Lorentz多項式

同義語:Lorentzian polynomial

概要

Lorentz多項式(Lorentzian polynomial)とは、係数が非負の $d$ 次斉次多項式 $f$ で、$d\ge3$ なら台が $\mathrm{M}$ 凸であり、$d-2$ 階のすべての偏導関数(2 次形式)の Hesse 行列が正の固有値を高々 1 個しかもたないものであり、Brändén と Huh が導入した。2 変数の $\sum_ka_kw_1^kw_2^{d-k}$ が Lorentz 多項式であることは、係数の列 $(a_k)$ が超対数凹で内部に零をもたないことと同値である。マトロイドの基の母関数は Lorentz 多項式であり、逆に各変数について 1 次以下の Lorentz 多項式の台はマトロイドの基の全体になる。これらから、独立集合の個数についての Mason の予想(最も強い形)が導かれる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 斉次多項式, 2次形式, 対数凹性, マトロイド

Lorentz 多項式(Lorentzian polynomial)とは、非負の係数をもつ斉次多項式で、2 階まで微分を残した偏導関数の Hesse 行列がどれも正の固有値を高々 1 個しかもたず(Lorentz 計量と同じ符号 $(+,-,\dots,-)$ の型)、さらに台(現れる単項式の指数の集合)が M 凸とよばれる組合せ的な条件をみたすものである。Brändén と Huh が導入した。
1 変数の多項式の係数が対数凹であることは、実根だけをもつ多項式で典型的に現れる(対数凹性 の定理「Newton の不等式」)。Lorentz 多項式は、この現象の多変数への広い一般化である。2 変数の場合には、Lorentz 多項式であることは係数の列が超対数凹で内部に零をもたないことと同値になる。また、マトロイドの基を数える多項式はいつも Lorentz 多項式であり、逆に、各変数について 1 次以下の Lorentz 多項式の台はマトロイドの基の全体になる。これらを使うと、マトロイドの独立集合の個数についての Mason の予想(最も強い形)が導かれる。
この記事では、定義と基本的な性質、2 変数の場合の特徴づけ、マトロイドとの対応を証明し、Mason の予想への応用を述べる。

定義

$n\ge1$、$d\ge0$ を整数とする。$\mathbb{N}^n$ の元 $\alpha=(\alpha_1,\dots,\alpha_n)$ について $|\alpha|:=\alpha_1+\dots+\alpha_n$、$\alpha!:=\alpha_1!\cdots\alpha_n!$、$w^\alpha:=w_1^{\alpha_1}\cdots w_n^{\alpha_n}$、$\partial^\alpha:=\partial_1^{\alpha_1}\cdots\partial_n^{\alpha_n}$($\partial_i=\partial/\partial w_i$)と書き、$e_i$ を第 $i$ 単位ベクトルとする。$\Delta^d_n:=\{\alpha\in\mathbb{N}^n\mid|\alpha|=d\}$ とおく。$d$ 次の斉次多項式 $f\in\mathbb{R}[w_1,\dots,w_n]$ を
$$ f=\sum_{\alpha\in\Delta^d_n}\frac{c_\alpha}{\alpha!}w^\alpha $$
と書き、$c_\alpha$ を $f$ の 正規化した係数 という。$\operatorname{supp}f:=\{\alpha\mid c_\alpha\ne0\}$ を $f$ の 台 という。$f$ の Hesse 行列を $H_f:=(\partial_i\partial_jf)_{i,j}$ と書く。$f$ が 2 次なら $H_f$ は定数の実対称行列で、$v^{\top}H_fv=2f(v)$ である。

M 凸集合

$J\subset\mathbb{N}^n$ が M 凸(M-convex)であるとは、任意の $\alpha,\beta\in J$ と、$\alpha_i>\beta_i$ となる任意の添字 $i$ について、$\alpha_j< \beta_j$ かつ $\alpha-e_i+e_j\in J$ となる添字 $j$ があることをいう(交換性)。空集合も M 凸とする。

$J\subset\Delta^d_n$ が各座標 $0$ か $1$ のベクトルからなるとき、ベクトル $\alpha$ を集合 $\{i\mid\alpha_i=1\}$ と同一視すると、交換性は「$A,B\in J$、$i\in A\setminus B$ なら、ある $j\in B\setminus A$ について $(A\setminus\{i\})\cup\{j\}\in J$」となる。これは マトロイド の命題「基の交換」の (B2) そのものである。

Lorentz 多項式

$d$ 次の斉次多項式 $f\in\mathbb{R}[w_1,\dots,w_n]$ が Lorentz 多項式 であるとは、係数がすべて $0$ 以上で、次をみたすことをいう。

  1. $d\le1$ なら、ほかに条件はない。
  2. $d=2$ なら、$H_f$ の正の固有値は(重複を込めて)高々 1 個である。
  3. $d\ge3$ なら、$\operatorname{supp}f$ は M 凸で、すべての $\alpha\in\Delta^{d-2}_n$ について 2 次の斉次多項式 $\partial^\alpha f$ が 2 の条件をみたす。
    $0$ も Lorentz 多項式に含める。

Brändén–Huh は、係数がすべて正で、各 $\partial^\alpha f$($\alpha\in\Delta^{d-2}_n$)の Hesse 行列が正則でちょうど 1 個の正の固有値をもつ多項式を 狭義の Lorentz 多項式(strictly Lorentzian polynomial)とよび、その極限を Lorentz 多項式と定義した(BH20 Definition 2.1、p. 7)。そのうえで、極限全体が def-lp-lorentzian の多項式全体に一致することを証明している(同 Theorem 2.25 とその後の注意、p. 22。$d=2$ は同 §1、p. 2)。この記事ではこの特徴づけを定義として用い、一致は証明しない。斉次多項式では、Lorentz 多項式であることは Gurvits の強対数凹性や Anari–Liu–Oveis Gharan–Vinzant の完全対数凹性とも同値である(同 Theorem 2.30、pp. 23–24。この記事では証明しない)。

固有値と偏導関数の計算

定義の条件を扱うための 2 つの補題を示す。

正の固有値が高々 1 個であることの言い換え

実対称行列 $H$ の正の固有値が高々 1 個であることと、$v^{\top}Hv>0$ がすべての $0$ でない $v\in U$ で成り立つような 2 次元部分空間 $U$ がないことは同値である。とくにこのとき、$H$ のどの $2\times2$ 主小行列 $\begin{pmatrix}h_{ii}&h_{ij}\\h_{ij}&h_{jj}\end{pmatrix}$ も、$h_{ii},h_{jj}\ge0$ なら $h_{ij}^2\ge h_{ii}h_{jj}$ をみたす。

要点:直交行列で対角化し、正の固有空間と非正の固有空間の次元を数える。

詳しい証明を開く

2次形式 の定理「実対称行列の主軸定理」により、$H$ の固有ベクトルからなる正規直交基底 $u_1,\dots,u_n$ がある(固有値 $\lambda_1,\dots,\lambda_n$)。正の固有値が 2 個以上あれば、それに対応する 2 つの $u_i$ が張る部分空間で $v^{\top}Hv=\sum\lambda_iy_i^2>0$ となる。逆に正の固有値が高々 1 個なら、$\lambda_i\le0$ となる $u_i$ が張る部分空間 $W$ は $n-1$ 次元以上で、その上で $v^{\top}Hv\le0$ である。2 次元の $U$ との共通部分は、次元を数えると $0$ でないベクトルを含むので、$U$ の上で $v^{\top}Hv>0$ とはならない。

後半:$h_{ii}h_{jj}>h_{ij}^2$ なら $h_{ii},h_{jj}>0$ であり、$v=xe_i+ye_j$ について $v^{\top}Hv=h_{ii}x^2+2h_{ij}xy+h_{jj}y^2>0$($(x,y)\ne0$)となる(判別式が負)。$e_i,e_j$ の張る平面がそのような $U$ になり、前半に反する。$\square$

偏導関数の Hesse 行列

$f=\sum_{\beta\in\Delta^d_n}\frac{c_\beta}{\beta!}w^\beta$ と $\alpha\in\mathbb{N}^n$ について
$$ \partial^\alpha f=\sum_{\gamma\in\Delta^{d-|\alpha|}_n}\frac{c_{\alpha+\gamma}}{\gamma!}w^\gamma $$
である。とくに $\alpha\in\Delta^{d-2}_n$ なら、$\partial^\alpha f$ の Hesse 行列の $(i,j)$ 成分は $c_{\alpha+e_i+e_j}$ である。

要点:$w^\beta/\beta!$ を $w_i$ で微分すると $w^{\beta-e_i}/(\beta-e_i)!$ になる。

詳しい証明を開く

$\beta_i\ge1$ なら $\partial_i(w^\beta/\beta!)=\beta_iw^{\beta-e_i}/\beta!=w^{\beta-e_i}/(\beta-e_i)!$ であり、$\beta_i=0$ なら $0$ である。これを繰り返すと前半を得る。後半では $\partial^\alpha f=\sum_{\gamma\in\Delta^2_n}c_{\alpha+\gamma}w^\gamma/\gamma!$ であり、$\gamma=e_i+e_j$ の項 $w^\gamma/\gamma!$ は $i\ne j$ なら $w_iw_j$、$i=j$ なら $w_i^2/2$ なので、$\partial_i\partial_j$ を当てると $1$ になり、ほかの項は $0$ になる。$\square$

基本的な性質

偏微分・変数の正の倍・係数の不等式

$f$ を $d$ 次の Lorentz 多項式とする。

  1. 各 $i$ について $\partial_if$ は $d-1$ 次の Lorentz 多項式である($d\ge1$)。
  2. 正の実数 $\theta_1,\dots,\theta_n$ について $f(\theta_1w_1,\dots,\theta_nw_n)$ は Lorentz 多項式である。
  3. $d\ge2$ のとき、すべての $\alpha\in\Delta^{d-2}_n$ と添字 $i,j$ について $c_{\alpha+e_i+e_j}^2\ge c_{\alpha+2e_i}\,c_{\alpha+2e_j}$ である。

3. lem-lp-hessian により $\partial^\alpha f$ の Hesse 行列は $(c_{\alpha+e_k+e_l})_{k,l}$ で、成分は $0$ 以上である。lem-lp-one-positive の後半を $(i,j)$ 主小行列に当てればよい。
1・2. 要点:1 では $\partial_if$ の台が $\{\beta\mid\beta+e_i\in\operatorname{supp}f\}$ で、交換性がそのまま移る。2 では Hesse 行列が対角行列 $D$ で $DHD$ に変わるだけである。

1・2 の詳しい証明を開く

1. lem-lp-hessian により $\partial_if$ の正規化した係数は $c_{\beta+e_i}$($\beta\in\Delta^{d-1}_n$)なので、係数は $0$ 以上で、$\operatorname{supp}\partial_if=\{\beta\mid\beta+e_i\in\operatorname{supp}f\}$ である。$\beta,\beta'$ がこれに属し $\beta_k>\beta'_k$ なら、$\beta+e_i$ と $\beta'+e_i$ に $f$ の台の交換性を当てて、$\beta_j< \beta'_j$ と $\beta+e_i-e_k+e_j\in\operatorname{supp}f$ をみたす $j$ を得る。よって $\beta-e_k+e_j\in\operatorname{supp}\partial_if$ であり、$\partial_if$ の台も M 凸である。さらに $\beta\in\Delta^{d-3}_n$ について $\partial^\beta(\partial_if)=\partial^{\beta+e_i}f$ は定義の 2 の条件をみたす。$d-1\le2$ の場合も同じ式から定義の条件が確かめられる。

2. $g(w):=f(\theta_1w_1,\dots,\theta_nw_n)$ の正規化した係数は $\theta^\beta c_\beta$($\theta^\beta:=\prod\theta_i^{\beta_i}$)なので、係数は $0$ 以上で台は $f$ と同じである。lem-lp-hessian により $\partial^\alpha g$ の Hesse 行列は $\theta^\alpha DH D$ である。ここで $H$ は $\partial^\alpha f$ の Hesse 行列、$D$ は $\theta_1,\dots,\theta_n$ を並べた対角行列である。$v\mapsto Dv$ は 2 次元部分空間を 2 次元部分空間に写す全単射で、$v^{\top}(DHD)v=(Dv)^{\top}H(Dv)$ なので、lem-lp-one-positive により $DHD$ の正の固有値も高々 1 個である。$d\le2$ の場合も同じである。$\square$

3 は、$\alpha+e_i+e_j=:\beta$ と書けば $c_\beta^2\ge c_{\beta+e_i-e_j}\,c_{\beta-e_i+e_j}$ という形になり、BH20 Proposition 4.4(p. 44)と同じ主張である。凸体の混合体積についての Alexandrov–Fenchel の不等式の類似にあたる(同)。
Lorentz 多項式の族はさらに次の操作で閉じている。どれもこの記事では証明しない。

  • 非負の線形変数変換. 成分が $0$ 以上の $n\times m$ 行列 $A$ について $f(Av)$ は Lorentz 多項式である(BH20 Theorem 2.10、p. 12)。とくに変数を同一視する($w_1=w_2$ とおく)、$0$ を代入する、非負の方向に方向微分する(同 Corollary 2.11、p. 13)といった操作で保たれる。
  • 積. Lorentz 多項式どうしの積は Lorentz 多項式である(同 Corollary 2.32 の証明、p. 24)。
  • 閉じていること. 係数の空間で Lorentz 多項式の極限は Lorentz 多項式である(同 Theorem 2.25、p. 22)。
    また、$0$ でない $d\ge2$ 次の Lorentz 多項式 $f$ の Hesse 行列 $H_f(w)$ は、すべての成分が正の点 $w$ でちょうど 1 個の正の固有値をもつ(同 Theorem 2.16、p. 16。この記事では証明しない)。これは射影多様体の Hodge–Riemann の関係の類似とみなされている(同 §2.2、p. 16。Hodge–Riemann双線形関係)。

2 変数の場合

2 変数では、Lorentz 多項式は係数の列だけで判定できる。

2 変数の Lorentz 多項式

$a_0,\dots,a_d\ge0$ とし、$f=\sum_{k=0}^da_kw_1^kw_2^{d-k}$ とおく。$f$ が Lorentz 多項式であることと、列 $(a_0,\dots,a_d)$ が(長さ $d$ について)超対数凹で内部に零をもたないこと(対数凹性 の定義「対数凹性と単峰性」)は同値である。

$\alpha=(k,d-k)$ の正規化した係数を $c_k$ と書くと、$c_k=k!\,(d-k)!\,a_k=d!\,a_k/\binom dk$ である。
段 1:Hesse 行列の条件. $d\ge2$ とし、$0\le m\le d-2$ について $\alpha=(m,d-2-m)$ をとる。lem-lp-hessian により $\partial^\alpha f$ の Hesse 行列は $\begin{pmatrix}c_{m+2}&c_{m+1}\\c_{m+1}&c_m\end{pmatrix}$ である。成分が $0$ 以上の $2\times2$ 実対称行列 $\begin{pmatrix}p&q\\q&r\end{pmatrix}$ の固有値 $\lambda,\mu$ は $\lambda\mu=pr-q^2$、$\lambda+\mu=p+r\ge0$ をみたす。$pr-q^2>0$ なら $p,r>0$ なので $\lambda,\mu$ はともに正である。$pr-q^2< 0$ なら正の固有値は 1 個、$pr-q^2=0$ なら一方が $0$ で正の固有値は高々 1 個である。よって条件は $c_{m+1}^2\ge c_mc_{m+2}$ と同値である。$m$ を動かすと、これは $1\le k\le d-1$ について $c_k^2\ge c_{k-1}c_{k+1}$ となり、$c_k=d!\,a_k/\binom dk$ を代入すれば $(a_k)$ が超対数凹であることと同値である。
段 2:M 凸性. $J\subset\Delta^d_2$ を空でない集合とし、$J=\{(k,d-k)\mid k\in S\}$ と書く。$(k,d-k),(l,d-l)\in J$、$k>l$ とすると、第 1 座標が大きい。$\alpha_j< \beta_j$ となる $j$ は $j=2$ しかないので、交換性は $(k-1,d-k+1)\in J$ を要求する。逆に $\alpha=(l,d-l)$、$\beta=(k,d-k)$ とすると $\alpha_2>\beta_2$ で、$\alpha_j<\beta_j$ となる $j$ は $j=1$ しかないので、交換性は $(l+1,d-l-1)\in J$ を要求する。よって $J$ が M 凸であることは「$k>l$、$k,l\in S$ なら $k-1\in S$ かつ $l+1\in S$」と同値である。$S$ が連続した整数の集まりならこれは成り立ち、逆にこれが成り立てば、繰り返し使うと $l$ と $k$ の間の整数はすべて $S$ に属するので、$S$ は連続した整数の集まりである。$\operatorname{supp}f$ について、これは $(a_k)$ が内部に零をもたないことにほかならない。
段 3:まとめ. $d\le1$ なら、$f$ はいつも Lorentz 多項式であり、超対数凹性と内部に零をもたないことの条件はどちらも空である($d=1$ では内部の番号がない)。$d\ge3$ なら、段 1 と段 2 から主張が従う。$d=2$ なら、定義に M 凸性はなく、段 1 により $f$ が Lorentz 多項式であることは $a_1^2/4\ge a_0a_2$ と同値である。この不等式は $a_0,a_2>0$、$a_1=0$ を許さないので、内部に零をもたないことも従う。$\square$

2 変数の例
  1. $(w_1+w_2)^d$ は $a_k=\binom dk$ で、$a_k/\binom dk=1$ が定数なので超対数凹で、Lorentz 多項式である。
  2. $f_\theta=2w_1^3+12w_1^2w_2+18w_1w_2^2+\theta w_2^3$($\theta\ge0$)は、$(a_0,a_1,a_2,a_3)=(\theta,18,12,2)$、$a_k/\binom3k=(\theta,6,4,2)$ である。超対数凹性の条件は $6^2\ge4\theta$ と $4^2\ge6\cdot2$ なので、$f_\theta$ が Lorentz 多項式であることは $\theta\le9$ と同値である。
  3. 一方、$f_\theta(x,1)=2x(x+3)^2+\theta$ の根がすべて実数であるのは $0\le\theta\le8$ のときに限る。$g(x)=2x(x+3)^2$ は $g'(x)=6(x+3)(x+1)$ なので $x=-3$ で極大値 $0$、$x=-1$ で極小値 $-8$ をとり、$g(x)=-\theta$ が重複を込めて 3 つの実数解をもつのは $-8\le-\theta\le0$ のときだからである。

非負の係数で実根だけをもつ多項式の係数は超対数凹で内部に零をもたない(対数凹性 の系「非負係数で実根だけをもつ多項式」)。したがって 2 変数では、$a_d>0$ で $f(x,1)$ が実根だけをもてば $f$ は Lorentz 多項式である。例の 3 により、$8< \theta\le9$ の $f_\theta$ は Lorentz 多項式だが $f_\theta(x,1)$ は実根だけをもたず、逆は成り立たない。Brändén–Huh は、多変数で実根性にあたる 安定多項式(上半平面の直積で $0$ にならない多項式)のうち非負係数の斉次なものがすべて Lorentz 多項式であることを示し(BH20 Proposition 2.2、p. 7。この記事では証明しない)、この $f_\theta$ を、Lorentz 多項式だが安定でない例として挙げている(同 Example 2.3、p. 8)。

マトロイドと Lorentz 多項式

$E=\{1,\dots,n\}$ 上のマトロイド $M$ の基の全体を $\mathcal{B}(M)$、階数を $r$ とする(マトロイド)。各変数について 1 次以下の多項式を 多重アフィン という。

基の母関数

$f_M:=\sum_{B\in\mathcal{B}(M)}\prod_{i\in B}w_i$ を $M$ の 基の母関数(basis generating polynomial)という。$f_M$ は係数 $0$ か $1$ の多重アフィンな $r$ 次斉次多項式で、正規化した係数は $\alpha\in\{0,1\}^n$ で $\alpha!=1$ なので、ふつうの係数と一致する。

BH20 Theorem 3.10(p. 31)は、空でない $J\subset\mathbb{N}^n$ について、$J$ が M 凸であることと $\sum_{\alpha\in J}w^\alpha/\alpha!$ が Lorentz 多項式であることが同値であり、$J\subset\{0,1\}^n$ ならさらにマトロイドの基の全体であることと同値であることを示している。以下では多重アフィンの場合を、階数 2 の場合に帰着して証明する。

階数 2 のマトロイド

階数 2 のマトロイドの基の母関数 $f$ の Hesse 行列は、正の固有値を高々 1 個しかもたない。

どの基にも属さない元(ループ)の集合を $L$ とする。$L$ に属さない元 $a,b$ について、$a=b$ または $\{a,b\}$ が基でないとき $a\parallel b$ と書くと、これは同値関係である(基の交換 (B2) による)。

同値関係であることの確認を開く

反射律と対称律は明らかである。推移律のために、相異なる $a,b,c\notin L$ が $a\parallel b$、$b\parallel c$ で、$\{a,c\}$ が基だと仮定する。$b\notin L$ なので基 $\{b,x\}$ がある。$x\in\{a,c\}$ なら $\{a,b\}$ か $\{b,c\}$ が基で矛盾する。$x\notin\{a,c\}$ なら、基の交換 (B2) を $B_1=\{b,x\}$、$B_2=\{a,c\}$、$x\in B_1\setminus B_2$ に当てると、ある $y\in\{a,c\}$ で $\{b,y\}$ が基となり、やはり矛盾する。


同値類を $P_1,\dots,P_k$ とすると、基はちょうど相異なる同値類から 1 元ずつとった 2 元集合である。$y_t:=\sum_{a\in P_t}w_a$ とおけば $f=\sum_{s< t}y_sy_t$ である。$A\colon\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^k$ を $(Av)_t=\sum_{a\in P_t}v_a$ で定め、$Q:=J_k-I_k$($J_k$ は成分がすべて $1$ の行列)とすると、$v^{\top}H_fv=2f(v)=(Av)^{\top}Q(Av)$ である。$Q$ の固有値は $k-1$(1 個、固有ベクトル $(1,\dots,1)$)と $-1$($k-1$ 個)なので、正の固有値は高々 1 個である。$H_f$ について $v^{\top}H_fv>0$ となる 2 次元部分空間 $U$ があれば、$U$ の $0$ でない $v$ で $Av\ne0$ なので $A(U)$ は 2 次元で、その上で $Q$ の 2 次形式が正になり、lem-lp-one-positive に反する。$\square$

マトロイドと多重アフィンな Lorentz 多項式
  1. マトロイド $M$ の基の母関数 $f_M$ は Lorentz 多項式である。
  2. $f$ を $0$ でない多重アフィンな $d$ 次の Lorentz 多項式とすると、$\operatorname{supp}f$(集合と同一視する)は $E$ 上のある階数 $d$ のマトロイドの基の全体である。

1. $f_M$ の係数は $0$ 以上である。$r\le1$ なら定義の条件はない。$r=2$ なら lem-lp-rank-two である。$r\ge3$ とする。台 $\mathcal{B}(M)$ の交換性は (B2) そのものなので(def-lp-m-convex の後の注意)、台は M 凸である。$\alpha\in\Delta^{r-2}_n$ をとる。$\alpha$ が $0,1$ 以外の成分をもてば $\partial^\alpha f_M=0$ である。$\alpha$ が $(r-2)$ 元集合 $S$ を表すとき、$\partial^\alpha f_M=\sum_{B\supset S}\prod_{i\in B\setminus S}w_i$ である。$S$ を含む基がなければこれは $0$ である。そうでなければ、$\mathcal{B}':=\{B\setminus S\mid B\in\mathcal{B}(M),\ B\supset S\}$ は空でなく、$E\setminus S$ の 2 元集合からなり、(B2) をみたす。実際 $T_1,T_2\in\mathcal{B}'$、$x\in T_1\setminus T_2$ なら、$x\in(T_1\cup S)\setminus(T_2\cup S)$ なので (B2) により $y\in T_2\setminus T_1$ で $((T_1\cup S)\setminus\{x\})\cup\{y\}$ が基となり、$(T_1\setminus\{x\})\cup\{y\}\in\mathcal{B}'$ である。マトロイド の定理「マトロイドの公理系の同値」の 1 により、$\mathcal{B}'$ は $E\setminus S$ 上の階数 2 のマトロイド($M$ の $S$ による縮約)の基の全体であり、$\partial^\alpha f_M$ はその基の母関数なので、lem-lp-rank-two により 2 の条件をみたす。
2. $\mathcal{B}:=\operatorname{supp}f$ は $d$ 元集合からなる空でない族である。マトロイド の定理「マトロイドの公理系の同値」の 1 により、(B2) をみたせばマトロイドの基の全体である。$d\ge3$ なら台は M 凸なので (B2) をみたす。$d=0$ なら $\mathcal{B}=\{\emptyset\}$、$d=1$ なら $\mathcal{B}$ は 1 元集合の族で、(B2) は明らかである。$d=2$ の場合は、Hesse 行列の条件から (B2) が従うことを確かめる。

$d=2$ の場合を開く

$f=\sum_{i< j}h_{ij}w_iw_j$($h_{ij}\ge0$)と書くと、$H_f$ の対角成分は $0$、$(i,j)$ 成分は $h_{ij}$ で、$h_{ij}>0$ と $\{i,j\}\in\mathcal{B}$ は同値である。$B_1=\{x,c\}$、$B_2\in\mathcal{B}$、$x\notin B_2$ とし、$y\in B_2\setminus B_1$ で $\{c,y\}\in\mathcal{B}$ となるものを探す。$c\in B_2$ なら、$B_2=\{c,p\}$ と書くと $p\ne x$ なので $y=p$ でよい。$c\notin B_2$ なら $B_2=\{p,q\}$ で $x,c,p,q$ は相異なる。$\{c,p\},\{c,q\}$ がどちらも $\mathcal{B}$ に属さないと仮定すると $h_{cp}=h_{cq}=0$ である。$u=e_p+e_q$、$v=e_c+se_x$($s>0$)とおくと、$u^{\top}H_fu=2h_{pq}>0$、$v^{\top}H_fv=2sh_{cx}>0$、$u^{\top}H_fv=s(h_{px}+h_{qx})$ である。$s$ を十分小さくとれば $(u^{\top}H_fv)^2=s^2(h_{px}+h_{qx})^2< 4sh_{pq}h_{cx}=(u^{\top}H_fu)(v^{\top}H_fv)$ となり、$u,v$ の張る 2 次元部分空間の上で 2 次形式 $z^{\top}H_fz$ は正になる(判別式が負)。これは lem-lp-one-positive に反するので、$y=p$ か $y=q$ が条件をみたす。$\square$

基本対称式と一様マトロイド

$0\le d\le n$ について、$d$ 次の基本対称式 $e_d(w_1,\dots,w_n)=\sum_{|S|=d}\prod_{i\in S}w_i$ は一様マトロイド $U_{d,n}$(マトロイド の例「一様マトロイド」)の基の母関数なので、thm-lp-matroid の 1 により Lorentz 多項式である。$d=2$ では Hesse 行列は $J_n-I_n$ で、固有値は $n-1$ と $-1$($n-1$ 個)である。

応用:Mason の予想

$n$ 元集合上のマトロイド $M$ の $k$ 元の独立集合の個数を $I_k(M)$ とする。Mason は 1972 年に、$(I_k)$ の対数凹性を強さの異なる 3 つの形で予想した(BH20 Conjecture 4.13、p. 49)。最も強い形は次の不等式であり、Brändén–Huh と Anari–Liu–Oveis Gharan–Vinzant が独立に証明した(同 p. 5 の脚注 3、p. 50 の脚注 16)。

Mason の予想(最も強い形)

$n$ 元集合上の任意のマトロイド $M$ と $1\le k\le n-1$ について
$$ \frac{I_k(M)^2}{\binom nk^2}\ge\frac{I_{k+1}(M)}{\binom n{k+1}}\cdot\frac{I_{k-1}(M)}{\binom n{k-1}} $$
が成り立つ。すなわち $(I_0(M),\dots,I_n(M))$ は長さ $n$ について超対数凹である。

証明の組み立て

証明(BH20 Theorem 4.14 の証明、p. 50)は 3 段からなる。最初の 2 段はこの記事では証明せず、最後の段が thm-lp-bivariate である。

  1. 新しい変数 $w_0$ を加えた $n$ 次の斉次多項式 $g_M(w_0,w_1,\dots,w_n):=\sum_{A}\bigl(\prod_{i\in A}w_i\bigr)w_0^{n-|A|}$(和は $M$ の独立集合 $A$ 全体)は Lorentz 多項式である。これは、マトロイドの多変数 Tutte 多項式を斉次化した $Z_{q,M}$ が $0< q\le1$ で Lorentz 多項式であるという定理(同 Theorem 4.10、p. 48)から、変数 $w_1,\dots,w_n$ を $qw_1,\dots,qw_n$ に替えて $q\to0$ の極限をとって得られる(極限で閉じていることは同 Theorem 2.25)。
  2. 非負の線形変数変換で $w_1=\dots=w_n=t$ とおくと、2 変数の Lorentz 多項式 $\sum_kI_k(M)\,t^kw_0^{n-k}$ を得る(同 Theorem 2.10)。
  3. thm-lp-bivariate により、係数の列 $(I_k(M))_k$ は超対数凹である。
小さいマトロイドでの確認

4 頂点のグラフで、三角形 2 つが 1 辺を共有するもの($K_4$ から 1 辺を除いたもの)のグラフ的マトロイド(マトロイド の命題「グラフ的マトロイド」)は、5 本の辺の上の階数 3 のマトロイドである。閉路は 2 つの三角形(3 辺)と外周の 4 辺の閉路なので、$I_0=1$、$I_1=5$、$I_2=\binom52=10$、$I_3=\binom53-2=8$、$I_4=I_5=0$ である。$I_k/\binom5k=(1,1,1,\tfrac45,0,0)$ で、$k=1,2,3,4$ の不等式は $1\ge1$、$1\ge\tfrac45$、$\tfrac{16}{25}\ge0$、$0\ge0$ となり、成り立つ。

Heron–Rota–Welsh予想 は特性多項式の係数(第 1 種 Whitney 数)の対数凹性で、Adiprasito–Huh–Katz がマトロイドの Chow 環の Hodge–Riemann の関係から証明した。Lorentz 多項式は、その関係の次数 1 の部分を、環を使わず多項式の性質として取り出したものにあたる(Heron–Rota–Welsh予想 の主定理の証明の後の注意)。

反例:条件を外すと成り立たないこと

外す条件反例成り立たなくなること
正の固有値が高々 1 個($d=2$)$w_1^2+w_2^2$Hesse 行列 $2I_2$ の正の固有値は 2 個。係数の列 $(1,0,1)$ は超対数凹でなく、内部に零をもつ
台の M 凸性($d\ge3$)$w_1^3+w_2^3$$\partial_1f=3w_1^2$、$\partial_2f=3w_2^2$ の Hesse 行列は正の固有値を 1 個ずつしかもたないが、台 $\{(3,0),(0,3)\}$ は M 凸でない。係数 $(1,0,0,1)$ は超対数凹だが内部に零をもち、thm-lp-bivariate の同値は M 凸性なしでは成り立たない。この $f$ は狭義の Lorentz 多項式の極限でもない(BH20 Example 2.4、p. 8)
係数が $0$ 以上$-(w_1+w_2)^2$Hesse 行列 $-2J_2$ は正の固有値をもたず、すべての成分が正の点でちょうど 1 個の正の固有値をもつという性質(BH20 Theorem 2.16)が成り立たない
thm-lp-matroid の 2 の「多重アフィン」$(w_1+w_2)^2$Lorentz 多項式だが、台 $\{(2,0),(1,1),(0,2)\}$ は $0,1$ ベクトルの集まりでなく、マトロイドの基の全体とみなせない(M 凸ではある)

1 行目と 2 行目は、thm-lp-bivariate の 2 つの条件(超対数凹であること、内部に零をもたないこと)にそれぞれ対応している。

歴史と位置づけ

Lorentz 多項式は Brändén と Huh が 2019 年の前刷りで導入した(BH20、2020 年出版)。名前は、2 次の場合の条件が Lorentz 計量と同じ符号 $(+,-,\dots,-)$ であることに由来する(同 §1、p. 2)。同じ時期に Anari–Liu–Oveis Gharan–Vinzant は完全対数凹多項式を研究し、マトロイドの基の数を数える近似アルゴリズムに応用した(同 p. 5 の脚注 3)。Lorentz 多項式の例には、マトロイドの基の母関数のほか、凸体の体積多項式(同 Theorem 4.1、p. 43)、射影多様体の nef 因子の体積多項式(同 Theorem 4.6、p. 45)がある。Fano マトロイドの基の全体を台とする安定多項式は存在しないが、それを台とする Lorentz 多項式は存在する(同 §1、p. 3)。

関連項目

参考文献

[1]
Petter Brändén, June Huh, Lorentzian polynomials, arXiv:1902.03719, arXiv:1902.03719v8(2024-07-17。Ann. of Math. 192 (2020))。§1(pp. 2–5)、Definition 2.1・Proposition 2.2(p. 7)、Examples 2.3・2.4(p. 8)、Theorem 2.10(p. 12)、Corollary 2.11(p. 13)、Theorem 2.16(p. 16)、Theorem 2.25・Example 2.26(pp. 22–23)、Theorem 2.30(pp. 23–24)、Corollary 2.32(p. 24)、Theorem 3.10(p. 31)、Theorem 4.1(p. 43)、Proposition 4.4(p. 44)、Theorem 4.6(p. 45)、Theorem 4.10(p. 48)、Conjecture 4.13(p. 49)、Theorem 4.14(p. 50)

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する