Albanese多様体(Albanese variety)とは、多様体 $X$ と点 $x_0$ について、$x_0$ を $0$ に写すアーベル多様体への射がすべてただ 1 つの準同型を通して分解するような、普遍的なアーベル多様体 $\operatorname{Alb}(X)$ と射 $\mathrm{alb}\colon X\to\operatorname{Alb}(X)$ の組である。体上の幾何的整な多様体と有理点に対して存在する。コンパクト連結 Kähler 多様体では $H^0(X,\Omega^1)^\vee$ を周期の格子で割った複素トーラスが複素トーラスへの正則写像について普遍的であり、射影的ならそれはアーベル多様体で、曲線では Jacobi 多様体に一致する。非特異な複素射影多様体では、Albanese 写像は有理同値な次数 $0$ の $0$ サイクルを同じ点に写す。
Albanese 多様体(Albanese variety)は、基点つきの多様体 $(X,x_0)$ からアーベル多様体への射のうち、基点を $0$ に写すものをすべて受け止める「いちばん普遍的な」アーベル多様体である。コンパクトな Riemann 面では Jacobi 多様体がこの役を果たし、Abel–Jacobi 写像が複素トーラスへの写像として普遍的になる。高次元の複素射影多様体では、$X$ の点を Albanese 多様体に写す写像を次数 $0$ の $0$ サイクルに線形に延ばすことで、$0$ サイクルの有理同値類の群からアーベル多様体への準同型が得られ、これが $0$ サイクルの研究の出発点になる(有理同値)。
この記事では Albanese 多様体を普遍性で定義し、存在定理を引用する(この記事では証明しない)。複素数体上では、コンパクト連結 Kähler 多様体 $X$ について $H^0(X,\Omega^1_X)^\vee$ を周期の格子で割った複素トーラスと積分で定まる Albanese 写像を作り、それが複素トーラスへの正則写像について普遍的であることを完全に証明する。系として、Albanese 写像が有理同値な $0$ サイクルを同じ点に写すこと、積の Albanese 多様体が Albanese 多様体の積であることを示す。最後に、正標数では次元が $\dim H^1(X,\mathcal O_X)$ より小さくなりうることを例で述べる。
$k$ を代数閉体、$X$ を $k$ 上の多様体、$x_0\in X(k)$ とする。アーベル多様体 $\operatorname{Alb}(X)$ と射 $\mathrm{alb}\colon X\to\operatorname{Alb}(X)$ で $\mathrm{alb}(x_0)=0$ をみたす組が $(X,x_0)$ の Albanese 多様体であるとは、任意のアーベル多様体 $B$ と $\varphi(x_0)=0$ をみたす任意の射 $\varphi\colon X\to B$ に対し、準同型 $\psi\colon\operatorname{Alb}(X)\to B$ で $\varphi=\psi\circ\mathrm{alb}$ となるものがただ 1 つ存在することをいう。$\mathrm{alb}$ を Albanese 写像という。
普遍性で定義したので、Albanese 多様体は存在すれば同型を除いて一意である(2 つの組 $(A,a)$、$(A',a')$ の間に $a'=\psi\circ a$、$a=\psi'\circ a'$ となる準同型があり、普遍性の一意性から $\psi'\psi=\mathrm{id}$、$\psi\psi'=\mathrm{id}$)。基点を $0$ に写すという条件は外せない。$\varphi$ を平行移動 $t_b$($b\ne0$)と合成すると $\varphi(x_0)\ne0$ になるが、準同型は $0$ を $0$ に写すからである(下の反例の表)。
$k$ を体、$X$ を $k$ 上の幾何的整な多様体、$x_0\in X(k)$ とする。アーベル多様体 $B$ と $\varphi(x_0)=0$ をみたす射 $\varphi\colon X\to B$ の組の圏は始対象 $(\operatorname{Alb}_{X/k},\iota)$ をもつ。
例(アーベル多様体).$X=A$ がアーベル多様体で $x_0=0$ なら、$(A,\mathrm{id}_A)$ が Albanese 多様体である。実際、$\varphi(0)=0$ をみたす射 $\varphi\colon A\to B$ は アーベル多様体 の系「アーベル多様体の間の射」により準同型なので、$\psi=\varphi$ ととれ、$\psi\circ\mathrm{id}_A=\varphi$ から $\psi$ は一意である。
この節では $X$ を $n$ 次元のコンパクト連結 Kähler 多様体、$x_0\in X$ とし、$\Omega:=H^0(X,\Omega^1_X)$(正則 1 形式の空間)、$q:=\dim_{\mathbb C}\Omega$ とおく。コンパクト Kähler 多様体の正則形式は閉形式なので(Dem12 Ch. VI, Proposition (8.9)、p. 312)、区分的に滑らかな道 $\gamma$ に沿った積分 $\int_\gamma\omega$ は、端点を止めたホモトピーで変わらない。道 $\gamma$ に対し $a_\gamma:=\bigl(\omega\mapsto\int_\gamma\omega\bigr)\in\Omega^\vee$ と書く。
閉曲線 $\gamma$ についての $a_\gamma$ の全体、すなわち準同型 $H_1(X,\mathbb Z)\to\Omega^\vee$ の像を $\Lambda_X$ とし、
$$
\operatorname{Alb}(X):=\Omega^\vee/\Lambda_X,\qquad\mathrm{alb}(x):=a_\gamma\bmod\Lambda_X\quad(\gamma\ \text{は}\ x_0\ \text{から}\ x\ \text{への道})
$$
と定める。$\operatorname{Alb}(X)$ を $X$ の Albanese トーラス、$\mathrm{alb}$ を Albanese 写像という。
$\Lambda_X$ は $\Omega^\vee$ の格子であり、したがって $\operatorname{Alb}(X)$ は $q$ 次元のコンパクトな複素トーラスで、$b_1(X)=2q$ である(Dem12 Ch. VI, (9.3)・(9.8)–(9.11)、pp. 314–316。この記事では証明しない)。$X$ が射影的なら、これは Abel–Jacobi写像 の定義「中間 Jacobi 多様体」で $p=n$ とした $J^n(X)$ に一致し、格子であることは同記事の定理「中間 Jacobi 多様体は複素トーラス」の $p=n$ の場合である。$\mathrm{alb}(x)$ が道の取り方によらないことは、2 本の道の差が閉曲線であることから分かり、$\mathrm{alb}$ が正則なことは、座標円板の中で $\int_{x_0}^x\omega$ が $x$ の正則関数であることから分かる(Dem12 (9.12)–(9.13)、p. 316。曲線の場合は Jacobi多様体 の命題「Abel–Jacobi 写像は well-defined」と同じ議論)。$X$ が曲線なら、定義は Jacobi多様体 の定義「周期格子と Jacobi 多様体」と同じで、$\operatorname{Alb}(X)=\operatorname{Jac}(X)$、$\mathrm{alb}$ は Abel–Jacobi 写像である。
$T=V/\Lambda$、$T'=V'/\Lambda'$ を複素トーラス($V,V'$ は有限次元複素線形空間、$\Lambda,\Lambda'$ は格子)、$\pi\colon V\to T$、$\pi'\colon V'\to T'$ を射影とする。正則写像 $\psi\colon T\to T'$ が $\psi(0)=0$ をみたせば、$\mathbb C$ 線形写像 $L\colon V\to V'$ で $L(\Lambda)\subset\Lambda'$、$\psi\circ\pi=\pi'\circ L$ となるものがただ 1 つ存在する。とくに $\psi$ は群準同型である。
$V$ は単連結なので、$\psi\circ\pi$ を被覆 $\pi'$ に沿って持ち上げた連続写像 $\Psi\colon V\to V'$ で $\Psi(0)=0$ となるものがある(被覆空間)。$\pi'$ は局所双正則なので $\Psi$ は正則である。$\lambda\in\Lambda$ について $\pi'(\Psi(z+\lambda))=\psi(\pi(z))=\pi'(\Psi(z))$ なので $z\mapsto\Psi(z+\lambda)-\Psi(z)$ は離散集合 $\Lambda'$ に値をとる連続写像で、$V$ は連結なので定数である。よって $\Psi$ の各成分の偏導関数は $\Lambda$ で周期的な正則関数であり、基本平行体(コンパクト)の上の値で抑えられるので有界である。有界な整関数は定数なので(Liouvilleの定理 を各複素直線に使う)、$\Psi$ は 1 次式で、$\Psi(0)=0$ から $\mathbb C$ 線形写像 $L$ である。$\pi'(L(\lambda))=\psi(\pi(\lambda))=\psi(0)=0$ なので $L(\Lambda)\subset\Lambda'$ である。$L_1,L_2$ がともに条件をみたせば、$L_1-L_2$ は $\Lambda'$ に値をとる連続写像で $0$ で $0$ なので $L_1=L_2$ である。$\square$
$X$ をコンパクト連結 Kähler 多様体、$x_0\in X$ とする。複素トーラス $T'=V'/\Lambda'$ への正則写像 $\varphi\colon X\to T'$ で $\varphi(x_0)=0$ をみたすものに対し、正則な群準同型 $\psi\colon\operatorname{Alb}(X)\to T'$ で $\varphi=\psi\circ\mathrm{alb}$ となるものがただ 1 つ存在する。
存在.$V'$ 上の線形形式 $\ell\in V'^\vee$ の微分 $d\ell$ は平行移動で不変な正則 1 形式なので $T'$ に降り、$\varphi^*d\ell\in\Omega$ である。線形写像 $L\colon\Omega^\vee\to V'$ を
$$
\ell\bigl(L(\xi)\bigr)=\xi(\varphi^*d\ell)\qquad(\xi\in\Omega^\vee,\ \ell\in V'^\vee)
$$
で定める($V'=(V'^\vee)^\vee$ による)。$x_0$ から $x$ への道 $\gamma$ をとり、$\varphi\circ\gamma$ を $\pi'\colon V'\to T'$ に沿って $0$ から始まる道 $\tilde\gamma$ に持ち上げる($\varphi(x_0)=0$)。$\pi'$ は局所的に $d\ell$ を $d\ell$ に引き戻すので
$$
\ell\bigl(L(a_\gamma)\bigr)=\int_\gamma\varphi^*d\ell=\int_{\tilde\gamma}d\ell=\ell(\tilde\gamma(1))
$$
であり、$L(a_\gamma)=\tilde\gamma(1)$、したがって $\pi'(L(a_\gamma))=\varphi(x)$ である。$\gamma$ が閉曲線なら $\tilde\gamma(1)\in\pi'^{-1}(\varphi(x_0))=\Lambda'$ なので $L(\Lambda_X)\subset\Lambda'$ である。よって $L$ は正則な準同型 $\psi\colon\operatorname{Alb}(X)\to T'$ を誘導し、$\psi(\mathrm{alb}(x))=\pi'(L(a_\gamma))=\varphi(x)$ である。
一意性.$\psi_1,\psi_2$ がともに条件をみたすとする。lem-alb-torus-maps により、それぞれ線形写像 $L_1,L_2\colon\Omega^\vee\to V'$ で誘導され、$M:=L_1-L_2$ は $x_0$ から出るすべての道 $\gamma$ について $M(a_\gamma)\in\Lambda'$ をみたす。$x_0$ の座標球 $U$ をとり、$x\in U$ に $U$ の中の線分 $\gamma_x$ を対応させると、$x\mapsto M(a_{\gamma_x})$ は $U$ 上の連続写像で値は離散集合 $\Lambda'$ にあり、$x=x_0$ で $0$ なので恒等的に $0$ である。$\omega\in\Omega$ について $x\mapsto a_{\gamma_x}(\omega)=\int_{x_0}^x\omega$ は $U$ 上の正則関数で、その微分は $\omega$ である。したがって $U$ の点 $x$ と接ベクトル $v$ について、$e_{x,v}\colon\omega\mapsto\omega_x(v)$ とおくと、$M(a_{\gamma_x})=0$ を $v$ の方向に微分して $M(e_{x,v})=0$ を得る。$e_{x,v}$ の全体が $\Omega^\vee$ を張らなければ、$0$ でない $\omega\in\Omega$ ですべての $e_{x,v}$ に消されるもの、すなわち $U$ 上で $\omega=0$ となるものがあり、一致の定理($X$ は連結)により $\omega=0$ となって矛盾する。よって $M=0$、$\psi_1=\psi_2$ である。$\square$
$\operatorname{Alb}(X)$ はアーベル多様体の圏ではなく複素トーラスの圏での普遍対象として得られた。次元は $q=\dim H^0(X,\Omega^1_X)$ であり、Hodge 分解により $q=\dim H^1(X,\mathcal O_X)$ でもある(Dem12 Ch. VI, (9.2)、p. 314)。たとえば $\mathbb P^n$ では $H^{1,0}=0$(Dem12 Ch. VI, (8.8)、p. 312)なので $\operatorname{Alb}(\mathbb P^n)=0$ であり、$\mathbb P^n$ から複素トーラスへの正則写像は定数である。$X$ が射影的なら $\operatorname{Alb}(X)$ はアーベル多様体である(Dem12 Ch. VII, Example (14.7)、pp. 361–362。この記事では証明しない)。
$X$ を $\mathbb C$ 上の連結な非特異射影多様体とし、コンパクト Kähler 多様体とみる。次数 $0$ の $0$ サイクル $z=\sum_in_i[x_i]$($\sum_in_i=0$)に対し $\mathrm{alb}(z):=\sum_in_i\,\mathrm{alb}(x_i)\in\operatorname{Alb}(X)$ とおく。基点を $x_0'$ に替えると $\mathrm{alb}$ は定数 $-\mathrm{alb}(x_0')$ だけずれるので、$\sum n_i=0$ により $\mathrm{alb}(z)$ は基点によらない。
次数 $0$ の $0$ サイクル $z$ が $0$ に有理同値なら $\mathrm{alb}(z)=0$ である。したがって $\mathrm{alb}$ は準同型 $A_0(X)_0\to\operatorname{Alb}(X)$($A_0(X)_0$ は次数 $0$ の $0$ サイクルの有理同値類の群)を誘導する。
$0$ サイクルの有理同値は、$X$ の既約曲線 $C$ の正規化 $\nu\colon\widetilde C\to C\subset X$ と $\widetilde C$ 上の 0 でない有理関数 $f$ について $\nu_*(\operatorname{div}f)$ の形のサイクルで生成される(Har77 Appendix A §1、p. 426 の定義)。そこで $\mathrm{alb}(\nu_*(\operatorname{div}f))=0$ を示せばよい。$\widetilde C$ はコンパクトな Riemann 面である。点 $p_0\in\widetilde C$ をとり、$\varphi:=\mathrm{alb}\circ\nu-\mathrm{alb}(\nu(p_0))\colon\widetilde C\to\operatorname{Alb}(X)$ とおくと、$\varphi$ は正則で $\varphi(p_0)=0$ である。thm-alb-universal を $(\widetilde C,p_0)$ に使うと、正則な準同型 $\psi\colon\operatorname{Alb}(\widetilde C)\to\operatorname{Alb}(X)$ で $\varphi=\psi\circ u$ となるものがある。ここで $\operatorname{Alb}(\widetilde C)=\operatorname{Jac}(\widetilde C)$、$u$ は Abel–Jacobi 写像である。$\operatorname{div}f=\sum_jm_jp_j$ は次数 $0$ なので、
$$
\mathrm{alb}\bigl(\nu_*(\operatorname{div}f)\bigr)=\sum_jm_j\,\mathrm{alb}(\nu(p_j))=\sum_jm_j\varphi(p_j)=\psi\Bigl(\sum_jm_ju(p_j)\Bigr)
$$
である。$\widetilde C$ の種数が $0$ なら $\operatorname{Jac}(\widetilde C)=0$ で右辺は $0$ である。種数が $1$ 以上なら、主因子は Abel–Jacobi 写像で $0$ に写るので(Jacobi多様体 の定理「Abel–Jacobiの定理」)、右辺は $0$ である。$\square$
曲線 $X$ では、この準同型は Abel–Jacobi の定理により同型 $A_0(X)_0=\operatorname{Pic}^0(X)\cong\operatorname{Jac}(X)$ になる。幾何種数が $0$ の非特異射影曲面ではこの準同型が同型であろうというのが、有理同値 の記事で述べた Bloch の予想である。
$k$ を代数閉体、$X,Y$ を $k$ 上の完備な多様体、$x_0\in X(k)$、$y_0\in Y(k)$ とし、$(\operatorname{Alb}(X),a_X)$、$(\operatorname{Alb}(Y),a_Y)$ をそれぞれの Albanese 多様体とする。このとき $(\operatorname{Alb}(X)\times\operatorname{Alb}(Y),\,a_X\times a_Y)$ は $(X\times Y,(x_0,y_0))$ の Albanese 多様体である。
アーベル多様体 $B$ と $h(x_0,y_0)=0$ をみたす射 $h\colon X\times Y\to B$ をとる。$B$ の群演算を使って射 $\theta(x,y):=h(x,y)-h(x,y_0)-h(x_0,y)$ を作ると、$\theta(x,y_0)=-h(x_0,y_0)=0$ なので $\theta$ は $X\times\{y_0\}$ を 1 点に写す。アーベル多様体 の補題「剛性補題」により $\theta=g\circ p_2$ となる射 $g\colon Y\to B$ があり、$g(y)=\theta(x_0,y)=-h(x_0,y_0)=0$ なので $\theta=0$ である。よって $f_1:=h(\,\cdot\,,y_0)$、$f_2:=h(x_0,\,\cdot\,)$ について $h=f_1\circ p_1+f_2\circ p_2$ である。$f_1(x_0)=0$、$f_2(y_0)=0$ なので、準同型 $\psi_1,\psi_2$ で $f_1=\psi_1\circ a_X$、$f_2=\psi_2\circ a_Y$ となるものがあり、$\psi(u,v):=\psi_1(u)+\psi_2(v)$ は($B$ は可換なので)準同型で $h=\psi\circ(a_X\times a_Y)$ をみたす。
一意性:準同型 $\chi\colon\operatorname{Alb}(X)\times\operatorname{Alb}(Y)\to B$ が $\chi\circ(a_X\times a_Y)=0$ をみたすとする。$a_Y(y_0)=0$ なので $X\times\{y_0\}$ に制限すると $\chi(\,\cdot\,,0)\circ a_X=0$ で、$a_X$ の普遍性の一意性から $\chi(\,\cdot\,,0)=0$ である。同様に $\chi(0,\,\cdot\,)=0$ であり、$\chi(u,v)=\chi(u,0)+\chi(0,v)=0$ となる。$\square$
複素数体上のコンパクト Kähler 多様体では $\dim\operatorname{Alb}(X)=q=\dim H^1(X,\mathcal O_X)$ だった。正標数ではこの等式が崩れることがある。標数 $2$ の体 $k$ の上で、$k$ 有理点の位数 $2$ の点 $e$ をもつ楕円曲線 $E$ と楕円曲線 $E'$ をとり、$E\times E'$ を固定点のない位数 $2$ の自己同型 $(x,y)\mapsto(x+e,-y)$ で割った滑らかな射影曲面 $X$(井草準一(Jun-ichi Igusa)による例で、以下では井草の曲面と書く)では、$\operatorname{Alb}_{X/k}$ は $E/\langle e\rangle$ で $1$ 次元だが、$\dim H^1(X,\mathcal O_X)=2$ である(Poo17 Example 5.7.22、p. 142。この記事では証明しない)。このとき Picard スキーム $\operatorname{Pic}^0_{X/k}$ は被約でない(同 Remark 5.7.21・Example 5.7.22)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| def-alb の「$\varphi(x_0)=0$」 | 楕円曲線 $E$、$x_0=0$、$\varphi=t_b$($b\ne0$ の平行移動) | $\varphi=\psi\circ\mathrm{id}_E$ なら $\psi(0)=b\ne0$ で、$\psi$ は準同型でない |
| thm-alb-universal の「コンパクト」 | $X=\mathbb C$、$T'=\mathbb C/\Lambda'$、$\varphi_c(z)=\pi'(cz)$($c\in\mathbb C$) | すべての $\varphi_c$ を準同型で分解させる複素トーラス $A$ と正則写像 $\mathbb C\to A$ は存在しない |
| def-alb-analytic の後の $b_1=2q$ の主張の「Kähler」 | Hopf 曲面(Abel–Jacobi写像 の例「反例:Kähler でないコンパクト複素曲面」) | $b_1=1$ だが $H^0(X,\Omega^1)=0$ なので $q=0$ で、$b_1=2q$ が破れる($H_1(X,\mathbb Z)$ の階数 $1$ の自由部分は $\Lambda_X=0$ に単射に写らない) |
| 等式 $\dim\operatorname{Alb}(X)=\dim H^1(X,\mathcal O_X)$ の「$\mathbb C$ 上」 | 標数 $2$ の井草の曲面 | $\dim\operatorname{Alb}_{X/k}=1< 2=\dim H^1(X,\mathcal O_X)$ |
$c\ne c'$ なら $\varphi_c\ne\varphi_{c'}$ である($\varphi_c=\varphi_{c'}$ なら $(c-c')z\in\Lambda'$ がすべての $z$ で成り立ち、$\Lambda'$ は離散なので $c=c'$)。そのような $A$ と $a\colon\mathbb C\to A$ があれば、各 $\varphi_c$ は準同型 $\psi_c\colon A\to T'$ で $\varphi_c=\psi_c\circ a$ と書け、$c\mapsto\psi_c$ は単射である。一方 lem-alb-torus-maps により準同型 $A=W/\Lambda_A\to T'$ は $L(\Lambda_A)\subset\Lambda'$ をみたす線形写像 $L$ で決まり、$L$ は $\Lambda_A$ の基底($W$ の実基底)の行き先で決まるので、準同型は可算個しかない。$\mathbb C$ は非可算なので矛盾する。
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