Gromov–Witten理論(Gromov–Witten theory)とは、シンプレクティック多様体や射影多様体の中の擬正則曲線を、通る点などの条件をつけて数える理論である。整合的な概複素構造の擬正則曲線のエネルギーは $\int u^*\omega$ に等しく、閉曲面からの曲線ではホモロジー類だけで決まる。数えた値である Gromov–Witten 不変量の母関数から量子コホモロジーが作られ、その結合法則(WDVV 方程式)から、$3d-1$ 個の一般の点を通る次数 $d$ の平面有理曲線の個数 $N_d$ を決める Kontsevich の公式が導かれる。
前提知識: シンプレクティック多様体, 概複素構造, Riemann面, コホモロジー
Gromov–Witten理論(Gromov–Witten theory)は、シンプレクティック多様体や射影多様体 $X$ の中の擬正則曲線(正則曲線)を、通る点や交わる部分多様体などの条件をつけて「数える」理論である。数えた結果は Gromov–Witten 不変量 と呼ばれ、$X$ のコホモロジーの元を引数とする多重線形写像として定式化される。不変量の母関数から $H^*(X)$ の積を変形した量子コホモロジーが作られ、その積の結合法則(WDVV 方程式)が数え上げの問題に強い関係式を与える。
起源は二つある。一つは M. Gromov にさかのぼるシンプレクティック幾何学の擬正則曲線の方法、もう一つは場の量子論からの予測と Witten による位相的場の理論の扱いである。Kontsevich と Manin は、不変量の満たすべき性質を公理として整理した(KM94 §1、pp. 1–2。公理の一覧は同 §2)。
この記事は分野の案内である。まず擬正則曲線とエネルギーの関係を定義から証明し、次に安定写像のモジュライ空間・Gromov–Witten 不変量・量子コホモロジーを述べ、代表的な応用として、平面有理曲線の個数についての Kontsevich の公式を量子コホモロジーの結合法則から導く。最後に、ほかの分野との関係と学ぶ順を示す。モジュライ空間の構成とその基本類の存在は深い定理で、この記事では証明しない。
$(X,\omega)$ をシンプレクティック多様体とする。$X$ の概複素構造 $J$($J^2=-1$ となる接束の自己準同型)は、$0$ でないすべての接ベクトル $v$ で $\omega(v,Jv)>0$ のとき $\omega$ に順応する(tame)といい、さらに $\omega(Jv,Jw)=\omega(v,w)$ を満たすとき $\omega$ と整合的(compatible)という。整合的なとき $g_J(v,w):=\omega(v,Jw)$ は Riemann 計量である。
$(\Sigma,j)$ を Riemann面($j$ はその複素構造)とする。滑らかな写像 $u\colon\Sigma\to X$ が
$$
du\circ j=J\circ du
$$
を満たすとき、$J$ 正則曲線(擬正則曲線)という。整合的な $J$ について、$\Sigma$ に $j$ と両立する面積要素をとって
$$
E(u):=\frac12\int_\Sigma\lvert du\rvert^2_{g_J}
$$
を $u$ のエネルギーという。$\Sigma$ の局所座標 $z=s+it$($j\partial_s=\partial_t$)では $\lvert du\rvert^2=\lvert\partial_su\rvert^2+\lvert\partial_tu\rvert^2$ と面積要素 $ds\,dt$ を使う。この値は共形な座標のとり方によらない。
$X=\mathbb C^n$、$J$ を $i$ 倍とすると、$J$ 正則曲線は通常の正則写像である。局所座標では方程式は $\partial_tu=J\partial_su$ と書ける。
$J$ が $\omega$ と整合的で、$u\colon\Sigma\to X$ が $J$ 正則曲線ならば、$\Sigma$ の各点で $u^*\omega=\tfrac12\lvert du\rvert^2\,ds\wedge dt$ が成り立つ。したがって
$$
E(u)=\int_\Sigma u^*\omega.
$$
とくに $\Sigma$ が閉 Riemann 面なら $E(u)=\langle[\omega],u_*[\Sigma]\rangle$ であり、エネルギーは $u$ の表すホモロジー類 $A=u_*[\Sigma]\in H_2(X;\mathbb Z)$ だけで決まる。
$v,w\in T_xX$ について、整合性から $g_J(Jv,Jw)=\omega(Jv,J^2w)=-\omega(Jv,w)=\omega(w,Jv)=g_J(w,v)$ なので、$J$ は $g_J$ について直交変換である。局所座標 $s+it$ で $\partial_tu=J\partial_su$ だから、$\lvert\partial_tu\rvert=\lvert\partial_su\rvert$ であり、
$$
u^*\omega(\partial_s,\partial_t)=\omega(\partial_su,J\partial_su)=g_J(\partial_su,\partial_su)=\lvert\partial_su\rvert^2=\tfrac12\bigl(\lvert\partial_su\rvert^2+\lvert\partial_tu\rvert^2\bigr).
$$
よって $u^*\omega=\tfrac12\lvert du\rvert^2ds\wedge dt$ で、積分すると $E(u)=\int_\Sigma u^*\omega$。$\Sigma$ が閉なら、$\omega$ が閉形式であることから $\int_\Sigma u^*\omega$ は $[\omega]$ と $u_*[\Sigma]$ の対 $\langle[\omega],u_*[\Sigma]\rangle$ に等しい(de Rhamの定理)。$\square$
$J$ が $\omega$ と整合的で、$\Sigma$ が連結な閉 Riemann 面のとき、$J$ 正則曲線 $u$ が定数でないことと $\langle[\omega],u_*[\Sigma]\rangle>0$ は同値である。とくに $\langle[\omega],A\rangle\le0$ となる類 $A$ を表す $J$ 正則曲線は定数だけで、$A=0$ である。
thm-gw-energy より $\langle[\omega],u_*[\Sigma]\rangle=E(u)\ge0$ で、$E(u)=0$ と $du\equiv0$ は同値である。$\Sigma$ は連結なので $du\equiv0$ は $u$ が定数であることと同値である。定数写像の表す類は $0$ である。$\square$
閉曲面からの曲線ではエネルギーが類 $A$ で決まるので、類を固定すればエネルギーが一様に抑えられる。これがモジュライ空間のコンパクト性(Gromov のコンパクト性定理)の出発点で、極限では球面が泡のように分かれることがある。そのため曲線の側も節点つきの曲線まで許す(次節の安定写像)。Floer 理論でも同じ議論が使われる(Aur13 注意 1.7、pp. 5–6。Floer理論 の定理「エネルギー等式」)。
ここからは、代数幾何で構成が完成している場合として、凸な射影多様体($\mathbb P^1$ から $X$ へのすべての正則写像 $\mu$ について $H^1(\mathbb P^1,\mu^*T_X)=0$ となる非特異射影多様体。たとえば射影空間・Grassmann 多様体などの等質空間)の種数 $0$ の理論を述べる(FP97 §1、p. 12)。
$\beta\in H_2(X;\mathbb Z)$ と $n\ge0$ について、$n$ 個の印のついた種数 $0$ の節点つき曲線から $X$ への写像で、像の類が $\beta$ であり、自己同型が有限個のもの(安定写像)の同型類のなす粗モジュライ空間を $\overline M_{0,n}(X,\beta)$ と書く。$i$ 番目の印の像をとる評価写像 $\mathrm{ev}_i\colon\overline M_{0,n}(X,\beta)\to X$ がある。
$X$ を凸な非特異射影多様体とすると、$\overline M_{0,n}(X,\beta)$ は射影的な正規多様体で、その次元は
$$
\dim X+\int_\beta c_1(T_X)+n-3
$$
である(純次元。空のこともある)。
FP97 Theorem 1 と Theorem 2(pp. 11–12)で、この記事では証明しない。たとえば $X=\mathbb P^2$、$\beta=d\,[\text{直線}]$ なら $\int_\beta c_1=3d$ なので、次元は $3d-1+n$ である。
上の設定で、$\gamma_1,\dots,\gamma_n\in H^*(X;\mathbb Q)$ に対し
$$
I_\beta(\gamma_1\cdots\gamma_n):=\int_{\overline M_{0,n}(X,\beta)}\mathrm{ev}_1^*\gamma_1\smile\cdots\smile\mathrm{ev}_n^*\gamma_n
$$
を Gromov–Witten 不変量という(被積分の最高次の成分を基本類で評価する)。$\gamma_i$ が斉次なら、余次元の和がモジュライ空間の次元に等しいときにだけ $0$ でない。
(FP97 (37)、p. 33。)$X$ が等質空間 $G/P$ で、$\gamma_i$ が部分多様体 $\Gamma_i$ の類なら、$\Gamma_i$ を $G$ の一般の元で動かしたとき、$I_\beta(\gamma_1\cdots\gamma_n)$ は「$i$ 番目の印が $\Gamma_i$ に乗る、類 $\beta$ の印つき有理曲線」の実際の個数に等しい(FP97 Lemma 14、p. 34)。$X=\mathbb P^2$、$\gamma_i=[\text{点}]$、$n=3d-1$ のとき、不変量 $N_d:=I_{d[\text{直線}]}([\text{点}]^{3d-1})$ は、一般の位置にある $3d-1$ 個の点を通る次数 $d$ の平面有理曲線の個数である(FP97 p. 41)。
不変量は次の性質を満たす(FP97 §7 の (I)–(III)、pp. 34–35)。
$H^*(X;\mathbb Q)$ の斉次な基底 $T_0=1,T_1,\dots,T_m$ をとり、$g_{ij}:=\int_XT_i\smile T_j$、その逆行列を $(g^{ij})$ とする。$\gamma=\sum_iy_iT_i$ を形式的な変数 $y=(y_0,\dots,y_m)$ で書き、
$$
\Phi(y):=\sum_{n\ge3}\sum_\beta\frac1{n!}I_\beta(\gamma^n)
$$
を Gromov–Witten ポテンシャルとする(等質空間では各 $n$ で $0$ でない項は有限個なので、$\mathbb Q[\![y]\!]$ の元になる。FP97 Lemma 15 と (46)、pp. 36–37)。$\Phi_{ijk}:=\partial^3\Phi/\partial y_i\partial y_j\partial y_k$ とおき、
$$
T_i*T_j:=\sum_{e,f}\Phi_{ije}\,g^{ef}\,T_f
$$
を $\mathbb Q[\![y]\!]$ 線形に広げた積を量子積という。偏微分の対称性から量子積は可換である。性質 1 と 2 から $\Phi_{0jk}=g_{jk}$ となるので、$T_0$ は単位元である。
$X$ が等質空間 $G/P$ のとき、量子積は結合的である。すなわち $H^*(X)\otimes\mathbb Q[\![y]\!]$ は単位元 $T_0$ をもつ可換な結合的 $\mathbb Q[\![y]\!]$ 代数になる。成分で書くと、すべての $i,j,k,l$ について
$$
\sum_{e,f}\Phi_{ije}\,g^{ef}\,\Phi_{fkl}=\sum_{e,f}\Phi_{jke}\,g^{ef}\,\Phi_{fil}
$$
(WDVV 方程式)が成り立つ。
FP97 Theorem 4(p. 37)で、この記事では証明しない。証明は $\overline M_{0,4}\cong\mathbb P^1$ の 2 点の境界の因子が線形同値であることを、忘却写像で $\overline M_{0,n}(X,\beta)$ に引き戻して使う(同 pp. 37–39)。
一般の位置にある 2 点を通る直線はちょうど 1 本なので $N_1=1$ である。量子コホモロジーの結合法則は、これだけから $N_d$ をすべて決める。
$d\ge2$ について
$$
N_d=\sum_{\substack{d_1+d_2=d\\d_1,d_2\ge1}}N_{d_1}N_{d_2}\Bigl(d_1^2d_2^2\binom{3d-4}{3d_1-2}-d_1^3d_2\binom{3d-4}{3d_1-1}\Bigr)
$$
が成り立つ。ここで二項係数 $\binom ab$ は $b<0$ または $b>a$ のとき $0$ とする。
$X=\mathbb P^2$ の基底を $T_0=1$、$T_1=[\text{直線}]$、$T_2=[\text{点}]$ とすると、$g_{ij}=1$($i+j=2$)、それ以外は $0$ で、$g^{ij}$ も同じである。よって $T_i*T_j=\Phi_{ij0}T_2+\Phi_{ij1}T_1+\Phi_{ij2}T_0$。
ポテンシャルの形。 $\beta=0$ の項は性質 1 により $\int_X\gamma^3/3!$ で、その 3 階の偏微分のうち $0$ でないのは $\Phi_{002}=\Phi_{011}=1$ だけである。$\beta=d[\text{直線}]$($d\ge1$)の項は、性質 2 により $T_0$ を含まず、性質 3 により $T_1$ の各成分が因子 $d$ を出すので、$y_1$ については $e^{dy_1}$ の形にまとまる。次元の条件から $T_2$ をちょうど $3d-1$ 個含む項だけが残り、
$$
\Phi=\tfrac12y_0^2y_2+\tfrac12y_0y_1^2+\Gamma(y_1,y_2),\qquad\Gamma=\sum_{d\ge1}N_d\,e^{dy_1}\frac{y_2^{3d-1}}{(3d-1)!}
$$
となる(2 次以下の項は 3 階の偏微分に効かないので除いた。FP97 pp. 40–41)。添字に $0$ を含む 3 階の偏微分は $\Phi_{002}=\Phi_{011}=1$ 以外 $0$ であり、添字が $1,2$ だけなら $\Phi_{ijk}=\Gamma_{ijk}$ である。
結合法則。 上の式から
$$
T_1*T_1=T_2+\Gamma_{111}T_1+\Gamma_{112}T_0,\quad T_1*T_2=\Gamma_{112}T_1+\Gamma_{122}T_0,\quad T_2*T_2=\Gamma_{122}T_1+\Gamma_{222}T_0
$$
である。$T_0$ が単位元であることを使うと
$$
(T_1*T_1)*T_2=(\Gamma_{122}+\Gamma_{111}\Gamma_{112})T_1+(\Gamma_{222}+\Gamma_{111}\Gamma_{122})T_0+\Gamma_{112}T_2,
$$
$$
T_1*(T_1*T_2)=\Gamma_{112}T_2+(\Gamma_{112}\Gamma_{111}+\Gamma_{122})T_1+\Gamma_{112}^2T_0.
$$
thm-gw-associativity により両者は等しく、$T_0$ の係数を比べると
$$
\Gamma_{222}=\Gamma_{112}^2-\Gamma_{111}\Gamma_{122}.
$$
係数の比較。 $\Gamma$ を微分すると
$$
\Gamma_{222}=\sum_dN_de^{dy_1}\frac{y_2^{3d-4}}{(3d-4)!},\quad\Gamma_{112}=\sum_dd^2N_de^{dy_1}\frac{y_2^{3d-2}}{(3d-2)!},
$$
$$
\Gamma_{111}=\sum_dd^3N_de^{dy_1}\frac{y_2^{3d-1}}{(3d-1)!},\quad\Gamma_{122}=\sum_ddN_de^{dy_1}\frac{y_2^{3d-3}}{(3d-3)!}
$$
である($y_2$ の負の冪の項は $0$。$\Gamma_{222}$ では $d=1$ の項が消える)。右辺の積で $e^{d_1y_1}e^{d_2y_1}=e^{dy_1}$ となる項を集めると、$y_2$ の冪はどれも $(3d_1-2)+(3d_2-2)=(3d_1-1)+(3d_2-3)=3d-4$ である。$e^{dy_1}y_2^{3d-4}/(3d-4)!$ の係数を比べ、
$$
\frac{(3d-4)!}{(3d_1-2)!\,(3d_2-2)!}=\binom{3d-4}{3d_1-2},\qquad\frac{(3d-4)!}{(3d_1-1)!\,(3d_2-3)!}=\binom{3d-4}{3d_1-1}
$$
を使うと公式を得る($d_2=1$ のとき第 2 項の $(3d_2-3)!$ は $0!=1$ で、二項係数の約束と合う)。$\square$
この公式は KM94 Claim 5.2.1(p. 28)、FP97 (59)(p. 41)にある。最初の値は次のとおりである。
| $d$ | $1$ | $2$ | $3$ | $4$ | $5$ |
|---|---|---|---|---|---|
| $N_d$ | $1$ | $1$ | $12$ | $620$ | $87304$ |
$d=2$:$(d_1,d_2)=(1,1)$ だけで、$1\cdot\bigl(1\cdot\binom21-1\cdot\binom22\bigr)=1$。
$d=3$:$(1,2)$ の項は $N_1N_2\bigl(4\binom51-2\binom52\bigr)=20-20=0$、$(2,1)$ の項は $N_2N_1\bigl(4\binom54-8\binom55\bigr)=20-8=12$ で、$N_3=12$。
$d=4$:$(1,3)$、$(2,2)$、$(3,1)$ の項はそれぞれ $12(72-84)=-144$、$1120-896=224$、$12(72-27)=540$ で、和は $620$ である。
| 話題 | 内容 | 記事 |
|---|---|---|
| 擬正則曲線 | $J$ 正則曲線、エネルギー、コンパクト性 | 概複素構造, シンプレクティック多様体 |
| 不変量 | 安定写像のモジュライ空間、評価写像、不変量の公理 | モジュライ空間, 交点理論 |
| 量子コホモロジー | 量子積と WDVV 方程式 | カップ積, Grassmann多様体 |
| 数え上げ | 平面有理曲線の個数、Schubert 問題 | 数え上げ幾何学, Schubertカルキュラス, Bezoutの定理 |
| Floer 理論 | ズボン積が量子積に一致する | Floer理論 |
| ミラー対称性 | 量子積と深谷圏、Calabi–Yau 多様体の数え上げ | 深谷圏, Calabi–Yau多様体 |
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $J$ が $\omega$ に順応する | $\mathbb C$ で $\omega=dx\wedge dy$、$J=-i$、$u(z)=\bar z$(単位円板上) | エネルギー等式(Euclid 計量でのエネルギーは $\pi$、$\int u^*\omega=-\pi$) |
| $\Sigma$ が閉曲面 | 単位円板 $D$ から $\mathbb C$ への $u(z)=z$ と $u(z)=2z$ | エネルギーがホモロジー類で決まること($H_2(\mathbb C)=0$ だがエネルギーは $\pi$ と $4\pi$) |
| 点が一般の位置 | $\mathbb P^2$ の同じ点を 2 回とる | $N_1=1$ の数え上げの意味(その点を通る直線は無数にある) |
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