単体的モデル圏

同義語:simplicial model category

概要

単体的モデル圏(simplicial model category)とは、単体的な写像空間・テンソル・余テンソルをもつモデル圏で、これらが SM7 公理によって弱同値と持ち上げ構造に整合するものである。SM7 は、余ファイブレーション $i\colon A\to B$ とファイブレーション $p\colon X\to Y$ に対し、写像空間の間の写像 $\operatorname{Map}(B,X)\to\operatorname{Map}(A,X)\times_{\operatorname{Map}(A,Y)}\operatorname{Map}(B,Y)$ が Kan ファイブレーションで、$i$ か $p$ が弱同値なら自明であることを求め、押し出し積による形とも同値である。特に余ファイブラント対象からファイブラント対象への写像空間は Kan 複体になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: モデル圏, 単体的豊穣圏, 単体的集合, Kan複体

写像を空間として扱うモデル圏

普通の圏では、二つの対象 $A,B$ の間の射を集合 $\operatorname{Hom}(A,B)$ として集める。ホモトピー論では、二つの射の間のホモトピーも、さらにホモトピー同士の間の高次のホモトピーも残したい。そこで射の「集合」の代わりに単体的集合 $\operatorname{Map}(A,B)$ を置く。$0$ 単体は射、$1$ 単体は射の間のホモトピーの候補、より高い単体はその整合性を記録する。この仕組みは単体的豊穣圏にある。
一方、モデル圏は射を弱同値・余ファイブレーション・ファイブレーションに分け、弱同値を形式的に逆にしたホモトピー圏を作る枠組みである。二つの構造をただ一つの圏に載せるだけでは、写像空間が弱同値や持ち上げの計算を正しく反映するとは限らない。単体的モデル圏(simplicial model category)は、単体的な写像空間・テンソル・余テンソルと、モデル構造が SM7 公理で整合する圏である(Rie14 §11.4, Definition 11.4.4)。
この記事では、SM7 を具体的な射の式で書き、そこから「余ファイブラントな対象からファイブラントな対象への写像空間は Kan 複体」という基本事実を証明する。単体的集合と位相空間の例を通して、モデル圏が与える弱同値の理論と、単体的豊穣圏が与える高次の写像情報の役割を分けて見る。

三つの単体的操作

$\mathcal M$ を完備・余完備なモデル圏とし、$\mathbf{sSet}$ を単体的集合の圏とする。$A,B\in\mathcal M$、$K\in\mathbf{sSet}$ に対して、次の三つの操作を考える。

  1. 写像空間 $\operatorname{Map}_{\mathcal M}(A,B)\in\mathbf{sSet}$。その $0$ 単体は $\mathcal M$ の射 $A\to B$ である。
  2. テンソル $A\otimes K\in\mathcal M$。$A$ を単体的集合 $K$ の形で変化させる操作である。
  3. 余テンソル $B^K\in\mathcal M$。$K$ によって添字づけられた写像の対象に相当する。
    これらは、自然な随伴同型
    $$ \operatorname{Hom}_{\mathcal M}(A\otimes K,B) \cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(K,\operatorname{Map}_{\mathcal M}(A,B)) \cong\operatorname{Hom}_{\mathcal M}(A,B^K) $$
    で結ばれる。$K=\Delta[0]$ は一点の単体的集合なので、$A\otimes\Delta[0]\cong A$ および $B^{\Delta[0]}\cong B$ となる。$K=\Delta[1]$ の場合、$A\otimes\Delta[1]$ は $A$ の「円柱」に相当し、$B^{\Delta[1]}$ は $B$ の「道の対象」に相当する。ただし、これらの言葉をモデル圏の円柱対象・道対象と同一視するには、$A$ の余ファイブラント性や $B$ のファイブラント性を確認する必要がある。
単体的モデル圏

完備・余完備なモデル圏 $\mathcal M$ が単体的集合で豊穣化され、上のテンソルと余テンソルをもち、次の SM7 公理を満たすとき、$\mathcal M$ を単体的モデル圏という。単体的集合のモデル構造には、単射を余ファイブレーション、Kan ファイブレーションをファイブレーションとする標準の構造を使う。$\mathcal M$ の弱同値・余ファイブレーション・ファイブレーションは $\mathcal M$ 側のモデル構造のものを使う(Rie14 Definition 11.4.4)。

SM7:持ち上げと写像空間の互換性

単体的集合の余ファイブレーション $i\colon K\to L$ と、$\mathcal M$ の余ファイブレーション $j\colon A\to B$ をとる。両者の押し出し積(pushout-product)は
$$ i\mathbin{\square}j\colon (L\otimes A)\amalg_{K\otimes A}(K\otimes B)\longrightarrow L\otimes B $$
である。左辺は $L\otimes A$ と $K\otimes B$ を、共通部分 $K\otimes A$ で貼り合わせたものだと読める。ここでは $K\otimes A$ を先ほどの $A\otimes K$ と同じ対象の表記として使っている。単体的集合を左に書くのは押し出し積を見やすくするためだけである。

SM7 の押し出し積による形

$i$ と $j$ がともに余ファイブレーションなら $i\mathbin{\square}j$ も余ファイブレーションである。さらに、$i$ または $j$ の一方が弱同値でもあるなら、押し出し積も弱同値、すなわち自明余ファイブレーションになる。この条件を SM7 と呼ぶ(Rie14 Definitions 11.4.1, 11.4.4)。

たとえば $K=\partial\Delta[n]$、$L=\Delta[n]$ とすると、$K\to L$ は境界の包含である。この場合の押し出し積は、$n$ 単体の全体と $A$ を使う部分、および $n$ 単体の境界と $B$ を使う部分を貼り合わせ、最後に $B\otimes\Delta[n]$ へ写すものになる。SM7 は、このような高次の貼り合わせでも余ファイブレーションが壊れないことを要求する。弱同値を伴う場合には、ホモトピー型も余計に変えない。
同じ公理を写像空間で表すと、その意味がより直接に見える。$j\colon A\to B$ を余ファイブレーション、$p\colon X\to Y$ をファイブレーションとする。前合成と後合成によって
$$ \Phi_{j,p}\colon\operatorname{Map}(B,X) \longrightarrow \operatorname{Map}(A,X)\times_{\operatorname{Map}(A,Y)}\operatorname{Map}(B,Y) $$
ができる。右辺の点は「$A\to X$ と $B\to Y$ が整合する可換四角形」である。左辺の点は、その四角形を埋める $B\to X$ である。従って $\Phi_{j,p}$ がファイブレーションであるとは、点だけでなく単体的集合の高次のホーンに対しても、整合した持ち上げが可能だという意味になる。

SM7 の写像空間による形

$j$ が余ファイブレーション、$p$ がファイブレーションなら、$\Phi_{j,p}$ は単体的集合の Kan ファイブレーションである。$j$ または $p$ が弱同値でもあるなら $\Phi_{j,p}$ は自明ファイブレーションである。これは押し出し積による SM7 と同値である(Rie14 Lemma 11.4.3)。

二つの SM7 の形が同値である理由

単体的集合の射 $i\colon K\to L$ に関して、$\Phi_{j,p}$ が右持ち上げ性をもつかを考える。その持ち上げ問題の四角形の辺を随伴同型で書き換えると、$K\to\operatorname{Map}(B,X)$ は $K\otimes B\to X$、$L\to\operatorname{Map}(A,X)$ は $L\otimes A\to X$ に対応する。さらに右下の $L\to\operatorname{Map}(B,Y)$ は $L\otimes B\to Y$ に対応する。前二者が $K\otimes A$ 上で一致する条件は、押し出しの普遍性によって、$(L\otimes A)\amalg_{K\otimes A}(K\otimes B)\to X$ という一つの射になる。これと $L\otimes B\to Y$ は $i\mathbin{\square}j$ と $p$ の可換四角形を作り、対角の持ち上げは元の持ち上げと対応する。モデル圏では、ある射が余ファイブレーションであることは全ての自明ファイブレーションに対する左持ち上げ性で、ある射が自明余ファイブレーションであることは全てのファイブレーションに対する左持ち上げ性で特徴づけられる。単体的集合側にも同じ特徴づけがある。これを $i$ と $p$ の自明性の二通りに適用すると、押し出し積の条件と $\Phi_{j,p}$ のファイブレーション・自明ファイブレーションの条件が互いに従う。$\square$

この証明で使ったのは単体的集合の「単射なら余ファイブレーション」という事実だけではない。モデル圏の二つの弱因子分解系によって、余ファイブレーションと自明ファイブレーションを持ち上げ性で判定できることが要点である。単に $\operatorname{Map}(A,B)$ が存在する圏を単体的モデル圏と呼ぶと、ここが抜け落ちる。

余ファイブラント・ファイブラント対象で得られること

モデル圏の始対象を $0$、終対象を $1$ と書く。$0\to A$ が余ファイブレーションなら $A$ は余ファイブラント、$X\to1$ がファイブレーションなら $X$ はファイブラントである。どちらも単体的モデル圏に限らずモデル圏の基本的な対象の条件だが、SM7 と組み合わせると写像空間に具体的な帰結が出る。

余ファイブラントからファイブラントへの写像空間

$A$ が余ファイブラントで $X$ がファイブラントなら、$\operatorname{Map}_{\mathcal M}(A,X)$ は Kan 複体である(Rie14 Lemma 3.8.6)。従ってホモトピー群や連結成分を考えられる写像空間になる。

写像空間の Kan 条件

prop-smc-mapping に $j\colon0\to A$ と $p\colon X\to1$ を代入する。どちらも仮定によりそれぞれ余ファイブレーション、ファイブレーションである。始対象からの写像空間 $\operatorname{Map}(0,X)$ と終対象への写像空間 $\operatorname{Map}(A,1)$ は一点の単体的集合だから、$\Phi_{j,p}$ は $\operatorname{Map}(A,X)\to\Delta[0]$ となる。SM7 によりこれが Kan ファイブレーションである。終対象への射が Kan ファイブレーションであることは、全てのホーン $\Lambda^k[n]\to\operatorname{Map}(A,X)$ が $\Delta[n]$ へ延長できること、すなわち写像空間が Kan 複体であることに等しい。$\square$

余ファイブラント性とファイブラント性を消して「任意の $A,X$ の写像空間は Kan 複体」と言ってはいけない。標準の単体的集合のモデル圏で $A=\Delta[0]$、$X=\Delta[1]$ とすると $\operatorname{Map}(A,X)\cong\Delta[1]$ である。$\Delta[1]$ は二つの点と一方向の辺を持つが、その辺の逆向きの辺を埋める外側のホーンを満たさず、Kan 複体ではない。ここでは $X$ がファイブラントでない。

余ファイブラント対象へのテンソル

$A$ が余ファイブラントで $K$ が単体的集合なら、$A\otimes K$ も余ファイブラントである。また、$f\colon A\to B$ が余ファイブレーションなら $f\otimes K$ も余ファイブレーションで、$f$ が自明余ファイブレーションなら $f\otimes K$ も自明余ファイブレーションである(Rie14 Lemma 3.8.6 (iii), Definition 11.4.1)。

押し出し積からテンソルの性質を導く

単体的集合では任意の $K$ について $\emptyset\to K$ が余ファイブレーションである。これと $f\colon A\to B$ の押し出し積を作ると
$$ (K\otimes A)\amalg_{\emptyset\otimes A}(\emptyset\otimes B) \longrightarrow K\otimes B $$
となる。テンソルは左随伴なので空対象を保ち、左辺は $K\otimes A$ に同型である。従って押し出し積は $f\otimes K$ にほかならない。SM7 は $f$ が余ファイブレーションならこれも余ファイブレーション、$f$ が自明ならこれも自明余ファイブレーションとする。最後に $f=0\to A$ と置けば、$0\to A\otimes K$ が余ファイブレーションになり、$A\otimes K$ の余ファイブラント性が従う。$\square$

この命題は「テンソルがすべての弱同値を保存する」という意味ではない。余ファイブレーションのうち弱同値でもある射を直接扱うのが SM7 の条件であり、任意の弱同値へ広げるには余ファイブラントな対象に制限して Ken Brown の補題を使う(Rie14 Lemma 11.4.2)。同じように、$A$ を余ファイブラントに固定すると $\operatorname{Map}(A,-)$ はファイブレーションを Kan ファイブレーションに移すが、$A$ に条件がなければこの結論は得られない。

典型例と計算のしかた

単体的集合のモデル圏

$\mathcal M=\mathbf{sSet}$ 自身をとる。標準の Kan–Quillen モデル構造では、余ファイブレーションは単射、ファイブラント対象は Kan 複体、弱同値は幾何学的実現が弱ホモトピー同値になる射である。テンソルは直積 $A\otimes K=A\times K$、余テンソルは指数対象 $B^K$、写像空間は
$$ \operatorname{Map}(A,B)_n =\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(A\times\Delta[n],B) $$
で与えられる(Rie14 Example 6.2.1)。全ての単体的集合は余ファイブラントなので、$B$ が Kan 複体なら $\operatorname{Map}(A,B)$ も Kan 複体となる。ここで $A=\Delta[0]$ なら $\operatorname{Map}(A,B)=B$ がそのまま現れ、先のファイブラント性の条件が実際に必要なことも分かる。

位相空間を単体的に見る

位相空間の圏をモデル圏として扱うときは、写像空間や指数対象が適切に振る舞うよう、コンパクト生成空間などの扱いやすい圏を選ぶ。幾何学的実現と特異単体的集合の随伴を介し、そのような位相空間のモデル圏も単体的モデル圏になる(Rie14 §6.2, Example 6.2.2)。この例では単体的集合 $K$ によるテンソルは、概ね $A\times|K|$ として理解できる。任意の位相空間の圏を無条件にこの例に含めるわけではなく、積・写像空間とモデル構造の取り方が重要である。

単体的集合の例で $A$ と $B$ の普通の射集合だけを見れば、$\operatorname{Map}(A,B)_0$ しか見ていない。$\operatorname{Map}(A,B)_1$ には $A\times\Delta[1]\to B$ が入り、始点・終点への制限で二つの射を結ぶ。$\operatorname{Map}(A,B)_2$ は三つの1単体の整合を記録し、以降も高次へ続く。SM7 により、$A$ を余ファイブラント、$B$ をファイブラントにして初めて、この全体を Kan 複体として安定に使える。
弱同値を逆にしたホモトピー圏の射集合は、余ファイブラントな $A$ とファイブラントな $B$ に対して、$\operatorname{Map}(A,B)$ の道連結成分 $\pi_0\operatorname{Map}(A,B)$ で表される。一般の対象なら余ファイブラント置換 $QA$ とファイブラント置換 $RB$ を用いて $\pi_0\operatorname{Map}(QA,RB)$ を使う(Rie14 §§3.8, 10.2)。これが、単体的豊穣化の写像空間がモデル圏の弱同値を反映する具体的な仕組みである。

反例の表

SM7 と thm-smc-kan の仮定を一つずつ外した例をまとめる。$\mathbf{sSet}$ には Kan–Quillen モデル構造を入れる。

外す条件反例成り立たなくなること
$X$ がファイブラント$\mathbf{sSet}$ で $A=\Delta[0]$、$X=\Delta[1]$$\operatorname{Map}(A,X)$ が Kan 複体
$A$ が余ファイブラント$\mathbf{sSet}^{\mathrm{op}}$ で $A=\Delta[1]$、$X=\Delta[0]$同上
SM7(豊穣化とモデル構造の整合)$\mathbf{sSet}$ に離散的な豊穣化 $\operatorname{Map}(A,B)=\operatorname{Hom}(A,B)$(定数単体的集合)を入れる押し出し積が余ファイブレーション、$\pi_0\operatorname{Map}(A,B)$ がホモトピー圏の射集合
反例:余ファイブラントでない対象からの写像空間

単体的モデル圏 $\mathcal M$ の反対圏 $\mathcal M^{\mathrm{op}}$ に、ファイブレーションと余ファイブレーションを入れ替えたモデル構造、$\operatorname{Map}_{\mathcal M^{\mathrm{op}}}(A,B)=\operatorname{Map}_{\mathcal M}(B,A)$、テンソルと余テンソルを入れ替えた操作を与える。prop-smc-mapping の写像空間による SM7 は、$\mathcal M^{\mathrm{op}}$ の余ファイブレーション $j$ とファイブレーション $p$ について、$\mathcal M$ のファイブレーション $j$ と余ファイブレーション $p$ の $\Phi_{p,j}$ を見ることになるので、$\mathcal M$ の SM7 と同じ条件である。したがって $\mathcal M^{\mathrm{op}}$ も単体的モデル圏である。
$\mathcal M=\mathbf{sSet}$ とすると、$\mathbf{sSet}^{\mathrm{op}}$ で余ファイブラントな対象は $\mathbf{sSet}$ でファイブラントな対象(Kan 複体)であり、ファイブラントな対象は $\mathbf{sSet}$ で余ファイブラントな対象(すべて)である。$A=\Delta[1]$ は Kan 複体でないので $\mathbf{sSet}^{\mathrm{op}}$ で余ファイブラントでなく、$X=\Delta[0]$ はファイブラントである。写像空間は $\operatorname{Map}_{\mathbf{sSet}^{\mathrm{op}}}(\Delta[1],\Delta[0])=\operatorname{Map}_{\mathbf{sSet}}(\Delta[0],\Delta[1])\cong\Delta[1]$ で、本文の例のとおり Kan 複体でない。破るのは $A$ の余ファイブラント性だけである。

反例:SM7 を満たさない単体的豊穣化

$\mathbf{sSet}$ の Kan–Quillen モデル構造はそのままにして、写像空間を射集合 $\operatorname{Hom}(A,B)$ の定数単体的集合、テンソルを $A\otimes K=\coprod_{\pi_0K}A$、余テンソルを $B^K=\prod_{\pi_0K}B$ と定める。$\operatorname{Hom}(\coprod_{\pi_0K}A,B)\cong\operatorname{Map}(\pi_0K,\operatorname{Hom}(A,B))\cong\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(K,\operatorname{Hom}(A,B))$(定数単体的集合への射は $\pi_0K$ からの写像)なので、随伴同型は成り立つ。
しかし SM7 は成り立たない。$i\colon\partial\Delta[1]\to\Delta[1]$ と $j\colon\emptyset\to\Delta[0]$ はどちらも単射で余ファイブレーションである。$\emptyset$ とのテンソルは始対象なので、押し出し積は $\Delta[0]\otimes\partial\Delta[1]\to\Delta[0]\otimes\Delta[1]$、すなわち二点から一点への射 $\Delta[0]\amalg\Delta[0]\to\Delta[0]$ である。これは単射でないので余ファイブレーションでない。
その結果、写像空間はホモトピー論を反映しない。二つの頂点 $0,1$ と互いに逆な辺をもつ亜群の脈体 $J$ は Kan 複体で、$\lvert J\rvert$ は可縮である。ホモトピー圏の射集合 $[\Delta[0],J]$ は $J$ の連結成分の集合で一点だが、離散的な写像空間では $\pi_0\operatorname{Map}(\Delta[0],J)=\operatorname{Hom}(\Delta[0],J)=\{0,1\}$ で二点になる。「写像空間が存在して随伴がある」だけでは単体的モデル圏にならないことを示す。

高次の圏への入口と適用範囲

ファイブラントかつ余ファイブラントな対象だけを取り出すと、任意の二対象間の写像空間は thm-smc-kan によって Kan 複体である。その充満な単体的部分圏にホモトピー整合的脈体を適用すると、準圏の形でこのホモトピー論を表せる(Rie14 §16.4)。全対象からなる単体的豊穣圏にそのまま適用すると、写像空間が Kan でないことがあり、同じ理由で準圏が得られるとは限らない。対象の制限には数学的な意味がある。
単体的モデル圏という条件は、個々の射に弱同値・余ファイブレーション・ファイブレーションの印を付けるだけの条件でも、全ての対象がファイブラントという条件でもない。また、単体的モデル圏どうしの Quillen 同値は、対象の名前や写像空間を文字どおり同じにするものではない。適切な置換を通したホモトピー論が同じであることを述べる。高次の構成に進むときは、どの対象を置換して、どの写像空間を使うかを毎回明示する。
学習の順序としては、まずモデル圏の二つの持ち上げ性と弱因子分解を確認し、次に単体的豊穣圏の随伴を確認するとよい。その後に押し出し積の式を読めば、抽象的な SM7 が「境界に沿って指定した写像やホモトピーを内部へ延ばす」条件だと見えてくる。Kan 条件の証明は、この長い式に始対象と終対象を代入した一例である。

関連項目

参考文献

[1]
Emily Riehl, Categorical Homotopy Theory, New Mathematical Monographs 24, Cambridge University Press, 2014, §3.8 (simplicial homotopy); §6.2 (spaces); §11.4, Definitions 11.4.1 and 11.4.4, Lemma 11.4.3 (simplicial model categories and SM7); §16.4 (quasi-categories)

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