Grothendieck圏(Grothendieck category)とは、任意個の直和を持ち部分対象の格子が分配律(AB5条件)を満たすアーベル圏であって、さらに生成対象を持つもののことをいう。加群の圏や層の圏など「具体的な対象からなる」アーベル圏に共通する性質を公理化したものであり、任意対象が単射的包絡を持つことが保証されるなど、導来圏の理論を展開するための標準的な作業環境を与える。
前提知識: 圏, アーベル圏, 零対象, 余核, 完全関手, Ind対象
アーベル圏 $\mathcal A$ の対象 $G$ が生成対象(generator)であるとは、関手 $\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,-)\colon\mathcal A\to\mathbf{Ab}$ が忠実であること、同値に、任意の相異なる二射 $f,g\colon A\to B$ に対し、ある射 $h\colon G\to A$ が存在して $f\circ h\neq g\circ h$ となることをいう。
アーベル圏 $\mathcal A$ が(AB5)条件を満たすとは、$\mathcal A$ が任意個の直和を持ち、かつ任意の対象 $A$、部分対象 $B\subseteq A$、包含で有向な部分対象の族 $(C_i)_{i\in I}$($\mathcal A$ の部分対象の全体は交わり $\wedge$ と結び $\vee$ を持つ束をなす)に対し、次の分配律
$$
B\wedge\Bigl(\bigvee_{i\in I}C_i\Bigr)=\bigvee_{i\in I}(B\wedge C_i)
$$
が成り立つことをいう。
アーベル圏 $\mathcal A$ がGrothendieck圏(Grothendieck category)であるとは、$\mathcal A$ が(AB5)条件を満たし、かつ生成対象を持つことをいう。
(AB5)条件は「有向な部分対象の合併を取る操作(フィルター余極限の特別な場合、Ind対象参照)が有限的な操作(交わりを取ること)と可換である」という条件であり、これは加群の圏 $R\text{-}\mathrm{Mod}$ において部分加群の合併がいつでも素直に振る舞うという、初等的な事実を抽象化したものにすぎない。一般のアーベル圏ではこの可換性が破綻しうるため、(AB5)は「フィルター余極限を取る関手が完全関手である」ことを保証するための公理として導入される。
生成対象は、加群の圏における「環 $R$ 自身($R$ 加群として)」の役割を抽象化したものである。$R$ 加群の圏では任意の加群が自由加群($R$ の直和)の商として書けるが、これはまさに $R$ が生成対象であることの帰結(性質の節参照)にほかならない。Grothendieck圏の公理は、この二つの性質——余極限の健全な振る舞いと、対象を生成対象から構成できること——を組み合わせて、加群の圏や層の圏に共通する「扱いやすいアーベル圏」の枠組みを取り出したものである。
位相空間 $X$ 上のアーベル群の層のなす圏 $\mathrm{Sh}(X,\mathbf{Ab})$ もGrothendieck圏の代表例である(生成対象は開集合ごとの拡張による層の直和として構成される、証明は層理論の準備を要するため本記事では割愛する)。導来圏の理論(導来圏参照)がGrothendieck圏の枠組みで展開されることが多いのは、この例が念頭にあるためである。
アーベル圏 $\mathcal A$ の対象 $G$ について、対象 $A\in\mathcal A$ ごとに、$\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,A)$ を添字集合とする直和 $\bigoplus_{f\in\operatorname{Hom}(G,A)}G$ から、各成分が対応する $f$ 自身であるように定まる標準射
$$
\varepsilon_A\colon\bigoplus_{f\in\operatorname{Hom}(G,A)}G\longrightarrow A
$$
を考える。$G$ が生成対象であることは、任意の $A$ に対し $\varepsilon_A$ がアーベル圏におけるエピ射であることと同値である。
($\Leftarrow$)すべての $A$ に対し $\varepsilon_A$ がエピ射であるとする。$f,g\colon A\to B$ を $f\neq g$ なる射とする。任意の $h\colon G\to A$ について $f\circ h=g\circ h$ が成り立つと仮定すると、直和の普遍性により $f\circ\varepsilon_A$ と $g\circ\varepsilon_A$ は各成分($\varepsilon_A$ の各 $h$ 成分との合成)がすべて一致するので $f\circ\varepsilon_A=g\circ\varepsilon_A$ となる。$\varepsilon_A$ はエピ射だから、これは $f=g$ を意味し矛盾する。ゆえに、ある $h\colon G\to A$ が存在して $f\circ h\neq g\circ h$ となり、$G$ は生成対象である。
($\Rightarrow$)$G$ が生成対象であるとする。$A$ を任意にとり、$q\colon A\to C:=\operatorname{coker}(\varepsilon_A)$ を余核への射とする。$\varepsilon_A$ の各成分は $\operatorname{Hom}(G,A)$ に属する射「すべて」を尽くしているので、任意の $h\colon G\to A$ に対し $h$ は $\varepsilon_A$ のある成分に一致し、したがって $q\circ h=q\circ\varepsilon_A|_h=0$($q\circ\varepsilon_A=0$ は余核の定義そのもの)。ゆえに $q\circ h=0=0\circ h$ が任意の $h\colon G\to A$ について成り立つ。$G$ が生成対象であることから $\operatorname{Hom}(G,-)$ は忠実なので、これは $q=0\colon A\to C$ を意味する。
一方 $q$ は余核への射であるからアーベル圏の性質によりエピ射である。$q=0$ かつ $q$ がエピ射であることから、任意の $u,v\colon C\to Z$ について $u\circ q=v\circ q$(両辺とも $0$)が成り立ち、エピ射の性質により $u=v$ が任意の $u,v$ について成り立つ。特に $u=\operatorname{id}_C$、$v=0$ を代入すると $\operatorname{id}_C=0$ となり、これは $C$ が零対象であることを意味する(零対象の特徴づけ参照)。ゆえに $\operatorname{coker}(\varepsilon_A)=0$ であり、これは $\varepsilon_A$ がエピ射であることと同値である。$\blacksquare$
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