一致の定理

同義語:identity theorem

概要

一致の定理(identity theorem)とは、複素平面の領域や Riemann 面のような連結な定義域上の 2 つの正則関数が、定義域内に集積点を持つ集合の上で一致すれば、あるいは 1 点ですべての階数の微分係数が一致すれば、定義域全体で一致するという定理である。零点の位数が有限で零点が孤立することと、定義域の連結性から従い、正則関数が局所的な情報で大域的に決まるという剛性を表す。実の $C^\infty$ 級関数には成り立たない。帰結として、恒等的に $0$ でない正則関数の零点集合は離散的で、正則関数のなす環は整域であり、解析接続や除去可能特異点への拡張は一意であり、$\sin^2z+\cos^2z=1$ のような実変数の恒等式は自動的に複素変数へ拡張される。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 正則関数, Taylor展開(複素解析), 零点の位数, 連結空間, Riemann面

定義

領域と集積点

複素数 平面の連結(連結空間)な 開集合 を領域という。$U$ を領域、$S\subset U$ とする。点 $p\in U$ が $S$ の($U$ における)集積点 であるとは、$p$ の任意の 近傍 が $p$ 以外の $S$ の点を含むことをいう。$U$ の相異なる点からなる 点列 $(p_n)$ が $p\in U$ に 収束 するなら、$p$ は $\{p_n\mid n\}$ の集積点であり、空でない開集合の各点はその開集合の集積点である。

平面の領域上の一致の定理

$U\subset\mathbb{C}$ を領域、$f,g\colon U\to\mathbb{C}$ を正則関数とする。次は同値である。

  1. $U$ 上で $f=g$ である。
  2. 集合 $\{z\in U\mid f(z)=g(z)\}$ は $U$ に集積点を持つ。
  3. ある点 $p\in U$ ですべての階数の 導関数 が一致する:$f^{(k)}(p)=g^{(k)}(p)$($k=0,1,2,\dots$)。
    特に、$f$ と $g$ が $U$ の相異なる点からなる収束点列(極限は $U$ 内)の上で一致するか、$U$ の空でない開集合上で一致するか、$U$ に含まれる 線分 上で一致すれば、$U$ 全体で $f=g$ である。

$h:=f-g$ とおく。$h$ は $U$ 上の正則関数で、条件 1・2・3 はそれぞれ「$h\equiv0$」「$h$ の零点集合が $U$ に集積点を持つ」「ある $p$ で $h^{(k)}(p)=0$(すべての $k$)」に読み替えられる。
$A:=\{z\in U\mid h\text{ は }z\text{ のある近傍上で恒等的に }0\}$ とおく。$A$ は定義から開集合である。
まず「$p\in U$ が $h$ の零点集合の集積点ならば $p\in A$」を示す。$h$ は連続だから $h(p)=0$ である。もし $h$ が $p$ のどの近傍上でも恒等的に $0$ でなければ、零点の位数 の記事の命題(零点の孤立性)により $p$ のある近傍には $p$ 以外の零点がなく、$p$ が集積点であることに反する。ゆえに $p\in A$ である。
次に $A$ が $U$ の 閉集合 であることを示す。$q\in U$ を $A$ の 閉包 の点とする。$q$ の任意の近傍 $V$ は $A$ の点 $a$ を含み、$h$ は $a$ のある近傍上で恒等的に $0$ だから、$V$ は $q$ 以外の $h$ の零点を含む。したがって $q$ は $h$ の零点集合の集積点であり、前段により $q\in A$ である。ゆえに $A$ は閉集合である。
2 ⇒ 1:条件 2 の集積点 $p$ は前段により $A$ に属するので $A\neq\emptyset$ である。$U$ は連結で $A$ は空でない 開かつ閉集合 だから $A=U$、すなわち $h\equiv0$ である。
3 ⇒ 1:$p$ を中心とする $h$ の Taylor展開(複素解析)(正則関数の 冪級数 展開の存在と係数公式 $a_k=h^{(k)}(p)/k!$ は既知とする。出典 Ahl79 Chapter 4 §3)の係数は $h^{(k)}(p)/k!=0$ なので、$h$ は $p$ のある近傍上で恒等的に $0$、すなわち $p\in A$ である。あとは前段と同じである。
1 ⇒ 2、1 ⇒ 3 は明らかである。最後の主張は、収束点列の極限・開集合の点・線分の点がそれぞれ一致集合の集積点であることによる。

面上の一致の定理

$X$ を Riemann 面(連結な 1 次元 複素多様体)、$f,g\colon X\to\mathbb{C}$ を正則関数とする。集合 $\{x\in X\mid f(x)=g(x)\}$ が $X$ に集積点を持てば、$X$ 上で $f=g$ である。特に、$X$ の相異なる点からなる点列 $(p_n)$ が $X$ のある点に収束し、すべての $n$ で $f(p_n)=g(p_n)$ ならば $f=g$ である。

$h:=f-g$、$A:=\{x\in X\mid h\text{ は }x\text{ のある近傍上で恒等的に }0\}$ とおく。$A$ は開集合である。
$p\in X$ を $h$ の零点集合の集積点とし、$p$ を中心とする 局所座標 $z\colon V\to D$($D$ は開円板)をとる。$h\circ z^{-1}$ は $D$ 上の正則関数で、その零点集合は $0$ を集積点に持つ($z$ は 同相写像 だから集積点は集積点に写る)。thm-identity-theorem-plane を領域 $D$ に適用すると $h\circ z^{-1}\equiv0$、すなわち $h$ は $V$ 上で恒等的に $0$ であり $p\in A$ である。
$A$ が閉であることは prf-identity-theorem-plane と同じ議論による:$A$ の閉包の点 $q$ の任意の近傍は $A$ の点を含み、したがって $q$ 以外の零点を含むから、$q$ は零点集合の集積点で $q\in A$ である。
仮定により $A\neq\emptyset$ であり、$X$ は連結だから $A=X$ である。

直感

正則関数は「局所的な情報が大域的な形を決めてしまう」という剛性を持つ。一致の定理はその最も基本的な表現で、2 つの正則関数が 1 点に集まる無限個の点で一致すれば、あるいは 1 点でのすべての微分係数が一致すれば、全体で一致してしまうと述べる。証明の要点は 2 つある。局所的には、零点の位数が有限であることから零点が孤立するので、零点が集積する点の近くでは関数が恒等的に $0$ になる。大域的には、「近傍で恒等的に $0$」となる点の集合が開かつ閉であることと定義域の連結性から、その集合が全体に広がる。実の !FORMULA[128][152292763][0]級関数 にはこの剛性はなく($e^{-1/x^2}$ のような関数がある)、正則性、より正確には冪級数展開できることが本質である。一致の定理は、解析接続 の一意性、実変数の関数等式の複素変数への自動的な拡張、有理型関数 の 体 の構成など、複素解析の随所で暗黙に使われる。

例

三角関数の恒等式の複素化

$f(z):=\sin^2z+\cos^2z$ と $g(z):=1$ はともに $\mathbb{C}$ 上の正則関数で、実軸上では $\sin^2x+\cos^2x=1$ が成り立つ。実軸は $\mathbb{C}$ に集積点を持つ(どの実数も実軸の集積点である)から、thm-identity-theorem-plane により $\sin^2z+\cos^2z=1$ がすべての $z\in\mathbb{C}$ で成り立つ。同じ理由で、加法定理 $\sin(z+w)=\sin z\cos w+\cos z\sin w$ も、まず $w$ を実数に固定して $z$ について、次に $z$ を固定して $w$ について一致の定理を用いれば、実変数の場合から複素変数へ移る。

指数関数の一意性

実変数の 指数関数 $e^x$ を $\mathbb{C}$ 全体の正則関数に拡張するものは $e^z=\sum_{k\geq0}z^k/k!$ ただ 1 つである。実際、2 つの拡張 $E_1,E_2$ は実軸上で一致するから、thm-identity-theorem-plane により $\mathbb{C}$ 上で一致する。一般に、実軸の区間上で与えられた 実解析関数 の正則な拡張は、定義域を領域と定めるごとに高々 1 つである(cor-identity-theorem-continuation)。

存在しない正則関数

$0$ の近傍で正則な関数 $f$ で、すべての $n\geq1$ について $f(1/n)=(-1)^n/n$ を満たすものは存在しない。実際、そのような $f$ があれば、偶数 $n=2m$ について $f(1/(2m))=1/(2m)$ なので、$f$ と $z$ は $0$ に収束する相異なる点列 $1/(2m)$ 上で一致し、thm-identity-theorem-plane により $f(z)=z$ が $0$ の連結な近傍上で成り立つ。同様に奇数 $n$ から $f(z)=-z$ が従い、$z=-z$、すなわち矛盾である。

反例:仮定を外した場合

次の例は、定理のどの仮定を破ると結論が破れるかを示す。

  1. 集積点が定義域の外にある例:$U=\mathbb{C}\setminus\{0\}$ 上の正則関数 $f(z)=\sin(\pi/z)$ と $g=0$ は、$0$ に収束する相異なる点列 $1/n$ の上で一致するが、$f\not\equiv0$ である。$0\notin U$ なので、一致集合は $U$ に集積点を持たず、定理の仮定を満たさない。
  2. 連結性を破る例:$X=D_1\sqcup D_2$ を交わらない 2 つの開円板の和集合(Riemann 面ではないが 1 次元複素多様体)とし、$f$ を $X$ 上で恒等的に $0$、$g$ を $D_1$ 上で $0$、$D_2$ 上で $1$ とする。$f,g$ は $D_1$ 全体で一致するが $X$ 上では一致しない。
  3. 正則性を破る例:実数直線上の $C^\infty$ 級関数 $\varphi(x)=e^{-1/x^2}$($x>0$)、$\varphi(x)=0$($x\leq0$)と $0$ は、負の半直線上で一致し、$0$ ですべての階数の導関数も一致するが、恒等的には一致しない。$C^\infty$ 級では一致の定理は成り立たない。
  4. 点列が相異なる点からなるという条件:定数列 $p_n=p$ の上での一致は $f(p)=g(p)$ を意味するだけであり、1 点での一致から $f=g$ は従わない($f=z$、$g=0$、$p=0$)。

性質

零点集合の離散性

$X$ を Riemann 面、$f\colon X\to\mathbb{C}$ を恒等的に $0$ でない正則関数とする。このとき零点集合 $Z(f):=\{x\in X\mid f(x)=0\}$ は $X$ の閉集合であり、$X$ に集積点を持たない。したがって $Z(f)$ の各点は $Z(f)$ の 孤立点 であり、$X$ の任意のコンパクト(コンパクト空間)な部分集合と $Z(f)$ の共通部分は有限集合である。

$Z(f)$ が $X$ に集積点を持てば thm-identity-theorem-surface($g=0$)により $f\equiv0$ となり仮定に反する。$Z(f)$ は連続写像による閉集合 $\{0\}$ の逆像として閉である。集積点を持たない集合の各点は孤立点である。コンパクト集合 $K$ に対しては、$Z(f)$ の各点 $x$ に $x$ 以外の零点を含まない開近傍 $V_x$ をとると、これらと開集合 $X\setminus Z(f)$ とで $K$ の開被覆が得られる。その有限部分被覆をとれば、$K\cap Z(f)$ は有限個の $V_x$ に含まれ、各 $V_x$ は零点を 1 個しか含まないから、$K\cap Z(f)$ は有限集合である。

正則関数のなす環は整域

$X$ を Riemann 面とし、$\mathcal{O}(X)$ を $X$ 上の正則関数全体のなす 環 とする。$f,g\in\mathcal{O}(X)$ が $fg=0$ を満たせば $f=0$ または $g=0$ である。すなわち $\mathcal{O}(X)$ は 整域 である。

$f\neq0$ とする。cor-identity-theorem-zeros-discrete により $Z(f)$ は閉集合で集積点を持たないから、$X\setminus Z(f)$ は開集合であり、$X$ は無限集合(開円板を含む)なので $X\setminus Z(f)\neq\emptyset$ である。$x\in X\setminus Z(f)$ では $f(x)g(x)=0$ かつ $f(x)\neq0$ より $g(x)=0$ である。ゆえに $g$ は空でない開集合上で $0$ であり、thm-identity-theorem-surface により $g=0$ である。

解析接続の一意性

$X$ を Riemann 面、$V\subset X$ を空でない開集合、$f\colon V\to\mathbb{C}$ を正則関数とする。$f$ の $X$ 全体への正則な拡張、すなわち $F|_V=f$ を満たす正則関数 $F\colon X\to\mathbb{C}$ は、存在すれば一意である。

$F_1,F_2$ を 2 つの拡張とすると、$F_1,F_2$ は空でない開集合 $V$ 上で一致し、$V$ の各点は一致集合の集積点だから、thm-identity-theorem-surface により $F_1=F_2$ である。

実軸で実数値をとる整関数

$f\colon\mathbb{C}\to\mathbb{C}$ を 整関数 とし、すべての実数 $x$ で $f(x)\in\mathbb{R}$ とする。このとき任意の $z\in\mathbb{C}$ で $f(\bar z)=\overline{f(z)}$ が成り立つ($\bar z$ は $z$ の 複素共役)。

$f(z)=\sum_{k\geq0}a_kz^k$ を $\mathbb{C}$ 全体で収束する Taylor 展開とし、$g(z):=\overline{f(\bar z)}=\sum_{k\geq0}\overline{a_k}z^k$ とおく。右辺の冪級数は $\sum|a_k||z|^k$ が収束するので $\mathbb{C}$ 全体で収束し、$g$ は整関数である。実数 $x$ に対し $g(x)=\overline{f(x)}=f(x)$ だから、$f$ と $g$ は実軸上で一致し、thm-identity-theorem-plane により $\mathbb{C}$ 上で $f=g$ である。

正則写像に対する一致の定理

$X,Y$ を Riemann 面、$f,g\colon X\to Y$ を 正則写像 とする。集合 $\{x\in X\mid f(x)=g(x)\}$ が $X$ に集積点を持てば $f=g$ である。

$A:=\{x\in X\mid f\text{ と }g\text{ は }x\text{ のある近傍上で一致する}\}$ とおく。$A$ は開集合である。$A$ が空でなく閉であることを示せば、$X$ の連結性から $A=X$ が従う。
$p$ を一致集合の集積点、または $A$ の閉包の点とする。どちらの場合も $p$ に収束する相異なる点列 $(p_n)$ で $f(p_n)=g(p_n)$ となるものがある(後者では $A$ の点の近傍全体で一致するので、$p$ に近づく一致点がとれる)。$Y$ は Hausdorff空間 だから点列の極限は一意で、$f(p)=\lim f(p_n)=\lim g(p_n)=g(p)$ である。$y:=f(p)=g(p)$ を中心とする局所座標 $w\colon W\to\mathbb{C}$ をとり、$p$ を中心とする局所座標 $z\colon V\to D$($D$ は開円板)を $f(V)\cup g(V)\subset W$ となるように小さくとる。$w\circ f\circ z^{-1}$ と $w\circ g\circ z^{-1}$ は領域 $D$ 上の正則関数で、$0$ に収束する相異なる点列 $z(p_n)$ の上で一致するから、thm-identity-theorem-plane により $D$ 上で一致する。$w$ は単射だから $V$ 上で $f=g$、すなわち $p\in A$ である。したがって $A$ は空でなく、閉である。

補足

Riemannの拡張定理 で得られる 除去可能特異点 への拡張の一意性、Laurent展開 の一意性、Γ関数 や Riemannゼータ関数 の解析接続が一意であることは、いずれも cor-identity-theorem-continuation の形で一致の定理に帰着する。零点の位数 の記事では、定数でない有理型関数の位数 $\mathrm{ord}_x$ が定まることや分岐点が離散的であることに一致の定理を用いており、また cor-identity-theorem-integral-domain は、Riemann 面上の有理型関数が体をなすことの根拠である。実解析関数(各点で収束冪級数に展開できる実関数)に対しても、同じ証明で一致の定理が成り立つ。一致の定理の標準的な記述は Ahl79 Chapter 4 §3、Riemann 面上の形は For81 §1 にある。

関連項目

参考文献

[1]
Lars V. Ahlfors, Complex Analysis, McGraw-Hill, 1979, Chapter 4 §3(Taylor 展開、零点の孤立性と一致の定理)

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する