Cantorの定理

同義語:Cantor's theoremカントールの定理Cantorの冪集合定理

概要

Cantorの定理(Cantor's theorem)とは、任意の集合 $X$ に対して $X$ から冪集合 $\mathcal{P}(X)$ への全射が存在せず、したがって $\mathcal{P}(X)$ が $X$ より真に大きい濃度をもつという集合論の定理である。証明は、写像 $f$ に対して $\{x\in X\mid x\notin f(x)\}$ が $f$ の像に入らないことを示すだけで、選択公理も排中律も使わず、$\mathcal{P}(X)$ から $X$ への単射がないことも同時に従う。この定理から、$\aleph_0<2^{\aleph_0}<2^{2^{\aleph_0}}< \cdots$ と無限の大きさに上限がないこと、すべての集合を集めた集合が存在しないこと、$\mathbb{R}$ に $G_\delta$ でない部分集合があることなどが導かれる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 冪集合, 写像, 全射, 単射, 濃度

Cantorの定理は、どんな集合 $X$ についても、$X$ の部分集合全体の集合である冪集合 $\mathcal{P}(X)$ が $X$ より真に大きいことを述べる定理である。有限集合では $n<2^n$ という不等式にすぎないが、無限集合についても同じことが成り立つので、$\mathbb{N}$ から始めて冪集合をとり続けると、大きさの異なる無限集合が限りなく現れる。証明は「自分に対応する部分集合に自分が入っていない元」を集めた一つの集合を作るだけで終わり、選択公理も排中律も使わない。
この記事では、定理を「$X$ の部分集合から $\mathcal{P}(X)$ への全射は存在しない」という強い形で述べて証明し(thm-ct-main)、そこから全射・単射・濃度の三つの言い換えを導く。続いて、すべての集合を集めた集合が存在しないこと(thm-ct-no-universal-set)、$\mathbb{R}$ に $G_\delta$ 集合でない部分集合があること(prop-ct-non-gdelta)、有限の記述をもたない言語があること(prop-ct-languages)など、「数えて比べる」議論への応用を証明する。

定義と主張

集合の大きさは、写像があるかどうかで比べる。この比べ方は、基数を対象として定義しなくても意味をもつ。

濃度の比較

$X,Y$ を集合とする。

  1. $X$ から $Y$ への単射が存在するとき、$|X|\le|Y|$ と書く。
  2. $X$ から $Y$ への全単射が存在するとき、$|X|=|Y|$ と書き、$X$ と $Y$ は対等であるという。
  3. $|X|\le|Y|$ であって $|X|=|Y|$ でないとき、すなわち $X$ から $Y$ への単射はあるが全単射はないとき、$|X|<|Y|$ と書き、$X$ は $Y$ より真に小さいという。

ここでの $|X|\le|Y|$ などは、それぞれ写像の存在を述べる文の略記である。選択公理を仮定すれば、各集合 $X$ に基数 $|X|$ を対応させて、これらを基数の間の関係として読むことができる(基数の記事の命題「基数の一意性と濃度の順序」)。

Cantorの定理

$X$ を集合とする。

  1. 任意の部分集合 $A\subset X$ と任意の写像 $f\colon A\to\mathcal{P}(X)$ に対し、
    $$ D_f:=\{a\in A\mid a\notin f(a)\} $$
    は $X$ の部分集合であり、$f$ の像に属さない。とくに、$X$ の部分集合から $\mathcal{P}(X)$ への全射は存在しない。
  2. $X$ から $\mathcal{P}(X)$ への全射は存在しない。
  3. $\mathcal{P}(X)$ から $X$ への単射は存在しない。
  4. $|X|<|\mathcal{P}(X)|$ である。
  1. $D_f$ は $A$ の元のうち条件 $a\notin f(a)$ を満たすものを分出公理で取り出した集合なので、$D_f\subset A\subset X$、すなわち $D_f\in\mathcal{P}(X)$ である。ある $a_0\in A$ について $f(a_0)=D_f$ であったと仮定する。$a_0\in A$ なので、$D_f$ の定義から
    $$ a_0\in D_f\iff a_0\notin f(a_0)\iff a_0\notin D_f $$
    となる。$a_0\in D_f$ とすると右側の同値から $a_0\notin D_f$ となり矛盾する。したがって $a_0\notin D_f$ であるが、すると同じ同値から $a_0\in D_f$ となり、これも矛盾である。よって $D_f$ は $f$ の像に属さない。$D_f\in\mathcal{P}(X)$ なので $f$ は $\mathcal{P}(X)$ への全射でない。
  2. 1 で $A=X$ とした場合である。
  3. 単射 $g\colon\mathcal{P}(X)\to X$ があったとする。$A:=g[\mathcal{P}(X)]\subset X$ とおき、$f\colon A\to\mathcal{P}(X)$ を、$a\in A$ に対して $g(B)=a$ となるただ一つの $B\in\mathcal{P}(X)$ を対応させる写像とする($g$ が単射なので $B$ はただ一つであり、$f$ は $g$ のグラフを裏返した集合として定まる)。任意の $B\in\mathcal{P}(X)$ について $f(g(B))=B$ なので $f$ は全射であり、1 に反する。
  4. $x\mapsto\{x\}$ は $X$ から $\mathcal{P}(X)$ への単射である($\{x\}=\{x'\}$ なら $x=x'$)。よって $|X|\le|\mathcal{P}(X)|$ である。全単射は全射なので、2 により $X$ から $\mathcal{P}(X)$ への全単射はない。したがって $|X|<|\mathcal{P}(X)|$ である。$\square$

$\mathcal{P}(X)$ の元を特性関数(集合)で表すと、$\mathcal{P}(X)$ は $X$ から $\{0,1\}$ への写像全体 $\{0,1\}^X$ と一対一に対応する。この見方では $D_f$ は、表 $(x\mapsto f(x))$ の対角線上の所属を反転して作った行であり、証明はCantorの対角線論法そのものである。基数の記法では 4 を $|X|<2^{|X|}$ と書く。定理は Kun80 Chapter I, Theorem 10.15(p. 29)に Cantor の名を付けて述べられている。

証明が使うもの
  1. 証明が使う集合の存在は、$\mathcal{P}(X)$(冪集合公理)と、$A$ から条件で元を取り出すこと(分出公理)だけである。どの元も選ばないので、選択公理は使わない。3 で作る $f$ も、$g$ のグラフ $\{(B,g(B))\}$ の成分を入れ替えた集合として一通りに定まる。
  2. 1 の矛盾の導き方は排中律を使わない。同値 $p\iff\neg p$($p$ は $a_0\in D_f$)から、まず「$p$ なら $\neg p$」により $p$ を仮定すると矛盾が出るので $\neg p$ が従い、次に「$\neg p$ なら $p$」により $p$ が従って矛盾する。どちらの段も、$p$ か $\neg p$ のどちらかが成り立つという仮定を使っていない。このため定理は直観主義論理の上でも同じ証明で成り立つ。
  3. 定理の 3 は、Cantor–Bernstein の定理(基数の記事の定理「Cantor–Bernstein の定理:単射の往復から全単射」)を使わずに示している。2 と 3 は互いに独立した主張ではなく、どちらも 1 から直接出る。

直感

$X$ の各元 $x$ に部分集合 $f(x)$ を一つずつ割り当てた「一覧表」を考える。表の行は $X$ の元で添字付けられ、各行は「$X$ のどの元を含むか」という $X$ で添字付けられた列をもつ。$D_f$ は、行 $x$ と列 $x$ が交わる対角線上の欄を見て、「$x$ は $f(x)$ に入っていない」ところだけを集めた部分集合である。$D_f$ はどの行 $x$ とも、少なくとも列 $x$ で食い違うので、表のどこにも現れない。表の行がどれほど多くても、部分集合のほうが常に一つ漏れる。これが「部分集合は元より多い」の中身である。

一般形と言い換え

二値の $\{0,1\}$ を、2 個以上の元をもつ集合 $Y$ に替えても同じ議論ができる。

写像の集合への一般化

$Y$ を 2 個以上の元をもつ集合とする。任意の集合 $X$ について、$X$ から $Y^X$($X$ から $Y$ への写像全体)への全射は存在しない。

Cantorの対角線論法の記事の定理「対角線論法の一般形」による。$Y$ の相異なる 2 元 $a\neq b$ をとり、$\sigma(a):=b$、$y\neq a$ では $\sigma(y):=a$ と定めると、$\sigma\colon Y\to Y$ は不動点をもたない。写像 $F\colon X\to Y^X$ に対して $d(x):=\sigma(F(x)(x))$ とおくと、$d$ はどの $F(x)$ とも点 $x$ で値が異なる。$Y=\{0,1\}$ と特性関数の対応をとれば、$d$ は thm-ct-main の $D_f$($A=X$)の特性関数になる。$\square$

基数の形

選択公理のもとで、任意の基数 $\kappa$ について $\kappa<2^\kappa$ である。ここで $2^\kappa$ は $\kappa$ の冪集合 $\mathcal{P}(\kappa)$ の基数である。とくに最大の基数は存在しない。

thm-ct-main の 4 を $X=\kappa$ に当てはめると $|\kappa|<|\mathcal{P}(\kappa)|$ である。基数の順序は単射の存在で定まる(基数の記事の命題「基数の一意性と濃度の順序」)ので、$\kappa<2^\kappa$ である。どの基数 $\kappa$ に対しても、より大きい基数 $2^\kappa$ があるので、最大の基数はない。$\square$

無限の階層

$\beth_0:=\aleph_0=|\mathbb{N}|$、$\beth_{n+1}:=2^{\beth_n}$ とおくと、cor-ct-cardinal により
$$ \aleph_0=\beth_0< \beth_1< \beth_2< \cdots $$
である。$\beth_1=2^{\aleph_0}$ は実数全体 $\mathbb{R}$ の濃度である(基数の記事の例「連続体の濃度」)。したがって $\mathbb{R}$ は非可算集合であり、$\mathbb{R}$ の部分集合全体 $\mathcal{P}(\mathbb{R})$ や、$\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}$ への写像全体 $\mathbb{R}^{\mathbb{R}}$(prop-ct-exponential により $\mathbb{R}$ から全射で覆えない)は、さらに真に大きい。
この階層は大きさの「間」については何も言わない。$\aleph_0$ と $2^{\aleph_0}$ の間に別の濃度があるかという問いが連続体仮説であり、これはZFC公理系から証明も反証もできない(基数の記事の定理「連続体仮説の独立性」)。

すべての集合の集合は存在しない

Cantorの定理を集合そのものに当てはめると、「すべての集合を元とする集合」が存在しないことが分かる。次の定理は、どの集合 $S$ についても、$S$ に入らない $S$ の部分集合を具体的に一つ作る。

全体集合の非存在

任意の集合 $S$ に対し、
$$ R_S:=\{a\in S\mid a\subset S\text{ かつ }a\notin a\} $$
は $S$ の部分集合であって $S$ の元でない。したがって、すべての集合を元とする集合は存在しない。

$A:=S\cap\mathcal{P}(S)$、すなわち $S$ の元のうち $S$ の部分集合でもあるもの全体とおく。$A\subset S$ であり、$a\in A$ に $a$ 自身を対応させる写像 $f\colon A\to\mathcal{P}(S)$($a\subset S$ なので値は $\mathcal{P}(S)$ に入る)を考える。thm-ct-main の 1 を $X=S$ に当てはめると、
$$ D_f=\{a\in A\mid a\notin f(a)\}=\{a\in A\mid a\notin a\}=R_S $$
は $S$ の部分集合であり、$f$ の像 $A$ に属さない。$R_S\subset S$ なので、もし $R_S\in S$ なら $R_S\in S\cap\mathcal{P}(S)=A$ となって矛盾する。よって $R_S\notin S$ である。
すべての集合を元とする集合 $V$ があれば、$R_V$ は集合なので $R_V\in V$ となり、いま示したことに反する。$\square$

$S$ がすべての集合を含むと仮定して $R_S$ をとると、$R_S=\{a\mid a\notin a\}$ となり、これは集合の記事の命題「Russell の議論と全体集合の非存在」の集合そのものである。Cantorの定理の対角線の集合 $D_f$ は、写像 $f$ を「自分自身を対応させる」ものに取ると Russell の集合になる。集合論では、このように集合にならない大きな集まり(集合全体、順序数全体など)を真のクラスとして集合と区別する(集合論の記事の注意「最大の集合はない」)。

数えて比べる議論

Cantorの定理の典型的な使い方は、「ある種類の対象は高々 $|\mathbb{R}|$ 個しかないが、部分集合は $|\mathcal{P}(\mathbb{R})|$ 個ある」と数えて、その種類に属さない部分集合の存在を示すことである。具体的な一つを構成しなくても存在が分かる。

$G_\delta$ でない部分集合の存在

$\mathbb{R}$ にはG_δ-集合(可算個の開集合の共通部分として表せる集合)でない部分集合が存在する。この主張の証明に選択公理は要らない。

$T:=\{(p,q)\in\mathbb{Q}^2\mid p< q\}$ とおく。$\mathbb{R}$ の開集合 $U$ に対し $\Phi(U):=\{(p,q)\in T\mid (p,q)\subset U\}$ と定める。$U$ の各点 $x$ には $x\in(p,q)\subset U$ となる有理数 $p< q$ があるので $U=\bigcup_{(p,q)\in\Phi(U)}(p,q)$ であり、$U$ は $\Phi(U)$ から復元できる。よって開集合全体を $\mathcal{O}$ とすると、$\Psi\colon\mathcal{P}(T)\to\mathcal{O}$、$\Psi(E):=\bigcup_{(p,q)\in E}(p,q)$ は全射である($\Psi(\Phi(U))=U$)。
$G_\delta$ 集合全体を $\mathcal{G}$ とする。開集合の列 $(U_n)_{n\in\mathbb{N}}$ に共通部分 $\bigcap_nU_n$ を対応させる写像 $\mathcal{O}^{\mathbb{N}}\to\mathcal{G}$ は全射であり、これに $\Psi$ を各成分に施す写像 $\mathcal{P}(T)^{\mathbb{N}}\to\mathcal{O}^{\mathbb{N}}$ を合成すると、全射 $\mathcal{P}(T)^{\mathbb{N}}\to\mathcal{G}$ が得られる。さらに、列 $(E_n)_n$ に $\{(t,n)\mid t\in E_n\}$ を対応させる写像は $\mathcal{P}(T)^{\mathbb{N}}$ と $\mathcal{P}(T\times\mathbb{N})$ の間の全単射である。
$T\times\mathbb{N}$ は $\mathbb{Q}^2\times\mathbb{N}$ の無限部分集合なので可算であり(可算集合の記事の命題「部分集合の可算性と有限性」)、$\mathbb{N}$ の無限部分集合に小さい順に番号を付けることで(選択公理なしに)$\mathbb{N}$ と対等である、$\mathcal{P}(T\times\mathbb{N})$ は $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ と対等、$\mathcal{P}(\mathbb{N})$ は $\mathbb{R}$ と対等である(基数の記事の例「連続体の濃度」)。これらを合成すると、全射 $\mathbb{R}\to\mathcal{G}$ が得られる。もし $\mathbb{R}$ のすべての部分集合が $G_\delta$ なら $\mathcal{G}=\mathcal{P}(\mathbb{R})$ となり、$\mathbb{R}$ から $\mathcal{P}(\mathbb{R})$ への全射ができて thm-ct-main の 2 に反する。
使った対等はいずれも具体的な写像で与えられ、可算個の選択を含まない($\Psi$ は $U$ を表す区間の族を一つ選ぶのではなく、全部の区間を使っている)。$\square$

同じ数え方で、$\mathbb{R}$ には開集合・閉集合・$F_\sigma$ 集合のどれでもない部分集合があること、$\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}$ への写像のうち連続でないものがあることも分かる(連続写像は $\mathbb{Q}$ 上の値で決まるので、高々 $|\mathbb{R}^{\mathbb{N}}|=|\mathbb{R}|$ 個しかない)。Cantor集合 $C$ は $\mathbb{R}$ と対等なので、$C$ の部分集合のなかにも $G_\delta$ でないものがある。ただし、この数え方の議論は $G_\delta$ でない集合を一つも具体的に指し示さない。具体例としては、$\mathbb{Q}$ が $G_\delta$ でないことが Baire の範疇定理から分かる(G_δ-集合)。

記述をもたない言語

$\Sigma$ を空でない有限集合(アルファベット)とし、$\Sigma^*$ を $\Sigma$ の元の有限列(語)全体とする。$\Gamma$ を有限集合とし、各語 $w\in\Gamma^*$ に言語 $L(w)\subset\Sigma^*$ を対応させる規則 $L\colon\Gamma^*\to\mathcal{P}(\Sigma^*)$ が与えられているとする。このとき、どの語 $w$ についても $L(w)$ と一致しない言語 $K\subset\Sigma^*$ が存在する。

$\Sigma^*$ は長さごとに有限個の語からなり、長さの順、同じ長さの中では辞書式の順に並べることで $\mathbb{N}$ との全単射 $e\colon\mathbb{N}\to\Sigma^*$ が得られる。$\Gamma^*$ についても同様に全射 $e'\colon\mathbb{N}\to\Gamma^*$ がある($\Gamma=\emptyset$ なら $\Gamma^*$ は空列だけからなり、定値写像をとる)。$L$ がすべての言語を与えるなら、$L\circ e'\circ e^{-1}\colon\Sigma^*\to\mathcal{P}(\Sigma^*)$ は全射になり、thm-ct-main の 2 に反する。$\square$

たとえば Turing 機械の記述と入力に同じ記号の集合 $\Sigma$ を使い($\Gamma=\Sigma$)、$L(w)$ を「$w$ が Turing 機械の正しい記述なら、その機械が受理する語の全体、そうでなければ $\emptyset$」とすれば、どの Turing機械にも受理されない言語の存在が出る。thm-ct-main の対角線の集合にあたる $\{w\mid w\notin L(w)\}$ がその一つである。形式言語の記事にあるとおり、$\mathcal{P}(\Sigma^*)$ は非可算であり、有限の言葉で書ける規則(文法、オートマトン、プログラム)は可算個しかない。停止問題の補集合(停止しない機械と入力の組の全体)も、どの Turing 機械にも受理されない言語の具体例である。停止問題そのものの言語は受理はされるが、決定はされない。

冪集合環と同型でない無限 Boole 環

$\mathbb{N}$ の部分集合のうち、有限集合とその補集合(補有限集合)の全体を $B$ とする。$B$ は和・共通部分・補集合で閉じているので $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ の部分 Boole 代数であり、無限集合である(単元集合 $\{n\}$ がすべて属する)。
$B$ は可算である。有限集合 $F\subset\mathbb{N}$ に $\sum_{i\in F}2^i$ を対応させると有限集合全体と $\mathbb{N}$ の全単射が得られ、$B$ は有限集合の全体と補有限集合の全体の和集合だからである。
$B$ がある集合 $X$ の冪集合 $\mathcal{P}(X)$ と Boole 代数として同型だったとする。$X$ が有限なら $\mathcal{P}(X)$ は有限で、$B$ が無限であることに反する。$X$ が無限なら、$x\mapsto\{x\}$ により $X$ は可算集合 $\mathcal{P}(X)$ に単射で入るので可算無限、すなわち $\mathbb{N}$ と対等であり、$\mathcal{P}(X)$ は $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ と対等になる。thm-ct-main の 4 により $\mathcal{P}(\mathbb{N})$ は可算でないので、これも $B$ が可算であることに反する。よって $B$ はどの冪集合とも同型でない(Boole環の記事の例「有限または補有限な部分集合の環」と同じ結論である)。

強めた形と限界

Cantorの定理は「冪集合は真に大きい」と言うだけで、どれだけ大きいかは決めない。選択公理のもとでは、共終数を使って次のように強められる。

König の定理

選択公理のもとで、次が成り立つ。

  1. $\kappa$ を無限基数、$\lambda$ を基数とし、$\operatorname{cf}(\kappa)\le\lambda$ とする。このとき $\kappa^\lambda>\kappa$ である。
  2. 任意の無限基数 $\lambda$ について $\operatorname{cf}(2^\lambda)>\lambda$ である。
定理の扱い

この記事では証明しない。1 は Kun80 Chapter I, Lemma 10.40(p. 34)、2 はその Corollary 10.41(同頁)である。1 の証明も対角線の議論であり、$\kappa$ への共終写像 $\lambda\to\kappa$ を使って、写像 $\kappa\to\kappa^\lambda$ の像から漏れる元を作る。$\lambda=\kappa$ とすれば $\kappa^\kappa>\kappa$ となるが、$2^\kappa\le\kappa^\kappa\le(2^\kappa)^\kappa=2^\kappa$ なのでこれは cor-ct-cardinal と同じ内容である。2 から、たとえば $2^{\aleph_0}$ は $\aleph_\omega$ に等しくなりえない($\operatorname{cf}(\aleph_\omega)=\aleph_0$ なので。共終数)。

写像を使える範囲

Cantorの定理の「全射が存在しない」は、考えている集合論の中に全射がないという意味である。ZFC公理系の可算な推移的集合モデル $M$ の中で $\mathcal{P}(\omega)$ が非可算であっても、$M$ の外から見ると $M$ に属する $\omega$ の部分集合は可算個しかない、ということは矛盾しない。外の枚挙写像は $M$ に属さないからである(集合論の記事の命題「外部の枚挙写像がモデルに入らない場合」)。定理の証明そのものはどのモデルの中でも成り立ち、変わるのは「写像として何を使ってよいか」の範囲である。

同じ名で呼ばれる別の定理

Cantor の名を冠する定理はほかにもあり、「Cantorの定理」がそれらを指すこともある。

  1. 完備距離空間で、直径が $0$ に近づく空でない閉集合の減少列の共通部分はちょうど一点であるという定理(Cantor の共通部分定理)。完備距離空間の記事で扱われる。
  2. 単射 $X\to Y$ と単射 $Y\to X$ があれば全単射 $X\to Y$ があるという Cantor–Bernstein の定理。基数の記事の定理「Cantor–Bernstein の定理:単射の往復から全単射」にある。
  3. 端点のない可算な稠密全順序集合はすべて $\mathbb{Q}$ と順序同型であるという定理(Kun80 Chapter II, Exercise 28, p. 89)。
    この記事の Cantorの定理は冪集合についての定理であり、区別するときは「Cantorの冪集合定理」とも呼ぶ。

反例の表

thm-ct-main とその一般形の各仮定を一つずつ外すと、結論が成り立たなくなる。

外す条件反例成り立たなくなること
行き先が部分集合全体であること(有限部分集合だけにする)$\mathbb{N}$ と、$\mathbb{N}$ の有限部分集合全体 $\mathcal{P}_{\mathrm{fin}}(\mathbb{N})$$\mathbb{N}$ から行き先への全射が存在しないこと
定義域が $X$ の部分集合であること恒等写像 $\mathcal{P}(X)\to\mathcal{P}(X)$$\mathcal{P}(X)$ への全射が存在しないこと
写像が全射であること(単射で足りるとする)$x\mapsto\{x\}$$X$ から $\mathcal{P}(X)$ へのその種の写像が存在しないこと
$Y$ が 2 個以上の元をもつこと(prop-ct-exponential)$Y=\{0\}$、$X$ は空でない任意の集合$X$ から $Y^X$ への全射が存在しないこと
反例の確かめ

1 行目:有限集合 $F\subset\mathbb{N}$ に $\sum_{i\in F}2^i$ を対応させる写像は、$\mathcal{P}_{\mathrm{fin}}(\mathbb{N})$ から $\mathbb{N}$ への全単射である(2 進展開の一意性)。その逆写像は $\mathbb{N}$ から $\mathcal{P}_{\mathrm{fin}}(\mathbb{N})$ への全射である。部分集合を有限のものに限ると、Cantorの定理の結論は消える。この全射 $f$ に対しても対角線の集合 $D_f$ は作れるが、thm-ct-main の 1 の議論により $f$ の像 $\mathcal{P}_{\mathrm{fin}}(\mathbb{N})$ に入らない、すなわち無限集合であり、行き先の外に出てしまうので矛盾は生じない。
2 行目:恒等写像は全射である。$\mathcal{P}(X)$ は一般に $X$ の部分集合ではない($X$ が空でなければ $X\in\mathcal{P}(X)$ だが、正則性公理により $X\notin X$)ので、thm-ct-main の 1 の仮定を満たさない。
3 行目:$x\mapsto\{x\}$ は単射である(thm-ct-main の 4 の証明)。Cantorの定理は全射を否定するのであって、写像一般を否定するのではない。
4 行目:$Y^X$ は値がすべて $0$ の写像ただ一つからなるので、空でない $X$ から $Y^X$ への写像は全射である。不動点をもたない $Y\to Y$ の写像が存在しないことが、prop-ct-exponential の証明が使えない理由である。

関連項目

参考文献

[1]
Kenneth Kunen, Set Theory: An Introduction to Independence Proofs, North-Holland (Studies in Logic and the Foundations of Mathematics 102), 1980, Chapter I, Theorem 10.15, p. 29(Cantor の定理)、Lemma 10.40・Corollary 10.41, p. 34(König の定理)、Chapter II, Exercise 28, p. 89(可算稠密全順序の一意性)

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