ブレイド群

同義語:組み紐群組紐群braid group

概要

ブレイド群(braid group)とは、平面上の有限個の点を衝突させずに動かした軌跡を、端点を固定する変形で類別して得る群である。幾何学的ブレイドの積、純ブレイド群、対称群への全射、順序付き・無順序配置空間による実現、Artin表示、純ブレイド群の忘却完全列、低次数の例を説明する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 群, 基本群, 対称群, 位相空間

幾何学的な定義

$n\geq 1$ とし、平面 $\mathbb{R}^2$ に相異なる基準点 $q_1,\ldots,q_n$ を固定する。

幾何学的ブレイド

$n$ 本の道
$$ \beta_i(t)=(z_i(t),t)\colon[0,1]\longrightarrow\mathbb{R}^2\times[0,1] \qquad (1\leq i\leq n) $$
が次を満たすとき、$\beta=(\beta_1,\ldots,\beta_n)$ を $n$ 本のブレイド(braid、組み紐)という。

  • $z_i(0)=q_i$ である。
  • ある置換 $\tau\in S_n$ があり、$z_i(1)=q_{\tau(i)}$ である。
  • どの時刻 $t$ でも $z_i(t)\neq z_j(t)$($i\neq j$)である。
    最後の条件は、異なる紐が交わらないことをいう。二つのブレイドが同値であるとは、各紐の始点と終点を固定したまま、上の三条件を保つ連続な変形で一方から他方へ移せることをいう。

ここで群の元になるのは、埋め込まれた紐そのものではなく、その同値類である。

ブレイド群

ブレイドを上下に積み重ね、時間を半分ずつに取り直す操作を積とする。積 $[\beta][\gamma]$ は、先に $\gamma$、続いて $\beta$ をたどる向きに約束する。$n$ 本のブレイドの同値類全体がなす群を $n$ 次ブレイド群といい、$B_n$ と書く。

積が群を与えること

ブレイドの積は同値類上でwell-definedであり、結合律を満たす。垂直な $n$ 本の紐が単位元を与え、時間を逆向きにしたブレイドが逆元を与える。

積み重ねと時間の取り直し

二つのブレイドを同値なものへ変形したとき、その変形を時間区間の前半と後半へ縮めれば、積み重ねたブレイドの変形になる。したがって積は代表元によらない。
三つのブレイドについて、二通りの括弧付けは各ブレイドへ割り当てる時間区間の長さだけが異なる。区分的線形で単調な時間の取り直しにより両者は同値なので、同値類上で結合律が成り立つ。垂直な紐を積み重ねても時間の取り直しで元のブレイドへ戻る。さらに $\beta_i(t)=(z_i(t),t)$ の進行方向を逆にし、始点の番号を付け直したブレイドを積み重ねると、各紐を往復する道が縮まり、垂直なブレイドへ変形できる。よってこれは逆元である。この議論に選択公理は使わない。$\square$

置換が恒等であるブレイドのなす群

各紐が元の基準点へ戻る、すなわち上の置換 $\tau$ が恒等置換であるブレイドを 純ブレイドという。その同値類全体がなす部分群を 純ブレイド群といい、$P_n$ と書く。

純ブレイドの安定性

純ブレイドであることは同値類だけに依存し、純ブレイドの同値類は積と逆元について閉じている。

端点の対応の不変性

同値変形では各紐の始点と終点を固定するので、終点の置換は変わらない。恒等置換どうしを合成しても恒等置換であり、恒等置換の逆も恒等置換である。したがって純ブレイドであることは代表元によらず、その同値類は部分群をなす。$\square$

置換と純ブレイド

対称群への全射

各ブレイドに終点の置換を対応させる写像
$$ \rho\colon B_n\longrightarrow S_n $$
は準同型であって全射であり、その核は $P_n$ である。したがって
$$ 1\longrightarrow P_n\longrightarrow B_n\xrightarrow{\rho}S_n\longrightarrow1 $$
は完全列である。

終点の置換

端点を固定する変形では終点の対応が変わらないので、$\rho$ は同値類上でwell-definedである。積を「先に $\gamma$、続いて $\beta$」と定めたから、終点の対応は $\rho(\beta)\circ\rho(\gamma)$ となり、$\rho$ は準同型である。
隣り合う二点だけを半回転で交換するブレイド $\sigma_i$ は隣接互換 $(i\ i+1)$ へ写る。隣接互換は $S_n$ を生成するので $\rho$ は全射である。また $\rho([\beta])=1$ であることは、全ての紐が元の基準点へ戻ること、すなわち $[\beta]\in P_n$ であることと同値である。よって $\ker\rho=P_n$ であり、完全性が従う。選択公理は使わない。$\square$

ブレイド群と対称群は同じではない

$B_2$ は無限巡回群である一方、$S_2$ は二元群である。したがって全射 $B_n\to S_n$ を同型と読み替えることはできない。失われている条件は、純ブレイドからなる核 $P_n$ が自明であることだが、実際には $P_2\cong\mathbb{Z}$ である。

配置空間による実現

順序付き点の配置の空間

位相空間 $X$ に対し、順序付き配置空間を
$$ \operatorname{Conf}_n(X)=\{(x_1,\ldots,x_n)\in X^n\mid i\neq j\Rightarrow x_i\neq x_j\} $$
と定める。$S_n$ が座標を入れ替える作用による商
$$ \operatorname{UConf}_n(X)=\operatorname{Conf}_n(X)/S_n $$
を 無順序配置空間という。順序付き配置空間では各点の名前を保ち、無順序配置空間では点の集合だけを記録する。

配置空間の基本群としての実現

基準配置 $\{q_1,\ldots,q_n\}$ を用いると
$$ B_n\cong\pi_1(\operatorname{UConf}_n(\mathbb{R}^2)), \qquad P_n\cong\pi_1(\operatorname{Conf}_n(\mathbb{R}^2)) $$
である。さらに両配置空間は $K(\pi,1)$(Eilenberg–MacLane空間)であり、二次以上のホモトピー群は消える。

配置の運動を紐として読む

時刻 $t$ における $n$ 点 $\{z_1(t),\ldots,z_n(t)\}$ を記録すると、幾何学的ブレイドは無順序配置空間のループになる。端点を固定するブレイドの変形はループのホモトピーになり、逆に配置のループを時刻とともに描けば互いに交わらない紐を得る。順序を保つループは、各点が元の場所へ戻る純ブレイドにちょうど対応する。この同一視と標準表示の導出は Fox–Neuwirth FN62 §1・§7に外部依存する。
$K(\pi,1)$ 性は Fadell–Neuwirth FaN62 Theorem 1 の配置空間のファイバー列から帰納的に従う。最後の点を忘れる写像のファイバーは $n-1$ 点を除いた平面であり、これは円の有限な楔と同じホモトピー型をもつ。基底 $\operatorname{Conf}_1(\mathbb{R}^2)=\mathbb{R}^2$ から長完全列を帰納的に用いると、順序付き配置空間の二次以上のホモトピー群は消える。無順序配置空間はその有限次被覆空間の底空間なので、同じ高次ホモトピー群をもつ。本記事では Fadell–Neuwirth の局所自明性自体は証明しない。$\square$

Artin表示

標準生成元と関係式

$n\geq2$ のとき、$B_n$ は
$$ \left\langle \sigma_1,\ldots,\sigma_{n-1}\ \middle|\ \begin{array}{ll} \sigma_i\sigma_j=\sigma_j\sigma_i & (|i-j|\geq2),\\ \sigma_i\sigma_{i+1}\sigma_i=\sigma_{i+1}\sigma_i\sigma_{i+1} & (1\leq i\leq n-2) \end{array} \right\rangle $$
と表示される。$\sigma_i$ は第 $i$ 点と第 $i+1$ 点を交換する半ひねりである。

Artin表示の外部依存

遠く離れた二つの半ひねりは互いに影響しないので遠可換関係を満たし、三本の紐を描く二通りの半ひねりは変形で一致するのでブレイド関係を満たす。これらが全ての定義関係であることは外部定理であり、本記事では Fox–Neuwirth FN62 §7 に依る。一般の表示という概念は 群の表示 に譲る。$\square$

忘却写像と低次数

純ブレイド群の忘却完全列

$n\geq2$ のとき、最後の紐を忘れる準同型は完全列
$$ 1\longrightarrow F_{n-1}\longrightarrow P_n\longrightarrow P_{n-1}\longrightarrow1 $$
を与える。ここで $F_{n-1}$ は階数 $n-1$ の自由群である。

平面から $n-1$ 点を除いたファイバー

Fadell–Neuwirth FaN62 Theorem 1 を、最後の点を忘れる写像
$$ \operatorname{Conf}_n(\mathbb{R}^2)\longrightarrow\operatorname{Conf}_{n-1}(\mathbb{R}^2) $$
に適用する。ファイバーは $\mathbb{R}^2\setminus\{q_1,\ldots,q_{n-1}\}$ で、その基本群は各穴を一周するループが自由生成する $F_{n-1}$ である。前節で確認した基底の $\pi_2$ の消滅とファイバーの連結性を長完全列へ入れると
$$ 1\to\pi_1(\mathbb{R}^2\setminus\{q_1,\ldots,q_{n-1}\})\to P_n\to P_{n-1}\to1 $$
を得る。よって核は $F_{n-1}$ である。自由アーベル群 $\mathbb{Z}^{n-1}$ ではなく、$n-1$ 個の無限巡回群の自由積 $\mathbb{Z}^{*(n-1)}$ と同型である。局所自明ファイバー列の構成は外部依存である。$\square$

$B_1$ と $B_2$

$B_1$ では一本の紐を平面内でほどけるので $B_1=1$ である。$n=2$ のArtin表示には生成元 $\sigma_1$ が一つあり、関係式がないから $B_2\cong\mathbb{Z}$ である。

純ブレイド群 $P_2$

$B_2\to S_2$ は $\sigma_1$ の指数の偶奇を記録する写像なので、その核は $P_2\cong2\mathbb{Z}\cong\mathbb{Z}$ である。

$B_3$ と三葉結び目群

$B_3$ は
$$ \langle a,b\mid aba=bab\rangle $$
と表示される。$x=aba$、$y=ab$ と置けば $x^2=y^3$ である。逆に $a=y^{-1}x$、$b=x^{-1}y^2$ とおくと $aba=x$、$bab=x^{-1}y^3=x$ なので $x^2=y^3$ から $aba=bab$ が従う。よって二つの表示は互いに戻せて
$$ B_3\cong\langle x,y\mid x^2=y^3\rangle. $$
三葉結び目 $T\subset S^3$ のWirtinger表示もこの群を与える KnotNotes §4.2。したがって同型なのは結び目そのものではなく、その補空間の基本群であり、
$$ B_3\cong\pi_1(S^3\setminus T) $$
である。

ブレイド群の中心

$n\geq3$ のとき、$B_n$ の中心 $Z(B_n)$ は全ひねり $(\sigma_1\sigma_2\cdots\sigma_{n-1})^n$ が生成する無限巡回群である。この事実は古典的であり、本記事では証明を割愛する。$n=2$ では $B_2\cong\mathbb{Z}$ がアーベル群なので中心は $B_2$ 全体であり、全ひねり $\sigma_1^2$ が生成する部分群より大きい。

本記事のArtin表示の生成元と関係は Artin Art47 に遡り、その完全性と配置空間による実現は Fox–Neuwirth FN62、忘却写像のファイバー列は Fadell–Neuwirth FaN62 を参照した。三葉結び目群のWirtinger計算には KnotNotes を参照した。

関連項目

参考文献

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