モジュライ空間

同義語:moduli space

概要

モジュライ空間(moduli space)とは、幾何学的な対象の同型類を点とし、対象の族を空間への写像として表すような空間である。族の同型類を与えるモジュライ関手を表現するスキームを細かいモジュライ空間、代数閉体上の点の水準で同型類と一対一に対応し普遍性をもつものを粗いモジュライ空間といい、どちらも一意的な同型を除いて一意である。射影空間や Hilbert スキームは細かいモジュライ空間の例だが、楕円曲線のように自明でない自己同型をもつ対象では、ファイバーがすべて同型でも定数でない族があるため細かいモジュライ空間は存在せず、粗いモジュライ空間やスタックを用いる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 表現可能関手, 米田の補題, スキーム, ファイバー積, 楕円曲線

幾何学的な対象を同型を除いて分類するとき、分類の答えを集合ではなく空間として与えたい。点が対象の同型類に対応し、空間への写像が対象の「族」に対応するような空間がモジュライ空間である。たとえば平面の原点を通る直線は射影直線の点で分類され、直線の族は射影直線への写像で表される。代数閉体上の楕円曲線は $j$ 不変量で分類され(j不変量)、同型類の集合は体そのものと一対一に対応する。
ところが、点の水準で分類できても、族まで写像で表せるとは限らない。各ファイバーが互いに同型なのに全体としては自明でない族があると、どんな空間への写像でも区別できないからである。この記事では、モジュライ問題を関手として定式化し、細かいモジュライ空間(関手を表現するスキーム)と粗いモジュライ空間を定義してその一意性を証明する。主定理として、楕円曲線には細かいモジュライ空間が存在しないことを、ファイバーがすべて同型な自明でない族を作って証明する。最後に、曲線やアーベル多様体のモジュライの所在と、スタックによる解決を述べる。

定義

$S$ をスキームとし、$S$ スキームの圏を $\mathbf{Sch}_S$ と書く。$S$ スキーム $M$ に対し、関手 $h_M:=\operatorname{Hom}_S(-,M)\colon\mathbf{Sch}_S^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ を $M$ の点の関手という(表現可能関手)。

モジュライ関手

モジュライ問題(moduli problem)とは、関手 $F\colon\mathbf{Sch}_S^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ であって、$F(T)$ が「$T$ の上の対象の族」の同型類の集合、$S$ 射 $g\colon T'\to T$ に対する $F(g)\colon F(T)\to F(T')$ がファイバー積による引き戻し $\xi\mapsto g^*\xi$ で与えられるものをいう。$F$ をモジュライ関手ともよぶ。

たとえば $S=\operatorname{Spec}k$ のとき、$T$ 上の楕円曲線(後述)の同型類の集合 $F(T)$ は、引き戻しによってモジュライ関手になる。引き戻しの合成 $(g\circ h)^*$ と $h^*\circ g^*$ は標準的に同型なので、同型類の上では関手になる。

細かいモジュライ空間

モジュライ関手 $F$ の細かいモジュライ空間(fine moduli space)とは、$S$ スキーム $M$ と関手の同型 $\Phi\colon h_M\xrightarrow{\sim}F$ の組をいう。すなわち $M$ は $F$ を表現する。$\xi_{\mathrm{univ}}:=\Phi_M(\mathrm{id}_M)\in F(M)$ を普遍族という。

米田の補題 により、$\Phi$ は普遍族で決まり、$\Phi_T(f)=f^*\xi_{\mathrm{univ}}$ である。したがって $M$ が細かいモジュライ空間であるとは、$T$ の上の任意の族 $\xi$ に対し $\xi\cong f^*\xi_{\mathrm{univ}}$ となる $S$ 射 $f\colon T\to M$(分類写像)がただ一つあることである。

粗いモジュライ空間

モジュライ関手 $F$ の粗いモジュライ空間(coarse moduli space)とは、$S$ スキーム $M$ と関手の射 $\iota\colon F\to h_M$ の組で、次を満たすものをいう。

  1. 任意の $S$ スキーム $M'$ と関手の射 $\iota'\colon F\to h_{M'}$ に対し、$\iota'=h_u\circ\iota$ となる $S$ 射 $u\colon M\to M'$ がただ一つある($h_u$ は $u$ との合成)。
  2. 任意の代数閉体 $k$ と射 $\operatorname{Spec}k\to S$ について、$\iota_{\operatorname{Spec}k}\colon F(\operatorname{Spec}k)\to M(k)$ は全単射である。

定義は Poo17 Definition 2.3.6・2.3.7(p. 39)に合わせた。2 は「代数閉体上の対象の同型類が $M$ の点と一対一に対応する」こと、1 は「$M$ がそのような空間の中で最も $F$ に近い」ことを表す。

一意性と細かいモジュライ空間

$F$ をモジュライ関手とする。

  1. $(M,\Phi)$ と $(M',\Phi')$ が $F$ の細かいモジュライ空間なら、$\Phi'\circ h_u=\Phi$ となる同型 $u\colon M\to M'$ がただ一つある。
  2. 細かいモジュライ空間 $(M,\Phi)$ は、$\iota:=\Phi^{-1}$ によって粗いモジュライ空間でもある。
  3. $(M,\iota)$ と $(M',\iota')$ が $F$ の粗いモジュライ空間なら、$\iota'=h_u\circ\iota$ となる同型 $u\colon M\to M'$ がただ一つある。
米田の補題と普遍性

1:$\Phi'^{-1}\circ\Phi\colon h_M\to h_{M'}$ は関手の同型なので、米田の補題 により $h_u=\Phi'^{-1}\circ\Phi$ となる射 $u$ がただ一つあり、逆の同型に対応する射が $u$ の逆射になる。
2:条件 1:$\iota'\colon F\to h_{M'}$ が与えられると、$\iota'\circ\Phi\colon h_M\to h_{M'}$ に米田の補題を使い、$h_u=\iota'\circ\Phi$、すなわち $\iota'=h_u\circ\iota$ となる $u$ がただ一つ得られる。条件 2:$\iota_{\operatorname{Spec}k}=\Phi_{\operatorname{Spec}k}^{-1}$ は全単射である。
3:条件 1 を $(M,\iota)$ に $\iota'$ を与えて使うと $\iota'=h_u\circ\iota$ となる $u$ が、逆に $(M',\iota')$ に $\iota$ を与えると $\iota=h_v\circ\iota'$ となる $v$ が得られる。すると $\iota=h_{v\circ u}\circ\iota$ であり、$\iota=h_{\mathrm{id}}\circ\iota$ でもあるので、条件 1 の一意性から $v\circ u=\mathrm{id}_M$、同様に $u\circ v=\mathrm{id}_{M'}$ である。$\square$

2 は Poo17 の演習 2.6(p. 53)である。粗いモジュライ空間の一意性 3 は、同書 p. 40 で定義の後に注意されている。

細かいモジュライ空間の例

射影空間が分類するもの

スキーム $T$ に対し、$F(T)$ を、可逆層 $\mathcal{L}$ と $\mathcal{L}$ を生成する大域切断 $s_0,\dots,s_n$ の組 $(\mathcal{L};s_0,\dots,s_n)$ の同型類の集合とする(同型は $s_i$ を $s'_i$ に写す可逆層の同型)。射影空間 $\mathbb{P}^n_{\mathbb{Z}}$ は $F$ の細かいモジュライ空間で、普遍族は $(\mathcal{O}(1);x_0,\dots,x_n)$ である。これは 射影束 の定理「射影束の普遍性」の、自由な層 $\mathcal{E}=\mathcal{O}^{\oplus(n+1)}$ の場合である(Poo17 §2.3.5、p. 41 も参照)。体 $k$ 上の点で見ると、$k^{n+1}$ の 1 次元商、すなわち原点を通る直線の分類である。

同じ意味で、射影空間の閉部分スキームの平坦族を分類する Hilbertスキーム(同記事の定理「Grothendieck の存在定理」)や、適当な仮定の下で相対 Picard 関手を表現する Picardスキーム は細かいモジュライ空間である。また $n\ge3$ のとき、$\mathbb{P}^1$ の相異なる $n$ 点の組を $\mathbb{P}^1$ の自己同型で割ったものの細かいモジュライ空間 $M_{0,n}$ があり、$M_{0,4}\cong\mathbb{P}^1\setminus\{0,1,\infty\}$ である(Poo17 Example 2.3.10、p. 40。この記事では証明しない)。$\mathbb{P}^1$ の自己同型は相異なる 3 点の組に単純推移的に作用するので、最初の 3 点を $0,1,\infty$ に送ると対象が自己同型をもたなくなることが、細かいモジュライ空間が存在する理由である。

主定理:楕円曲線の細かいモジュライ空間は存在しない

この節では $k$ を標数 $2,3$ 以外の代数閉体とし、$S=\operatorname{Spec}k$ とする。$T$ スキームの上の楕円曲線とは、固有で相対次元 $1$ の滑らかな射 $f\colon E\to T$ と切断 $0\colon T\to E$ の組で、各点 $t\in T$ のファイバー $E_t$ が連結な種数 $1$ の曲線($H^0(E_t,\mathcal{O})$ と $H^1(E_t,\mathcal{O})$ がどちらも 1 次元)であるものをいう(Stacks Section 105.2、Tag 072J、p. 7197)。$T=\operatorname{Spec}k$ のときは通常の楕円曲線である。$T$ 上の楕円曲線の切断を保つ同型類の集合を $F_{\mathrm{ell}}(T)$ とすると、$F_{\mathrm{ell}}$ はモジュライ関手である。
まず、表現可能な関手については、ファイバーがすべて同じ族は定数族であることを示す。$\mathbb{G}_m:=\operatorname{Spec}k[t,t^{-1}]$ とし、構造射を $p\colon\mathbb{G}_m\to\operatorname{Spec}k$ と書く。$c\in k^\times$ に対応する閉点を $c\colon\operatorname{Spec}k\to\mathbb{G}_m$ で表す。

ファイバーが一定の族

$F\colon\mathbf{Sch}_k^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ を関手とし、$k$ スキーム $M$ と同型 $\Phi\colon h_M\to F$ があるとする。$\xi\in F(\mathbb{G}_m)$ と $x_0\in F(\operatorname{Spec}k)$ が、すべての $c\in k^\times$ で $c^*\xi=x_0$ を満たすならば、$\xi=p^*x_0$ である。

分類写像は 1 点に値をとる

$f:=\Phi^{-1}(\xi)\colon\mathbb{G}_m\to M$、$m_0:=\Phi^{-1}(x_0)\colon\operatorname{Spec}k\to M$ とおき、$m_0$ の像の点を $m$ とする。$\Phi$ の自然性により $\Phi(f\circ c)=c^*\xi=x_0=\Phi(m_0)$ なので、すべての $c$ で $f\circ c=m_0$、とくに $f$ は $\mathbb{G}_m$ のすべての閉点を $m$ に写す。
$m$ の剰余体 $\kappa(m)$ は $k$ 代数で、$m_0$ は $k$ 代数の準同型 $\kappa(m)\to k$ を与えるので $\kappa(m)=k$ である。$m$ を含むアフィン開集合 $\operatorname{Spec}B$ の中で $m$ に対応する素イデアル $\mathfrak{p}$ について $k\subset B/\mathfrak{p}\subset\kappa(m)=k$ だから $\mathfrak{p}$ は極大であり、$m$ はそのような各開集合の中で閉、したがって $M$ の閉点である。よって $f^{-1}(m)$ は $\mathbb{G}_m$ の閉集合で、無限個の閉点を含む。$\mathbb{G}_m$ は既約な 1 次元 Noether スキームで、その真の閉集合は有限個の閉点からなるので、$f^{-1}(m)=\mathbb{G}_m$ である。
$\mathbb{G}_m$ は被約(被約スキーム)なので、$f$ は $m$ に被約な閉部分スキームの構造を入れた $\operatorname{Spec}\kappa(m)=\operatorname{Spec}k$ を経由する(Stacks Schemes, Lemma 26.12.7、Tag 0356、p. 2294)。$k$ スキームの射 $\mathbb{G}_m\to\operatorname{Spec}k$ は $p$ だけで、$k$ スキームの射 $\operatorname{Spec}k\to M$ で像が $m$ のものは $m_0$ だけなので、$f=m_0\circ p$ である。したがって $\xi=\Phi(m_0\circ p)=p^*\Phi(m_0)=p^*x_0$。$\square$

次に、ファイバーがすべて同型な自明でない楕円曲線の族を作る。$E\colon y^2=x^3+Ax+B$($A,B\in k$)を $AB\ne0$ の楕円曲線とする。これは $j(E)\ne0,1728$ と同値である(j不変量 の命題「自己同型群」の証明)。

捩りの族

$\mathbb{P}^2_{\mathbb{G}_m}$ の閉部分スキーム
$$ E^{\mathrm{tw}}\colon\ y^2z=x^3+t^2Axz^2+t^3Bz^3 $$
と切断 $(0:1:0)$ を考える。

  1. $E^{\mathrm{tw}}$ は $\mathbb{G}_m$ 上の楕円曲線である。
  2. すべての $c\in k^\times$ で、ファイバー $E^{\mathrm{tw}}_c$ は $E$ と同型である。
  3. $E^{\mathrm{tw}}$ は定数族 $E\times_k\mathbb{G}_m=p^*E$ と同型でない。
平方でない $t$ による 2 次の捩り

1:$R:=k[t,t^{-1}]$ とおく。$E^{\mathrm{tw}}$ は $\mathbb{P}^2_{\mathbb{G}_m}$ の閉部分スキームなので $\mathbb{G}_m$ 上固有かつ有限表示で、$(0:1:0)$ は切断を与える。$y=z=0$ なら方程式から $x=0$ なので、$E^{\mathrm{tw}}$ は $D_+(z)$ と $D_+(y)$ で覆われ、座標環はそれぞれ $R[x,y]/(h)$、$R[x,z]/(h')$($h=y^2-x^3-t^2Ax-t^3B$、$h'=z-x^3-t^2Axz^2-t^3Bz^3$)である。$h,h'$ は係数 $1$ の単項式を含むので $R$ のどの素元でも割り切れず、$R[x,y]$ が一意分解整域であることから、$0\ne a\in R$ と $ag\in(h)$ なら $g\in(h)$ である($h'$ も同様)。よって座標環は単項イデアル整域 $R$ 上捩れをもたず、$E^{\mathrm{tw}}\to\mathbb{G}_m$ は平坦である。点 $s\in\mathbb{G}_m$ の剰余体を $\kappa$、$t$ の $\kappa$ での像を $\tau$ とすると、ファイバーは $\kappa$ 上の $y^2=x^3+\tau^2Ax+\tau^3B$ の定める平面 3 次曲線 $C$ で、判別式 $\tau^6\Delta_E\ne0$($\Delta_E=-16(4A^3+27B^2)$)により滑らかである(楕円曲線 の命題「滑らかさと判別式」)。完全列 $0\to\mathcal{O}_{\mathbb{P}^2}(-3)\to\mathcal{O}_{\mathbb{P}^2}\to\mathcal{O}_C\to0$ と Har77 III 定理 5.1(p. 225)から $H^0(C,\mathcal{O}_C)\cong\kappa$、$H^1(C,\mathcal{O}_C)\cong H^2(\mathbb{P}^2_\kappa,\mathcal{O}(-3))\cong\kappa$ である。平坦・有限表示でファイバーが滑らかな射は滑らかなので(Stacks Morphisms, Lemma 29.35.3、Tag 01V8、p. 2493)、ファイバーが 1 次元であることと合わせて、$E^{\mathrm{tw}}$ は $\mathbb{G}_m$ 上の楕円曲線である。
2:$c$ でのファイバーは $y^2=x^3+c^2Ax+c^3B$、すなわち j不変量 の命題「2 次の捩り」の記号で $E^{(c)}$ である。$k$ は代数閉体なので $c$ は平方であり、同命題の 2 により $E^{(c)}\cong E$ である。
3:$K:=k(t)$ とし、生成点 $\operatorname{Spec}K\to\mathbb{G}_m$ で引き戻すと、$E^{\mathrm{tw}}$ は $K$ 上の楕円曲線 $E^{(t)}\colon y^2=x^3+t^2Ax+t^3B$ に、$p^*E$ は $E_K\colon y^2=x^3+Ax+B$ になる。$\mathbb{G}_m$ 上の同型があれば $K$ 上の同型 $E^{(t)}\cong E_K$ が得られるが、$K$ の標数は $2,3$ でなく $j(E_K)\ne0,1728$ なので、同命題の 2 により $t$ は $K$ の元の平方でなければならない。$t$ は $t=0$ での付値が $1$(奇数)なので $k(t)$ の平方でなく、矛盾する。$\square$

楕円曲線の細かいモジュライ空間は存在しない

$k$ を標数 $2,3$ 以外の代数閉体とする。楕円曲線のモジュライ関手 $F_{\mathrm{ell}}\colon\mathbf{Sch}_k^{\mathrm{op}}\to\mathbf{Set}$ は、どの $k$ スキームでも表現されない。すなわち、楕円曲線の細かいモジュライ空間は存在しない。

定数でないのにファイバーが一定の族

$F_{\mathrm{ell}}$ が $k$ スキーム $M$ で表現されたとする。lem-moduli-space-twist-family の族 $\xi:=[E^{\mathrm{tw}}]\in F_{\mathrm{ell}}(\mathbb{G}_m)$ と $x_0:=[E]\in F_{\mathrm{ell}}(\operatorname{Spec}k)$ は、同補題の 2 によりすべての $c\in k^\times$ で $c^*\xi=x_0$ を満たす。lem-moduli-space-isotrivial により $\xi=p^*x_0$、すなわち $E^{\mathrm{tw}}\cong E\times_k\mathbb{G}_m$ となるが、これは同補題の 3 に反する。$\square$

$E^{\mathrm{tw}}$ は、2 重被覆 $\mathbb{G}_m\to\mathbb{G}_m$、$u\mapsto u^2=t$ で引き戻すと、$x=u^2x'$、$y=u^3y'$ により定数族 $E$ と同型になる。つまり $E^{\mathrm{tw}}$ は、定数族を 2 重被覆の上で自己同型 $(x,y)\mapsto(x,-y)$($[-1]$)でねじって貼り直したものである。対象に自明でない自己同型があると、このようにファイバーがすべて同型でも定数でない族が作れる。これが細かいモジュライ空間の障害であり、コサイクル条件 の記事の注意「自己同型をもつ対象の貼り合わせ」で述べた現象の例になっている。

反例:2 重被覆のモジュライ

$k$ を標数 $2$ 以外の代数閉体とし、$F_2(T)$ を、$T$ 上の次数 $2$ の有限エタール射 $T'\to T$ の $T$ 上の同型類の集合とする。$F_2$ もどの $k$ スキームでも表現されない。
実際、$T'=\operatorname{Spec}k[u,u^{-1}]\to\mathbb{G}_m$、$t\mapsto u^2$ を考える。$k[u,u^{-1}]=k[t,t^{-1}][u]/(u^2-t)$ は階数 $2$ の自由加群で、$u^2-t$ の $u$ による微分 $2u$ が単元なので、この射は次数 $2$ の有限エタール射である。$c\in k^\times$ でのファイバーは $k[u]/(u^2-c)\cong k\times k$($c$ は平方で、$\pm\sqrt{c}$ は相異なる)で、自明な被覆 $\operatorname{Spec}k\sqcup\operatorname{Spec}k$ と同型である。一方 $T'$ は整域のスペクトルなので連結であり、自明な被覆 $\mathbb{G}_m\sqcup\mathbb{G}_m$ と同型でない。lem-moduli-space-isotrivial を $\xi=[T']$、$x_0=[\operatorname{Spec}k\sqcup\operatorname{Spec}k]$ に当てはめると矛盾する。ここでも障害は、自明な被覆の自己同型(2 点の入れ替え)である(トーサー の記事の例「冪根をとるトーサー」も参照)。

反例の表

lem-moduli-space-isotrivial と lem-moduli-space-twist-family の仮定を 1 つずつ外す。

外す条件反例成り立たなくなること
$F$ が表現可能であること(lem-moduli-space-isotrivial)$F=F_{\mathrm{ell}}$、$\xi=[E^{\mathrm{tw}}]$、$x_0=[E]$ファイバーが一定の族が定数族 $p^*x_0$ であること
捩りの元 $t$ が $k(t)$ の平方でないこと(lem-moduli-space-twist-family の 3)$t$ の代わりに $t^2$ で捩った族 $y^2=x^3+t^4Ax+t^6B$定数族と同型でないこと($x=t^2x'$、$y=t^3y'$ で $p^*E$ に移る)
$k$ が代数閉体であること(lem-moduli-space-twist-family の 2)$k=\mathbb{Q}$、$E\colon y^2=x^3+x+1$、$c=-1$ファイバー $E^{\mathrm{tw}}_c=E^{(-1)}$ が $E$ と同型であること(j不変量 の命題「2 次の捩り」の 2)

粗いモジュライ空間とスタック

細かいモジュライ空間がないとき、二つの方向で問題を扱う。
粗いモジュライ空間。 楕円曲線については、代数閉体 $k$ 上の楕円曲線の同型類から $k$ への写像 $E\mapsto j(E)$ が全単射である(j不変量 の定理「$j$ 不変量による分類」、Har77 IV 定理 4.1、p. 317)。これは $\mathbb{A}^1_k$ の $k$ 点の水準で、粗いモジュライ空間の条件 2 に当たる全単射である(族の $j$ 不変量が定める関手の射 $F_{\mathrm{ell}}\to h_{\mathbb{A}^1_k}$ の構成と条件 1 は、この記事では扱わない)。一方、$E^{\mathrm{tw}}$ と定数族 $E\times\mathbb{G}_m$ はどちらも $j$ が定数 $j(E)$ の族なのに同型でないので、族を $j$ の定める写像 $\mathbb{G}_m\to\mathbb{A}^1_k$ で区別することはできず、$\mathbb{A}^1_k$ は細かいモジュライ空間ではありえない。曲線については、種数 $g$ の滑らかな射影曲線のモジュライ関手 $\mathcal{M}_g$ はスキームで表現されないが、$\mathbb{Z}$ 上準射影的な粗いモジュライ空間 $M_g$ をもち、自己同型が自明な曲線に制限した部分関手は準射影的スキームで表現され、$g\ge3$ で空でない(Poo17 Example 2.3.8、p. 40)。安定曲線のモジュライの粗いモジュライ空間 $\overline{M}_g$ は射影多様体で $M_g$ を開集合として含む(同 Example 2.3.12、p. 41)。主偏極アーベル多様体については、複素数体上で $\mathrm{Sp}_{2g}(\mathbb{Z})\backslash\mathfrak{H}_g$ が粗いモジュライ多様体になる(志村多様体 の例「Siegel モジュラー多様体」)。これらはこの記事では証明しない。
スタック。 族の同型類の集合ではなく、族と同型のなす亜群を値にとる関手(スタック)を考えれば、自己同型の情報を失わずにモジュライ問題そのものを幾何学的な対象として扱える。楕円曲線のモジュライスタック $\mathcal{M}_{1,1}$ は代数的スタックであり、Weierstrass 方程式の空間 $W$ からの滑らかな全射をもつ(Stacks Lemma 105.6.1、Tag 072T、p. 7201)。$g\ge2$ について、安定曲線のモジュライスタック $\overline{\mathcal{M}}_g$ は $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ 上固有かつ滑らかな Deligne–Mumford スタックで、滑らかな曲線のスタック $\mathcal{M}_g$ を稠密な開部分スタックとして含む(Stacks Theorem 109.25.3、Tag 0E9C、p. 7335)。どちらもこの記事では証明しない。
モジュライ問題と、細かい・粗いモジュライ空間の状況を表にまとめる。

モジュライ問題細かいモジュライ空間粗いモジュライ空間・補足所在
可逆層と、それを生成する $n+1$ 個の切断$\mathbb{P}^n_{\mathbb{Z}}$細かいので粗いex-moduli-space-projective
$\mathbb{P}^1$ 上の相異なる $n$ 点($n\ge3$)を自己同型で割る$M_{0,n}$同上Poo17 Ex. 2.3.10
代数閉体上の楕円曲線存在しない$k$ 点は $j$ で $\mathbb{A}^1_k$ と一対一thm-moduli-space-no-fine-elliptic
次数 $2$ のエタール被覆存在しない自明な被覆が自己同型をもつex-moduli-space-double-covers
種数 $g$ の滑らかな射影曲線存在しない準射影的な $M_g$Poo17 Ex. 2.3.8

物理学、とくに弦理論でも、理論の解や真空の族を連続的にパラメータ付ける空間をモジュライ空間とよぶ。Calabi–Yau多様体 の複素構造の族のパラメータ空間などがその例である。

関連項目

参考文献

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