平衡圏

同義語:balanced category

概要

平衡圏(balanced category)とは、モノ射かつエピ射であるすべての射が同型射になる圏である。集合・群・加群の圏や任意のアーベル圏では、圏論的な単射性と全射性を同時に満たせば逆射が得られる。一方、環の圏では局所化射 $\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ がモノかつエピだが同型でないため、平衡性は一般の圏では自動的でない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 射(圏論), モノ射, エピ射, 同型射

定義

平衡圏

圏 $\mathcal{C}$ が 平衡圏(balanced category)であるとは、$\mathcal{C}$ の任意の射 $f\colon X\to Y$ について
$$ f\text{ がモノ射かつエピ射}\quad\Longrightarrow\quad f\text{ が同型射} $$
が成り立つことをいう。

モノ射とエピ射は、それぞれ左消去則と右消去則によって定まる圏論的な概念である(Stacks003A)。したがって「モノかつエピ」は、台集合を忘れた抽象的な圏でも意味をもつ。一方、「両方なら同型」という結論は一般の圏では自動的でない。それを公理として保証する圏が平衡圏である。

直感――圏論的な単射かつ全射

集合の写像では、単射かつ全射であることと逆写像をもつことが同値である。平衡性は、この馴染み深い判定法を「モノ射かつエピ射なら同型射」として抽象化した性質である。ただし、エピ射は常に台集合上の全射とは限らない。後で見る環の圏では、$\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ が全射でないにもかかわらずエピ射になる。この違いが、平衡でない圏を生む。
平衡圏であることは、モノ射とエピ射が同じ種類の射だという意味ではない。たとえば集合の圏は平衡だが、包含写像は一般にエピ射でなく、全射は一般にモノ射でない。平衡性が述べるのは、両方の条件が同時に成立した射だけである。

例

集合の圏は平衡である

集合と写像の圏 $\mathbf{Set}$ は平衡圏である。

証明

$f\colon X\to Y$ を $\mathbf{Set}$ のモノ射かつエピ射とする。
まず $f$ は単射である。$f(x)=f(x')$ とする。一点集合 $1=\{*\}$ から $X$ への写像 $u,v$ を $u(*)=x$、$v(*)=x'$ で定めると $f\circ u=f\circ v$ であり、$f$ のモノ性から $u=v$、したがって $x=x'$ である。
次に $f$ は全射である。全射でないと仮定し、$y_0\in Y\setminus f(X)$ を取る。二点集合 $2=\{0,1\}$ への写像 $g,h\colon Y\to2$ を
$$ g(y)=0\quad(y\in Y),\qquad h(y)=\begin{cases}1&(y=y_0),\\0&(y\ne y_0) \end{cases} $$
で定める。$y_0$ は $f$ の像に入らないので $g\circ f=h\circ f$ だが、$g\ne h$ である。これは $f$ のエピ性に反する。よって $f$ は全射でもあり、全単射 $f$ の集合論的な逆写像は $\mathbf{Set}$ の射である。したがって $f$ は同型射である。

アーベル圏は平衡である

任意のアーベル圏は平衡圏である。したがって、アーベル群の圏 $\mathbf{Ab}$、環 $R$ 上の加群の圏 $R\text{-}\mathbf{Mod}$、鎖複体の圏などは平衡圏である。

証明

$\mathcal{A}$ をアーベル圏、$f\colon X\to Y$ をモノ射かつエピ射とする。アーベル圏では、モノ射であることは $\ker f=0$ と同値であり、エピ射であることは $\operatorname{coker}f=0$ と同値である。したがって
$$ \operatorname{Coim}(f)=\operatorname{coker}(\ker f)\cong X, \qquad \operatorname{Im}(f)=\ker(\operatorname{coker}f)\cong Y $$
である。アーベル圏の公理により、標準射 $\operatorname{Coim}(f)\to\operatorname{Im}(f)$ は同型射である。この標準射を上の同一視で書いたものが $f\colon X\to Y$ だから、$f$ は同型射である(Stacks010C)。

特に、加群の圏で「モノかつエピなら同型」という事実は、線型写像が単射かつ全射なら逆線型写像をもつという通常の議論とも一致する。

群の圏

群と群準同型の圏 $\mathbf{Grp}$ も平衡圏である。$\mathbf{Grp}$ ではモノ射は単射準同型、エピ射は全射準同型に一致するので、両方を満たす群準同型は同型である(Dei11 Definition 1.1.1)。

反例

環の圏は平衡でない

単位元をもつ可換環と単位元を保つ環準同型の圏 $\mathbf{CRing}$ は平衡圏でない。実際、標準射
$$ i\colon\mathbb{Z}\longrightarrow\mathbb{Q} $$
はモノ射かつエピ射だが、同型射ではない。

証明

$i$ は台集合上で単射である。したがって、環準同型 $u,v\colon A\to\mathbb{Z}$ が $i\circ u=i\circ v$ を満たせば、各 $a\in A$ について $i(u(a))=i(v(a))$ から $u(a)=v(a)$ となる。よって $u=v$ であり、$i$ はモノ射である。
$i$ がエピ射であることを示す。環準同型 $g,h\colon\mathbb{Q}\to B$ が $g\circ i=h\circ i$ を満たすとする。任意の $m/n\in\mathbb{Q}$($m\in\mathbb{Z}$、$n\in\mathbb{Z}\setminus\{0\}$)について、
$$ g(m/n)=g(i(m))g(i(n))^{-1},\qquad h(m/n)=h(i(m))h(i(n))^{-1} $$
である。仮定から右辺は等しいので $g(m/n)=h(m/n)$、したがって $g=h$ である。よって $i$ はエピ射である。
しかし $i$ は全射でない。たとえば $1/2\in\mathbb{Q}$ は整数の像に入らないので、$i$ は同型射でない。したがって $\mathbf{CRing}$ は平衡でない。

この反例の核心は、環の局所化射 $R\to S^{-1}R$ が一般にエピ射になることである。局所化先から出る環準同型は、$r/s$ の像を $r$ と $s$ の像から一意に決められる。しかし局所化射は、$S$ の元がすでに $R$ で可逆でない限り、同型になるとは限らない。したがって「エピ射は全射である」という集合の圏での直感を、環の圏へそのまま移してはならない。

順序集合を圏とみなす反例

順序集合 $(P,\leq)$ を、$x\leq y$ のときだけ射 $x\to y$ が一つ存在する圏とみなす。この圏では任意の射がモノ射かつエピ射である。各 Hom 集合の要素が高々一つなので、消去則が自動的に成り立つからである。一方、射 $x\to y$ が同型であるのは $x=y$ のときだけである。したがって、たとえば二元鎖 $0<1$ は、射 $0\to1$ がモノかつエピだが同型でないため平衡圏でない。この例は、平衡性が台集合上の単射・全射だけでは説明できないことを示す。

正則エピ射との関係

通常のエピ射だけでは $\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ のような反例が起こるが、余等化子として得られる正則エピ射まで仮定すると、任意の圏で同型性が従う。

正則エピかつモノなら同型

任意の圏 $\mathcal{C}$ において、正則エピ射であり、かつモノ射である射は同型射である。

証明

$f\colon X\to Y$ が射 $p,q\colon R\rightrightarrows X$ の余等化子であり、同時にモノ射であるとする。余等化子なので $f\circ p=f\circ q$ であり、$f$ のモノ性から $p=q$ である。したがって恒等射 $\mathrm{id}_X$ は $p,q$ を余等化する。余等化子の普遍性により、
$$ s\circ f=\mathrm{id}_X $$
を満たす射 $s\colon Y\to X$ がただ一つ存在する。
ここで余等化子 $f$ はエピ射でもある。実際、$a,b\colon Y\to Z$ が $a\circ f=b\circ f$ を満たすなら、$a\circ f$ と $b\circ f$ は同じ余等化射であり、余等化子からの因子分解の一意性により $a=b$ である。そこで
$$ (f\circ s)\circ f=f\circ(s\circ f)=f=\mathrm{id}_Y\circ f $$
に $f$ のエピ性を用いると $f\circ s=\mathrm{id}_Y$ を得る。よって $s$ は $f$ の両側逆射であり、$f$ は同型射である。

この補題から、すべてのエピ射が正則エピ射である圏は平衡圏であることが分かる。一方、平衡圏であってもすべてのエピ射が正則である必要はないので、これは十分条件であって平衡性の言い換えではない。

極エピ射の場合

極エピ射であり、かつモノ射である射も同型射である。実際、極エピ射 $f\colon X\to Y$ を $f=f\circ\mathrm{id}_X$ と分解すると、後半の射 $f$ 自身がモノ射なので、極エピ性の定義から $f$ は同型射である。旧Mathpedia稿にあった「極エピかつモノなら同型」という観察は、この一般事実として保持される。

Belian圏との関係

Deitmar が導入した belian category は、平衡圏の別名ではなく、非加法的なホモロジー代数を行うための追加構造を備えた圏である。同論文の定義では、belian category は次を満たす(Dei11 Definition 1.1.3)。

  • 平衡であり、零対象をもつ。
  • 有限積、核、余核をもつ。
  • 余核が零である任意の射はエピ射である。
    したがって、belian category は定義により平衡圏であるが、一般の平衡圏が belian category であるとは限らない。たとえば $\mathbf{Set}$ は平衡圏だが零対象をもたないので、この定義で belian category ではない。後代の固有の用語である belian category と、平衡性そのものを混同してはならない。

使い方と学習の道筋

平衡性は、ある射が同型であることを示す際の短い判定原理として使われる。具体的には、対象の圏が平衡であると分かっていれば、逆射を直接構成する代わりにモノ性とエピ性を別々に証明してよい。アーベル圏ではこの議論が、核が零で余核も零なら同型、というホモロジー代数の基本判定に対応する。
一方、環・位相空間・順序集合を圏として扱うときには、まずその圏が平衡かを確認する必要がある。特に「モノ=単射」「エピ=全射」を無条件に仮定せず、対象となる圏の射と消去則から判定することが重要である。次に学ぶ概念としては、エピ射を余等化子によって強める正則エピ射、像分解を体系化する正則圏、加法的状況で平衡性が自動的に成り立つアーベル圏がある。

関連項目

参考文献

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