Poincaré予想(Poincaré conjecture)とは、単連結な 3 次元の閉多様体は 3 次元球面 $S^3$ と同相である、という主張である。1904 年に Poincaré が問い、Hamilton の Ricci 流を使う Perelman の仕事によって肯定的に解決された。単連結な 3 次元の閉多様体は Poincaré 双対と Hurewicz・Whitehead の定理により $S^3$ とホモトピー同値になるので、この主張は「$S^3$ とホモトピー同値な 3 次元の閉多様体は $S^3$ と同相」と同値である。コンパクト性・境界がないこと・単連結性はどれも外せず、ホモロジーが $S^3$ と同じでも基本群が自明でない Poincaré ホモロジー球面は $S^3$ と同相でない。
前提知識: 基本群, 単連結空間, Poincaré双対, Hurewiczの定理, Whiteheadの定理
Poincaré予想(Poincaré conjecture)とは、「単連結な 3 次元の閉多様体は 3 次元球面 $S^3$ と同相である」という主張である。Poincaré は、ホモロジーが $S^3$ と同じなのに基本群が自明でない 3 次元多様体を作ったあとで、基本群が自明でありながら $S^3$ と同相でない 3 次元多様体がありうるかを問うた(Kos93 Ch. VII §7、pp. 140–141)。1904 年のこの問いは、Hamilton が導入した Ricci 流を使う Perelman の仕事によって肯定的に解決された(MT07 Introduction、p. 5)。
この記事では、まず主張を正確に述べ、そのうえで記事内で証明できる次の核心を示す:単連結な 3 次元の閉多様体は $S^3$ とホモトピー同値である(thm-pc-homotopy)。したがって Poincaré予想は「$S^3$ とホモトピー同値な 3 次元の閉多様体は $S^3$ と同相である」と言い換えられ、ホモトピー論の不変量で多様体の形が決まるかという問いになる。Ricci 流による証明そのものは、この記事では扱わない。高次元の対応する主張は 一般次元のPoincaré予想 で、4 次元は Freedmanの定理 で扱う。
この記事で 多様体 は Hausdorff で第 2 可算な位相多様体(位相多様体)とし、閉多様体 はコンパクトで境界をもたない連結な多様体とする。$S^3=\{x\in\mathbb{R}^4\mid\lvert x\rvert=1\}$ である。ホモロジーは整数係数の特異ホモロジーとする。
$S^3$ とホモトピー同値な 3 次元の閉多様体を ホモトピー 3 球面 という。
単連結な 3 次元の閉多様体は $S^3$ と同相である。
thm-pc-main はこの記事では証明しない。MT07 は Perelman の 3 つのプレプリント(2002–2003 年)の議論を詳しく書き下し、Corollary 0.2 (a)(p. 6)で「単連結な 3 次元の閉多様体は $S^3$ と微分同相」を示している。同書は滑らかな多様体で述べているが、3 次元の位相多様体はすべて滑らかな構造をもち、滑らかな 3 次元多様体の間の同相写像は微分同相写像で近似できるので、同相による分類と微分同相による分類は同じことになる(MT07 p. 5 の脚注 1)。同書の Theorem 0.1(p. 5)はさらに、基本群が有限群と無限巡回群の自由積である 3 次元の閉多様体をすべて決定している。
主張の仮定はどれも外せない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| コンパクト | $\mathbb{R}^3$ | $S^3$ と同相($\mathbb{R}^3$ は単連結だがコンパクトでない) |
| 境界をもたない | 閉球体 $D^3$ | $S^3$ と同相(ex-pc-ball) |
| 単連結(ホモロジーが $S^3$ と同じ、に弱める) | Poincaré ホモロジー球面 | $S^3$ と同相(基本群は位数 $120$) |
| 3 次元 | $S^2\times S^2$(単連結な 4 次元の閉多様体) | $S^4$ と同相($H_2\cong\mathbb{Z}^2$。ex-pc-s2s2) |
3 行目は ホモロジー球面 の定理「Poincaré ホモロジー球面の基本性質」による。単連結性を「1 次元のホモロジーが消える」に弱めることはできず、基本群そのものが必要である。
$M$ を 3 次元の閉多様体とする。次は同値である。
方針:$M$ のホモロジーを Poincaré 双対で計算すると $S^3$ と同じになる。次に、$M$ の中の小さな球体の外側を 1 点につぶす写像 $q\colon M\to S^3$ を作り、$q$ がホモロジーの同型を誘導することを局所ホモロジーで確かめる。最後に、単連結な CW 複体の間のホモロジー同型はホモトピー同値であるという Whitehead の定理を使う。証明の前に、つぶす写像を用意する。
$M$ を連結で向き付けられた 3 次元の閉多様体、$B\subset M$ を座標近傍の中の閉球体(同相写像 $\beta\colon D^3\to B$ で、$\beta$ が $\mathbb{R}^3$ の開集合からの開埋め込みに延びるもの)とする。$M$ の点を、$B$ の外では $S^3$ の北極 $N$ に、$\beta(v)$($v\in D^3$)では
$$
\sigma(v):=\bigl(\sin(\pi\lvert v\rvert)\,\tfrac{v}{\lvert v\rvert},\ -\cos(\pi\lvert v\rvert)\bigr)\in S^3\subset\mathbb{R}^3\times\mathbb{R}
$$
($v=0$ では南極 $(0,-1)$)に送る写像を $q\colon M\to S^3$ とする。$q$ は連続で、$q_*\colon H_3(M)\to H_3(S^3)$ は同型である。
段 1(連続性).$\lvert v\rvert=1$ では $\sigma(v)=(0,1)=N$ なので、$q$ は閉集合 $B$ と閉集合 $\overline{M\setminus B}$ の上でそれぞれ連続で、共通部分 $\partial B$ の上で一致する。よって $q$ は連続である。$\sigma$ は $D^3$ の内部を $S^3\setminus\{N\}$ へ同相に移す($\lvert v\rvert$ が $0$ から $1$ へ動くと高さ $-\cos(\pi\lvert v\rvert)$ が $-1$ から $1$ へ単調に増え、各高さの切り口の球面に $v/\lvert v\rvert$ の方向で全単射に写る)。
段 2(局所ホモロジーの図式).$x:=\beta(0)$、$y:=q(x)$(南極)とおく。次の図式は可換である(縦は包含から来る写像、横は $q$ の誘導する写像)。
$$
\xymatrix{
H_3(M) \ar[r]^{q_*} \ar[d] & H_3(S^3) \ar[d] \\
H_3(M,M\setminus\{x\}) \ar[r]^{q_*} & H_3(S^3,S^3\setminus\{y\})
}
$$
$q^{-1}(y)=\{x\}$ なので、下の横の写像は対の写像 $(M,M\setminus\{x\})\to(S^3,S^3\setminus\{y\})$ から来る。可換性は、包含と $q$ の合成が 2 通りの順で同じ対の写像 $M\to(S^3,S^3\setminus\{y\})$ になることによる。
段 3(縦は同型).$M$ と $S^3$ は連結で向き付けられた閉多様体なので、Poincaré双対 の定理「基本類の存在と一意性」の 1 により、縦の写像はどちらも同型で、$H_3\cong\mathbb{Z}$ である。
段 4(下の横は同型).$U:=\beta(\{\lvert v\rvert<1\})$ は $x$ の開近傍で、$q|_U$ は $U$ から $S^3\setminus\{N\}$ への同相写像である(段 1)。切除により $H_3(U,U\setminus\{x\})\to H_3(M,M\setminus\{x\})$ と $H_3(S^3\setminus\{N\},S^3\setminus\{N,y\})\to H_3(S^3,S^3\setminus\{y\})$ は同型であり($M\setminus U$ は開集合 $M\setminus\{x\}$ に含まれる閉集合、$\{N\}$ も同様)、$q|_U$ は同相写像なので左の対から右の対への同型を誘導する。図式の可換性から、下の横の写像は同型である。
段 5(結論).段 3・4 と図式の可換性から、上の横の写像 $q_*\colon H_3(M)\to H_3(S^3)$ も同型である。$\square$
2 ⇒ 1:ホモトピー同値は基本群の同型を引き起こし(ホモトピー同値 の命題「基本群・ホモロジーへの帰結」)、$S^3$ は単連結なので $M$ も単連結である。
1 ⇒ 2 を示す。$M$ を単連結とする。
段 1(向き).単連結な多様体は向き付け可能である(向き付け可能 の定理「向きの 2 重被覆による判定」の 2)。$M$ に向きを 1 つ入れる。
段 2(ホモロジー).$M$ は弧状連結なので $H_0(M)\cong\mathbb{Z}$ である。Hurewiczの定理 の定理「1 次元の Hurewicz の定理」により $H_1(M)\cong\pi_1(M)^{\mathrm{ab}}=0$ である。Poincaré双対 の定理「閉多様体の Poincaré 双対」により $H_2(M)\cong H^1(M)$ であり、普遍係数定理 の定理「特異コホモロジーの普遍係数定理」により
$$
H^1(M)\cong\operatorname{Hom}(H_1(M),\mathbb{Z})\oplus\operatorname{Ext}(H_0(M),\mathbb{Z})=0\oplus\operatorname{Ext}(\mathbb{Z},\mathbb{Z})=0
$$
である(自由加群 $\mathbb{Z}$ の Ext は $0$)。$H_3(M)\cong\mathbb{Z}$ で、$i>3$ では $H_i(M)=0$ である(Poincaré双対 の定理「基本類の存在と一意性」の 1・3)。よって $M$ のホモロジーは $S^3$ のホモロジーと同型である。
段 3(つぶす写像).$M$ の点の座標近傍の中に閉球体 $B$ をとり、lem-pc-collapse の写像 $q\colon M\to S^3$ を作る。$q_*$ は $H_3$ で同型であり、$H_0$ では連結な空間どうしなので同型、$i=1,2$ と $i\ge4$ では両辺とも $0$ なので同型である。よって $q$ はすべての次数でホモロジーの同型を誘導する。
段 4(CW 複体).Moiseの定理 の定理「Moiseの定理」により $M$ は三角形分割でき、単体複体の多面体は CW 複体である(単体複体 の定理「多面体の CW 構造」)。$M$ を同相写像でこの CW 複体と同一視する。$S^3$ も CW 複体である。
段 5(Whitehead の定理).$M$ と $S^3$ は単連結な CW 複体で、$q$ はすべての次数でホモロジーの同型を誘導するので、Hurewiczの定理 の系「ホモロジーによる Whitehead の定理」により $q$ はホモトピー同値である。$\square$
この証明でホモロジーの計算に 3 次元であることを使ったのは段 2 の $H_2(M)\cong H^1(M)$ である(ほかに段 4 で、3 次元の多様体についての Moiseの定理 を使った)。$n$ 次元では Poincaré 双対は $H_{n-1}$ を $H^1$ に結びつけるだけなので、$4\le n$ では単連結性だけでは $H_2,\dots,H_{n-2}$ が決まらない(ex-pc-s2s2)。
次の 2 つの主張は同値である。
1 ⇒ 2:ホモトピー 3 球面は thm-pc-homotopy の 2 ⇒ 1 により単連結なので、1 により $S^3$ と同相である。2 ⇒ 1:単連結な 3 次元の閉多様体は thm-pc-homotopy の 1 ⇒ 2 によりホモトピー 3 球面なので、2 により $S^3$ と同相である。$\square$
閉球体 $D^3$ はコンパクトで連結で可縮なので単連結だが、境界 $S^2$ をもつので閉多様体ではない(定義の仮定「境界をもたない」を満たさない)。実際 $D^3$ は $S^3$ と同相でない。同相写像 $h\colon D^3\to S^3$ があれば、$D^3$ の中心 $0$ について $D^3\setminus\{0\}$ と $S^3\setminus\{h(0)\}\cong\mathbb{R}^3$ が同相になる。前者は $S^2$ にレトラクトする($v\mapsto v/\lvert v\rvert$)ので $H_2\cong\mathbb{Z}$ を含み(レトラクトのホモロジーは直和因子)、後者は可縮で $H_2=0$ だから矛盾する。
$S^2\times S^2$ は単連結な 4 次元の閉多様体である(積の基本群は基本群の積)。$y_0\in S^2$ について $x\mapsto(x,y_0)$ と第 1 射影の合成は $S^2$ の恒等写像なので、$H_2(S^2)\cong\mathbb{Z}$ は $H_2(S^2\times S^2)$ に単射で入り、$H_2(S^2\times S^2)\neq0=H_2(S^4)$ である。よって $S^2\times S^2$ は $S^4$ とホモトピー同値でない。thm-pc-homotopy の 4 次元版「単連結なら $S^4$ とホモトピー同値」は成り立たず、高次元の Poincaré予想は単連結性に加えてホモロジー(またはホモトピー型)の条件を仮定する。
$S^1\times S^2$ は 3 次元の閉多様体で、$\pi_1\cong\mathbb{Z}$ なので単連結でなく、$S^3$ と同相でない。$H_1\cong\mathbb{Z}$ なのでホモロジーも違う。レンズ空間 $L(p;q)$($p\ge2$)は $\pi_1\cong\mathbb{Z}/p$ で、普遍被覆は $S^3$ である。レンズ空間は「普遍被覆が $S^3$」という次の系の典型例である($S^1\times S^2$ の普遍被覆は $\mathbb{R}\times S^2$ で、基本群は有限でない)。
基本群が有限なら、普遍被覆に thm-pc-main が使える。
3 次元の閉多様体 $M$ の基本群が有限なら、$M$ の普遍被覆空間は $S^3$ と同相である。
$M$ は多様体なので局所的に単連結で、普遍被覆 $p\colon\widetilde M\to M$ がある(普遍被覆空間 の定理「普遍被覆の存在」)。$\widetilde M$ は単連結で、各点のファイバーは $\pi_1(M)$ と同じ個数 $d<\infty$ の点からなる。$p$ は局所同相なので、$\widetilde M$ は局所的に $\mathbb{R}^3$ と同相で、Hausdorff である(同じファイバーの 2 点は互いに交わらない持ち上げで分けられ、ファイバーの違う 2 点は下の互いに交わらない近傍の逆像で分けられる)。$M$ の各点に、閉包が均等に被覆される近傍に含まれるコンパクトな近傍をとり、有限個 $K_1,\dots,K_s$ で $M$ を覆う。$p^{-1}(K_j)$ は $K_j$ と同相な $d$ 個のコンパクト集合の和なので、$\widetilde M=\bigcup_jp^{-1}(K_j)$ はコンパクトであり、とくに第 2 可算である(コンパクトで局所的に第 2 可算)。よって $\widetilde M$ は単連結な 3 次元の閉多様体で、thm-pc-main により $S^3$ と同相である。$\square$
さらに強く、有限な基本群をもつ 3 次元の閉多様体は、$S^3$ を有限群の自由な線形作用で割った空間(球面空間形)と微分同相である(MT07 Corollary 0.2 (b)、p. 6。この記事では証明しない)。
次元を 1 つ下げると、Poincaré予想にあたる主張は曲面の分類からすぐに従う。
単連結な閉曲面は $S^2$ と同相である。
閉曲面の分類定理 の定理「閉曲面の分類定理」により、閉曲面は $S^2$、$T_n$($n\ge1$)、$P_m$($m\ge1$)のどれかと同相である。同記事の命題「標準形の曲面の基本群とアーベル化」により、$T_n$ の基本群のアーベル化は $\mathbb{Z}^{2n}\neq0$、$P_m$ のアーベル化は $\mathbb{Z}^{m-1}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\neq0$ なので、これらは単連結でない。同相写像は基本群の同型を引き起こすので、単連結な閉曲面は $S^2$ と同相である。$\square$
$n$ 次元の閉多様体 $M$ が $S^n$ とホモトピー同値なら $S^n$ と同相か、という形にそろえると、次のようになる。
| 次元 | 結果 | 記事 |
|---|---|---|
| $n=2$ | 正しい(単連結なら $S^2$) | prop-pc-dim2 |
| $n=3$ | 正しい(Perelman) | thm-pc-main、cor-pc-equivalent |
| $n=4$ | 同相までは正しい(Freedman) | Freedmanの定理 |
| $n\ge5$ | 同相までは正しい(Smale) | 一般次元のPoincaré予想 |
$n\ge5$ と $n=4$ は「同相」の主張で、「微分同相」までは言えない。7 次元には $S^7$ と同相だが微分同相でない滑らかな多様体がある(一般次元のPoincaré予想)。滑らかな 4 次元の場合は Freedmanの定理 からは分からない。3 次元では位相・滑らかの区別は生じない(rem-pc-main)。高次元の証明は h同境定理 によるハンドルの議論で、3 次元と 4 次元にはそのまま使えない。3 次元では証明の道具が幾何(Ricci 流)に移った。
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