アーベルスキーム(abelian scheme)とは、スキーム $S$ 上滑らかで固有、かつ各幾何学的ファイバーが連結な群スキーム $A\to S$ のことで、$S$ の各点 $s$ の上のファイバー $A_s$ が $\kappa(s)$ 上のアーベル多様体になる、底 $S$ で径数づけられたアーベル多様体の族である。剛性補題により群構造は単位切断だけで決まり自動的に可換で、$n$ 倍写像は次数 $n^{2g}$ の同種で、$n$ が $S$ 上可逆なら $A[n]$ はエタールである。判別式が可逆な底上の Weierstrass 方程式の族や、離散付値環上で良い還元をもつアーベル多様体の Néron モデルが代表例で、Legendre 族は $\lambda=0,1$ でファイバーが退化し、切断をもたない種数 1 の曲線の族は群構造を欠くので、いずれもアーベルスキームではない。
前提知識: スキーム, 群スキーム, アーベル多様体, 滑らかな射, 固有射, 底変換
以下、$S$ を任意のスキームとする。$S$ 上のスキーム $X$ と $S$ の点 $s$ に対し、$X_s:=X\times_S\operatorname{Spec}\kappa(s)$ を $s$ 上のファイバー($\kappa(s)$ は $s$ の剰余体)、$\bar s\to S$ を $\kappa(s)$ の代数閉包に値をとる幾何学的点とするとき $X_{\bar s}:=X\times_S\bar s$ を幾何学的ファイバーという。
$S$ 上のアーベルスキーム(abelian scheme)とは、$S$ 上の群スキーム $f\colon A\to S$(積 $m\colon A\times_SA\to A$、逆元 $i\colon A\to A$、単位切断 $e\colon S\to A$ をもつ)であって、次を満たすものをいう。
$S=\operatorname{Spec}k$($k$ は体)のとき、$k$ 上のアーベルスキームとは $k$ 上滑らかで固有、幾何的に連結な群スキームのことであり、これは $k$ 上のアーベル多様体にほかならない(アーベル多様体の記事の注意「幾何的整と滑らかさ」)。一般の $S$ 上のアーベルスキームは、prop-abelian-scheme-basic で見るように各点 $s\in S$ の上のファイバー $A_s$ が $\kappa(s)$ 上のアーベル多様体になる、$S$ で径数づけられたアーベル多様体の族である。
$f\colon A\to S$ を相対次元 $g$ のアーベルスキームとする。
固有で平坦な射のファイバーが幾何的に連結で被約であれば、大域関数は底の関数だけである。この事実はアーベルスキームの剛性の根拠になる。
$f\colon A\to S$ をアーベルスキームとする。このとき自然な射 $\mathcal{O}_S\to f_*\mathcal{O}_A$ は同型であり、任意の底変換 $T\to S$ の後でも $\mathcal{O}_T\to(f_T)_*\mathcal{O}_{A_T}$ は同型である。
これは、固有で平坦かつ有限表示で、幾何学的ファイバーが連結かつ被約な任意の射について成り立つ一般的な定理である(EGA3 III §7.8、Stacks の More on Morphisms の章の Lemma「固有・平坦・有限表示で幾何学的ファイバーが被約かつ連結な射に対する $f_*\mathcal{O}_X=\mathcal{O}_S$」)。筋は次のとおりである。$S$ が Noether ならコホモロジーと底変換の定理により、各点 $s$ で $f_*\mathcal{O}_A\otimes\kappa(s)\to H^0(A_s,\mathcal{O}_{A_s})$ が同型になること、および $H^0(A_s,\mathcal{O}_{A_s})=\kappa(s)$($A_s$ は $\kappa(s)$ 上固有で幾何的に連結かつ幾何的に被約。アーベル多様体の記事の補題「完備連結スキーム上の大域関数」の一般の体への拡張)を組み合わせ、$f_*\mathcal{O}_A$ が階数 $1$ の局所自由層(局所自由層)で $\mathcal{O}_S$ から生成されることを得る。一般の $S$ は Noether 近似で帰着する。本記事ではこの定理を無証明で引く。
アーベルスキームとは、底 $S$ の各点 $s$ にアーベル多様体 $A_s$ を対応させ、それが $s$ とともに「代数的に連続に」動く族である。滑らかさは、どのファイバーも退化(特異点の出現)を起こさないこと、固有性はどのファイバーも完備であることを保証し、群構造は $S$ 上で一斉に与えられている。体上のアーベル多様体の理論の多く——剛性、可換性、$n$ 倍写像の性質、双対——は、この族の設定にそのまま移る。一方で、底が体でないことで新しい現象も起きる。族の中で特異なファイバーが現れると(Legendre 族の $\lambda=0,1$)それはアーベルスキームではなくなり、その「境界」の記述は Néron モデルや半安定退化の理論の主題になる。また、群構造の存在は単位切断 $e$ の存在を要求するので、ファイバーがすべて楕円曲線であっても切断をもたない族はアーベルスキームではない。底を Artin 局所環(Artin環)にとれば、アーベルスキームは 1 つのアーベル多様体の無限小変形であり、その変形空間は $g^2$ 次元で障害がない。
$k$ を体、$A_0$ を $k$ 上のアーベル多様体、$S$ を任意の $k$ スキームとすると、prop-abelian-scheme-basic の 1 により $A_0\times_kS\to S$ はアーベルスキームである。これを定数族という。より一般に、$R$ を離散付値環(離散付値環)、$K$ をその分数体(分数体)、$A_K$ を $K$ 上のアーベル多様体とする。$A_K$ が良い還元(良い還元)をもつとは、$\operatorname{Spec}R$ 上のアーベルスキーム $\mathcal{A}$ で生成ファイバー(生成ファイバー)$\mathcal{A}_K$ が $A_K$ に同型なものが存在することをいう。thm-abelian-scheme-neron で見るように、このとき $\mathcal{A}$ は $A_K$ の Néron モデル(Néronモデル)であり、同型を除いて一意である。
$R$ を可換環(可換環)、$a,b\in R$ とし、$2$ と $\Delta:=-16(4a^3+27b^2)$ が $R$ の単元(単元)であるとする。$S:=\operatorname{Spec}R$ とし、射影空間(射影空間)$\mathbb{P}^2_S=\operatorname{Proj}R[x,y,z]$ の閉部分スキーム(閉部分スキーム)
$$
E:=V(F)\subset\mathbb{P}^2_S,\qquad F:=y^2z-x^3-axz^2-bz^3
$$
を考える。このとき $E\to S$ は固有で滑らか、幾何学的ファイバーは連結で、切断 $O:=(0:1:0)$ をもつ。$O$ を単位元とする群構造によって $E$ は $S$ 上の相対次元 $1$ のアーベルスキーム、すなわち $S$ 上の楕円曲線(楕円曲線)である。
固有性は、$E$ が $S$ 上固有な $\mathbb{P}^2_S$ の閉部分スキームであることによる。
平坦性を示す。$E$ は 2 つのアフィン開集合(アフィン開集合)$E\cap D_+(z)$ と $E\cap D_+(y)$ で覆われる。実際 $y=z=0$ なら $F=-x^3$ となり $x=0$ も必要なので、$E$ の点で $D_+(y)\cup D_+(z)$ の外にあるものはない。$E\cap D_+(z)=\operatorname{Spec}R[u,v]/(v^2-u^3-au-b)$($u=x/z$、$v=y/z$)の座標環は、$v^2-u^3-au-b$ が $u$ について最高次係数 $-1$ の 3 次式であることから、単項式 $u^iv^j$($0\le i\le2$、$j\ge0$)を基底(基底)とする自由 $R$ 加群(自由加群)である。$u^3\equiv v^2-au-b$ を繰り返し用いれば任意の単項式がこれらの $R$ 線型結合に書け、一方 $(v^2-u^3-au-b)$ の元は $u$ について $3$ 次以上の項をもつので、$i\le2$ の単項式の非自明な線型結合は含まれないからである。同様に $E\cap D_+(y)=\operatorname{Spec}R[u,w]/(w-u^3-auw^2-bw^3)$($u=x/y$、$w=z/y$)の座標環は、関係式が $u$ について最高次係数 $-1$ の 3 次式なので、$u^iw^j$($0\le i\le2$)を基底とする自由 $R$ 加群である。自由加群は平坦だから $E\to S$ は平坦である。
滑らかさを示す。$E\to S$ は平坦で有限表示なので、すべてのファイバー $E_s$($s\in S$)が $\kappa(s)$ 上滑らかであれば滑らかである(Har77 III Ex. 10.2、Stacks の Morphisms of Schemes の章の Smooth morphisms の節)。$K:=\kappa(s)$ とおくと、仮定により $\operatorname{char}K\ne2$ かつ $4a^3+27b^2\ne0$ が $K$ で成り立つ。$E_s$ は $\mathbb{P}^2_K$ の 3 次曲線であり、平面曲線の Jacobi 判定法(Jacobi判定法)により、点 $P\in E_s(\bar K)$ が特異点(特異点)であることは $\partial F/\partial x$、$\partial F/\partial y$、$\partial F/\partial z$ がすべて $P$ で消えることと同値である。$z\ne0$ の点では $z=1$ とおいて $F=y^2-g(x)$、$g(x):=x^3+ax+b$ と書ける。$\partial F/\partial y=2y$ が消えるには $y=0$、このとき $F=0$ から $g(x)=0$、さらに $\partial F/\partial x=-g'(x)=0$ が必要である。すなわち $x$ は $g$ の重根でなければならない。しかし $g$ の判別式(判別式(多項式))は $-(4a^3+27b^2)\ne0$ なので $g$ は $\bar K$ で重根をもたず、$z\ne0$ の部分に特異点はない。$z=0$ の点では $F=-x^3$ なので $x=0$、すなわち唯一の点 $O=(0:1:0)$ である。そこで $\partial F/\partial z=y^2-2axz-3bz^2$ は $O$ で $1\ne0$ となる。よって $E_s$ は滑らかである。
幾何学的ファイバーの連結性を示す。$\bar K$ 上の滑らかな平面曲線 $E_{\bar s}=V(F)\subset\mathbb{P}^2_{\bar K}$ が可約であったとし、$F=GH$($G,H$ は正の次数の斉次多項式(斉次多項式))と分解したとすると、$\mathbb{P}^2$ の 2 つの曲線 $V(G)$ と $V(H)$ は交わる(Bézout の定理(Bézoutの定理))。交点 $P$ では $\partial F/\partial x=G\,\partial H/\partial x+H\,\partial G/\partial x$ などがすべて消えるので $P$ は $E_{\bar s}$ の特異点であり、滑らかさに反する。よって $F$ は $\bar K$ 上既約(既約)で、$E_{\bar s}$ は既約、特に連結である。
切断 $O\colon S\to E$ は $(x:y:z)=(0:1:0)$ で与えられる($F(0,1,0)=0$)。以上により $E\to S$ は固有で滑らか、幾何学的ファイバーが連結な相対次元 $1$ の曲線で切断をもつ。このような $E$ には、$O$ を単位元とする $S$ 上の群スキームの構造がただ 1 つ存在する(KM85 定理 2.1.2。各 $T$ 値点の集合 $E(T)$ を $\operatorname{Pic}^0(E_T/T)$ と同一視して群構造を入れる。ファイバーごとに見ればこれは弦と接線による楕円曲線の加法である)。この群構造により $E$ はアーベルスキームである。
$C\to S$ を滑らかで固有な射で、幾何学的ファイバーが連結な種数(種数)$g$ の曲線であるものとする。このとき相対 Picard 関手(相対Picard関手)の単位成分 $\operatorname{Pic}^0_{C/S}$ は $S$ 上の相対次元 $g$ のアーベルスキームで表現され(表現可能関手)、各ファイバーは $C_s$ の Jacobi 多様体(Jacobi多様体)である(BLR90 §9.4 の命題 4。$C\to S$ が射影的で切断をもつ場合は Grothendieck の Picard スキーム(Picardスキーム)の存在定理による)。これを $C/S$ の相対 Jacobi 多様体という。相対次元 $1$ で $C$ が切断 $O$ をもてば $P\mapsto\mathcal{O}(P-O)$ により $C\cong\operatorname{Pic}^0_{C/S}$ であり、これが prf-abelian-scheme-weierstrass の末尾で用いた群構造である。
$R:=\mathbb{Z}[1/2][\lambda]$、$S:=\operatorname{Spec}R=\mathbb{A}^1_{\mathbb{Z}[1/2]}$ とし、$\mathbb{P}^2_S$ の閉部分スキーム
$$
\mathcal{E}:=V\bigl(y^2z-x(x-z)(x-\lambda z)\bigr)\subset\mathbb{P}^2_S
$$
を Legendre 族という。$U:=S\setminus V(\lambda(\lambda-1))=\operatorname{Spec}R[1/(\lambda(\lambda-1))]$ の上では $\mathcal{E}_U\to U$ は相対次元 $1$ のアーベルスキームである。実際、prf-abelian-scheme-weierstrass と同じ計算ができる。$z=1$ とおいた $F=y^2-h(x)$、$h(x):=x(x-1)(x-\lambda)$ について、$\kappa(s)$($s\in U$)上で $h$ の根 $0,1,\lambda$ は相異なるので $h'$ は根で消えず、$z\ne0$ に特異点はない。$z=0$ の点は $O=(0:1:0)$ だけで、$\partial F/\partial z=y^2+(1+\lambda)x^2-2\lambda xz$ は $O$ で $1$ である。平坦性(関係式は $x$ について最高次係数 $-1$ の 3 次式である)・固有性・連結性・群構造は prf-abelian-scheme-weierstrass とまったく同じである。
一方、$\lambda=0$ の上のファイバーは $y^2z=x^2(x-z)$、$\lambda=1$ の上のファイバーは $y^2z=x(x-z)^2$ であり、それぞれ点 $(0:0:1)$、$(1:0:1)$ に結節点(結節点)をもつ。実際 $\lambda=0$ のとき $z=1$ で $F=y^2-x^3+x^2$、$\partial F/\partial x=-3x^2+2x$、$\partial F/\partial y=2y$ はいずれも $(x,y)=(0,0)$ で消え、$F(0,0)=0$ である($\lambda=1$ では $x$ を $x-1$ に置き換えて同じ)。したがって $\mathcal{E}\to S$ は $\lambda=0$ と $\lambda=1$ の上で滑らかでなく、$\mathcal{E}$ は $S$ 上のアーベルスキームではない。
この反例が破る含意は「$U$ 上のアーベルスキームは、$U$ を含むより大きな底へアーベルスキームとして延びる」である。しかもこの欠陥は $\mathcal{E}$ のとり方によるものではない。$\mathcal{E}_U$ の $j$ 不変量(j不変量)は $j=2^8(\lambda^2-\lambda+1)^3/(\lambda^2(\lambda-1)^2)$ であり、$\lambda=0$ で極(極)をもつ。$j$ が整でない楕円曲線は、底の有限拡大の後でも良い還元をもたない(Sil09 VII.5.5)ので、$\lambda=0$ の近傍ではどのような有限被覆に引き戻しても、生成ファイバーが $\mathcal{E}_U$ の引き戻しであるアーベルスキームは存在しない。この点で Legendre 族は乗法的還元(乗法的還元)をもち、その Néron モデルの特殊ファイバーは固有でない(Néronモデル)。
$S:=\operatorname{Spec}\mathbb{R}$ とし、$\mathbb{R}$ 上のアフィン曲線 $C_1\colon y^2=-(x^4+1)$ と $C_2\colon v^2=-(1+u^4)$ を $u=1/x$、$v=y/x^2$ で貼り合わせて得られる曲線を $C$ とする。$x^4+1$ は $\mathbb{C}$ で重根をもたないので $C_1$、$C_2$ は滑らかである(超楕円曲線(超楕円曲線)の滑らかな射影モデルと同じ構成である)。$C_1$ の座標環は $\mathbb{R}[x]$ 上 $1,y$ を基底とする自由加群、$C_2$ の座標環は $\mathbb{R}[u]$ 上 $1,v$ を基底とする自由加群なので、$x$ と $u=1/x$ は貼り合って有限射 $x\colon C\to\mathbb{P}^1_{\mathbb{R}}$ を定め、有限射は固有だから $C$ は $\mathbb{R}$ 上滑らかで固有な曲線である。$x$ は次数 $2$ の射で、$\mathbb{C}$ 上では $x^4+1=0$ の 4 点で分岐し、$x=\infty$($u=0$)の上には $v^2=-1$ の 2 点 $v=\pm i$ があって分岐しない。Riemann–Hurwitz の公式(Riemann–Hurwitzの公式)により $2g(C_{\mathbb{C}})-2=2\cdot(-2)+4=0$、すなわち $C_{\mathbb{C}}$ は種数 $1$ の連結な滑らかな射影曲線であり、$(x,y)=(0,i)$ を有理点(有理点)にもつので $\mathbb{C}$ 上の楕円曲線である。したがって $C\to S$ は滑らかで固有、幾何学的ファイバーは連結で、その唯一の幾何学的ファイバー $C_{\mathbb{C}}$ はアーベル多様体の構造をもつ。
しかし $C$ には $S$ 上の群スキームの構造が入らない。群スキームは単位切断 $e\colon S\to C$、すなわち実点 $e\in C(\mathbb{R})$ をもたなければならないが、$C_1$ 上では $y^2=-(x^4+1)<0$ となる実数 $(x,y)$ はなく、$C_2$ 上でも $v^2=-(1+u^4)<0$ となる実数 $(u,v)$ はないので $C(\mathbb{R})=\emptyset$ である。よって $C$ はアーベルスキームではない。
この反例が破る含意は「滑らかで固有、幾何学的ファイバーがアーベル多様体の構造をもつ族はアーベルスキームである」であり、定義における群構造(特に単位切断 $e$)の存在が余分な条件でないことを示す。実際、切断さえあれば種数 $1$ の相対曲線はただ 1 つの群構造をもつ(KM85 定理 2.1.2)ので、障害は切断の不在に尽きる。$C$ はその Jacobi 多様体 $E:=\operatorname{Pic}^0_{C/\mathbb{R}}$(これは $\mathbb{R}$ 上の楕円曲線である)のトーサー(トーサー)であり、$C\cong E$ となることと $C(\mathbb{R})\ne\emptyset$ とは同値である。任意の空でない $\mathbb{R}$ スキーム $T$ に対して $C\times_{\mathbb{R}}T\to T$ も同じ理由でアーベルスキームでない。
体上のアーベル多様体の剛性補題(アーベル多様体の記事の補題「剛性補題」)は、次の形で底 $S$ の上に移る。
$S$ を連結なスキーム、$p\colon X\to S$ を固有で平坦かつ有限表示な射で、すべての $s'\in S$ について $H^0(X_{s'},\mathcal{O}_{X_{s'}})=\kappa(s')$ を満たし、切断 $\epsilon\colon S\to X$ をもつものとする。$q\colon Y\to S$ を分離的で局所有限表示な射、$f\colon X\to Y$ を $S$ 射とする。ある点 $s\in S$ について $f(X_s)$ が 1 点であるならば、$f=(f\circ\epsilon)\circ p$ が成り立つ。すなわち $f$ は $p$ を経由する。
これは MFK94 命題 6.1、Mil08 §20 命題 20.1 の主張を本記事の記法に整えたものである(MFK94 は $S$ を Noether として述べる。切断の存在と $Y$ の有限表示性は本記事で使う場合に成り立つ仮定であり、結論を「$f$ が $p$ を経由する」と述べるために付けた)。証明の筋は次のとおりである。
$S$ を連結なスキーム、$f\colon A\to S$ を相対次元 $g$ のアーベルスキーム、$G\to S$ を分離的で局所有限表示な群スキーム、$\varphi\colon A\to G$ を $\varphi\circ e_A=e_G$ を満たす $S$ 射とする。
可換性はまだ示していないので、$A$ と $G$ の群演算をともに乗法的に書く。$T$ を任意の $S$ スキームとするとき、$A(T)$、$G(T)$ は群であり、$S$ 射は $T$ 値点の写像として群の言葉で扱える(米田の補題(米田の補題))。
まず $A$ が連結であることを示す。$A=U_1\sqcup U_2$($U_1,U_2$ は開集合)とすると、各ファイバー $A_s$ は連結なので $U_1$ か $U_2$ のちょうど一方に含まれる。$f$ は平坦で有限表示なので開写像であり、$f(U_1)$ と $f(U_2)$ は $S$ の開集合で、いま述べたことから互いに交わらず、$f$ は全射(各ファイバーは空でない。単位切断がある)なので $S=f(U_1)\sqcup f(U_2)$ である。$S$ は連結なので一方が空、したがって $U_1$ か $U_2$ が空である。
$S$ が連結でない場合も cor-abelian-scheme-rigidity は成り立つ。主張は $S$ 上局所的で、アーベルスキームと射は有限表示なので Noether 近似(EGA4 IV §8)により $S$ が Noether の場合に帰着し、開である各連結成分(連結成分)に上の結果を適用すればよい(MFK94 系 6.4、系 6.5)。以下では群演算を加法的に $x+y$、$-x$、$0$ と書き、整数 $n$ に対する $n$ 倍写像を $n_A\colon A\to A$ と書く。
$f\colon A\to S$ を相対次元 $g$ のアーベルスキームとし、$\Omega^1_{A/S}$ を相対 Kähler 微分(Kähler微分)の層、$\omega_{A/S}:=e^*\Omega^1_{A/S}$ とおく。
$\omega_{A/S}$ の大域切断は $A$ の不変微分形式(不変微分)であり、$\omega_{A/S}$ は $A/S$ のHodge 束とも呼ばれる。$\omega_{A/S}$ は Lie 代数(Lie代数)の層 $\operatorname{Lie}(A/S):=e^*T_{A/S}$ の双対である。相対 de Rham コホモロジー(de Rhamコホモロジー)$H^1_{dR}(A/S)=\mathbf{R}^1f_*\Omega^{\bullet}_{A/S}$ は階数 $2g$ の局所自由層で、Hodge フィルトレーション(Hodgeフィルトレーション)による完全列 $0\to\omega_{A/S}\to H^1_{dR}(A/S)\to R^1f_*\mathcal{O}_A\to0$ をもち、$R^1f_*\mathcal{O}_A$ は双対アーベルスキームの Lie 代数 $\operatorname{Lie}(A^{\vee}/S)$ に同型である(各ファイバーでは Mum70 §13、双対アーベル多様体の記事の定理「双対アーベル多様体の接空間」。$S$ 上の言明は BBM82 第 2 章)。この完全列の拡大類 $\xi_{A/S}\in H^1(S,\omega_{A^{\vee}/S}\otimes\omega_{A/S})$ を扱う参考書「代数的 de Rham コホモロジー」の頁「アーベル多様体の 1 次 de Rham コホモロジーと拡大類」では、上の 1・2 を前提として用いる。
$f\colon A\to S$ を相対次元 $g$ のアーベルスキーム、$n\ge1$ を整数とする。
Mil08 §20 命題 20.7、MFK94 第 6 章に譲り、筋を述べる。体上の場合(アーベル多様体の記事の定理「n倍写像と捩れ点」)を各ファイバーで使う。$A$ は $S$ 上平坦で、$n_A$ は各ファイバー $A_s$ 上で平坦(体上の同種は平坦)だから、ファイバーごとの平坦性判定(EGA4 IV 11.3.10)により $n_A$ は平坦である。$n_A$ は固有な $S$ スキームから分離的な $S$ スキームへの $S$ 射なので固有であり(Har77 II 4.8(e))、各ファイバー上で有限なので準有限、固有かつ準有限なので有限である。したがって $A[n]$ は $S$ 上有限平坦であり、その階数は $S$ 上局所定数で、各ファイバー上で $n^{2g}$ である。可換性は cor-abelian-scheme-rigidity による。2 について、$A$ は $S$ 上平坦なので、$S$ 射 $n_A$ がエタールであることは $S$ のファイバーごとに判定でき(EGA4 IV 17.8.2)、$n_{A_s}$ がエタールであることは $\operatorname{char}\kappa(s)\nmid n$ と同値である(体上の定理の 2 と 3)。$A[n]$ は $n_A$ の底変換なので $n_A$ がエタールなら $A[n]\to S$ もエタールである。逆に $A[n]\to S$ がエタールなら $A_s[n]$ は $\kappa(s)$ 上位数 $n^{2g}$ の有限エタール群スキームで、$A_s[n](\bar\kappa(s))$ は $n^{2g}$ 個の元をもつ。もし $p:=\operatorname{char}\kappa(s)$ が $n$ を割れば、体上の定理の 3 により $A_s[p](\bar\kappa(s))$ の元は高々 $p^g< p^{2g}$ 個なので $A_s[n](\bar\kappa(s))$ の元は $n^{2g}$ 個より少なく、矛盾する。最後の主張は、有限エタール群スキームがエタール局所的に定数であることと、幾何学的ファイバーの点の個数が $n^{2g}$ で $n$ 捩れであることによる。
体上の場合と同様、$\ell$ を $S$ 上可逆な素数とするとき $T_\ell(A):=\varprojlim_mA[\ell^m]$ は $S$ 上の $\ell$ 進エタール層で、Tate 加群(Tate加群)の族を与え、素数 $p$ に対し $A[p^\infty]:=\varinjlim_mA[p^m]$ は $S$ 上の高さ $2g$ の $p$ 可除群(p可除群)である。後者は thm-abelian-scheme-serre-tate で用いる。
$f\colon A\to S$ を相対次元 $g$ のアーベルスキームとする。相対 Picard 関手 $\operatorname{Pic}_{A/S}$ の、各幾何学的ファイバーで代数的に $0$ に同値(代数的同値)な可逆層(可逆層)の類からなる部分関手 $\operatorname{Pic}^0_{A/S}$ は、$S$ 上の相対次元 $g$ のアーベルスキーム $A^{\vee}$ で表現される。$A^{\vee}$ を $A$ の双対アーベルスキームという。各点 $s$ でのファイバー $(A^{\vee})_s$ は $A_s$ の双対アーベル多様体(双対アーベル多様体)であり、$A^{\vee}$ の構成は底変換と両立し、$A\times_SA^{\vee}$ 上に普遍的な可逆層(Poincaré 束)$\mathcal{P}$ が存在し、$A^{\vee\vee}\cong A$ である。
$A$ が $S$ 上射影的なら、Grothendieck の Picard スキーム(Picardスキーム)の存在定理により $\operatorname{Pic}_{A/S}$ が分離的な群スキームで表現され、その単位成分として $A^{\vee}$ が得られる(MFK94 第 6 章、FGAex 第 9 章)。一般の $A$ については、Artin の表現可能性定理により $\operatorname{Pic}^0_{A/S}$ が固有で滑らかな群代数空間で表現され、Raynaud の定理によってそれがスキームになる(FC90 第 I 章 §1)。$A^{\vee\vee}\cong A$ と Poincaré 束の性質は FC90 同節、体上の場合は Mum70 §13 に譲る。可逆層 $L$ が定める準同型 $\lambda_L\colon A\to A^{\vee}$、$x\mapsto t_x^*L\otimes L^{-1}$ と、各幾何学的ファイバーで豊富な $L$ から来る準同型としての偏極(偏極)の概念も、体上と同様に定義される。
1 は BLR90 §1.2 命題 8 に譲る。筋:$Y$ を $S$ 上滑らかなスキーム、$u_K\colon Y_K\to\mathcal{A}_K$ を $K$ 射とすると、$\mathcal{A}$ の固有性から $u_K$ は $Y$ の余次元 $1$ の点の局所環の上に延び(付値判定法)、$Y$ が正規なので Weil の延長定理(Weilの延長定理)により $Y$ 全体に延びる。2 は BLR90 §7.4 と Néronモデルの記事の定理「良い還元とNéronモデルの固有性」に譲る。3 は FC90 第 I 章 命題 2.7 に譲る。3 は、ex-abelian-scheme-constant の良い還元をもつアーベル多様体のモデル $\mathcal{A}$ が一意であることを含む。
底 $S=\operatorname{Spec}R$ を Artin 局所環のスペクトル、$k$ をその剰余体とすると、$S$ 上のアーベルスキーム $A$ は閉点上のファイバー $A_0:=A\otimes_Rk$ の無限小変形(変形理論)である。この設定の主結果を言明だけ述べる。
$k$ を体、$A_0$ を $k$ 上の $g$ 次元アーベル多様体、$\Lambda$ を剰余体 $k$ をもつ完備 Noether 局所環とする($k$ が標数 $p>0$ の完全体(完全体)なら Witt ベクトル(Wittベクトル)の環 $\Lambda=W(k)$、$\operatorname{char}k=0$ なら $\Lambda=k$ をとることができる)。剰余体 $k$ をもつ Artin 局所 $\Lambda$ 代数 $R$ に、$A_0$ の $R$ 上への変形($R$ 上のアーベルスキーム $A$ と同型 $A\otimes_Rk\cong A_0$ の組)の同型類の集合を対応させる関手 $\operatorname{Def}_{A_0}$ について、次が成り立つ。
Oor71 §2 に譲る(体上のアーベル多様体の変形の障害が消えることは Grothendieck と Mumford による。FC90 第 I 章、Kat81 §1 の解説も参照)。筋:一般の滑らかな固有スキームの変形の障害は $H^2(A_0,T_{A_0})$ に入るが、アーベル多様体では $T_{A_0}\cong\mathcal{O}_{A_0}\otimes_k\operatorname{Lie}(A_0)$(prop-abelian-scheme-cotangent の双対)なので $H^i(A_0,T_{A_0})=H^i(A_0,\mathcal{O}_{A_0})\otimes\operatorname{Lie}(A_0)$ であり、$H^1(A_0,\mathcal{O}_{A_0})\cong\operatorname{Lie}(A_0^{\vee})$ から 2 が従う。障害類が実際に消えることは、$H^2(A_0,\mathcal{O}_{A_0})=\bigwedge^2H^1(A_0,\mathcal{O}_{A_0})$ の構造と群構造を使って示す。3 は 1・2 と Schlessinger の判定条件による。標数 $p$ では、これにより $k$ 上の任意のアーベル多様体が $W(k)$ 上の形式的なアーベルスキームに持ち上がり、偏極とともに $W(k)$ の有限拡大上の(代数化可能な)アーベルスキームに持ち上がることが知られている(Mumford、Norman–Oort。Oor71 §2 と FC90 第 I 章の解説に譲る)。
$p$ を素数、$S$ を $p$ が局所冪零なスキーム、$S_0\subset S$ を冪零なイデアル層で定まる閉部分スキームとする。$S$ 上のアーベルスキーム $A$ に、3 つ組 $(A_0,G,\varepsilon)$——$A_0:=A\times_SS_0$、$G:=A[p^\infty]$($S$ 上の $p$ 可除群)、$\varepsilon\colon G\times_SS_0\cong A_0[p^\infty]$ は標準同型——を対応させる関手は、$S$ 上のアーベルスキームの圏から、$S_0$ 上のアーベルスキーム $A_0$、$S$ 上の $p$ 可除群 $G$、同型 $\varepsilon\colon G\times_SS_0\cong A_0[p^\infty]$ の 3 つ組の圏への圏同値である。特に $S=\operatorname{Spec}R$($R$ は剰余標数 $p$ の Artin 局所環)のとき、$A_0$ の $R$ 上への変形は $p$ 可除群 $A_0[p^\infty]$ の $R$ 上への変形と 1 対 1 に対応する。
Kat81 定理 1.2.1 に譲る(Serre と Tate による。Drinfeld の証明を Katz が記す)。筋:$A$ の $S$ 上の変形は $A[p^N]$($N$ が大きい)の変形で決まることを、$p^N$ 倍写像が $S_0\subset S$ の冪零性により「持上げの差」を殺すことから導く。$k$ を標数 $p$ の代数閉体、$A_0$ を通常(ordinary、$A_0[p](k)\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$、通常アーベル多様体)とすると、$A_0[p^\infty]$ は乗法型の部分 $\hat A_0\cong\hat{\mathbb{G}}_m^g$ とエタールな商の拡大であり、Kat81 定理 2.1 により $\operatorname{Def}_{A_0}$ は形式トーラス $\operatorname{Hom}_{\mathbb{Z}_p}(T_pA_0(k)\otimes T_pA_0^{\vee}(k),\hat{\mathbb{G}}_m)$ の構造をもち、その単位元に対応する $W(k)$ 上の変形を $A_0$ のSerre–Tate 標準持上げという。剰余体が代数閉な Artin 局所環上の通常なアーベルスキームの形式群(形式群)は $\hat{\mathbb{G}}_m^g$ に同型な形式トーラスである(乗法型の群スキームは Hensel 局所環上で剛である)。
Grothendieck は、剰余標数 $p$ の Artin 局所環 $R$ 上のアーベルスキーム $X$ で形式群が形式トーラスであるもの(前の注意により、剰余体が代数閉なら通常なアーベルスキーム)を用いて、標数 $p$ では無限小景(結晶コホモロジーの記事)のコホモロジーが de Rham コホモロジーに一致しないことを示唆した(Gro68c 6.5 末と 7.1)。主張は、$X$ の stratifying コホモロジー $H^i((X/R)_{\mathrm{strat}},\mathcal{O})$ が $H^i(X,\mathcal{O}_X)$ に一致して $i>g$ で消える一方、$H^{2g}_{dR}(X/R)\ne0$ であるというものである。この例の読解——群構造による同型 $(x,y)\mapsto(x,y-x)$ で $X\times_RX$ の対角線に沿った完備化を $X\times_R\hat X$ に帰着させる段、および形式トーラスの自明係数コホモロジーの消滅と最高次 de Rham コホモロジーの非消滅という原論文が閉じていない段の区別——は参考書 結晶コホモロジーの構想 の頁「基本定理の証明」と「結晶景と接続景」にあり、本記事はその前提となるアーベルスキームの定義と可換性・$p$ 捩れ・形式群の言明を供給する。
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