トポスのコホモロジー

同義語:topos cohomology

概要

トポスのコホモロジー(topos cohomology)とは、Grothendieck トポス $\mathcal E$ のアーベル群対象 $A$ に対し、大域切断関手 $\Gamma(A)=\operatorname{Hom}_{\mathcal E}(1,A)$ の右導来関手として定める群 $H^q(\mathcal E;A)$ である。位相空間の層のトポスでは層コホモロジーに、離散群 $G$ の作用のトポスでは群コホモロジーに一致する。大域切断は左完全だがエピ射を全射に写すとは限らず、局所的に持ち上がる切断が大域的には持ち上がらないことを $H^1$ 以上が記録する。すべてのエピ射が分裂するトポスでは正次数のコホモロジーが消え、$H^1$ はトーサーの同型類を分類する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Grothendieckトポス, 層, アーベル圏, 導来関手, 部分対象分類子

定義

Grothendieck トポスの層は、被覆上の切断を貼り合わせられる。しかし、局所的に持ち上がる切断が大域的に持ち上がるとは限らない。トポスのコホモロジーは、アーベル群対象について大域切断を取る操作が完全でないことを、次数ごとに記録する。J77 §8.1。

トポスのコホモロジー

Grothendieck トポス $\mathcal E$ のアーベル群対象の圏を $\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ とする。$A\in\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ の大域切断群を
$$ \Gamma(A)=\operatorname{Hom}_{\mathcal E}(1,A) $$
と書く。この左完全関手の右導来関手を
$$ H^q(\mathcal E;A)=R^q\Gamma(A)\qquad(q\geq0) $$
と定める。特に $H^0(\mathcal E;A)=\Gamma(A)$ である。J77 §§8.11–8.14。

$A\to I^\bullet$ を入射分解とすれば、$H^q(\mathcal E;A)$ は群の複体 $\Gamma(I^\bullet)$ の $q$ 次コホモロジーとして計算する。$\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ はアーベル圏であり、Grothendieck トポスではこの計算に必要な入射対象が十分にある(J77 8.11, 8.13)。$1$ が生成する自由アーベル群対象を $\mathbb Z$ と書くと、$\Gamma(A)\cong\operatorname{Hom}_{\operatorname{Ab}(\mathcal E)}(\mathbb Z,A)$ なので、$H^q(\mathcal E;A)\cong\operatorname{Ext}^q(\mathbb Z,A)$ とも書ける(J77 8.14)。より一般に、対象 $X$ について $\operatorname{Hom}_{\mathcal E}(X,-)$ の右導来関手を $H^q(\mathcal E,X;A)$ と書く。
導来関手の一般論から、$\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ の短完全列 $0\to A\to B\to C\to0$ はコホモロジーの長完全列
$$ 0\to\Gamma(A)\to\Gamma(B)\to\Gamma(C)\xrightarrow{\ \partial\ }H^1(\mathcal E;A)\to H^1(\mathcal E;B)\to\cdots $$
を与える。特に $\Gamma(B)\to\Gamma(C)$ が全射でなければ $H^1(\mathcal E;A)\ne0$ である。これが「局所的には持ち上がるが大域的には持ち上がらない」ことを $H^1$ が記録する仕組みである。この長完全列の先頭が完全であることは、次の命題の内容である。

大域切断は左完全

$\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ の短完全列 $0\to A\xrightarrow{i}B\xrightarrow{p}C\to0$ に対して、$0\to\Gamma(A)\to\Gamma(B)\to\Gamma(C)$ は完全である。

$\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ の有限極限は、忘却関手 $\operatorname{Ab}(\mathcal E)\to\mathcal E$ で $\mathcal E$ の有限極限として作られる(J77 8.11 の証明)。特に $p$ の核は、$\mathcal E$ での $p$ と零射 $0:B\to C$ のイコライザである。短完全列では $i$ が $p$ の核なので、$i$ はこのイコライザである。
表現可能関手 $\operatorname{Hom}_{\mathcal E}(1,-)$ はイコライザを保つ。すなわち $b:1\to B$ が $p\circ b=0$ を満たせば、イコライザの普遍性により $b=i\circ a$ となる $a:1\to A$ がただ一つある。これは $\Gamma(B)\to\Gamma(C)$ の核が $\Gamma(A)$ の像に一致することを意味する。$i$ はモノ射なので、$i\circ a=i\circ a'$ から $a=a'$ であり、$\Gamma(A)\to\Gamma(B)$ は単射である。$\square$

一方、$\Gamma$ は一般に全射を保たない。$p$ がエピ射であることは各元が「局所的に」持ち上がることを意味するだけで、大域切断 $1\to C$ が $1\to B$ に持ち上がることまでは言わないからである。具体例は次の節で見る。

直感

層条件は、一致する局所切断を同じ層の切断として貼り合わせる規則である。一方、エピ射 $A\twoheadrightarrow B$ はトポス内部では各 $B$ の元が局所的に $A$ へ持ち上がることを表すが、$b\in\Gamma(B)$ の大域的な持ち上げを保証しない。$H^{>0}$ はこの大域切断関手の非完全性から生じる。すべての存在命題の障害を一つのコホモロジー群が測る、という意味ではない。

局所的存在と大域点

トポス $\mathcal E$ の対象 $T$ に対し、内部言語で $\exists t:T$ が真である条件は $T\to1$ がエピ射であること。大域点がある条件は $1\to T$ が存在することである。後者は前者を含意するが、一般には逆が成り立たない。J77 §5.47。

大域点がある場合

射 $s:1\to T$ があれば、$T\to1$ と合成して $1$ の恒等射になる。したがって $T\to1$ は分裂エピ射、特にエピ射である。逆方向には分裂を与える条件がない。$\square$

例えば非自明な群 $G$ の作用のトポス $BG$ で、$T=G$ に正則作用を入れると $G\to1$ はエピ射だが、$G$ 不変の元がないため $1\to G$ は存在しない。

例と反例

空間の層コホモロジー

位相空間 $X$ に対し $\mathcal E=\operatorname{Sh}(X)$ とすると、$H^q(\mathcal E;A)$ はアーベル群の層 $A$ の通常の層コホモロジーである。ここではトポスの定義が空間の層コホモロジーを含む。J77 §8.15(i)。

群作用のトポス

離散群 $G$ の集合への作用のトポス $BG$ では、アーベル群対象は $G$ 加群であり、$\Gamma(A)=A^G$ である。したがって $H^q(BG;A)$ は群コホモロジーに一致する。J77 §8.15(ii)。

反例:Boolean 論理だけでは高次コホモロジーは消えない

$G=C_2$、$A=\mathbf F_2$ を自明作用の $G$ 加群とする。$BG$ の任意の部分 $G$ 集合は補集合も $G$ 集合なので $BG$ は Boolean トポスである。一方、
$$ H^1(BG;\mathbf F_2)\cong\operatorname{Hom}(C_2,\mathbf F_2)\cong\mathbf F_2\neq0. $$
よって Boolean 性から高次コホモロジーの消滅は導けない。J77 §8.15(ii)。

一次群コホモロジーを計算する

自明作用では一次コサイクル条件は $c(gh)=c(g)+c(h)$ であり、コサイクルは群準同型 $G\to\mathbf F_2$ である。一次コバウンダリーは $g\cdot a-a=0$。$C_2\to\mathbf F_2$ には零写像と非零写像があるので、商は $\mathbf F_2$ となる。$\square$

有限アーベル群 $A$ に自明な $G$ 作用を入れる場合は、同じ計算から $H^1(BG;A)=\operatorname{Hom}(G,A)$ を得る。任意の準同型 $G\to A$ は有限商を通るので、これは $\operatorname{Hom}_{\mathrm{cont}}(\widehat G,A)$ に一致する。Johnstone §8.50(ii) では $BG$ のプロ有限基本群を $\widehat G$ と同定する。したがってこの限定された状況では、一次コホモロジーと被覆の幾何が同じ準同型を記録する。J77 §§8.15(ii), 8.49–8.50。
次の二つの例は、大域切断が全射を保たないことを直接確かめ、長完全列から $H^1\ne0$ を読み取るものである。

群作用のトポスで大域切断が全射でない

$G=\{1,g\}$ を位数 $2$ の群とし、$BG$ で群環 $\mathbb Z[G]$($G$ は左からの積で作用)から自明作用の $\mathbb Z$ への増大写像 $\varepsilon(a+bg)=a+b$ を考える。$\varepsilon$ は $G$ 同変な全射なので $\operatorname{Ab}(BG)$ のエピ射であり、核は $K=\mathbb Z(1-g)$ である。大域切断は不変元なので
$$ \Gamma(\mathbb Z[G])=\mathbb Z[G]^G=\{a(1+g)\mid a\in\mathbb Z\},\qquad \Gamma(\varepsilon)(a(1+g))=2a $$
となり、$\Gamma(\varepsilon):\mathbb Z\to\Gamma(\mathbb Z)=\mathbb Z$ の像は $2\mathbb Z$ で全射でない。実際 $g(a+bg)=b+ag$ だから、不変であることは $a=b$ と同値である。長完全列により $\partial:\Gamma(\mathbb Z)=\mathbb Z\to H^1(BG;K)$ の像は $\mathbb Z/2\mathbb Z$ に同型であり、$H^1(BG;K)\ne0$ である。$1\in\Gamma(\mathbb Z)$ は $\varepsilon$ で $1\in\mathbb Z[G]$ の像になるが、$\varepsilon(x)=1$ となる $x$ で $G$ 不変なものはない。

円周上の指数写像

$\mathcal E=\operatorname{Sh}(S^1)$ とし、開集合 $U$ に連続関数 $U\to\mathbb R$ の加法群を対応させる層 $\mathcal C_{\mathbb R}$ と、連続関数 $U\to S^1$($S^1\subset\mathbb C$ の積)の群の層 $\mathcal C_{S^1}$ を考える。$e(\theta)=\exp(2\pi i\theta)$ による射 $e:\mathcal C_{\mathbb R}\to\mathcal C_{S^1}$ の核は、局所定数な整数値関数の層、すなわち定数層 $\mathbb Z_{S^1}$ である。$e$ は層のエピ射である。連続関数 $\varphi:U\to S^1$ と $x\in U$ を取ると、連続性から $x$ の開近傍 $V$ で $\varphi(V)$ は開半円に入り、そこでは連続な偏角の枝が取れるので、$\varphi|_V=e(\theta)$ となる $\theta$ があるからである。
しかし大域切断で見ると、恒等写像 $\mathrm{id}\in\Gamma(\mathcal C_{S^1})$ は $\Gamma(\mathcal C_{\mathbb R})$ から来ない。$\theta:S^1\to\mathbb R$ が $e\circ\theta=\mathrm{id}$ を満たすとすると $\theta$ は単射な連続写像である。像 $\theta(S^1)$ はコンパクトで連結なので閉区間 $[a,b]$ であり、$\theta$ が単射で $S^1$ が一点でないので $a< b$ である。内点 $c\in(a,b)$ の逆像を一点 $z$ とすると、$S^1\setminus\{z\}$ は連結なのに、その連続像 $[a,b]\setminus\{c\}$ は連結でない。これは矛盾である。したがって長完全列から $\partial(\mathrm{id})\ne0$ であり、$H^1(\operatorname{Sh}(S^1);\mathbb Z_{S^1})\ne0$ となる。これは空間の層コホモロジー $H^1(S^1;\mathbb Z)$ の非零元である。

前層のトポスでは状況が変わる。終対象が表現可能なら、大域切断は一つの対象での値を取ることにすぎず、完全である。

終対象をもつ圏の前層トポス

小さな圏 $\mathcal C$ が終対象 $t$ をもつとし、$\mathcal E=\widehat{\mathcal C}$ をその前層のトポスとする。このとき任意の $A\in\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ と $q>0$ について $H^q(\mathcal E;A)=0$ である。

前層のトポスの終対象 $1$ は、各対象に一点集合を与える前層である。$t$ が終対象なので表現可能前層 $h_t=\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(-,t)$ も各対象で一点集合になり、$1\cong h_t$ である。米田の補題により $\Gamma(A)=\operatorname{Hom}(h_t,A)\cong A(t)$ であり、$\Gamma$ は対象 $t$ での値を取る関手と同型である。$\operatorname{Ab}(\widehat{\mathcal C})$ の列が完全であることは、各対象での値の列が完全であることと同値なので(核と余核は対象ごとに計算される)、値を取る関手は完全である。完全関手の正次数の右導来関手は $0$ である。$\square$

これは J77 8.15(iv)(b) の特別な場合である。群作用のトポス $BG$ は一対象の圏の前層のトポスだが、その一対象の圏は $G$ が自明でない限り終対象をもたない(一対象から自身への射が一つではない)。そのため上の命題は使えず、実際 ex-topos-cohomology-augmentation のように $H^1\ne0$ となる。

性質

選択公理による高次コホモロジーの消滅

Grothendieck トポス $\mathcal E$ のすべてのエピ射が分裂するとする。このとき任意の $A\in\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ と $q>0$ に対し $H^q(\mathcal E;A)=0$ である。より一般に任意の $X\in\mathcal E$ に対し $H^q(\mathcal E,X;A)=0$。J77 §8.15(iv)。

射影性から導く

すべてのエピ射が分裂するなら、任意の $X$ からの射はエピ射に沿って持ち上がる。つまり $X$ は射影的である。アーベル群対象のエピ射は $\mathcal E$ でもエピ射なので、$\operatorname{Hom}_{\mathcal E}(X,-)$ は $\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ の短完全列に対して全射性を保つ。左完全性と合わせて完全関手となり、正次数の右導来関手が消える。$X=1$ とすれば $H^q(\mathcal E;A)=0$。$\square$

Cohen トポスの二つの性質

Mac Lane–Moerdijk の Cohen トポス $\mathcal C=\operatorname{Sh}(P,\neg\neg)$ は選択公理を満たし、内部では連続体仮説が成り立たない。したがって上の定理から、任意のアーベル群対象 $A$ と $q>0$ について $H^q(\mathcal C;A)=0$ である。ここで選択公理は「すべてのエピ射が切断をもつ」という意味であり(MM92 VI §1, p. 275)、Cohen トポスがこれを満たすことは MM92 VI §1, Corollary 9(p. 277)、連続体仮説が成り立たないことは同 VI §2, Theorem 1(p. 279)による。これらと J77 §8.15(iv) を組み合わせた帰結である。ゆえに高次の通常のアーベル群係数コホモロジーの消滅だけから、連続体仮説は導けない。

一次コホモロジーと torsor

アーベル群対象 $G$ に対して $H^1(\mathcal E;G)$ は $G$-torsor の同型類を分類する。torsor は局所的には点を持ち、大域点を持つとき、かつそのときに限り自明である。J77 §§8.31–8.34。

この記事ではこの命題を証明しない(J77 Theorem 8.33, p. 275。$H^1=\operatorname{Ext}^1(\mathbb Z,G)$ の拡大 $0\to G\to E\to\mathbb Z\to0$ から、生成元 $1\to\mathbb Z$ に沿う $E$ の引き戻しとして torsor を作る)。この命題は、「内部で存在するが大域的証人がない」現象を一次コホモロジーで捉えられる具体例を与える。ただし任意の内部存在文を torsor に置き換えられるわけではない。

計算・比較の注意

Čech 比較の低次部分

引き戻しを持つ圏 $C$ 上のサイト $(C,J)$、$\mathcal E=\operatorname{Sh}(C,J)$、$U\in C$、$A\in\operatorname{Ab}(\mathcal E)$ とする。$U$ 上の Čech コホモロジーから $\mathcal E$ の $l(U)$ 上の導来関手コホモロジーへの標準写像は、次数 $0,1$ で同型、次数 $2$ で単射である。一般の高次での一致には追加条件が要る。J77 §§8.26–8.28。

この記事ではこの定理を証明しない。証明は層化と大域切断の合成関手のスペクトル系列を使う(J77 Theorem 8.27, p. 270)。§8.28 は、十分な非輪状な被覆の族とその引き戻し安定性を仮定すると全次数で一致することを示す。幾何学的射にもコホモロジーの比較と Leray スペクトル系列が伴う。これらは計算と幾何学的比較の手段であり、幾何学的射が内部のすべての論理式を保つという主張ではない。J77 §§8.17, 8.27–8.28。

反例のまとめ

この記事の例のうち、条件を外すと成り立たなくなる主張を表にまとめる。各行の反例は右の列の主張を破る。

外す条件反例成り立たなくなること
大域点の存在(内部の存在だけを仮定)$BG$ の正則作用 $G$($G\ne1$)$T\to1$ がエピ射なら $1\to T$ がある
選択公理(すべてのエピ射の分裂)Boolean な $BC_2$、係数 $\mathbf F_2$Boolean なトポスでは $H^q=0$($q>0$)
前層の圏の終対象$BC_2$(一対象の圏、終対象なし)前層トポスでは $H^q=0$($q>0$)
大域切断の右完全性$\mathbb Z[C_2]\to\mathbb Z$、円周の指数写像エピ射は大域切断の全射を与える

関連項目

参考文献

[1]
Peter T. Johnstone, Topos Theory, Academic Press, 1977, §5.47 (p. 157); Theorem 8.11, 8.13, Definition 8.14, Examples 8.15 (pp. 259–262); Proposition 8.17 (p. 263); Definition 8.26 (p. 269); Theorem 8.27, Proposition 8.28 (pp. 270–271); 8.31–8.34 (pp. 272–276, Theorem 8.33 on p. 275); 8.49–8.50 (pp. 289–290)
[2]
Saunders Mac Lane, Ieke Moerdijk, Sheaves in Geometry and Logic: A First Introduction to Topos Theory, Springer, 1992, VI §1: 選択公理の定義 (p. 275)・Corollary 9 (p. 277)、VI §2 Theorem 1 (p. 279)

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