アーベル曲面(abelian surface)とは、2 次元のアーベル多様体のことである。曲面としては標準因子が自明で、不正則数 $q=2$、幾何種数 $p_g=1$、$\chi(\mathcal{O})=0$ をもち、小平次元 $0$ の曲面の類の一つをなす。Riemann–Roch の定理は $\chi(L)=(L\cdot L)/2$ の形になり、豊富な可逆層 $L$ が主偏極を定めることは $(L\cdot L)=2$ と同値である。代数閉体上の主偏極アーベル曲面は、テータ因子が既約なら種数 $2$ の曲線の Jacobi 多様体、可約なら 2 つの楕円曲線の積であり、どちらか一方だけが起こる。
前提知識: アーベル多様体, 曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理, 双対アーベル多様体, Jacobi多様体, テータ因子
アーベル曲面(abelian surface)は 2 次元のアーベル多様体である。1 次元のアーベル多様体が楕円曲線であるのに対し、2 次元になると、2 つの楕円曲線の積と、種数 $2$ の曲線のJacobi多様体という性質の違う 2 種類の例が現れる。曲面としては、標準因子が自明で $q=2$、$p_g=1$ の曲面であり、Enriques–小平の分類 の小平次元 $0$ の 4 つの類の一つをなす。
この記事の主定理は、主偏極をもつアーベル曲面がこの 2 種類で尽きることである。主偏極にはテータ因子と呼ばれる曲線が平行移動を除いてただ一つ付随し、それが既約なら滑らかな種数 $2$ の曲線 $C$ で曲面は $C$ の Jacobi 多様体になり、可約なら 2 本の楕円曲線の和で曲面はその積になる。証明は曲面の交点数の計算だけで進む。アーベル曲面の上には有理曲線がなく、既約曲線 $C$ は $C^2\ge0$ と $p_a(C)=1+C^2/2$ を満たすので、テータ因子の自己交点数が $2$ であることから成分の形がほぼ決まってしまうのである。
$k$ を体とする。
ここで $A^\vee$ は双対アーベル多様体、$t_a$ は $a$ による平行移動、$f^\vee$ は双対準同型である。双対アーベル多様体 の命題「準同型 $\varphi_L$ の関手性」の 4 により $\varphi_{f^*M}=f^\vee\circ\varphi_M\circ f$ なので、4 の条件は、$B$ のテータ因子 $\Theta'$ について $f^*\mathcal{O}_B(\Theta')$ が $(A,\lambda)$ のテータ因子の可逆層になること、と言いかえられる。テータ因子が平行移動を除いて一つに決まることは prop-abs-rr で示す。
$k=\mathbb{C}$ では、アーベル曲面とは、複素トーラス $\mathbb{C}^2/\Lambda$ のうち射影空間に埋め込めるもの、すなわち Riemann の条件($\mathbb{C}^2$ 上の正定値 Hermite 形式で、虚部が $\Lambda$ 上整数値になるものがある)を満たすものである(アーベル多様体 の例「複素トーラスとRiemannの条件」)。
以下、交点数は 曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の定義による。$k$ を代数閉体とするとき、$A$ は滑らかな射影曲面なので、可逆層 $L,M$ の交点数 $(L\cdot M)$、因子 $D,E$ の交点数 $D\cdot E$、曲線 $C$ の算術種数 $p_a(C)=1-\chi(\mathcal{O}_C)$ が定まる。因子 $D$ と $a\in A(k)$ について、$D$ を $a$ だけ平行移動した因子を $D+a$ と書く。$\mathcal{O}_A(D+a)\cong t_{-a}^*\mathcal{O}_A(D)$ である。
$A$ を代数閉体 $k$ 上のアーベル曲面とする。
1・2 は アーベル多様体 の命題「不変微分形式と余接束の自明化」と、その直後の式 $H^q(A,\Omega^p_A)\cong\bigwedge^p\check t_A\otimes\bigwedge^qt_{A^\vee}$ の $g=2$ の場合である。$\Omega^2_A\cong\mathcal{O}_A\otimes\bigwedge^2\check t_A\cong\mathcal{O}_A$ なので $mK_A\sim0$ で $P_m=h^0(\mathcal{O}_A)=1$ である。$\chi(\mathcal{O}_A)=h^{0,0}-h^{0,1}+h^{0,2}=1-2+1=0$ である。3:$A(\mathbb{C})\cong\mathbb{C}^2/\Lambda$ は実 4 次元のトーラス $(S^1)^4$ と同相なので、$H^1(A(\mathbb{C}),\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(\Lambda,\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^4$、$H^2\cong\bigwedge^2\mathbb{Z}^4\cong\mathbb{Z}^6$ であり、Euler 数は $1-4+6-4+1=0$ である。$\square$
逆に、複素数体上の極小曲面で小平次元が $0$、$(p_g,q)=(1,2)$ のものはアーベル曲面である(Enriques–小平の分類 の注意「残りの 2 つの場合」。証明は Albanese 写像による。BHPV04 VI §4, pp. 253–255。この記事では証明しない)。小平次元 $0$ の極小曲面の 4 つの類(K3 曲面・Enriques 曲面・アーベル曲面・双楕円曲面)の第 1 Betti 数は $0,0,4,2$ で、アーベル曲面は $b_1$ が最大の類である(BHPV04 VI Table 10, p. 244)。
この節では $k$ を代数閉体、$A$ を $k$ 上のアーベル曲面とする。
要点:曲面の Riemann–Roch の定理に $K_A\sim0$ と $\chi(\mathcal{O}_A)=0$ を入れ、偏極の次数の公式 $\deg\varphi_L=\chi(L)^2$ と合わせる。
1:曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の定理「曲面の Riemann–Roch の定理」により $\chi(L)=\chi(\mathcal{O}_A)+\frac12(L\cdot(L\otimes\omega_A^{-1}))$ であり、prop-abs-invariants から $\omega_A\cong\mathcal{O}_A$、$\chi(\mathcal{O}_A)=0$ なので $\chi(L)=\frac12(L\cdot L)$ である。$\chi(L)$ は整数なので $(L\cdot L)$ は偶数である。
2:ある $m\ge1$ について $L^{\otimes m}$ は非常に豊富で、$A$ を射影空間 $\mathbb{P}^N$ に埋め込む。$A$ に含まれない超平面 $H_1$ をとり、$H_1\cap A$ の既約成分を含まない超平面 $H_2$ をとると、$D_i:=H_i\cap A$ は $L^{\otimes m}$ の切断の零点の曲線で、共通の既約成分をもたない。$D_1$ の成分は射影空間の曲線なので超平面 $H_2$ と交わり、$D_1\cap D_2\ne\emptyset$ である。同記事の定理「交点形式」の 3 により $m^2(L\cdot L)=D_1\cdot D_2>0$ である。豊富な $L$ については $H^i(A,L)=0$($i>0$)なので $h^0(L)=\chi(L)=\frac12(L\cdot L)$ であり、$\varphi_L$ は同種で $\deg\varphi_L=\chi(L)^2$ である(双対アーベル多様体 の定理「偏極の基本性質」の 1・2)。
3:$\varphi_L$ が同型であることは次数 $1$ の同種であることと同値で(同種の次数は核の位数に等しい)、2 により $\chi(L)^2=1$、すなわち $\chi(L)=1$($\chi(L)>0$ なので)と同値である。これは $(L\cdot L)=2$ とも $h^0(L)=1$ とも同値である。
4:存在:$\lambda=\varphi_L$ とすると 3 により $h^0(L)=1$ なので $L\cong\mathcal{O}_A(\Theta)$ となる有効因子 $\Theta$ がある。一意性:$\Theta'$ もテータ因子なら $\varphi_{\mathcal{O}(\Theta')\otimes\mathcal{O}(\Theta)^{-1}}=\lambda-\lambda=0$ なので、同記事の定理「偏極の基本性質」の 3 により $M:=\mathcal{O}(\Theta')\otimes\mathcal{O}(\Theta)^{-1}$ は $\operatorname{Pic}^0(A)=A^\vee(k)$ に属する。$\lambda\colon A(k)\to A^\vee(k)$ は全単射なので $M\cong t_b^*\mathcal{O}(\Theta)\otimes\mathcal{O}(\Theta)^{-1}$ となる $b$ があり、$\mathcal{O}(\Theta')\cong t_b^*\mathcal{O}(\Theta)=\mathcal{O}(\Theta-b)$ である。$h^0=1$ なので、この可逆層の有効因子はただ一つで、$\Theta'=\Theta-b$ である。逆に $\varphi_{t_b^*L}=\varphi_L$(同記事の命題「準同型 $\varphi_L$ の関手性」の 2)なので、$\Theta+a$ はすべてテータ因子である。最後に $\Theta+a=\Theta$ なら $t_{-a}^*L\cong L$、すなわち $-a\in K(L)=\ker\lambda=0$ である。$\square$
とくに主偏極アーベル曲面のテータ因子 $\Theta$ は $\Theta^2=2$ を満たし、$|\Theta|=\{\Theta\}$ である。テータ因子は動かない曲線であり、偏極はそれを平行移動を除いて指定している。
平行移動しても交点数は変わらない。これは $A$ が連結な群であることから来る。
可逆層 $L,M$ と $a\in A(k)$ について $(t_a^*L\cdot M)=(L\cdot M)$ である。とくに因子 $D,E$ について $(D+a)\cdot E=D\cdot E$ である。
要点:滑らかな曲線 $D$ を固定し、$a$ を動かしたときの $t_a^*L$ の $D$ への制限の次数を見る。それは平坦な族の Euler 標数なので $a$ によらない。
まず $M=\mathcal{O}_A(D)$ で $D$ が滑らかな曲線の場合を示す。$\iota\colon D\to A$ を包含、$m\colon A\times A\to A$ を加法とし、$D\times A$ 上の可逆層 $N:=\bigl(m\circ(\iota\times1_A)\bigr)^*L$ を考える。第 2 射影 $D\times A\to A$ は固有かつ平坦で($D\to\operatorname{Spec}k$ の底変換)、$a\in A(k)$ の上のファイバーへの $N$ の制限は $(t_a\circ\iota)^*L=(t_a^*L)|_D$ である。固有平坦な射の上の局所自由層について、ファイバーの Euler 標数は底の上で局所定数である(Mil86b 定理 4.2 (b), p. 108。この記事では証明しない)。$A$ は連結なので $\chi\bigl((t_a^*L)|_D\bigr)$ は $a$ によらず、$a=0$ の値 $\chi(L|_D)$ に等しい。$D$ の各連結成分での Riemann–Roch の定理により $\chi(N')=\chi(\mathcal{O}_D)+\deg N'$ なので、$\deg\bigl((t_a^*L)|_D\bigr)=\deg(L|_D)$ である。曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の定理「交点形式」の 2 により $(t_a^*L\cdot\mathcal{O}(D))=(L\cdot\mathcal{O}(D))$ である。
一般の $M$ は、同記事の補題「滑らかな曲線の差」により滑らかな曲線 $D_1,D_2$ で $M\cong\mathcal{O}(D_1-D_2)$ と書けるので、交点形式の双線形性から $(t_a^*L\cdot M)=(L\cdot M)$ を得る。因子については $\mathcal{O}(D+a)=t_{-a}^*\mathcal{O}(D)$ に当てればよい。$\square$
次の命題が、アーベル曲面の上の曲線の形を強く制限する。$k$ 上の 1 次元のアーベル部分多様体(閉部分群スキームで楕円曲線になるもの)を 楕円部分群 と呼ぶことにする。
$C\subset A$ を既約曲線とする。
要点:平行移動した $C+a$ と $C$ の交点数が $C^2$ になることから $C^2\ge0$。算術種数は正規化の種数と特異点の寄与の和であり、正規化の種数が $0$ にはなれず、$1$ なら $C$ は楕円部分群の平行移動になる。
準備:有理曲線はない.$\mathbb{P}^1$ から $A$ への射は定数である(Mil86b 系 3.8, p. 107。この記事では証明しない。$k=\mathbb{C}$ なら、$\mathbb{P}^1$ は単連結なので射は普遍被覆 $\mathbb{C}^2\to A(\mathbb{C})$ に持ち上がり、持ち上げの 2 つの座標はコンパクトで連結な複素多様体 $\mathbb{P}^1$ 上の正則関数なので、最大値原理により定数である)。
1.$C$ を保つ平行移動 $\{a\in A(k)\mid C+a=C\}$ が $A(k)$ 全体なら、$c\in C$ について $c+A(k)\subset C$ となって $C=A$ になり矛盾する。よって $C+a\ne C$ となる $a$ がある。$C$ と $C+a$ は相異なる既約曲線なので共通の成分をもたず、曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の定理「交点形式」の 3 により $C\cdot(C+a)\ge0$ であり、lem-abs-translate により左辺は $C^2$ に等しい。偶数であることは prop-abs-rr の 1 である。同記事の系「随伴公式」で $K_A\sim0$ とおくと $2p_a(C)-2=C^2$ である。
正規化.$\nu\colon\tilde C\to C$ を正規化、$\tilde g$ を $\tilde C$ の種数とすると、同記事の命題「算術種数と正規化の種数」により $p_a(C)=\tilde g+\delta(C)$ で、$\delta(C)=0$ と $C$ が滑らかであることは同値である。合成 $\tilde C\to C\subset A$ は定数でないので、準備により $\tilde g\ge1$ である。
$\tilde g=1$ の場合.$\tilde C$ の点 $e$ を原点として $\tilde C$ を楕円曲線とみる。合成 $h\colon\tilde C\to A$ は アーベル多様体 の系「アーベル多様体の間の射」により $h=t_b\circ h_0$($b=h(e)$、$h_0$ は準同型)と書ける。$h_0$ の像 $F:=h_0(\tilde C)$ は $\tilde C$ の完備性から閉で、既約被約な 1 次元の部分群、すなわち楕円部分群であり、$C=h(\tilde C)=F+b$ である。$F$ は群多様体なので滑らか(アーベル多様体 の注意「幾何的整と滑らかさ」)で、$C$ も滑らかである。よって $\delta(C)=0$、$p_a(C)=1$、$C^2=0$ である。
2.$C^2=0$ なら $p_a(C)=1$ で、$\tilde g\ge1$ から $\tilde g=1$、$\delta(C)=0$ となり、前段により $C=F+b$ である。逆に $C=F+a$ で $F$ が楕円部分群なら、1 の議論で $C^2=F^2=F\cdot(F+c)$($c\notin F$)であり、$F$ と $F+c$ は交わらない($x\in F\cap(F+c)$ なら $c=x-y\in F$($y\in F$)となる)ので $F^2=0$ である。滑らかで種数 $1$ であることは前段のとおり。
3.$C^2=2$ なら $p_a(C)=2$ で $\tilde g\in\{1,2\}$ である。$\tilde g=1$ なら前段により $C^2=0$ となって矛盾するので $\tilde g=2$、$\delta(C)=0$ であり、$C$ は滑らかで種数 $2$ である。$\square$
1 の $C^2\ge0$ と 2 の「同値」は、アーベル曲面に有理曲線がないことに本質的に依存する。たとえば標準因子が自明な Kummer 曲面(ex-abs-kummer)では、随伴公式は $2p_a(C)-2=C^2$ と同じ形で成り立つが、2 重点の解消で現れる有理曲線 $E\cong\mathbb{P}^1$ は $E^2=-2$ を満たす(ex-abs-counterexamples の 4 行目)。
この節でも $k$ を代数閉体とする。種数 $2$ の滑らかな射影曲線 $C$ の Jacobi 多様体 $J(C)$ は 2 次元のアーベル多様体で、点 $P\in C$ を選ぶと Abel–Jacobi 写像 $f_P\colon C\to J(C)$、$Q\mapsto[\mathcal{O}_C(Q-P)]$ は閉埋め込みである(Mil86 命題 2.3, p. 172)。像 $W:=f_P(C)$ は $J(C)$ のテータ因子 $W^{g-1}$($g=2$)であり、$\lambda_C:=\varphi_{\mathcal{O}(W)}$ は主偏極である(Mil86 定理 6.6, p. 186。双対アーベル多様体 の例「Jacobi多様体の自己双対性」)。$P$ を取り替えると $W$ は平行移動するだけで、$\lambda_C$ は変わらない。$(J(C),\lambda_C)$ を $C$ の 標準的に偏極された Jacobi 多様体 という。
楕円曲線 $E_1,E_2$(原点 $0$)の積 $E_1\times E_2$ には、因子 $E_1\times\{0\}+\{0\}\times E_2$ の定める 積の偏極 がある。これが主偏極であることは thm-abs-classification の証明の段 4 で確かめる。
$(A,\lambda)$ を代数閉体 $k$ 上の主偏極アーベル曲面、$\Theta$ をそのテータ因子とする。次のどちらか一方だけが成り立つ。
要点:$\Theta^2=2$ と、各成分 $C_i$ について $\Theta\cdot C_i>0$、$C_i^2\ge0$ が偶数、から成分の形は「既約で $C^2=2$」か「$C_1^2=C_2^2=0$、$C_1\cdot C_2=1$」に限られる。前者では Jacobi 多様体の普遍性から同種 $J(\Theta)\to A$ が得られ、その次数を交点数で計算すると $1$ になる。後者では 2 本の楕円部分群が 1 点で横断的に交わるので、加法が同型になる。
$L:=\mathcal{O}_A(\Theta)$ とおく。prop-abs-rr により $L$ は豊富で $\Theta^2=2$ である。
段 1:場合分け.$\Theta=\sum_in_iC_i$($C_i$ は相異なる既約曲線、$n_i\ge1$)と書く。各 $i$ について $\Theta\cdot C_i>0$ である。実際、$L^{\otimes m}$ が非常に豊富になる $m$ をとり、$C_i$ を含まない超平面の切断 $H\in|L^{\otimes m}|$ をとると、$H$ は $C_i$ と交わるので 曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の定理「交点形式」の 3 により $m\,\Theta\cdot C_i=H\cdot C_i>0$ である。よって $2=\Theta^2=\sum_in_i\,(\Theta\cdot C_i)$ の各項は正の整数で、次のどれかになる。(a) $\Theta=C_1$ で $\Theta\cdot C_1=2$。(b) $\Theta=2C_1$ で $\Theta\cdot C_1=1$。(c) $\Theta=C_1+C_2$ で $\Theta\cdot C_1=\Theta\cdot C_2=1$。(b) なら $2=\Theta^2=4C_1^2$ となり、$C_1^2$ が整数であることに反する。(c) なら $C_1^2+C_1\cdot C_2=C_2^2+C_1\cdot C_2=1$ で、$C_1\cdot C_2\ge0$(共通の成分がない)、$C_i^2\ge0$ は偶数(prop-abs-curves の 1)なので、$C_1^2=C_2^2=0$、$C_1\cdot C_2=1$ である。テータ因子は平行移動を除いて一つなので(prop-abs-rr の 4)、(a) と (c) のどちらになるかは $(A,\lambda)$ だけで決まり、両方は起こらない。
段 2:(c) の場合.prop-abs-curves の 2 により $C_i=F_i+a_i$($F_i$ は楕円部分群)であり、lem-abs-translate により $F_1\cdot F_2=C_1\cdot C_2=1$、$F_i^2=0$ である。とくに $F_1\ne F_2$ である。$0\in F_1\cap F_2$ なので、交点形式の定理の 3 の和は $0$ の 1 項だけで、その項は $1$ である。すなわち $F_1\cap F_2$ は集合として $\{0\}$ で、$0$ での局所方程式 $f,g$ について $\mathcal{O}_{A,0}/(f,g)=k$、スキームとしての共通部分 $F_1\cap F_2$ は被約な 1 点 $\operatorname{Spec}k$ である。加法 $\mu\colon F_1\times F_2\to A$ は準同型で、その核は $\{(x,-x)\mid x\in F_1\cap F_2\}$、すなわち $F_1\times_A(-F_2)=F_1\cap F_2$ と同型であり($-F_2=F_2$)、自明な群スキームである。$\mu$ の像は $F_1$ と $F_2$ を含む閉部分群で、$F_1\ne F_2$ なので 2 次元、すなわち $A$ である。よって $\mu$ は同種であり(アーベル多様体 の命題「同種の特徴づけ」)、次数は核の位数 $1$ に等しい。同命題の (iv) により $\mu$ は有限平坦で、次数 $1$ なので $\mathcal{O}_A\to\mu_*\mathcal{O}_{F_1\times F_2}$ は階数 $1$ の局所自由層の間の単射で同型になり、$\mu$ は同型である。
$\mu^{-1}(a_1)=(x_1,y_1)$、$\mu^{-1}(a_2)=(x_2,y_2)$ とおくと、$\mu^{-1}(F_1+a_1)=\{(x+x_1,y_1)\mid x\in F_1\}=F_1\times\{y_1\}$、$\mu^{-1}(F_2+a_2)=\{x_2\}\times F_2$ である。よって $\mu^*\Theta=F_1\times\{y_1\}+\{x_2\}\times F_2$ で、これは積の偏極の因子 $F_1\times\{0\}+\{0\}\times F_2$ の平行移動である。双対アーベル多様体 の命題「準同型 $\varphi_L$ の関手性」の 2・4 により $\mu^\vee\circ\lambda\circ\mu=\varphi_{\mu^*L}$ は積の偏極に等しく、$\mu$ は主偏極アーベル曲面の同型である。
段 3:(a) の場合.$C:=\Theta$ は既約で $C^2=2$ なので、prop-abs-curves の 3 により滑らかな種数 $2$ の曲線である。点 $P\in C$ を選び、$D:=C-P$($C$ を $-P$ だけ平行移動した曲線、$0\in D$)、$\iota\colon C\to A$、$Q\mapsto Q-P$ とおく。$\iota$ は $C$ から $D$ への同型で、$P$ を $0$ に写す。Jacobi 多様体の普遍性(Mil86 命題 6.1, p. 185)により、準同型 $\psi\colon J:=J(C)\to A$ で $\psi\circ f_P=\iota$ となるものがただ一つある。
$\psi$ は全射である。実際、像 $\psi(J)$ はアーベル部分多様体で既約曲線 $D$ を含む。$\dim\psi(J)\le1$ なら $\psi(J)=D$ となり、$D$ は楕円部分群なので prop-abs-curves の 2 から $D^2=0$ となるが、$D^2=C^2=2$ に反する。よって $\psi$ は 2 次元どうしの全射準同型で同種である。$n:=\deg\psi$、$K:=(\ker\psi)(k)$、$N:=|K|$ とおく。
(i) 引き戻しの交点数.豊富な可逆層 $M$ について、$\psi^*M$ は豊富で(Har77 III 演習 5.7 (d), p. 232)、$\varphi_{\psi^*M}=\psi^\vee\circ\varphi_M\circ\psi$ の次数は $\deg\psi^\vee\cdot\deg\varphi_M\cdot\deg\psi=n^2\chi(M)^2$ である($\deg\psi^\vee=\deg\psi$ は 双対アーベル多様体 の定理「同種の双対とCartier双対」の 1)。prop-abs-rr の 2 から $\chi(\psi^*M)^2=n^2\chi(M)^2$、両辺の $\chi$ は正なので $\chi(\psi^*M)=n\chi(M)$、すなわち $(\psi^*M\cdot\psi^*M)=n\,(M\cdot M)$ である。$M=\mathcal{O}(D)$ に当てて $(\psi^*D)^2=2n$ を得る。
(ii) $\psi^*D$ の形.$\psi$ は $W=f_P(C)$ を $D$ に同型に写す($\psi\circ f_P=\iota$ で、$f_P\colon C\to W$ と $\iota\colon C\to D$ は同型)。$x\in\psi^{-1}(D)$ なら $\psi(x)=\psi(w)$ となる $w\in W$ があり $x-w\in K$ なので、$\psi^{-1}(D)=\bigcup_{c\in K}(W+c)$ である。$W+c=W+c'$ なら prop-abs-rr の 4 を $(J,\lambda_C)$ に当てて $c=c'$ なので、これは $N$ 本の相異なる既約曲線である。$c\in K$ について $\psi\circ t_c=\psi$ なので有効因子 $\psi^*D$ は平行移動 $t_c$ で不変で、$t_c$ は成分を推移的に入れ替えるから、すべての成分の重複度は同じ $m\ge1$ であり、$\psi^*D=m\sum_{c\in K}(W+c)$ となる。
(iii) 次数の計算.$W+c$ は滑らかな曲線で $\psi|_{W+c}\colon W+c\to D$ は同型なので、交点形式の定理の 2 から $(W+c)\cdot\psi^*D=\deg\bigl(\psi^*\mathcal{O}(D)|_{W+c}\bigr)=\deg\bigl(\mathcal{O}(D)|_D\bigr)=D^2=2$ である。よって $(\psi^*D)^2=m\sum_c(W+c)\cdot\psi^*D=2mN$ である。一方 lem-abs-translate と $W^2=2$($\lambda_C$ は主偏極)から $(\psi^*D)^2=m^2\sum_{c,c'}(W+c)\cdot(W+c')=2m^2N^2$ である。(i) と合わせて $n=mN=m^2N^2$、よって $mN=1$、$n=1$ である。段 2 と同じく次数 $1$ の同種 $\psi$ は同型であり、$\psi^*D=W$ である。$\mathcal{O}(D)=t_P^*L$ なので、関手性から $\psi^\vee\circ\lambda\circ\psi=\varphi_{\psi^*t_P^*L}=\varphi_{\mathcal{O}(W)}=\lambda_C$ であり、$\psi$ は $(J(C),\lambda_C)$ から $(A,\lambda)$ への同型である。
段 4:逆.$(J(C),\lambda_C)$ のテータ因子 $W=f_P(C)$ は $C$ と同型で既約なので、段 1 の (a) にあたる。積 $E_1\times E_2$ では $\Lambda:=\mathcal{O}(E_1\times\{0\}+\{0\}\times E_2)$ は豊富である。実際 $\Lambda^{\otimes3}=p_1^*\mathcal{O}_{E_1}(3\cdot0)\otimes p_2^*\mathcal{O}_{E_2}(3\cdot0)$ で、$\mathcal{O}_{E_i}(3\cdot0)$ は $E_i$ を平面 3 次曲線として $\mathbb{P}^2$ に埋め込むので、$\Lambda^{\otimes3}$ は 2 つの埋め込みと Segre 埋め込み $\mathbb{P}^2\times\mathbb{P}^2\to\mathbb{P}^8$ の合成を与え、非常に豊富である。さらに$\Lambda^2=2\,(E_1\times\{0\})\cdot(\{0\}\times E_2)=2$(横断的に 1 点で交わり、$(E_1\times\{0\})^2=0$ は prop-abs-curves の 2)なので、prop-abs-rr の 3 により主偏極で、そのテータ因子は可約である。$\square$
代数閉体 $k$ 上の主偏極アーベル曲面は、種数 $2$ の曲線の標準的に偏極された Jacobi 多様体か、積の偏極をもつ 2 つの楕円曲線の積かのどちらか一方とだけ同型である。前者では曲線はテータ因子として、後者では 2 つの楕円曲線はテータ因子の 2 つの成分として、偏極から同型を除いて復元される。
thm-abs-classification と、テータ因子が平行移動を除いて一つに決まること(prop-abs-rr の 4)による。主偏極アーベル曲面の同型 $f\colon(A,\lambda)\to(B,\mu)$ は、$B$ のテータ因子 $\Theta'$ について $f^*\Theta'$ を $(A,\lambda)$ のテータ因子に写す(定義の直後の注意)ので、テータ因子の既約性と成分の同型類は同型で保たれる。$\square$
この系の前者の場合は、種数 $2$ の Torelliの定理 にほかならない。曲線 $C$ が $(J(C),\lambda_C)$ のテータ因子として復元されるからである。
$k=\mathbb{C}$ とし、$A=V/\Lambda$($V\cong\mathbb{C}^2$、$\Lambda\cong\mathbb{Z}^4$)とする。豊富な可逆層 $L$ の第 1 Chern 類は $\Lambda$ 上の非退化な整数値交代形式 $E$ で、適当な基底 $\lambda_1,\dots,\lambda_4$ について行列
$$
\begin{pmatrix}0&\Delta\\-\Delta&0\end{pmatrix},\qquad\Delta=\begin{pmatrix}d_1&0\\0&d_2\end{pmatrix},\qquad d_1,d_2\ge1,\ d_1\mid d_2
$$
をもち、$(d_1,d_2)$ は $E$ だけで決まる(Deb99 命題 VI.1.1, p. 65)。$(d_1,d_2)$ を偏極 $\varphi_L$ の 型 という。このとき $K(L)\cong(\mathbb{Z}/d_1\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/d_2\mathbb{Z})^2$、$h^0(L)=d_1d_2$ である(同 定理 VI.4.2, p. 72、定理 VI.2.2, p. 67)。prop-abs-rr と合わせると $(L\cdot L)=2d_1d_2$ であり、主偏極は型 $(1,1)$ の偏極である。
主偏極アーベル曲面は、対称な複素行列 $\tau$ で虚部が正定値なもの(2 次の Siegel 上半空間 $\mathfrak{H}_2$ の点)により $\mathbb{C}^2/(\tau\mathbb{Z}^2+\mathbb{Z}^2)$ と書け(テータ因子 の「Siegel の標準形」)、テータ因子は Riemann のテータ関数 $\theta(v;\tau)$ の零点の集合である。$\tau$ の選び方の不定性は $\operatorname{Sp}_4(\mathbb{Z})$ の作用で、主偏極アーベル曲面の同型類の空間 $\mathcal{A}_2=\operatorname{Sp}_4(\mathbb{Z})\backslash\mathfrak{H}_2$ は複素 3 次元である(Deb99 VII.1, p. 92)。種数 $2$ の曲線の同型類も 3 個のパラメータに依存する(Har77 IV 演習 2.2, p. 304)。cor-abs-dichotomy により、$\mathcal{A}_2$ の点は、種数 $2$ の曲線の Jacobi 多様体(3 次元分)と、楕円曲線の非順序対 $\{E_1,E_2\}$ で決まる積(2 次元分)とに分かれる。
$E_1,E_2$ を楕円曲線、$A=E_1\times E_2$、正の整数 $a,b$ について $D_{a,b}:=a\,(\{0\}\times E_2)+b\,(E_1\times\{0\})$、$L_{a,b}:=\mathcal{O}_A(D_{a,b})=p_1^*\mathcal{O}_{E_1}(a\cdot0)\otimes p_2^*\mathcal{O}_{E_2}(b\cdot0)$ とおく。thm-abs-classification の証明の段 4 と同じく $L_{a,b}$ は豊富で、$D_{a,b}^2=2ab$ である。Künneth の公式から $h^0(L_{a,b})=h^0(\mathcal{O}_{E_1}(a\cdot0))\,h^0(\mathcal{O}_{E_2}(b\cdot0))=ab$ で、prop-abs-rr の 2 と一致する。$L_{a,b}$ が主偏極を定めるのは $a=b=1$ のときに限る(prop-abs-rr の 3)。$k=\mathbb{C}$ では型は $(\gcd(a,b),\operatorname{lcm}(a,b))$ である($K(L_{a,b})=E_1[a]\times E_2[b]$)。
標数が $2$ でない代数閉体上で、重根をもたない 6 次式 $f(x)$ について $y^2=f(x)$ の滑らかなモデル $C$ は種数 $2$ の曲線であり(超楕円曲線 の定理「$y^2=f(x)$ の滑らかなモデル」)、種数 $2$ の曲線はすべてこの形に書ける(Har77 IV 演習 2.2, p. 304)。$J(C)$ は thm-abs-classification の 1 の場合の主偏極アーベル曲面で、テータ因子 $W=f_P(C)$ は $C$ の像である。$k=\mathbb{C}$ では、$J(C)=\mathbb{C}^2/\Lambda$ の格子は正則 1 形式 $dx/y$、$x\,dx/y$ の周期のなす格子である(Jacobi多様体 の例「種数 2 の超楕円曲線の Jacobi 多様体」)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 射影的(Riemann の条件) | アーベル多様体 の例の 2 次元の複素トーラス $X$ | $X$ はコンパクト連結な複素 Lie 群だがアーベル曲面ではない($\operatorname{NS}(X)=0$) |
| 偏極が主偏極 | $E_1\times E_2$ と $L_{1,2}$(型 $(1,2)$) | $L$ の有効因子が 1 つだけであること(prop-abs-rr の 4)と、thm-abs-classification の二分法 |
| 群構造($q=2$) | 双楕円曲面 | $K$ が数値的に自明な極小曲面だが $q=1$ で、アーベル曲面でない |
| 有理曲線がない | Kummer 曲面 $\operatorname{Km}(A)$ | 既約曲線について $C^2\ge0$、$p_a(C)\ge1$ であること(prop-abs-curves の 1) |
1 行目.アーベル多様体 の例「反例:射影的でない複素トーラス」で、Néron–Severi 群が $0$ であることが示されている。豊富な可逆層があれば第 1 Chern 類は $0$ でない(prop-abs-rr の 2 から $(L\cdot L)>0$)ので、$X$ は射影的でない。
2 行目.ex-abs-product で $a=1$、$b=2$ とすると $h^0(L_{1,2})=2$ で、$|L_{1,2}|$ は $\{0\}\times E_2+E_1\times\{y\}+E_1\times\{-y\}$($y\in E_2$)からなる 1 次元の族である($\mathcal{O}_{E_2}(2\cdot0)$ の有効因子は $y+(-y)$ の形)。よって $L_{1,2}$ の有効因子は一つに決まらず、$\varphi_{L_{1,2}}$ は次数 $4$ の同種で同型でない。この偏極は豊富だが主偏極でなく、thm-abs-classification の仮定を満たさない。
3 行目.双楕円曲面は $q=1$、$p_g=0$ で、$K$ は捩れ元($mK\sim0$ となる $m\in\{2,3,4,6\}$)である(双楕円曲面。BHPV04 VI Table 10, p. 244)。$q=1\ne2$ なので prop-abs-invariants によりアーベル曲面でない。$K$ が数値的に $0$ であることだけでは、アーベル曲面であることは従わない。
4 行目.$X=\operatorname{Km}(A)$ は K3曲面 なので $K_X\sim0$ であり(ex-abs-kummer)、随伴公式は $2p_a(C)-2=C^2$ とアーベル曲面の場合と同じ形になる。16 個の 2 重点の解消で現れる曲線 $E$ は $\mathbb{P}^1$ と同型なので $p_a(E)=0$、したがって $E^2=-2<0$ である(BHPV04 V §16, p. 224)。$K\sim0$ の曲面では、随伴公式 $C^2=2p_a(C)-2$ と 曲面の交点形式とRiemann–Rochの定理 の命題「算術種数と正規化の種数」($p_a\ge0$ で、$p_a=0$ は $C\cong\mathbb{P}^1$ のときに限る)から、既約曲線 $C$ について $C^2<0$ と $C\cong\mathbb{P}^1$ は同値である。したがって $K\sim0$ のもとで prop-abs-curves の 1 を破るのは有理曲線の存在だけである。
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