\vec a\rvert\lvert\vec b\rvert\cos\theta=a_1b_1+a_2b_2$ | 余弦定理を座標で書いたもの | thm-dph-agree |
| $\lvert\vec a+\vec b\rvert^2$ を展開する | 内積の分配法則と対称性 | prop-dph-rules |
| 垂直 $\iff$ 内積 $0$ | $\cos90^\circ=0$ | cor-dph-perpendicular |
| 正射影ベクトル $\frac{\vec a\cdot\vec b}{\lvert\vec a\rvert^2}\vec a$ | 内積は「影の長さ」×「長さ」 | prop-dph-projection |
| 三角形の面積 $\frac12\sqrt{\lvert\vec a\rvert^2\lvert\vec b\rvert^2-(\vec a\cdot\vec b)^2}$ | $\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$ | prop-dph-area |
| 対称・分配・$\vec a\cdot\vec a\ge0$ | 内積の公理(大学での定義) | def-dph-axioms |
平面または空間の $\vec 0$ でないベクトル $\vec a$、$\vec b$ について、点 $O$ をとり $\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ となる点 $A$、$B$ を定める。$\angle AOB$ の大きさ $\theta$($0^\circ\le\theta\le180^\circ$)を $\vec a$ と $\vec b$ の なす角 という。$\vec b$ が $\vec a$ と同じ向きなら $\theta=0^\circ$、逆向きなら $\theta=180^\circ$ とする。
$\vec a$ と $\vec b$ の 内積 を
$$
\vec a\cdot\vec b:=|\vec a||\vec b|\cos\theta
$$
と定める。$\vec a=\vec 0$ または $\vec b=\vec 0$ のときは $\vec a\cdot\vec b:=0$ と定める。内積はベクトルではなく、1 つの実数である。
$\vec 0$ でない $\vec a$、$\vec b$ のなす角が $90^\circ$ のとき、$\vec a$ と $\vec b$ は 垂直 であるといい、$\vec a\perp\vec b$ と書く。
なす角は点 $O$ の選び方によらない。$O$ を別の点 $O'$ に替えると、三角形 $OAB$ は平行移動した三角形 $O'A'B'$ に移り、角の大きさは変わらないからである。
内積が $0$ になるのは、どちらかが $\vec 0$ のときと、$\cos\theta=0$ のときである。$0^\circ\le\theta\le180^\circ$ で $\cos\theta=0$ となるのは $\theta=90^\circ$ だけなので、次が成り立つ。
$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ のとき、$\vec a\perp\vec b\iff\vec a\cdot\vec b=0$ である。
$\vec a$、$\vec b$ は $\vec 0$ でないので $|\vec a|>0$、$|\vec b|>0$ である。よって $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta=0$ は $\cos\theta=0$ と同値である。$0^\circ\le\theta\le180^\circ$ の範囲で $\cos\theta$ は $\theta$ が増えると減少し(単位円上の点の $x$ 座標が $1$ から $-1$ まで減る)、$\cos90^\circ=0$ なので、$\cos\theta=0$ となるのは $\theta=90^\circ$ だけである。これが $\vec a\perp\vec b$ の定義である。$\square$
成分の式を導く鍵は、3 辺の長さと 1 つの角を結ぶ 余弦定理(高校数学) である。ここでは、$\theta=0^\circ$、$180^\circ$ で三角形がつぶれる場合も含めて使えるように、ベクトルの形で述べて証明する。
$\vec 0$ でないベクトル $\vec a$、$\vec b$ のなす角を $\theta$ とすると
$$
|\vec b-\vec a|^2=|\vec a|^2+|\vec b|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta
$$
が成り立つ。
方針:3 点 $O$、$A$、$B$ を含む平面に、計算しやすい座標を入れる。長さ $|\vec b-\vec a|$ は 2 点 $A$、$B$ の距離であり、座標の入れ方によらないので、都合のよい座標で計算してよい。
段 1(座標のとり方)。$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ とする。$O$、$A$、$B$ を含む平面をとり(3 点が一直線上にあるときは、その直線を含む平面のどれか 1 つをとる)、その平面で $O$ を原点、半直線 $OA$ の向きを $x$ 軸の正の向きとし、$B$ が $y\ge0$ の側にくるように $y$ 軸をとる(図1)。
段 2(2 点の座標)。$A$ は $x$ 軸の正の部分にあり $OA=|\vec a|$ なので、$A(|\vec a|,0)$ である。$B$ は原点からの距離が $|\vec b|$ で、半直線 $OB$ が $x$ 軸の正の向きとなす角が $\theta$($0^\circ\le\theta\le180^\circ$)である。三角比の定義(原点を中心とする半径 $r$ の円の上で、$x$ 軸の正の向きから角 $\theta$ の位置にある点の座標が $(r\cos\theta,r\sin\theta)$。三角比と鈍角への拡張)により、$B(|\vec b|\cos\theta,\ |\vec b|\sin\theta)$ である。$\theta=0^\circ$ なら $B(|\vec b|,0)$、$\theta=180^\circ$ なら $B(-|\vec b|,0)$ で、どちらもこの式に含まれる。
段 3(距離の公式)。2 点間の距離の公式(三平方の定理)で
$$
|\vec b-\vec a|^2=AB^2=\bigl(|\vec b|\cos\theta-|\vec a|\bigr)^2+\bigl(|\vec b|\sin\theta\bigr)^2
$$
である。
段 4(展開する)。右辺を展開すると
$$
|\vec b|^2\cos^2\theta-2|\vec a||\vec b|\cos\theta+|\vec a|^2+|\vec b|^2\sin^2\theta=|\vec b|^2(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+|\vec a|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta
$$
となる。$\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$ を使うと、$|\vec a|^2+|\vec b|^2-2|\vec a||\vec b|\cos\theta$ が得られる。$\square$
図1:余弦定理のベクトル形の証明での座標のとり方。$O$ を原点、$OA$ の向きを $x$ 軸にとると、$B$ の座標が三角比で書け、$AB$ の長さを距離の公式で計算できることを見る図。
$0^\circ<\theta<180^\circ$ のとき、$O$、$A$、$B$ は三角形をつくり、lem-dph-cosine は三角形 $OAB$ の角 $O$ についての余弦定理そのものである。高校の余弦定理の復習と、三角形の決定などへの応用は 余弦定理(高校数学) で扱う。
座標平面のベクトル $\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$ について
$$
\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2
$$
が成り立つ。座標空間のベクトル $\vec a=(a_1,a_2,a_3)$、$\vec b=(b_1,b_2,b_3)$ についても $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ が成り立つ。ここで座標は、互いに垂直で、目盛りの幅(目盛り 1 つ分の長さ)がどれも $1$ の座標軸(平面では 2 本、空間では 3 本)によるものとする。
方針:lem-dph-cosine を $2|\vec a||\vec b|\cos\theta=|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2$ の形に直し、右辺の 3 つの長さを成分で計算する。平面の場合を示す。
段 1($\vec 0$ を含む場合)。$\vec a=\vec 0$ なら $a_1=a_2=0$ なので右辺は $0$ であり、定義(def-dph-dot)により左辺も $0$ である。$\vec b=\vec 0$ のときも同じである。以下、$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ とし、なす角を $\theta$ とする。
段 2(余弦定理を書き直す)。lem-dph-cosine の式を移項すると
$$
2|\vec a||\vec b|\cos\theta=|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2
$$
である。左辺は $2(\vec a\cdot\vec b)$ である。
段 3(長さを成分で書く)。座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$ なので、点 $(a_1,a_2)$ は原点から $x$ 軸の方向に長さ $|a_1|$、$y$ 軸の方向に長さ $|a_2|$ だけ進んだ点である。よって三平方の定理により $|\vec a|^2=a_1^2+a_2^2$、$|\vec b|^2=b_1^2+b_2^2$ である。$\vec b-\vec a=(b_1-a_1,\ b_2-a_2)$ なので
$$
|\vec b-\vec a|^2=(b_1-a_1)^2+(b_2-a_2)^2=b_1^2-2a_1b_1+a_1^2+b_2^2-2a_2b_2+a_2^2
$$
である。
段 4(引き算する)。段 3 の式を段 2 の右辺に代入すると、$a_1^2$、$a_2^2$、$b_1^2$、$b_2^2$ はすべて打ち消し合い、
$$
|\vec a|^2+|\vec b|^2-|\vec b-\vec a|^2=2a_1b_1+2a_2b_2
$$
が残る。段 2 とあわせて $2(\vec a\cdot\vec b)=2(a_1b_1+a_2b_2)$ であり、両辺を $2$ で割ると主張を得る。
段 5(空間の場合)。lem-dph-cosine は $O$、$A$、$B$ を含む平面の中で示したので、空間のベクトルにもそのまま使える。3 本の座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$ なので、空間の 2 点間の距離の公式 $|\vec a|^2=a_1^2+a_2^2+a_3^2$ などを使うと、段 3・段 4 の計算に第 3 成分の項が加わるだけで、$\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ となる。$\square$
長さと角の定義(def-dph-dot)だけから、分配法則 $(\vec a+\vec b)\cdot\vec c=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c$ を示すのは簡単ではない。$\vec a+\vec b$ と $\vec c$ のなす角は、$\vec a$ と $\vec c$ のなす角、$\vec b$ と $\vec c$ のなす角から単純には決まらないからである。ところが thm-dph-agree の成分の式を使うと、計算規則は数の計算に帰着する。
平面(または空間)のベクトル $\vec a$、$\vec b$、$\vec c$ と実数 $k$ について、次が成り立つ。
方針:座標を 1 つ決めて、thm-dph-agree により内積を成分の式で書き、実数の計算法則(交換法則・分配法則)を使う。平面の場合を示す。空間の場合は第 3 成分の項が加わるだけである。$\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$、$\vec c=(c_1,c_2)$ とおく。
1:$\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2$、$\vec b\cdot\vec a=b_1a_1+b_2a_2$ である。実数の掛け算の交換法則 $a_1b_1=b_1a_1$ などにより、両者は等しい。
2:$\vec a+\vec b=(a_1+b_1,\ a_2+b_2)$ なので
$$
(\vec a+\vec b)\cdot\vec c=(a_1+b_1)c_1+(a_2+b_2)c_2=(a_1c_1+a_2c_2)+(b_1c_1+b_2c_2)=\vec a\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec c
$$
である。2 つ目の等号では、実数の分配法則で展開して並べ替えた。2 つ目の式は、1 の対称性で左右を入れ替えれば 1 つ目の式から出る。
3:$k\vec a=(ka_1,ka_2)$ なので $(k\vec a)\cdot\vec b=ka_1b_1+ka_2b_2=k(a_1b_1+a_2b_2)=k(\vec a\cdot\vec b)$ である。$\vec a\cdot(k\vec b)$ も同じ計算で $k(\vec a\cdot\vec b)$ になる。
4:$\vec a\cdot\vec a=a_1^2+a_2^2$ であり、これは三平方の定理により $|\vec a|^2$ に等しい(ex-dph-def の 1 でも見た)。実数の 2 乗は $0$ 以上なので $a_1^2+a_2^2\ge0$ である。$a_1^2+a_2^2=0$ なら、$0$ 以上の 2 数の和が $0$ なので $a_1^2=a_2^2=0$、すなわち $a_1=a_2=0$ であり、$\vec a=\vec 0$ である。$\square$
def-dph-dot の定義は長さと角だけで書かれているので、座標の選び方によらない。一方、thm-dph-agree は「互いに垂直で目盛りの幅が $1$ の座標軸」ならどれを使っても成り立つ。したがって、そのような座標を 1 つ選んで成分の式で計算すれば、結果は座標の選び方によらない。条件を満たさない座標では成分の式が崩れることを、後の ex-dph-oblique で見る。
この計算規則を使うと、文字式の展開と同じように内積の式を展開できる。
$|\vec a|=2$、$|\vec b|=3$、$\vec a\cdot\vec b=-1$ とする。
$|\vec a|=1$、$|\vec b|=2$、$|\vec a-\vec b|=\sqrt3$ のとき、$\vec a$ と $\vec b$ のなす角 $\theta$ を求める。
ex-dph-expand と同じ展開で $|\vec a-\vec b|^2=|\vec a|^2-2\,\vec a\cdot\vec b+|\vec b|^2$ なので、$3=1-2\,\vec a\cdot\vec b+4$ である。これを解くと $\vec a\cdot\vec b=1$ である。したがって $\cos\theta=\frac{1}{1\cdot2}=\frac12$ で、$\theta=60^\circ$ である。この計算は、辺の長さが $1$、$2$、$\sqrt3$ の三角形に余弦定理を使ったのと同じである。
内積の値が図形の上で何を表すかを見る。$\vec a\ne\vec 0$ とし、$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ とする。$B$ から直線 $OA$ に下ろした垂線の足を $H$ とし、$\overrightarrow{OH}$ を $\vec b$ の $\vec a$ への 正射影ベクトル という。
$\vec a\ne\vec 0$ とし、$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$、$B$ から直線 $OA$ に下ろした垂線の足を $H$ とする($B$ が直線 $OA$ 上にあるときは $H=B$)。
方針:$H$ は直線 $OA$ 上にあるので $\overrightarrow{OH}=t\vec a$ と書ける。$\overrightarrow{HB}\perp\vec a$ という条件を内積で書き、$t$ を求める。
段 1($t$ の満たす式)。$H$ が直線 $OA$ 上の点であることから、$\overrightarrow{OH}=t\vec a$ となる実数 $t$ がある。$H$ は垂線の足なので、$\overrightarrow{HB}=\vec b-t\vec a$ は $\vec 0$ であるか、$\vec a$ と垂直である。どちらの場合も $(\vec b-t\vec a)\cdot\vec a=0$ である($\vec 0$ との内積は定義により $0$、垂直なら cor-dph-perpendicular)。
段 2($t$ を求める)。prop-dph-rules の 2・3・4 で左辺を展開すると $\vec a\cdot\vec b-t|\vec a|^2=0$ である。$\vec a\ne\vec 0$ より $|\vec a|^2>0$ なので、$t=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{|\vec a|^2}$ である。これで 1 が示せた。
段 3(符号付きの長さ)。$\overrightarrow{OH}=t\vec a$ の長さは $|t||\vec a|$ である。$t>0$ なら $H$ は $\vec a$ と同じ側にあって $\ell=t|\vec a|$、$t<0$ なら反対側にあって $\ell=-|t||\vec a|=t|\vec a|$、$t=0$ なら $H=O$ で $\ell=0=t|\vec a|$ である。どの場合も $\ell=t|\vec a|$ である。
段 4(まとめ)。$|\vec a|\,\ell=|\vec a|\cdot t|\vec a|=t|\vec a|^2=\vec a\cdot\vec b$ であり、2 が示せた。$\square$
$\vec b\ne\vec 0$ でなす角が $\theta$ なら、$\ell=|\vec b|\cos\theta$ である(直角三角形 $OHB$ の辺の比。$\theta$ が鈍角なら $\cos\theta<0$ で、$H$ は反対側にくる)。つまり内積は、「$\vec b$ が $\vec a$ の方向に落とす影の長さ(符号付き)」と「$\vec a$ の長さ」の積である(図2)。
図2:正射影ベクトル $\overrightarrow{OH}$ と内積。左は内積が正($H$ が $\vec a$ と同じ側)、右は内積が負($H$ が反対側)の例で、内積の符号が影の向きで決まることを見る図。
正射影を行列の掛け算として見直し、平面や高い次元の部分空間へ広げる話は 正射影と射影行列 で扱う。平面の法線ベクトルへの正射影で点と平面の距離を求める方法は 空間の平面と法線ベクトル にある。
$|\cos\theta|\le1$ なので、内積の絶対値は長さの積を超えない。
ベクトル $\vec a$、$\vec b$ について $|\vec a\cdot\vec b|\le|\vec a||\vec b|$ が成り立つ。等号が成り立つのは、$\vec a=\vec 0$ であるか、$\vec b=k\vec a$ となる実数 $k$ があるとき($\vec a$ と $\vec b$ が平行か、一方が $\vec 0$ のとき)に限る。
段 1($\vec 0$ を含む場合)。$\vec a=\vec 0$ または $\vec b=\vec 0$ なら両辺とも $0$ で、等号が成り立つ。$\vec b=\vec 0$ のときは $\vec b=0\vec a$ と書ける。
段 2(不等式)。$\vec a\ne\vec 0$、$\vec b\ne\vec 0$ とし、なす角を $\theta$ とする。$|\vec a\cdot\vec b|=|\vec a||\vec b||\cos\theta|$ であり、$|\cos\theta|\le1$ なので $|\vec a\cdot\vec b|\le|\vec a||\vec b|$ である。
段 3(等号)。段 2 で等号が成り立つのは $|\cos\theta|=1$、すなわち $\theta=0^\circ$ または $\theta=180^\circ$ のときである。これは $\vec b$ が $\vec a$ と同じ向きまたは逆向きであることで、$\vec b=k\vec a$(同じ向きなら $k=\frac{|\vec b|}{|\vec a|}>0$、逆向きなら $k=-\frac{|\vec b|}{|\vec a|}<0$)と書けることと同じである。$\square$
成分で書くと、cor-dph-cs は $(a_1b_1+a_2b_2)^2\le(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)$ である。この不等式を角を使わずに示し、関数やデータにも使える形にしたものが Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) である。
三角形の面積の公式 $S=\frac12|\vec a||\vec b|\sin\theta$ と $\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$ を組み合わせると、面積を内積で書ける。
$\vec a=\overrightarrow{OA}$、$\vec b=\overrightarrow{OB}$ が平行でなく、どちらも $\vec 0$ でないとき、三角形 $OAB$ の面積 $S$ は
$$
S=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2}
$$
である。さらに平面のベクトル $\vec a=(a_1,a_2)$、$\vec b=(b_1,b_2)$ なら $S=\frac12|a_1b_2-a_2b_1|$ である。
方針:高校の面積公式 $S=\frac12|\vec a||\vec b|\sin\theta$ の $\sin\theta$ を $\cos\theta$ で表し、内積に置き換える。後半は根号の中を成分で展開して平方の形にする。
段 1(正弦を余弦で書く)。なす角を $\theta$ とすると $0^\circ<\theta<180^\circ$ なので $\sin\theta>0$ であり、$\sin\theta=\sqrt{1-\cos^2\theta}$ である。よって
$$
S=\frac12|\vec a||\vec b|\sqrt{1-\cos^2\theta}=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-\bigl(|\vec a||\vec b|\cos\theta\bigr)^2}=\frac12\sqrt{|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2}
$$
である。2 つ目の等号では、$|\vec a||\vec b|>0$ を根号の中に 2 乗して入れた。
段 2(成分で展開する)。$|\vec a|^2|\vec b|^2=(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)=a_1^2b_1^2+a_1^2b_2^2+a_2^2b_1^2+a_2^2b_2^2$、$(\vec a\cdot\vec b)^2=(a_1b_1+a_2b_2)^2=a_1^2b_1^2+2a_1b_1a_2b_2+a_2^2b_2^2$ である。引くと
$$
|\vec a|^2|\vec b|^2-(\vec a\cdot\vec b)^2=a_1^2b_2^2-2a_1b_2a_2b_1+a_2^2b_1^2=(a_1b_2-a_2b_1)^2
$$
となる。$\sqrt{u^2}=|u|$ なので $S=\frac12|a_1b_2-a_2b_1|$ である。$\square$
段 2 の等式 $(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)-(a_1b_1+a_2b_2)^2=(a_1b_2-a_2b_1)^2$ から、cor-dph-cs の成分の形がもう一度、角を使わずに出る。$a_1b_2-a_2b_1$ は 2 次の正方行列の行列式であり、1 次変換で面積が何倍になるかを表す。この見方は 1次変換と行列式:面積の拡大率 で扱う。
内積は数の掛け算に似ているが、数の掛け算で成り立つ性質のいくつかは成り立たない。また成分の式には、座標軸についての仮定がある。
| 外した仮定・性質 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 座標軸が互いに垂直で目盛りの幅が $1$ | 成分の積の和が内積になる(thm-dph-agree) | ex-dph-oblique |
| 数の掛け算の「積が $0$ なら一方が $0$」 | 内積が $0$ なら一方が $\vec 0$、内積の等式で約分できる | ex-dph-no-cancel |
| 数の掛け算の結合法則 | $(\vec a\cdot\vec b)\vec c=\vec a(\vec b\cdot\vec c)$ | ex-dph-not-associative |
$\vec e_1=(1,0)$、$\vec e_2=(1,1)$ とする。$\vec e_1$ と $\vec e_2$ は平行でないので、平面のどのベクトルも $x\vec e_1+y\vec e_2$ とただ 1 通りに書ける。この $(x,y)$ を、$\vec e_1$、$\vec e_2$ を軸とする 斜交座標 での成分という(図3)。
図3:斜交座標の軸 $\vec e_1$、$\vec e_2$ と、ベクトル $\vec u$、$\vec v$。斜交座標の成分の積の和 $-1$ が、本当の内積 $1$ と一致しないことを見る図。
内積は実数なので、$(\vec a\cdot\vec b)\vec c$ は「実数 $\vec a\cdot\vec b$ とベクトル $\vec c$ の実数倍」で、$\vec c$ と平行なベクトルである。一方 $\vec a(\vec b\cdot\vec c)$ は $\vec a$ と平行なベクトルである。$\vec a=(1,0)$、$\vec b=(1,1)$、$\vec c=(0,1)$ とすると、$\vec a\cdot\vec b=1$、$\vec b\cdot\vec c=1$ なので
$$
(\vec a\cdot\vec b)\vec c=(0,1),\qquad \vec a(\vec b\cdot\vec c)=(1,0)
$$
であり、等しくない。数の掛け算の結合法則 $(ab)c=a(bc)$ に当たる式は、内積では成り立たない。内積の式を展開するときは、prop-dph-rules の規則だけを使う。
ここまでの流れは、「長さと角」から内積を定義し(def-dph-dot)、成分の式を導き(thm-dph-agree)、計算規則を示す(prop-dph-rules)というものだった。大学数学では、この順序を逆にする。計算規則のほうを定義にして、長さや角をそこから定める。
| 高校数学で解く | 大学数学で見る | |
|---|---|---|
| 出発点 | 長さと角 $\lvert\vec a\rvert\lvert\vec b\rvert\cos\theta$ | 対称・線形・正値の 3 つの性質(def-dph-axioms) |
| 成分の式 | 余弦定理から導く定理(thm-dph-agree) | 数の組の空間での内積の一例(Axl24 の 6.1) |
| 計算規則 | 成分の式から導く命題(prop-dph-rules) | 定義そのもの |
| 長さ | 図形の長さ | $\sqrt{\langle u,u\rangle}$ で定める |
| 角 | 図形の角 | $\cos\theta:=\frac{\langle u,v\rangle}{\sqrt{\langle u,u\rangle}\sqrt{\langle v,v\rangle}}$ で定める |
和と実数倍が定まっている集合 $V$(実ベクトル空間。平面や空間のベクトル全体、$n$ 個の実数の組の全体、区間上の連続関数の全体など)の 2 つの要素 $u$、$v$ に実数 $\langle u,v\rangle$ を 1 つずつ対応させる規則が、すべての $u,v,w\in V$ と実数 $k$ について次の 3 つを満たすとき、この規則を $V$ の 内積 という。
prop-dph-rules は、高校の内積がこの 3 つの性質を満たすこと、つまり def-dph-axioms の意味の内積であることを示している。1 は prop-dph-rules の 1、2 は同じく 2 と 3、3 は同じく 4 である。この定義の形は Axl24 の 6.2 による(実数の場合)。
大学の定義の利点は、「矢印」でないものにも長さと角を与えられることである。次の例では、高校の図形の角を使わずに、内積から角を計算する。
大学の見方で $\cos\theta:=\frac{\langle u,v\rangle}{\|u\|\|v\|}$ と定めるには、右辺が $-1$ 以上 $1$ 以下であること、すなわち $|\langle u,v\rangle|\le\|u\|\|v\|$ が必要である(Axl24 の 6A の演習問題 16)。高校の内積では cor-dph-cs として $|\cos\theta|\le1$ から出たが、関数の内積には最初から角がないので、この論法は使えない。def-dph-axioms の 3 つの性質だけからこの不等式を示すのが Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) で、2 次式の判別式を使う。関数の内積での角と直交は 関数の内積(高校数学) で、データの組を並べたベクトルの角が相関係数になることは 相関係数(高校数学) で扱う。
内積と直交分解を使うと見通しがよくなる数学オリンピックの問題として、国際数学オリンピック(1988 年)第 1 問(同心円と、互いに垂直な 2 本の直線がつくる点の距離の 2 乗の和)がある。この問題は正射影を主題とする 正射影と射影行列 で、高校数学での解き方と大学数学での見方を並べて扱っている。
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