Hoffman代数

同義語:Hoffman algebra

概要

Hoffman代数(Hoffman algebra)とは、多重ゼータ値の添字を2文字の非可換語で表し、級数積から来る調和積と反復積分から来るシャッフル積を同じ枠内で扱う代数である。調和積・シャッフル積はいずれも可換結合的で、収束語への評価写像から複シャッフル関係式が生じる。正則化分解、切断余積によるHopf代数構造、集合分割のMöbius反転による対称和公式も統一的に記述できる。

$$\newcommand{bbC}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{bbQ}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{bbR}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{bbZ}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{be}[0]{\mathbf{e}} \newcommand{bh}[0]{\mathbf{h}} \newcommand{bk}[0]{\mathbf{k}} \newcommand{bl}[0]{\mathbf{l}} \newcommand{cA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{cF}[0]{\mathcal{F}} \newcommand{cI}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{cJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{cS}[0]{\mathcal{S}} \newcommand{cZ}[0]{\mathcal{Z}} \newcommand{emp}[0]{\varnothing} \newcommand{ep}[0]{\varepsilon} \newcommand{fH}[0]{\mathfrak{H}} \newcommand{fZ}[0]{\mathfrak{Z}} \newcommand{fz}[0]{\mathfrak{z}} \newcommand{hcA}[0]{\widehat{\mathcal{A}}} \newcommand{hcF}[0]{\widehat{\mathcal{F}}} \newcommand{hcS}[0]{\widehat{\mathcal{S}}} $$

前提知識: 多重ゼータ値, 非可換多項式環, Hopf代数

定義

Hoffman代数

有理数体上の2文字の非可換多項式環を
$$ \mathfrak H=\mathbb Q\langle x,y\rangle $$
と書き、その部分代数
$$ \mathfrak H^1=\mathbb Q+y\mathfrak H, \qquad \mathfrak H^0=\mathbb Q+y\mathfrak Hx $$
を考える。この三つの代数を総称してHoffman代数(Hoffman algebra)という。
正整数 $k$ に対して $z_k:=yx^{k-1}$ とおく。すると $\mathfrak H^1$ の単項式は、空語 $1$ を除けば
$$ z_{k_1}\cdots z_{k_r}\qquad(k_1,\ldots,k_r\geq 1) $$
と一意に書ける。以下ではこれを $z_{\boldsymbol{k}}$ と略記する。空インデックスには $z_{\emptyset}:=1$ を対応させる。

この規約では $z_{\boldsymbol{k}}\in\mathfrak H^0$ であることと、最後の成分が $k_r\geq2$ であることが同値である。したがって、級数
$$ \zeta(k_1,\ldots,k_r) =\sum_{0< n_1<\cdots< n_r} \frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
が収束するインデックスと $\mathfrak H^0$ の単項式がちょうど対応する。

左右の規約

文献によっては $\mathfrak H^1=\mathbb Q+\mathfrak Hy$、$\mathfrak H^0=\mathbb Q+x\mathfrak Hy$ とし、$z_k=x^{k-1}y$ とおく。本記事は一貫して「$y$ で始まり、許容語は $x$ で終わる」規約を用いる。左右を反転すれば両規約は移り合うが、一つの計算の途中で混用してはならない。

二つの積

調和積

調和積

$\mathfrak H^1$ 上の $\mathbb Q$ 双線形な積 $*$ を
$$ 1*w=w*1=w, $$
$$ (wz_k)*(w'z_l) =((wz_k)*w')z_l+(w*(w'z_l))z_k+(w*w')z_{k+l} $$
によって帰納的に定める。ただし $w,w'\in\mathfrak H^1$、$k,l\geq1$ である。これを調和積または準シャッフル積(quasi-shuffle product, stuffle product)という。

例えば
$$ z_a*z_b=z_az_b+z_bz_a+z_{a+b}, $$
$$ z_a*(z_bz_c)=z_az_bz_c+z_bz_az_c+z_bz_cz_a+z_{a+b}z_c+z_bz_{a+c} $$
である。同じ単語が異なる混ぜ方から現れるときは、その重複度が係数になる。

調和積の可換性と結合性

調和積 $*$ は可換かつ結合的であり、$1$ を単位元とする。また $\mathfrak H^0$ は $*$ で閉じている。

$z_{k_1}\cdots z_{k_r}$ と $z_{l_1}\cdots z_{l_s}$ の積を格子路で記述する。$(0,0)$ から $(r,s)$ まで、$(1,0),(0,1),(1,1)$ の三種類の歩を使う格子路をすべてとる。横歩では次の $k_i$、縦歩では次の $l_j$、斜め歩では $k_i+l_j$ を順に出力し、それらを添字とする $z$ の語を作る。全格子路から得られる語の和が調和積である。実際、最後の歩を三種類に分けると定義の帰納式になる。
格子路を対角線に関して反転すれば二つの語が交換されるので、積は可換である。三つの語の積は、各列が三系列のうち空でないいくつかから次の添字を一つずつ受け取り、同じ列に入った添字を加える「三系列の混合」の総和になる。先に第1・第2系列を混ぜても、先に第2・第3系列を混ぜても、得られる三系列の混合は同じで、重複度も保存される。よって $(u*v)*w=u*(v*w)$ である。
最後に、$\mathfrak H^0$ の空でない語の最後の添字は2以上である。二語を混ぜた結果の最後の添字は、一方の最後の添字、または両方の最後の添字の和なので、やはり2以上である。したがって $\mathfrak H^0$ は積で閉じる。$\square$

シャッフル積

シャッフル積

$\mathfrak H$ 上の $\mathbb Q$ 双線形な積 $\mathbin{\mathrm{ш}}$ を
$$ 1\mathbin{\mathrm{ш}}w=w\mathbin{\mathrm{ш}}1=w, $$
$$ (wu)\mathbin{\mathrm{ш}}(w'u') =\bigl((wu)\mathbin{\mathrm{ш}}w'\bigr)u' +\bigl(w\mathbin{\mathrm{ш}}(w'u')\bigr)u $$
によって帰納的に定める。ただし $w,w'\in\mathfrak H$、$u,u'\in\{x,y\}$ である。これをシャッフル積(shuffle product)という。

例えば
$$ x\mathbin{\mathrm{ш}}y=xy+yx, \qquad x\mathbin{\mathrm{ш}}x=2x^2. $$
係数2は、左右どちらの $x$ を先に置くかという二つのシャッフルが同じ語を与えるために現れる。

シャッフル積の可換性と結合性

シャッフル積 $\mathbin{\mathrm{ш}}$ は可換かつ結合的であり、$1$ を単位元とする。また $\mathfrak H^1$ と $\mathfrak H^0$ は $\mathbin{\mathrm{ш}}$ で閉じている。

長さ $m$ の語 $a_1\cdots a_m$ と長さ $n$ の語 $b_1\cdots b_n$ のシャッフルとは、各語の内部順序を保ったまま二語の文字を一列に並べることである。定義の帰納式は、最後の文字が $a_m$ か $b_n$ かで全シャッフルを互いに素な二組へ分けた式である。したがって $u\mathbin{\mathrm{ш}}v$ は全シャッフルから得られる語の和である。
左右の語の役割を交換すればシャッフル集合の全単射が得られるので可換である。また三語の内部順序を保つ一列化は、最初にどの二語をシャッフルしたかによらず同じデータである。よって三語のシャッフル集合を二通りに分解することで
$$ (u\mathbin{\mathrm{ш}}v)\mathbin{\mathrm{ш}}w =u\mathbin{\mathrm{ш}}(v\mathbin{\mathrm{ш}}w) $$
を得る。
$y$ で始まる二つの空でない語をシャッフルした語は必ず $y$ で始まる。さらに両方が $x$ で終われば結果も $x$ で終わる。定数を含む場合は単位元の規則を使えばよい。したがって $\mathfrak H^1$ と $\mathfrak H^0$ は積で閉じる。$\square$

多重ゼータ値との対応

多重ゼータ値への評価写像

$\mathbb Q$ 線形写像
$$ Z\colon\mathfrak H^0\longrightarrow\mathbb R $$
を $Z(1)=1$ および
$$ Z(z_{k_1}\cdots z_{k_r})=\zeta(k_1,\ldots,k_r) $$
で定める。これを評価写像という。

調和積関係式

任意の $u,v\in\mathfrak H^0$ に対して
$$ Z(u*v)=Z(u)Z(v) $$
が成り立つ。すなわち $Z\colon(\mathfrak H^0,*)\to\mathbb R$ は $\mathbb Q$ 代数準同型である。

単項式 $u=z_{k_1}\cdots z_{k_r}$、$v=z_{l_1}\cdots z_{l_s}$ について示せば十分である。二つの絶対収束級数の積をとり、増加列
$$ 0< n_1<\cdots< n_r,\qquad 0< m_1<\cdots< m_s $$
の和として展開する。二列の整数を小さい順に併合すると、異なる値は横歩または縦歩に、$n_i=m_j$ となる値は斜め歩に対応する。斜め歩では分母が
$$ n_i^{k_i}m_j^{l_j}=n_i^{k_i+l_j} $$
となるから、その添字は $k_i+l_j$ である。したがって積級数を、prf-hoffman-harmonic-associative で用いた全格子路に従って互いに素に分割すると、各部分和は $Z(u*v)$ の対応する項になる。絶対収束により和の並べ替えが許され、結論を得る。$\square$

シャッフル積の側でも、$0< t_1<\cdots< t_n<1$ 上の反復積分表示を用いると評価写像は積を保つ。同じ二つの多重ゼータ値の積を、級数では調和積、反復積分ではシャッフル積として計算することで複シャッフル関係式が得られる。収束しない語を含める場合には、次節の正則化が必要になる。

正則化とHopf代数構造

正則化分解

積 $\diamond$ を $*$ または $\mathbin{\mathrm{ш}}$ のいずれかとする。このとき代数同型
$$ (\mathfrak H^1,\diamond)\simeq(\mathfrak H^0,\diamond)[T], \qquad T\longmapsto y $$
がある。したがって各 $w\in\mathfrak H^1$ は一意に
$$ w=\sum_{j=0}^n w_j\mathbin{\diamond}y^{\diamond j} \qquad(w_j\in\mathfrak H^0) $$
と書ける。ここで $y^{\diamond0}=1$ とする。$w_0$ を $\operatorname{reg}_{\diamond}(w)$ と書く。

調和積の場合は Hof97 Theorem 3.1、シャッフル積の場合はシャッフル代数の標準的な語分解を参照。この命題は、末尾の $z_1=y$ の個数についての三角的な帰納法で得られる。すなわち、連結積 $wy^n$ と $w\mathbin{\diamond}y^{\diamond n}$ の差は末尾の $y$ の個数が $n$ より少ない項の線形結合であり、最高次項の係数は $n!$ である。標数0なのでこの係数を割ることができ、存在と一意性が次数ごとに従う。$\square$

正則化公式

$w\in\mathfrak H^0$ と $n\geq0$ に対し
$$ wy^n =\sum_{i=0}^n\frac{1}{i!} \operatorname{reg}_{*}(wy^{n-i})*y^{*i}, $$
$$ wy^n =\sum_{i=0}^n\frac{1}{i!} \operatorname{reg}_{\mathrm{ш}}(wy^{n-i}) \mathbin{\mathrm{ш}}y^{\mathrm{ш} i} $$
が成り立つ。これは IKZ06 Corollary 5 で用いられる分解公式であり、調和正則化とシャッフル正則化を比較する出発点になる。

調和積代数のHopf構造

$\mathfrak H^1$ 上で、語 $z_{k_1}\cdots z_{k_r}$ の余積を
$$ \Delta(z_{k_1}\cdots z_{k_r}) =\sum_{i=0}^{r} z_{k_1}\cdots z_{k_i}\otimes z_{k_{i+1}}\cdots z_{k_r} $$
とし、空語の係数を取る写像を余単位とする。このとき $(\mathfrak H^1,*,\Delta)$ は連結次数付きHopf代数である。

余積は語を一か所で切る切断余積であり、全ての切断位置をさらに二段階で切る二通りの方法が一致するので余結合的である。調和積の格子路表示で得られる混合語を一か所で切ることは、入力の二語をそれぞれ対応する位置で切り、前半どうしと後半どうしを調和積することに等しい。よって $\Delta(u*v)=\Delta(u)*\Delta(v)$ であり、双代数になる。空語を次数0、$z_k$ を次数 $k$ とすれば次数0部分は $\mathbb Q$ なので連結次数付きである。連結次数付き双代数には、正次数の元 $w$ に対する再帰式
$$ S(w)=-w-\sum S(w')*w'' $$
(和は $\Delta(w)=1\otimes w+w\otimes1+\sum w'\otimes w''$ の被約部分を渡る)で一意な対蹠射が存在する。したがってHopf代数である。$\square$

対称和公式

Hoffmanの対称和公式

正整数 $k_1,\ldots,k_r$ に対し
$$ \sum_{\sigma\in S_r} z_{k_{\sigma(1)}}\cdots z_{k_{\sigma(r)}} =\sum_{\pi\in\Pi_r} (-1)^{r-|\pi|} \prod_{B\in\pi}(|B|-1)! \mathop{*}_{B\in\pi}z_{k_B} $$
が成り立つ。ここで $\Pi_r$ は $\{1,\ldots,r\}$ の集合分割全体、$k_B:=\sum_{i\in B}k_i$ である。右辺の調和積は可換なので、ブロックの順序には依存しない。

集合分割 $\pi$ の各ブロック $B$ を一つの添字 $k_B$ に縮約し、これらを調和積する。調和積の格子路表示を繰り返すと、得られる各項は $\pi$ のいくつかのブロックをさらに併合し、併合後のブロックを一列に並べた語である。したがって、ある集合分割 $\rho$ のブロックを並べた語の係数は、$\pi$ が $\rho$ を細分する範囲の和で決まる。
分割束のMöbius関数は
$$ \mu(\widehat0,\pi) =(-1)^{r-|\pi|}\prod_{B\in\pi}(|B|-1)! $$
である。ゆえに分割束上のMöbiusの反転公式を適用すると、併合を一度も行わない離散分割の項だけが残る。それは $r$ 個の一元ブロックの全順列、すなわち左辺である。$\square$

$r=2$ の場合、この公式は
$$ z_{k_1}z_{k_2}+z_{k_2}z_{k_1} =z_{k_1}*z_{k_2}-z_{k_1+k_2} $$
となり、調和積の定義そのものである。階乗に現れる $|B|$ はブロックの元数であって、$k_B$ ではない。

関連項目

参考文献

[1]
Michael E. Hoffman, The algebra of multiple harmonic series, Journal of Algebra, 1997, 477–495
[2]
Kentaro Ihara, Masanobu Kaneko and Don Zagier, Derivation and double shuffle relations for multiple zeta values, Compositio Mathematica, 2006, 307–338

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