距離空間(metric space)とは、集合に二点間の隔たりを表す実数値関数(距離)を備えたものである。距離は非負性、異なる点を区別する分離性、対称性、三角不等式を満たし、開球の全体が開基をなして位相を誘導するので、距離空間は位相空間の代表的な例になる。実数の通常の距離、離散距離、有界関数の上限距離が標準例で、分離性を欠く擬距離、ベクトルの大きさを測るノルム、強三角不等式を満たす超距離とは区別される。
距離は二点を入力とする関数であり、距離空間は集合と距離の組である。同じ集合上に異なる距離を入れると、異なる距離空間になりうる。
分離性を弱めて異なる二点の距離が0になることを許す 擬距離 と、ここで定義した距離を一括りにしない。たとえば $\mathbb R^2$ 上の
$$
p((x_1,x_2),(y_1,y_2))=|x_1-y_1|
$$
は非負性・対称性・三角不等式を満たすが、$(0,0)\ne(0,1)$ の距離が0なので距離ではない。
距離空間 $(X,d)$、点 $x\in X$、実数 $r>0$ に対して
$$
B_d(x,r)=\{y\in X\mid d(x,y)< r\}
$$
を中心 $x$、半径 $r$ の 開球(open ball)という。距離が明らかなときは $B(x,r)$ と書く。
開球と、弱い不等号で作る集合を混同しない。通常の距離を入れた $\mathbb R$ では $B(0,1)=(-1,1)$ だが、$\{y\in\mathbb R\mid d(0,y)\leq1\}=[-1,1]$ である。後者が 閉球 と呼ばれる。
各 $x\in X$ は $B(x,1)$ に属するので、開球全体は $X$ を覆う。
二つの開球 $B(a,r),B(b,s)$ と点 $x\in B(a,r)\cap B(b,s)$ を取る。$r-d(a,x)>0$ と $s-d(b,x)>0$ なので
$$
t=\min\{r-d(a,x),s-d(b,x)\}>0
$$
と置ける。$y\in B(x,t)$ なら三角不等式により
$$
d(a,y)\leq d(a,x)+d(x,y)< d(a,x)+t\leq r
$$
であり、同様に $d(b,y)< s$ である。よって $B(x,t)\subseteq B(a,r)\cap B(b,s)$ となる。開基の被覆条件と交叉条件が成り立つため、開球全体は開基をなす。この証明は 選択公理 を使わない。
開基の二条件(被覆条件と交叉条件)を満たす部分集合族が、その元の和集合として書ける集合を 開集合 とする位相を定めることは、開基 の記事の定理(開基から生成される位相)による。したがって開球全体は $X$ 上の位相を定める。この位相を距離 $d$ が 誘導する位相(誘導位相)という。
距離空間 $(X,d)$ に距離 $d$ が誘導する位相を入れる。
開基が生成する位相では、開集合とは開基の元の和集合として書ける集合である。
1について、$B(x,r)$ は自分自身一つからなる族の和集合なので開集合である。
2について、$U$ が開集合なら、$U$ は開球の族の和集合として書けるから、$x\in U$ はその族のある開球 $B(a,s)\subseteq U$ に属する。$t=s-d(a,x)>0$ と置けば、上の証明と同じ三角不等式の計算により $B(x,t)\subseteq B(a,s)\subseteq U$ である。逆に、各 $x\in U$ に対して $B(x,r)\subseteq U$ を満たす $r>0$ があるなら、$U$ は $U$ に含まれる開球全体の和集合に等しい。実際、和集合が $U$ に含まれることは明らかで、各 $x\in U$ はその和集合に属する。したがって $U$ は開球の和集合であり開集合である。各点ごとに半径を選ぶ必要はないので、この証明は選択公理を使わない。
誘導する位相の分離性、可算性、完備性やコンパクト性との関係、一様連続性は 距離空間の位相の基本的性質 が扱う。
$\mathbb R$ 上で $d(x,y)=|x-y|$ と置くと距離になる。非負性・分離性・対称性は絶対値の性質から従い、
$$
|x-z|=|(x-y)+(y-z)|\leq|x-y|+|y-z|
$$
により三角不等式も成り立つ。開球は $B(x,r)=(x-r,x+r)$ である。
任意の集合 $X$ 上で
$$
d(x,y)=\begin{cases}0&(x=y),\\1&(x\ne y)\end{cases}
$$
と置くと距離になる。
$0< r\leq1$ なら $B(x,r)=\{x\}$ である。したがってこの距離が誘導する位相は 離散位相 である。
非負性、分離性、対称性は定義から直ちに従う。三角不等式で $x=z$ なら左辺は0である。$x\ne z$ なら、$x=y$ と $y=z$ が同時には成り立たないため右辺の二項の少なくとも一方は1であり、右辺は左辺の値1以上になる。最後に、$0< r\leq1$ のとき $d(x,y)< r$ と $x=y$ は同値なので $B(x,r)=\{x\}$ である。
この証明は選択公理を使わない。
非空集合 $S$ 上の 有界 な実数値関数全体を $B(S)$ とする。$f,g\in B(S)$ に対して
$$
d_\infty(f,g)=\sup_{s\in S}|f(s)-g(s)|
$$
と置くと距離になる。
有界関数の差は有界なので 上限 $\sup$ は有限である。非負性と対称性は絶対値から従う。$d_\infty(f,g)=0$ なら各 $s$ で $|f(s)-g(s)|=0$ だから $f=g$ であり、逆も明らかである。また各 $s\in S$ について
$$
|f(s)-h(s)|\leq |f(s)-g(s)|+|g(s)-h(s)|\leq d_\infty(f,g)+d_\infty(g,h)
$$
なので、左辺の上限を取れば三角不等式を得る。
ノルム はベクトル一つを入力として原点からの大きさを測り、距離は二点を入力として隔たりを測る。ノルム $\|\cdot\|$ からは $d(x,y)=\|x-y\|$ により距離が得られるが、距離空間一般にはベクトル演算を仮定しない。たとえば零でないベクトルを持つ実 ベクトル空間 上で、離散距離はノルムからこの形で得られない。ノルム由来なら $d(0,2x)=2d(0,x)$ だが、離散距離では非零の $x$ に対して両辺がそれぞれ1と2になるからである。
二つの距離が同じ開集合を定めるという位相的な同値(位相同値)と、距離の数値を全域で一様に比較できるという一様な同値(一様同値)は別の条件である。本記事は前者と後者を同義語として扱わず、一様な同値の定義と性質は 全有界 および 一様空間 の記事に委ねる。
$\mathbb R$ 上の $q(x,y)=|x-y|^2$ は、非負性・分離性・対称性を満たすが距離ではない。$x=0,y=1,z=2$ とすると
$$
q(0,2)=4>2=q(0,1)+q(1,2)
$$
となり、三角不等式が破れる。この例は「距離の値を二乗しても距離になる」という含意を破る。
三点集合 $X=\{a,b,c\}$ 上で、対角成分を0、$d(a,b)=d(b,a)=1$、$d(b,c)=d(c,b)=1$、$d(a,c)=d(c,a)=3$ と定める。この関数は非負性・分離性・対称性を満たすが、
$$
d(a,c)=3>2=d(a,b)+d(b,c)
$$
なので三角不等式を満たさない。この例は「相異なる点対に正の対称な数を割り当てれば距離になる」という含意を破る。
距離の公理と開球は、距離が与える位相を通じて 位相空間 と 連続写像 へつながる。局所コンパクト性は 局所コンパクト空間、無限箱積の性質は 箱位相 が扱う。
本記事の定義と標準例については Mun00 を参照できる。
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